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□ お題掲示板 □

現在メインはロマサガMSとTOS、サモナイ3です。
他ジャンルが突発的に入ることもあり。
お題は10個ひとまとまりですが、挑戦中は順不同になります。
(読みにくくてすみません…)

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記憶・05 一枚の写真 (TOA・アッシュ&ガイ)
長山ゆう | MAIL | URL

(アクゼリュス後〜ユリアシティのネタバレを含みます)


 アッシュの振るった剣に打ち倒され、衝撃に吹き飛ばされたルークが仰向けに倒れた。
「う、嘘だ……俺は……」
 中空を見上げて呟く言葉に力はない。
 剣を交えて受けた傷よりも、それ以前に知らされた事実によって相手が混乱の極致にある事は、容易に想像できた。
 しかし、それが免罪符になるはずがない。
 呆然と同じ言葉を繰り返すルークを忌々しそうに睨め付け、アッシュは吐き捨てた。
「俺だって認めたくねえよ!こんな屑が……、俺のレプリカなんてな!」
 目の当たりにした事実への抑えきれない嫌悪感が込み上げる。
 剣を握る手が震えた。
「こんな屑に俺の家族も居場所も全部奪われたなんて……情けなくて反吐が出る!」
 勢いのままに剣を振り上げ、アッシュは言い放つ。
「死ね!」
 怨嗟を凝縮した言葉と共に振り下ろされた一撃は、しかし相手の命を奪うものではなかった。
 今更不抜けたレプリカを殺したところで意味はない。脅しのようなものだ。
 だが。
 鈍い金属音と共に、アッシュの剣が跳ね返された。
 反射的に身構えた彼は、倒れたルークのすぐ傍らで抜き身の剣を手にした青年の姿を捉え、わずかに目を見開いた。
「ガイ……」
「俺はこいつの護衛剣士なんでね」
 仲間たちは先へ進んで行ったはずだが、ガイだけが引き返して来たらしい。
 ガイはアッシュに視線を固定したまま、僅かに立ち位置を移動した。
 その足下に幾筋も流れる赤い髪。
 しかし、ガイが背に庇った相手は既に意識を失っているようだった。
 アッシュは自身と同じ顔を持つ存在を侮蔑の眼差しで一瞥すると、握ったままの剣を鞘に納める。
「……殺しはせん」
 相手の行動を確認した上で、ガイもまた手にしていた剣を流れる動作で鞘に納めた。
「ああ。本気なら俺も容赦しないさ」
 蒼い瞳が鋭い光を帯びたのは、一刹那。

 ──ガイはホドの出身だ。ホド戦争ではファブレ公爵に一族郎党皆殺しにされたそうだぞ?

 その昔、ヴァンに知らされた事実がアッシュの頭を過ぎる。
 鋭い眼光に、一瞬、アッシュは躊躇した。
 ガイはそんな彼に背を向けると、ルークの傍らに膝をつく。
「ティア、ルークを休ませられる場所はあるかい?」
 これまでのやりとりとは打って変わった柔らかい口調だった。むしろこちらが生来のものなのだろう。
 それまで固唾を呑んで状況を見守っていた少女は、弾かれたように顔を上げた。
「え、ええ。私の家に連れて行きましょう。案内するわ」
「すまないな」
 ガイはルークの脇を支えるようにして抱えると、ちらとアッシュへ視線を向けた。
「レプリカなんかに構ってる暇はないんだろう?」
 温度の感じられないその声に、アッシュの瞳が細められる。
「……そうだな」
 呑気に気を失ったレプリカを睨め付け、アッシュは先を行った者たちの後を追った。


 幾分距離を感じていたものの、尊敬してやまなかった父親。
 常に自分を慈しんでいた優しい母親。
 使用人であり世話係として身近な存在だった少年。
 この上なく大切で愛おしかった、幼馴染みの少女。
 その昔、自分を取り囲んでいた世界は、一枚絵のようにアッシュの記憶に焼き付いている。
 だが。
 人好きのする笑顔で、控えめながらも常に自分の傍らにいた少年は、既に過去の人間だった。
 ――いや、それすらも幻だ。
 ヴァンからガイの出自を知らされた時、幼心にそう悟ったのだ。
 記憶の連なりがアッシュの脳裏に一人の少女の姿を思い起こさせる。
 幼いながらも国の行く末を憂い、共に力を合わせて国を変えようと誓い合った少女。
 だが、あの約束も『ルーク』のものだ。
 今の彼にそれを叶える術はない。
「……全てを捨てたというのに、未練がましい限りだな」
 誰にも聞かれる事のない独白には、隠しきれない自嘲が込められていた。


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 2週目ユリアシティでのアッシュVSルークを見た時、思いついた話です。
 ここでガイがルークを庇ったのは書き手の願望なのですが、
 ルークは直前に気を失っているので、こういう展開もありかな、と。

 ベルケンドのガイの言動で、アッシュは現実を思い知らされた部分があるように思います。
 反面、彼への想いが変わっていないナタリアの存在に救われていたのではないかと。

2006年07月10日 (月) 21時10分 (57)

記憶・04 小さな靴 (ロマサガMS・クローディア&ミリアム)
長山ゆう | MAIL | URL
 隣を歩いていたミリアムが、不意に足を止めた。
 そのまま数歩先へ進んだクローディアもまた、足を止めて振り返る。
 ミリアムは通りに面した店のショーウィンドウに見入っていた。
 一見して高級品を扱っている、恐らくは富裕層御用達の店舗だろう。
 クローディアの視線に応えるように、彼女はにっこりと笑いかけてきた。
「あのハイヒール、可愛いねぇ」
 見栄えを考慮して飾られた靴のひとつを指差し、弾んだ声を上げる。
 しかしクローディアは商品を一瞥するや、冷めた声音で言葉を返した。
「確かに見た目は可愛いけれど、街の外では危険だわ。すぐに履き潰してしまうだろうし」
 旅暮らしの冒険者などが身につけるものではない。
 あくまでこれは裕福な家庭の娘がお洒落で身に纏う衣装の一環に過ぎないのだから。
 ここまで考えた所で、クローディアは相手が目を丸くしている事に気づいた。
 驚きが苦笑へとすり替わる。
「まぁ、確かにそうなんだけど」
 スカートの裾を翻し、ミリアムはショーウィンドウから離れた。
 そうして数歩先に進んでいたクローディアへと歩み寄る。
 ここでようやく、クローディアは自身の失言に気づいた。これでは完全な八つ当たりだ。
「あの、ミリアム」
「ん、何?」
 訊き返す彼女の態度は普段と全く変わらない。
 それが却って申し訳なさを募らせ、クローディアは目を伏せた。
「ごめんなさい。私……」
「いいからいいから。ホントに旅には必要ないものだし、外で履くなんてもったいないもんね。そもそも値が張りすぎるしさ」
 謝罪の言葉を遮ってミリアムは笑った。
 クローディアは左手で右手を覆うように握りしめた。
 右手の薬指にはめた珊瑚の指輪の感触に、表情が幾分硬くなる。
「クローディア?」
「いいえ、それだけじゃないの。少し、苛々してしまって」
 頭を振って否定する彼女へ、ミリアムは優しい顔を見せる。
「そっか。ほら、誰だって腹の立つ事もあるんだし。あたいはむしろ嬉しいかな」
「え?」
「クローディアがちゃんと説明しようとしてくれてるから。一緒に旅を始めた頃はさ、お互いにうまく喋れなくてちょっと大変だったもんね」
 ミリアムらしいフォローだった。
 気持ちを上手く伝えられなかったのはクローディアの方である。見知らぬ人間との会話は難しく、コミュニケーションの取り方もよくわからなかった。
 ジャンは些か空回りもあるが相手に隙を与えない積極さがあり、ジャミルは適度に距離を取ってくれる。グレイは必要最低限のやり取りで済ませるが、不要な会話が生まれない分、却って気が楽だったのだ。
 問題は、ミリアムだった。
 彼女と交わす会話では、自身の失言に気づいても上手く言葉が続かず、居心地の悪さを感じた事が一度や二度ではない。そのたびに自己嫌悪に陥っていたのだが、ミリアムは早くからそれを察していたらしく、屈託なく応じてくれたのだ。
 彼女のさりげない気遣いは、会話の苦手なクローディアにとって有難いものだった。ストレートすぎる感情表現に困惑することもあったが、それ以上に裏表のないミリアムの言動と物怖じしない態度に、どれほど気が楽になっただろう。
 彼女と接するうちに、クローディアもまた少しずつ、言葉を補えるようになったのである。
 まだまだ足りない部分は多いけれども、自分の言うべき事や言いたい事を伝える努力が実を結びつつあった。
「あと、やっぱりちょっと似てる気がするんだよね」
 ミリアムがおとがいに人差し指を当て、クローディアを見やる。
「……似てるって?」
「クローディアとグレイ。前からさ、何か考え方が似てるなって思ってたんだ」
「グレイと?」
 意外な言葉に、クローディアは少しばかり表情を動かした。
 僅かに目を丸くした彼女へ、ミリアムは言葉を継ぐ。
「二人とも、あんまり物事に執着しないじゃない?まぁグレイは冒険者だから、財宝の話なんかは別だけど。現実主義な所なんか、特に似てる気がするんだよね」
「だったら、ミリアムとジャンも似ているわ」
「え?」
 こちらも意外そうなミリアムへ、クローディアは小さく笑う。
「二人ともロマンチストだわ。積極的で、いつも相手を振り回すもの」
「ふーん、振り回されてる自覚、あるんだ?」
 意味ありげな笑みを返され、一瞬クローディアは詰まった。
 表情が出にくいので、不機嫌ととられたかもしれないが、ミリアムは気にしなかったらしい。
「……そうね、ジャンに関しては出会いからして振り回された感があるもの」
「あたいはグレイが振り回されてたらちょっと嬉しいかな。ぜーんぜん顔に出さないから、そういう反応くらい欲しいじゃない?」
 少しばかりグレイに同情したクローディアだったが、当人はあれで楽しんでいるようにも思える。
 自分が、ジャンの行動に戸惑いながらも好意を抱いていたように。
「だけどさ、ロマンチストっていうならクローディアもそうだと思うな」
「え?」
「冒険者なんてロマンチストでなきゃ続けられないし。クローディアの場合、普段から夢ばかり見ちゃいけないんだって、敢えて現実を見ようとしてる気がするよ」
「……そう、かしら」
 呟くように応じながら、クローディアはミリアムの鋭さを改めて実感していた。
 現実は全ての基盤である。夢ばかり見た所で、実現できなければ意味がない。
 ──夢ばかり見ていても、我に返ったときに空しくなるばかりなのだから。
 クローディアは右手をそっと握りしめた。
 昔から馴染んだ指輪の感触で、溜息を押し殺す。
「けどね、クローディア」
 名前を呼ばれ、いつしか伏せていた瞼を押し上げる。
 沈んでしまった彼女を迎えたのは、静かな笑顔だった。
「心ってさ、案外正直なものなんだよ」
 一瞬、胸を衝かれた錯覚に陥った。
「だから、たまには夢を見ないとね。我慢ばっかりは身体に毒だし」
 明るい調子で言う彼女の言葉に宿るのは、温かな心遣いだ。
 クローディアの諦観を知って尚、優しく励ましてくれる。
 少し前ならば、おそらく彼女の言葉を素直に受け取れなかっただろう。
 しかし、今はミリアムの優しさが純粋に嬉しかった。
「……そうね。たまには、夢を見るのも悪くないわ」
 叶わないからこそ、夢は美しいのだろう。
 共に旅が出来る今という時間を、大切にするべきなのだ。
 握りしめていた右手を開く。指輪の感触が心を捉えたが、その意味合いは少し異なっていた。
 重みは変わらない。
 けれども、これは彼と自分を繋ぐ道標でもあったのだから。
「そろそろ行こっか。みんな待ってるよ」
「ええ」
 クローディアの言葉を受け、嬉しそうに笑ったミリアムが朗らかに話しかける。
 少し遅れて微笑みを返し、クローディアは彼女と共に歩き始めた。


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 クローディアは気持ちを言葉にして伝えるのが苦手という印象があります。
 旅を始めたばかりならばなおのこと。
 ミリアムは彼女のそういうところが可愛いな、と思っているような。
 この二人は出会いの時から互いに好意を持っていて、少しずつ歩み寄って友情を育んでいった…という感じですね。

2006年07月04日 (火) 23時10分 (56)

記憶・07 擦り切れたフィルム (サモナイ3・アルディラ&レックス)
長山ゆう | MAIL | URL


 幾度も繰り返し再現される情景。
 鮮明な記憶も、時を経る毎に少しずつ、しかしに確実に薄れてゆくものだ。
 ……人間ならば。
 けれども、メモリーに蓄積された記録が薄れることはない。
 幾度巻き戻そうと、再生しようとも。メモリーが破損するまで、鮮明な記録を呼び覚ますことができる。
 過去に囚われ、記憶と共に生きるならば、むしろ幸せと言えるだろうか。
 ――否。
 幸せな過去だけならば良い。
 けれどもこの記憶の最後に在るのは、大きすぎるほどの喪失なのだ。

『大丈夫だよ、アルディラ』

 懐かしい声が木霊する。
 もはや戻るはずのない愛しい人の声が。

『君が力を貸してくれれば、再び一緒にいられるようになる。だから……』

 声に身を任せる事は、とても楽だった。
 何も考えなくて良い。
 懐かしいあの頃の記憶が現実のものになると信じていれば、それで良かったのだ。
 犠牲が出ることに目を閉じ耳を塞ぎ、あの声だけを道しるべにして。

 部屋に閉じこもっていたアルディラを説得に来た青年は、全ての告白を聞いて尚、その場を動こうとしなかった。
 今の彼女を一人にしておけないと思っているのだろうか。
 その優しさすらも、受け取る側に届く頃にはいたたまれなさへと変わってしまうというのに。
「わかっていたの、本当は」
 呟きにも似たアルディラの声に、話を聞いていた青年は気遣わしげな表情を見せる。
 ――利用されていた相手を心配するなんて、どこまでお人好しなの?
 疑問が苛立ちにすり替わる。
 何故彼は責めないのか、腹を立てないのか。
 自分本位な彼女の行動は、島そのものを危険に陥れた。
 操られたなどという言葉で隠すつもりはない。あれはアルディラの望んだ事だったのだ。
 この青年に至っては、命を落とす可能性すらあったというのに。
「……優しい人だったんだね。ハイネルさんって」
 意外な言葉にアルディラは彼を凝視した。
 青年――レックスは少し寂しげな笑みを浮かべている。
「貴方に何がわかるって言うの?」
 これまで言葉に出来なかった後悔。心のどこかで彼にぶつけるべき感情でないと理解していたが、止まらなかった。
「マスターは島を守るために犠牲になった。私は……止めるべきだった私は、率先してあの人に協力をしたわ。……本当は止めたかった。でも無理だとわかっていたから、言葉にもできなかった。どうして言えなかったの、伝えられなかったの!」
 爆発した感情が抑えられず、アルディラは両手で自身を抱きしめた。
「行かないでって縋りつけば、思い留まってくれたかもしれないのに。優しかったあの人を引き留めることができたかもしれないのに……!」
 こぼれ落ちそうな涙を隠すべく、アルディラは咄嗟に顔を覆って俯いた。
 あれほど鮮明な記憶なのに、やり直すことはできないのだ。
 同じ情景を繰り返す。幾度も幾度も、同じやりとりを繰り返す。
 ――いっそメモリーが壊れてしまったなら、楽になることもできるのに。
 レックスの足音がアルディラの耳に届いた。
 次いで、両肩に温もりが生まれる。
 躊躇いがちに伸ばされた手が、優しく彼女に触れたのだ。
「確かに俺はハイネルさんと直接会ったことはないけれど、シャルトスを通じて話しかけてくれた事があったんだ」
「……え?」
 俯いていたアルディラが顔を上げる。
 レックスの瞳には優しい光が宿っていた。
「成り行きで剣を手にしてしまった俺を、あの人は何度も助けてくれた。みんなをとても心配していて……多分、君のことを誰より気に掛けていたと思う」
 ――どうして、この人は。
 アルディラは項垂れる。レックスの言葉に耳を傾けながら、その優しさを感じながら、心に思い描くのは懐かしい人の姿。
「私は貴方を利用した。犠牲にしようとしたわ」
「……うん」
「なのにどうしてそんなに優しいの……?」
 俯いたまま震える声で問いかけた疑問への答えはなく。
 ただ、レックスは彼女をそっと抱き寄せた。
 優しい温もりに包まれ、アルディラの瞳から一筋の涙がこぼれ落ちる。
 やがて彼女はレックスの胸に顔を埋め、声を殺して忍び泣いた。


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 アルディラのマスターへの想いは切なくて。
 記憶が鮮明であればあるほど、後悔も大きかったのではと思います。

2006年06月08日 (木) 22時15分 (55)

記憶・10 残されたもの (TOS・ゼロセレ)
長山ゆう | MAIL | URL
(ゼロスの過去ネタバレを含みます)


 今日も、普段と変わりない一日の筈だった。
 ――昼過ぎに、突如ゼロスが修道院を訪れるまでは。
「どういう風の吹き回しですの?」
 先触れもない訪問を受け、セレスは殊更に冷たくゼロスへ話しかけた。
 もっとも、彼がセレスの元を訪れる時は、ほとんどが不意打ちである。
 ゼロスはふらりと姿を見せると、他愛もない話をして立ち去るのが常だった。
 何も知らなかった頃は大喜びで兄を出迎えたものだが、それも過去の話だ。
「ちょいとこっちに用事があってな。無視するわけにもいかないでしょーよ」
「あら、そうですの?」
「世界でたった二人っきりの兄妹だってのに、冷たいねぇ」
 大仰に肩を竦めると、ゼロスはトクナガが用意した紅茶に口を付けた。
 からかいを含んだ声音に言いようのない苛立ちを感じ、セレスは目の前の人物から顔を背けて窓へと視線を移す。
 閉じられた窓に映るゼロスの顔には、薄い笑みが浮かんでいた。
 決してペースを崩さない相手に対抗するには、冷静さを身につけるしかないとセレスは思う。それを実践するには、まだまだ経験が足りないけれども。
 セレスの瞳が窓ガラスを通して、テーブルに置かれた小さな花束へを向けられた。
 淡く色づく花を見つめた後、彼女はそっと息を吸い込んで、口を開く。
「では妹として諫言させていただきますわ」
 セレスは改めてゼロスに向き直った。
「再三申し上げていますけれども、いい加減に、行状をお改め下さいませ。神子らしく相応の振る舞いをなさっていただかないと、私までが恥をかきますのよ」
 しかしゼロスは片笑いでその言葉をいなす。
「つってもなぁ。メルトキオのハニーたちは俺さまを片時も放してくれないし」
「神子さまのその優柔不断さが、風評の元なのですわ!……このような場所にまで噂が届く事をご存知ですの?」
「他人の目なんか気にしても仕方ないでしょーよ」
「少しは真面目になさってはいかが!?」
 募る苛立ちを隠しきれず声高になるセレスとは対照的に、ゼロスは涼しい顔で笑っている。
「どうしてそのようにお笑いになっていられますの!信じられませんわ!」
「別にお前が怒る事でもないんじゃねぇの?」
 セレスは口を閉ざす。
 素っ気ない口調からは怒りや不快感といったものは窺えなかったが、彼女の言葉を押し留める何かを持っていた。
 確かにゼロスの言う通りなのだ。神子である彼の行状が悪いからといって、実際にセレスが迷惑を被るわけではない。そもそもこの修道院は世間と切り離された場所なのだから、影響などないに等しいのである。
 ただ、不真面目なゼロスに対する腹立たしさが募るだけだ。
 神子に対する世間の風評が、不当であると思われてならず……それが、悔しいだけで。
「……もっと、神子らしい振る舞いをなさっていただきたいですわ」
「人には向き不向きってのがあるんだぜ。ま、お前が神子になったら、模範的で品行方正な神子の鑑になるんだろうがな」
 セレスは目を伏せた。
 そんな事はありえないのだ。決して。
 だからこそ……。
「そういや、クルシスの輝石は?」
 何の気なしに口にした様子のゼロスの言葉だったが、セレスの表情が硬くなった。
「……保管してありますわ。お持ちしましょうか」
 先程とは打って変わった静かなセレスの声音に、ゼロスはちらと彼女を見やる。
「いや、いいさ。早々に必要なものじゃないしな。お前の手元に置いとけばいいだろ」
 セレスの脳裏にゼロスが輝石を置いて行った時の光景が蘇る。
 母親のの真実を知り、絶縁の意味で突きつけた言葉に対して返された、青く輝く宝珠。

 ――そいつはクルシスの輝石っつってな、神子の象徴だよ。預けるわ。

 どういうつもりか、と問うた自分へ、ゼロスは皮肉というには鋭すぎる笑みを浮かべたのだ。
 そうして、必要になったら取りに来るという言葉を残し、修道院を立ち去ったのである。
 神子ただ一人だけが手にすることを許される宝珠。
 それは神子の象徴であり、他者には与えられぬもの。
 セレスの母親が娘にこそ相応しいと切望したもの……。
 不意に、ゼロスが席を立った。
 その音で我に返ったセレスへ、彼は軽く笑いかける。
「んじゃ、そろそろ退散するわ。これ以上ここにいたらお前がぶっ倒れかねないし」
 失礼な物言いに彼女が言葉を返そうとした、その時。
「なぁ、セレス」
 低い声音で名を呼ばれ、セレスは言葉を飲み込んだ。
 ゼロスの瞳が真剣な光を帯びている。
 しかし、それはすぐに皮肉げな笑みに取って代わられた。
「ま、気を揉むのもほどほどにな」
「み……神子さま!」
「また来るわ」
 咄嗟に追いかけようとしたセレスは、思わず足を止めた。
 普段と変わらない軽い口調の中に、拒絶の響きを感じ取ったが故に。
 階下へ降りてゆくゼロスの足音が響く。かすかに開かれる扉の音か耳に届き、そのまま修道院と外界が遮断された。
 突然の訪問と同様に、辞去もまたあっけないものである。
 部屋に残されたセレスは、そっと溜息をついた。
 テーブルの上の花束を腕に抱き、愛らしい花を見つめるものの、心が晴れることはなく。
 やがてセレスは窓辺に近づくと、既に消えてしまったゼロスの背を追い求めるように、地平線の向こうへと視線を送った。


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 ゼロセレの距離感は難しい…。
 表面上は冷たいながらも兄を心配するセレスと、常に距離を置いて妹に接するゼロス…を目指したんですが、なかなか思い通りには行きませんね。うーむ。
 クルシスの輝石のエピソードは、いずれきちんと書きたいと思っています。
2006年05月12日 (金) 21時26分 (54)

記憶・01 くすぐる香り (TOS・クラトス&ロイド一行)
長山ゆう | MAIL | URL

 旅を始めて一ヶ月もすると、それぞれの役割分担が決まるようになり、野宿の支度も手慣れてくる。
 そうするうちに、仲間の意外な面を見る機会もできるもので。
「今日の夕飯も旨そうだな〜。いただきます!」
 その日の夕食は、賑やかなロイドの言葉で始まった。
 メニューはオムライス。ふんわりした卵と中に包まれたチキンライスが得も言われぬ味のハーモニーを生み出す料理である。
 オムライスを一口食べたロイドは、満面の笑みを浮かべた。
「うん、旨い!……けど、今日は味付けが違うんだな、ジーニアス」
 旅を始めた頃は料理を当番制にしていたのだが、人には得手不得手がある。
 リフィルが料理当番に当たった折、一行はそれをしみじみと痛感したものだ。
 以降、彼女が当番の時は弟のジーニアスが代わって料理を作るようになったのだが、これが美味しくて皆に好評だったのである。
 元来料理好きなジーニアスが食事当番を買って出るまで、さほど時間はかからなかった。
 最初は必要に迫られて覚えたけど、いざ始めてみると奥が深いんだよね、とは彼の弁である。
 当然ながら、今日の料理も彼のお手製と思ったのだが。
 しかし、ロイドの言葉にジーニアスは肩を竦めた。
「今日は僕じゃないよ」
 ロイドが目を丸くする。
「え……けど俺もコレットもいなかったし、先生のわけないし……」
 どういう意味です、と横合いから尖った声がかけられ、ロイドは笑ってごまかした。
「クラトスが作ってくれたのよ」
 憮然とした表情で、リフィルが種明かしをする。
「え……」
 消去法で行けば彼しか残らないのだが、傭兵のクラトスとこのオムライスが全く結びつかず、ロイドはまじまじと彼を見つめた。
 当然ながら、クラトスの皿にもくだんのオムライスが盛られている。
 ただでさえ無口な傭兵に似合わない料理だというのに、その彼がこのオムライスを作ったという事実に、ロイドは違和感を覚えずにはいられなかった。
 第一、この献立はどう考えてもクラトスの好みではないように思われる。
「……何だ」
 ロイドの視線に応える声も無愛想極まりない。
「いや、ちょっと……かなり意外だったからさ。あんたがこんな料理作るとは思わなくて」
「クラトスさんはお料理が好きなんですか?」
 にっこり笑ってコレットが尋ねる。
 ぎくしゃくとした空気が流れる中、コレットの無邪気な声がその雰囲気を和らげた事に、ロイドは心底感謝した。
 さすがにああもあからさまに驚いたのは悪かったと思ったものの、それをすぐさま取り繕えるような器用さは持ち合わせていないのだ。
「傭兵にはある程度必要な技能なのでな」
 応じるクラトスの声からも刺々しい響きが感じられなかったため、ロイドは内心ほっとする。彼もコレットに対しては険のある物言いにならないらしい。
 確かに仕事がら野営が多いであろう傭兵にとって、料理は必須技能になるだろう。
 クラトスが食事当番に当たった回数はさほど多くないが、毎回手慣れた様子だった事は覚えている。
 こういった料理が得意だとは、正直予想だにしなかったけれども。
 改めて、ロイドの頭に疑問が浮かぶ。
「でもなんでオムライスなんだ?」
「とってもおいしいね、ロイド」
「ああ、確かに旨いけど……」
 再びオムライスを口に運んだロイドは、何かひっかかるものを感じた。
 柔らかい卵の風味。中のチキンライスの旨味、立ち上る湯気の香ばしさ。美味しさは勿論だが、何かこう……。
「確かに、オムライスより炒飯の方が手軽だわね。卵で具材を包む手間がかかるもの」
 リフィルの言葉にロイドは我に返った。
 ロイドはクラトスとオムライスの意外な組み合わせに驚いたのだが、彼女は論理的に疑問を感じたらしい。
「そうだね、料理が好きでないとこんなオムライスは作れないんじゃないかな」
 メンバー内で最も料理に詳しいジーニアスの発言が決定打となった。
 自ずと視線が一点に集中する。
 クラトスは溜息をついた。
「……前に子守りを頼まれた事があってな。料理はその時に覚えた。今日はたまたま食材に余裕があったので作ってみただけだ」
 こんなことなら作るべきではなかったという彼の心が透けて見えるようである。
 しかし全員が驚愕したのはそこではなかった。
「クラトスが子守り!?」
「嘘!」
「そうなんですか!?」
「意外だわ……」
 どれが誰の発言かは敢えて説明するまでもないだろう。
 四人四様の驚きぶりに、クラトスは更なる深い溜息をついた。
 しかし、好奇の目に晒され憮然としてはいるものの、怒っているわけではないらしい。
 恐らく傭兵の仕事を請け負った時に、子供連れの親の護衛があったのだろう。子連れの旅業もないわけではないが、危険が増すのは少し考えればわかることだ。
「傭兵ってのも大変なんだな……」
 クラトスと子守りという全く釣り合わない組み合わせを頭の中で思い描き、思わずロイドが呟いた。
 すると、意外にもクラトスは彼に苦笑を返したのである。
「まあ、な」
 あまり表情を動かすことのないクラトスの笑顔は、苦笑であれども珍しい。しかも、不思議と親近感さえ感じてしまうものだった。
 常に近寄りがたい雰囲気を醸し出していた彼の意外な過去が、そういった彩りを与えたのかもしれないけれども。
 食欲をそそる匂いでロイドは我に返った。手に持った皿に目を落とす。
 オムライスは世間でも広く人気のあるメニューだ。実際、ロイド達の大好物でもある。
 ……だからクラトスは夕食にオムライスを選んだのではないだろうか。
 旅に慣れてきたとはいえ、まだ先は長い。特にコレットは重要な使命を帯びた旅なのだから、その疲労も察するに余りあった。ロイド自身、ようやくペースをつかみかけてきたくらいなのである。
 今日の献立は、彼なりに共に旅する仲間を思い遣った結果なのかもしれない。
 辿り着いた結論は意外だったが、多分、真実に近い気がする。
「でもこのオムライス、本当に旨いぜ。良かったらまた作ってくれよ」
 ロイドは顔を上げるとクラトスに笑いかけた。
 お世辞ではない、本心だ。
 クラトスは少し驚いた様子でロイドを見やったが、やがて小さく頷いた。
「……ああ」
 短く応じた彼の表情がいつになく柔らかく感じられたのは、先程の苦笑が残っていたせいかもしれない。
 だが、この時のクラトスの表情は、ロイドの心に深く刻み込まれていたのである。


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ぎりぎりネタバレ未満…ということで。

クラトスってこういう不器用な優しさがあるのではないかなと思います。
もっとも、仲間にとっては彼の過去話の方が衝撃的だったようですが…(笑)。

2006年04月26日 (水) 21時19分 (53)





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