[79] ガラスの四番 |
- 真紅 - 2005年09月17日 (土) 20時56分
僕は、弱かった。
子供のころに寿命を宣告されてから10年もたっている。
最初は5歳まで。次は7歳まで。次は10歳まで―――
これをずっと続けてきた。おかげで学校にもろくまんぞくに行っていない。
父や母もほとほと疲れているらしい。それでも僕をどこかに連れて行ってくれる。
今日も面会時間が近い。
「ガラスの四番」
「健一。今日はプロ野球を見に行かないか?面白いぞ、きっと」
「野球・・?まぁ歩き回ったりしないからいつもより疲れないかもしれないなぁ。」
「きまり、だな。母さんは待ってるそうだから男二人でゆっくりしようじゃないか。」
いつもは遊園地や水族館などに連れて行ってくれるのだがスポーツは初めてだった。
僕は昔から思い切り駆け回ったりしたいと思っていた。でも病弱で気分が悪くなる。
すこし歩いただけでも息切れを起こすのに。到底無理な話だった。
「すごい歓声だね、父さん」
「すごいだろう。一人一人の選手が生き生きしていると思わないか?」
「うん。すごいね。もう少しで試合も終わりそうだ。」
その時から、僕の人生は変わり始めた。
ある選手がホームランを打ったのだ。それも僕のところに。
「とっ・・父さん!ボールが来たよ!」
「よしまかせろ!こんなこともあろうかとグローブを用意しておいたんだ!」
父は落としそうになりながらもそのボールをとってくれた。ホームランを打った選手は 僕のほうを見てにっこりと微笑んでくれた。まるで僕の事を励ますかのように。
帰りの電車の中で僕は薄く汚れた白球を眺めながらじっと見ながら選手の事を思い出していた。僕もあの選手みたいに大きなホームランを打ってみたい。もうこんな生活は――
「父さん。僕さ、高校行くよ。」
それはあまりに突然の事だったかもしれない。父は驚いて声を出さなかったが次第に 目から涙がこぼれてきていた。
「健一・・お前がいきなりそんな事を言うなんて思っても見なかった。体は危なくない ように母さんが付いていてくれるようだ。思う存分行って来い。父さんは止めないぞ。」
父に肩をたたかれると、僕も涙が出てきた。とても、とても嬉しかった。
「転校してきた黒馬健一です。よろしくお願いします。」
幸い私立という事で不良はいないみたいだ。拍手も大きくて結構いい気分だ。 でも、交流が目的じゃない。僕は野球がしたいんだ。
「おい、新入り。一本うってみてくれ。軽く投げてやれよ。」
あの後早くも放課後になり野球部で入部テストを受けていた。あの投手、なんか怖い。
投手がモーションを構え、投げると球はまっすぐこちらに向かってきた。 早い。でも振らなきゃ。球に当てなきゃ。アテナケレバハジマラナイ。
僕がバットを振った刹那、球がひしゃげた。
「お前・・野球経験あったのか?紹介ではないといっていたが。初めてで・・・」
「ホームランを打つとは。」
僕がホームランを打った?信じられない。でも球がない。本当に・・僕が?
その後僕は野球部に手厚く歓迎され、練習にも参加した。
体は弱いからそうできないけど。
野球をやっているときの時間は、どんどん過ぎていった。
そして、練習試合の日。僕はレギュラーじゃないが代打で出るらしい。
そう監督に言われた。鼓動が高鳴り、緊張する。とても苦しい。
回はどんどん進んでいき、7回。僕は代打でバッターボックスに立った。
また投手が怖く見える。でも大丈夫だ。僕はできる!
「よし、あたった!」
球はレフト方面に飛んでいった。後はベースに走るのみ。足を動かし、地を蹴る!
ベースまで後わずか。その時、突然目の前が曲がった。ふらふらする。気持ちわるい。
僕は、倒れた。
その日からどんなに休んでも野球ができない。バットがにぎれない。走れない。
僕はどうしたんだろう。また病院での生活になってしまった。
何ヶ月も休んでいるとき、監督が見舞いに来てくれた。たくさんの手紙と一個の球を 持って。こちらに静かに歩いてくると横にあった椅子にドスリとすわった。
「なぁ黒馬、突然で悪いんだがお前は病弱じゃないんだ。」
何を言い出すんだろう。僕は昔から病室で――
「嘘をつけ黒馬!思い出すんだ。お前は幼いころに野球をやっている!」
どういうことなのか自分でも意味が分からない。何故?何故?
「俺はこの病院のカルテを見せてもらったがお前は中学に上がるころに交通事故で記憶を 無くしている!父親たちがお前が混乱するといけないと思い、偽の記憶を植えさせたんだ。 お前は勝手に病弱だと思っているだけだ。気持ち悪くなるのも後遺症じゃない。お前の心の問題だ。目覚めろ。俺たちにはお前が必要なんだ。」
・そうだ。たしか僕は野球をやっていた。小学生のときにやっていたんだ。
野球の帰りに車にぶつかって・・気がついたら病室だったんだ。
もう、心の鎖をほどいてもいい時なんだ。
この輪廻を砕くんだ。
僕は・・病気じゃない。
あれから数ヶ月。僕は公式試合に参加している。
もちろんレギュラーで。あれからもう吐き気がすることは無い。
さて、もう僕の出番だ。ゆっくりとバッターボックスに立って深呼吸する。
「こいっ!」
僕は、ガラスの四番。
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