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□ お題掲示板 □

現在メインはロマサガMSとTOS、サモナイ3です。
他ジャンルが突発的に入ることもあり。
お題は10個ひとまとまりですが、挑戦中は順不同になります。
(読みにくくてすみません…)

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偽り・08 有限 (アーク2・トッシュ&アーク)
長山ゆう | MAIL | URL

 スメリアの春を彩る花といえば、桜だろう。
 古の昔からこの国に春の訪れを告げた花は、世界を引き裂いたとすら称されるあの大災害の後も、やはり変わらず薄紅色の花を咲かせていた。
 宵闇の広がる中、微かな月明かりに照らされた桜花は、それ自体が光を放っているように見える。
 仄明かりに浮かぶ桜は幻にも似て、異界へ誘うしるべのようにも思われるのだから不思議なものだ。
 力強く根を下ろし、多くの枝を茂らせ、その身を桜花で艶やかに覆った大樹は、見る者に安らぎを与えてくれる。
 この桜の大木の下で、恩義ある父と初めて酒を酌み交わしてから、幾年月が過ぎただろうか。
 天涯孤独の身であった頃の昔よりも、組の一員となってからの記憶がより鮮明なのは、父と呼び慕った男の存在が大きかった。
 一家を喪い、新たな仲間を得てからは、状況が一変した。
 ――まさかスメリアの裏世界に生きていた自分が、世界の命運を賭した戦いなどというものに巻き込まれようとは。
 予想外の、ある種皮肉と言えなくもない立場に苦笑を禁じ得なかった。
 裏世界といえば、仲間にもう一人、似て異なる境遇の青年がいた事を思い出す。
 今でこそハンター稼業を生業にしているが、独特の雰囲気を隠しおおせるものではない。
 表社会に生きる者には朧気にしかわからないだろうが、同じ世界の一端を知る者には自ずと感じられるものがあった。
 幾度か酒を酌み交わした事もある。寡黙だが信に報いる誠実さを備えた男で、心の奥に通じる何かがあった。
「そういやあ、あいつはここへ来た事がねえか」
 旅の最中、トウヴィルを訪れる機会はあったものの、桜の時期を外したせいもあり、ここで酒を呑んだことはなかったのだ。
 一人手酌で呑みながら、彼は微かな笑みを口の端にのせる。
 桜の見頃はほんの一時でしかない。今を逃せば次は翌年になるだろう。
 残念ながら、今年の花見には間に合いそうもない。
 尤もあの男は今も世界中を飛び回っている筈だ。世界の復興に於いて、ハンターの存在は重要な位置を占めていた。腕が立つならば尚のことである。
 桜を愛でながら盃をさすには、いましばらく時間が必要だと思われた。
 とはいえ、待つと言っても数年の話だろう。大した時間ではない。
 この大樹は、あの災害を生き抜いたのだから。
 宵闇に浮かぶ桜花を見やる彼に、背後から声が掛けられたのは、その時だった。
「トッシュ」
 柔らかな声に彼の目が細められる。
 声の主はいらえを待たずに歩み寄ると、特等席に座を占める彼の隣へ腰を下ろした。
 そうして懐に抱えていた一升瓶を間に置いて、にっこりと人好きのする笑みを向けてくる。
「手土産持参だから文句は無し、でいいかな?」
「天下の勇者様が不良になったもんだよな」
 くつくつ笑いながら、トッシュは手酌を繰り返していた酒瓶を差し出した。
 応じる側も慣れたもので、いつの間にか用意していた猪口で酒を受けている。
「間違いなく仲間の影響だと思うよ」
 涼しい顔で酒を飲み干した彼に、トッシュは破顔した。
「違えねえ」
 笑みを残したまま猪口に酒を満たす。
 一陣の風が枝を揺らし、零れた花びらを攫っていった。
「ここは変わらないな」
 桜の大樹を見やり、アークが呟く。
 そう頻繁に訪れるわけではないが、アークもこの桜には昔から馴染みがあったらしい。声音が懐古の念を帯びていた。
「確かにな。なかなかどうして、自然も人間もしぶといもんだ」
「ああ、本当だ。……だから安心できるんだな」
 トッシュは人の営みを口にしたつもりだったが、アークはそう捉えなかったらしい。
 どこか苦笑にも似た笑みを見せ、猪口へと視線を落とす。
 そんな彼を横目に、トッシュは盃に残った酒を一息であおった。
 酒精が身体に満ちてゆく。
 視界に映る桜色に刹那の幻を感じたのは、宵闇の孕む気配のせいだろうか。
 空になった盃に酒が注がれる。
 心地良い水音を聴きながら、トッシュは口を開いていた。
「ここを出ようかと思ってな」
 隣に座した青年――アークは一瞬動きを止めたが、盃が満たされると酒瓶を引いた。
「そうか。寂しくなるな」
 いらえは短かった。声音にも驚いた様子がさほど感じられず、彼がトッシュの言葉を予期をしていたらしい事が察せられた。
 前々から、区切りがつけば国を出ようと考えていたのだ。
 村の復興に共に尽力して、半年が過ぎようとしている。
 これは、世界に大きな傷を残した未曾有の災害が引き起こされてからの日数でもあった。
 未曾有の災害――ある意味人災と言えなくもない悲劇である。
 引き金となったのは心の虚を突かれたロマリア国王だが、この世界に住まう人々一人一人の心の裡に、闇を引き込む要素があった。それが世界を満たしていたはずの精霊の力を弱らせ、闇の力の復活へと荷担する結果となったのだ。
 精霊の祝福を受け、その力を授かった勇者と聖母の存在は、闇を祓う大きな力足り得たが、それだけでは全ての終わりに訪れたのは世界の破滅だったろう。
 過ちを正す勇気と信頼の心、そして託された希望が、奇跡を生んだ。
 桜を見上げ、一献傾ける青年の姿を横目で見つつ、トッシュはそう思う。
 実年齢を考えればまだ少年と言えなくもない彼は、十六の歳で既に成人と変わらぬ風格を身につけていた。背負った宿命が、そうさせたと言うべきだろうか。
 旅の目的を果たし、今も故郷の復興に尽力するアークは、最早誰もが認める一人前の男だった。
 村の誰からも頼りにされる、頼もしい存在だ。
「ここにはお前がいるからな。まず間違いはねえだろう」
 日頃の村における彼の姿を思い描きつつトッシュがそう口にした途端、アークは少しばかり棘を含んだ視線を向けてきた。
 そうして些か険のある声音を返してくる。
「……前々から気になってたんだが、父さんの事を言いふらしたのはトッシュだろう?」
 思わずトッシュの口から笑いが零れた。
 その様子に、アークは深い息をつく。
 大災害を経て生き残った人々は、変わり果てた大地の惨状に嘆く力すら失っていた。
 結局、残された土地に集う人間がそれぞれに肩を寄せ合い、少しずつ復興へと歩んでいく事になるのだが、この村が早くからその一歩を踏み出せたのは、アークの存在に拠るところが大きかった。
 世界の崩壊を食い止めた少年は、亡くなったとばかり思われていたスメリア前王嫡男の息子であり、正統な王族の血を受け継いでいたのである。
 希望は心の支えになる。
 寄る辺をなくして生きていけるほど、人は強くはないのだ。
「住む場所も国そのものも無くしちまって、途方に暮れてた村のやつらをまとめたのはお前だぜ、アーク。そんなお前に村の面々が長になって欲しいと望むのは、当然っちゃあ当然の話だと思うがな」
「先に広められた父さんの出自が、嵩上げに一役買っているだろう」
 皮肉の込められた言葉は、しかしながらトッシュに反省を促す程ではなかった。どこか楽しげに細められた瞳と唇の端に浮かぶ笑みがそれを物語っている。
 元は異なる村と町であったトウヴィルとパレンシアだが、災害によって引き起こされた大地震は大きな地殻変動を伴い、小さな島国に多大な変化をもたらしたのである。
 直後に人の居住できた土地は限られた範囲しかなく、生き残った人々はそこに集って暮らし始める事となった。
 アークは村の復興の段取りをつけ、率先して力を尽くしていたが、それはあくまで村の一員として、手段を実現する力を持っていたが故の話である。
 本人は村の重鎮に納まる事など毛頭考えていなかったが、この状況下に於いて、人々が放っておく筈がない。
 人の上に立つことなど露ほども考えていなかったアークだが、自身の存在が復興の支えとなるならばと、周囲に押し切られる形で村の取り纏め役を引き受けることとなったのである。
 仮に他の人間が村長として立った所で、村の中心人物たるアークの存在を気に掛けぬわけにはいかなかったろう。
 頂点に複数の頭を戴く組織は、脆くなるものだ。
 下町に居を構えていた者の中には、モンジ一家の若頭を張っていたトッシュを頼りにしている者もあったのだが、元来彼は裏の社会に生きる人間である。
 一家でただ一人生き残ったトッシュはモンジの名に恥じぬよう、またアークを支える形で村の再建に尽力したが、表に立つ気はなかった。
 今は村全体が一枚岩となって困難に立ち向かうべき時なのである。
 だからこそ、アークが立つべきだと思ったのだ。
 それだけの偉業を成し遂げ、リーダーシップを兼ね備えた人間が、この非常事態に隠居を決め込むなど罪悪にも等しいものであったろう。
 ――何よりアークの今の立場は、彼個人が積み重ねた実績に対する正当な評価だと、トッシュは確信していたのだから。
 盃を空けたトッシュは、横目で軽く笑う。
「まあ、静かな生活を望むお前にとっちゃあ、新たな責任を背負い込むのは重荷かもしれねえが、そこんところはリーダーの星の下に生まれついた不運とでも思っておくんだな」
「……随分勝手な話だな」
 溜息混じりのアークが、内心では自身よりもトッシュに村のまとめ役を任せたいと願っていた事は、早い時期から察していた。
 だからこそ先手を打ったのである。
 一家を喪ったトッシュは、アークやポコと国へ戻ったその時、いずれ故郷を離れる事を心に決めていたが故に。
 空いた猪口に酒を注ぐトッシュへ、アークは肩を竦めて苦笑を返す。
 噂の出所を察したその時に、アークも理解したのだろう。
 だからこそ、村長という大役を一度は辞退したものの、結局は引き受けることとなった。
 そして今も尚、村の復興に全力を注いでいるのだ。
「ここにはお前がいるからな、安泰ってもんだ」
 そう。この村には、この国にはアークがいる。
 これまでアークを支える形で村の再建に力を貸していたのだが、それが目に見える形を結ぶようになった今、改めて、自分の足で今の世界を見ておきたいと、そう思ったのだ。
「まあ、そんなわけだ。ぶらりと行ってくるさ。お前の話は何処にいたって聞こえてくるだろうしな」
 自分の腕が役立つ場所が残っているかも知れないと思ったのも、理由の一つ足り得るだろうか。
 剣客一人の腕など、たかが知れている。自惚れが過ぎるかもしれない。
 だが。
「落ち着いたら、知らせてくれよ」
 応じるアークの声音には、強い信頼が込められていた。
 トッシュ自身、村の外に求める場所があるという確証をつかんでいるわけではない。
 しかし旅を決意した当人よりも、むしろアークの方がそれを確信している節があった。
 何者にも揺らぐ事のない、真っ直ぐな眼差しが、トッシュを見つめている。
「いつになるかはわからねえけどな」
 その視線をどこか面映ゆく感じながらも、見返すトッシュの表情はこれまでになく穏やかであり……。
 アークは安心した様子で微笑んだ。
 再び桜を見上げて猪口を傾けるアークを見やり、トッシュがふと意味深な笑みを浮かべる。
 そして。
「お前はこうして落ち着いたんだ、さっさとガキこさえろよ」
「っ!?」
 アークがむせた。
 完全に不意打ちだったらしく、幾度も咳き込む羽目になる。なまじ酒を呑んでいたものだから、刺激は水や茶の比ではない。
 くつくつと笑いながら、トッシュは手酌で盃を満たし、一気にあおった。
「やんちゃ坊主かお転婆娘か、何せ母親があのククルだからな、容易に想像がついちまう所だよなあ」
「トッシュ!」
 苦しい息の下から、それでも抗議の声を上げるアークを楽しそうに見つめるトッシュの口元には人の悪い笑みが刻まれている。
 アークは何とか息を落ち着かせたものの、咄嗟には効果的な反撃を思いつかなかったらしい。
 ここは実年齢一回り以上の差を見せつけたといえるだろうか。
「その報せも楽しみにしてるぜ」
 軽く盃を掲げてみせるトッシュへ、アークは言葉少なに応じた。
「……まあ、いずれは、かな」
 これ以上は無粋というものである。
 その後は深まる宵闇に浮かぶ桜を肴に、静かな酒宴が続いた。
 盃を重ねていたトッシュが再び口を開いたのは、月が中空から桜花を照らし始めた後である。
「なあ、アーク」
 その名を呼びつつ傍らの相手を見やる。
「何だ?」
 応じる声に変化はない。
 既にトッシュ愛用の酒瓶は空になり、アークが持参した一升瓶の中身も半分程減っていたが、酒にのまれている様子はなかった。
 将来が楽しみだと思いつつ、振り向く彼を眩しそうに見ながら、トッシュは柔和な笑みを浮かべた。
「良かったぜ、本当によ」
 こうして村にいることが。
 ――あの戦いから、生還できたことが。
 言葉にせずとも伝わったのだろう、アークもまた笑顔を返す。
「ああ。ありがとう、トッシュ」
 満ち足りたその笑顔が全てを物語っていた。
 一陣の風が吹き、桜の花が舞う。
 桜花に誘われるようにトッシュは大樹を見上げた。
「何年か……そうだな、五年後、この桜を肴に皆で花見と洒落込むか」
 言いつつ投げかけられた視線を受け、アークは嬉しそうに頷いた。
「ああ、それはいいな。楽しくなりそうだ」
 そうして桜を見やり、一献傾ける。
 隣で静かに呑むアークの姿に目を細め、トッシュは五年後の賑やかな宴を頭の中に思い描く。
 世界の傷を癒しながら、共に歳を重ねられる喜びを噛みしめ、トッシュは盃を空けた。


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 「if」話です。書き手の願望が込められております。
 ひょっとしたらこういう未来もあったのかもしれないと。そんな願望の入ったif話。

 2のED後、桜を愛でるトッシュを書いてみたいと思ったのですが、アークと盃を交わす姿が見たくなりました。…多分未成年ですがそこはそれ(笑)。
 おそらくこの世界では、アークは故郷の復興に尽力して、皆に望まれて長となるのではないかと。責任ある立場からは逃れられないにしても、平穏無事に生涯を閉じるのではないかと思います。
 子どもは一男一女、ククルに似たやんちゃ坊主と少し大人しい女の子の二人に恵まれ、賑やかな家庭を育んでいく…。そんな未来図を思い描いています。


2007年04月10日 (火) 21時14分 (67)

偽り・09 掴みそこねた者 (TOS・クラトス+ロイド)
長山ゆう | MAIL | URL
(クラトス過去ネタバレです)


 不意に、クラトスは目を開いた。
 視界に飛び込んできたのは、眠りに落ちる直前に見た薄暗い天井。
 同時に昨日、船の移動で町へ辿り着き、多少の揉め事はあったものの、無事に宿を取ることができた経緯を思い出す。
 窓から漏れる月明かりが朧気に室内を照らしていた。
 夜空に浮かぶ月の位置は、眠る前に見たそれとほとんど変わっていない。
 どうやら、さほど時間を置かずに目覚めたらしかった。
 クラトスは視線を隣のベッドへと向ける。
 同室の少年は深い眠りについているようだった。規則正しい寝息が聞こえてくる。
 一度眠ってしまうと、朝を迎えるまでまず目を覚まさないのだ。
 護衛役を買って出た者として褒められたことではないが、正式に雇われたのは傭兵と称したクラトスである。自身が共に旅する間は、構わぬ話だった。
 むしろ旅で疲労した身体を休める方が重要である。
 残した疲れが翌日に響けば、足を引っ張られかねないのだから。
 ふと、クラトスの口元を笑みが掠める。
 もっともらしい理屈を捏ねてみたものの、少年の熟睡は単に普段から眠りが深いだけの話だと思われたためだ。
 ただ、今宵の深い眠りは、稽古疲れも手伝ってのことかもしれなかった。
 旅を始めてからのロイドは未熟な腕を自覚していたらしく、いけ好かない相手である自分へ剣術の稽古を望んだのだ。
 切り出したのはクラトスだったが、渡りに船と応じたのはロイドである。
 出逢った当初は反感を抱いている事を隠しもしなかったものだが、それでも、いやそれ故に、卓越した剣術の腕に一目置いていたのだろう。
 共に過ごす時間が増えたせいか、打ち解けてきたロイドは様々な表情を見せるようになった。
 言葉を交わす時間も増え、彼の生い立ちにまつわる話もいくつか聞く機会を得たのである。
 クラトスはしばしロイドの寝顔を見つめていたが、やがてベッドを降りると、眠る少年へと歩み寄った。
 そのベッドに横座りになり、指先で額に触れる。
 寝息に変化はない。
 クラトスは手のひら全体でロイドの頭に触れ、髪を撫でた。
 僅かでも変化があれば手を引くつもりだったが、その様子はない。

 ──喪ったと思っていた。

 聖堂の前で現れた少年の名を聞いた時、よくも驚愕が表情に出なかったものだ、と思う。
 名前だけで、明瞭な確信を抱けなかったせいもあったとはいえ。
 十数年前、その場で寄せ集めた木ぎれを標として建てたはずの妻の墓標が、石造りのそれに整えられていた事をこの目で見た時、確信に至ったのである。

 まさか、再会が叶うとは。

 懸命に両手を伸ばしても腰にも届かなかった幼子が、今は肩を並べるほどに成長し、剣を振るっている。
 大切なものを、守るために。
 ロイドの髪を梳くクラトスの手が、止まった。
 安らかな寝顔は、心地良い眠りを暗示しているのだろう。日中の活動は睡眠を求める。
 今はまだ、こうして心穏やかに眠ることができるのだ。
 これから封印を解き、神子の変化を目の当たりにした時、果たしてこの少年は安眠を得られるのだろうか。
 世界再生と神子の命。この二つは決して相容れないものである。
 二者択一を求められた時、ロイドはどちらを選ぶのか。

「……喪くした生命は戻らぬぞ、ロイド」

 呟きは少年の耳を素通りする。
 届くわけがない。今、彼の意識は眠りの中にあるのだから。
 だが、届かぬと知って尚、言葉にせずにはいられなかった。
「一度選んだ道を引き返す事など、出来はしないのだ」
 後悔した所で、喪ったものは還ってこない。
 十数年前に自らも経験した、揺るぎない事実である。
 クラトスはおもむろに立ち上がり、眠る少年を見下ろした。

 ──お前は、間違えるな……。


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 パルマコスタ辺りで、こんなやりとりがあったかもしれないなと。
 クラトスは救いの塔へ近づくにつれ葛藤が大きくなっていたと思うのですが、
 やはりロイドには自分と同じ轍を踏んで欲しくないと願っていたのではないかと。

 アンナの墓の個人設定。
 クラトスはアンナの遺体をその場で埋葬して周囲の木ぎれを使った墓標を立てて、その場を去っています。
 後にダイクが墓標に気づき(この時既にエクスフィアに宿ったアンナからロイドを託されてます)母子に同行者がいたことを知るのですが、確たる証拠がないので墓標を立てた人物の存在はロイドには伏せたまま今に至ります。
 このエピソードも、いずれ書きたいですね。

2007年03月01日 (木) 22時25分 (66)

偽り・02 透きとおった嘘 (TOS・リフィル&コレット&クラトス)
長山ゆう | MAIL | URL
(シルヴァラント編の後半ネタバレを含みます)


 最初に授けられたのは、透き通る美しい羽根。
 同時に与えられた、食を不要とする身体。
 続いて授けられたのは、遠い先まで見通す瞳と、微かな音も聞き漏らす事のない耳。
 同時に与えられた、眠りを不要とする身体。
 そうして……。
 ――否、失ったのだ。
 味覚を、睡眠を、感覚を、声を。
 遙か彼方まで見通す瞳と、微かな音さえ拾う耳と。
 この世界で生きる為に必要なものを失い、不要なものを取り込んでゆく。
 それが『天使』になるということなのだと、コレットは薄々察していたのだろう。
 身近な者に相談することもなく、恐らくただ一人でその変化に耐えていたのだ。
 ロイドが気づかなければ、皆の前で明らかにしなければ。
 最後の最後まで、自分にはその変化を見抜けなかっただろう。
 己の不注意を痛感する。
 神子となる少女たちの行く末を知っていながら、気づく事ができなかった。
 ――世界再生の礎になるとはいえ、あまりに残酷に過ぎるのではないか。
 コレットと掌を使った会話をしているロイドを見やり、リフィルは我知らず溜息をついた。
「姉さん?」
 弟のどこか不思議そうな声音に、リフィルは慌てて彼に向き直る。
「何かしら、ジーニアス」
「どうしたのさ、ぼんやりして」
「大したことではなくてよ。で、ここだったわね」
 弟の勉強を見ていたリフィルは、頭を切り換えて彼の指し示す数式を目で追った。
 計算自体は間違っていない。ただ、引用すべき定数を誤っていたために、全く異なる結果を導き出したのである。
 その点を指摘すると、ジーニアスはすぐに得心がいったようだった。
「ああ、そうか。成程ね。ありがとう、姉さん」
 その場でチェックを入れて、自習を再開した弟に優しい瞳を投げかけ、リフィルは再びコレットとロイドへと視線の先を転じる。
 笑顔で言葉を交わす二人から届くのは、ロイドの声のみだ。
 リフィルは微かに溜息をつくと、手にしていた書物へと視線を落とした。

 野営をする事となったその日、見張りのクラトスを除いた全員が寝静まるのを待った上で、横になっていたリフィルはそっと身を起こした。
 焚き火から少し離れた場所に座る少女へ歩み寄る。
 眠ることが出来なくなったと皆に知れてから、コレットは眠りを装わずに朝を迎えるようになっていた。
 これまでは皆に心配をかけぬよう、眠ったふりをしていたのだ。それを思うとやるせなくなる。
「ちょっと、いいかしら?」
 リフィルが起き出した事に気づいていたのだろう、コレットは特に驚く様子もなく、笑みを浮かべて頷いた。
 天真爛漫な少女の笑みが、却って痛ましく感じられる。
「コレット。この世界再生の旅の意味するところは……貴女にも、もうわかっているわね」
 言葉を濁しながらも問いかけるリフィルへ、コレットは黙って頷く。
「だったら、せめてロイドにはきちんと伝えるべきではなくて?」
 時間は残されていないのだ。
 しかしコレットは首を横に振る。
「コレット……」
 少女はリフィルの手を取った。そうして、掌に文字を綴る。
 ――ロイドが知ったら、きっと止めようとするから。
 胸を衝かれたようにリフィルは口を閉ざす。
 それは、決して望んではならない事だ。
 だから最期まで黙っていたい。
 残された時間は長くはないけれど、せめてその間はロイドに普通に接して欲しいから、と。
 無力な自分を思い知らされるのは、こんな時だ。
 どれほど過去の遺跡についての知識を深めようとも、世界の摂理を曲げることは叶わない。
 ――コレットの死をただ見つめるしかないのだ。
「そうね。私が言うべき事ではないのに、無理を言ったわ。ごめんなさい」
 コレットは首を横に振り、そっと微笑みを返す。
 ――ありがとうございます、先生。
 その透き通るような無垢な笑顔に、リフィルは鈍い胸の痛みを覚えた。

 明けて翌日。
 先を急ぐ旅の短い休息時間に、珍しくクラトスがリフィルへと話しかけてきたのである。
「選択肢の無い者へ有り得ぬ道を提示するのは、残酷ではないのか?」
 リフィルは言葉を失った。
 昨日の会話を聞かれているであろう事は承知していたが、このように咎められるとは思わなかったのだ。
 不用意な発言は悔恨を生む。居たたまれない心持ちを覚えたリフィルは、逃げるように傍らに立つクラトスから視線を逸らしていた。
 不意に、歓声が上がった。
 笑っているのはコレットとジーニアス。ロイドが何故かコリンを追いかけており、しいなは呆れた様子でそれを見守っていた。
 微笑ましいはずのその光景に、もの悲しさを感じるのは、致し方のないことなのだろう。
 目を伏せた彼女から子どもたちへと視線の先を転じ、クラトスは続けた。
「昨夜のあれは神子に問うべき事ではなかろう。むしろロイドが気づいて然るべきだ」
「……神子であるコレットとロイドでは、知り得る話が違いすぎるわ」
「少し考えればわかる話ではないか」
 声音に含まれる厳しさに、リフィルは伏せていた瞳を彼に向けた。
 ロイドを見るクラトスの視線が険しさを帯びていると感じたのは、気のせいだろうか。
 しかしそれよりも、彼女が不可解に感じた事は。
「――貴方はいつ気づいたの?」
 クラトスがリフィルへと視線を落とした。
「一介の傭兵が、世界再生における神子の存在意義を知るなんて」
 彼女の怜悧な眼差しを見返すのは、内面を窺わせることのない鳶色の瞳。
「神子の変化を知れば察することはできる。これまでの旅の逸話を知れば尚のことだ」
「そうかしら。巷に膾炙している逸話を知った所で、具体的な事実は出ていないはずよ」
「では何故、お前はその結論を導き出した?」
 世界再生の旅へ同行するにあたり、クラトスはリフィルと共に、その手順についての説明は受けている。
 だが、それ以上の話は無かったのだ。
「……貴方は一体何者なのかしら」
 傭兵は金銭と引き替えに対象の護衛を生業とする人間である。神子の存在意義など知る必要はない。
 クラトスは唇の端に微かな笑みを浮かべた。
「傭兵風情が知ることではない、か?」
「そうね。少なくとも私は神託の村にいたからこそ、世界再生に関する知識を得ることが出来たわ。でも貴方にはそんな機会がないはずですもの」
「一所に落ち着かずとも、世界を旅していれば自ずと知り得る機会がある。それだけだ」
 事も無げな口調だが、それほど簡単な話ではないのだ。
 世界再生だけではない。
 そもそも精霊との契約についての知識など、一介の傭兵が持ち得るものではないのだから。
「それだけ、ね。だけど……」
「姉さん、ちょっとこっちに来てよ!」
 不意に響いたジーニアスの声に、リフィルの注意が削がれた。
「回りを見てくる」
 短く言い残して身を翻したクラトスへ、些か遅れて声を掛けようとしたその時、リフィルの腕を引く手があった。
「……コレット」
 彼女の腕をつかんだ少女は、クラトスへ穏やかな眼差しを向けていた。
 その表情を見れば、コレットが正体不明の傭兵に信頼を寄せている事が伝わってくる。
 やがて少女はリフィルを見上げ、そっと笑いかけた。
 普段とは異なる、静謐な微笑みで。
 ――何か知っているの?
 疑問はしかし、声に出すことができなかった。
 全てを受け止めたコレットの微笑みは、リフィルの疑問を封じるだけの何かを秘めていたのである。
 リフィルは改めて離れてゆくクラトスの背を目で追った。
 正体不明のあの傭兵には、気に懸かる点が多い。
 これまでに疑問を抱いたことが一度や二度ではないのだ。
 ……けれども。
 少なくとも、クラトスがコレットを不憫に思う気持ちに偽りはないのだろう。
 抗えぬ運命と知るからこそ、コレットに負担をかけるなと。
 ――気づかぬロイドに苛立ちを募らせているのだろう、と感じられた。
 彼がロイドに向ける感情が何に根差すものなのか、そこまではわからないけれども。
 少なくとも、コレットはクラトスを信頼している。信頼に値する何事かがあったのだろう。
 リフィルは肩の力を抜いた。
 今ここでクラトスを追求したところで、益はない。
 その様子で彼女が警戒を解いたと気づいたらしく、コレットは嬉しそうな笑顔でリフィルの腕を引いた。
 ロイドたちの声が聞こえてくる方向へと。
 残された時間、コレットはこうして朗らかに笑うのだろう。
 そんな少女の姿にもの寂しさを感じながらも微笑みを返し、リフィルはコレットに誘われるまま、弟たちの元へと歩み寄った。


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 コレットは本当にいじらしくて。
 感覚を失っていた事をロイドが見破るイベントは泣けました…。
 リフィルは神子の結末を知っていたはずですから、コレットの笑顔を見るのがつらかったのではないかと思います。
 そしてクラトスは結末を予測していないロイドに、内心で苛立ちを感じるようになっていたのではないかなと…。
 今気づかなければ取り返しが付かない、後戻りが出来ないと彼は知っているわけで。
 ロイドを知るにつれて、クラトスの葛藤も大きくなっていたのではないかと思います。
 
2006年12月15日 (金) 00時07分 (65)

偽り・10 聖典の辟易 (TOS・ゼロセレ幼少期)
長山ゆう | MAIL | URL

「お兄様!」
 頬を上気させた幼い少女が、彼に駆け寄ると同時に抱きついた。
「おいおいセレス、淑女のする事じゃねーぞ?」
 窘めるゼロスの声には、しかし笑みが含まれている。
 セレスは慌てて身を離すと、頭を下げた。
「ご、ごめんなさい、お兄様。でもいらして下ったのが嬉しくて……」
 ゼロスは片膝をつくと、恥ずかしさに頬を染める少女の顔を覗き込んだ。
 そうして笑顔を浮かべてみせる。
「俺も会えて嬉しいよ、セレス。体調はどうだ?」
「今日は大丈夫です。お兄様が来て下さったんですもの、寝込んでなんていられませんわ」
「そいつは良かった」
 はにかむ少女が愛おしくてたまらなかった。
 修道院の外の世界を知る術を持たぬ腹違いの妹に事実を伝えることなく、ただ純粋に兄を慕う少女を愛でていた。
 知らぬ方が幸せな事もあると心の中で言い訳を繰り返していたのは、果たして彼女のためだったのか、それとも自分の為だったのか。
 いずれ知ってしまうであろう真実を、ただひた隠しにしていた理由は。

 幾度目の訪問だったろうか。まだ両手の指で足りる程の回数だったはずだ。
 ゼロスの来訪を受けて、セレスが彼の前に現れた時、夢から覚めたと悟った。
 必要以上にゆっくりとした足取りは、これまでの彼女からすれば考えられないものであり、どこか強張った表情とやや青ざめた顔色は、これまで知り得なかった何事かを知ったのであろうと容易に想像ができたのである。
「神子さまは母が処刑されたことをご存知でしたのね」
 初対面の折、セレスが彼を兄と呼んで以来、ゼロスは彼女に自分を神子とは呼ぶなと言い含めた。
 この肩書きによって失った物があまりに多すぎた故に。
 セレスは聡い娘である。彼の言葉に何かを察したのだろう、以降は二度とその肩書きを口にはしなかった。――これまでは。
 淡々とした少女の口調に、ゼロスはあっさり首肯した。
「……まあな。何せ俺を殺そうとして捕まったわけだし」
「母は私を神子にしたいと、そう考えていたのですね」
 淡々と続けられる声は密やかだが、むしろその静寂は彼女が心に抱く深く大きな感情を押し殺したが故であろうと思われた。
 頼りなげな風貌を支えてやりたいと思う反面、既にその資格を失っている事をゼロスは直感する。
 だからこそ、ただ彼女の言葉に同意した。
「だろうな」
「でも、私は神子にはなれませんわ。だって現にこうして神子さまがいらっしゃるもの」
「…………」
 亀裂の走る音は、破壊の不吉な前兆だった。
「お父様がそうお望みになっても、母が命を賭して望んだとしても、叶えられるはずがありませんのに」
 ゼロスの瞳が鋭い光を帯びた。
 名ばかりの父親は、彼にとって神子の肩書き以上に嫌悪の対象なのだと、それを知った上での発言だと察したが故に。
「神子さま」
「……なんだ?」
「もう二度とこちらへは足をお運びにならない方がよろしいかと存じますわ」
 毅然とした拒絶を見せた少女へ、憎しみに似た感情が湧き上がる。
 しかし同時に、彼女を美しいと思った。
 凛とした強さが、あどけない少女にこれまでに見られなかった彩りを添えていたのである。
「……そうだな、お互いの為にもその方が良さそうだ」
 踵を返したゼロスは足を止め、振り向きざまに小さな珠を少女に投げた。
 しかし、距離が届かず珠は彼女の足下に転がった。セレスはそれを意外そうに見つめる。
「そいつはクルシスの輝石っつってな、神子の象徴だよ。預けるわ」
「どういうおつもりですか?」
「気まぐれって奴?……必要になれば取りに来るさ」
 一瞬、セレスが怒りに頬を染めた。
 その表情を見届け、ゼロスは扉に向かうと片手を振って見せる。
「じゃあな、セレス」
 いらえのないまま、ゼロスは部屋を出て行った。
 部屋を離れながらも扉の向こうの少女の足音へ神経を集中させていたのだが、建物から外に出るまでの間、それが彼の耳に届くことはなかったのである。

 そういえば、と思う。
 トクナガは執事としてセレスと共に修道院にいたのだが、幽閉されている彼女とは異なり、外界の状況をある程度は把握していたはずである。
 何故、母親が処刑された事実を、彼はその後もセレスに伝えなかったのか。
 ゼロスの訪問を受け入れ、セレスと過ごす時間をただ見守っていたのだろう。
 無表情にゼロスを迎え入れ送り出すトクナガからは、その真意は伺えない。
 ただ、セレスへの忠義に篤いことだけはわかるのだが。

 もう決して見ることの出来ないであろう明るい笑顔。
 それでも尚、会いたいと思わずにはいられないのだから不思議なものだ。
 外界と遮断された世界の中、他に訪れる者のいないこの修道院を訪れるのは、母親の仇でしかない腹違いの兄のみである。
 神託を覆すことが出来るならば。
 神子という肩書きなど、いっそ捨ててしまうことが出来たなら。
 ――あの男も、どれほどにそれを渇望したことだろう。
 神託によって引き裂かれた男女の愛娘たる少女と、得られるはずの無かった生を与えられた自分自身と。
 世の不条理を嘆くに相応しいのはどちらだろうか。
「……らしくないこった、俺さまともあろう者が」
 嘲りというには鋭い笑みが唇の端に浮かぶ。
 そうして過去の思い出から立ち返ったゼロスは、形作る笑みを軽薄なそれにすりかえ、自室を後にした。


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 ゼロセレ、二人が道を分かった過去話です。
 セレスが母親の処刑を知るまで、少し時間が掛かったのではないかと思いました。
 セレスは元来身体が弱かったようですから『静養』という名目で、早々に母親から引き離されていたのではないかと。
 先代の神子の娘ということで、教会に目を付けられていた節もありますし。
 事件の後も何も知らされぬまま、やはり静養という名目で修道院に移されて、何かが起こったと察しているものの、原因がわからないままで。
 言いしれぬ不安を抱く中にゼロスが現れ、彼を慕うようになっていったけれど……という感じ。
 ただ年齢がどうにも想像できなかったので、その辺りは少しぼかしておりますが…(汗)。

2006年10月22日 (日) 20時33分 (64)

偽り・03 猫の目(ロマサガMS・グレミリ+ガラハド)
長山ゆう | MAIL | URL

 術を放つ瞬間の鋭い眼差し。
 思った通りの効果を上げたと知った時の勝ち気な表情。
 ……久し振りに、戦闘中のミリアムの顔を見た。

 ミリアムが加わって最初に遭遇したモンスターとの戦いを、ふと思い出す。
 不意を突かれて咄嗟に動けなかった彼女を、即座に庇ったのはガラハドだった。
 重装備なガラハドは動きが緩やかな分、一旦守りに入れば鉄壁の盾になりうる。反面、攻撃に転じるのは難しいのだ。
 故にグレイとガラハドは戦闘において、自然と攻守を分担していた。
 双方が得意とする戦術で、あまたの戦いをくぐり抜けてきたのである。
 ――しかし、今回は。
 新たに仲間に加わった少女がどれ程の力を秘めているのか、まだグレイはその目で確かめたわけではない。
 ただ、自信に満ちた眼差しを信じてみる気になったのだ。
 この程度のモンスターならば二人だけでも事足りる。彼女に実力がなかったとしても、問題にはならない。
 だが。
 グレイは攻撃に入る直前、ミリアムに短く指示を出した。
「火術を頼む」
 動揺も露わな瞳を捉えてそれだけを言うと、彼は刀を鞘走らせ、モンスターへと斬りかかった。
 敵は三体。中型である。囲まれれば厄介だが、一体はガラハドに集中していた。
 グレイは残る二体の動きを読みながら、動作が緩慢な方に重点を置いて攻撃を加えてゆく。
 モンスターの動きに神経を集中させるグレイの耳に、術を詠唱する声が届いた。
 狙った獲物に致命傷となる一撃を浴びせかけた、その時。
「ヘルファイア!」
 鋭い声音に続いて、左からグレイの様子を伺っていたモンスターを業火が包み込んだ。
 モンスターの生気を糧に激しく吹き上げる炎に、一瞬目を奪われた。
 火術を間近に見る機会がほとんど無かった所為もあるだろう。
 炎は何もかもを焼き尽くす。普段の生活に於いてもそれは変わらない。
 攻撃属性を秘めた元素は、実際に戦闘で繰り出されたその時、想像以上の効果を発揮した。まさに業火――地獄の炎である。
 敵と距離を置き、ちらと見やった視線の先で、杖を構えた少女は炎を上げる敵に対して鋭い眼差しを向けていた。
 グレイは致命傷を負ったモンスターに止めを刺し、最後の一体の様子を確認する。
 こちらも、ほぼ片が付いていた。
「終わったか?」
 問うてきたのはガラハドである。グレイは頷きを返し、刃の血糊を拭って武器を鞘に納めた。
 そうして杖を手にしたまま硬直している少女へ歩み寄る。
「大したものだな」
 弾かれたようにミリアムが顔を上げた。
 幾分青ざめているものの、こちらへ向けた視線はしっかりとしている。
 勝ち気な人間は概して他人に弱みを見せようとしないものだ。
 不意打ちに近い状態で戦闘に入ってしまったが、その中で己の腕前を披露したこの少女に、グレイは冒険者の資質を見出していた。
 簡単な術ならば、誰でも覚えることは可能である。冒険者ならば水属性の癒しの術を身につけるのは基本と言っても良い。
 だが、これはあくまで保険なのだ。前戦で戦う者が回復を気にする余裕はない。
 第一術法を操るには素養が必要である。グレイやガラハドが癒しの術を使ったところで、傷の回復など微々たるものだ。ならばむしろ術に要する時間も敵へ攻撃を加える方が効率が良い。
 術を攻撃手段として用いるならば尚のこと、素養を持つ者が扱わねば意味がない。
 また、戦闘に加わるには度胸も必要だ。敵と対峙したその時に実力を発揮できなくては、どれほどの使い手であろうとも道行きを共にすることなど不可能である。
 ──そしてこの少女は、その希有な存在なのだった。
「啖呵を切っただけの事はある」
 グレイの表情が和らいだ。微かな笑みが口元に浮かぶ。
 一瞬目を丸くしたミリアムは、ややぎこちない動きで構えていた杖の先を地につけた。
 深い吐息と共に肩の力を抜いて、杖に全身を預ける。
「……驚いた。いきなりなんだもん……」
 脱力する彼女へガラハドが穏やかに笑いかけた。
「冒険者の旅は危険と隣り合わせだからな。しかし初陣があれならば素質は十二分にあるだろう」
 ミリアムが勢いよくガラハドを振り向いた。
「じゃあ……!」
 瞳を輝かせる少女へやや苦笑の入り交じった笑みを返し、ガラハドはグレイに視線で問いかける。
 女性と旅を共にする事を渋っていたこの男が折れたのである。
 グレイに否やはない。
 むしろ彼は術師の加入を歓迎していたのだから。
 短時間の間にくるくると表情を変えた少女は、最終的に満面の笑顔で喜びを表した。
 北エスタミルの町から半ば強引に二人についてきたミリアムは、ここで初めて彼らに迎え入れられたのである。

「やっぱりミリアムの術ってすごいよね」
 遭遇した敵モンスターを合成術で一掃したミリアムへ、アイシャは感嘆の眼差しと共に賞賛の言葉を送った。
「ふふ、ありがと」
 ミリアムは自信に満ちた微笑みでそれに応えている。
 豊かな感情のままに喜怒哀楽を表に出すミリアムは、時にアイシャよりも幼さを感じさせる所がある。
 だが、今しがたの笑みは勝ち気な気性の彼女があざやかに輝く表情であり、同時にグレイがもっとも魅せられる笑顔だった。


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久しぶりのグレミリです。
猫の目というと、くるくる表情を変えるミリアムかなと。
やっぱりミリアムは勝ち気な笑顔が似合いますね。


2006年10月17日 (火) 21時55分 (63)





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