実家に行ってきました。
昨年は父と母と兄と夫と私で天日干しをした稲を脱穀しました。
機械で乾したのと違って天日干しのお米はとても美味しいです。父の自慢のお米でした。
でも、手間がかかるので、ほととんどの田んぼでしなくなりました。去年はうちともう一軒の二軒だけでした。
今年は父が亡くなり、兄が農協に稲刈りを頼み機械での乾燥となりました。もう一軒の家も今年はもう天日干しをやめ、とうとうどこもしなくなりました。
うちにはちょっとしたブドウ園があり毎年父がおいしい葡萄を送ってくれていました。そのブドウ園も誰も手入れをしないので、今年はほとんど葡萄らしきものもなっていませんでした。
毎年あんなにたくさんの葡萄がなったのに・・・手入れをしないとこんなになるものかと唖然としました。
父は葡萄は手がかかるからもうやめてしまいなさいと言っていました。
父がどんなにあの葡萄を作るために手をかけていたのかが本当に今年はよくわかりました。
葡萄の木は元気でもったいないけれど、私たちは手入れの仕方を知りません。
もうあのおいしい葡萄が食べれなくなったんだ、美味しいコメが食べれなくなったんだと、父の存在の大きさ、ありがたさを身にしみました。
父の居なくなった寂しさをまた思い知らされました。