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□ お題掲示板 □

現在メインはロマサガMSとTOS、サモナイ3です。
他ジャンルが突発的に入ることもあり。
お題は10個ひとまとまりですが、挑戦中は順不同になります。
(読みにくくてすみません…)

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幻想・10 暁の華 (ロマサガMS・詩人&アル)
長山ゆう | MAIL | URL
 宿の片隅で楽の音を奏でていた詩人は、最後の調べをつま弾くと、いつしか周囲に集っていた人々に軽く頭を下げた。
 さざ波のように広がる拍手に笑顔で応え、彼はその場を後にする。
 詩人の後を一つの影が続いた。
「いつもながら、素晴らしい演奏ですね」
「ありがとうございます」
 控えめながらも感嘆に満ちた声に、詩人は穏やかな笑みを返す。
「よろしければ、少しお付き合いいただけますか?」
 品の良い顔立ちの少年が応じると、二人は宿の外へ出た。
 すっかり夜も更けているが、灯りに満ちたクリスタルシティは昼間とは異なる美しさで彩られている。
 夜風が頬をなでる感触に目を細める少年へ、詩人はおもむろに問いかけた。
「アルベルトさん、つかぬことをお訊きしますが、貴方はアイシャをどう思いますか?」
「アイシャを……ですか?」
 唐突な質問に戸惑った様子のアルベルトが聞き返す。
 詩人が視線で応じると、なおも困惑したように少年が言葉を濁した。
「……どう、と言われても」
「思うままで結構ですよ」
 返答に窮する少年へ助け船を出すと、彼は一時詩人から視線を外した。
 内心で少女の姿を思い描いたのだろう。しばしの沈黙の後、少年は言葉を選びながら内心を伝え始めた。
「素直な良い子だと思います。思いやりがあって、心を和らげてくれる……花のような子ですね。お祖父さんたちと再会できて本当に良かった」
 最後は心からの言葉だったろう。優しさに満ちた声に詩人は目を細める。
「では、そんな彼女が家族と別れて危険な旅をすることについて、どう思いますか?」
 心持ち目を伏せ、少年は躊躇いがちに口を開く。
「……正直、賛成したくはありませんけれども……アイシャの意志ですから」
「本音を申し上げますと、私は反対なのですよ」
「え?」
 アルベルトが詩人を見返した。
 地下世界を出る時に同行を希望したアイシャへ彼が反対する様子を微塵も見せなかった分、殊更に意外に感じたのだろう。
 詩人は本心の見えない笑みを返す。
「行方知れずとなった一族を捜している時ならばいざ知らず、まだ幼い娘がこのように危険な旅をする事に対して、諸手を挙げて賛同する者はさほど多くはないでしょう」
「……でも、貴方は反対しませんでしたよね?」
「ええ、理由は貴方と同じです。ただ……あの子はね、ミリアムほど強くはありませんよ」
「……?」
 アルベルトが微かに眉をひそめた。その表情に浮かんでいたのは、疑問の色。
 発言の意味する所を理解できなかったらしい少年へ、詩人は丁寧に説明を加えた。
「ミリアムは好いた相手と共に在る事で強くなれる女性です。共に戦って最後まで生き抜くために。そしてグレイには彼女の強さを受け入れる度量があります。だからこそあの二人は大丈夫なのですよ」
 自信に裏打ちされた強さ、生まれつきの性分もあるだろう。だが何よりミリアムには互いに支え合える存在がいる。
 少年の瞳に理解の光が宿った事を認めた上で、詩人は言を継いだ。
「けれどもアイシャは違います。彼女は懸命ではありますが、強くはないんですよ」
 脳裏に浮かぶのは、ひたむきで皆の役に立ちたいと努力する少女の姿。
 これまで助けられてきた皆の力になりたいという気持ちに嘘偽りはないだろう。
 しかし、その中にはアルベルトの傍にいたいという彼女の願いもまた、存在しているのだ。
 おそらくは、未だこの少年が気づいていない感情。
「……わかる気がします」
 アルベルトがぽつりと呟いた。
 彼の心にもまたこれまでのアイシャの言動が去来しているのだろう。
 詩人は次の言葉を発するまでに、少しばかり時間を置いた。
「仮に絶体絶命の危機に瀕した時、ミリアムならば生き残る手段を必死に探すでしょう。ですがアイシャは……仲間のためであれば、その身を擲つかもしれない」
「馬鹿な!!」
 アルベルトが血相を変えた。
 しかし、言葉が続かない。心のどこかで詩人の言を否定できないのだろう。
 アイシャはいつも前向きだった。明るく元気な姿は仲間を力づけていたし、彼女自身も共に旅をする仲間たちの足手まといにならぬよう、常に努力を怠らなかった。
 アイシャが努力家であることはもちろんだが、彼女には消えた一族の皆を捜す事が仲間に迷惑をかけているという負い目もあったのだろう。
 アイシャはタラール一族が消えてしまったあの時も決して諦めることなく、一縷の望みを抱きながら、手がかりを求めて旅を続けていた。
 しかし、か細い一条の光を信じ続けるということは、裏を返せば諦めるのが怖かった、皆の死を受け入れたくなかったということにも繋がるだろう。
 幸いなことに、アイシャは地下世界で一族の仲間たちとの再会を果たすことが出来た。
 タラール族はサルーインの復活を避けて地下へと逃げ延びていたのである。
 アイシャの祖父を始めタラール族の者は皆、彼女が地下に残るように説得した。
 しかし、アイシャは首を縦に振らなかった。
 サルーインの復活を知っていながら安全な場所に逃げたくはない、と。今まで共に戦った仲間に恩返しをしたい、という気持ちを告げて、グレイたちと共に旅を続けることを選んだのである。
 仲間への恩返しはもちろんだが、もうひとつ、心の奥に隠された気持ち故に。
 最後まで、アルベルトと共に在りたいのだと。
 おそらくグレイやミリアムはそれに気づいているのだろう。
「……優しさは時として残酷です。貴方はそれを承知しているでしょう」
 驚愕する少年の脳裏を過ぎったであろう記憶は、おそらく故郷が落城した運命の日。
 唇を噛み、両手に拳を作る少年の姿に痛ましさを覚えながらも、詩人は改めて彼に話しかける。
 未だ、自身の感情に気づいていない少年へ。
「ですから、貴方に頼みたいのです。アイシャのことを。私はそろそろここを離れなくてはなりませんので」
 さらりと告げられた詩人の言葉に、アルベルトは我に返ったらしい。
「最初から道行きを共にするのは限られた時間と決めておりましたからね。旅の間に魅力的な題材をいくつも見つけられましたし」
 共に旅を続けたのはお互いの利害関係が一致したためである。いずれ別れが訪れるのは当然だった。
 しかし、詩人がこれほどにタラール族の少女を気にかける事は、意外だったのだろう。
 アルベルトは改めて正体不明の人物へ問いかけた。
「何故、貴方は……そこまでアイシャのことを……?」
 旅の吟遊詩人と遊牧民族の少女。共通点など思いもつかないのも無理はない。
 詩人は典型的なローザリア人、少女は生粋のタラール民族。血縁関係もまず考えられないのだから。
「互いの名誉のために申し上げますが、彼女と私には血縁関係はありませんよ」
 思考を見透かされ、途端に赤面する少年へ穏やかな笑顔を返し、詩人は続ける。
「ですが、そうですね……放っておけなかったんです。彼女のことが、実の娘のように感じられたせいかもしれませんね」
「……娘、ですか……?」
「こう見えてもいい歳なんですよ」
 くすくす笑う詩人にアルベルトは首を傾げる。
 確かに外見は二十代後半といった態だが、見る者に思慮深さを感じさせる瞳やその表情は、むしろ長く年を重ねた者のように感じられるのだ。
「とにかく」
 口調を改めた詩人の声に、アルベルトは我に返ったらしい。
 静謐な眼差しが澄んだ瞳を見据えた。
「アイシャの事を頼めるのは貴方だけですから。……彼女をお願いします」
「……承知いたしました。私で宜しければ」
 強く頷くアルベルトに詩人は安堵の笑みを返す。
「貴方だからお願いするんです。しばらく共に旅をして、ひととなりを見てきましたからね」
 詩人に応えたのは、真摯な表情と強い意志を宿した瞳。

 ──この少年ならば。

 アイシャを任せられると、改めて思うのだ。
 彼女に暖かい眼差しを向けていた、真っ直ぐな心根の少年。
 そんな彼を慕うようになった無垢な少女。
 互いの心が通じ合うには、まだ時間が必要であるかもしれない。
 それでも、彼は心の裡で願わずにはいられなかった。
 アルベルトが、その心の中で育みつつある感情に気づく日が、一日も早く訪れる事を。


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 アイシャは二者択一を迫られたら、自分を犠牲にする方を選ぶんじゃないかと思います。
 アルベルトは自分の命が多くの犠牲によって助けられたと知っているから、簡単に犠牲を選ぶことは出来ないんじゃないかと。
 命の重さを知っているアルベルトだからこそ、詩人は彼にアイシャを守ってほしいと願っていると思います。

2007年12月30日 (日) 19時35分 (72)

偽り・04 哀の酷薄 (TOS・ゼロス+セレス)
長山ゆう | MAIL | URL
 それは一種、不意打ちという形で彼の知る所となった。
 偶然の重なりによって露わになった、ひとつの事実。
 目を背けてきた、真実。

 ゼロスの修道院への訪問は常に前触れがなかった。
 だからこそ、突然の来訪に驚く相手の顔を見られる楽しみがあったのだ。
 しかし、生憎と、その日彼女は風邪で寝込んでいた。
 眠っていたのである。
 部屋へ通されたものの手持ち無沙汰だったゼロスは、何の気無しに本棚を物色し、
 ──それを見つけた。
 最初に挟まっていた花は、メルトキオでよく見掛ける小さなもので、この辺りにも咲いていたのかと単純に思ったのだ。
 次は、メルトキオでは花屋でしか扱われない北方原産の愛らしい花。
 みっつ、よっつ、いつつ。
 新たな押し花を見るにつれて、ゼロスの顔から血の気が引いた。
 最初の花は、初めてここを訪れた時。
 話に聞いていた腹違いの妹に会う手土産として、その場で見繕ったものだった。
 二つめの花は、メルトキオの花屋で少女に似合いそうだと買い求めたもの。
 ……訪れる度に笑顔で自分を迎える少女へ用意した、ささやかな贈り物。
 そう、これらが残されていること自体は、不自然でも何でもない。
 セレスもまたあの頃の思い出を、何も知らなかった頃を懐かしんでいるのだろうと。
 だが、この厚い本には、つい先頃ゼロスが持参した花も残されていたのである。
 数多の押し花の挟まった厚い本には、彼がこれまでに贈った花のすべてが綴じられていた。
 ……宝珠をこの場に残した折に置いていった花さえも。
 動揺した。
 自分を嫌っている少女への嫌がらせという名目で足を運んだ。
 顔を合わせれば嫌味の応酬だが、それも小気味良いやりとりだった。
 嫌われているからこその意趣返しなのだと自らに言い聞かせ、そのやりとりを楽しんでいた。
 言葉の奥底に潜む親愛の情に気づかない振りをした。
 幼い少女が真実を知った後も花束を欠かさなかったが、その意味合いは変わっていた。
 喜ぶはずのない土産だが、せめて無聊の慰めになればいいと。
 今思えば、互いに憎しみを向けたのは、おそらくはセレスが訣別を告げたあの時だけでしかなかったのだろう。
 現にその時の花もまた、ここに納められていたのだから。
 咄嗟に逃げ出すこと以外、何が出来ただろうか。
 ──花を置いてきてしまった。
 それに気づいたのは、修道院を遙か離れ、彼の住まう煌びやかな虚飾の都、メルトキオの姿をその目に捉えた時だった。
 花は形として残らない。
 だから選んだ。
 いずれ枯れてうち捨てられる切り花ならば、後には、手元には何も残りはしないのだと。
 後顧の憂いなど、残されていないと思っていた。
 自分がいなくなった後、セレスが悲しむであろうことは容易に想像がついたものの、いずれは忘れられる事だと楽観視できた。
 ……しようとしていた。
 何故、修道院へ行ってしまったのだろうか。
 体調を崩していたとしても、せめてセレスが眠っていなければ。
 ──もう一度だけ、声を聞きたいと思った。
 会えば口喧嘩になる。その声をもう一度耳に留めれば、全てを捨てられると思ったのだ。
 なのに、今更、こんな事を知ってどうなるというのか。
 ……否。
 目を瞑っていただけだ。
 知っていた。自分に向けられる感情を読み間違うことなど有り得ない。
 ましてや相手は……唯一人の、妹なのだから。
「……遅すぎるよなあ、何もかも……」 
 呟きながら、ゼロスは皮肉にすらならない苦い笑みを口にはく。
 因果は巡る。
 現在は過去の帰結。すべては己が行動の結果なのだから。
 ゼロスは軽く天を仰いだ。
 抜けるような蒼い空の色に、目を細める。

 ……見なかった振りをすれば良いだけだ。

 零れた吐息に含まれるのは、微かな笑み。
 先程の苦さなどは微塵も感じさせない、遊び人と称される人間の軽いそれを口の端に浮かべ、ゼロスは眼下に広がる都市を見やる。
「あんまり長居もしてられねえか」
 一応ロイドたちに断りを入れてはいるが、遅くなれば余計な気を回されないとも限らない。
 脛に傷を持つ身としては、付け入る隙を与えるべきではないだろう。
 尤も、そんな用心もほどなく不要になるわけだが。
 既に賽は振られている。
 今更、信頼などという言葉を頼る資格など、持ち合わせてはいないのだ。
 そう、何もかも、予定通りに進めればいいのだから。

 ──この忌まわしい楔を断ち切るために。


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 物語後半、ゼロス独白話。
 佳境に差し掛かってきております。
 ちなみに、ここでは宝珠を受け取るために全員で修道院を訪れる以前に、ゼロスが単独でセレスを訪ねている、という設定です。
 クラトスとゼロスの話も考えていたのですが、これは次の機会に。
 ゼロスとコレットの神子コンビの話も書きたいなあ。


2007年11月20日 (火) 22時50分 (71)

偽り・06 雲煙(くもけぶり) (アーク2・アークク)
長山ゆう | MAIL | URL
 顔を合わせた人との挨拶。
 駆け回る子供たちの声。
 川では洗濯をする女たちのお喋りが見られ、畑を手入れする男たちは言葉少なに、黙々と仕事をこなしている。
 広場では商いに精を出す声が交わされ、買い物時には活気を帯びるようになっていた。
 やがて日が暮れると、家々の竃から煙が上がり、辺りには夕餉の匂いが漂ってくる。
 遙かな昔より繰り返し、繰り返し、続けられてきた日々の営み。
 一度は失われかけた、単調だけれども穏やかでかけがえのないもの。
 村の様子は生まれ育ったトゥヴィルとは随分異なっていたが、今のククルの目にはすっかり馴染んだものとなっていた。
 おそらくそれは、アークにとっても同じなのだろう。
 玄関の扉が開いた音を耳聡く聞きつけ、ククルは振り向いた。厨房から隣室へと顔を出す。
 そうして、姿を見せた青年を笑顔で迎えた。
「お帰りなさい、アーク」
 ――それは、彼が旅から戻る度にククルの口から出た言葉。
 しかし今は、日々の挨拶となっていた。
 出迎えた彼女に返されるのは、愛しい人の優しい笑顔。
「ただいま、ククル」
 後ろ手に扉を閉め、アークはマントの留め金を外しながら彼女へと歩み寄った。
「良い匂いだな。ビーフシチューかい?」
「ふふ、正解。今日はちょっと奮発したのよ」
 答えながら、ククルは彼が脱いだマントを受け取る。
 アークは椅子に腰掛けて軽く天井を仰いだ。そんな彼を柔らかな眼差しで見つめ、ククルはテーブルを挟んだ正面に座って膝の上でマントをたたむ。
「トッシュが近いうちに村を出るつもりらしい」
 不意に告げられた一言に、ククルの手が止まった。
 視線を上げると、いつしか彼女へ向けられていたアークの瞳にとらわれる。
 寝耳に水の話だった。
 しかし、意外に思ったのは最初だけである。
 アークの物静かな瞳を見返すうちに、ククルはすんなりとその話を理解していた。
「そう……。寂しくなるわね」
「本当は、色々頼みたかったんだけどな」
 軽い吐息に混じって本音が滲み出たアークの呟きに、だからこそトッシュは町を出る決意をしたのだろうと感じられた。
 無論、アークも気づいている筈だ。
 トッシュと行動を共にするようになってから、アークは彼を兄のように慕っていたとククルは思う。
 元々兄弟のいない上に母子二人きりで育ったアークにとって、面倒見が良くいざという時頼りになるトッシュという男は、兄のような存在だった。ある意味父親にも近かったのではないだろうか。
 事実、一家の若頭を張っていただけあって彼は根っからの兄貴肌であったし、精神的にも幼かったアークをククルやポコとは異なる立場から支えていたのだ。
 旅を始めた当初のアークは、年相応の少年だった。
 今のアークしか知らない者には想像もつかないだろう。旅の意味を知り、世界の命運を担う事を知らされ、勇者の名を背負ってから、アークはとみに大人びていった。
 誰もが彼の年齢を聞くと一様に驚くのだが、しかしそれは周囲がアークに必要以上の成長を求めた結果に他ならないのである。
 生き残った人々と共にスメリアを立て直そうと決意したアークに率先して協力し、共に尽力したのもまたトッシュだった。
 パレンシアの人々に慕われていたトッシュがアークに協力した事が、トウヴィルの村人とパレンシアの町の人々双方が手を携える切っ掛けとなり、同じ国の中で諍いを起こすことなく、スメリア再建に乗り出すことができたのだ。
 アークがこのまま彼を頼りにしたいと望むのは自然な事だったが、それゆえにトッシュは身を引くべきだと考えたのだろう。
 剣客であり渡世人でもある彼は、自身の立ち位置を誰よりも理解している。
 平和な世界に争いの種を持ち込むことを是としなかったのだ。
「見透かされていたみたいね。トッシュらしいわ」
 彼の心情を察し、ククルが微笑みを浮かべると、アークは肩を竦めて苦笑を返した。
「確かにね」
 気心の知れた仲間であるからこそ、止められないこともわかっている。
 別れは寂しいものだが、それもまた一つの道なのだから。
 不意に、やや慌てた様子の足音が二人の耳に届いた。程なく顔を覗かせた女性は、アークの姿を認めて小さく微笑む。
「あら、お帰りなさい、アーク。今日は早かったのね」
「ただいま、母さん」
「お義母さま、探し物ですか?」
 ククルが腰を上げようとしたが、ポルタは穏やかな表情でやんわりと制した。
「ああ、いいのよ。今すぐ必要な物でもないし、すぐに見つかると思うから。それより少し落ち着いたら夕飯にしましょうか」
「そうだね」
「はい」
 息子夫婦の答えに満足した様子でポルタは部屋を出て行った。
 閉じられた扉に目を向けたまま、アークはそっと言葉を紡ぎ出す。
「……母さんが元気になって、本当に良かったよ」
 夫を喪った直後の憔悴しきった母の姿を思い出したのだろう。
「貴方が傍にいたからよ。励まされたんだと思うわ」
 それでも彼女は、村の、国の再建のため、真っ先に立ち上がった一人だった。
 未来のために。生き残った人間が出来ることをひとつひとつこなしてゆくべきだと、抜け殻のようになっていた村の人々を懸命に励ましたのである。
 そう、村の復興は、皆の力が合わさればこそだった。
 決して誰か一人の力で為し得る問題ではなかったのだから。
 アークは強い牽引力たり得たが、それはあくまで指針に過ぎない。一人一人がもう一度立ち上がろうと努力したからこそ、こうして少しずつ結果が目に見え始めてきたのだ。
 アークはやんわりと微笑んで席を立つと、ククルに歩み寄った。
 そうして、椅子に座ったままの彼女をしっかりと抱き締める。
「そうだね。そして、ククルもいてくれた。俺は君がいなかったらこうしていられなかったよ」
「……アーク……」
 ククルはアークの腕の中で、目を閉じた。
 ひっそりと二人だけで、という望みとは異なる形になったけれど、それでもこうして穏やかな日々が訪れた事を、感謝する。
 今を生きる人々に。人間を見守り続けた精霊に。今ここで傍にいる大切な人に。
「夢のようね。ずっと願っていたけれど、こうしてあなたと一緒に居られることが本当に幸せだって、実感するの」
「ああ。俺もだよ、ククル」
 アークの腕に手を添えようとした時、ククルの手の中にあったマントから、かさりと紙の擦れる音が聞こえた。
 視線を落とす彼女の瞳に、伸ばされたアークの手が映る。
 やがてその手がマントから一通の手紙を取り出した。
「エルクから手紙が来ていたんだ。みんな元気でやってるらしいよ」
 ククルは手渡された手紙に目を通す。
 些か乱暴な文字は書き手の短気な性格をそのまま反映しているようで、つい笑みがこぼれた。
 エルクはシュウを始めとしたハンター仲間と共に、世界中を飛び回っているようだった。
 ハンターは世界中の連絡網を兼ねている。文字通り休む暇もないのだろう。
 彼自身は落ち着く暇がないらしいが、リーザは行き場をなくしたモンスターを集めて定住を決めたと記されていた。
 意外な出来事にククルは驚き、次いでやや不安そうに表情を曇らせる。
「リーザは周りに受け入れてもらえるかしら。あの子のモンスターは大人しい子ばかりだけど、すぐにそれが伝わるとは思えないし……」
 まだ幼いと言えなくもない少女の姿を脳裏に描き、ククルは募る不安を口にした。
「でも、頑張ると書いてあるだろう?これも彼女なりの変化じゃないかな」
「……そうね。あの子はあれで芯が強いもの、一度決めたらしっかりやり遂げるわね」
 アークの言葉にククルも彼女の決意を前向きに受け止めようと頷いた。
 妹のようで目が離せなかったけれど、別れてから一年以上経っている。
 彼女も、いつまでも子どもではないのだ。
「落ち着いたら遊びに来て欲しいって書いてあるし、……そうだな、もう少ししたら訪ねてみようか」
「ええ。久しぶりにみんなとも会いたいわ」
「ああ。流石に今すぐは無理だけど、村もずいぶん落ち着いてきたし、たまにはゆっくり羽根を伸ばそうか」
 こっそりと洩らされた溜息を聞き逃さず、ククルは頷く。
「そうね、働きづめのアークに少しは休んで欲しいもの」
 ククルの言葉に思わずアークは苦笑を見せたが、やがて彼女を抱く腕にそっと力をこめた。
「ああ。一緒に世界を見に行こう、ククル」
 その小さな約束は、平和な今を象徴するかのようで。
 互いに交わす笑みは穏やかで、満ち足りている。
 世界が平穏になったと言うには些か気が早いと思われたが、それでも今は、これからの努力次第だと希望を持つことができる。
 共に在る幸せを感じながら、ククルはアークの胸にそっと頭をもたせかけた。


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 春に書いたお題「有限」の続きに当たります。
 雲煙には火葬の意味もありますが、ここは真逆に発想を転換してみました。
 もしも、アークとククルが生き残っていたならば。
 二人が仲間たちと共に、世界の再建を担うことが出来たならば。
 そして、苦労の中にも幸せな未来を見つめる機会が得られたとしたら。
 ……そんなささやかな願いを込めています。

2007年10月21日 (日) 20時09分 (70)

偽り・01 造花の棘 (逆転裁判・冥&真宵+御剣+成歩堂)
長山ゆう | MAIL | URL

「綾里真宵」
 明瞭な、背筋の通った声に真宵が振り返る。
 視線の先に一人の女性の姿を認め、彼女はにっこりと笑顔を返した。
「冥さん、こんにちはー」
「……こんにちは。良い所で会えたわ。これを成歩堂龍一に届けてもらえるかしら」
 一拍置いた挨拶を返し、冥は鞄から大きな封筒を取り出した。サイズはA4。おそらくは何かの書類なのだろう。
「あ、ちょうど良かった〜! なるほどくん、さっき事務所に戻ってきたんだ。じゃ一緒に行こう!」
 言いつつ真宵は冥の空いている腕をつかんだ。
 完全に不意を突かれた冥は、真宵に腕を引かれたまま数歩の歩みを余儀なくされる。
「え? ちょ、ちょっと待ちなさい! 私はこれから用事が……」
「冥さんと会うの、久しぶりだよね。なるほどくんも気にしてたんだよ」
「別に私は気にしてないわ!」
 真宵の言葉には、冥が彼を気にしていたと取られかねない表現が含まれていた。冗談ではない。
 しかし、抗議の声など何処吹く風。
 真宵は彼女の腕をつかんだまま、颯爽と事務所へ向かったのである。

 冥が成歩堂法律事務所の扉をくぐると、意外な人物が訪れていた。
 ……否、意外というほどの話でもないだろう。
「メイ?」
 事務所の主と机を挟んで言葉を交わしていたのは、御剣怜侍だった。
 向こうも予想外だったのだろう。その表情に些かとはいえ驚きが隠せない様子だった。
「こんな所で息抜き? 随分と暇らしいわね」
 つい皮肉が口をついて出た冥へ、御剣は軽い笑みを返す。
「これも仕事の一環なのだがな。そういう君はどうしたんだ?」
「わ、私はこんな所に来るつもりなんてなかったのよ!」
「こんな所とはご挨拶だなあ」
 のんびりと、間延びした声が耳に届き、冥はそちらを睨め付ける。
 鋭い視線に成歩堂龍一は苦笑を返した。
「あたしが誘ったの。なるほどくんに用事があるって聞いたから。今お茶淹れてくるね」
「な、いらないわ! 待ちなさい!」
 制止する間もあらばこそ。
 あっという間に隣室へと姿を消した真宵に向けた声は、空しく響くのみだった。
「真宵ちゃんのお茶はおいしいよ。ちょっとくらい時間ないかな? 狩魔検事」
 事務所の主に脳天気な笑顔を向けられ、冥は溜息をついた。
 どうにもこの事務所の人間にはペースを乱されるのだ。だから本人には会わずに用事を済ませるつもりだったというのに。
 ここでようやく、冥は手に持ったままの封筒に気づき、それを成歩堂へと差し出した。
「……先日の公判記録よ。一応渡しておくわ」
「ありがとう。助かったよ」
 嬉しそうな笑顔は、思いの外書類が早く届いたせいなのだろう。
 そう解釈した上で冥は隣に立つ御剣を見た。
「何か?」
「ここにいるならレイジに預けた方が早かったと思っただけよ」
 急いでいた様子だからと付け加えれば、成歩堂は何故か苦笑を浮かべている。
「僕としては狩魔検事に直接会いたかったから、来てもらえて嬉しいんだけどね」
「……え?」
 冥は成歩堂を振り向いた。
 とどのつまりは何か言いたいことがあるという事なのだろう。
 しかし、冥が向き直ったにも関わらず、成歩堂は何事かを話すわけでもない。
 ただにこにこと冥に笑顔を向けてくるだけだ。
「成歩堂龍一。言いたいことがあるならはっきりと言いなさい」
「や。だから会えて嬉しいなって」
「…………」
 意思の疎通が果たせない状況に些かの困惑を覚えた冥へ、助け船が出された。
 しかし、その意図が読めないままではあったが。
「……まあ、お茶の一杯くらい良いのではないか? 確かに真宵君の淹れるお茶は美味なのだから」
「貴方の発言には多少なりの個人的感情が加わっているようだけれど。……まあ、いいわ」

 成歩堂や御剣の言葉に誇張はなく、確かに真宵の淹れた玉露は美味だった。
 騒々しい面ばかりが目立つ彼女だが、これでなかなか器用なのかもしれない。
 冥が真宵への認識を新たにした所で、正面に座っていた当の本人が口を開いた。
「あのね、実は冥さんにお願いがあるの」
「何?」
 頭ごなしに断るつもりもない。一応聞いておこうと先を促すと、真宵は意外な事を提案してきた。
「良かったら、あたしのこと名前で呼んで欲しいんだ」
 冥は改めて真宵を見返す。
「名前……?」
「そう。フルネームだとちょっと寂しいな、なんて思っちゃって。名前で呼び合えたら、それだけでとても近くなった気がするんだよ」
「そんなものかしら」
 大抵の相手を常にフルネームで呼ぶ冥にはピンとこないのだが、真宵は力一杯頷いた。
 ……確かに、名前を呼ぶということには、それなりの意味があるのかもしれない。
 真宵の背に立つ兄弟子を見やり、冥の脳裏にもそんな考えが過ぎる。
「わかったわ。真宵……でいいの?」
「うん! ありがとう、冥ちゃん!」
 今度こそ目を丸くした冥に、真宵は慌てて言葉を継ぐ。
「あ、ごめん! 嬉しくてつい、なんか口をついて出ちゃったっていうか……」
 言い訳をする少女を見るうちに、自然と笑みが浮かんできた。苦笑に近いものではあったが。
「……構わないわ。特に困るものでもないし」
「ホント? ありがと、冥ちゃん!」
 今度こそ、真宵が全開の笑顔を見せる。
 その笑みにつられそうになった冥は、彼女の背後の検事が小さくではあったが楽しげな微笑を口の端に浮かべている事に気づき、咄嗟に表情を引き締めた。
 だが。
「冥ちゃん、かあ……」
 にこにこにこと笑顔を浮かべつつ、成歩堂がそれは楽しそうに呟いた声を耳にした、刹那。
「うわたっ!!」
「貴方にそう呼ばれる謂われはないわ、成歩堂龍一」
 先程から彼の笑顔が癪に障っていたのである。堪忍袋の緒が切れた、という所だろうか。
 血の気が引いた青年に、冥はいっそ優しいとすら表現できる笑顔を向ける。
 そして。
「……止めないのか、真宵君」
「御剣検事こそ止めないんですか?」
「私は無駄と分かり切った事には手を出さない主義なのでな」
 平然と言ってのける御剣へ、真宵はにっこりと笑顔を返す。
「だって二人とも楽しそうだし。それに、やっぱり冥ちゃんはこうでないと」
 聞きようによってはとんでもない発言だが、真宵の口から出るとまったく違和感がない。
 この少女は他人の性格を見抜く天賦の才があるのだろう。
 鞭を手に相手を追いかける冥はともかく、必死になって逃げている成歩堂の本音を看破する辺り、やはり彼女は只者ではないと言ったところだろうか。
「確かにな」
 周囲で繰り広げられる騒ぎなど何処吹く風で、御剣は真宵の淹れた玉露を味わっていた。


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逆転裁判はミツマヨ&ナルメイにすっころびました。
…で、これでもナルメイだと言い張ってみる(笑)。
うちのなるほどくんは冥嬢にメロメロです。
真宵ちゃんと冥は仲良くなると思うんですよね。
ミツマヨは「1」の時から自分の中で確定してました!この二人の関係がまた何とも言えず大好きです。
しかし真宵ちゃんを筆頭に、キャラそれぞれの口調が難しい…。

2007年08月29日 (水) 19時06分 (69)

偽り・07 夏場の出会い (TOS・アンナ&ダイク+ロイド+ノイシュ)
長山ゆう | MAIL | URL
(ネタバレ注意・ロイドの幼少、一家離散話です)


 意識を取り戻したアンナの視界で、地面に倒れた幼い息子の姿が明確な像を結んだ。
 ――ロイド!
 反射的に身を起こすと同時に手を伸ばしたアンナは、しかし自身の腕が息子の身体をすり抜けてしまった事に、愕然とする。
 よくよく見ると、アンナの腕は実体を持っていなかった。腕の向こうにある物が透けて見えるのだ。
 己の身体を見下ろし、足下に小さく輝く珠を目に留め、アンナはようやく自身の置かれた状況を理解することが出来た。
 夫と息子、そしてノイシュと共にとある人物を訪ねようとした矢先、運悪く追っ手に発見されたのだ。
 アンナの夫は凄腕の剣士だったが、庇護すべき人間を抱えての戦いは劣勢に傾き、遂には彼女も追っ手であるディザイアンの手に落ちたのである。
 直後、アンナは身体に埋められていたエクスフィアを奪われ、その身体が人ならざるものと化してしまったのだ。
 正気を失って暴れた彼女から、ノイシュが辛うじて息子を守り傷ついた。
 その衝撃でアンナは意識を取り戻したが、最早何の術もない。
 彼女に出来たことといえば、ただ乞い願うだけだった。恐らく二度と元には戻れぬ自分の命を絶つよう、夫に懇願するしかなかったのだ。
 ……残酷な決断を求められ、彼はどれほど苦しんだろうか。
 しかし、最終的に彼はアンナの願いを聞き入れたのである。
 そこで一旦記憶が途切れるのだが、どうやら肉体を離れた精神が何らかの作用でこのエクスフィアに宿っているらしい。
 現在の状況を把握出来たものの、今の状態も時間の問題だと思われた。
 死者の魂はいずれ消滅する。
 ――それまでに、この子を……。
 触れられぬ手で息子の頬を撫でながら、アンナは思案した。
 その時。
「こいつは……」
 驚きに満ちた声を耳にするや、アンナは立ち上がって息子を背に庇った。
 改めて考えれば、実体を持たぬ彼女の行動は、意味をなさないものである。
 だが、身を守る術を持たない我が子を危険にさらけ出すことなど出来ようはずがない。
 厳しい表情で突如現れた者の正体を見極めようとしたアンナの視線の先に、唖然とした様子のドワーフが佇んでいた。
 揺らめく人影。そして気を失った小さな子供。
 この取り合わせに度肝を抜かれたのだろう。
 だが、茫然自失のドワーフのすぐ傍らに大きな白い獣の姿を認め、アンナは瞬時に状況を悟った。
 どうやらノイシュが人を連れて戻ったらしい。自身も傷を負っているというのに、幼いロイドの身を案じて助けとなる存在を捜してくれたのだ。
 アンナは緊張を解いて頭を下げると、静かに問いかける。
 ――貴方は、ドワーフですか?
「あ、ああ、そうだが」
 夫が言っていたのはこの人だろうと直感した。要の紋を作る技術を持つというドワーフ。
 自分には必要がなくなってしまったが、今この場で彼に会えた幸運を感謝したかった。
 ――私はアンナと申します。ディザイアンに追われて命を落としましたが、一人息子は一命を取り留めました。……どうか、この子を引き取って育てていただけないでしょうか。
 突然の申し出にドワーフは目を丸くする。
「わしは人間じゃねぇ。子供を育てたことなんかないぞ」
 彼の返答はある意味当然の反応だったが、ここで諦めるわけにはいかなかった。
 他人に慣れないノイシュがここへ連れてきたというだけで、このドワーフが害意を持たない存在だとわかった。
 今ここで彼に息子を託すことが出来なければ、幼子ひとり生き延びることなど不可能である。
 ……自分には、もう幼い息子を育てることが出来ないのだから。
 アンナは真正面からドワーフの瞳を見つめた。
 ――ドワーフは義理に厚い種族だと聞いたことがあります。今ここで見捨てられたら、この子は死んでしまうでしょう。どうか、お願いします。私の代わりに息子を、ロイドを……。
 アンナの懇願にドワーフは弱った顔で頭をかき、子供に近づいた。身体を調べ、怪我の有無を確認する。
 そうして洩らした息は安堵のそれだった。
 しばし彼は子供を見ていたが、やがて小さく息をつく。
 ドワーフはアンナを見上げると、改めて子供の容態を告げた。
「大きな怪我はしてねえようだな。良かった。……わしでできるなら、育てよう」
 最後の一言に緊張が解ける。
 アンナはそっと微笑みを返した。
 ――ありがとうございます……。
 安堵のせいか、一瞬、その意識が遠のいた。
 そうして悟る。自身の意識が消えゆこうとしていることを。
 アンナは拡散しそうになる意識を必死で繋ぎ止めながら、このドワーフに伝えねばならぬことを早口で語った。
 ――このエクスフィアは私の身体に埋められていたものでした。ディザイアンはこれを狙っていたのです。……ドワーフの方ならば要の紋を作ることができるとか。この子に私のエクスフィアを託していただければ、思い残すことはありません。
 アンナの願いにドワーフはしっかりと頷いた。
 おそらく、彼もまたこの幻が長く残らないことに気づいているのだろう。
「要の紋だな、いいだろう。あんた、名前は?」
 視界が霞む中、アンナは懸命に答える。
 ――アンナと申します。息子はロイド。貴方を連れてきたのはノイシュです。
「そうか。わしはダイク。わかった、そのエクスフィアはあんたの形見としてロイドに渡そう」
 ――ありがとうございます……。
 そこまでだった。アンナの意識が拡散してゆく……。


 女性の幻が消えた後、ダイクは見慣れぬ獣――ノイシュに簡単な手当てを済ませると、早々にその場を立ち去った。
 アンナを追っていたというディザイアンに見つかっては元も子もない。物騒な気配が消えるまで、住処で大人しくするに越したことはないと判断したのである。
 幼い子供とノイシュを伴って住処である洞穴に戻ったダイクは、数日後、再び森を訪れていた。
 幸いなことに、物騒な気配は消えていた。
 不穏な気配を察して姿を隠していた動物たちの普段と変わらぬ様子が、それを物語っており、ダイクも胸を撫で下ろす事ができた。
 だが、ここに来て彼はひとつ問題を抱えていたのである。
 この数日で思い知らされた事だが、人間の子供には太陽の光が必要だった。
 洞穴で育てることは出来ないのである。
 そのため、森の様子を確認すると共に、家を建てるに相応しい場所を物色していたのだ。
 小川が流れる少し開けた場所で、ダイクは足を止めた。
 彼が森に住み始めてから、どれほどの時間が流れただろうか。
 住処はその一角に過ぎないが、この森全体がダイクの庭のようなものである。彼の知らぬ場所はない。
 だが、ダイクはここで思いもかけないものを見つけたのである。
 掘り返したばかりの土の小山と、そこに立てられた膝丈の短い木。
 近づいて見ると、木の表面に文字が彫られていた。
 アンナ・アーヴィング、と。
「……身内がいたのかい……」
 おそらく、この人物もまたロイドを捜していただろう。けれど見つけることができず、遺されたアンナの亡骸をここに弔い、姿を消したと思われた。
 ダイクはしばらく墓標を見つめていたが、改めて周囲を見回した。
 木漏れ日が暖かくこの地を包んでいた。水辺なのも利点である。
 小さな家を建てるには、なかなかに良い場所のようだった。
 ダイクは一つ頷くと、水辺に咲いていた小さな花の根を掘り返し、墓の付近に埋め直した。
「これからは、わしらがここで世話をしよう。いつか、あんたの身内が訪ねてくるかもしれねえな」
 墓標に話しかけると、ダイクはゆっくりとその場を後にした。
 そよ風が小さな花びらを揺らす。
 森を抜ける風は木々の匂いをのせ、ダイクの後を追いすがる。
 墓標に吹くそよ風は、主の祈りを届けるのだ。


 ――ああ、どうか願わくば。
 消えゆく意識の中、最後に紡ぎ出された切なる想い。
 ――いつかロイドがクラトスと出会えるように……。


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 一家離散の話、です。
 一度エクスフィギュアとなった人間は元に戻れないと思ったので、アンナの遺言はエクスフィアに遺された意識から伝えられたのではないかと考えました。
 そして、アンナの墓を建てたのはクラトスではなかったかなと。
 最愛の女性を手に掛けた彼が、そのまま姿を消したとは思えなくて。
 お墓を作った後、その前で動けなかったクラトスを、捜しに来たユアンが連れて行ったのではないかな、と考えています。

 時期は夏ではない気もするのですが……そこはご愛敬と言うことで(笑)。


2007年06月27日 (水) 22時28分 (68)





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