ポコが口元に当てた葉に息を吹きかけると、素朴な音色が辺りに響いた。
――ほぉ、上手いもんじゃな、ポコ。
初めて葉笛を鳴らした時、隣に座っていた祖父は目を丸くしたものだ。 それまで、人に自慢できるような特技が孫に見られなかったせいもあるだろう。 隣で祖父が鳴らした葉笛が羨ましくて、見様見真似で葉を摘み、吹いてみたのである。 まだひとつも楽器を知らなかった頃、彼が音楽を知ったきっかけの出来事。 それが、祖父から学んだ葉笛だった。
懐かしい過去を思い起こしつつ葉笛を吹いていたポコの耳に、軽やかな足音が聞こえてきた。 「ポコ、なにしてるのー?」 赤い髪を黄色いリボンで結んだ愛らしい少女が、座っているポコの顔を覗き込む。 ポコは葉笛を口から離して顔を上げた。 「葉笛を吹いていたんだよ」 「ちょこにも教えてなの!」 「うん、いいよ」 満面の笑みを浮かべるちょこが隣に座ると、ポコはやや幅の広い葉を一枚摘んだ。 期待に満ちあふれた瞳の少女へ、葉を渡す。 「この葉を口にあてて、こう、息を吹くんだ」 ポコの口元から、葉笛の音が響く。 短い旋律を吹き終えたポコに促され、ちょこは両手で葉を持つと、大きく息を吸って勢いよく吹いた。 奇妙な雑音が大きく響き渡り、ちょこは目を丸くする。 「ちがう音なのー」 「えーと、息の吹き方が強すぎるかな。もっと静かにやってみて」 音量は下がったものの、やはり葉っぱが擦れる音しか出ない。 「ちがうのー!」 ちょこは口を尖らせると、言葉に窮するポコへ右手を伸ばす。 「ポコの葉っぱがいいの!」 結果はわかっていたが、ポコは苦笑と共につい先程吹いた葉をちょこの小さな手に載せた。 改めて、ちょこがその葉を吹く。 ……しかし、結果は変わらなかった。 眉を寄せて自分を見上げるつぶらな瞳に、ポコは何とか説明を試みる。 「えっとね、じゃあ、葉っぱを少しずつずらしながら吹いてみて」 「ずらす?」 「そう、こう、少しずつ動かしてみるんだ」 新しく摘んだ葉を吹きながら、ポコは手をほんの少しずつ右から左へ動かして見せる。 ちょこはポコの手をじっと見つめ、その動作をなぞった。 ……相変わらず、掠れた音しか聞こえて来ない。 葉笛は感覚的なものだ。コツさえつかめばすぐに吹きこなせるが、それを会得するまでが難儀なのである。ポコは天性の才能があったためにさほど苦労はしなかったが、それゆえ感覚を伝えるのが却って難しい。 敢えて言うなら、竹馬や玉乗りなどのバランス感覚の会得方法を教える難しさに近いだろうか。 ──ちなみに、ポコは竹馬に乗れないのだが。 「ダメなのー」 ちょこは悲しそうに俯いた。 時間をかけて何度も試したが、どうしても音を出すことが出来ないのだ。 ちょこの瞳が潤んでゆく。 今にも泣き出しそうな少女の頭を、ポコは優しく撫でた。 「残念だったけど、頑張ったね」 「ポコ……」 「今日は出来なかったけど、明日は吹けるかもしれないよ」 意外な言葉に、ちょこの涙が乾いた。 「ほんとう?」 ポコは優しく頷く。 「明日はダメでも明後日や明明後日、いや、もっと先になるかもしれないけど……毎日練習していたら、きっと出来るようになるから。僕のおじいちゃんも、なかなかできなかったって言ってたんだよ」 「ポコは?」 「……うん、僕は何故かすぐに吹けたんだけど」 一生懸命練習しても葉笛を鳴らせなかった少女へ応える声は、少し小さかった。 なんとなく、後ろめたい気持ちを抱いてしまうのだ。 しかし。 「ポコ、すごいのー!」 彼の躊躇いを吹き消すような、明るい声。 その声で我に返ったポコを、ちょこは目を輝かせて見つめていた。 純粋な賛辞に、ポコは一瞬戸惑いを覚える。 だが、ちょこの態度は変わらない。 無垢で優しい心根の少女は、必要以上の遠慮を吹き飛ばしてしまうのだろうか。 ポコの肩から力が抜けた。そして、にっこりと笑みを返す。 「うん、ありがとう」 言葉は自然と口をついて出た。万感の想いが込められているのだが、少女に知る由はない。 ──否、感じ取っているだろうか。この少女ならば。 右手に持っていた葉を改めて見つめると、ちょこはその場に座り直した。 「ちょこもれんしゅうするの。吹けるまでがんばるのー」 屈託のない微笑みを彼に向け、少女は再び葉笛の練習を始める。 そんなちょこの姿が、ポコにはとても嬉しく感じられた。
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元ネタは「モリゾーとキッコロ」です(笑)。 ポコは気が弱くて引っ込み思案ですが、音楽にかけては飛び抜けた才能を持ってますよね。なら、こういうこともあったんじゃないかと思いまして。 (2では鍛えられたのか、ツッコミ系になってますが…(笑)) また、ちょこは人の素直な心を引き出せる子ではないかと。本当に良い子です。
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