[2004] ≪10/19今日のお喋り≫
投稿者:五茶
投稿日:2006年10月19日 (木) 06時56分
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●医師不足
◆田舎の病院で痛ましい事故
▽出産で意識不明、1週間後死亡…18病院が受け入れず 奈良県の町立大淀病院で、出産の際に意識不明になった女性について、 受け入れを打診された18の病院が断り、 約6時間後、60キロ離れた病院に搬送されたという。 しかも、 女性は脳内出血で緊急手術を受け、同時に帝王切開で男児を出産したが、 約1週間後に死亡したという。 痛ましい事故です。
▽いざというときに役に立たない町立病院 私の故郷の幼馴染は3ヶ月前の交通事故で重症を負い、 居住地の町立病院が医師不足のために開店休業状態。 やむを得ず、救急車で長野市内の総合病院に入院しています。
◆東京のど真ん中で過疎化の兆候を学んだ
▽森ビルの発展期の頃 1970年(昭和50)代に思い出される経験があります。 私は当時のビジネス街の最先端になっていた虎ノ門にいた。 いま、六本木ヒルズで有名な森ビルが 新橋・虎ノ門・六本木に次々とオフィスビルを建てている発展期です。
▽お江戸のど真ん中の診療所が倒産(昔の思い出) 私は当時、第5森ビルに入居していました。 その地階に診療所がありました。 待ち時間のないその診療所を私は重宝していました。 それがある日、突然に破産! 管財人の貼り紙があってビックリ! “医者が何で倒産するの?”というのが当時の実感。
▽客が来ない 勤務先の近くにスナックがあって常連の中年女性と会話するようになった。 聞くと隣のビルで親の代からの歯科医だいう。 どうせ患者が来ないので昼間から酒を飲んでいるのだという。 どうも、重度のアルコール依存症らしかった。 酒販店の旦那も宅配が激減したと嘆いていた。
▽都会のど真ん中で医療が大ピンチ。 だんだん分かってきたことは、 新橋界隈は診療所や商店を支えたのは木造の住宅街の住民だった。 ところが、森ビルをメインにビル化が進み住人がいなくなった。 記憶では虎ノ門37森ビル竣工のころであった。 華やかな都会ですが新橋・虎ノ門・六本木界隈は、 ものすごい勢いで住民の過疎化が進んでいたのです。
◆分かっていたのに手を打たなかったツケ
▽将来田舎があぶないと思った 私はこのときに都会のど真ん中にいて田舎の過疎化の兆候を感じていた。 私自身も村を棄て長野市へ家族を移住させた棄民だった。 しかし育った村の将来を考て強烈に不安を感じた。
▽的中した いま、私の生まれ育った田舎の町(長野県)で、 25年の年月を経て私の不安は的中してしまった。 (開店休業状態の瀕死の病院)
▽医療制度の改革と過疎化で田舎の病院がだめになった 私の幼い頃は村内に、個人の開業医が2軒あった。 それが町立の病院の開業の陰で廃業した。 頼りの町立病院も、いまはあぶない。 過疎化の上に医療制度の改革(改悪)で小さな病院の医師を引き揚げてしまった。 開店休業〜休業へと進んでいる。
▽嘆くだけで知恵はない 田舎病院で、まだまだ痛ましい事故が続きそうだ。 全国には同じような例が沢山あるようです。 医者がいない⇒過疎化が進む。 近い将来、日本から農漁村が消えるぞ! 都市へ人は集まり田舎がなくなる。 私には嘆くだけでよい知恵はない。 よい知恵はないのでしょかね。
■[2006] おはようございますranran(2006年10月19日 (木) 07時14分)
五茶さん おはようございます 今日も1日宜しくお願します
五茶さんの書かれている件はたまたまTVで放送していたので見ました 女性が32歳で男性が24歳でと年齢を聞いてそちらから あれ〜と 見てました(;^_^A あせあせ 出産でこんな事が起きるんだわと見ていました
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