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「硝煙の海」談話室

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[159] 終戦直後舞鶴湾佐波賀に隠れていた軍艦を目撃
From:菊池金雄 [/]

私の船(2A型向日丸=むかひまる)がソ連参戦時、北鮮の羅津港でソ連機の猛爆撃にさらされ危機一髪で脱出。元山向け退避中、ソ連雷撃機に追撃され、同航の第82号海防艦が不運にも轟沈したが、本船は荷役半ばで喫水が浅いため敵の魚雷が船底を素通りしたため難を逃れ、元山から残存船団でS20年8月17日無事舞鶴湾に辿り着いた。
その際、佐波賀の岸に船形の枯れ木の小山を目撃し、双眼鏡で確認したら軍艦のようであった。われわれは命からがら帰還したのに、敵と対戦せず隠れていることに不信を抱かざる得なかった。
数日後、該軍艦が舞鶴に入港してきたので「酒匂」と確認。たまたま親友に同艦乗り組みの方が居るので取材した概要を以下に記す。

軽巡洋艦「酒匂」の就役
戦局の変化により、「阿賀野」級4番艦「酒匂」は建造中に防空軽巡へと転用された。これにより、「酒匂」の水偵設備、雷装は全廃され、代わりに長8cm連装高角砲が各舷5基、両舷計10基まで増設された。
「酒匂」は昭和19年11月30日佐世保海軍工廠で竣工したが、すでに連合艦隊は戦力としてのまとまりを失っており、また訓練航海を行なう余裕など残ってはいなかった。結局「酒匂」は燃料不足で実戦に参加すること無く舞鶴へと回航され、終戦を迎えた。
当時日本海側の各港湾も米軍投下機雷で薄氷の海だったが、幸い若狭湾の小浜港に着いたものの隠れる場所もなく、舞鶴向け機雷の海を17ノットで突破し、隠れ場所を佐波賀に設定した。
カムファージには艦全体に網を張り、乗組員がその上に山の成木を伐採して覆った。当時、日本海側にも米艦載機の跳梁があったが、発見されずに生き残り唯一の軍艦となった。

戦後の顛末
戦後、「酒匂」は武装を撤去して復員船として使用されたが、この際に「水偵デッキが残っていれば、多少
は風雨を防ぐ足しになっただろうに」と復員関係者が嘆くという、皮肉な結末を迎えている。
 その後「酒匂」はビキニ環礁での原爆実験の供試艦として米海軍に引き渡され1946年7月1日同実験が行われ、翌二日後沈没した。

軽巡洋艦「酒匂」 防空巡型諸元

 基準排水量 : 6,500t
 公試排水量 : 7,500t
 全長    : 174.5m
 最大幅   : 15.2m
 吃水    : 5.6m
 機関出力  : 100,000馬力
 速力    : 35kt
 航続力   : 6,000浬/18kt
 兵装    : 15.2cm50口径連装砲×3
         (前部2、後部1)
         8cm60口径連装高角砲×10
         (舷側各5)

2006年11月04日 (土) 19時36分


[167] アトランタ級軽巡洋艦
From:太田守人 [/]

酒匂が所属した、阿賀野級軽巡洋艦は水雷戦隊旗艦用として建造されました。日本海軍は,5,500T型と言う軽巡洋艦を8・8艦隊計画で大量に建造しました。ところが、駆逐艦の高性能化により旗艦の軽巡洋艦の方が、荒天等では駆逐艦より難渋すると言う結果になって、阿賀野級が計画されました。
5,500T型に対抗するのが、アメリカのオマハ級軽巡洋艦です。こっちは、お金持ちなので7,000Tありました。
海軍無条件時代になって、日米とも軽巡洋艦の旧式化、陳腐化が大問題になりました。日本は阿賀野級,アメリカはアトランタ級を建造しました。いずれも、水雷戦隊旗艦用です。そこで、コレスポンドとも言うこの軽巡洋艦群ですが、日米でコンセプトはまるっきり違いました。
日本は、敵駆逐艦をやっつけるため,6インチ砲を採用しました。日本海軍は、6インチ砲の砲弾は,重すぎるので発射速度が落ちるとして、軽巡洋艦には14cm(5.9インチ)砲を採用しましたが,その問題のある6インチ砲を復活したのです。しかも、最上級のように自動装填でありません。全部人力装填です。今でも、阿賀野級の主砲には、海軍はバカでないの?と言う指摘があります。
これに対し、アメリカは駆逐艦が雷撃のため、日本の戦艦部隊に接近して突撃するには、日本駆逐艦より日本の急降下爆撃機が障害になる。と見ました。そこで、主砲を5インチ38口径両用砲としました。
アトランタ級は、ミッドウェーから海戦に参加して、空母の護衛を始めました。
アトランタ級がその真骨頂を発揮したのは、南太平洋海戦においてです。空母ホーネットを旗艦とする、ホーネット空母機動部隊には,この内の一隻サン・ファンがいましたが、日本機をバタバタ打ち落とし、威力を見せ付けました。ホーネットは撃沈されましたが・・・。
朝鮮戦争が始まった時、横須賀にはアトランタ級の一隻ジュノー(U)が在泊していた最大艦で、直ちに朝鮮半島に向かい,北朝鮮軍に艦砲射撃を加え,土砂崩れを起こさせ補給路を遮断しました。
基準排水量6,000T
満載排水量8,100T
出力75,000馬力
速力33ノット
全長165m
幅 16.2m
喫水6.6m
兵装連装5インチ38口径両用砲8機、4連装28mm機銃3基、単装備20mm機銃8基がアトランタの新造時の要目でした。
戦争中は、レーダーや40mm、20mm機銃の増備により、復元性能が悪化したので,魚雷発射管と連装5インチ38口径両用砲を2基降ろしました。
日本海軍には,防空とか防御の意識が大変薄く,攻撃一本やりでした。
日米空母の搭載機もアメリカは戦闘機の率が高く、日本は攻撃機の率が断然高かったのです。アメリカでは、搭載している戦闘機の半分は、艦隊防空に回す。と言うのが常識でしたが、日本海軍は数機を残し、残りは攻撃隊の護衛に使いました。
このため、ミッドウェーでは防空戦闘機が弾切れで補給中に、アメリカの急降下爆撃機に襲われました。
アメリカでは、防空戦闘機は切れ目無く飛ばすのが常識でしたが。

2006年11月11日 (土) 15時55分


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