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【ロンボク狂掲示板】

ロンボク好きの皆様の掲示板(含・インドネシア各地)です。初めてロンボクへ渡る方の質問も大歓迎ですよ…(^O^)…(2001年5月21日開設)





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★★★kirakiraコテージ「さんご礁にかこまれた白いビーチと太陽の光とともに刻々とブルーを変えていく澄んだ海。色とりどりの魚とたわむれたり、ハンモックに揺られながらお昼寝したり、そして夜には波の音をききながらまんてんの星空をながめて。。。そんな休日はいかがですか?」

※INDONESIA LINKに掲載させていただきました…2001-5/29

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[386]「カンボジアは大丈夫ですか」の問いに答えて-------- hori - 2004年02月16日 (月) 07時30分 -

カンボジア・ベトナム視察報告  4回目 山田和生
↓メール イカロス No.310より 
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「カンボジアは大丈夫ですか。」カンボジア子どもの家へのツアーの問い合わせの電話で、よくある質問である。この大切な質問に、マイチケットのスタッフが電話で的確に答えることはなかなか難しい。
 医療の世界では、インフォームドコンセントを「納得診療」と訳しているようだ。治療行為の情報を公開して医療を受ける側に判断材料を提供するのは当然のことである。オルタナティブツアーにインフォームドコンセントという考え方を持ち込むとすると、さしずめ「納得旅行」ということになるのだろう。ツアー参加者は何もかも管理された日本の暮らしから必ずしも安全でもなけれ
ば、衛生的ともいえないカンボジアの暮らしに飛び込むことになる。カンボジアで暮らす人々に出会うということは、とりもなおさず戦争の傷跡を乗り越える困難さと自然に向き合う厳しさに直面することでもある。カンボジアの現状を理解した上で参加すること。それが、現地の人々に迷惑をかけないために最低限必要な要素であると考える。
「カンボジアは大丈夫ですか」という質問に答える情報を整理すること。これが、私の今回の視察の目的である。ここにあげる2003年12月時点の情報を、これから現地スタッフやツアー参加者によって更新し、ホームページ上で公開してゆきたい。

■地雷について
 今回の滞在中に4つの小学校を訪問した。子どもの家に最も近いツールボンロー小学校、次にツールプラサート小学校、ポルセイルウ小学校、最後にオーニエン小学校。4校とも車で行けば10分程度の距離にある。この中でオーニエン小学校は、校舎の裏に溝が掘られていてその向こう側にまだ地雷の危険が残っている。2001年にはこの学校の近くで地雷事故が起こっている。
 ツアーの参加者がこの学校を訪れても、地雷注意の看板のある溝の向こう側へ誤って入ることは考えられない。しかし、同行のスタッフは念のために必ず注意をうながすことは必要はある。私が訪問した2003年12月のオーニエン小学校は、新しい鉄筋の校舎の建設中であった。校舎建設より地雷を先に解決すべきではないかと思われる。しかし、地雷処理作業には様々な要素が絡んでいて順調に進んでいるとは言えないようだ。子どもの家周辺の生活圏では地雷は一掃されたと言えるが、この例のように未だに一部の生活圏に隣接する箇所で、処理が進んでいない例もあることに注意しなければならない。

■蛇・サソリ・スズメバチについて
 カンボジアに限ったことではないが熱帯の地域を訪れるということは、熱帯の生態系の中に身を置くことである。ポイペットの町から一歩周辺の地域に入ると、熱帯の深い動植物相が見られる。内戦の間に木が切られ、農業が放棄されて荒れた土地も多いが、それでも、木々が驚くほど早く育つ再生力の強い豊かな自然の中で人々は暮らしている。
 子どもの家の周辺の草むらで2003年に子どもの家で飼っていた犬が蛇にかまれて死亡するという事故が起こっている。幸い人間の事故の報告は今のところない。犬が蛇にじゃれついたことが原因のようだ。こどもの家に近いヘルスセンターに蛇毒に対する血清がある。このヘルスセンターには医師は常駐していないが、村の予防接種などの際に利用されている。
 サソリやスズメバチは、生命に関わるほど強力な毒を持ったものはいないと思われるが、注意を欠かすことはできない。
 緊急時の医療体制は、日本語が通じるバンコクの病院を利用することになる。国境を越える時間を含んで5時間〜6時間車で走れば病院に至る。夜間は国境が閉じているので朝を待たなければならない。

【次号は引き続き「治安について」「衛生について」を掲載します】


[393]カンボジア・ベトナム視察報告  5回目 山田和生 -------- hori - 2004年02月24日 (火) 09時20分 -

■「カンボジアは大丈夫ですか」の問いに答えて
■治安について
 カンボジア子どもの家の先生の収入は月額50ドル。日本から訪れる私たちの収入は、一般のカンボジア人の100倍近くにもなる。経済的な困窮から子どもが捨てられることも多く、こどもの家では、孤児を引き取って家族として育てている。長かった内戦の影響を受けて農村では暮らせなくなった人々は、国境貿易の運び屋やカジノの下働き、そして国境を越えてタイでの仕事を求め
てポイペットにやってくる。交易と観光に伴うにぎわいと、戦争の傷跡による貧困の中で人々は暮らしている。私たちが出会う元気いっぱいのこどもたちの笑顔の向こう側にあるカンボジアの厳しい現実を知っておかなければならない。
 2003年の夏、ポイペット周辺で3件の事件が発生している。電気がないこの地域では一般の家にテレビ、ラジオがない。村人の生活の中には新聞も存在しない。様々な情報は人々の口から口へ「うわさ」として伝わる。伝聞情報の信憑性は確かなものとはいえない。ここに記す情報は、子どもの家のスタッフであるNさんの耳にはいったものである。Nさんはクメール語の会話ができる
ので、村の人から直接に聞いた情報と言える。
 2003年の夏、ポイペット周辺での事件は殺人事件が1件、物取り目的に眠り薬を盛った事件が2件発生している。どの事件もカンボジア人どうしの事件である。殺人事件は、こどもの家より2〜3キロ離れた場所で夜の3時ごろにおこった。男性が殺されバイクを盗まれている。この事件の情報は具体的に伝わっているので事件は事実と思われる。他の2件の盗難は、ジュースに眠り薬
が入っていて意識が朦朧とした時に盗まれたものとしてNさんの耳に入ってい。
この手の話は「誰が」「どこで」といった具体的な要素が曖昧なのので、信憑性の評価は難しい。
 ポイペット周辺では警察が機能しているとは言えない。これはポイペット周辺に限ったことではなくカンボジア全体の現状ともいえる。日本での暮らしは、物騒な事件が多くなったとはいえ国家権力によって治安が維持されてることを前提にしている。カンボジアでは、受け入れてくれる村の人々との関係がうまくいっていることが安全を確保するための大切な要素となる。この点についてはスタディーツアー参加者に出発前から十分に情報を提供し注意を呼びかけているのだが、中には不用意に現地の人々との交流を求めて、道で出会った見ず知らずのカンボジア人をこどもの家に連れてきた例や、かってに人の家に入って行った例がある。また、こどもの家のスタッフが、学校などを案内する際に「怖いもの見たさ」のリクエストが時々あって困るそうだ。これは、参加者本人には悪気はないのだが、ストリートチルドレンの悲惨な状況を見たいとか治安の悪いポイペットの町の現実に触れたいとか、ことさらに貧困や危険に関心が向いてしまうことがあるようだ。子どもの家の普段の暮らしに目をむければ、そこに居るだけで厳しい現実と、たくましくおおらかに生きる村の人々の生活が見えてくる。子どもの家に滞在する間は、一人歩きや、不注意な行動を慎んで自分の身は自分で守ることを心がけねばならない。そしてそれ以上に、村の人々に守られていることを忘れてはならない。
 「子どもの家に強盗が入ったらどうしよう」こんな極端なケースを想定をして安全を求めるならば、自衛のためにガードマンを雇うか、自警団を組織するかといった現実離れした方法しか思いつかない。スタディーツアーの目的は村の人々の暮らしの中に身を置くことである。100倍に近い経済格差のある現実を超えて、カンボジア人々と対等に出会いたいという思いからこの企画は生
まれた。絶対の安全を求めるならば、そもそもカンボジアに足を踏み入れることもできなくなる。子どもの家はその代表である「おとうさん」と呼ばれるロンチォムルアンさんや「おかあさん」と呼ばれるチャンナープンさんとの信頼の上に、村の人々とよい関係を築いていることが滞在中の安心につながっている。
 たしかに日本人に関連した大きな事件が発生すれば日本大使館が動くことは考えられる。日本大使館からの依頼を受ければ警察が機能することもあるかもしれない。しかし、事件が起こらないという保証はどこにもない。
 幸いなことに、カンボジア国内で活動する多くのNGOでも今のところ強盗の例は聞かない。


[402]■C.C.Homeの人々-------- hori - 2004年03月15日 (月) 11時20分 -

カンボジア・ベトナム視察報告  6回目 山田和生

「参加する。体験する。考える。カンボジアこどもの家」の企画で滞在するのは、ポイペット郊外のC.C.Homeである。このC.C.Homeで顔をあわすことになるカンボジア人の面々を、ここでもう一度紹介しておこう。
 現在16校ある寺子屋(小学校)の支援しているC.C.Homeの代表は「おとうさん」と呼ばれる、ロン・チォムルアンさん。「おとうさん」の妻が、あたりまえだが「おかあさん」のチャンナー・プンさん。このご夫婦はトンデサップ湖の東側にあるクラッチェの出身である。今は、C.C.Homeに娘と息子、そして孤児だった養女といっしょに住んでいる。
 このご夫婦の娘さんが、ロン・スッテラーさん。私たちの滞在中はロンさんが食事を作ってくれることが多い。都市ガスやプロパンはないので薪で煮炊きをする。食材は多彩で市場では日本でも見かける野菜がたくさんならんでいる。ロンさんは、バンコクの日本料理店で働いた経験もあり、カンボジア料理だけでなく日本風の料理も得意である。突然、食卓に肉じゃがが出てきて驚くことがあるが、それは実はロンさんの心遣いだったりする。女性の年齢は聞かないので分からないが、ロンさんの弟のロム君は25才である。
 日本語を少し話すことができるのがロンさんとロム君。特にロム君は、将来は、日本からのスタディーツアー受け入れ担当者になる予定だ。受け入れ担当者になるには、日本語を本格的に勉強しなければならない。そこで、今年の4月から6月まで日本やってくることになっている。ところが、ロム君の来日は日本の査証が障害となって、そう簡単には進んでいない。
 日本人が、カンボジアを訪れる時には、到着空港で写真1枚を持参し、20ドルを払うだけで簡単に取得できる。陸路で入国する時も同様に簡単だ。反対にカンボジア人が日本査証を取得するには、まず身元保証人をたてなければならない。さらに、日本で働かないことを明確にしめさなければならない。日本大使館から求められる煩雑な手続きに従って申請しても、査証が発行される保証はない。ロム君の場合も、4月からの来日予定は「査証がうまくとれれば」という条件がついてしまう。
 そしてもう一人の家族、以前孤児だったスレイリアップちゃんは、今は「おとうさん」と「おかあさん」の養女である。小柄な少女だが、おしゃまな所もあってかわいい。他に何人かこども達がいて、にぎやかに遊び回っている。クメール語が話せない悲しさで、名前を聞きそびれた。
 日本人スタッフは中井さん。クラッチェで集中的に学んだクメール語を操り村の人々と楽しそうに話している。そして、いつもしゃべり続けている元気な栗本さん。
 この他にも、学校の関係者や村の人々出入りが多い。
【つづく】



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