――本当のことを知られるのが、怖かった。 これまで一緒に過ごしてきた狭間の領域の住人たちに、疎まれるであろう事実。 否、それだけではない。憎しみの目を向けられ、島にはいられなくなる。 行き場を失い、転生もかなわず、たださすらうだけの存在になってしまう……。 だからこそ、全てを覆い隠し、正体を偽ってきた。 これまでで唯一、島の住人が受け入れたリィンバウムの人間は、ハイネルだけだろう。 ハイネル・コープスは特別なのだ。
「みんななら、きっと本当の君を好きになってくれるよ。そうしたら、楽しい思い出だっていっぱい作ることができるんじゃないかな」
偶然「ファリエル」として出会った彼は、ファルゼンの正体に驚きつつも、秘密を守ってくれた。 むしろ、正体を偽るファリエルの身を気遣い、助言をしてくれたのだ。 実現出来るはずのない提案だったけれど。 島を訪れた青年の言葉は、優しさに満ちあふれていて……。 ――兄を、思い出す。 無色の派閥の召喚師であったにも関わらず、召喚獣たちと心を通わせ、慕われていたハイネルを。 不慮の事故で島を訪れた彼らならば、島人との交流で、友好的な関係を築くことができるかもしれない。 だが。自分は、無色の派閥の人間だった。 過去に、この島で実験を行った派閥の一員だ。 犯した罪が消えることはない。 だからせめて、兄の夢を守りたかった。 何者に代えようとも、島の平穏を守らねばならないと。 「確かに、貴女の素性を知れば、護人として集落をまとめる事などできなかったでしょう」 「殺しても飽き足りねぇって奴が出てこないとも限らねぇな」 ヤッファとキュウマの指摘に鋭く胸を突かれ、ファリエルは目を伏せた。 遅まきながら今回の経緯を知らされた二人にすれば、寝耳に水だったろう。 遺跡封印の顛末も、死んだはずの人間が生きていたという事実も。 「そんな……!」 傍らでレックスが何かを言い募ろうとし、言葉を飲み込んだ気配が伝わる。 けれども、心優しい彼が見かねて抗議しようとした、それだけでファリエルには充分だった。 断罪を待つ少女へ、再びキュウマが口を開く。 「貴女が常に前線に立ち、その身を盾にして皆を守っていたのも、罪悪感故ですか」 明確に答えを返すことができず、ファリエルは項垂れる。 ――私は一度死んでるから、平気なんですよ。 以前、レックスにそう言ったのは、嘘ではない。身勝手な自己満足だとわかってはいるけれど。
「だがな、ファルゼンは長い間、護人としてよくやってきたと思うぜ」
一瞬、耳を疑った。 思わず顔を上げたファリエルは、ヤッファの表情が普段と変わらないことに気づいた。 嫌悪の感情は欠片も見られない。 「え……」 「ファルゼンのこれまでの功績は消えるもんじゃねぇ。中身が誰であってもな」 ヤッファの口元に笑みが浮かぶ。 驚くファリエルへキュウマが静かに言い添えた。 「貴女が一人で罪の意識を背負い続ける必要は、ないのですよ」 彼の微笑みもまた穏やかだ。 全くの予想外だった二人の反応に、ファリエルは戸惑いを隠せない。 だが。 「今までよく頑張ってくれたな。ありがとうよ、ファリエル嬢ちゃん」 ハイネルの妹であり彼の護衛役でもある少女を、ヤッファはいつもそう呼んでいた。 からかいながらも、親しみを込めて。 視界が滲む。肉体は失われたが、その記憶は残っている。霊体となった今も、感情の発露が涙という形になるのだろうか。 安堵と嬉しさの涙を浮かべながら、ファリエルもまた感謝の想いを口にする。 自分を受け入れてくれた仲間達へ。 自分を守ろうとしてくれた集落の住民達へ。 そして、勇気をくれた青年へ……。
すべては、この一歩から始まるのだ。
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ファルゼンをキー護人にして進行中。 久しぶりの機霊ルートは、ファリエルが可愛いけれど切なくて。 フレイズが身近にいたとはいえ、集落の住人すら偽っていた事実は重くつらいものではないかと。 長い間、精神的に流浪していた部分があった気がします。 真実を打ち明けた時のヤッファとキュウマのセリフは本当に嬉しかったです。 私的に「ファリエル嬢ちゃん」がツボでした。
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