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混沌カオスの世界

怖くない不思議な話の為の掲示板

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晴明像
ペン
昨年末からなんやかやと忙しなく文章を書くモードが戻ってこない今日この頃。
そこで昔読んだ本を見つけたのをきっかけにちょいとそれを読んで見ようと思い立ちましたです。
加門七海さんの「晴明」
かなり厚みのある一冊なのです

一時期ブームになった晴明像とは全く違う晴明がそこにはいます。
ブームの火付け役となった某作家さんは「陰陽師の心のうちを文字にせずに表現するのが難しい」と仰っていますがこちらの晴明はとにかく心の揺らぎが連綿と表現されていきます。
迷い 戸惑い 疑い 甘え 裏切り・・・・

ここまで蔑まれ疎まれたらなぁっとつい感情移入してしまいます
それでも彼は神になった。

もはや絶版になってしまった一冊ですが引越しのドタバタにもかかわらず無くなっていなかった事に感謝して本日読み終わりましたです
これで書くモードになるかなぁ


2017/01/09(Mon) 23:04 No.248

桜の時期の晴明神社
テラマチ
4月に入ったら 久々に出向く予定どす^^


2017/02/27(Mon) 22:07 No.249

ペン
あぁ それは良いでやんすね
ただあの神社はな〜んも有りませんです

いつかそんな話を書いてやろうと思ってますです

2017/02/28(Tue) 12:27 No.250

イケメンの共通項
ペン
最近の事でございます
小説を書く繋がりであちこち色々なところへ飛び回っております
そこで或る事に気がつきましたのです
それは美丈夫・・・すなわちイケメンと呼ばれる男性の容姿を表現する文章に共通点があるのです

1 華奢 弱弱しいというのでは無く節々が細い
2 色白 極稀に褐色の肌と言うのもありますがかなりの確率で色白 透けるような白さ
3 切れ長な目と長い睫毛
4 漆黒の瞳 または 日本人でも蒼みが混じる
5 声は低く心地良い響きを持つ
6 指が長い
7 髪はサラサラで風に揺れる様が煌いている

かなりの人数の文章を読み漁った結果です
これだけ共通項が有るってぇ事はです
もしかしてモデルになっている人は同一人物か?と疑ってしまうペンです
さて? どうなのでしょうね

2016/09/23(Fri) 22:27 No.244

[
freehand2007
 スルどーい観察力.恐れ入りました.一気に七項目.読んで、男性の多くが震え上がるかもで、ございます.
 ところで、「イケメン」の対語=女性バージョンはなんでしょうねー.「美少女」「美人」「ハンサムな女」と紹介の頁がありました、ですね.「イケメン」の対語は「イケマン」とも.「ホタルノヒカリ」なる題名の作品もあった、らいいですが.
 さすがに、「イケンメン」=七項目に対比する女性7項目の記載は、未見でございました.新領域に、大腸線.敬意を表しおります.(汗).お邪魔しましたー.

2016/12/10(Sat) 05:28 No.247

YouTube
iina
ご無沙汰をしています。
最近、こんなことがありました。

YouTubeに動画投稿しているも、次のような不可解な現象が起こる。録画して編修した後に、YouTubeにアップロードしたら消した画像が映ることがあるのです。

例えば、13分に編集したのに、15分10秒に延びてしまいます。

1               2     3         4        5               6    
✖−−−−−−−−−−✖−−−✖−−−−−−✖−−−−−✖−−−−−−−−−−✖

上の偶数区間を消去したら、その頭の画像が残るケースがあります。もちろんオリジナルBRには映っていません。
区切るタイミングをキッチリ押さえたいため、一コマづつ送ったり戻らせるので、画像を引き摺ることになり、それが残像になっているのでしょうか。

仕方がないので、「A−B消去」ではなく分割して不要シーンを採用せず、再度結合させる手間をかける方法を試みてみると、
これでも捨て去ったシーンが現れます。別の方法「チャプター消去」でも同じ現象とは、どうなっているのか?

1              12     2 
✖−−−−−−−−✖✖✖−−−✖
極端な話、不要シーン2消去後に、シーン1末端の一コマを連続してシツコク5コマ消去してみても消した筈のシーンが再生されてしまいます?
しかも、問題の区間前後に幽霊がダブルで現れるなど更に悪化する始末。
録画編集した思惑とおりのテンポが得れらないのが残念なのです。
 [使用録画機は、2009年製SONY BDZ-RX50 。 ] 

2016/09/24(Sat) 15:27 No.245

ペン
iina様
お久しゅうございます
YouTubeに動画をアップされているのですか
ペンは未だ理解できず只管観賞専門です

詳しい方にお尋ねをしてみるのも手かもしれません
あまり頼りにならなくて申し訳ないです

これからも宜しゅうにお願いいたします

2016/10/14(Fri) 00:39 No.246

真田丸
ペン
NHK大河ドラマがこれを取り上げる為なのでしょうか
最近 真田幸村がクローズアップされています
関ヶ原の戦いの後不遇を囲っていたのですが最後の死花とばかりに大阪城に入り冬の陣で活躍します
ドラマではえぇ男が演じますが実際は中年を過ぎたむさ苦しい形であったようです
歯も抜けていたと伝わっていますから美丈夫からは遠いかも知れません

そもそも活躍のために造られた真田丸自体の存在が不明だったのですが最近新たな発見があったようですね
史実とドラマ 相まって面白くなりそうです

2016/01/06(Wed) 22:16 No.240

「返信」から、入らせていただくと
freehand2007
 どのようになるのでございましょうか.

 興味津々.「真田幸村像」も「源義経像」も、そして本欄の「返信」記載も.

 大河ドラマは、美貌・美形・気品の人物像が、再生産されているようでありまして.庶民の<あこがれ>か、庶民の<あきれか>.でも視聴率は<美貌の女優さん>で維持されてような、<気>がしておりますが.

2016/08/16(Tue) 06:56 No.242

ここは
ペン
いつもありがとうございます

ここは掲示板ですから普通に誰でも書き込みが出来ます
できれば・・・不思議なお話が欲しいなぁっと勝手にペンが決め込んでいるだけ(笑)

屈斜路湖のクッシーの事でも良いのです^^

2016/09/23(Fri) 00:09 No.243

ちょいと気になって・・・
ペン
恋ひ死ねとするわざならし むばたまの

夜はすがらに夢に見えつつ

2016/02/28(Sun) 23:02 No.241

眉唾物語
ペン
これ以降
物語系は「眉唾物語」にアップいたします。
メニューに有りますので宜しゅうに♪

2015/07/22(Wed) 10:24 No.239

夢幻秘抄
ペン
「仏は常にいませども、現ならぬぞあわれなる、
人の音せぬ暁に、ほのかに夢に見えたもう」
後白河院の選ばれた今様の一つでございます。

ほのかに夢の中で見る事が出来るもの・・
嬉し恥ずかし夢の中 これぞ現とお思いに成られるのでしたら秘すべき話とお思い下さいませ。

さぁ
どのようなお話になりますか

2015/06/24(Wed) 10:18 No.228

夢幻秘抄「異なる女童」
ペン
賀茂保憲・・・言わずと知れた陰陽寮の頭賀茂忠行の息子である。
この保憲 最近父の忠行の行動に少々疑念を抱いている。
かなり頻繁に何処とも無く出かけていくのだ。
家人に尋ねても誰も行き先を知らぬ。
・・・想い人でも出来たか・・・・
保憲は確かめるべく行動にでた。
この時代想い人の一人や二人いても不思議は無いのだが誰にも知られないように行動しているのが気になるではないか。
まぁ単なる好奇心から出た行動に過ぎなかったのだが・・・・


都の北の外れ 屋敷と言うよりは邸ほどの建物があった。
どうやらここが忠行の通っている場所らしい。
保憲は大胆にも庭へ足を踏み入れた。
「だれだ?」
突然邸の中から声がする。
ギクッと足を止めて声のしたほうへ目をやる。
濡縁の柱に手をかけこちらをじっと見つめているのは幼い面影の残る女人であった。
まだ女童と呼んでも良いかも知れない。

「案内も無しに庭に入る・・そなたは盗人か。」
凛とした表情が逆に愛らしさを感じさせる。
「いや ここに父が入ったような気がしたので・・・」
少々狼狽しながら保憲が答える。
「父?あぁ そうするとそなたは保憲か。」
事も無げに女人が言う。
「たしかに保憲だが・・・そなたはなんと言う名なのだ?」
「ふん 名乗る必要は無いと思うぞ。」
高飛車な物の言いようにムッとする保憲。
「私の名は知っておるではないか。そちらも名乗るのが礼儀であろうが。」
つい言い募ってしまった保憲を相手にするでもなく女人はプイッと面をそらす。
「あなたは名乗っていないではないか。私が知っていただけ・・」
女人はさっさと邸の中へ去ろうとする。
「待て!そなたは父の想い人なのか。それならこのまま退散するが・・。」
父にこのような趣味があったとは知らなかったなぁっと勝手に決め付ける保憲。
幼い女人は鼻で笑いながら振り返った。
「馬鹿な事を言うな。そのような訳がある筈が無いであろうが。」

「そうか 違うのか。」
保憲はなぜかほっと安堵した。
「ならば そなたは父の何なのだ。」
声を掛けながら歩み寄った保憲は何気なく女人の肩に手を掛けた。
その瞬間 肩に強烈な痛みが走る。
「触れるな!」女人の声がきつくなる。
「そなた 呪を使うのか。}
痛む肩を押さえながら保憲は問うた。
「呪?このような物を一々呪と呼ぶか?たいした事無いのだな。」
女人は唇の端に笑みを浮かべて保憲を見返す。
カッと頭に血が上った保憲は反射的に女人を押し倒し組み敷いていた。
「たいした事は無いだと!」女人を見下ろして保憲が言う。
「そうではないのか?」
すぐ傍に保憲の顔がある事にも臆せず女人の片頬には微笑が浮かんでいる。
「ならば・・このまま縛してやろうか。」
「ふん!縛してみるか?出来るものならな。」
嘲るように言われて保憲は後に引けない。
「縛して俺の者にしても良いのだぞ。
その身では俺の呪を返す事も出来まい。」
女人の両の手は保憲の手の中・・確かに返せそうに無い体制であった。
「ふん」
女人が馬鹿にしたように笑う。
「真に何も出来ないと思っているのか。やはりたいした事はないのだな。」
煽られて保憲は本気で縛したくなってきた。

・・・あとで後悔するなよ・・・・
保憲は女人を見つめた
それにしても気の強い女人である。

ふっと笑いを浮かべて桜色の美しい唇が開く。
思わず見とれた保憲の耳に女人の声がささやくように聞こえた。
「白虎」
恐ろしい咆哮と共にそこに現れたのは屋根にも届かんばかりの大きな白い虎・・・
「!!」
保憲は思わず立ち上がって後ずさりをした。
「どうだ?縛してみるか。」
女人が袖で顔を覆いながら笑っている。

保憲 完敗であった。




2015/06/24(Wed) 12:13 No.229

夢幻秘抄 「闇の中」
ペン
喰らいたい 喰らいたい
闇の中で呻くように声が響く
・・・喰らいたいのだ・・・
ズルッと袷の裾を引きずるような音がする

喰らわねばならぬ 喰らいたいのだ
血肉を喰らってこの身を・・
喰らわせろ 喰らわせろ

ズルッと声の主が動く
漆黒の闇の中 ズルッズルッ・・・

あぁ・・・・
深い哀しみを佩びた慟哭が辺りを支配した。
陽が昇る前・・陰の気から陽の気へと移り変わる時刻であった。



「保憲・・目覚めているか?」
忠行の声が保憲の意識の中に響いた。
「はい 目覚めておりますが・・・。」
賀茂の屋敷はまだ漆黒の闇の中である。
「でかける用意をいたせ。疾く到っする必要があるようだ。」
「父上 陰態をまいりますか?」
「おぅ!直ぐにでも出るぞ。」
忠行・保憲の二人が向かったのは北の外れのあの邸。


「あれは?」
保憲は忠行に顔を向ける。
二人は邸の庭を横切ろうとしている霧の塊を見ていた。
蠢くその黒い霧らしき物に気が付かれぬように二人は気配を消している。
「解らぬ。妖しのようでもあり・・鬼とも言えぬな。」
二人がじっと見つめている先を物を引きずるような音を立てて進んでいる。
・・・あと少し待てば陽が昇る。・・・と保憲
この邸が唯の通り道であったのなら良いのだが・・と忠行。

ズルッ ズルッ・・・形を少しずつ変えて霧の塊は動いている。


ふらぁっと邸の奥から現れた影が一つ・・・
「むっ!蛍か・」忠行は影を認めて呟く。
「あれは蛍と言うのか。」保憲は濡縁近くで立ち止まった女人を確認した。
何かしらの気を感じて起きてきたのではない事はその無防備な状態から一目瞭然であった。
「だれだぁ?」女人が眠たそうに目を擦りながら声を上げる。
「まずいな。」
忠行が小さく呟きながら視線を霧の塊に定める。
ズルッと移動していた霧の塊はふっと歩みを止めて蛍と呼ばれた女人に向かって方向を替えたように見える。
霧の塊が蛍に近づいて行く。

ズルッズルッ・・・

「逃げよ!蛍。」保憲が声を上げて濡縁へと走り出した。
「あ〜ん?」
 眠気の溶けない蛍は保憲の声に緩慢な返事を返した。
その瞬間 霧の塊がバッと音を立てて大きく膨らみ蛍に襲い掛かる。

・・・肉だ・・・血肉を喰らわせろ・・・

「馬鹿!名を呼ぶでない!。」忠行の叫びは間に合わなかった。
一瞬にして蛍の身は巨大な霧に包まれて見えなくなる。

「斬!」 「断!」
忠行と保憲の呪が飛ぶ・・・
何とも気味の悪い叫び声が辺りに響き巨大な霧が仰け反るように見えたがその端はまだ蛍と繋がっている。
「この!!」
保憲は身軽く濡縁に飛び上がると蛍に繋がっている部分に新たな呪を討ち込んだ。
しかし・・強い想いがあるのか霧は蛍を離そうとはしない・・・
焦りを感じながら保憲は忠行に視線を送った。
その時・・明るい光が濡縁にかかる・・・陽が昇ったのである。
「朝だ。」忠行が言う。

・・・口惜しや もう少しのところを・・・

霧の塊は次第に薄くなっていく姿の中で悲愴な声をあげた。
やがてその姿が消えていくのを忠行と保憲は見送るしかなかったのである。


「蛍。」呼んでも目を開かない事に保憲は慌てた。
忠行の表情も険しい。
「すぐに屋敷へ連れて戻りましょう。」
保憲が忠行を急かす。
忠行が静かに首を振った。
「保憲・・・気が付かぬか?」
忠行の声に戸惑いの響が浮かんでいる。
「は?」
「時が・・・時が止まっている。」
忠行の声に辺りを見回す保憲。
確かに風は吹き抜け陽は次第に高くなっている筈なのだがこの邸のこの場所だけが夜明け前の薄暗さに包まれている。


それから幾度の朝を迎え幾度の夜が過ぎた事であろうか。
季節はやがて冬の気配が感じられるようになり都に風花が舞うようになっても蛍が目覚める事は無く時が動くことも無かったのである。


2015/06/27(Sat) 14:49 No.230

夢幻秘抄 「信太の里神」
ペン
「保憲」
「なんだ?」
冬の儚げな朝陽の中 円座に腰を下ろしているのは蛍と保憲である。
「やはり このままと言う訳には行かぬだろうな。」
脇息に身を預けて気だるそうに蛍が言う。
「あぁ 神との約束だからな。おかげで今ここに蛍がいる。」
保憲も何処となく歯切れが悪い。
「私は・・・べつに望まなかったぞ。」
「またそのような・・いつ目覚めるとも解らぬままにして蛍をここにおけると思うか。」
庭に目を向けていた保憲が正面から蛍を見据える。
「・・・そうだな。 やはり今だけか。」
「あぁ今だけだ。」
「保憲・・・おまえが望むのであれば窮屈だが張袴も袿も着てやっても良いと思っていた。」
言いづらそうに蛍が保憲を見上げながら言う。
「蛍・・おいで。」
蛍は差し出された保憲の両の手を掴んで保憲の袖の中にすっぽりと納まり頭を保憲の胸に預けた。
肩が少し震えているのが感じられる。
長く美しい黒髪を撫ぜながら保憲がそっと囁いた。
「泣いても良いのだぞ。堪える事はない。今だけなのだからな・・」
蛍の肩の震えが大きくなった。

・・・二人がこうして居られる刻はいくらも残されていなかった・・・




それは昨日の夕刻の事である。
眠り続ける蛍に為す術も無く忠行と保憲は途方にくれていた。

ボゥッと黄金色の光が薄暗いままの庭に浮かび上がった。
何事か?と忠行と保憲は目を凝らす。
光は見る見るうちに形を成し何十匹とも解らぬほどの黄金色の狐に変化する。
その中央で凛とした姿でこちらを見つめているのは真っ白な毛並みの狐であった。
「忠行・・」深い響きの声が忠行の意識に入ってきた。
「あなたは どなたなのですか?」忠行は訊ねた。

「我は信太に住む里神である。愚かしき人間よ しかと聞け。」
「信太の・・・それは稀名と何か関係が有るのでございましょうか。」忠行がさらに訊ねた。

「忠行・・良く聞け。
古来より妖しは人との契りを持ちたがる。そこに己の子を孕ませる事を強く望むのだ。
しかし産まれて来る子の殆どがそのまま妖しとなりやがて・・消える。」
「はい。」
忠行は返事をして話の先を聞く体制に入った。
「しかし・・ごく稀にではあるが人の姿をして産まれる事も有るのだ。
この者は産まれながらに人知を超えた能力を持つ・・」
「お待ちください。里神殿。 それはまさか蛍の事ではありますまいな。」
「何故 違うと思うのだ。」
「それは蛍の両親を私が存じているからでございます。」
「ふん だから愚かだと言うのだ。」
真っ白な狐 里神はその尖った鼻先で笑う。
「母は私の妹 葛子でございます。父は私の弟子であった稀名・・共に妖し等ではございませぬ。」
ふふっと狐が目を細めた。
「何故そうだと言い切れる。愚かな事よの。」

「聞け 忠行 葛子が稀名と夫婦になった時葛子の腹には子が宿っていたのよ。」
「なんと!」
「さて・・その蛍であるが・・魂を探す事は不可能とは言わぬ。
だが見つけるまでにどれだけの時間がかかるのかは我にも言えぬ。
明日見つかるかも知れぬ。千年先まで見つからぬかも知れぬ。
その方等の命が尽きるまでに見つけられればそれで良し。しかし見つけられなければ・・蛍とやらはどうなるか。」
ゾクッと忠行の背中に寒気が走った。
「真の妖しになる・・・と。」
「さぁ・・そこだ。」
里神が言うと青く光を放つ珠が宙に現れた。
「これは稀名の魂だ。」里神が事も無げに言う。
「稀名は儚くなったのでございますか?」
「そうだ その時に我に託した願いが一つ・・その為に我はここに来た。」

「この魂を空いている蛍とやらに入れて欲しい・・とな。」
「なんと仰る!それでは蛍は・・」
「その身のままで男魂となる。。」
「それはあまりに酷い事ではございませぬか。」
「ならば・・その方等で抜け出ている魂を見つけてくるか。
見つけて戻せたとしてもこの者は半妖半人のままだ。」
「・・・」
忠行は黙して考え込んでしまった。


「解りました。里神殿。」
忠行は意を決して結論を出した。

「これ以後 蛍は男魂としてその方が育てよ。女人としての刻限は明日の日没・・良いな。」
里神の声が終わると同時に青い光を帯びた珠はフワァッと揺らめきながら蛍の胸の中へ消えていった。

「蛍」保憲と忠行の声に蛍の瞼が静かに開いた。

「良いな 忘れるでないぞ  刻限は明日の日没。」
声と共に黄金の光も真っ白な狐の姿も消えうせていた。

あたりには冬の冷たい風が吹き渡っていた。
時が動き始めたのであった。



「行くぞ保憲。」
思いを振り切るように蛍が立ち上がる。
陽は正天に輝いている。
「まぁ待ってくれ。蛍。」
保憲が引きとめた。
「俺の願いを一つだけ叶えてはくれぬか。」視線を空に向けたまま保憲は言いにくそうに声を掛けた。
「今でなくては成らぬのか?」
「あぁ 今でなくては成らぬ。」
保憲は強い視線で蛍を見つめた。
「蛍は俺が望めば張袴も袿も着てよいと言ったな。」
「う・・うん 言った。」
今度は蛍が下を向く。
「俺は蛍のその姿を脳裏の奥に止めておきたい。・・・駄目か?」
「どうせ今日だけの事を・・か。」
「そうだ 今日だけの事だから尚更止めて置きたいと思うのだ。」
「・・・解った。」
ボソッと呟くと蛍は保憲の式に手伝わせて着替えをする事と相成った。


「麗しいぞ 蛍。」
現れた蛍を見つめる保憲の瞳が大きく見開かれた。
「そうか? やはり窮屈なものだな。」
照れくさそうに答えて蛍は牛車の中の人と成った。
「今日は俺も車副の一人よ。」保憲も照れているのかそっぽを向く。
ゴトンッと牛車が動き始める。
都大路を下っていく牛車の外から保憲が声を掛ける。
「どうだ?揺れは気にならぬか?」
「大丈夫だぞ。思っていたより楽なものだな。」
ゴトゴトと都大路を下り羅城門が見えてきた。
「保憲・・。」「なんだ?」
「歩きたいぞ。」
「姫というのは歩かぬものだ。」
「私は姫ではないぞ。」
「まぁ屋敷までもう少しだ。良かろう。」
大路に降り立った蛍は蝙蝠(扇)で口元を隠して歩き始める。
横にはピッタリと保憲がいる。

やがて東に曲がる事となるのだが陽はまだ西の空に高く輝いていた。
冬には珍しい穏やかな一日もあと数刻・・・








2015/06/30(Tue) 15:39 No.231

夢幻秘抄 「桜 舞いて」
ペン
都に春の風が吹き渡る。
あちこちで桜の花が咲きそろい始めていた。
近頃 都の人々の口に上る噂が保憲のことである。
正確には保憲の隣に寄り添うように付き従う年若き男の事であった。
保憲は賀茂家の正当な跡継ぎである。
殿上人の間でも名は知れ渡っている。
しかし・・その保憲がいつもつれて歩いている若者の名は誰も知らなかった。

「おい。」保憲が若者にそっと声を掛ける。
顔は前を向いたまま・・早足で進む保憲は振り返る人々を気にする様子も無い。
「なんだ?」
声を掛けられた若者も前を向いたまま答える。
「また・・見ておるぞ。」笑いを含んだ声が返ってくる。
「あぁ 保憲 何故あぁも皆は我等を見るのだ。」
若者は心底不思議そうであった。
「馬鹿・・・」唇の動きだけで保憲は言い返す。

何しろ・・この若者は尊き姫君でも逃げ出しそうな美貌なのである。
抜けるように白い肌と桜色の形の良い唇 これだけでも人の目を引くのに充分であるのだがその切れ長の目の奥に輝く瞳の艶かしさは性別を超えて興味を持たれても仕方が無い事かも知れない。
その若者にピッタリと寄り添うように健康そうな肌の色をした保憲が居る為その白い肌が余計に際立つ・・。
声を掛けようと思う者も居るのだが保憲がいつも隣にいる。
下手なことをして万が一陰陽師の力を必要としたときに無碍に扱われても困る。
保憲より遥かに位の高い者でも頭の隅には賀茂家の存在があった。



その日 忠行は信太の里神を訪ねていた。
どうしても確かめておきたいことがあったのだ。
留守の事は保憲に任せてきた。
信太の里にも春の風が心地よいほどに吹き渡っていた。
何処からとも無く桜の花びらが舞う・・


賀茂の屋敷では保憲が急の参内の仕度に追われていた。
間の悪い時と言うのはあるものなのだ。
本来ならこれは忠行の役目であったのだが・・・
「良いか?蛍 程なく戻れると思うので案じる事はないぞ。」
不安げに見上げる蛍に向かって保憲が優しく声を掛ける。
「あぁ 早く終わると良いな。」蛍が小さく答えた。
門を出たところで思い出したように振り返る保憲。
「それから・・・」と蛍を正面から見据えた。
「俺が戻るまでは決してそなたの技を使うでないぞ。いいな。」
「解った。約束する。 だから早く戻れ保憲。」
ん・・・っと肯くと保憲は都大路を北へと向かった。

春独特の薄水色の空が美しい。
何処からとも無く桜の花びらが舞い飛んでくる。
賀茂の屋敷の南側にある桜の木々から散っている桜なのだろうか・・
・・・なんと美しく舞うものなのだなぁ・・・・
蛍は舞い飛ぶ桜を追いかけた。
振り向けば賀茂の屋敷はすぐそこに見える。
まだ大丈夫・・・蛍は桜の木に向かって走り出した。
穏やかな風に乗って桜の花びらは蛍の手に届くようで届かない。
はらはらと舞い落ちる桜を追って桜の古木の根元まで来てしまった。
薄水色の空さえ覆い隠すほどの見事な枝振りで雪を欺くかのように満開の桜が咲いている。
・・・・こんなに散っているのに桜はまだ満開のまま・・まるで湧き出してくるようだ。・・・・
蛍は根元に腰を下ろすと桜を見上げていた。その肩にも髪にも桜が降り注ぐ。
瞳の端に賀茂の屋敷の屋根が映っている・・・そんなに遠くまで来た訳ではない。



2015/07/01(Wed) 12:42 No.232

夢幻秘抄 「桜 舞いて」その弐
ペン
「ん・・・?」
何やら違和感を感じて蛍は自分の足に視線を落とす。
「ワッ!!」思わず払い除けながら立ち上がる。
ズルッとした抵抗があって足について来たのは赤黒い色の四本指をつけた腕であった。
「物の怪か?」っと蛍が凝視する腕にはまだ何かが続いている・・・

・・・肉 肉の匂いだ・・・
地面が盛り上がり腕に続くものが姿を現した。
何処が顔なのか良く解らない赤黒い体・・
血走ったような二つの目が蛍を捕らえていた。
・・・良い肉だ・・
「何だこいつ・・」蛍は気持ち悪そうに見返した。
地から湧き出した赤黒い体は蛍の足を掴んだままじっとこちらを見ている。
顔らしき場所に赤いものがペロッと見えて消える。
どうやらそのあたりが口らしい。赤く見えたのは舌なのか。
・・・おぅ これは旨そうな肉だな・・・
地下から響くような声と共にあちこちで土が盛り上がってくる。
蛍が視線を巡らせば桜の古木の周りに数え切れないほどの物の怪の姿・・
「面倒な。」
蛍は左でそっと印を結んだ。辺りを績めていた物の怪たちがズッと後ろへと身を退いた。
その時蛍の脳裏に保憲の残した言葉が蘇った。
・・・俺が戻るまで技を使うな・・・
そうだった 確かに約束したなぁ。
蛍は静かに印を解く。
印を感じて後ずさっていた物の怪たちは口々に話し出した。
「何だ カッコだけか。」「それなら早い所喰らうのが一番。
「そうだな 喰らうか。」「喰らうぞ。」

物の怪たちが蛍に飛び掛るより一瞬早く蛍は走り出した。
視線の先には賀茂の屋敷・・・
逃すか・・・
物の怪たちが次々に飛び掛ってくる。

・・・保憲・・・保憲・・・まだか保憲・・・
蛍は意識を賀茂の屋敷に集中して呟く。

蛍は決して走る事が苦手ではなかったが今回は相手が悪い。
地の下を通り抜けてくる物の怪たちは蛍の前に回りこんでくる。
・・・・保憲・・助けてくれ・・保憲・・・

囲まれた・・蛍の足が止まる。

・・・保憲・・・

一斉に物の怪たちが蛍に飛び掛ってきて蛍の身は地面に叩きつけられた。
・・・保憲・・・
次から次から我が身にに纏わり付く物の怪を感じて蛍は思わず目を閉じた。

・・・保憲・・・

その時蛍は自分の身の内側で重い扉が音を立てて閉じられるのを感じたのであった。
ゴトン・・重々しいその音と共に何かが遮断された。

ふっと蛍が笑みを浮かべたと同時に全身を覆っていた物の怪たちは弾き飛んだ。
「邪魔だ! 除け!。」
立ち上がった蛍は物の怪たちを睨みつける。
「疾く去ぬか! 去ぬのなら・・」
再び物の怪たちの姿が宙を舞う。
中には地面に叩きつけられて潰され形を成せなくなった物もある。
冷たい笑みを浮かべている蛍の身に桜の花びらが舞い落ちていた。



「ほう〜これは稀有な魂の持ち主がいた事よ。」
南の木の陰に男が一人立っていた。
「なんだ そなたは・・物の怪と同類か。」
「いいや・・。」
気が付くと男の顔は蛍のすぐ傍にある。
思わず後ずさった蛍の背中に桜の古木が触れた。

「俺は肉は喰らわぬ。」
男はにっと笑って一歩蛍と距離を詰めてくる。
先程まであれ程いた物の怪たちは消えていた。

「ならば・・そなたは何だ。」
「さぁなぁ。」
男は人差し指と中指で蛍の顎を上に向けた。

「真に稀有な魂・・これなら喰らいたいな。」
「な・・何を馬鹿なこと。」
このようにまだ空も青いのに物の怪やら妖しやら・・と蛍は思う。
「知らぬのか?今時分の事をたそがれ時と呼ぶのよ。
人ならぬ物が一番出やすい刻・・」
男の頬に笑みが浮かぶ。
「そう言う訳だからここの所は退散したほうがよいと思うのだが・・な。」
「私を喰らうのではなかったのか?。」
「今は喰らわぬよ。」
男は唇に僅かばかりの笑みを刻んで蛍の顎に掛けていた指を離した。


それよりも少し前
信太の里神と忠行は微かな気の変化を感じていた。
「閉ざしたか。」
里神が言う。
「忠行 己の意思で閉ざされた物を我が無理やり開くことは良い方向へは進まぬ。」
「はい。」
桜の花びらが舞い散っている。
・・・この花びらは何処まで飛んでいくのだろうか・・・
忠行は里神に別れを告げ屋敷への帰路についた。
空には季節を欺くように満開の桜から途切れることも無く花びらが舞いあがり何処ともなく飛んでいく。



2015/07/05(Sun) 12:24 No.233

お願いでございます
ペン
ネタバレ覚悟でございます
これより先「夢現 三編」
は「夢幻草紙」をお読みになられてからお進み下さいますとありがたいです。
このまま進まれましても話が解る様に書く努力はいたしますが・・・
何卒我侭をお聞きくださいますよう 平に平に・

2015/07/06(Mon) 18:42 No.234

夢幻秘抄 「夢現 保憲編」
ペン
保憲は歩いていた。
何処へ向かっているのか己でも解らぬままに歩を進めていた。
視線の先に後姿を見せて歩いていく者がいる。
一つに束ねられている黒髪が揺れていた。

・・・・あれは誰なのか?・・・

保憲は歩を進めるのが早いと言われているのだがそ前を行く者との距離が近づいたように感じられなかった。

・・・己が見知っている者のような気もする・・・

「待たれよ。」
保憲は前を行くものへ声を掛けた。保憲は声も大きい。
声は届いている筈なのだが振り向く気配もない。
さらに歩を早める保憲・・・
「待たれよ。」
声を掛けながらも歩を進める。相変わらず距離が近づいたようには見えない。

・・・・あれは・・・・
意識の中で何かが弾けて記憶の扉が開くのを感じる。
・・・蛍か・・・
そう思ったと同時に前を行く者がチラッと振り返った。
「蛍!」
振り返った者の面は常日頃馴染んでいる蛍であった。
「何処へ行くのだ?」
安堵した保憲が声を掛ける。
ふっと笑みを浮かべた面は保憲に背を向けてまた歩き出す。
「何処へ行くのだ。」
そう言う保憲自身 己が何処へ向かっているのかわからずに歩を進めている。

蛍の姿が朧に成っていくように見える。
距離は広がったままだ。
朧の影がいつの間にか女人に姿を変えて歩いている。
・・・・あれは 俺が初めて蛍と出会ったときの・・・
保憲がそう考えたとき再び蛍の姿が変化する。
・・・あれは 誰だ・・・
女童となった蛍を見つめてじっと記憶の襞を書き分ける保憲。
・・確かに見たことがある。 どこかで見たことがある・・・
保憲の記憶がそう伝えてくるのだが思い出すことが出来ない。
牴牾しさに頭を振る。

いつの間にか女童の傍に一人の男が寄り添っている。
「誰だ。」
保憲の声に前を行く二人の歩が止まった。
・・・この男も知っている・・・
記憶が保憲に囁いてくる。
・・・知っているはずなのに何故思い出せないのだ・・・
前の二人から視線を外す事ができないまま立ち尽くす保憲の前で二人が重なり合うように一つになり・・・消えた。

2015/07/07(Tue) 12:55 No.235

夢幻秘抄 「夢現 蛍編」
ペン
ジジッ・・・灯明の炎が不安定に揺れている。
どうやら夜半のようである。
書物を広げて熱心に読んでいる己がいた。

・・・誰かなど当てには出来ぬ。・・・
いやと言うほど思い知らされた後の日からこのような習慣が途切れることなく続いていた。
己の身は己の力で・・・もっとも・・・
「生きていなければ成らぬ理も無い・・か。」
苦笑いを浮かべながら宙に視線を泳がせている己がいた。

あの日以来 蛍は有ろう事か宛がわれていた一室の入り口に結界を張った。
己が持っている有らん限りの強力な結界である。
それは保憲でさえ潜る事も出来ず忠行が蛍に声を掛けてやっと潜れるほど強力であった。

・・・何が起きたのか・・きっと解らないのであろうな・・
ふっと唇の端に小さな笑みを浮かべながら書物に目を落とす。

どれ程の時が過ぎたのか・・・
ふとすぐ傍に何かが居るのを感じて視線を上げた。

・・・あの時の・・・
肉は喰らわぬと言った男が穏やか視線を蛍に向けて立っている。
「おまえ・・どうやってここへ。」
蛍が許可しなければ誰人たりとも入ってこられない筈・・
男は先日と同じようにズイッと蛍に顔を寄せてきた。
思わず後ろに身を退く。
「不思議か?」男が囁くように声を発した。
「喰らいに来たのか。」
「覚えておらぬか。肉は喰らわぬ。」
男の顔に僅かばかりの笑みが浮かんでいる。
「別に喰らっても構わぬぞ。」
言ってから想像してみた。
・・・もしこの部屋で俺が喰らわれたら・・さぞあの二人は驚くだろうなぁ・・・
いやっ・・と蛍は首を振る。
・・・陰陽師の頭の屋敷で喰らわれるとは・・なんと面倒な事をしてくれたものだ・・・だな

「何を考えている?」
男の声に想像から開放された。
「ふん つまらぬ事だ。」
・・そうだ!何故この男は部屋には入れたのだ・・・

蛍の視線を正面から受け止めた男がぼそりと言う。
「おまえが許可しているからだ。」

「許してなどいない!」思わず声が高くなる。

男は慌てるでもなく蛍の頬を両手で挟むとゆっくりと話しかけてくる。
「良く見ろ。」
蛍の視線をしっかりと男の目が捕らえる。
「思い出せ 記憶の奥を探ってみよ。」
蛍は己の記憶を弄った。
「先日は喰らわぬと言ったが今この時におまえが持つその稀有な魂 喰らっても良いか。」
まるで木の実でもねだる様な気安さで男は囁く。
その間も蛍は記憶をたどる・・・奥へ奥へ・・・


「!!」
弾けるように何かにたどり着いた。
男の笑みが深くなる。
「喰らうぞ。」
男の顔が蛍に被さるように近くに寄った。
「蛍は眼を閉じて呟いた。

「あぁ・・構わぬ。」






2015/07/07(Tue) 17:10 No.236

夢幻秘抄 「夢現 忠行編」
ペン
ゆらり・・・高灯の炎が揺らぐ。
忠行の命がこの世を去る時が近づいていた。
延命の祈祷も祓いもいらぬと家人も保憲も遠ざけていた。
陰陽頭に保憲は就任し賀茂家はこれから先も継いで行くことが可能になった。
何の憂いがあろうか・・・忠行は穏やかであった。
ゆらり・・・炎がまた揺れた。

「賀茂家は滅びまする。」
枕元で突然声がした。
「!・・」
首を動かすこともまま成らない忠行の横に一人の男が佇んでいた。
「そなたは?・・・誰か?」
掠れた声で問い掛けてみる。
ふ・・っと男が笑った気配が感じられる。
「お解りになられませんか。」
忠行は記憶の底を辿って見る。
「何故?賀茂家は滅びると・・・。」
「私が喰らうからですよ。」笑いを含んだような声が答えた。
「そなたは・・。」記憶の底の何処かにこの男がいるような気がする。
「見つけられませぬか。」
男の笑いに嘲りが混じったように思える。

「何故あなたはあの時私を討たなかったのでしょうな。」
男の声に忠行の遠い記憶が蘇る。
「晴明か?」
「あなたは解っていた筈です。私の中の鬼を・・」
男は忠行の問いには答えずに話を進めていく。
「鬼になったら迷わず討てと申し上げた筈・・それを・・あなたは見逃した。」

「保憲・・」忠行が呟く。
「保憲様は今頃捕まえる事が出来ない者を追いかけておりますでしょう。」
男の声が冷たく答える。
「蛍は・・」
「喰らいました。」
男は世間話をするように穏やかに答えた。
「元々あれも・・・私でございますから。」

「そうか。」忠行は目を閉じた。
このような話を聞かされても対処のできるほど忠行には気力も体力も残されてはいなかった。
「賀茂家は滅びる・・のか。」
誰に言うとも無く忠行は一人声にした。
「あの時に討っておけば良かったと・・お思いですか。」
「いや・・」忠行はわずかに首を振った。
「それもこれも時の流れよ・・な。」
忠行は穏やかに答えた。
ふっと・・唇の端に笑みを浮かべて男が立ち去ろうとする気配がした。
「これが今生の別れか?。」
忠行は男に声を掛けた。
「そのようでございますな。」
去っていく男の背中に忠行は訊ねた。
「これからそなたはどこへ行くのだ。」

「龍神村へ・・」
男の声が小さく聞こえる。
「・・・そうか。」

ゆらり・・・炎が揺れて消えるとあたりは漆黒の闇


2015/07/14(Tue) 14:31 No.237

夢幻秘抄 「送り火」
ペン
忠行がこの世を去って幾年もの季節が巡った。
京の都に帝は居わせども政は武士の手に委ねられて行く。
幾度の戦乱が続き都も多大な被害を蒙った。
天文の安倍家・暦道の賀茂家と謳われた両家であったがこの時代に賀茂家はとうとう嫡流が途絶える。
暦道を安倍家が兼任する形で以後両道とも安倍家が独占していくこととなる。

後の世に神と祀られた某神社は彼の男の住居跡ではない。
本より鎮められる事も無く彼の系譜は明治の世に陰陽寮が廃止されるまで続く事と成った。

ならば・・彼の男は何処に存するのか・・・
彼の男は今でも摩利支天に護られて京の都を眺めて居るのだ。
彼の男の姿を隠し護るため摩利支天は日々その力を強大にして行く。
知ってか知らずか京の人々は摩利支天に呪をかける。
・・・大文字の送り火「大」は如意ヶ嶽に点火・・・
誰もがそう口にする。
この呪が前山である摩利支天に力を与える事を何人の人が気づくのであろうか。
決して都から眺める事の出来ぬ如意ヶ嶽は毎年行われる呪によってさらに強大になる摩利支天に今でも護られている。

木・・火・・・土・・金・・水・・・
全てを備えた摩利支天は何処まで強大になって行くのだろうか。

今年も呪が唱えられる。
「如意ヶ嶽に大文字の送り火」
「大の字は如意ヶ嶽」

2015/07/14(Tue) 14:54 No.238

夢幻草紙(3)成明と晴明
ペン
晴明は賀茂の屋敷に向かう為に都大路を下っていた。
今日は狩衣姿である。
出仕する訳ではないが忠行から「都に出て来る時くらいは着ろ」と言われたのを守った形である。
遠くに羅城門が見える。
この手前を東へ曲がれば賀茂の屋敷はすぐそこであった。
羅城門は嵯峨天皇の御世に一度倒壊したのだがその後再建された。
今 晴明が目にしているのはその羅城門である。
数年前に都を大きな地震が襲った。
この時には幸か不幸か羅城門は倒壊から免れた。
しかしその被害の爪痕は門のあちらこちらにしっかりと残ったままである。

「お助け下さいませ」
晴明の後方から叫び声が聞こえた。
「お願いでございます。どなたかその牛を止めてくださいませ」
かなり悲壮な声が何度も響く。
「やれやれ 賑やかな事だ。」
晴明が振り向くと大路を狂ったように駆けてくる牛の姿が目に入った。
繋がれているのはかなり豪華な牛車である。
叫び声は車副のようだ。
その後ろから必死の形相で駆けて来るのは牛飼童であろうか。
大路に居るたくさんの人々がその声を耳にしているのだが牛の勢いに恐れを成して誰も手が出せないまま立ち尽くしている。
「このまま駆け続けたら羅城門から出るな。」
羅城門の向こう側は言わずと知れた物の怪たちの領域である。
「面倒だが・・・」
晴明は狩衣の袖を躊躇も無く手で切り離す。
「有・・式神」
左手で持った袖に右手を乗せると静かに呪を唱える。
「行け!」晴明の声と共に袖はフワッと牛に向かって飛んで行く。
「覆・・・縛」
袖は牛の前面にピタッと吸い付いた様に貼り付いて落ちない。
周りが見えない状態になり牛の足は次第にゆっくりとなりやがて晴明の目の前でとまった。
牛の体を撫でながら興奮を宥める晴明の目が一箇所に釘付けになる。
「これは・・・呪詛だな」
牛の耳の後ろに小さな呪符が剥がれる気配も無く存在していた。
「ふむ・・」
晴明は辺りに気づかれないよう埃でも払うように呪符を剥がすとクシャッと丸めて残っている方の狩衣の袖に忍ばせた。
「去・・・式神・・」
牛の顔にピッタリと貼り付いていた狩衣の袖は風に煽られたように舞い上がり羅城門の西の端まで飛んで行くと音もなく落ちた。

牛車の中に居る人物が動く気配がする。
御簾は牛の暴走によって外れかかっている。
軛が牛から外れなかった事は幸いであった。
あの暴走の中で外れていたら大怪我どころか命さえ危うい。
「いかがでございますか?」
晴明は声をかけながら御簾の中を覗き込む。
普段ならこのような事は真に無作法と叱責を受けそうであるが非常事態である。
中に居る人物が動く気配を感じる・・無事か?
手を差し伸べた晴明の目に中の人物の姿が映る。
「若い・・」
牛車に乗っていた人物は晴明より五つ程年下に見える。まだ幼ささえ残っている。
「大丈夫でございますか。お怪我等なさっておりませぬか。」
声をかけながら晴明はその若者を牛車の中から大路へと誘った。
榻はどこかへ行ってしまったらしく見えない。
「やむを得ないな」
晴明はその若者を抱きかかえるようにして牛車から降ろした。
そこへ車副がやっと追いついてきた。
ー やれやれ面倒な事との関わりはこれで終わる事ができる。 −
ホッとした晴明に掛けられた言葉・・
「卑しい身分を弁えずそなたはいつまでこの御方に触れている心算なのだ。無礼にも程があると言うものだ。」
ー おやおや 先程まで血相を変えて助けてくれと言っていたのはどこの誰だ −
ここで諍いを起こすほど晴明も子供ではない。
「大変に不躾な事をいたしました。どうぞご容赦を」
そう言い置いてその場を立ち去ろうとした。

「お待ち下さい」晴明の背後からなんとも魅力的な声が聞こえた。
先程抱きかかえた大路に下ろした人物であった。
まっすぐに晴明を見上げる瞳は僅かな恐れを残しているが濁りの無い澄んだ輝きを発していた。
「なにか?」
その純な輝きに晴明の方が押され気味である。
「危ないところをお助け頂いてありがたく思います。
それなのに・・私の共の者が失礼な事を申しました」
ー なんと 若いのにしっかりと成されたお方だ −
「私の方こそ不躾をいたしました」
あの牛車の装飾を見えればこの若者がどれだけ高貴な者なのかと言うのは年の行かない童でもわかると言うものだ。
「それでは・・」
面倒はごめんである。
晴明はそこを立ち去るべく背を向けた。
「お待ち下さい。私は成明と申します。命の恩人のお名前をお聞かせ頂けないものでしょうか」
ー 名前をこう真っ正直に問われると如何ともし難いものだな −
晴明は苦笑いを浮かべた。
「成明様でございますか。私はあなた様とは同じ場所に立つ事など許されない地下の者より卑しい下人でございます」
ー おい 名前は呪なのだぞ −

「たとえ下人であったとしても私の恩人には変わりはございません」
成明は何の躊躇も無く言う。

ーこのような純な若者を呪詛する奴がどこかにいるのだな −
「成明様 私は晴明と申します。」こうなったら答えるしかあるまい。
成明の顔にパッと満面の笑みが広がった。
「晴明殿でございますか。成明と晴明・・二つの名がが出会うなど真にめでたいものでございますね。」
さすがの晴明も笑うしかない。
「さぁ お供の方々が心配を成されております。」
「おぉ そうであった。それでは晴明殿 改めて礼に伺います。
それまで成明を忘れたりしないでくださいね」まるで子供が大人におねだりをしているような言い方であった。
「そのようなお気遣いは無用にございます」
深々と頭を下げると晴明は何事も無かったように都大路から東へと歩み去った。

牛車も北へと都大路を上って行き都はいつもの風景に戻って行った。
晴明の袖は誰が拾うでもなく羅城門の端で風に揺らいでいる・・・

やがてどこの誰とも分からぬ男が一人・・・
袖を拾い上げると唇の片端に笑みを浮かべた。
「天は我に味方しているのやも知れぬ」
その呟きを聞いたものは・・・誰も居ない

2015/06/15(Mon) 16:32 No.219

夢幻草紙(3)保憲と晴明
ペン
「わぁ!!その姿はどうした!」
晴明を出迎えた保憲は驚きの声を上げた。
「申し訳ありません 保憲様。少し寄り道をいたしまして」
晴明が自分の狩衣に目をやりながら申し訳なさそうに頭を下げた
狩衣の袖は片方は無くなっており小袖が見えている。
「どこをどの様に歩けばそのような姿になるというのだ。」
保憲は頭を振りながら晴明を見返す。
賀茂の屋敷の門前のことである。
「師匠様はいらっしゃるのでございましょうか。」
「いや 先程出かけたのだ。 急な用でな。参内している。
親王の一人になにやら事が起きたらしい。」
「さようでございますか。師匠様は相変わらずお忙しいのでございますね。」
「まぁな 親王の乗っていた牛車がどうしたとか言っていたのだが・・。」
保憲も詳しい話は聞いていないようだ。
「それでは また改めて参る事にいたしましょうか。」
晴明は軽く会釈をすると今来た道を戻ろうとした。
「まぁ待て 晴明。何か特別な用事がある訳でもなかろう。屋敷でゆるりと休んでいけば良いではないか。」
保憲としても久しぶりの再会である。
以前は生活を共にしていたのであるから妙に懐かしさを覚える。
「保憲様 ありがたく存じます。それでは暫し・・」
「おっ!!おい そのままで屋敷内に入るのは困るぞ 晴明。」
「は?」晴明は小首を傾げる。
「おい晴明 その袖の中のものは一体なんだ。そのようなものを屋敷内に入れる事はできないと言うのが解らないそなたでもあるまい。」
保憲に言われて思い出した。
袖の中には握り潰したままの呪符が収まっている。
「これは・・忘れておりました。申し訳ありません。」
晴明はいたずらを見つかった子供のような笑みを浮かべながら呪符を取り出した。
静かに左の掌に乗せるとニッと笑いながら右手でピシャッと叩く。
呪符は両の手の間から更々と崩れて晴明の足元に落ちた後ボッと青白い光を放ってその姿を消した。
「これで宜ろしゅうございますか。」晴明は保憲を見つめる。口元にはまだ笑みが残っている。
「晴明 本当にそなたは詰めが甘い。私が言わなければいつまででもその呪符を身につけている気だったのか。」
「申し訳ありません。完全に忘れておりました。」
「そなたの寄り道は何やら険呑であったようだな。
まぁ良い とにかく奥へ参ろう。」
保憲は晴明の方に手を置いて奥へと誘った。

それ程長い年月が経った訳でもないのに懐かしい濡縁である。
「そなたはいつもここで庭を見ていた。」と保憲
「はい 庭に来る物を待っておりました」と晴明。
保憲は屋敷で働く者に晴明の為にと新しい狩衣を持ってこさせた。
「晴明 いつまでのその姿ではこちらが困る。早々にこれに着替えよ。」
「保憲様 私はなにも気になりませぬが・・やはり都を歩くには都合が悪いものでございますか?」
「この屋敷内にいる間はどのような姿でも構わないがやはり都の中は色々とあるだろなぁ」っと幼子に言い聞かせるように保憲が答える。
「それでは・・今は烏帽子は要りませぬな。」
晴明はそう言うと烏帽子を外し纏めていた髪も解いた。
折からの風に靡く黒髪の香が保憲の鼻を擽った。
「晴明 そなたからはいつも神草の香がする。」

2015/06/16(Tue) 22:57 No.220

夢幻草紙(2)保憲と晴明その弐
ペン
「不思議なものだ。こうしていると晴明 そなたがこの屋敷へ来た頃の事を思い出す。」
保憲は晴明の髪に手を置いて語りだした。
視線は庭に向いたままである。
「随分と昔の事のように思います。」
晴明は保憲の手を退けるでもなく答える。
「私は・・いや俺は見たのだ。晴明がこの屋敷に来たあの時の姿を・・な。」
保憲は少し照れたように顔を振った。
沈黙が辺りを支配する・・
「あのころ・・俺は父に逆らった事が有るのだ。」
「師匠様にでございますか?」
「あぁ 困らせてやろうと生意気にも考えたのだよ晴明。」

高貴な身分の者達は十五の声を聞けばどこぞの姫との婚姻を気に掛けるようになる。
賀茂家は特別高貴でもないのだが特殊な家柄であるのは確かな事であった。
暦道・天文・漏刻・・職種が細かく分かれていた陰陽寮の垣根を越えて統合して行ったのは忠行である。
この位置を我が子保憲に継がせたいと忠行が考えたとしてもそれは致し方ないことである。
親心とはそう言うものだ。
保憲が十五歳を過ぎた頃に誰か好き女人を保憲にっと忠行が考えたのは親心半分・陰陽寮のこの位置を永遠に賀茂の血筋でと言う思いが半分と言う所であろうか。

「父に言われたのだよ。」保憲が言葉を続ける。
「誰か女人を娶れ・・とな。俺はまだその気も無かったのだが父はこの時ばかりは執念深くってな。」
ふっと苦笑いをする保憲。
「それは保憲様が賀茂の家を継ぐ大事なお方なのでございますから・・。」
晴明の視線も庭に向けられたままである。
庭の木々の間を心地よい風が吹き抜けている。
「そこでだ晴明。俺は一計を案じたのだ。まぁ子供の浅知恵だがな。とにかく父を困らせてみたかった。」
ー 保憲 どうやら反抗期だったようだ。 −

「父が好いた女人でもいないのか?と訊ねて来るので・・な。」
「はい」
「そなたの名前を言ったのよ。」
「なんと!私の名前をでございますか」
晴明の肩がピクッと跳ねる。
「あぁ 俺が桔晴が欲しいと言った時の父の顔をそなたにも見せたかった。」
笑い飛ばす保憲。
「いけないお方だ。」
晴明は片方の唇だけで笑みを返した。
「遠い昔の話でございますね。あの頃とは様々なものが随分と変わりました。」晴明は長い睫を伏せて言う。
「晴明」
保憲が晴明の顎に手を掛けて自分に向ける。
「そなたは今でも変わらぬままだ。何も変わっておらぬ。」
じっと見つめる保憲の瞳に笑いの影は無かった。
「またそのような戯言をおっしゃる・・。」少しだけ無言の時が過ぎた。
「保憲様。」
「なんだ?」
「困らせるお方がいらっしゃるのは幸せな事でございます。」
保憲は晴明の瞳の奥に哀しみの光を見て取った。
「すまん。そなたを哀しませるつもりは無かった。」
保憲の言葉に「昔の事でございます。」と返しながら浮かべた晴明の笑みに保憲は大きな不安に襲われるのを感じたのである。
ーこの儚げな身と測り知れないほどの能力と・・どうしようもない詰めの甘さ・・これが晴明に災いを呼び込む事にならなければ良いのだが・・ −

保憲の心の中を知ってか知らずか穏やかな笑みを浮かべて保憲を見上げている晴明であった。

その頃 宮中では忠行がかなり悪戦苦闘していた事をこの二人は知る由も無かった。

2015/06/17(Wed) 14:45 No.221

夢幻草紙(3)成明と忠行
ペン
忠行は参内の為に内裏に向かっていた。
少々機嫌が悪い。
この日は久しぶりに晴明が屋敷にやって来る日であった。
しかし帝からの呼び出しとなれば行かなければならないのが国家公務員の勤めというものである。
〜親王の乗った牛車の牛が暴走したと言うがそれがどうしたのだ〜と忠行は思う。
牛だって気の向かぬ時くらいあるのではないか・・
親王の方も怪我をしたと言う事も無かったようだ・・
「適当に穢れの一つも祓って早々に屋敷に戻りたいものだ。」
日ごろ実直な忠行にしては珍しい事を考えている。
〜何しろ保憲ときたら・・・・〜と考えた所で内裏に到着した。

まずは暴走したという牛を近づいて様子を見る。
先に当事者である親王の話を聞くべきなのが忠行自身今回はあまり気が乗らない仕事である。
ここは手っ取り早く片付けたいのである。
「ふむ」
特に変わった所も見受けられない。やはり機嫌が悪かったのであろうか。
忠行の手が牛の体の上を滑っていく。
その掌が牛の首に来た時にぴたっと止まった。
〜何故だ。晴明の気が感じられる〜
まさかそのような事があるはずもない。
思い直して忠行は小首を傾げる。
とにかくその時の様子だけは聞いておかないと話が進まぬな。
忠行は近くで控えている車副と牛飼童に声を掛けた。
おずおずと忠行の前に進み出てきた車副と牛飼童はまだ興奮が冷めていないようである。
「はい 忠行様 道の脇にいらっしゃったお方が牛を止めて下さったのでございます」
「身に着けていらっしゃるお袖を牛の顔を覆って・・それは見事でございました。」
口々に様子を語る。
「ほう 疾駆して来る牛に対峙するとはなかなかの者よな。」と忠行。
「はい 真にお美しいお方で・・。」
「美しい?対峙したのは女人だったのか?」
忠行の頭の中に何かが引っかかった。
「私も最初はどこぞの姫君かと思ったのでございます。
よく考えればそのような事がある筈もないのでございますが・・・まだお若い男の方でございます。」
ピンッと忠行の中の神経が張る・・・
「ただの下人よ。」
背後から声がかかる。親王の共をしていた者のようだ。
守られるように当事者の親王が立っている。
「これ!またそのように」親王は共の者の言葉を遮る。
「これは・・親王様 ご挨拶が遅れました。」
忠行は深々と頭を垂れて礼をする。
「お忙しいでしょうにわざわざいらして下さってありがたく思います。」
親王の爽やかな声が心地よく忠行の耳に響いた。
「そのようなお気遣いは無用に存じます。このような時にこそお呼び頂かなければ・・・
お怪我は無かったと聞き及んでおりますがいかがでございましょうか。」
「心配は要らぬ。何処にも怪我は無いぞ。」
忠行の問いに親王はにっこりと笑みを浮かべて答えた。
「それは何よりでございます。・・で どこぞの下人が親王様をお助けになったとか。」
忠行が本当に訊ねたかったのはこちらであった。
「おぉ!当人も下人と言っていたが真に美しいお姿であったぞ。
あのような者が都のどこかにいるのだな。」
親王はその時の事を思い出したのかうっとりとした表情を浮かべて空を見つめている。

〜間違いない 晴明だ。 
だとすると・・・この一件は牛の暴走では済まぬ事かも知れぬな。〜
忠行はそう考えるに至ったのだが何が起きたかを知る手立てはそこには残っていなかった。
さて・・どうしたものかと思案している忠行。

「成明殿」またまた奥のほうから声がかかる。
成明と呼ばれた親王より年上のようだが・・実はこちらも親王の一人。
「お怪我も無く無事に居られるのですから忠行殿にはお引取り願っても宜しいのではないか。」
〜この男 私が長居をしてはまずい事があるのか。〜
忠行は何か不穏なものを感じたのであるがその原因が一体なんであるのか。
「そのようでございますね。」
成明と呼ばれた親王は反対するでもなく忠行に礼を述べ始めたのであった。
「たいした騒ぎでもなかったのにお手間を取らせたようです。」
「いいえ親王様 それでは私はこれで下がらせて頂きますが一つだけお尋ねしても宜しゅうございますか?」
「何なりと・・私に解る事であればいくらでも答えるぞ。」
成明親王は思ったより気安い性格のようである。
「それではお尋ねいたします。先程の下人の事でございますが。」
忠行の言葉を最後まで聞かずに親王の口が開いた。
「おぉ あの者のことか。私たちは名乗り合ったのだ。」どうだ!言いたげな雰囲気が言外に満々である。
「時を見て礼を述べにお訪ねするつもりなのだ。」少年の面影が残る若き親王にとっては大冒険なのであろう。
「さようでございますか。それはそれは・・。」
一寸目を離した隙にこのような事に関わっているとは・・凝りもせず都大路の真ん中で名乗りをしたのか。
これは一刻も早く屋敷に戻って晴明から話を聞かなくてはならんな。
忠行は頭を抱えたい気持ちであった。

「成明殿」先程の親王が声を掛けてくる。
「「下人の所に礼を述べに行くなど愚かしい事ですぞ。」
年下の親王に分別臭く教え諭すように言った。
「確かにそうではございましょうが・・
あなた様はあの者を存じていらっしゃらないからそのように仰るのです。
あの切れ長の目の瞳に輝く光の深いこと・あの透けるように白い肌 とても下人とは思えませぬ。
もう一度会ってぜひ眺めたいものでございます。」
成明親王はまたまたウットリと目を閉じた。

「ふん 確かにな」
反論された親王は憮然としてうなずく。これに驚いたのは忠行である。
「その者をご存知なのでございますか?」つい早口になって畳み込む様に訊ねてしまった。
「そのような者は知らん!」
ハッとしたように親王は声を荒げた。
その瞬間強力な負の気が溢れ出て来るのを忠行は感じ取った。
〜このお方は晴明を知っている。
いつ見たと言うのだ。知ってるのに何故それを隠そうとするのか。〜
忠行の疑問が広がるばかりだがここで問い質しても埒が明かないことは確かである。
一度知らないと言ったからには今更知っているとは答えないであろう。
とにかく屋敷だ。晴明が屋敷にいてくれると話は早いのであるが・・帰ってしまったりしていないだろうな。
珍しく忠行の心が乱れる。

かなりややこしい事が見えない所で進んでいる事だけは確かであった。

「それでは これで下がらせて頂きます。」
何事も無かったかのように挨拶を済ますと屋敷へと向かって一目散・・の忠行であった。


2015/06/18(Thu) 12:53 No.222

夢幻草紙(3)成明と晴明その弐
ペン
「私の事を忘れないで下さいね。」・・か。
濡縁の柱に身を任せて晴明が独り言を呟く。

都大路での騒動からかなりの月日が経っていた。
結局二人の再会は実現しなかったのである。
晴明の元へやって来たのは成明の家令だけ・・
仰々しく訪れた家令は決ったとおりに挨拶を述べ決ったとおりに礼を述べた。
恭しく差し出したのは見事な布で作られた狩衣。
早い話が身分が違いすぎるから会う事はできないと言う事である。
狩衣は正式な衣服ではない。狩などに出かける時に身に着けるものであるから色の選択もかなり自由ではある。
「それにしても・・これはなぁ。」
少々愚痴っぽく贈られた狩衣を指で摘み上げる晴明。
「この様な布の物を普通の下人が着るかぁ。」
誰もいない濡縁で一人苦笑いする晴明であった。

幾月かが過ぎた或る日の事。
東寺の寛朝僧正から晴明の元へ文が届いた。
開いてみると東寺へ来て欲しいと言う内容である。
「会わねばならない用はこちらには無い。来いと言うのだから用の趣はあちらに有るらしいな。」
晴明はまだ無役である。特に何をしないといけないという事も無い。
呼び出されるままに東寺へと出かけたのであった。

「僧正様 晴明でございます。」
「これは晴明殿 良くいらして下さいました。」
滅多に顔も合わさぬ二人であるがこうした事はきちんとしている・・所謂大人の対応。
「僧正様のお呼びとあれば参上しない訳には参りませぬ。」
ホッホッっと人を刳ったように笑うと寛朝僧正はそっと晴明に近づいて耳元に口を寄せる。
「大きな声では言えませぬ。」と僧正。
「あれをご覧下さい。」と僧正が羅城門の端を小さく指し示す。
晴明はその指先を追うように羅城門へ視線を投げると門の東端に一人の若者が立っていた。
「あれは?」
「成明様でございますよ。」ニヤァッと僧正が笑う。
「成明様でございますか。立派にお成りだ。」
「先日の事です。成明様からどうしても晴明殿に会いたいと頼まれましてな。」
ふっ・・晴明の口の端に笑みが上った。
「僧正様からの呼び出しなら私が来ないはずは無い・・と。」
「日頃から大日如来に仕えるべき神将を使いたい放題なのでございますからな。」
僧正が皮肉っぽく囁いた。
「そのように仰られましても・・。」
晴明の瞳が伏せられるのを楽しんでいるような僧正であったがいつまでもこのような戯言言っていても仕方が無い。
「まぁ そのような訳でございますから早ぅ成明様の元へお出でください。」と晴明を促す。
「共の者たちには酒でも飲ませてごまかしておきます。多少の刻は何とでもなりましょう。」
「ご配慮ありがたくお受けいたしますよ。僧正様。」
こうして成明と晴明は久方ぶりに再会を果たしたのであった。

成明は僅かばかりの間に少年の面影は消えてしっかりとした若者に成長していた。
「本当にご立派になられました。」
晴明が眩しそうに見つめる。
「晴明殿 またお会いできて私は本当に嬉しいのだ。何しろ家令たちは身分 身分と煩くてかなわぬ。」
「成明様 この世はそうした物でございます。本来ならばこのように同じ場所に立つなど許されるものではありませぬ。」
今日の晴明は妙に分別くさい発言をする。
それでも二人は再会を心から喜んでいるのは確かであった。

突然地面が揺れた。
数年前に都を襲った大地震の余波が来たっと現代なら言うのであろう。
大地震の影響が残ったままになっている羅城門がまた揺れている。
「成明様。」「晴明殿。」
揺れで足元が定まらない成明はその場に座り込んでしまっている。
「暫しそのままで・・。」晴明は成明を抱えるように狩衣の袖で覆った。
揺れが収まったら東寺へ戻ろうと考えていた二人の頭上から大きな音がする。
ハッとして見上げると羅城門の屋根の一部が崩壊したのか砕け散って降ってくるのが見えた。
このままでは崩れ落ちて来る屋根の下敷きになる。「拙い!」長い呪を唱える猶予は無い。
瞬時の判断で晴明の掌が成明の胸を押す。
晴明は全ての気を成明に集中させた。
「顕神将・・抱翔!」
フワッと成明の身が宙に浮く。
「晴明 晴明。」成明の身体が静かに東寺へと飛ばされる。
舞い上がる土煙に遮られて晴明の姿が見えなくなる。
「晴明!」
大きく広がって行く土煙の中を晴明に向かって背後から漆黒の矢が疾のように駆けたのを成明の目が捉えた・・ような気がした。
「危ない!避けよ 晴明」
叫んだように思ったのだが声が届いたのかどうか・・


「成明様 成明様」
〜誰かが私の名を呼んでいる。〜
朦朧としていた意識が次第に戻ってくる
「大丈夫でございますか。」
ハッと気がつく成明の目の前に僧正の心配そうな顔があった。
「晴明は?晴明はどこにいる。」
身を起こした成明は辺りを見回した。
「お静かに。」僧正の指が成明の唇の前に立てられた。
「あの者はたいした男です。咄嗟の判断で神将を呼び出すことを選んだのでございますからな。
そうで無かったら成明様。あなた様はあの下でございますよ。」
言いながら僧正は羅城門の下に積み重なっている瓦礫を指し示す。
「晴明は 晴明はあの下だと言うのですか」
顔色を失う成明に僧正はそっと囁く。
「宜しいですか成明様。 そのような者は何処にもいなかったのでございます。」
「何を言う。先程まで・・。」
言い募る成明を押し止めるように首を振る僧正。
「成明様 お判りでございましょうが・・・今は成明様にとられて大事な時でございます。」
その言葉に成明はハッと顔を上げる。
「お解りになられましたね。成明様は先程から私とここでお話をしていたのでございますよ。」
僧正の顔に浮かぶ笑みはいつにも増して冷酷であった。

「晴明・・」
小さく呟く成明の声は突然の揺れで右往左往している人々の声にかき消され誰に届くでもなかった


2015/06/19(Fri) 16:29 No.223

夢幻草紙(3)晴明と晴明
ペン
静かだな・・
晴明は濡縁の柱に身を任せて見るとも無く庭を眺めていた。
あの騒動から幾許かの時間が過ぎている。
羅城門の瓦礫で受けた傷は癒えた筈なのだが何をする気にもなれないのは本復していないからだろうか・・・
珍しく忠行も保憲も訪れない。
日頃は騒がしいほど聞こえてくる都の音も届かず晴明の耳に入ってくるのは庭を吹き渡る風の音だけであった。

「晴明殿 おるか?」
姿を現したのは天河で別れたままの法師であった。
晴明の返事も待たずに庭にいるまま濡縁に腰を下ろした。
「これは お久しゅうございます。」
晴明は柱に背を凭れさせたまま少し頭を下げた。
「ふむ・・気だるそうだの。どこか具合でも悪いのではないか?」
「いえ・・そのような事も無いとは思うのでございますが・・。」
晴明の視線が庭の奥で揺れている木の葉に向けられる。
「珍しくあのお二人もいらっしゃいませんので静かな時を過ごしております。」
晴明が複雑な表情を浮かべながら微笑んだ。
「お二人はお忙しいのであろう。今 都は大変な時だからの。」法師がさりげなく言う。
「大変?なのでございますか。」晴明が法師の顔に眼を向けた。
「なんだ 知らぬのか?珍しい事もあるものだ。」
法師は晴明の言葉の裏を探るように見返してきた。

この時期 都には菅公が雷となって建物は壊す・殿上人は焼き殺す・・とうとう帝は体調を崩されて床に臥す・・・
忠行と保憲としては「晴明 手を貸せ!」と言う所なのであろうが・・・。

「法師殿 都は穏やかなのだと思っておりました。」
晴明の声が少々小さい。
「ふむ・・・。」
法師は射貫くような眼差しで晴明を見つめる。
何故かニヤッと笑みを浮かべた法師は晴明の手をとると勢いよく引き付けた。
「何をなさいます!。」
法師の腕に抱え込まれた晴明は抗議の目を向けた。
「晴明殿 我のこの腕から抜け出て見せよ。」
晴明の眼が驚愕で見開かれている。
「ぬしなら容易い事であろが・・遠慮は要らぬ。」
法師の腕の力が更に強くなる。晴明は無言のまま動かない。
「どうした?これでは女人を抱いているのと変わりない。」
笑いを含んだような声で法師が晴明を急き立てる。
キッと険しい目付きになった晴明の視線が法師に向けられた。
「そのような顔をすると益々女人だぞ 晴明殿。」
法師は余裕たっぷりに晴明の視線を跳ね返した。
暫し無言の時が流れる・・・・

「そうか。」
ボソッと呟くと法師の手の力が抜かれた。
投げ出された形になった晴明。
「私は 私はいったいどのような事になっているのでございましょう。」
「それを我に聞くのか?晴明殿。」
憐憫とも嘲りとも思える笑いを浮かべながら法師は晴明を見下ろしていた。
「もっとも・・・都が静かだっとぬしが言った事自体が異常なのだがな。
ぬしが都で何事も起きていないと考えてそれを不思議とも思わぬ・・・これが異常でなくて何なのだ。」

確かに都では毎日何かしらの騒ぎが起きていた筈・・・
都へ向かって気を集中してみるのだが・・・
「聞こえませぬ。何も 何も聞こえませぬ法師殿。」
晴明は今更ながら己の身に何かが起きている事を知ったのである。
ふっ・・と法師は片頬に笑みを浮かべると誰に言うでもなく語り始めた。
「ぬしの持っている物を欲しいと考えた者がいるのであろうな。」
「そのような事を・・・私は帝にお仕えする師匠様や保憲様のように名を馳せた陰陽師ではございませぬ。 そもそも陰陽師にもなっていないのですよ。」
「帝に仕える陰陽師と言う名が何の足しになる?欲しいのは能力であって名ではないのだからな。」
「私は賀茂の屋敷以外にはほとんど出向きません。どこに私の事を知る者がいるのでございますか。」
「真にそれ以外には出向いた所は無い・・と言われるか。」
法師の目が晴明の眼を覗き込む。
「それは・・」晴明の一瞬の躊躇を法師は見逃さなかった。
「そら見よ 穿り出せば他にも有るのではないか。」
鼻先でうっすらと笑いながら法師が一人頷く。
「まさか 法師殿 あなたがそのような・・」
「馬鹿を申すな。我にはそのような欲は無いわ。もっとも・・日銭を稼ぐ野の者であるからかなり魅力的な力ではあるがな。」
「法師様はその者をご存知であられる?」
こうなったら失った物を取り返すしか身の復活は有り得ない・・・
「知っている・・と言ったらどうする 晴明殿。」
「お連れ下さいませ。」
言ってしまってから保憲の言葉が脳裏をよぎる。
〜詰めが甘いぞ 晴明 〜

「良かろう 我から離れないように用心せよ。」
晴明の言葉を待っていたようないないような・・・

やがて二人が辿り着いたのは都大路から西に大きく外れた場所にある荒れた果てた一軒の屋敷であった。
都の西側は土地の湿地化が進んでおり東側に比べて寂れていた。
住む人々も殆ど居なくなり妖しや物の怪の住処となっているともっぱらの噂であった。

「ここは?」
晴明が目を凝らす。
「昔は殿上人の持ち物だったのであろうが今は誰も住んでいないようだ。」
法師は晴明の手を引いて荒れ果てた建物の中へと歩を進める。
建物の奥は深い・・現代のように電灯など無い時代である。
まさに漆黒の闇の中を進む二人の視線の先にボゥッと朱の輝きを放つ陽炎のような物が見えてきた。

「あれは・・・」
それが何であるかを確認した晴明は静かに法師を見上げた。

「これは・・・あなたのなされた事でございますね。」

やっぱり晴明 詰めが甘かったのか


2015/06/20(Sat) 12:00 No.224

夢幻草紙(3)晴明と晴明その弐
ペン
「試したかったのだ」法師は晴明から顔を背けて言った。
「試す?この私を贄にしてですか。」
チラッと朱の輝きに視線を投げると呆れたように晴明が尋ねる。
「いや違う それだけは違うぞ。」
大きく何度も頭を振って否定する法師である。
「播磨で聞いたのだ。月氏国の秘術だそうだ。
掛けた相手の力を取り込む事ができる・・そうだ。
しかし・・秘術を使えるようにする為にはいくつもの難関があった。
我は不可能であると思っていたのだ。」
「それでも・・できた?と言う事ですね。」
悩ましげな視線を法師に返して晴明が尋ねる。
「まず取り込むべき相手の身に着けている物を手に入れねばならん。
次にその者の名前を知らなければならん。
これだけでもかなりの難関だ。と我は思った。
術を掛けられる側の者はそれなりの力を持っているもの・・・たやすく手には入らん。
例えこれらを揃えてもそれで終わりという訳ではない。
術を射ち込まなければ何にもならん。
射ち込めるのはその者の気が全く己を守っていない時だけだ。
力ある者にそのような空間があるとも思えぬ。
しかし・・試してみたかった。
試せる相手なら誰でも良かったのだ。」
ホゥ〜と晴明は溜息をついた。
「誰でも良い筈でございましたのに何故それが私になったのでございます?」
「うん。」
法師はなんとも申し訳なさそうに晴明を見返す。
「ぬしの力を欲した者がおったのよ。野の者の我は日銭を稼ぐ・・しかし銭が目当てではなかった。
その者は最初の二つは手元に有ると言ったのだ。
後は射抜くだけ・・この魅力的な誘惑に我は負けたのだ。」

「身に着けた物と名前でございますか・・。」
晴明は記憶を探るように視線を遠くに飛ばす。
・・・あの時・・・
チラッと朱の輝きを見てから法師に視線を戻した。
「して・・私を射抜いたのは何時でございます?」
「ふん あの時だ。羅城門が揺れて屋根の瓦礫が落ちた時 成明にぬしの気が全て行っていたぞ。滅多にない幸運に我はめぐり合ったと言う事だ。」
「あの時でございましたか・・・。」
「まぁ無理も無いこと。猶予は無かったのだからな。」
「それで・・・法師殿 この秘術とやらは達せられているのでございますか?。」
実はこれが一番肝心な事である。
全て押さえなければ解決の方法も無い・・・
「解らぬ。何しろ過去に執った事が無いのだからな。」
「なんと仰る・・では何故私をここへ運ばれたのでしょうか。放って置けば良かったものを・・
さすれば何時の日か私の全てはあれに取り込まれたやも知れませぬ。」
晴明の指が朱の輝きを指し示す。輝きの中にスッと背を伸ばた姿は紛れも無く晴明である。
「それは・・」
「時間が無くなったのよ」
法師の声を遮るように背後で声がした。
その声のした方向には一人の男が立っていた。
「章明様!あなた様がこの私を取り込みたいとお考えになられたのですか。」
晴明の瞳が大きく開く。

章明・・醍醐天皇の御子であり今上天皇の兄弟である。
「あなた様のような高貴なお方がなぜ私のような者に関わろうとなさいます。」
「ふん 下人などには解らぬ。私は帝になるのだ。いや 帝になるべきなのだ。」
「そのような天上の事に私などは考えも及びませぬが・・その事に私がどのように関わっているのでございましょう。」
「そなた・・悉く私の邪魔をしているではないか。」
「まったく身に覚えがございませぬが・・。」
「成明の事よ。覚えが無いとは言わせぬ。」
章明の顔が険しくなっている。
自分の考えに凝り固まっている為か話の筋通って行かない事に苛立っているようにも見える。
「そこに居る野の法師に大枚をやって掛けた呪 それをその方は悉く邪魔をしたではないか。」
足を踏み鳴らしそうな剣幕である。
「法師殿 あなたはそのような事まで成されていたのですか。」
晴明の瞳に怒りの色が浮かぶ。
「父上である醍醐帝が次の帝に私を選ぶことは無かった・・何故なのだ。」章明は火を吐く様に話を続ける。
今の帝は章明の兄弟である朱雀帝だ。
「体調の優れぬ帝は位を譲る気になっている・・次こそは私の筈だ 違うか?」
「そのようなことは私には解りませぬ。」
冷たく言い放つ晴明。
「ところが・・。」
晴明の言葉など無視して話し続ける章明。
「帝は成明を皇太弟に指名しようと考えているのだ。
私の方が年上なのに・・。」
「親王になられたのは成明様のほうが先でございましたな。」横槍くらいは入れてみたくなる晴明。
「それも癪に障る・・父上は何故に・・」
「それで・・だ」と章明は続ける。
「邪魔者は消せ・・これは昔から行われているではないかと思い立ったのだ。それを次から次へとそのほうが邪魔をする。」やっと話が繋がってきた。

「ならば邪魔をする事のできるその方を我が手に収めれば・・・」
「まぁ なんと面倒な事をお考えになられる。」呆れる晴明・・しかしここは我が身の復活が第一。

「法師殿 お尋ねしたい。」
くるっと身を翻して法師の後ろに回る。
「なんだ?こうなったら何でも聞け「」
じっと見上げる晴明の瞳に法師もたじろがないではいられなかった。
「この秘術 最後はどうなるのでございます?全て取り込まれたらこの私は消えるのでございますか?。」
法師の顔が苦悶に歪む。
「晴明殿 それは解らぬ。」
「試し・・だからでございますか?」
「うむ その通りだ。」
「まったく・・・どなたも詰めが甘い事ですね。」
苦笑いを浮かべると晴明が言う。
「それなら 私も試してみる事にいたします。」







2015/06/21(Sun) 12:07 No.225

夢幻草紙(3)晴明と晴明その参
ペン
「試す?」法師が不思議そうに晴明を見た。
「はい。この晴明全てをあれに・・取り込ませてみようかと思います。」
「止めろ!晴明殿 ぬしが消えたら我はどうすれば良いのだ。」
歩み出そうとする晴明の腕を掴んで法師が引き止める。
朱の輝きの中で晴明と全く同じ姿をした者の瞳が怜悧な光を放っている。
「消えるかどうか試すのでございますよ。消えぬかも知れませぬ。」
視線をもう一人の己に向けたまま晴明が答えた。
「消えなくともぬしは抜け殻になるやも知れぬでは無いか。」
「全てを取り込ませるのでございますから・・その可能性は高いと思いますよ。法師殿・・・でも。」っと晴明は微笑む。
「骸になるより宜しいかと・・。」
「晴明殿「」晴明の手を掴んでいる法師の手に力が籠もる。

「良いではないか。」章明が二人の話に横から割って入ってくる。
「抜け殻になってしまえ晴明。消してしまうのは惜しいその美貌。
私が帝になったその時には傍において飾っておこうぞ。」
「飾り物でございますか。そのような物になる趣味はございませぬ。」鼻先で笑い飛ばす晴明。
「晴明殿 もしも・・もしもそのような事になったなら・・我の元で生きよ。」法師の声が晴明の背から浴びせられる。
「お二人とも・・何か考え違いをなさっておりませぬか?」
周りが興奮すると冷静になる晴明である。
「消えるか消えぬか。骸になるのか成らぬのか・・・解っておらぬのにそのような言いようは無いのではございませぬか。」
それに・・と言葉を繋ぐ。
「私はどちらのお話にも全く興味はございませぬ。」
きっぱりと言い放った晴明。
「私は抜け殻になったり唯の人となってまでこの世に生きようと思うほど未練はないのです。」
章明様・・っと晴明。
「都に未練の無い者でございますからもっと違う方法で私にお話くださればこのような面倒な事にはならなかったかと・・。」
「法師殿 ここへ運んで下さった事 ありがたく思います。元が解らなければ決着はつけられませぬからな。」
「さて・・。」晴明は視線をまっすぐにもう一人の自分に向けてゆっくりと近づいて行く。
「止めよ 晴明 止めてくれ!今のままの晴明で充分ではないか。無謀な事はしないでくれと申すに。」法師が引き止めるその手が静かに振り払われた。

・・・もし・・もし私が考えている通りならば・・・と晴明は思う。
あの私はこの私の全ては取り込めない筈・・・
・・・私の名を知ったのはおそらく都大路での成明様との名乗りの時・・ならば身に着けたものを章明様が手に入れたのもその時の筈だ。他に機会が有ったとは思えぬ・・・

・・ここで呪の討ち合いをしても勝ち目は無い。
その能力の殆どはあちらに行っているのだからな・・晴明は大きく息を吸って呼吸を整えた。
「さぁ 私と同じ姿でそこに立つ妖しの化身。望み通りここまで近寄ったのだ。好きなだけ持って行くが良い。」
静かで豊かな晴明の声が辺りに響く。
反応するように朱の輝きが一段と強くなり陽炎は高く上り始めた。
中にいる晴明の姿をした者の瞳が冷たい光を増す。
陽炎がフワッと伸びて晴明の全身を包み込んだ瞬間 晴明の姿が陽炎の中に吸い込まれて行く。
ボウッと陽炎は炎となって渦巻き やがて・・朱の輝きも陽炎の炎も消え去ったあとに一人立って居るのは晴明の姿だけ。

「どうなったのだ。」と章明は呆然として呟いた。
「あれは・・どちらなのだ。」と法師。
二人の声に晴明が顔を向けた。
ギラッとした瞳は残虐さを湛えて光っている。
「やっぱり取り込まれたのか。
章明殿これは扱うのも困難な事になりました。」法師が言う。
「それはこれが私の思う通りには動かぬと言う事か。」
「そのようでございますな。悪くすれば都さえ破壊してしまうやも知れませぬ。」
「馬鹿な!そのような面倒な者は要らぬ。その方の好きなように処分せよ。」
都合が悪くなると責任転嫁するのは殿上人の常である。
「良いな 私は全くあずかり知らぬ事・・。」
早くも立ち去ろうとする章明。
「そのような都合の良い事は聞けませぬな。」
突然晴明が口を開いた。
「ひぇっ!!」
章明は驚愕の為か足が竦む。
「あなた様は成明様を呪詛された。許す事はできませぬ。」
白く長い指が章明に向かって突きつけられた。
「ぬしは晴明なのか?」法師は半信半疑で声を掛ける。
「法師殿 どちらにしても晴明・・違いますかな。」
瞳の中の残虐な光は消えていた。
その顔に浮かぶ満面の笑顔はどこまでも穏やかである。
「さて・・章明様 如何様にいたしましょうな。」
ジリッと距離を縮める晴明。
「晴明 そこまでで止める訳には行かぬのか。」
法師が間に入る。
「これ以上成明様に何かございましたら困ります。」晴明の答は攣れない。
「法師殿 あなたもでございますよ。」
怒りの矛先は飛び火した。まさに薮蛇。

「宜しゅうございます。」
晴明は振り切ったように言った。
「今後このような事があればこの晴明 決して許しませぬぞ。お覚悟なさいませ。この事を記憶の中にしっかりとお納めください。」
何はともあれまずは命拾いである。
ホッとする二人を見比べながら晴明は思う
・・・やっぱり詰めが甘いか・・・・



「なぁ晴明殿」帰り道のことであった。
法師が晴明に声を掛ける。
「何でございますか?」
「何故ぬしはあの秘術に取り込まれずに戻ってこれたのだ?」
「偶然でございましょう。」笑いながら晴明は答えた。
「真か?」「えぇ。試しでございますから。」ハハッと笑う晴明の顔はいつに無く明るい。
・・・ここで真の事など言ったらまた保憲様に叱られる・・・
ふっと口の端に笑みが浮かぶ。
・・・章明様の手に入れたという物があの時の袖であったから救われたのだ。・・・

そう あの袖は晴明の物・・彼の身の中にはそれ以外の名がまだある。知らぬ名のものは取り込めまいって・・・・

「何がおかしい。」法師の声にふと我に戻る。
「一人でにやにやと笑いおって・・」
「法師殿 今日の所はこれにてお別れでございます。」
晴明が立ち止まって頭を下げた。
「うむ 疲れも出るであろうからな・・・それで晴明。」
「なんでございますか法師殿。」
「我はまたぬしの元を訪ねても良いものなのだろうか。」
「何故来てはいけないのです?。」
晴明らしい答に法師の顔がパッと明るく輝いた。
「そうか そうだな すまん晴明殿 それでは今日の所はこれで退散しよう。」
去って行く法師の姿を見送ると晴明は如意ヶ峰の邸へと戻って行った。


邸へ戻ったとたんに騒がしい声が聞こえる。
「何だ?」
部屋の中には溢れんばかりに泡状の物が浮いている。
ポンッポポンッと音を立てて泡が破れると・・・
「晴明」 「晴明様」 「晴明いるか」
忠行の声 保憲の声・・
「あぁ騒がしい事だ。こうなると静かな時も捨てがたいものだな。」
一人苦笑いをしながら泡を破って行く。
とにかく有るだけは片付けないと・・・
ポンッ ポポンッポンッ 際限が無い。
「やれやれ・・難儀な事だ。」
一通り片付いた部屋に横になってみる。
視線の先には風が吹き抜ける庭に名も知れぬ花が咲きそろい始めていた。
「こんな所にも一つ。」独り言を言いながら灯明の陰に有った泡を摘み上げる晴明。
ポンッと小さな音を立てた。
「生きているか 晴明。」声が広がる。
成明様・・・これは返さない訳には行かぬな
・・・どうにか生きておりますよ成明様。・・・
返した言葉は遠く内裏にいる成明の元へ・・・
この日は帝から皇太弟の指名が成される日であった。
後に村上天皇となる。

緊張気味の成明の耳元にささやく声が届く。
「どうにか生きておりますよ 成明様。」
ふわっと成明の顔に笑みが浮かぶ。



濡縁の柱に身を任せて庭を眺めている晴明の目の前にふわ〜りと泡が飛んできた。
「まだ残っていたのか。」
指先で泡を破る。ポンッ
「おい 晴明無事なのか?無事ならこれを返せ。」
保憲の声であった。

「ふん! 誰が返すか。」
一人呟くとごろんと濡縁に横になった晴明である。

自分が考えているより遥かに多くの人に愛されている晴明であった。

2015/06/21(Sun) 15:24 No.226

夢幻草紙(3)とりあえず後書の代わりに
ペン
天下無双で欠点など無さそうなイメージの安倍晴明が一般に流布しております。
彼が歴史上に登場するのは960年のこと。
これは彼が40歳になったころのようですが実はこの年は師匠である賀茂忠行がこの世を去った年でもあるのです。
子供の頃から鬼を見る事が出来たほどの能力を持った晴明がこの年になるまで陰陽寮に入れなかったのは賀茂一族では無かったからと言われていますが忠行はそれ程度量の狭い人だったのでしょうか。
案外ここで書きましたように晴明に天然の部分が多かったのを危惧していたのではないでしょうか。
事実彼は帝に反抗して干されてしまった時期があると書かれています。
案外マイペースであったのかも知れません。

まだまだ書きたいお話はございますが歴史に出てきてからの晴明の事を白皙美貌の「若き陰陽師」と呼ぶ事には抵抗があります。
40過ぎの彼を20代にまで戻して書くのも抵抗があります。
なぜなら・・ここが「袋のお部屋」だから・・

彼が世に出るまでの20年間を穿り返して書くのが本筋かと考えております。
出来れば「外伝」として単発的に・・・といいながら頭の中では(4)に纏められるくらいの量はたまってしまっています。
ファイルなどは全くございませんから脳の中のお話が消えなければ近い将来何らかの形でまた書き綴って行きたい物でございます。

その気になれば都を崩壊させる事も出来たと言われる安倍晴明。
しかし彼は決して「負」の為に自分の能力を使うことは無かったと伝わっております。
彼を支えたものは何であったのか。
興味は尽きません。

この世は夢幻 何が起きても不思議ではありません。
「真 都とは異なる所よのう」と映画の中での言葉を添えて・・いつかまた相見える事ができましたなら望外の幸せでございます。



2015/06/22(Mon) 11:04 No.227

夢幻草紙(2)晴明 都に戻る
ペン
賀茂の屋敷の下人たちは先日来降り続いた雨の為汚れてしまった家具などを片付けていた。
濡れてこびり付いた土は容易には落ちない。
今日は雨も上って強い陽射しが降り注ぎ下人たちの作業は否応なしに緩慢になっていた。
「おい 聞いたか?」一人が近くで作業をしている下人に声をかけた。
「ん?何のことをだ?」
こちらも作業の手を止めて顔を上げる。
「今日にもあの者が戻ってくるそうな」
「おぉ!聞いた。逃げ出したのではなかったのだな」
「白狐が化けていると都では皆噂をしていたのだがな」
「確かに・・忠行様が見破って尻尾を掴んだとか聞いたぞ」
ふたりの下人の話は際限なく続く。
何しろ暑いのだ。
少し離れた場所で作業をしている者達も其々雑談をしているようにも見える。
「太い真っ白な尻尾だったそうだ」
「ほう」二人の背後から声がかかった。
離れていた場所に居た下人が寄ってきたのだろうか。
「そんなに見事な尻尾だったのですかな」
「あぁ さすがの忠行様も苦戦成されたそうだ」
下人は声の主の顔も見ないで答えた。
「それは大変な事でございましたな」
声に幾分の笑いが含まれている。
「おぬし笑って良い話ではなかろうが!」
下人は声の主に振り返ったのだがその瞬間に顔が強張って声を呑んだ。
「あっあっ・・・」
「如何なさいましたか」
声の主は満面の笑みを浮かべて立っていた。
「それは私の事でございましょうか?狐の尻尾でも出ておりますかな。」にっと笑いを含みながら
「逃げたつもりは全く無いのですが・・噂というのは面白ぅございますな」
それは先ほど吉野から戻り挨拶に訪れた晴明であった。
ふ・・・と笑う口元を隠しながら入り口へと向かう晴明。
その後姿をあっけに取られた様子で見送る下人たち・・。
「おい あれは確かに晴明だったよなぁ」
「あぁ確かに」
「随分と饒舌ではないか」
「まさか今度こそ狐と言う事は・・無いだろうな」

ふふ・・ハッハッハッ・・・
晴明の笑い声が高くなる。
とうとう顔を上げて大声で笑う晴明・・確かについ何ヶ月か前までこんな姿を見た者は誰もいなかった。
「随分と楽しそうではないか」
背後から声をかけてきた一人の男
保憲である。
「これは 保憲様 お久しゅうございます」
「父様がお待ちかねだ。奥へ参らんか」
「それは申し訳ない事を致しました。つい余計なことをしてしまいました。」

奥の部屋で久方ぶりに晴明は忠行と向かい合った。
「私もここにいて宜しいのでしょうね」
保憲は言ったと同時に腰を下ろした。
この家を継ぐのは何があっても自分であるとの自負がある。

「良き旅であったか」と忠行
「真に実りの多い旅でございました」
じっと晴明を見つめながら忠行は今更ながらに名と言う物の不思議を実感していた。
目の前に座している晴明は出かける前と同じように抜ける様に白い肌のままである。
透明感さえ感じられるその白さは夏の陽射しを浴びながら長い旅を終えたとは思えないほどであった。
相変わらず身体は華奢である。
しかし内側から滲み出て来るのは紛れも無く「陽」の気・・

「疲れたであろう 今日はゆるりと休むが良かろう」
忠行は満足そうに晴明に声をかけた。
「ありがたい事でございますが私はやはりこの家に戻るつもりはございませぬ」
晴明は深く頭を下げた後静かに立ち上がった。
「行くのか?それもまた流れであろうな」
忠行の声に僅かな笑みを返して晴明は背を向けた。
「おい!待て」
保憲が声を荒げた
「それは私に対する面当てか」
ゆっくりと振り向くと晴明は唇の端で僅かばかり笑った。
「保憲様 それ以上仰るのは御身の為にも宜しくないかと・・・」
改めて忠行に視線を移す晴明
「どこに住もうと師匠様なら追う事は容易だと解っております。
時折ご挨拶には参るように致します。」
言い置いて晴明は陽の落ち始めた都の大路を去って行った。
その影が長く大路に翳りを作りやがて・・姿と共に保憲の目からは見えなくなった。


2015/06/05(Fri) 15:09 No.213

夢幻草紙(2)天河にて人を恋う事
ペン
真夏の陽射しが辺りを照らしている。
殆ど人の入った気配など無いような山道を晴明は歩いていた。
賀茂の屋敷を出てから何日が経った事であろうか。
天河にたどり着いたのは太陽が真上に来る少し前の事。
さすがにここまで来ると風が涼しく感じられる。
「気の流れがなんとも言えず見事に調和を保っている・・・
このような場所がまだ有るのだな」
晴明は青空に向けて顔を上げると後ろで束ねていた布紐を外して髪を風に梳かした。
無位無官の身である。
七面倒な烏帽子も要らぬ。
直衣も必要と思わぬ。
動きやすい単衣があればそれで良かった。
梳かれた髪は風の中で心地よく靡く。

--------陽は陰を生じ陰は陽を活かす。
二つなれども離れる事叶わず。
互いに交わりて陰となり陽となる。-------
晴明は己の身体の中の陰と陽が次第に交じり合っていくのを感じていた。

「こんなにも穏やかに気が交わる事ができる場所が良くも残っていたものだな。」
晴明は時の過ぎるままにそこへ座していた。聞こえてくるのは風の通り過ぎる音だけ小鳥の鳴き声も聞こえぬ。

「おぅ これはまた」
背後から野太い声が聞こえた。
「このような所にも人が居るのか」
いつの間にか閉じていた目を開き晴明は声のした方へ面を向けた。
腰に毛皮らしきものを巻きつけた法師らしき男が立っていた。
「見事な黒髪が見えたので姫かと思ってよって見たのだが・・おぬしであったか」
法師らしき男は親しそうに声をかけながら近寄ってくる。
「あなた様でございましたか。随分と久しゅうございますな」
晴明は言葉を返した
「覚えてお出でなのか。さすがでございますな」
男は嬉しそうに更に近寄ってくる。

----あれはもう何年前の事であったろうか。------
晴明がまだ忠行の雑事をこなしていた頃だ。
尊きお方からお預かりした文箱を抱えて都大路を賀茂の屋敷へと急いでいた時のことであった。
「おいおい」唐突に声をかけてきたのが確かにこの法師であった。
「妖しや物の怪がいくつもぬしに纏わりついているのだが・・気がつかないのであろうな」
法師は晴明の耳元で囁いたものだった。
「宜しければ祓ってやるがいかがなものか」
たしかに法師はそう言った。----

「あの時のぬしが忘れられなくてな」
法師は言葉を継いで晴明の顔を見つめる。
「あの時 確かにお断りしたはずでございますが・・いけませんでしたか」
「いや・・少しもいけない事は無い。
俺が勝手に声をかけ、ぬしは全く無用だと言い置いたのだからな。
あの時俺はぬしには妖しが見えないのだろうと思ったのだがどうやらそうではなかったようだ」
「はい」晴明の唇の端に僅かばかりの笑みが浮かんだ。
「あれは妖しではございますが私の友でもございました」

なぜこのような事をここで話さなければならないのか・・この場所の気の流れがあまりに清々しい為なのか・・

「まぁ良いわ ぬしはこの先まだ行くべき場所があるのであろう。
用心して行くが良いと言いたい所だがそれこそ無用の心配と言うものであろうな」
法師は腰を上げながら晴明に言った。
「この場所は来たいと考えた者が誰でも来られる場所ではない。
どんなに望んでも縁無き者は決してたどり着けない場所なのだ」
法師の言葉に晴明は笑った
「もしお言葉通りであるのならあなたと私は縁があるのでしょうな」
「いや正直に言うと俺は途中でぬしを見つけてついて来ただけなのだがな。
つまり縁があるのはぬしだけと言う事かも知れぬ」
法師は笑って答えたがその響には寂しさが感じられる。
「それでは」晴明も腰を上げて歩き出そうとした。
「うむ また会える事もあるだろう」
法師は後姿のまま手を上げると足早に歩き去って行く。
晴明も反対の方向へ歩き出した。

ズキッと胸に痛みを覚えて晴明は胸を押さえた。
思わず法師が立ち去った方向に視線を送る。
そこに法師の姿を捉えることは出来なかった。

人が恋しいと思ったか
晴明は己の心に驚愕を覚えた。
人を恋しいなどと思う心が私の身に残っていたのか・・・
晴明の視線の先を風が穏やかに吹き抜けて行く。



2015/06/06(Sat) 22:58 No.214

夢幻草紙(2)宝冠峯にて珠を合わせるの事
ペン
自らの意思でこの土地を訪れる事は決して出来る事ではない。
神に呼び寄せられた者だけがこの地にたどり着くことが出来るのだ。
遠い昔 八咫烏に化身した賀茂建角身命が導いた男はやがて大和の宗教的権力者となった。
その者が十種の神宝の内の珠をこの地に納めたとも伝えられる。
時が下れば賀茂の小角がこの地に如意宝珠の玉を埋めたとも伝わる・・・
この地は人が人の身のままでたどり着く事は出来る限界なのだ。
つまり・・神の領域と隣り合う場所であり人が容易に足を踏み入れる事が出来ない所だと言う事だけは確かである。

その場所へ一人晴明は登ってきた。
この地は結界守護の御法を祀るとも言われており結界内の森は人に荒らされた気配も無く清浄な空気に包まれた真に聖地であった。

玉置から更に東南に尾根伝いに歩く。
歩を止めた足元は断崖絶壁であり遥か眼下には真夏の陽射しに輝く深い森がどこまでも続くのであった。

ーあの時ーと晴明は記憶を追う。
母様は愛しい想い人を連れて行く為に戻ってきたのだと言った。
しかしそれは私ではなかった。
母様は全てを私に渡すと言ったが愛しいとは言わなかった。
そして想い人と言う者と都から立ち去って二度と私の元へ戻ってくることは無かった。
私は母にさえ愛されもせず捨てられた身なのだ。
母に愛されないものが他に誰に愛されると言うのか
しかし・・・私はここまで来てしまった。
ーあの時ー と思う。
母様は最後に言った
「これを思い通りに使えるようになった時そなたは・・・になる」
確かにそう言った
我に戻ったとき手の中に有ったのは硬い小さな珠であった。
しかし私が何になるのかが思い出せないままこの地に足を運んできた。


結界内の森に拝所のように置かれている平らな石の上に晴明は座した。
「ここへこれを届ければ良いのだと思うのだが」
晴明は手のひらに乗せた小さな珠をそっと岩坐に置く。
「これで間違えは無いと思うのだがこれから先何が起こるのかは定かではない。」
小さな珠はそこが元々の居場所だったかのように小さなくぼみに収まっている。
「しかしこの石はなんと冷たい事だ」晴明は座していた石に手を添えた。
夏の陽射しは朝から続いている。
石は当然この陽射しに晒せれて居たはずなのだ。
しかし明らかに周りの土よりも冷たい。
「ここは居心地の良い場所だ。
誰が待っているでもない。このままここでこの石に同化出来るものならばずっとここに居たいものだ」
晴明は両の手で石の表面を撫でながら一人呟く。
「なんとも心地よい」
晴明は石の上にうつ伏せになるとじっと目を閉じて時を過ごした。
ー心地よい 本当に何時までもこのままでありたいものだ。話に聞く胎内と言うのはこう言うものなのかも知れぬ」

何時までもじっと伏せている晴明のすぐ脇でそれは起こっていた。
先ほど置いたはずの小さな珠が青く光を発し始めていた。
その光に導かれるように地の中から小さな珠が一つ・もう一つ・・・
互いに輝きを増し始め陽射しの中でもはっきりとその光は判るようになって行く。
やがて三つの珠は互いに寄り添い一つの光となって晴明の身体を覆って行くのであった。
光は穏やかな輝きのまま晴明の中へと姿を消した。
その事に気がつくことも無く時は過ぎていく。
森の木々を微かに揺らす音だけが響く静寂の中で晴明は深い眠りに引き込まれて行った。

ーここで終を迎えても構わぬのだ。やがて全ての人の記憶から私はすぐに消え去るーー

夏の陽射しはどこまでも強く晴明の身体を照らしている


2015/06/07(Sun) 21:16 No.215

夢幻草紙(2)晴明 時を待ち侘びる事
ペン
秋の気配が濃くなって来ている。
濡縁を渡っていく風がひんやりと心地良い。

晴明が居を構えているのは都から南東に離れた如意ヶ峯である。
都ではないが他の国へ出た訳でもない。
まさに微妙な位置に有る。
「もっと外れでも良かったのだが・・・」晴明は思う。
「これより東に出向いたりしたらたちどころに師匠様の式が飛んできて騒動になってしまうからな」
ふっと一人笑いを浮かべた晴明・・・。

如意ヶ峯は都から眺めることは出来ない。
都の方角に前山がありその姿を隠しているからなのである。
この前山は後の世に京の人々が親しみをこめてこう呼ぶ「大文字山」。
この前山に「大」の文字が描かれるようになるのは晴明の時代よりずっと後の事となるのだがこの「大」は五行説その物なのだと言うことを気づく人は少ない。
お笑いになられるか?
ならばこの文字を書いて確かめよ
「水」から「火」へ一画
「木」から「金」へ二画・・・そして三角目は土で止まる。
其々がどのように関わってくるのか確かめて見るが良い。


「さて・・」
表情を引き締めた晴明は濡縁から僅かばかりの庭に向かう。
「そろそろ気が合う頃なのだがな」
静かに両の掌を合わせて目を閉じる。
長い睫が白い頬に翳りを作っている。夏の陽射しとは全く違う季節になった証左でも有る。
「・・・現」晴明の口から穏やかに声が流れる。
両の掌を開いた。
陽炎のような光が掌から上り始める。
「・・・開」
晴明の声に反応して陽炎は強い輝きを発し始めるが次の瞬間パッと消えてしまった。
「ふむ まだ気が熟さぬのか」
己の掌に視線を移すとグッと拳を作ると部屋へ戻ったのであった。

「晴明 おるか?」
忠行が声をかけながら濡縁に向かって来る。
「師匠様 このように辺鄙な所まで良くぞ参られました」
ー早々のお出ましかーと晴明が思ったかどうかは定かではない。
何しろ陰陽師たる者・・・

「また上手い所に決めたものよの」
忠行は勧められるままに座して晴明と向かい合う。
「はい 師匠様 あの前山は私にとりまして摩利支天の役目を果たしてくれます故に」
「なるほどな 好からぬ物は前山で防ぐと言う事か。
探すのに苦労するはずだ。」
忠行は少々皮肉っぽく笑みを浮かべた。

摩利支天は常に日天の前に立ち寄り添う女神とされるのだが男神とも変化する。
通常は人には見えぬのだがもし人が真に見たいと欲した時にはいつでもその姿を現すとされる不思議な天部である。
後の世には軍神として崇められ多くの武将が祀ったと言われている。

「お手数をおかけしたようでございます。
師匠様がこれほど早くにお訪ね下さるとは思いも致しませんでした」
「まぁ良い しかし晴明 このような所に住まずとも我が屋敷に戻って来て良いのだぞ。」
「師匠様のお気持ちはありがたく存じますが・・」
「我が屋敷では出来ない事がある・・・と」
忠行の顔に厳しさが浮かぶ。
「申し訳ございません」
「して・・事は上手く運んで居るのか」
「それが まだ気が熟さないようでございます」
晴明は先ほどの出来事を思い返すように遠くに視線を投げる。

「お出でいただきながら真に申し訳ないのですが一つお聞きしたい事がございます」
晴明の視線が真直ぐに忠行を捉える。
「なんだ?申してみよ」
「母様が最後にお屋敷に参られた時の事でございます。
師匠様は同じ場所に居られました。
あの時・・・母様は私が何になると仰せられたのか・・師匠様はお聞きになられた筈でございます」
「晴明 そなたはそれを知らぬのか」
「はい師匠様 何度思い返しましても聞き取ったと言うことは無いように思います」
「そうか 知らぬのか」
「師匠様はお聞きになられたと?」
晴明の膝が一歩忠行に擦り寄る。
「いや」両手を前に突き出して忠行が首を振った。
「確かのそなたと同じ所に居た。
しかしその言葉は全く耳にしておらぬのだ。」
「左様でございますか。 ならば師匠様」
晴明は忠行に顔を向けて言葉を継ぐ。
「私は妖しに成るのかも知れませぬ」
「それは無い それは無いぞ晴明」
忠行は強く否定をした。
母の血の中に妖しは流れていないのは誰よりも忠行が知っている。
「では師匠様 鬼になるやも知れませんが・・いかが?」
「そのような事も・・・ない」
そうなのだ 問題は父親の方の血である。
忠行の一瞬の躊躇を晴明は見逃さなかった。
「師匠様 宜しゅうございます。
もしも この晴明が鬼になったら少しの迷いも無くお討ちくださいますように」
「晴明 そのような事は」
「無いと言い切れますか?」

忠行を正面から見返す晴明の瞳はいつもと変わらず穏やかに感じられた。
ー晴明を護る事は出来ぬかも知れぬー
心の中に遣る瀬無いと言う芽が生じた事を一人寂しく思う忠行であった。






2015/06/09(Tue) 11:45 No.216

夢幻草紙(2)晴明 保憲を手玉に取るの事
ペン
秋が深まって来たようである。
朝夕の風は一段と冷たさを増して来ていた。

「晴明 いるか?」
答を待つでもなく庭へ回って来たのは保憲であった。
一度賀茂の気が通ってしまえば晴明の元へ辿り着く事は容易である。
忠行が残した微かな気をたどれば迷う事も無い。

「壊・・・」静かな晴明の声が聞こえた瞬間に保憲の目の前で何かが破裂し八方へ火花が舞い上がった。
「わぁ!!晴明 何をする」
思わず後ずさりをした保憲は濡縁に居るであろう晴明に向かって怒鳴り声を上げた。
「これは 保憲様。気がつきませんで申し訳ありません。お怪我など為さいませんでしたか」
穏やかな笑みを浮かべながら晴明は保憲を奥へと誘うのであった。

ー 余計なときに余計な者がまた来るか ー
晴明が保憲の訪問をこう考えたかどうかは定かではない
何度も言うが陰陽師と言うものは・・

「保憲様 陰陽寮への御出仕でお忙しい毎日のはずでございますのにこのような所へお越し下さいましてありがたく存じます」
「まぁな ありがたいと思っているにしては手荒い出迎えであったな」
「真に申し訳ありません。少し手が滑りました。未熟者故の失態とお許し下さいませ」
「過ぎたことだ。忘れろ」
保憲は鷹揚に答える。
ー忘れて欲しいのはこっちの方だー
晴明がこのように思ったかどうか・・・何しろ仮にも陰陽師でございますから

「今日は父様から預かり物があってな。これを届けに来たのだ」
「師匠様から・・でございますか?」
晴明の前には美しい浅葱色の狩衣と小袖が一式・・
「保憲様 真にこれを師匠様が私の元へ届けろと仰ったのでございますか?」
晴明が小首を傾げた。
「晴明 さすがだな」
ニマァッと保憲の唇に笑みが浮かんだと同時に狩衣がふわっと音も無く舞い上がる。
「保憲様 何を・・」
舞い上がった狩衣は晴明を包み込もうと大きく広がっていく。
晴明の視野に入るのは浅葱色の狩衣だけである。
身体を移動してこの狩衣から逃れる猶予は無い。
「散!」思わず掌を狩衣に向けて呪を発する。
陽炎のような光は一直線に狩衣に向かい微塵に飛び散ると狩衣は忽ちの内に燃え上がった。
「晴明!今何をしたのだ」
保憲は腰が抜けたように床にへたり込んでいる。
ホッと息をつくと晴明は保憲を見下ろした。
「保憲様 悪戯が過ぎるのではございませぬか」
「すまん」
保憲が見上げて言う。
「大丈夫でございますか?」
保憲を助け起こそうと晴明が保憲に右手を差し出したと同時に保憲がその手を強く引いた。
「保憲様!」
気がつけば晴明は保憲の身体に組み敷かれていた。
「甘いのよ!晴明」
押し付ける腕に力をこめて晴明を捉えた保憲は冷たく言い放つ。
「そなたは確かに優れた力を持っている。しかし・・だ。
詰めがいつも甘いのよのう。
我らと共に陰陽寮に出仕するならば都の妖し・物の怪・鬼とも対峙する事となるのだ。
それは避けられん。
解っておるのか晴明」
保憲の腕に更に力が籠もる。
「はい 保憲様 なれど・・」
「晴明 まだ解っておらぬようだな。
友などと言っていたら喰らわれるのだぞ。
止めを刺すまで気を許してはならぬのだ」
「・・・」晴明は答えない。
「ならば俺が今すぐ喰らってやろうか」
ふっと晴明の目に笑いが浮かんだ。
「保憲様 人を喰らえば鬼になります。
あなた様は賀茂の家を継ぎやがて陰陽寮の頭になられるお方でございます。
それを捨ててまで鬼になるお覚悟がございますか?あなた様にはこの晴明を喰らう事はできますまい。」
「ふっ 確かにな。しかし晴明 最後まで気を許すのは危険なのだと言うことは覚えておけ」
保憲の言葉に晴明の頬がほんのり染まった。
「晴明?いかが致した?」
保憲が晴明の顔を覗き込む。
「保憲様」
晴明の声が消え入るように聞こえてくる。
「どうしたと言うのだ。どこか具合でも悪くなったか」
「あの・・」晴明が保憲を見上げながら羞恥を押し隠すように言葉を繋ぐ。

ー この顔が堪らぬのだよ。今に何人の姫や貴人の女人が心ときめかせて文を競う事になるのやら ー

「保憲様・・・ 重ぅございます」
晴明の声にハッと我に返る保憲。
確かに自分の全体重を晴明に乗せていた。
「すまん」
保憲が袖の中に包み込むように晴明の華奢な身体を抱き起こした・・筈であったのだが気がつくと目の前に晴明の顔が間近に有る。
「止めよ 晴明」
保憲は叫んだつもりなのだが思うように声にならない。
首元へ晴明の白く細い指が食い込んできている。
「保憲様 形勢逆転でございますな」瞳の光が挑むように強くなる。
晴明のもう一本の腕はどこに?と目で探す保憲。
探しているその右手は高く掲げられ指先が自分にしっかりと向けられている。
その細い指先はいつでも呪が討てるよう一寸の揺るぎも無い。
「せっ晴明 止めよ」
「保憲様の仰せの通りにしたまでの事でございます。
妖し・物の怪・鬼に対峙したら止めを刺せ・・でございましたな。」
微かに声に笑いが含まれている。
「俺は妖しでも物の怪でもない」
保憲はこの場を逃れる手段はないものかとしきりと考えを巡らすのだが喉元に食い込む晴明の指には隙も無い。
「保憲様 私があなた様を喰らいましょうか。
都には何の未練もありませぬ。鬼になろうが妖しになろうが悲しむ人泣く人もこの世には居りませぬ。
優れた能力を持つ者の血肉を喰らえばその能力も共に頂けるそうでございます。
保憲様を喰らって都一の鬼になりましょうか」
ゾワッと冷気が背中に走るのを保憲は感じた。
「こいつ 本気なのかも知れぬ」
「やっ止めよ」
保憲の制止する声も空しく喉元に晴明の顔が近づいてくる・・・

「戯言はいい加減にせぬか!」
凛とした響きの声に保憲も晴明も熱から覚めたように濡縁に視線を向ける。
何時の間にやってきたのか・・・
濡縁には忠行の立ち尽くす姿があった。

季節は間もなく冬を迎える。
気の熟すまで間もなくなのである


2015/06/09(Tue) 15:29 No.217

夢幻草紙(2)時満ちて気は熟す
ペン
昨夜からの雪である。
見渡す限りの風景は白一色に染め上げられ音も吸収され風もない。
------- 間もなく時が満つる。気が重なる ------

濡縁の半分ほどが雪に覆われた中で晴明は己の心と対峙していた。
ー 今を逃してはならぬのは確かな事。しかしこれを開いたら私は何になるのか。
鬼になるのは構わぬ。師匠様が討ちに来て下さるまで人でも喰らっていれば良いのだからな。
しかし・・泡になるやも知れぬ。せめて露ほどにはなりたいものだが −

ふっと笑ってみる。
ー 何を考え込んでいるのだ。鬼になろうが泡と消えようが誰の心にも残らぬのは同じこと −

気が重なる・・・
スッと腰を上げた晴明は濡縁から降りて雪の上に立った。
静かに瞳を閉じる。
長く豊かな睫が心なしか揺れているようにも見えるのは気のせいだろうか。
「・・現」穏やかな声が響く。
併せられていた両の掌を開くと陽炎のように立ち昇る光。
「・・開」
陽炎のようであった光はパッと五方向へ飛び散る。
「・・征」
五つの輝きの珠の天上を押さえて晴明の声が続く。
「生・剋・和・侮・乗」
一つ・また一つ・・そして次の珠へ・・晴明の白く細い指が確認するように押さえて進む。
音も無い空間に見事に浮かび上がったのは桔梗の印。
強い光を帯びた晴明の瞳がそれを確認する。
唇に右手の指を当てると天将を呼び出す作業に入った。
「騰虵・朱雀・六合・勾陳・青龍・貴人・天后・大陰・玄武・大裳・白虎・天空・」
陰陽道の十二天将である。
「・・・召喚」
晴明の声に十二の姿が晴明を囲むように現れる。
「汝ら須らくこの印を持ちたる者と意を同にして印を持つ者がこの世を去るまで守護し使役されるを好しとするを誓願せよ」
晴明の声に力が加わる
凛とした声は雪に吸い込まれることも無く辺りに響く。
十二の姿が跪くのを見て取った晴明。
「撃・・」
ササッと飛び出す十二の姿は人の目には留まらぬ速さである。
辺りに積もっていた雪が怒涛のような音をたてて崩れ落ちてくる。
押し寄せる雪崩が晴明を押し流そうとした瞬間ピタッと流れを止めた。
「隠・・」
何事も無かったように穏やかな表情で発した言葉と共に十二の姿は消え去って言った。
ホゥーッと大きく息を吐き出すと再び表情を引き締める。

「・・慈」
新たな声を発しながら五つの珠を押さえて行く。
「正・天・慧・法・真」
再び桔梗の印を空間に作り出した後呼び出すのは大日如来の元で働く十二神将である。

「宮毘羅・伐沙羅・迷企羅・安底羅・頞儞羅・珊底羅・因達羅・波夷羅・摩虎羅・真達羅・招杜羅・毘羯羅」
仮にも神の領域に存在する神々である。
心を奮い立たせるように晴明は発する。
「招喚・・」
晴明の周りに現れたのは黄金色に輝く十二の様々な姿

「森羅万象遍く照らす大日如来に仕える神々よ。
この地は大日如来の本願地である。
前には恒に従う摩利支天もおられる。
只今この時よりこの地において桔梗の印を保ち操る者と意を同と成し付き従う事を誓願せよ」

晴明の声に黄金色の輝きが晴明を包み込む。
「恕・・」
黄金色の輝きは広がり辺りに砕け散っていた雪を覆い隠しやがて静かな雪原と化して行く。
最早見える風景は穏やかな冬である。
「翔・・」
黄金色の輝きは空に向かって昇りながらその色を消し去って行く
見上げる晴明・・・その時記憶の中の何かが弾けるのを感じた。

ー あの時 −
母様は確かにこう言った。
ー そなたは神になる −

まさか・・な
いや確かに・・・それにしても まさか・・な

苦笑いを浮かべながら濡れた足を気にするでもなく庭から上る晴明であった。

彼が真の神となるのはもっとずっと後の事でございます。

2015/06/11(Thu) 15:01 No.218

夢幻草紙(1)
ペン
時は延暦の事でございました
 桓武の帝の強い望みによって新しい都が造られたのでございました。
その都が「平安京」と名づけられてから百年以上が過ぎたのでございます。
都から遠く離れた西からも東からも何やら不穏な風が吹いて来るようになったのでございます。
新しい力が芽を出し次第に勢力を拡大し始めた・・
都人は華麗な毎日を送りながらも心のどこかに不安の雲が湧き出してくるのを止める事は出来なかったのでございます。
そんな都を守る為陰陽寮に出仕して活躍をされていたのが賀茂忠行様でございました。
神武帝の頃から皇と深く関わりを持つ血筋で不思議な能力を持つ者が数多くいらっしゃる一族でもございました。

或る日の夕方の事でございます。
陰陽寮からお戻りになられた忠行様は寛いだご様子で庭を眺めていらっしゃったのでございます。

「お師匠様 女人の訪ね人が来ております」
修行の為忠行様の家に寝起きし雑事をこなしている者の声がした所からこのお話は始まるのでございます。



2015/05/20(Wed) 14:32 No.202

夢幻草紙(1)神草の香
ペン
忠行の前に音も無く座した女人の横には陰のように寄り添う小さな女童がいた。
「ふむ」
忠行はじっと女人を見つめながら心の中でつぶやいた。
「人と人で無い者の区別もつかんとは情けない
まったく・・あの者たちは毎日何を学んでおるのやら」
女人はその心の動きを察したように唇の片方で微笑んだ。
「兄様」
女人が忠行に声をかける。
「なに?」
忠行の心の動揺にあわせたように辺りに花の香が漂い始める。
「神草か?」
本来のこの花は香を殆ど持たない。
神に捧げられる花として多用され占いにも欠かせない時期が有った。
「そなたは桔梗か」
忠行は思い至ったように女人に語りかけた。
「思い出して頂けましたか」
桔梗と呼ばれた女人は涼やかに笑うと単衣の袖で口を押さえた。

十年以上も前のこと
忠行の妹であった桔梗は吉野の修験者について何処とも知れず賀茂の屋敷を出て行ったのである。

「随分と久しいではないか
しかし そなたが桔梗自身でないことは解っておる。
何が望みでここへやって来たと言うのだ」
更に濃くなる神草の香を感じながら忠行は問いかける。
「詳しき事は申し上げられませぬがこの者をこちらで育てていただきたいと」
女人は脇に座している女童を押し出すようにして答えたのである。
「むっ」
忠行はじっと女童を見つめる
「こちらは人のようだな。」と思う。
「兄様 どのような事が有りましょうとも桔梗は賀茂の家の者でございます。」
桔梗と名乗る人ならぬ女人は忠行に語る。
「この者の名はなんと言うのだ?」
「兄様 今の所はこはると申します」
「今の所?」
忠行は女人の言い方に疑問を感じ更に女童を凝視した。
「なるほど・・古の書物で読んだ事はあるが真に存在するのだな」
「兄様 お分かりいただけましたか」
今で言うところの「透視」が得意の忠行である。
衣服の下にある物を見通すくらい訳のない事だったようである。
「して・・そちらの名はなんと言うのだ」
「兄様 あきのぶと申します」
「ほう なかなか・・」
「兄様 この者は水の気が支配しております。
五行を備えさせて互いに活きるようにしておかないとなりませぬ」
「桔梗 名の事は解った。この屋敷では男童として育てて良いと言うことだな」
「兄様 こはるはいつか消えるかと思います」
その言葉に忠行は驚きを隠せなかった。
「桔梗 どこでそのような術を覚えたのだ。
今は何処にいるのだ」
女人は笑みを浮かべながら答える。
「信太に住んでおります」
「和泉の国か?」
「兄様 東にも信太はございますれば」
女人は忠行ににっこりと笑いかけた。
「兄様 この姿のままで居られる刻があまりございません。
この者をよろしく頼みます。
やがて都に大きな騒ぎが起きます。
その時に都を守るのはこの者でございます」
「私では駄目なのか?」
忠行は少々プライドを傷つけられたらしく機嫌悪そうに尋ねた。
「兄様がいつまでもお元気でこの世におられるはずもございません」
シャラッと女人は言ってのける。
「ふむ・・たしかに」
「兄様 くれぐれもお忘れなきようにお願いいたします。
桔梗はどのような事になろうとも賀茂の娘でございます」
言い終えると同時に姿が少しずつ薄くなって行く。
神草の香が一瞬濃くなったと感じられたがそれも消え女人の姿は忠行の前から消えていた。
「もっと聞かなければならない事があったのだが・・」
忠行は一人呟くとじっと自分を見上げている女童姿を見つめた。
「桔晴と明将・・か」

それはこの国が大きく変わっていく発端となるあの「乱」が起きる十年前の出来事でございました



2015/05/21(Thu) 16:29 No.203

夢幻草紙(1)
ペン
何度目かの春が過ぎ幾つかの冬が通り過ぎて行ったのでございます。
当初 忠行様は桔梗が置いていった童に陰陽道を伝える気持ちは無かったのでございます。
忠行様には後を伝えるべき御子がいらっしゃったからでございました。
幼なき頃から鬼や妖かしを見る事ができる才能溢れる御子でございました。
桔梗が「都を守る者」と言ったのは遠い未来に備えての事で忠行の年齢を危惧しての事だと考えていたのでございます。
その為 童は忠行様が牛車で出仕するときに共として同道するくらいであったのでございます。
ところが・・
ある晩の出来事からこの方針は一変したのでございました。
それがあの百鬼夜行との遭遇でございます。
忠行様が感じられない程の微かな妖しの気配を逸早く察知して忠行様に申し上げたのでございました。
忠行様の御子に勝るとも劣らないこの能力に忠行様はただならぬ物を感じられて以後陰陽道を伝えて行く事になったのでございます。

2015/05/26(Tue) 10:47 No.204

夢幻草紙(1)命の狭間
ペン
桔梗が置いて行った童も流れる年月の中で大人に変わろうとしておりました。
賀茂の屋敷から殆ど出かけないで過ごしていたのでございますがいつの頃からか殿上人の噂に上るようになっていたのでございます。

内裏では毎晩宿直(とのい)が行われております
所謂 不寝番なのでございますが特に何をする訳でもないので長い夜をいかに過ごすかが課題でございました。
或る宿直の夜のことでございます
一人が噂の口火を切りました。

「そなた達 賀茂の屋敷の姫を見た事があるか?」
退屈をしていた者たちがその話に乗りました。
「賀茂のと言う事は忠行様の屋敷のことか?」
「さよう!何でも抜けるように白い肌を持ち輝くような黒髪を持った見目麗しい姫だそうなのだが・・」
「ほう そのような姫が忠行様の屋敷に居られるとは初耳ですなぁ」
この二人の会話に少し離れていたところに居た一人が輪に入ってきました。
「いやいや 私が聞いたのは男童と言う事ででございましたが」
「それは不思議なことですな。もっとも物の怪や妖しに関わる陰陽師風情の屋敷内のこと。
どちらでも構わぬといえば構わぬ話でございますな」
「男童とか姫とか・・忠行様は狐にでも化かされているのかも知れません」
「陰陽寮の頭が妖怪に化かされていると申すか?」
「まさか そのような事も無いと思いますが」
「確かに 確かに」
後は笑いで収まる他愛も無い会話で時間をやり過ごしていたのでした。

このような噂話と言うのは面白いに越したことは無いのでございます。
それは都に住む下々の者とて代わりは無いのでございます。

「聞いたか?狐が化けて出たそうだ」
「なんでも美しい女人の姿で忠行様を化かしたそうだ」
「青白い光が東の空へ飛んで行ったそうだ」
「化かした狐が忠行様のお屋敷を乗っ取ったそうだ」

広がりは止まることを知らず更に尾鰭がついて際限なく人々の口に上って行ったのでございます。

2015/05/26(Tue) 11:20 No.205

夢幻草紙(1)命の狭間
ペン
秋の短い陽射しが消えかかる夕刻の事
父である忠行から見習いとして陰陽寮に出仕を命じられていた保憲は務めから戻った屋敷で濡れ縁に座して庭を眺めている明将の姿を見つけた。
弱い陽射しでさえ突き抜けてしまいそうな白い肌の明将を見つめながら「噂と言うのは侮れないものだな」と一人呟いたのだが明将の足元で蠢く物をみて驚愕したのであった。
「何故この屋敷内にあのような物が居るのだ」
明将の足元で蠢いていたのは数知れない妖しや物の怪達であった。
保憲に気がつかないのか明将は柔らかな微笑を浮かべながら空に向かって右手を差し伸べた。
その指先に向かって飛んでくる真っ黒な鳥の姿。
大きな羽を広げて一直線に飛んでくる。
「明将!」
反射的に保憲は飛んでくる鳥に呪を打った。
明将の指先で鳥は木端微塵に砕け散った。
それと同時に明将の足元に居た数々の物の怪達も姿を消した。
「明将 大丈夫か?」
保憲は明将の右手を掴んで問いかけた。
「何と儚げな・・・このような体で今日まで父上の教えを受け止めてきたのか」
陰陽道の教えを学ぶと言うのは精神的にも体力的にもかなり過酷である。
その事は保憲自身が良く解っていた。
賀茂の家を継ぐべき者として明将よりも早くから忠行によって伝え教えられて来ていたからである。
「よくもまぁ 持ちこたえているものよ」
保憲は労わるようにそっと明将の腕を袖で包み込んだ。
ふと明将の視線を感じる・・・
自分を見上げるその瞳の中にたとえ様の無い悲しみをを見つけた保憲は柄にも無く狼狽したのであった。
「なぜ そのような悲しい目をする」
「私の友が・・」消え入るような声で明将が答える。
「あれが友だと言うのか!」
明将はあの物の怪が友だと言うことなのか。
保憲の頭は少々混乱をきたしていた。
---そもそも賀茂の屋敷の中に何故妖しや物の怪が入ってこられるのだ----
「いつもこのように物の怪達はそなたの元へやってくるのか?」
保憲は出来るだけ落ち着こうと努力しながら言葉をかけた。
「はい 他に友もおりませぬゆえ・・」
明将の声は相変わらず小さい。
「そなたが呼び寄せたのであろうが物の怪達はなぜこの屋敷に入ってこられるのだ。
そなたの呪が父上より強いとも思われぬ」
これは保憲にとっては大問題である。
万が一にでも明将の呪力が上となったら今まで自分がやってきた修行はなんであったのか?
己の無能を証明される事となる。
「保憲様」
明将はそんな保憲の気持ちを知ってか知らずか穏やかに声を発する。
「ここへきている者たちは都に害をなす物ではありませぬ」
「妖しや物の怪は皆害を為すのではないか?」
「保憲様 中にはそのような者もおりましょうが数多くの者たちはそのような事は致しませぬ。
皆この都に住む人々と同じなのです」
「しかし・・妖し恐ろしいと感じ気分が悪くなって臥せる者も有る」
「保憲様 それは人の都合と言うものではありませぬか?あの者達だとて人から害を為される事は有りますゆえ・・どちらとも分け隔てがあってはならないのではございませぬか」
・・・・このような思いを持つものがここにいたのか・・・
保憲は明将を黙って見つめているしかなかった。

「ご覧くださいませ」
明将が空を指す
その先に目をやればいつの間にか月が顔を出していた。
「良い月でございますなぁ」
何事も無かったかのように明将が囁く。


池に落ちた小石が小さな波紋を作り丸く円く広がりを増して波濤となって幾重にも都へと押し寄せて来る僅かばかり前の秋の夕刻の事でございました


2015/05/28(Thu) 11:56 No.206

夢幻草紙(1)再び神草
ペン
寒さが厳しくなったころの事でございます。
都から何人もの武人たちが東国へと向かう事となったのでございました。
東国までの道のりは遠くその間に数多くの土豪たちも都の武人と道を同じくしたとの事でございました。
東国で兵を挙げた平将門を討つ為でございます。

東国での争い事は元々は内輪もめであるっと都では考えておりました。
それが一転して帝への反乱と思われるようになったのは将門が「新皇」と名乗ったのがきっかけでございます。
一人の巫女の宣託によってと伝えられておりますがこの巫女がどのような経緯でこのような宣託をしたのか・・詳しいことは解っていないのでございます。
新皇と名乗ってからの将門は連戦連勝を重ね東国一体を束ねたそうでございます。
都から出かけた数多くの武人・東国に点在していた土豪たちは何度も将門に挑んだのでございますが悉く敗退したのでございました。
騒然となっている都から旅立って勇猛果敢に戦いを挑んだのが「藤原秀郷」様でございます。
瀬田唐橋に住んでいた龍神の願いを聞き入れ大百足を退治したと言われるお方でございます。

都でも調伏の祈祷が寺院・神社で行われ陰陽寮でもこうした対策に忙しない日々を送っていたのでございます。


2015/05/30(Sat) 13:57 No.207

夢幻草紙(1)再び神草
ペン
それから幾日が過ぎましたでしょうか。
賀茂の屋敷では忠行様が明将に学を伝えておりました。

「ん?」
何か違和感を感じた忠行は目の前に座している明将に視線を向けた。
いつもスッと背筋を伸ばし真直ぐにこちらを見ている明将の姿が前に傾いでいるように見える。
「明将?」
忠行は声をかけてみたのだが返事はない。
「明将!!」
忠行は腰を上げて明将の肩に手を置いてみる。すると・・
何の抵抗も無く明将の体が崩れ落ちて来たのである。
「誰かあるか」
忠行は人を呼んだ。
そこへ通りかかったのが保憲であったのは幸なのか不幸なのか・・
「父様 いかがなさいました」
「明将をそこへ」
「奥へ連れてまいりましょうか?」
「ここで良い。少し気になることが有る」
忠行の言葉に従って保憲は崩れ落ちたままの明将をそっと抱えるようにして床に横たえた。
その時保憲は微かに神草の香を嗅いだ気がしたのである。
「感じるのか?」
忠行は保憲に問う。
「はい 僅かではございますが神草の香が・・」
「やはり・・な」
忠行と保憲はじっと明将に視線を送る。
ぼぅっと陽炎が立ち昇ったように明将から幼い姿が浮かび上がってきた。
女童のようである
「桔晴?」「こはる?」
さすがに二人はこの異変にも騒ぐような事は無かったが驚きは隠せなかった。
------なるほど これが父様が私にこはるを娶らせなかった理由か-----

これは保憲の心の中の声でございます。
このお話は別の機会にいたしましょう。
さて・・今はこの異常事態を進めることと致します。

「兄様」
声が聞こえる。
幼い桔晴の声ではない。
「桔梗か?」
忠行が空に向かって声をかける。
「兄様 さようでございます。
都を護る為桔梗はこの者を受け取りに参りました」
「明将を連れて行くのか」
忠行は語気を強めた。
最初と話が違うではないか・・この者は都へ置いておくのではなかったか・・・
「兄様 それは違います。桔梗に必要なのは桔晴でございます。
その為今日まで女童のままでお預かり頂きました。」
「ふむ これは桔梗でもあったのだな」
「そのようにお考え下さっても宜しいかと・・」
忠行と保憲の目の前に立っていた女童がニッと笑った。
「それではあまり猶予がございませんのでこれでお別れでございます」
「そなたはいつも刻が無いのだな」
皮肉の一つも言いたくなる忠行であった。
「申し訳ありませぬ。桔梗は最後まで賀茂の家の者でございますれば・・」
女童の姿が二人の目の前で薄くなって行く。
やがてかき消すように姿が消えると青白い光は東へと向かって飛び去って行ったのであった。

「なんとも不思議なことを覚えたものだ」
忠行は光が消え去った東の空を見上げながら一人呟いた
だから女人は恐ろしい・・と思ったかどうかは定かではない。
陰陽師たる者 心の中など誰にも見せない物なのである。



2015/05/30(Sat) 14:34 No.208

夢幻草紙(1)
ペン
平将門が藤原秀郷様の矢によって討ち取られこの世を去ったのは間もなくの事でございました。
さすが矢の名手とお思いになられますか?
そのような単純なお話ではなかったようなのでございます。

南風を味方につけた将門の兵は鬨の声も高く都の陣へと押し寄せ次々に柵は破られて行ったのでございます。
すっかり腰が引けてしまった都の兵は逃げ出す者まで出てくる始末・・情けないことでございます。
ところが一転して風の向きが変わったのでございます。
冷たい北風が強く吹き始め将門の兵は苦戦を強いられる事となりました。
今こそ好機!っと秀郷様は馬上の将門に向かって矢を向けたのでございました。
ヒュッっと鋭い音をたてて矢は将門に向かって飛んで行きます。
けれどもこの矢は将門の頭上を通り抜けてしまうはずだったのでございます。
「ぬかったわ!」外れたことは誰より秀郷様ご自身が解っておりました。
矢を放った瞬間に秀郷様は次の矢を番えていたのでございます。
ところが矢が頭上に迫ったと同時に将門の馬が何かに驚いたように後足で立ち上がったのでございました。
振り落とされまいと手綱を絞る将門・・
頭上を飛び越えるはずだった矢は将門の額を貫いたのでございます。
馬は何に驚いたのでございましょうか。
なぜこの瞬間だったのでございましょうか。
誰も答を出すことは出来なかったのでございます。
唯一つ 将門の兵も都の兵も辺りに響く幼い子供の笑い声を聞いたと語っている事だけは確かなのでございます。

こうして討ち取られた将門の首は都へと運ばれて獄舎の門に晒される事となったのでございます。


2015/06/02(Tue) 10:57 No.209

夢幻草紙(1)晴明誕生
ペン
「母様が・・」
明将が濡れ縁で空を見上げて小さく呟いた。
隣で東の空を見上げていた忠行はじっと明将を見つめながら
「ん」と顎を引くのであった。
「逝ったか」忠行は誰に言うでもなく呟いた。



獄舎の門の将門の首が晒されてからというもの都は不安の雲に覆われておりました。
何しろ三月もの長い間首は腐ることも無く訳の解らない事を叫び続けているのでございます。
将門は遠いとは言え仮にも帝と血の繋がりのある尊い血筋でございます。
その将門の首を切ったのでございますから祟りが有るかも知れぬと人々は噂しあっていたのでございます。
そのような日々が過ぎて行き季節は春から夏に差し掛かっておりました。
将門の首の前に女人が立っているのを見たと言う者が現れたのでございます。
「我も見た」と言う者は日を追う毎に増えてまいりました。


「やって来ているな」
忠行は側にいる保憲を見る事もなく言った。
「はい 近づいて来ております」と保憲
「近いな」
その声と同じくして「お頼み申します」と女人の声が・・・
「来たな」忠行は保憲を伴って部屋の奥に座した。
「師匠様」
明将が忠行の後ろに座した。
「お願いがあってまいりました。これが最後になろうかと・・」
濡れ縁に陽炎のように立ち昇って姿を現したのは桔梗であった。
「ふん そなたはいつもそればかりであるな」
忠行は少々皮肉めいて言う。
「私の愛しい想い人を頂いて行きたくお願いに参りました」
-----そうであったか。
たしかにそこへお考えが及ばなかった我も未熟であった-----
しかし忠行は都を護らねばならぬ立場である。
「都に刃を向けた者を開放する訳にも行かぬ」
冷たく忠行は答えたのであった。
「兄様 このまま都で晒され続ければ愛しい想い人は妖しか怨霊となって今度こそ都に仇為すようになります。
それは望む事では有りませぬ」
「たしかにな」
「それでは連れて参って宜しいのですね」
桔梗の顔に笑顔が浮かぶ。
「ふん 桔梗よ
この度こそ刻が無かろう。いつまでもその形を成していられるとは思われぬな」
「さすがは兄様 確かに桔梗の念に残されているのは後僅かでございます」
「この世に残すべきものが有るのなら急ぐ事だ」
忠行の言葉に桔梗は忠行の背後に座している明将に手を差し伸べた。
「明将 こちらへ・・私の持っているもの全てをそなたへ伝える決めたのです」
音も無く近寄った桔梗と明将の手が触れた瞬間屋敷内の刻が止まった。
吉野の深山の木々が嵐の中のようにざわめき深海の異形の生き物が蠢いた。
伊勢の海は荒れ 怒涛は岩を砕き飛び散った飛沫は珠となって宙を舞う・・・
「わが屋敷内でこのような事があって良い物なのか」
忠行は呆れてしまった。
目の前に広がる光景を確かにこの目で見ている。
それは疑いの無いことであった。
やがて・・・
天空から静かに舞い降りてくる金の花弁が床を覆い隠しそして・・・消えた
ホーッと忠行の口からため息がこぼれる。

「終わりました」
「兄様 それでは想い人と共に東国へ参ります」
桔梗の声に我を取り戻した忠行
「東国へ行ってどうしようと言うのだ」
「東の都を護る事が望みでございます」
いたずらっ子のような笑みを浮かべて桔梗が答えた。
「東に都があるのか?」
「ございます」きっぱりと桔梗は言った。
「もっとも・・・兄様はもちろん保憲様も明将も現世からは居なくなった世ではございますが」
「最後に尋ねる」
忠行が言う
「そなたの想い人の事を明将は知っておるのか」
「いいえ 兄様 知って恨みを持てば何時の世か東の都を倒そうと転生を繰り返すやも知れませぬ」
「そうか」
忠行は痛ましげに明将に視線をうつす。
「して・・・刻が無いのであろう?」
思い切ったように忠行は言った。
「はい 兄様 それでは参る事に致します」
「想い人をしっかりと抱いてゆけ」


忠行様の声と同時に桔梗の姿は消え跡に残されたのは忠行様 保憲様 そして明将の三人だけでございました。
やがて都の空に高らかな笑い声が響き渡って将門の首は飛び去って行ったのでございました。




2015/06/02(Tue) 12:24 No.210

夢幻草紙(1)晴明誕生
ペン
「あやつは何か変わった」
保憲は明将を盗み見るように眺めては一人呟いた。
当の明将は濡れ縁に座して相変わらず妖し達と戯れている。

あれから暫くたった梅雨の晴れ間であった。
忠行が陰陽寮から戻ってきたようである。
保憲は見習いであり明将は出仕の資格も得ていない。
「師匠様」
明将が忠行に声をかけて対峙するように向きをかえた。
「何か用か」
「はい 師匠様。
先日来お話いたしましたようにこの時期に出かけたいと思います」
「吉野に行くのか」
「やはり一度行って来たいと思っております」
-----吉野だと!何時の間にそのような事を決めていたのだ------
蚊帳の外になっているような疎外感を保憲は感じた。
「ふむ それも良かろう。
まだ出仕はかなわぬのだから良い時期なのかも知れぬ」
忠行は視線を空へと向けて答えた。
その眼のおくには少しばかりの不安が浮かんでいる。
「どのような事になるやは解りませぬが訪れてみたいと思っているのでございます」
「そうか 決めて居るのなら行ってみるが良い。」
唯一つ・・っと忠行は言葉を続けた。
「名を替えてからの出立に致せ」
「名を・・でございますか?」
「そなたは陰の気が強すぎるのだ。重ねて水の気に支配されておる。
名によって陽を補う必要がある。」
「師匠様がそのようにお考えでございましたなら如何様にも・・」
「桔梗もおらぬ。桔梗の想い人も居らぬのだ。
そなたは呪から解放されて良いと私は思うのだ。」
幼くして二つの名を持っていた明将。
名に執着を感じることも無かった。
「師匠様 それでは」
「ふむ 二つの名からこの世に残らなかった者は消し去ろうではないか。
今日からそなたは晴明(はれあき)と名乗るが良かろう。
陽を二つ重ねれば陰の気も薄まろうと言うものだ」
「晴明でございますか?」
「そうだ晴明 陽の光のような名ではないか」

------晴明だと!なんという名をつけるのだ!あのくそ親父-------(このように思ったかどうかは解りませぬ。何しろ保憲様も陰陽師の端くれ 心の中などどなたにも見せはしないのでございます)

一方こちらは明将 全く動じる様子も無い
「ありがたく存じます。
師匠様 それでは早々に出立したいと思います。」
「ハッハッハ」
忠行は珍しく声を上げて笑った
「刻が無いか?母親譲りだのぅ」
忠行の言葉に明将・・いや晴明の白い肌がポッと赤らんだ。
「申し訳ありません。気が急いてしまうのでございます」
「良い良い 道中達者でな」

こうして晴明は吉野へ向かって旅立ったのでございます。
後に安倍晴明として世に出るまで二十年も前の事でございます。
晴明を「せいめい」と読むのは有職名でございます。
陰陽寮に宮廷陰陽師として出仕してからそのように呼ばれたのでございます。
「安倍」はどうしたか?とお尋ねになられるのでございますか
それでは蛇足とは思いますが以下で語らせて頂くことに致します。





2015/06/02(Tue) 13:11 No.211

夢幻草紙(1)蛇足ではございますが
ペン
さてさて「安倍」のお話でございます
これが大変なお話で・・実のところは何も解っていないのでございます。
この姓は孝元天皇の皇子を祖とする皇別氏族の姓でございました。
晴明様が活躍なさった時代以降は安倍と言えば晴明様の流れ・・となったようでございます。
斉明天皇の御世に蝦夷まで征伐に向かった阿倍比羅夫に連なるとも言われておりますが晴明様が真この氏族の一人であるかは解らないのでございます。
そもそも陰陽師は誰でも出来るお仕事ではないのですが陰陽寮の頭になってもその官位は低いものでございました。
ましてや見習いにもならない頃晴明様がどのように呼ばれていたかは闇の中なのでございます。
晴明様が陰陽寮に出仕するようになるのは四十歳を過ぎてから・・・
忠行様がこの世を去られてからと思われます。
かなり遅い出世なのでございますが出仕以前からその名は広く殿上人に知られていたようでございます。
賀茂の家に居たころ「賀茂」を名乗ったのか「信太」を名乗ったのか・・・
不思議のままに残しておく事もまた歴史と言う物なのかもしれません。

さてさて
吉野へ向かった晴明様は数年の後都へ戻ってまいります。
その後賀茂の家を出るのでございます。
歴史の表舞台に飛び出すまでのお話はまだまだたくさんございます。
そのお話は夢幻草紙(2)でお伝えする事に致しましょう。
なぜそのような事を知っているのか?でございますか
それこそ誰にも申し上げられないのでございますよ

2015/06/02(Tue) 15:20 No.212





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