■「カンボジアは大丈夫ですか」の問いに答えて
■治安について
カンボジア子どもの家の先生の収入は月額50ドル。日本から訪れる私たちの収入は、一般のカンボジア人の100倍近くにもなる。経済的な困窮から子どもが捨てられることも多く、こどもの家では、孤児を引き取って家族として育てている。長かった内戦の影響を受けて農村では暮らせなくなった人々は、国境貿易の運び屋やカジノの下働き、そして国境を越えてタイでの仕事を求め
てポイペットにやってくる。交易と観光に伴うにぎわいと、戦争の傷跡による貧困の中で人々は暮らしている。私たちが出会う元気いっぱいのこどもたちの笑顔の向こう側にあるカンボジアの厳しい現実を知っておかなければならない。
2003年の夏、ポイペット周辺で3件の事件が発生している。電気がないこの地域では一般の家にテレビ、ラジオがない。村人の生活の中には新聞も存在しない。様々な情報は人々の口から口へ「うわさ」として伝わる。伝聞情報の信憑性は確かなものとはいえない。ここに記す情報は、子どもの家のスタッフであるNさんの耳にはいったものである。Nさんはクメール語の会話ができる
ので、村の人から直接に聞いた情報と言える。
2003年の夏、ポイペット周辺での事件は殺人事件が1件、物取り目的に眠り薬を盛った事件が2件発生している。どの事件もカンボジア人どうしの事件である。殺人事件は、こどもの家より2〜3キロ離れた場所で夜の3時ごろにおこった。男性が殺されバイクを盗まれている。この事件の情報は具体的に伝わっているので事件は事実と思われる。他の2件の盗難は、ジュースに眠り薬
が入っていて意識が朦朧とした時に盗まれたものとしてNさんの耳に入ってい。
この手の話は「誰が」「どこで」といった具体的な要素が曖昧なのので、信憑性の評価は難しい。
ポイペット周辺では警察が機能しているとは言えない。これはポイペット周辺に限ったことではなくカンボジア全体の現状ともいえる。日本での暮らしは、物騒な事件が多くなったとはいえ国家権力によって治安が維持されてることを前提にしている。カンボジアでは、受け入れてくれる村の人々との関係がうまくいっていることが安全を確保するための大切な要素となる。この点についてはスタディーツアー参加者に出発前から十分に情報を提供し注意を呼びかけているのだが、中には不用意に現地の人々との交流を求めて、道で出会った見ず知らずのカンボジア人をこどもの家に連れてきた例や、かってに人の家に入って行った例がある。また、こどもの家のスタッフが、学校などを案内する際に「怖いもの見たさ」のリクエストが時々あって困るそうだ。これは、参加者本人には悪気はないのだが、ストリートチルドレンの悲惨な状況を見たいとか治安の悪いポイペットの町の現実に触れたいとか、ことさらに貧困や危険に関心が向いてしまうことがあるようだ。子どもの家の普段の暮らしに目をむければ、そこに居るだけで厳しい現実と、たくましくおおらかに生きる村の人々の生活が見えてくる。子どもの家に滞在する間は、一人歩きや、不注意な行動を慎んで自分の身は自分で守ることを心がけねばならない。そしてそれ以上に、村の人々に守られていることを忘れてはならない。
「子どもの家に強盗が入ったらどうしよう」こんな極端なケースを想定をして安全を求めるならば、自衛のためにガードマンを雇うか、自警団を組織するかといった現実離れした方法しか思いつかない。スタディーツアーの目的は村の人々の暮らしの中に身を置くことである。100倍に近い経済格差のある現実を超えて、カンボジア人々と対等に出会いたいという思いからこの企画は生
まれた。絶対の安全を求めるならば、そもそもカンボジアに足を踏み入れることもできなくなる。子どもの家はその代表である「おとうさん」と呼ばれるロンチォムルアンさんや「おかあさん」と呼ばれるチャンナープンさんとの信頼の上に、村の人々とよい関係を築いていることが滞在中の安心につながっている。
たしかに日本人に関連した大きな事件が発生すれば日本大使館が動くことは考えられる。日本大使館からの依頼を受ければ警察が機能することもあるかもしれない。しかし、事件が起こらないという保証はどこにもない。
幸いなことに、カンボジア国内で活動する多くのNGOでも今のところ強盗の例は聞かない。