女の子が一人、急ぎ足で道を駆けていた。 脇目もふらずに走っていた少女は、ゼロスの脇を通り抜けようとした時、不意に足をもつれさせた。 小さな身体がゆらりと傾ぐ。 「おっと!」 あわや転倒しそうになった少女を、咄嗟にロイドが抱き留めた。 と、彼女の手から何かが転がり落ちる。 「ん?」 目聡くそれに気づいたゼロスは、地面で太陽の光を反射していたものを拾い上げた。 ロイドはその場にしゃがみこんで少女に怪我がないかを尋ねている。 彼の質問に頷いた少女は、右手を見やると真っ青になった。 「落とし物だぜ、愛らしいお嬢ちゃん」 すかさずゼロスが右手を差し出し、彼女の前で開いて見せた。 手のひらにのっていたのは、おもちゃの指輪。 少女の顔が輝いた。 彼女は受け取った指輪を右手の薬指に嵌めると、大切そうに何度も撫でた。 やがて少女は顔を上げ、満面の笑顔を浮かべて元気に礼を言う。 「神子様、お兄ちゃん、ありがとう!」 少女が再び駆けてゆく。 「気をつけろよー!」 ロイドの声に彼女は笑顔で大きく手を振った。 やがて、その姿が遠くなってゆく。 少女の姿が完全に見えなくなってから、ロイドはゼロスを振り仰いだ。 「あの子が指輪を落としたって、よく気がついたな」 感心した様子の少年へゼロスはにやりと笑ってみせる。 「甘いぜロイド君。女の子への細やかな気配りは基本基本。それがわからないってんなら、まだまだ俺さまの足下にも及ばねぇなぁ」 「別にお前みたいになりたかねーよ」 だっはっは、と笑うゼロスをロイドは呆れた体で見つめる。 既に日常茶飯事のやりとりだ。 ロイドもゼロスはこういう性格だと割り切っているのだろう、あっさりと話題を変えた。 「しっかし、いきなり真っ青になるんだもんな。具合悪くしたのかと思ったけど」 よっぽど大切な指輪だったんだろうな、と微笑むロイドに、ゼロスが珍しく真面目な声を返す。 「そうだな。女の子にとって、指輪ってのは特別な意味を持つもんだ」 女性に贈られる指輪は、願いの象徴だろう。 幸せを願い、約束する証だ。 ……昔、一度だけ。花で作ったことがあった。 花束から小さな花を一輪抜いて、その場で茎を丸めて編み込んで。 赤い髪の少女はゼロスが作った指輪を嵌めると、本当に嬉しそうな笑顔を見せたのである。 ――遠い昔の思い出だ。 ロイドがゼロスの顔をまじまじと見た。 「ゼロスも指輪をあげるような子がいるのか?」 意外そうに、けれども真面目な声音で尋ねられ、ゼロスは思わず苦笑を返す。 「おいおいおい。話が飛びすぎでないの、ロイド君」 「いや、だってなんか実感こもってた感じがしてさ」 刹那の間、ゼロスの表情が凪いだ。 ロイドは騙されやすい根っからのお人好しだが、時折鋭い目で真実を見抜く事がある。 それはおそらく、彼の天賦の才であり、意図的なものではない。 しかし、だからこそ意表を突かれるのも事実だった。
花で編んだ指輪は儚くて、すぐに枯れてしまったという。 ……指輪を見繕ってやるという約束も、果たす機会を失った。
いっそ憎しみだけを向けられれば、心も楽になったものを。
凪ぎは一瞬の出来事である。 ロイドが何事かを察する暇を与えず、ゼロスは軽い笑みで本心を覆い隠した。 「いやいや、俺さまはテセアラ中のハニーたちに愛されてるからな。特別に誰か一人ってわけにはいかねーのよ」 「あのなー……」 「だっはっはっ」 脱力するロイドに笑い返すと、相手は深い溜息をついた。 「ま、いいけどな。おまえの女好きは今に始まったことじゃないし」 「冷たいなぁ、ハニー。心配ご無用、俺さまの一番はハニーだけさ」 「だーもー、その呼び方やめろよな!王様にまで覚えられちまっただろ!」 ロイドがムキになって怒り出す。この流れになればいつもの通りである。 反応のわかりやすい少年を楽しく宥めつつ、ゼロスは軽口を叩きながら先に立って歩き出した。
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ゼロセレ、ゼロスサイドの話。 ゼロスの会話運びって難しいです。精進せねば。 うちのゼロスとセレスは互いに相手を大切に思っているのですが、過去の経緯で素直になれない…という関係です。 頑ななセレスと、微妙に距離を置いて彼女に接するゼロス、という感じかな。
ゼロスと知り合った当初のセレスは、母親の一件を知らなかったのではないでしょうか。 なので、幼い頃はそれこそ仲睦まじい兄妹だったのでは、と思っています。 (だからこそ今の状況が切ないんですが…)
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