↓「じゃかるた新聞」8月12日号より
アジア通貨危機とスハルト独裁政権崩壊後に起きた社会の激動の中で、さまざまな薬物がインドネシア人の生活や心をむしばみ始めた。貧困、失業、離村、家庭崩壊に直面した若者たちの心の透き間を突くように、一九九〇年代半ば以降、覚せい剤や合成麻薬(MDMA、通称エクスタシー)の流通量が激増、二〇〇三年の薬物使用経験者は国民の四%に当たる約九百万人に達したとされる。インドネシア政府や警察当局はこの問題にどう取り組んでいるのか。テロに次ぐ第二の脅威とも言われる麻薬問題を追った。
首都圏の国立大学に通うチャンドラ(二二)は、十六歳のとき初めて大麻を吸った。
「家庭や高校の問題が重なり悩んでいたとき、友人が『これを吸えば嫌なことも忘れることができる』と大麻(ガンジャ)を勧めてくれた。初めは困惑したけど、友人と一緒だったので怖くなかった」
チャンドラは現在も、「売人に近い」友人を通じて定期的に大麻を購入する。値段は、大麻たばこ一本七千ルピア。「購入資金がなくなれば、親の財布から拝借すればいい」と悪気のない笑顔で語る。
■エイズ感染の元凶
国内大麻の主な原産地はスマトラ島北端のアチェ特別州。同州で大規模な摘発があった二〇〇二年の大麻押収量は約六十一トン(同年の日本の押収量は四百七十三キロ)に達した。
大麻自体には、直接、死に至る中毒性はない。だが、安価で入手しやすい大麻をスターターとして、ヘロイン(プタウ)やコカインを常用する若者がインドネシアで急増している。
国家麻薬委員会(BNN)は、ヘロインを静注する薬物中毒者は国内で十二万四千−十六万九千人と推定。この七〇%が十五−二十九歳の若者とされ、注射針の使い回しによるエイズ感染増加の元凶となっている。
■7割が麻薬絶てず
麻薬中毒者の更生施設は、首都圏だけで二十カ所以上に上る。中でも東ジャカルタ・チャワンにある国家麻薬委員会の麻薬更生センターは、精神科医やカウンセラーが常勤する国内最大規模の施設。
八月現在、同センターで社会復帰を目指す患者は五十五人(うち女性六人)。この九割以上が、ヘロイン中毒だった二十代の若者たちだ。
一回のプログラムは七カ月間。坊主頭に刈った青年たちは毎朝午前四時半に起床し、掃除、洗濯、運動、お祈りを粛々とこなす。
しかし、あるカウンセラーによると、リハビリを終了した若者の七割以上が、再び薬物に手を染めてしまうという。
■麻薬で現実逃避
同センターでカウンセラーを務めるフィカさん(二四)は、重度のヘロイン中毒者だった。幼いころ両親が離婚し、銀行員の母親は「忙しいから」と会ってもくれない。中学生のときに大麻に手を出し、ヘロイン、覚せい剤と進んだ。
二〇〇〇年に更生施設に入り、約二年間かけて薬物を絶った。その後、カウンセラーの研修を受け、ライセンスを取得。昨年、国家麻薬委員会の職員として勤務を始めた。
フィカさんは「若者の多くは、私が過去そうだったように、家庭環境に問題があり、孤独を紛らわすため麻薬に逃げている。これ以上、次世代の若者たちに私と同じ過ちを犯させたくない」と唇をかんだ。(一部敬称略、つづく)
更正施設の元ヘロイン中毒者をカウンセリングするフィカさん