酒場で楽器を奏でていた吟遊詩人は、扉の開かれた音に顔を上げた。 演奏の手を止めることなく、新たに酒場へと足を踏み入れた一行を観察する。 幾度か言葉を交わした記憶のある者たちだった。 吟遊詩人という肩書きを持つ彼は、あらゆる町で数えきれない程の人々とささやかな関わりを持つ。 言葉を交わし、望まれれば楽を奏で、語らうことで詩の題材を得ることもあるのだ。 当然ながら、一度しか会うことのない者もいれば、幾度か顔を合わせる者もいる。 そういった中で、この顔触れに含まれる少女の存在が、吟遊詩人に一行の存在を強く印象づけていた。 ガレサステップに住まうタラール族の少女。 屈託のない笑顔が印象的なこの娘は、行方不明となった一族を捜していた。 タラール族がガレサステップから姿を消してしばらく経つが、その行方は杳として不明であるらしい。 職業柄世情に詳しい彼の耳にも、タラール族のその後については未だ何の噂も届いていなかった。 顔を合わせるたび、少女は詩人に何か噂を知らないかと尋ねてきたが、そのたびに色好い返事が出来ない事を気の毒に思っていたのである。 テーブルのひとつに腰を落ち着けた一行の人数が減っている事に彼が気づくとほぼ同時に、話し声が聞こえてきた。 「ガラハドを捜そうよ。多分この辺りの町にいるんだろうし」 「だがヤツは何とかいう武器を探すと言っていたぞ。クリスタルシティでは姿を見かけなかったしな。果たしてすぐに見つかるか」 「そういえば、ガラハドって武器蒐集が自慢だったっけ……。あーもう、どこまで探しに行ってるんだい!」 出来るだけ声を潜めようとしているらしい女性の声は、しかし意に反して周囲に筒抜けである。 パーティのリーダーである青年は、何事かを考え込んでいる様子だった。 そして、詩人が気に懸けている少女は、沈んだ表情で俯いている。 隣に座を占める品の良い少年が気遣う視線を向けているのだが、意識に届いていないらしい。 演奏を終わらせた吟遊詩人は、周囲から向けられた賛辞に笑顔を返してその場を離れ、曲の余韻が消えた頃に目当てのテーブルへと近づいた。 先程から話は全く進んでいないらしく、テーブルの上には手つかずの料理が残されている。 グラスの酒は減っていたが、ノンアルコールの飲み物はカウンターで用意された状態のままだった。 「少しよろしいですか?」 話しかけた彼に四人の視線が集中する。 それぞれが大なり小なり訝しげな感情を向けてくる中、詩人は穏やかな笑みでそれに応えて言葉を継いだ。 「実は先程、皆さんのお話が聞こえまして……よろしければ私を一時、旅の仲間に加えていただけませんか?」 一瞬の沈黙。 「詩人さん……を?」 呟くように尋ねたのはタラール族の少女──アイシャだった。 「はい。そろそろ新しい詩の題材を探したいと思っておりまして。こういう時は冒険者の皆さんに同行させていただくのが一番の近道ですから」 詩人が彼女へ微笑みかけると、アイシャは少し困惑した面持ちでリーダーの青年へ視線を向けた。 同様に上品な顔立ちの少年と華やかな雰囲気を持つ女性の視線が彼へと集中する。 詩人もまた彼へ向き直った。 「これでも身を守る術は心得ております。一人旅を繰り返しておりますし、詩の題材は安全な場所にばかり残されているものではありませんからね。足手まといにはなりませんよ」 言いつつ、彼らから感じる躊躇いを帯びた空気に、詩人は少しばかり考える。 行きずりの吟遊詩人の提案は、すんなりと受け入れるには難しいものだろう。 この青年が求めているのは戦力になる人間だ。実戦のひとつもこなして見せるべきかもしれない。 「何か得意とするものはあるか?」 「剣術と弓です。光の術法には自信がありますよ」 詩人の言葉に女性が反応を示した。興味と闘争心がない交ぜになった表情である。 グレイは検分するように相手を見つめ、やがて軽く頷いた。 「いいだろう」 「グレイ!」 「確かに腕は立つようだ。今の俺たちが戦力不足なのは事実でもある。条件に適っているだろう」 一同を見回すグレイの視線が女性の上で止まった。 彼の瞳を見返していた彼女は、やがて勝ち気な笑みを浮かべる。 「グレイがいいならあたいは構わないよ。詩人さんが仲間なんてオツだしね」 そうして彼女は詩人へ笑顔を向けた。 「よろしくね、詩人さん。ご自慢の術法の腕を拝むのが楽しみだよ」 術法使いらしい女性の言葉から、彼女自身の腕に対する自負が伝わって来る。こういった率直な態度は、むしろ彼に好感を抱かせた。 「詩人さんが一緒なんて嬉しいな。色々なお話聞かせてね」 彼が同行を申し出た一番の理由である所の少女が、嬉しそうな声を上げる。 「ええ、喜んで」 先程の沈んだ表情が影を潜めている事に、詩人は内心で安堵を覚えていた。 とんとん拍子で話が進んだ事に対して、危惧の声が上がったのはこの時である。 「でも、いいんですか?」 「アルベルトは反対か?」 「いえ……その、あまりに突然の話でしたから」 名指しで問われ、品の良い様子の少年──アルベルトが言葉を濁す。 「確かにアルベルトさんのご心配は尤もですね。素性の知れぬ吟遊詩人の提案を受け入れる事に躊躇いを覚えて当然だと思います」 「あ、いえ、そういうわけではないんです。私も幾度か貴方とお会いしていますし、とても感じの良い方だと思っておりましたから。ただ、その……」 「私の剣術や術法の腕については、貴方の目で見て判断して下さい。期待を裏切るつもりはありませんよ」 少年を安心させるように言葉を重ねて微笑みかけると、彼は消極的な否定を飲み込んだ。 頷きはしたものの、釈然としない様子のアルベルトへ、詩人は密やかに耳打ちをする。 「ご心配なく。貴方が危惧している事はありませんから」 驚いて振り向いてきた少年を見やり、詩人はおやと彼の顔を見た。 そうして口の端に苦笑を浮かべる。 「いえ、何でもありませんよ。ともあれこれからよろしくお願いしますね」 「……はい」 思いの外、進行状況が緩やかであることを知った吟遊詩人は、しばし間近で彼らの様子を見守ることとしたのである。
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アイシャを一歩下がった場所から見守っていた詩人さんですが、気がかりが出来たので行動を共にすることにした、という話。 この話の少し前にジャミルがアサシンギルドの調査でパーティを一時離脱しています。 その後、スカーブ山登り1回目で戦力不足を認識したグレイ達が臨時で仲間を捜していた所へ、詩人さんが声をかけたわけですね。 ふとした気まぐれで…という予定だったんですが、その点ちょっと薄かったなあ…。
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