「しまった！」
　ブレーキの音が、悲鳴のようだったと後にその男は言うのでございます。深夜、いつもの店でしこたま飲んで食った帰り道。誰もいないはずの道でございます。
　いたのは、車道を横切ろうとした犬一匹。野犬であったと言い張る理由は、推して知るべしというところでございましょう。
　が。
　今し方轢いた犬が、いない。
「おかしいな」
　男は車を降りて確認したのですが、何もいないのでございます。
　あるいは、夢か。
　ほっとして戻ったところ、座席に犬の首が載っていたのでございました。
「ひいいいいぃ」
　誰でもそうするでございましょう。男はその首を放り投げて、とにかくその場を離れようとアクセルを踏むのでございました。

　翌日。
　男は車を調べると、確かに何かを轢いたよな痕があるのでございます。
　犬の首は道路脇に打ち捨てられたままだったようでございます。周辺の住民が、「どうして胴体がないのか？」、「誰かのいたずらか」とさわいでいると噂で耳に入るのでございました。
　噂といえば。
　あの晩男がしこたま飲んで食った店が、不法に犬の肉を使った料理を客に出していたという話があるようでございます。
　ところで。
　男の最近の悩みは、自分の腹が妊婦のように膨らんでいることのようでございます。
　ぶくぶくと。
　運動しようが食事を減らそうが、膨らみ続けているのでございます。
　ぶくぶく、ぶくぶくと。
　犬の胴体はいまだ出てこずじまい。
　首の行方がとみに気になりながら、そういえばあの店にタンはなかったなあなどとぼんやり思い巡らせるのでございます。どれだけ食っただろうか、とも。

　それはともかく、はて。
　犬は一度に、仔を何匹産むのでございましたでしょうか。
　ぶくぶく、ぶくぶく――。