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□ お題掲示板 □

現在メインはロマサガMSとTOS、サモナイ3です。
他ジャンルが突発的に入ることもあり。
お題は10個ひとまとまりですが、挑戦中は順不同になります。
(読みにくくてすみません…)

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08 本 (サモナイ3・スカアティ)
長山ゆう | MAIL | URL
「あら!じゃあセンセもあのシリーズの愛読者なのね」
「ええ!まさかスカーレルもファンだとは思いませんでした」
 クノンの読んでいた本のタイトルを知ったアティは、海賊船に戻るや否や、スカーレルの部屋を訪れたのである。
 意外なところで共通点を見つけた二人は、早速その話題で盛り上がった。
 帝都で人気の小説とはいえ、元来「本」は高価な品物である。地方への流通もなかなか難しい。
 ましてやこういう島に流行本が入って来ることはまずないだろう。
 スカーレルがクノンへあの小説を薦めたのも、一緒に話せる同士がほしかったせいかもしれない。
「やっぱり、あの主人公は最強よねぇ」
「普通じゃああはいきませんよ!中盤からハラハラしどおしで」
「あれは、話の流れが上手いのよ。最近は意外性を狙った物語が多いけど、却って面白味に欠けると思うのよね」
 ヤード愛用の紅茶を拝借しつつ、スカーレルはこんな感想を漏らす。
 淹れる前は反対したアティだったが、結局はしっかりごちそうになっていた。後でお詫びをしなくては、と心に留め置きながら。
 帝都を離れた海の孤島で少女恋愛小説の話題に興じる二人の姿は、思春期の女子学生に近いものがあるかもしれない。……片方の性別はともかくとして。
「ふふ、だけどセンセも夢見る女の子なのねぇ」
 テーブルに頬杖をつくスカーレルは、ずいぶんと上機嫌である。
「何ですか、改まって」
「目が輝いてるもの」
「あ」
 思わず赤面するアティに、スカーレルは笑みをこぼす。
「やぁね、別にいいのよ?むしろ嬉しいわ。身近で盛り上がれる相手がいないんだもの」
「でもソノラがいるでしょう?」
 スカーレルは空いている左手を顔の前で振る。
「だーめだめ。あの子こういう本に全然興味ないのよ。借りに来るのは冒険譚とか実用書とか、そういうものばっかりね」
 物足りなさげな彼に、アティはつい笑ってしまう。
 出会った当初はその外見に面食らったものの、慣れてしまえば親しみやすいのだから不思議なものである。
 実際、スカーレルは最初の警戒心を越えてしまえば、どんな環境にも馴染めそうな雰囲気がある。
 その辺りに、カイル一家のご意見番たる所以があるのかもしれない。
 アティは本棚に目をやった。
 室内で一番大きな壁面に設置してある大きな書棚には、多くの本が並んでいた。
 背表紙をざっと流すだけでも、少女小説から専門書まで、幅広い品揃えである事が見て取れる。
 版別に整理された書棚には統一感があり、部屋の主の几帳面さが伺えた。
「スカーレルはどんな本が好きなんです?」
 実際、海賊船とは思えない程の量である。
 本棚を見やりつつ、アティが問う。
「そうねぇ、特にコレって言うのはないかしら」
 彼女の視線を追いつつスカーレルは続ける。
「恋愛小説も冒険譚も面白いし、料理の本は参考になるでしょ?流行だって気になるし……広く浅くってトコかしらね」
 スカーレルはふと悪戯っぽい表情を浮かべた。
 本棚に歩み寄り、一冊の本を手に取って振り向く。
「そぉだ。センセ『亜麻色の風が我が身を焦がす』って本、知ってる?」
「知ってるも何も、あの作家の初期短編集じゃないですか!限定本で即完売したっていう」
「これ、なーんだ?」
「えええええ!?」
 スカーレルがアティの目の前に出して見せたのは、即完売したという噂の本だった。
「やっぱりセンセは未読だった?」
「だってあれ帝都限定発売だったんですよ!寮でも購入できた人はほとんどいなくて……」
「蛇の道は蛇ってね。読んでみる?」
「はい!」
 喜色満面で即答したアティに本を手渡し、スカーレルは椅子に腰掛ける。
 受け取った本の表紙を見つめるアティの耳に、忍びやかな笑いが届く。
「いいのよ、今読んでも」
「え、でも……」
「とりあえず一編だけ読んでご覧なさいな。センセの感想、聞かせてほしいわ」
「ありがとうございます。じゃあ、遠慮無く」
 期待に胸を躍らせながら、アティは本の表紙をめくった。
 目を輝かせて読書をする彼女を、スカーレルは優しい表情で見守っている。
 明かり取りの窓から穏やかな陽射しが差し込む中。
 スカーレルの部屋では、のどかな時間がゆっくりと過ぎていった。



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サモナイ3のスカアティ話。
お題の「本」を見た瞬間、クノンとのあの会話が頭を過ぎりました(笑)。
ゲンジとヤードのお茶のやりとりに唖然としていたアティですが、船に戻ったらこういう話になってるんじゃないかと。共通の趣味があると盛り上がりますよね。
当然ながら、本のタイトルは創作ですので悪しからず〜。
2005年02月24日 (木) 22時37分 (6)

09 家族 (アーク2・アーク&ポルタ)
長山ゆう | MAIL | URL
 ククルの神殿の一室で、アークの母・ポルタが眠りについていた。
 様子を見に来たアークは、音を立てぬよう注意を払って部屋に入ると、ベッドの傍らに跪き、眠る母の顔を見つめた。
 疲労の色が濃いのは当然だとしても、想像以上に窶れたその姿に、アークは唇をかみしめる。
 否。それよりも、今彼女を失意の底に沈めているのは、助け出されたその時に、最愛の夫を目の前で失った事実だろう。
 物心ついた頃から父を知らず、その存在をかすかな記憶に留めていたアークにとって、母親である彼女は唯一無二の存在だった。
 女手一つで子供を育てることには、並々ならぬ労苦があったろう。
 それも、いつか夫に再会できると信じるが故だったのではないだろうか。
 幼い頃から日々働きづめだった姿を思い返しつつ、アークは母の手を取る。
 水仕事で荒れた指先は、幼い頃から彼が知っているそれである。しかし、力無く痩せた手のひらから、囚われていた間の苦痛が如実に伝わり、アークは顔を伏せた。
 母の手を握った両手を額に当て、低く呟く。
「母さんは、本当に幸せだったのか……?」
「……ええ、幸せよ」
 予想しなかったいらえに、アークは反射的に顔をあげた。
 視線の先で、ポルタは弱々しくも微笑んでいる。
「母さん……」
「どうして、私が幸せでないなんて思ったの?」
 穏やかな笑みはあまりに儚く、だからこそ見ているのがつらかった。
「だって、父さんと一緒にならなければ、こんな苦労をすることはなかったのに」
 父の帰りを問う息子へ、少し寂しげな表情を返す在りし日の母の姿。
 一時は父親を恨みもした。
 けれど、ひたむきに父を信じる母を見て育つうちに、その感情は少しずつ変わっていった。
 世界の異変、精霊の意志。
 大きな流れを知り、己の為すべき道を見つけたのは、父の導きあればこそだ。
 だが、だからといって、一人の女性を不幸にすることなど、許されるべきではない。
「……あの人がいない寂しさはあったわ。でも、あなたがいてくれたもの」
 控えめな笑みは昔と変わらない。
 母は嘘がつけない人間だった。
 偽った言動の裏に事実が潜んでいる時は、言葉に出来ない仕種や雰囲気で、伝わってきたものだ。
 だからこそ、今の言葉が本音だと理解できる。
「母さん」
「ねぇ、アーク」
 息子の言葉を優しく遮り、ポルタは静かに言葉を継ぐ。
「私はあの人の口から、起こりうるであろう未来を聞かされたわ。その上で、一緒になったのよ。あの人が、誰よりも大切だったから。……何より愛おしかったから」
「…………」
「あの人を、信じて待ちたいと思ったの。それは私が自分で決めた事よ」
 ポルタは優しい笑みを浮かべる。
 窶れた頬に浮かんだ笑みは、けれども本当に綺麗だった。
 ポルタは握られていた手をそっと振りほどき、息子の頬に触れた。
 かさついた、けれども暖かい手のひらで。
「あなたはヨシュアと私の誇りだわ」
「母さん……」
 ポルタが息子へ向ける深い愛情と、夫を慕う一途な心。

 ――その想いを、確かめたかったのだ。

 自身の頬に触れる手をそっと握りしめ、アークは潤んだ瞳に笑みを浮かべた。


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アーク2、パレンシアタワー後の話です。
家族、で浮かんだキャラは他にもいたのですが、ポルタさんの心情を描いてみたいと思いまして。
とても、芯の強い人だと思います。
2005年02月23日 (水) 21時18分 (5)

03 友達 (サモナイ3・ヤッファ&スカーレル+アティ)
長山ゆう | MAIL | URL
 実り豊かなユクレスの大地は、同時に太陽の光を連想させる。
 だが、ひとたび太陽が沈んでしまえば、これほど月明かりが映える土地もないだろう、と思わせるのだ。
 神秘的な雰囲気に月明かりが冴える狭間の領域とは、異なる風情がある。
 二面性を持つこの大地の、夜の顔を好む人間は珍しいだろう。
 しかし、スカーレルはこのユクレスの夜の世界が気に入っていた。
 生の息吹に満ちあふれる世界の、夜の顔。
「今日はえらく物憂げだな」
 彼と差し向かいで酒を飲んでいるのは、この地の護人である。
 初対面から不思議と馬が合ったのは、互いの性格に共通点があったせいだろうか。
 相手の事情を詮索せず、程良い距離感を取り合える存在は、スカーレルに一種の安らぎに似た感情を抱かせるようになっていた。
 これまで他人と打ち解けて酒を飲むことの出来なかったはずの彼だが、いつしかヤッファと杯を交わすようになり、今に至っている。
 しかし、どうやら今日は風向きが違うらしい。
「あら、そう?」
 軽く応じつつ、スカーレルは持参したウィスキーをグラスにそそぐ。
 他人に心の裡を悟らせることはまずないのだが、今日の相手はいつもと違った。
「別れ話でも切り出したか?」
 単刀直入の鋭い刃に、スカーレルの瞳が翳った。
「図星か」
「…………」
「アンタらしいな」
 息をつくように漏らす声が笑みを含む。
 スカーレルはグラスの酒を一気にあおった。
「まさか、本気になるなんてねぇ」
 アタシらしくないったら。
 空を仰ぎ、溜息をつく。
「で?」
 促す声にスカーレルが視線を返す。と、ヤッファが更に切り込んできた。
「相手を思い遣るって言えば聞こえはいいがな。……要は逃げたんだろう?」
 スカーレルの表情が消えた。
「確かに、あいつのこった、アンタが一線引けば越えては来ねぇだろうぜ」
 グラスを傾けながら、独り言のようにヤッファは続ける。
 飄々とした口調はここユクレスで流れる風のようだ。
 地上を流れる風は真実を運んでくるのだと、昔語りに似た話を教えてくれたのは、誰だったろうか。
「それでアンタは相手を傷つけずに済んだと満足する。……だがな」
 ヤッファの瞳がスカーレルに向けられた。
「10年20年経ってなお、あいつが変わってなかったら、どうする?」
 声音は変わっていないはずだ。
 真剣味を帯びて聞こえるのは、受け取る側がそう感じた故だろう。
 スカーレルは唇の端に微かな笑みをはいた。
「ユクレスの護人さんが、やけに世話を焼くじゃない」
「ああ、面倒ごとは御免なんだがな」
 大方、マルルゥのお節介なのだろう。
 最も、アティを気に掛けているからこそ、ヤッファもこの役回りを引き受けたはずである。
 島での交流を積極的に始めた彼女は、外敵から島の人々を守るため、いつしか自身の命をかけて戦うようになった。ヤッファを始めとした護人たちは、そんなアティに共感し、最終的にはカイルたちと共に彼女を守ろうと立ち上がったのだ。
 当初アティを利用しようとしたキュウマさえ、その一途な想いに打たれ、今は紛れもない好意を向けている。
 彼女が守ろうとしたこの島ならば、大切な人たちと幸せに暮らしていけるだろう。
 生徒と共に島を出るにしても、アティならばどこでも彼女らしく生きていくはずである。
 だが、もしも、彼女の気持ちが変わっていなかったとしたら。
 これまでと変わらず、あの笑顔を浮かべて、久方ぶりの挨拶を交わした、その時に……。
 ――彼女の幸せを、否定する事になりはしないだろうか。
 不意に、夜の風が流れてきた。
 同時に生じる人の気配。
 スカーレルが庵の入り口を仕切る幕に目を向けたその時、軽やかな声が耳に届いた。
「あ、やっぱりここにいたんですね」
「アティ!?」
 嬉しそうな笑顔で現れた娘の顔を見、スカーレルは思わずその名を声に出す。
「おう、よく来たな」
「えへへ。お言葉に甘えて来ちゃいました」 
 スカーレルは横目でヤッファを睨めつけたが、当の相手はどこ吹く風である。
 アティは両手に抱えていた一升瓶を差し出した。
「これ、良かったらいかがです?」
「ほぉ、風雷の郷の酒か」
「口当たりが良くて飲みやすいんですよ」
 アティが持ってきた酒を手に、ヤッファは上機嫌である。
 どうやら、全て計算済みだったらしい。
 してやられた感はあったが、酒の席で水を差す事はないだろう。
 スカーレルはアティに笑顔を向けた。
「さ、センセ。中へいらっしゃいな。でも深酒はダメよ?女の子なんだから」
 歓迎の言葉に、アティが嬉しそうな微笑みを浮かべる。
 曇りのない笑顔が、知らぬが故の純粋さだとは限らない。理解はしているものの、その眩しさが彼にとって羨望の象徴である事に変わりはなく。
「今日は大丈夫です。この前で懲りましたし。ゆっくり楽しみましょう」
 照れ笑いを見せるアティの発言がジルコーダ撃退後の宴を指している事を察し、つい笑みを誘われた。
「ええ。マイペースで、ね」
 スカーレルはアティに空いているグラスを手渡し、彼女が持ってきた酒をつぐ。
「乾杯といくか」
 ヤッファの音頭にあわせて、三人はグラスを鳴らした。

 ──かけがえのない、夢であり希望。翳って欲しくない、光。

「スカーレル?」
「そうそう、センセにオススメの果実酒があるのよ。甘くて美味しいから、試してごらんなさいな」
「わ、ホントですか?嬉しい!」
 喜色満面のアティにウィンクを返して、果実酒を用意する。
 近い未来に対して敢えて目を伏せ、スカーレルはアティを交えてのささやかな酒宴を楽しんだ。


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15話の夜会話が!!あんな風にスカーレルから一線引かれたら、アティからそれを乗り越えるのは難しく思えて。誰かにスカの背中を押して欲しくて、ヤッファの登場と相成りました。
飲み友達、ということで(笑)。
しかし、先に書いていた別のお題よりも、こちらの方が早いとは…。
スカーレルEDの結末や如何に。
2005年02月15日 (火) 21時52分 (4)

02 空(アーク1・アーク&ククル)
長山ゆう | MAIL | URL
 湿度を帯びた風が、吹き抜ける。
 風に揺れた草が頬を撫でる感触に、ククルは目を細めた。
 視界一杯に広がる青い空。
 その中を、ちぎれ雲がいくつも飛んでいる。
 思いっきり深呼吸して、ククルは大きく伸びをした。
 そんな彼女を呼ぶ声がひとつ。
「ククル?」
 ここ数日ですっかり耳に馴染んだ少年の声である。
 伸びをした拍子に閉じていた目を開くと、上から覗き込む顔が見えた。
「何?」
 興味津々の表情につられるように問いかけると、少年が笑みをこぼす。 
「楽しそうだな」
 つられてククルも笑った。
「うん。天気もいいし、草も柔らかくて、寝っ転がるにはもってこいね」
 言いつつも、少しばかり不安が過ぎる。
 しかし、それは杞憂だった。
「じゃ、俺も見習おうかな」
 こう言うなり、アークもククルの隣に寝転がったのである。
 もの問いたげな彼女の視線に気づいているのかいないのか、アークは目を閉じて組んだ両手を枕に、目を閉じていた。
 そよ風が草を揺らし、ささやかな音を立てる。
 青空を流れる雲を見つめながら、けれどもククルの意識はアークに向けられていた。
 トウヴィルでこんな所を見つかれば、間違いなくお小言を聞かされる羽目になる。
 やれはしたないだの、慎みを持ちなさいだの、昔から耳にタコができるほど繰り返された言葉だ。
 確かに、年を重ねるに連れて、女性らしさを身につける必要はあるのだし、年相応に振る舞わねばならないと頭の中では理解している。
 しかし、反発する感情が消えることは無く。
 何より、ククルは自然の中で過ごすのが好きだったのだ。
 昔から周囲の目を盗んでは木に登り、遠くの空や景色を眺めていた。
 地面に寝転がるのも好きだったが、こちらは見つかりやすいので、なかなか実践できなかったのである。
 そして今、晴れて堂々と寝転がっているわけなのだが。
 ……何を考えているんだろう?
 年頃の娘が地面に寝っ転がっていれば、大抵の人間は呆れるだろう。
 ククルの立場を知るものならば、尚のことだ。
 間違っても、同じ事をしようと考える者はいなかった。
 ――これまでは。
「アーク?」
 静まり返った少年の名を、ククルはそっと呼んでみた。
 しかし、反応はない。
 上体を起こして彼の様子を確認する。
 と。
 かすかな、規則正しい呼吸が聞こえてきた。
 先程寝転がった体勢から、全く動いた様子はない。
 どうやら、アークはあのまま眠ってしまったらしい。
 ククルは目を丸くすると、声を殺して笑った。
 ……子供なんだから。
 自分のことは棚に上げて、つい、そんなことを考える。
 ククルは笑みを口元に残したまま、再び地面に寝転がった。
 そのうち、仲間たちが迎えに来るだろう。アークを起こすのはそれからで構わない。
 眼前に広がる青い空を見つめながら、ククルは爽やかな時間をしばし満喫することにした。


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 アーク1で旅を始めたばかりの一幕です。
 最初の頃は、ククルはアークを弟のように見ていたんじゃないかなと。
 アークもまだまだ元気な少年、という感じですし。
 「空」で考えた話ですが、こちらの方が「昼寝」っぽいような……。
2005年02月08日 (火) 20時35分 (3)

04 昼寝(巌窟王・伯爵&エデ)
長山ゆう | MAIL | URL
 昼なお暗い薄闇の中。
 彼は静かに瞼を開いた。
 厚いカーテンを引いた室内に、陽光は届かない。
 朝の目覚めとはやや異なる感覚が、昼下がりに仮眠をとっていた事を思い出させた。
 ゆっくりと息をついた彼の耳に、囁きに似た声が届く。
「お目覚めになられましたか?」
 鈴を転がすようなその声に、ようやく彼は寝室に自身以外の人間の存在を知る。
 人の気配に敏感なこの男には珍しい──これまでには有り得ぬ出来事だった。
「エデか」
「はい」
 身体を寝台に横たえたまま、視線を巡らせた彼は、傍らでその顔を覗き込んでいた幼い少女の姿を捉えた。
「お加減は、いかがでしょうか?」
 微かに頭を揺らした拍子に、肩で切り揃えられた髪がさらりとそよぐ。
 彼がこの少女を手に入れたのは、つい先頃の事だ。
 王家の血筋に生を受けながら、一人の男の裏切りで全てを失い、その身を貶められていた、幼い娘。
 しかし、珠玉の宝石は輝きを失ってはいなかった。
 今、この場で主人の身を案じる少女は、かつての美しさと愛らしさを兼ね備えている。憂いを知ったその瞳は、神秘的な光を内包している事を予感させた。
「案じる事はない。心配をかけたな」
 言いつつ身を起こそうとした彼は、自身の右手を小さな手が包み込むように握っていた事に気づく。
 少女は慌てたように両手を引いた。
「……失礼いたしました」
 俯き、蚊の鳴くような声で謝罪の言葉を口にする。
 彼は自由になった手を見やった。
 奇怪な紋様が浮かび上がる、体温を感じさせない右手。
 しかし、不思議なことに、微かな温もりを感じたように思ったのだ。
 ──錯覚だろう。
「エデ」
 口を突いて出た声は、自身が想像もしないほど穏やかだった。
 幼い少女がそっと顔を上げる。
「夕刻まで、横になる。目覚めるまでそこにいてもらいたい」
 エデの顔が輝いた。
「かしこまりました」
 幼いながら、純粋に主人を慕う少女の姿は、いじらしくあり、そして……。
 いずれ、彼女の瞳は深い憂いに包まれる。
 物事の道理を知る頃、真実を知らされたその時に。
 彼は、静かに瞳を閉じた。
 室内の薄明かりさえ遮断された闇が訪れる。
「エデ」
 何故か、その名を呼んでいた。
「はい」
 近くで響く幼い声に、彼は望みを口にする。
「手を。……先程のように」
 瞬間、息を飲む気配が伝わった。
 物静かな声が聞こえたのは、刹那の後。
「……仰せのままに」
 そして。微かな温もりが、彼の手を包んだ。

 心の闇を払う温もりなどは有り得ない。
 だが、この微かな温もりは、彼の悪夢を祓うだけの力を持っていた。




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巌窟王。伯爵とエデです。
今の二人も好きなのですが、13話の幼いエデと彼女を迎えた伯爵のツーショットが良かったんです。幼いエデが一途に伯爵を慕うようになり、真実を知った後もその気持ちは変わることなく……という構図が一気に浮かびまして。
そして伯爵も、我知らず彼女に癒されている、というのが希望。
互いに側に居るのが当たり前。感情を推し量る必要はない。そんな感じかな。
しかしタイトルとはイメージがかなり違う……(汗)。
2005年02月05日 (土) 22時16分 (2)





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