蓮飛び勝負に負けたら『珍しいもの』を持ってくる事。
決め事をした日の勝負に負けてしまったレックスは、翌日の今日、珍しいものを持ってくる約束をした。 期待に胸を膨らませて青空教室にやって来たスバルたちだったが、青空教室は勉学に励む場所。 ……というわけで、レックスの『珍しいもの』のお披露目は、授業が終わった後になった。 最初は不満そうだった子どもたちだが、決まりは決まりである。 スバルもパナシェもマルルゥも、首を長くしながら大人しく今日の授業を受ける事となったのだ。 その分、終わってからの行動は早かった。 終業の鐘を合図に子どもたちはレックスに駆け寄り、口々に珍しいものをせがむ。 レックスも心得た様子で、にこにこしながらポケットから手のひらサイズの布袋を取り出した。 逆さにした布袋から、色とりどりのガラス玉がこぼれ出る。 ……色づいていたのは、ガラス玉の中に仕込まれた模様で、太陽の光に反射するガラス玉自体は無色透明だったのだが。 歓声が上がる中、スバルが尋ねた。 「先生、これ何?」 「ビー玉だよ。ガラスで作った玩具なんだ」 スバルとパナシェはレックスが持ってきたビー玉を受け取ると、しげしげと眺めた。最初は手のひらに載せていたが、親指と人差し指でビー玉を挟み、覗き見たり透かして見たりと大はしゃぎである。 小さな身体の妖精マルルゥはパナシェの手のひらの周囲をくるくる飛びながら、様々な角度からビー玉を見つめている。 「キレイですねぇ」 三人とも、この玩具を目にするのが初めてだったらしく、興味津々の体だった。 「外の世界にはこんなものもあるんだ……」 「ガラス細工の一種だから、ガラスを加工する技を持つ人なら作ることが出来るんだよ」 「そうなの!?」 驚く子どもたちにレックスはビー玉について簡単な説明を加えた。 内容が玩具であるせいか、子どもたちはいつになく熱心にレックスの話に聞き入っている。 説明を終えると、レックスはビー玉本来の使い方をレクチャーした。 いくつかのビー玉遊びを教えて、実践してみせる。 まずは簡単なビー玉当て。足元に置いたビー玉を、目の位置から落とすビー玉で当ててみせるゲームである。 最初は落とすビー玉が地面を直撃していたが、慣れればすぐに的中率が上がってくる。 タイミングを見計らって、レックスは次のビー玉遊びの準備にとりかかった。 こちらは地面に図を描いて穴を開けた陣取りゲームである。いざ始めてみると、勝負の色合いが濃くなったせいか、俄然熱気を帯びてきた。 どのくらい時間が経ったろうか。 青空教室の片付けも忘れてビー玉遊びに夢中になっていたレックス達へ、涼やかな声が掛けられた。 「楽しそうね」 全員が顔を上げると、ラトリクスの護人アルディラの姿が視界に入る。 「あ、アルディラ姉ちゃん」 その名を声にだしたスバルを始め、皆一様に驚いた顔で歩み寄る彼女を見つめた。 子どもたちに微笑みかけ、アルディラが問う。 「何をしているの?」 「ビー玉遊びだよ。ほら、これがおいらの陣地で、先生のビー玉を狙ってたんだ」 手元の地面を指さしながら、スバルが説明する。 「そう。楽しい?」 「うん!」 「良かったわね」 楽しそうなスバルと話しつつ、アルディラはレックスを見やる。 彼は大きな黒板に残っていたチョークの文字を綺麗に拭き取り、開いたままになっていた教科書をまとめていた。 ちなみに、レックスは先程の呼びかけに真っ先に顔を上げるや、慌てて周囲の片づけを始めたのだ。さながら大人に悪戯を見咎められた子供のようである。 突然ゲームを放り出したレックスの様子を、子どもたちが不審に思わない筈がない。 「先生さん、急にどうしたんですかー?」 マルルゥの不思議そうな声にぎくりと動きを止めたレックスは、どこか困ったような、照れくさそうな笑みを浮かべる。 「あ、いや、ちゃんと片付けてなかったなーって……」 パナシェとマルルゥはきょとんとしている。しかし彼らの傍にいたアルディラは、口元を手で覆いながら笑いを噛み殺していた。 「そろそろ帰ろっか、パナシェ、マルルゥ」 「え、でもゲームはまだ途中だよ?」 「いいからいいから」 スバルはしたり顔でビー玉を集めて袋に収めると、授業で使っていた黒板を収納箱に片付けた。その様子を見たパナシェも慌ててスバルに倣う。 ばたばたと片付けを済ませると、スバルはわけがわからない様子のパナシェの手をつかむ。 「じゃ、おいらたちもう帰るよ!」 「あ!みんな、忘れ物」 レックスが机に載せてあったビー玉の入った袋を手に取り、スバルに渡す。 「いいの?」 「そのために持ってきたんだよ」 「ありがと、先生!」 喜色満面で礼を言ったスバルは、一転して悪戯っぽい顔を見せ、こっそりと囁く。 「お邪魔ムシは退散するからな」 「こら、スバル!」 赤面するレックスに空いている手を振り、スバルはパナシェとマルルゥを引き連れて駆けて行った。 嵐が去ると、静けさが耳に残る。 彼と一緒に子どもたちを見送ったアルディラへ、レックスはおもむろに声を掛けた。 「えっと、その……今日は、どうしたんだい?」 「あら、私がここに来てはいけない?」 「そんなはずないさ!でも、珍しいなと思って」 ふふ、とアルディラは笑う。 「私が来たからって慌てて片づけなくても構わないのよ?」 「いや、だからこれは……」 後片づけも忘れて遊んでいた恥ずかしさに、レックスがばつの悪い顔をする。 相変わらず子供みたいと呆れられる気がしたのだ。……あながち間違っていない辺り、何とも言えない所である。 彼の心の裡を見透かすように、アルディラが言葉を重ねた。 「いやね、今更そんなことでどうこう言ったりしないわ。貴方らしいとは思うけど」 「つまりは子供っぽい、だろ」 「子供と同じ視線で物を見られるなんて貴重だと思うわよ?」 彼の言動をフォローするアルディラの言葉だが、レックスには却ってその行動の大人げなさを指摘しているように感じられてしまう。 「そうね、ちゃんと言っておくべき事だわね」 そんなレックスの心を察したのだろう。アルディラは笑いを納めると、彼に向き直った。 「純粋な気持ちを忘れない、そんな所も含めて好きになったのよ」 「……この間はずいぶんとからかわれた気がするけど」 「だって貴方ったら、あの時は子どもたちの話ばかりだったじゃない。せっかく二人っきりだったのに」 その声音にどこか拗ねた雰囲気を感じ取り、レックスは赤面してしまう。 「ご、ごめん。あの時はマルルゥが初めて九九を覚えてくれたから、それが嬉しくて、つい」 しどろもどろで弁解する彼に、アルディラはこらえきれない様子で笑い出した。 「貴方って本当に教師が天職だと思うわ」 「そうかな」 「ええ。だけど」 ここでアルディラはしっかりと念を押す。 「私のことを忘れたりしないでね」 「当たり前じゃないか。だって俺は、君の傍にいたくて島に残ったんだから」 即答するレックスへ、アルディラは嬉しそうな微笑みを返した。
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久しぶりにレクディラ。ちょっと甘めで。 レックス自身、子供っぽい所を気にしているかなーと。 お相手がアルディラですし(笑)。
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