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[154] ランチターイム 投稿者:yuki (2012年04月04日 (水) 21時24分)



 宿に戻り、泊まっている部屋に続く廊下に差し掛かった時、アスルは眉をひそめた。
 部屋にいるはずのルティカが、廊下の壁に背を預けて立っている。

「なにかあったのか?」

 アスルが尋ねると、ルティカは壁にもたれたまま自嘲気味に肩をすくめた。

「すっかり嫌われてしまった」

 ルティカ本人に動揺や戸惑いが見られないあたり、締め出される理由はわかっているようだった。
 詳しい事情まで察することはできないが、アスルは小さくため息をつく。
 と、音もなく部屋のドアが開いた。

「……着替えるくらい、構わないでしょ?」

 見習い僧服の少女、キャスが、抑揚のない声で呟いてアスルとルティカを見上げる。
 その顔は無表情で、何の感情も見られなかった。

「ん、確かにそれなら締め出されて当然だな」

 それだけが理由ではないだろうと思いつつも、アスルは頷いた。
 探り合いよりも先にすることがある。

「今から昼食を作るが、一緒に食べるか?」
「琴は?」
「戻っているわよ」

 部屋の中から声がして、キャスが反射的に部屋から飛び出る。
 勢いで部屋のドアが全開になり、アスルとルティカにも部屋の中が見えた。
 いつから中にいたのか、部屋の中心に琴が立っていた。

「ごめんなさい驚かせて。右腕の調子はどう、キャス?」

 言葉とは裏腹にあまり悪びれた様子のない謝罪をして、琴がキャスに尋ねる。
 避難したルティカの後ろで、キャスがわずかに首を横に振った。

「まだ痛む」

 愛想のない返事だった。

「気配もなく直接部屋に戻るとは、大した技量だ」

 部屋を覗いて、ルティカがわずかに感嘆の声を上げる。

「問題は技量じゃなく、部屋から入らざるを得なかった理由よ」
「何か問題が?」

 今度はアスルが問う。

「ええ」

 琴は即座に頷いた。

「宿の周りに、武装した人影が数人分見えたわ。人数と装備から見て、あの時村にいた騎士達だわ」

 瞬間、その場に緊張が走る。
 アスルの隣で、キャスとルティカがそれぞれわずかに表情を変えた。
 そのキャスと、アスルの目が合う。その時には、キャスはまた無表情に戻っていた。

「あの転移魔法の部屋、無事だったみたいだね」
「そうだな」

 本心かはぐらかしているのか、キャスはそれっきりアスルから目を逸らして考え込む。
 即座にルティカが提案する。

「ならば、すぐにでも場所を変えるか?」

 ルティカの提案に、琴は首を振った。

「そんなすぐに動いてしまっては、逆に怪しまれるだけよ」

 それはアスルも同感だった。
 ひとまずは様子を見ようと言いかけたところで、小さな手が挙がる。

「ん?」

 まるで解答する模範生徒のように、キャスの左手がまっすぐ挙げられていた。
 ルティカと琴も注視する中、少女は意外なことを提案した。

「昼食、食べよう」

 能天気すぎるともいえる提案に、大人3人が黙り込む。
 しかし、アスルはすぐに言葉の裏が読めて頷く。
 続いて琴音も同じ考えに行きついたのか、「そうね」と同意する。

「”腹が減っては戦は出来ぬ”って言うものね」
「そうは言うが……」

 ただ1人納得がいかない顔をするルティカの袖を、キャスが軽く引っ張る。

「こんな昼間に、向こうが襲撃してくるとは考えられない」

 そう。
 キャスの提案は、大胆に見えて、もっともなものだった。

 ここは首都で、人が多い。ということはここで騒ぎを起こせばあの村よりさらなる混乱が起こる。
 向こうの狙いが何であれ、下手にことを起こせば不利益の方が大きくなるだろう。
 ……向こうが混乱と騒ぎを起こすことが目的であるなら、その限りではないが。

「それに――」

 と、キャスは再びアスルを見る。

「これからの方針も話し合いたい」

 その目を見て、アスルはこのあと始まるだろう腹の探り合いを予期して小さくため息をついた。


 こちらをまっすぐ見つめてくる目は、アスルを敵か味方か判じているようだった。



[155] yuki > (※補足)
・言わなくても大丈夫だと思うけど、キャスはユカリスの偽名です
・今回は視点がアスル寄りなので、本名のユカリスを知らないアスルに合わせて地の文もキャスに統一しました
(2012年04月04日 (水) 21時27分)
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[153] 十二時四十分 投稿者:星ト芥 (2012年02月18日 (土) 03時37分)
 夕凪魔具店。ぶっちゃけ、ただでさえ少ない客は九割五分ここを喫茶店としか思っていないだろう。名前負けとはこのことだ。溜め息以外に何が出る。

「―――ん、いらっしゃい」

 そして、今日も客は少ない。いつものことだ。欠伸以外に何を出す。

「お、今日もガラガラだねぇ」
「言わないでおくれよ」

 涙以外にも何か出そう。

「まぁまぁ、そんなつれないことを言わないでおくれよ。お話を持ってきたんだから、ね」
「いや、君警察局の人間だろう?いいのかい、そんなことして」
「いーのいーの、これでもそこそこエラい立場になったんだからさー」
「……まぁ、長いこと入ってて昇進しない方がどうかしてるか…」
「あの日あの時助けて貰えなかったら、今のボクは居なかったろうしねー」
「ん、まあね…」

 彼女とも結構古くからの付き合いになる。簡単に言えば、奴隷として売られてしまいそうになっていた彼女を行き当たりばったりに助けてしまい、行くあての無い彼女をこの店に雇いこみ、働いてもらっているうちに警察局に就職…語弊も誤謬も承知の上で、ざっくりざっくり話せば大体そんな具合だ。
 それにしても、金で取引できるモノには限界がある。ありとあらゆる事象の解決を財力が請け負う―――こんな腐った、甘っちょろい思想を持ったこの国は、いかんせん好きになれない。

「で、話ってなんだい?」
「おっと、忘れるとこだった」
「何時まで経ってもその物覚えの悪さは改善されないねぇ」
「何さぁ、イヤミー?
 …こほん、さて、忘れる前にお伝えしなきゃねー」

 彼女の顔がいきなり真剣になった。 普段からこういう顔をしていれば中央警察局の人間であるって思われるだろうに。

「ほら、この前ドヴェルグ・サルタ工業前社長ベルゴのおっちゃん逮捕されたじゃん?」
「あぁ、あのことは昨日の事のように思い出せる」
「割と最近だよ!一週間たってないよ!」
「だっけね。…それで?」
「キミだって物忘れ酷いじゃんさー。それで、その時に一緒にいた女の子連中なんだけど―――」
「お、捕まえられたんだ」
「ウチらの機動警察をナメないでおくれー。まぁ、何人かはとり逃しちゃったんだけどさぁ」
「まぁ、逃げるだろうね。公序良俗に反する行為として社会的に認められてないことだし」
「だねぇ。こういうトラブルでもなきゃ捕まえられないし、比較的軽犯罪だから再犯者も多いのさぁ」

 そう言って合成品のスティックシュガーをコーヒーカップに溶かしていく。記憶が正しければ、あのカップには既に四本分のシュガーが入っている。次はココアにしておいてやろう。

「さて、ここで本題。 その女の子を一人、ぜひとも引き取っていただきたいのさ」

 面倒に巻き込みたいのか。それとも、何のつもりなのか。 あるいは僕たちの目的に気付かれたのか…彼女がそこまでの計略を立てているのか?まあいい。それ程悪い話と言うわけでもないだろう。話だけは聞いてやろう。

「しかし何でまた僕の所なんだい」
「だってほら、お客少ないから話し相手が欲しそうな顔してるじゃん」
「そこまで僕の顔はお喋りじゃないと思うんだけどな。彼女もお家に送り届ければいいじゃない」
「いやー、曰く“身寄り無し”なんだそうで。それはそれは不安だなぁと思ってねぇ。縁無き衆生は度し難しって言うしねぇ」
「意味が違う気がするけど、まあいいか。つまり君はその娘をほっとくとまた厄介なトラブルに巻き込まれそうで怖い。そう言いたいわけね」
「流っ石ー。ボクの言いたいことを余すとこなく拾ってくれるねぇ」
「なら初めからそう言いなよ」

 すっと写真を僕に差出し、簡単な紹介を受けた。名前はカリンと言うらしい。それ以上価値のありそうな情報はあまりなかった。詳しくは本人から聞き出した方が手っ取り早そうだ。

「―――で、見たところ彼女が首謀者ではなさそうな感じ?」
「だねぇ。彼女はおっとり屋さんだし、ちゃんとリーダー格の女の子が居たみたいだけど…どうかしたの?」
「いやいや。僕としてはベルゴ社長をあの店に導いた奴が居たと思うのさ」
「―――ふむ」
「あれほど剛毅木訥にして剛毅果断なカリスマ社長が、態々スキャンダルを招くようなヘマをすると思う?」
「まー無いだろうねぇ。実際、ボクらもそれは疑ってるんだ。裏で誰かが糸を引いている。そんな気がするのさ」
「僕は商工連合のどこかが怪しいと踏んでいる。 何か情報はないかな」

 彼女は「あるよ」と言わんばかりに胸を張りながら言った。

「あ、そうそう。今日のお昼ごろに、アルム・コーポレーションがテレビ電波までジャックして記者会見開くみたいだよー。 見る?」
「…表現に問題があるけどいいのかい?」
「いーのいーの、どーせここだけの話なんだからさー。 …で、見る?」
「ああいう格式ばった物事って、どうしても苦手でね」
「だよねぇ。入局時の式典は面倒だったさー」

 そう言いながら、彼女は更にシュガーを足す。マドラーで溶かそうとするも、カップとシュガーがこすれ合う音もしている。間違いなく飽和してるな。

「―――新聞を、待とう。喫茶店にゃ会見の音声なんて、雑音以外の何物でもない」
「りょうかーい。」

 ふと、骨董品の柱時計を見やる。針は、もうすぐ一時を指そうとしている。

「―――あっ」
「何さ?」
「今、“喫茶店”て言った?」
「…うるさい」
 
店内には、変わらず時代遅れのハウスミュージックが流れていた。この魔具店自体が時代遅れなんだ、こうなればとことん時代錯誤してやろう。

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[152] お茶の間にて 投稿者:yuki (2012年02月17日 (金) 03時34分)

 スピーカーからプツッというノイズがし、ヴォルスはそれまで作業していた手を止め部屋の巨大スクリーンに釘づけになった。
 スクリーンに映し出されているのは、アルムだ。
 いくつものマイクを前に、机に両肘をついて猫背気味に構える姿は、とても一大企業の社長には見えない。

「皆様、本日はお集まりいただいてありがとうございます」

 柔和な笑みを浮かべたまま、アルムはマイクへ、スピーカーの向こうへ語りかける。
 ヴォルスはその一言一句を、言葉の端の溜息すら聞き逃さんとするかのように聞き入っている。
 その目は、どこか恍惚としていた。

「まず、何故私がここにいるか。ですg――」

 しかし不意に、部屋のスピーカーからブツンとノイズがして全ての音が途絶えた。
 それまで食い入るようにスクリーンを見つめていたヴォルスも、我に返ったように軽く頭を振る。
 そして未だアルムが無音の会見を続けているスクリーンをよそに、手元の端末のキーを手早く叩いた。

「ベルゴ=フェーゴを丸めこむのにどんなカラクリを使ったのかと思ったら……」

 端末に表示された解析結果を見て、ヴォルスは少し落胆したような溜息をついた。

 ベルゴ=フェーゴのスキャンダルの後、ほぼ即日と言っていいほどのスピードでなされたドヴェルグ・サルタ株の動きは、ヴォルスも把握していた。
 大暴落したとはいえ、元々技術のある会社だ。子飼いにする価値はある。
 しかし、普通はこんな形の合併はあり得ない。落ちたとはいえドヴェルグ・サルタ側にも企業としてのプライドがあるのだ。
 常識的に考えられないこの流れを、アルムはどう作ったのか。

「ふたを開けてみれば、ただの小細工か。……あとで家の者にだけ対策しておくか」

 ほんの僅かに、アルムに人間離れした手腕を期待している自分を意外に思いつつも、ヴォルスは端末での作業を続けた。
 会見の詳しい内容は、あとで録画ファイルからいくらでも抽出できる。

 アルムが仕掛けた小細工の解析結果を保存しつつ、ヴォルスはぼやく。

「ま、怪しまれない程度には騙されてやるか」

 別にヴォルスは、アルムのことは気になるが干渉されたいわけではない。逆に、干渉したいわけではない。
 この大陸でなにが起こっているのか、誰が流れをつくり、何が動こうとしているのか、それを見極められたらいいのだ。

「さて……」

 ひとしきり作業を終え、ヴォルスは大きく伸びをしながら自作の『世界地図』を見る。

「社長は、新しいネズミをどう料理するのだろうねぇ」

 ヴォルスが見つめる3次元ホログラムでは、つい先日大穴が開いた研究所で、再び戦闘が起きていた。

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[151] 切断 投稿者:ももも (2012年02月16日 (木) 02時42分)
――――午後0時30分――――

深く、深く落ちて行く。
2日前、ゼフィス達が脱出の為に開けてあった穴をウーミンは重力に従って落下して行く。
底には日の光に当たって鈍く輝くメタリックな床が広がり、それがウーミンの視界に広がっていく。
地上からその落差は実に40m以上。常人なら死んで当然の高さである。
だがウーミンはその高さを何の器具の助けも無しに、ふわりと着地する。

底に降りたウーミンが目にしたのは床と同じくメタリックな壁や天井や壁に備え付けられた金網の足場、あちこちに残る銃痕、そして――――


「やっぱり、もぬけの殻ってわけないよねー」


今まさに暢気に呟く侵入者(ウーミン)へと銃口を向けている複数のロボット、それが都合20体。
二脚歩行するタイプ、蜘蛛のように放射状の四脚を持つタイプ、戦車に似た下半身を持つタイプなど外見は様々だがいずれも人間サイズで両肩や両手に銃火器や砲らしきものを装備しており、軍事用のそれであることは間違いない。


「動くな」


その中にあって、異質な声がウーミンの耳に入る。
声の主はコンバットスーツに身を包んだ水色の長髪と怜悧な顔に少しだけ幼さを残した女性だった。
その女性にもウーミンには見覚えがある。
「ドヴェルグ・サルタ工業」の「汀(みぎわ)」。
人格データは複製が可能なため、彼女もまた同時に何体も存在することも可能なのだ。
周囲のロボット達はウーミンの記憶が確かならいずれもドヴェルグ・サルタ工業製のロボット兵士だ。
汀もまた、周囲のロボット兵士達と同様にウーミンにアサルトライフルの銃口を向けている。
相手は取引先企業の社員にして旧サルタ工業に勤めていたウーミンであるが躊躇した様子は一切ない。
20を超える相手に対し、ウーミン側の戦力はウーミンただ1人。
ウーミンはそれを確認すると両手を上にして降参のポーズをとった。
それを見た汀は電波で周囲のロボット兵にウーミンを捕獲するよう指示し、最前列にいたロボット兵士2体が汀の指示を受けたまま銃口を向けたまま、金属的な足音を響かせてウーミンへと歩き出す。
ウーミンはその光景を両手を挙げたままじっと見つめ何もアクションを起こさない。
汀はまさか侵入者がウーミン1人だけとは考えていない。
研究所は地上部も厳戒態勢が敷かれており、敷地内に侵入すること自体が困難であり、研究所に侵入する以上、何らかの後ろ盾があると考えるのは当然のことだった。
そして2日前に突破されたばかりとは言え「スパイの墓場」とまで称されたリシェス兵器開発研究所に飛び込むこと自体、自殺行為である。
ウーミンが何を目的にしてここに来たかは汀にはわからないが、詳しい目的や仲間に関してはこれからじっくり聞き出せばいい。
そう判断している間にもロボット兵士たちはウーミンまで後5歩の距離まで近づく。


「!!!?」


その瞬間、『それ』は起こった。
ウーミンへと向かっていた2体、ウーミンに銃口を向けて警戒していたロボット兵士18体、計20体全てが突如として胸部の所で横一文字に切断された。
それらはコントロールと電力を失った機体は次々とその場に崩れ落ちる。
ウーミンが何か動いた様子はない。
それでも明らかに尋常ではない事態に汀はウーミンへと銃口を向ける。
だが、汀からウーミンへの射線は今まさに倒れようとするロボット兵の機体が遮っていた。
ならばと脚力を全開にして倒れる機体の間を潜り抜け、ウーミンへと接近せんとする。
垂直な壁をも駆け登る汀の脚力は今のウーミンとの距離など瞬時に詰め、銃口から放たれる銃弾はウーミンを容易く挽肉に変える。
何をされたのかはわからないが、何かしでかす前に行動不能、最悪殺さなければまずい。
そう判断した汀は即座にウーミンへ攻撃にかかる。
倒れつつある機体の間を抜けると汀のカメラアイは銃撃に備えてか姿勢を低くし、眉をひそめていたウーミンを捉える。
アサルトライフルの銃口がウーミンを向き、汀の指がトリガーを引く―――――その直前、汀のカメラアイは天井を映し、ややあってからズンという音が汀の耳に備え付けられた高性能マイクが拾う。
状況を理解しようとした汀だったが自分の機体の各部のセンサーから送られる情報に絶句した。

下半身は立ったままだが、両腕含む上半身は仰向けに寝転がっているというのである。
先日の敗北もあってセンサーからの情報を鵜呑みにするようなことはせず、汀は自分の身に何が起こったのか視覚情報から瞬時に首を持ち上げる。
汀の視界に映ったのは、胸部から真横に両断された自分の身体だった。おまけに両腕も中程から切断されて転がっている。
少し先には胸部から下半身にかけてを残した自分の機体がその場に立ったままだった。


「あー、汀さんロボットだったんだー…」


一方のウーミンは機械を露出させた汀の身体の断面を目にして少し驚いた様子を見せている。
彼女がサルタ工業に所属していた時分には、まだ汀は完成いしていなかった為、そのことを知らないのだ。
そして次の瞬間、汀の両腕や下半身からの信号が途絶え、前で立っていた機体もうつ伏せに倒れ伏す。

これがウーミンの能力、『切断』である。
彼女は念じた対象を硬度や耐久力を無視して自由に切断する能力を持ち、その効果範囲はウーミン自身を中心に約200m。
集中すれば複数の目標や視界外の対象、例えば箱の中身や視界外の対象であっても『切断』することができる。
また、『切断』した直後は次元的には繋がったままであり、例えば人体を『切断』しても斬られた者に痛みはなく、切り離された腕も自由に動かすことも可能だ。
だが、その次元的な繋がりもウーミンの意思で自由に切り離すことが可能なのだ。
故に、ウーミンから200m以内の距離にいるということは全てを切り裂く剣に裸身を晒していることと同義である。

先ほど20体のロボット兵士全てを一瞬で切断したのも、汀の身体を切断したのもこの能力によるもの。
だがそんなことを知らない汀は未知の力に困惑し、ウーミンを攻撃しようにも両腕も下半身も失い最早攻撃する手段は何もない。


「一体何を……」


ムヴァによって機体に蟻を仕込まれ、動きを封じられた時と同様に疑問が口を突いて出る。


「んー…ごめん、秘密ー」


だが、ウーミンはムヴァと違って種明かしはしてくれなかった。
そのままウーミンが念じると汀の頭部に縦一直線の線が入りその次の瞬間、その中の頭脳回路諸共両断される。
更に次元的な繋がりも完全に『切断』され、汀も周囲のロボット兵士と同様に機能を停止した。
彼女の人格データのマスター版は本社ビルの地下にあるため、これで完全に消滅したわけではなく、本社ビルでは別の「汀」が兵器部のオフィスに向かっている最中なのだがそこはウーミンには関係のないことだ。


「さーてとー…」


汀が人間なら生かして尋問も考えたが、ロボットならその効果はないと判断し、破壊を終えたウーミンは砲撃すら耐えそうな分厚い隔壁に手を触れる。


「よいしょっ」


だが凄まじい強度を持つはずの隔壁はウーミンの『切断』の能力によってあっさりと四角く切り抜かれ、奥側に倒れ伏す。
そこには「ドヴェルグ・サルタ工業」の大型機兵課の研究室が広がり、廊下側の入り口から兵士が詰めかけようとしているところだった。


――――研究室内のデジタル時計には午後0時33分と表示されていた。
ドヴェルグ・サルタ工業の謝罪会見まで、そしてアルムの登場まで残り30分を切っていた。

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[149] 蠍と蛇と 投稿者:はくろ (2012年02月14日 (火) 23時14分)

「えー。たいちょぉ?すみやかなる状況説明をお願いしますよ」

屋台が立ち並び、賑わう通り

活気のある街並みながら、どこか厳かな風景

窓から外を見渡せば嫌と言うほど目に入る、シンボルをつけた人、人、人……



これらを幾度となく目をぱちくりさせながら見渡したフィエルテ王宮騎士団アルアクラブ隊隊員、アコルデは呟いた。


「こちらも状況を整理中だ……そもそも、何故」

彼の呟きに頭を抱えながら返した色黒の青年、エーヴェルトの脳内は突如我が隊を襲った不可思議な出来事の状況整理に追われていた。
そもそも、何故こんなことになったかというと、今よりほんの1時間前に遡る。


――― 滞在していた村への焼き討ち後、かの傭兵団「七つ星」の残党の少女が消えたと思われる教会を調査していた矢先……。

「なー、これロウソクってんだろ!?百物語やろーよ!!」

焼き跡がついた部屋の中には4つのロウソクが四隅に配置してあり、それも少し前に使用された形跡がしっかりと残っていた。
まるで魔女の儀式の跡の様な何かを感じさせるその光景に、キナ臭さを感じた隊員達は、すぐさま部屋を調査しはじめたのだった。

が、唐突に状況に似合わない朗らかな女性の声が響く。
かのプレアデス討伐後にアルアクラブ隊に編入された新人騎士の一人であるマルシェのものだった。

「ばーか!怪談話する場でもねーよ」
「マルシェさん、任務中ですよ!?」

他の隊員達は今度は何をしでかしたのだ、と座り込んでロウソクをいじっているマルシェを覗き込む。
は幾ら陽動や奇襲作戦を得意とする部隊であれど、騎士として日夜鍛錬を積み重ねているいわばガチムチ達だ。
そんな彼らが一人の美女を囲んでいる光景はなんともいえない。

「え?もう全部に火つけちまったよ!!ココ寒いし!!」


「「「「「はい??!!!」」」」」

座り込んだマルシェはきょとんとした顔をしてから、にこっと子供のような笑顔を浮かべる。
そして、思わずツッコミを入れた隊員たちが慌てて火を消そうとする間も無く、眩い光が部屋中を包み込む……。


「まあこんなわけで、気がついたら近くの森に居たわけなんですけどね私達………」
「なんらかの転移系魔術なんでしょうかね……」
「まあ、欠員がでなかっただけ良しとしよう……そもそもここはどこなんだ……」

そして何があったのかもわからぬまま、意識を取り戻した彼らの目に飛び込んできたのは、うっそうとした森だったのであった。
がやがやと話し込む隊員たちを横目に、エーヴェルトの目に一際豪奢な大きな建物が飛び込んできた。

(……まさか、ここは)

「そこから歩いて街にきて、宿を取って今ここに至るってわけなんですけど………」
「お、ウニじゃん!ここにもあったとは」
「ばーか、声がでかい!!」

首に光るユスティティアのシンボルを照らし合わせながら、この異変を起こした張本人であるマルシェは子供のようにはしゃいでいる。
いつもならばすかさず注意を入れるはずの部隊長は反応なしで、あいも変わらず状況整理に追われていた。
のだが、はっと何かを思い立ったのか。彼の口があることを動揺に包まれる隊員達に告げた。

「ここは……ユスティティア首都。オレたちは、あの教会に仕込まれたなんらかの大規模魔術により強制転移させられたと見ていいだろう」
「首都!?そもそもなんで、あの教会にこんだけの大人数転送できる術式があるんスか!!!」

静かに話を進める上司に対し、先ず最初に近くにいた隊員が真っ先に驚きの声をあげた。
4カ国の中でも魔術が発展しているフィエルテでも、ここまでの転送魔術はそうそうお目にかかれるものではない。
それがあんな辺境の村に設置されているとは……。一体誰がそんなことを想像できただろう。

「これだけ大きな街ならば情報収集や工作もラクになるが……、首都からフィエルテまでの道のりは長い…。無事に帰れるか心配になってきたな」

ついでにあの少女らが同じ転移魔術を使ったとなれば、もう既にこの首都のどこかに潜伏しているもしくは近くの街へ移動している可能性が強い。
せっかくの好機を逃した上に、厄介なことになってしまった。とエーヴェルトの胃は軋む。

「んでもって、これからどーします?」
「どうするも……、対象をこの首都から探し出すほかないだろう。あと情報収集及び工作も忘れないように」

ようやく落ち着きを取り戻し始めた部下に指示を下すと、窓を開いて状況整理に疲れた頭を外の風で冷やす。
その横からマルシェの顔がずいっと割り込んできて、前に乗り出すと彼女はぱぁっとした顔をしてある一点を指差した。

「あれ、昨日村に居た人じゃない!!?ふぐぅ!!?」
「……どれ」

無邪気にはしゃぐマルシェの口を抑え、その指の先に目を向ける。
彼女の指の先には、服装こそ違えど、確かに昨夜村で見かけたあの金髪の男の姿があった。


――――――――


ユスティティア首都へ、エーヴェルトたちが飛ばされていたその時、
フィエルテ王宮騎士団、「オフィウクス」隊隊長、ライマーの執務室では……

「正義面した愚民共が、かのプレアデス討伐に異を唱えた……と」

包帯を巻いた側近らしき男からそれを聞くや、ライマーは眉を細めた。
ぼろぼろの白い羽根、包帯から覗く色の抜け落ちたプラチナブロンドの髪。
忌々しい“あの男”の為にライマーが用意した最高の嫌がらせにして、忠実なる下僕の一人だ。

プレアデス討伐の裏に進む計画、そしてリシェスからの間者たるナームグァンの処理……。
ここまで万事順調に進んでいたはずなのに、と心の中で悪態をつくと、男の報告の続きを待つ。
片手にもったワイングラスを回す回数が増えていく。焦りはよくないと言い聞かせつつも、悪い予感が一向に消えない。

「それと……」

(ブォン………)

平坦な口調で、話を続ける男の姿が段々と蜃気楼にでも包まれたかのようにぶれ始めた。
男から強い魔術反応が迸り、蜃気楼がやがて明けていく。

「……報告を続けます。ライマー様」

自身の身に起こった異変にすら気づかない下僕の様子に、ライマーは目を見開き、手にしていたワイングラスに力を込めた。
下僕の姿は先程のブロンドの男から、クセのついた茶髪の小柄な女性へと変貌していた。
恐らくは幻影魔術の一種で、今まで姿を騙して見せていたのだろう。


「私を欺くとは、やってくれる……。流石はあの男の双子というべきか」

普段は理知的で通しているハズの“蛇”の顔が醜く歪んだ。






[150] はくろ > 長らく待たせてしまってすみません・・・。
第8隊→ユスティティア首都へ移動 (2012年02月14日 (火) 23時15分)
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[148] ロボット兵と合併と新社長 投稿者:ももも (2012年02月14日 (火) 00時48分)
――――午後0時30分――――

アルムが記者会見を開く30分ほど前。
今混乱の渦中にある「ドヴェルグ・サルタ」工業の本社ビル、地下3階機体保存室。












バッテリーから全身に力が走り、それまでスリープ状態だったボディが機能を開始する。
閉じていた瞼が開き、両のカメラアイが映し出す映像が頭脳回路へと送られ始める。
冷たいメタリックな壁と床。
何の不自由もなくなった両足でその床を確かに踏みしめ、自由な手足が空気を掴む。
両耳の高性能マイクが自身の足音、背後の保存装置の稼働音、目の前で開く自動ドアの駆動音を拾い、頭脳回路へと伝える。
演算(しこう)は明瞭、機体(からだ)は健常。
長く伸ばした水色の髪を揺らし、アメシストの瞳と思考回路に怒りを湛えながら女性――否、女性型戦闘ロボットは部屋を出る。

目指すはビル中層、兵器部のオフィスだ。






――――午後0時45分――――

彼女が兵器部のドアを開けて最初に飛び込んで来たのは見慣れたオフィスと見慣れた社員達、そしてその社員達の怒りと憔悴と混乱だった。
それを見ても彼女に別段、驚きはない。
社員達がこのような状態に陥っている理由は彼女も既に知っている。
そして彼女もまた、現状に怒りを覚えている者の1人である。
近くの社員に挨拶をしながら、辿りついたのはドヴェルク・サルタ工業の兵器部門長カマダのデスクだった。
カマダは丁度何処かとの電話を終えたようで、挨拶して受話器を置くと彼女の方に顔を向けた。


「汀か」

「はい。遅くなりました、カマダ部長」


カマダから発せられた名は有り得ないものだった。
「汀(みぎわ)」というのはドヴェルク・サルタ工業によって作られた女性型戦闘ロボットに与えられた個体名だ。
彼女はリシェス兵器開発研究所においてアンビシオンの間者と交戦の末、敗北し破壊されている。
よってカマダの前に立つ彼女が「汀」である筈がない。
ではこのカマダの目の前にいる女性型アンドロイドはニセモノか?
それともリシェス兵器開発研究所で破壊された「汀」がニセモノだったのか?


―――正解はどちらでもない。
汀は女性型戦闘ロボットであり、感情を持ってはいるが突き詰めると彼女の人格はただの電子情報。
複製やバックアップはそれこそパソコンでファイルをコピーするのと同様に簡単に作ることが出来る。
彼女の人格プログラムのマスター版はリシェス首都、ドヴェルグ・サルタ工業本社ビルの地下のデータセンターのサーバー内に存在し、今カマダの目の前に立つ「汀」も、リシェス兵器開発研究所で破壊された「汀」もその人格データをインストールされて稼働しているだけに過ぎず、例え跡形もなく破壊されてもサーバー内の人格データが無事なら「汀」は存在し続けられる。
そして万が一、本社のサーバーが破壊されたとしても人格データがどこか――例えば別のデータセンターや、稼働中の機体、携帯用記憶媒体etc――に残っていればそれを基に無限に人格データを複製することも出来るのだ。


「現状は分かっているな?」

「はい。送信して頂いた情報で把握しております」


カマダのいう「現状」とは社長フェーゴの逮捕、それに伴う株価の大暴落、ドヴェルグ・サルタ工業が「アルムコーポレーション」が買収・合併されると言うことだった。
これらはドヴェルグ・サルタ工業にとっては「泣きっ面に蜂」どころではなかった。
唯でさえ、リシェス兵器開発研究で秋水漆型の情報を奪われ、責任問題を問われているところに社長フェーゴが未成年買春の現行犯で逮捕の報せが入った。
これには同社の幹部達も震撼した。最悪のタイミングである。

大方の予想通り株価は朝から暴落、本社前には報道陣が、渉外課や窓口の電話にはクレームや問い合わせが殺到しネットの掲示板やブログにも批判の投稿が相次いだ。
幹部達は絶望した。今後の経営は大きく傾くのは避けられなくなった。
子会社や下請け孫請け、取引先との関係も悪化も免れない。

そして同社にとっての災難はこれだけでは終わらなかった。
午前7時30分、ドヴェルグ・サルタ工業に一本の電話が入る。















フェーゴ逮捕の情報が入った際、副社長ユキジ=サルキをはじめとした幹部達は困惑や震撼するのと同時にある疑問が浮かんでいた。


――何故フェーゴが逮捕された?


ドヴェルグ・サルタ工業は「リシェス商工連合」に末席とは言え名を連ねる国内有数の大企業であり、フェーゴはその代表取締役社長である。
当然放送局や新聞社などの報道機関にはスポンサーとなって投資し、警察にも製品を多数納入し、政党や政治家にも献金をすることで『良好な関係』を築いている。


――女を好むのは男の性(さが)であり、多数の愛人を持ったり売春婦を買うのは男の甲斐性。

その認識の正邪はさておいて、有力者が買春に手を出すこと自体はさして珍しいことではない。
報道機関も自分達に投資してくれる企業を悪し様に報道したりはしない。
警察も政治家も、経済活性化に重要な大企業をむざむざ潰すような真似はしない。
彼らからしてみればそんな「些細なこと」には目を瞑り、「良好な関係」を維持して行くのが利口だ。
よって普通ならばフェーゴが例え未成年買春に手を出したところで事が明るみに出るはずがなく、むしろ隠蔽に協力するだろう。
そもそも「現行犯逮捕」ということは警官達が実際に買春を現認したと言うこと。最初からフェーゴを逮捕するために動いていたとしか思えない。
明らかに警察や報道機関に何らかの力が加わっている。
ではその力をかけているのは一体何者なのか?

午前7時30分、ドヴェルグ・サルタ工業の社長室にかかってきた電話で、幹部達はその正体を確信する。
電話の主はドヴェルグ・サルタ工業と同じくリシェス商工連合に名を連ねる大企業、「アルムコーポレーション」社長、アルム・レゾナンス。
そして電話口で告げられた用件はドヴェルグ・サルタ工業の買収である。
最早疑いようもない。フェーゴはアルムコーポレーション、ないしはその一味にハメられたのだ。
電話によれば、既にドヴェルグ・サルタ工業の株式の大部分はアルムコーポレーションが保有済みだと言う。
この報せに幹部達は再び仰天した。
ドヴェルグ・サルタ工業はつまり社長フェーゴが株式の大部分を保有するいわゆる「オーナー企業」だ。
よって残りの株式を全てアルムコーポレーションが保有したとしても実権をアルムコーポレーションに握られ、子会社化することはない。
幹部達はそんな馬鹿な、と端末を操作して株主を照会する。
そもそも他企業からの買収というリスクを防ぐために社長に株の大部分を保有させていたのだ。
その為、筆頭株主はフェーゴで間違いないのだ。
自分に言い聞かせるサルキら幹部達の前のディスプレイが株主一覧を映し出す。
そこにはフェーゴの名は無い。筆頭株主の欄に「アルムコーポレーション」の名が確かに記されていた。

では何故フェーゴの保有していた株式が丸々アルムコーポレーションの手に渡っているのか。
その疑問もアルムによってすぐさま解消される。


「フェーゴ社長との個人的契約で、フェーゴ社長が逮捕や事故、重病などで社長の役目を果たせなくなった場合は僕に全財産を譲渡することになっているんです。コピーで良ければ契約書を送信しますよ」


まさに悪夢だった。
送信されてきた契約書のコピーにはアルムの言った通りの事が書かれており、アルムとフェーゴの署名と押印が確かにあった。
日付は3日前。リシェス商工連合の会議が行われた日――アルムが商工連合の面々にバッジを渡した日――だ。
ドヴェルグ・サルタ工業は正真正銘、アルムコーポレーションの子会社と化したのだ。
幹部達の、特に旧ドヴェルグ工業系列の者の絶望は大きかった。
あの超然とした巌のような社長について行けば間違いはないと思っていた。
身一つで起業し、凄まじい経営手腕により短期間で爆発的な成長を果たし、サルタ工業との合併を果たしてリシェス商工連合の末席にまで食い込んだ。
勿論そこに至るまでに危機が無かったわけではないが、フェーゴは全てそれらを跳ね退けて来た。
このまま全て順風満帆に進む筈、そう思っていた。

旧サルタ工業系列の者も同じだった。
ドヴェルグ工業の勢いに乗れば、大企業にまで発展することが出来るかも知れない。
だからこそフェーゴに社長とオーナーの席を譲り、その結果夢にまで見た大企業の一角へとのし上がり、今や国政をも左右するまでになった。
これから更に権力も財力も増強して行くことが出来る、そう思っていた。

だが現実としてリシェス兵器開発研究所からは開発中の新兵器の情報を奪取され、フェーゴは未成年買春の現行犯で逮捕され、株価も社会的信頼も暴落、保有していた財産――当然、株式も含めて――は全てアルムのものとなり、ドヴェルグ・サルタ工業はアルムコーポレーションの子会社になった。

フェーゴが何を考えていたかは分からないが、事実としてフェーゴはアルムにドヴェルグ・サルタ工業を売り渡した。
ではアルムはドヴェルグ・サルタ工業をどうしようと言うのか。
副社長サルキの問いに対するアルムの返答は簡潔だった。


「我が社と合併して頂きます。新社長には僕が就任します」


あくまで穏やかで温かな声色で返って来た答えは、予想通りだった。
このような手段を用いてまでドヴェルグ・サルタ工業を買収する目的は同社の技術や資本だろう。
共にリシェス商工連合の一角を担う大企業だ。合併時の会社規模はまさしくリシェス国内では比肩する企業などなくなる。
フェーゴを逮捕させてドヴェルグ・サルタ工業の価値を暴落させたのも、同社側に選択の余地を無くさせる為だろう。
すべてが、恐るべきあの若社長の計画通り事が進んだのだ。


「ところで、今回の件の謝罪会見は午後1時からと言うことでしたね」


アルムの言う通り、フェーゴの未成年買春の件での謝罪会見は本社ビルの一室で午後1時から行われる手筈になっており、今従業員達が大急ぎでセッティングを行っている最中だ。


「今、ウチの専務達と車でそちらのビルに向かっています。後10分ほどでそちらに到着すると思いますので裏口を開けて置いて頂けると助かります。合併に関しての詳しい話は直接顔を合わせて詰めましょう。では、一旦失礼します」


そうしてアルムからの電話は一旦途切れた。
今回の騒動を裏から糸を引いていたアルムが、直接このビルに乗り込んで来る。
それを知った副社長サルキ以下、幹部達の胸中には暗澹たる思いが渦巻いていた。

株式の大部分がアルムコーポレーションにある以上、最早どうあっても合併は避けられない。ならばどうする。
幹部達の中のある者は己や学閥の地位と財産の損失を合併後も最小限に抑えることに頭を巡らせはじめ、ある者は己や部下達が合併後も冷や飯を食う羽目にならない方法を思索しはじめるなど様々であったが彼らに共通していたことは自分の地位や財産の損失ななんとしても抑えたいという欲、そしてアルムに対する暗澹たる思いだった。




――――午前7時44分――――

アルム達が通されたのはドヴェルグ・サルタ工業本社ビル中層部にある会議室だった。
中央には会議用テーブルがUの字型に組み合わされ、壁面では大型ディスプレイが入力を受け取るべく無機質な青画面を映し出している。
リシェス首都の高層ビル群が望める大きな窓の脇には観葉植物が置かれ、清潔感を演出している。
その会議室にやってきたのはアルムコーポレーション代表取締役社長アルム・レゾナンス以下、同社の専務など数名。
ドヴェルグ・サルタ工業側も代表取締役副社長ユキジ=サルキ以下、同社の専務など数名である。
両者は会議用テーブルに向かい合って座る。
ドヴェルグ・サルタ工業側は憮然とした表情を隠そうとしない者から表面上は穏やかな笑みを浮かべた者まで様々だったが、アルムコーポレーション側は皆一様に穏やかな笑みを浮かべていた。
係の者によって録音用機器が設置され、ディスプレイにノートパソコンが接続され、飲み物やアルムコーポレーション側が製作した資料が各自に行き渡り、そして会議室の防音仕様のドアが閉められ、部屋の外と隔絶される。
準備は全て整った。
アルムはそれを確認すると傍らの幹部達の方に意味ありげな視線を向け、幹部がそれに頷いたのを確認すると起立し、ネクタイピンのところに付けられたミニマイクのスイッチを入れる。


「プツッ」というクリックノイズが発せられたその瞬間、ドヴェルグ・サルタ工業の幹部達は凍結した。
クリックノイズは彼らの耳から脳のみならず指の先、爪の先、髪の先、五臓六腑、細胞の一つ一つにまで響き渡り全身が陶酔感、快感、恍惚とした気持ちに支配されていく。
憮然としていた者も、穏やかな笑みを浮かべていた者も皆一様に表情を失い、目が焦点を失って行く。
そんな中、アルムは穏やかな笑顔を崩さず、口を開いた。


「まず、ドヴェルグ・サルタ工業の皆さまにはお忙しい所に押し掛ける形になったことをお詫びします」


その声に反応し、ドヴェルグ・サルタ工業の幹部達が一斉に虚ろな目線をアルムに向ける。


「では会議を始めましょう。この合併が、両社にとってより良いものになるように」

「はい」


ドヴェルグ・サルタ工業の幹部達が一斉に返事をする。
彼らの中からアルムへの敵愾心や憤怒、不平不満といった負の感情は完全に消え失せていた。













――――午後0時54分――――



「研究所に社長逮捕に合併。悪い夢なら醒めてくれ」


デスクの引き出しから取り出したコンビニおにぎりを取り出しながらカマダは汀に愚痴を零した。
同じ業界であっても企業が異なれば風土や文化、仕事のやり方や暗黙のローカルルールなどが当然異なってくる。
それらを統合する合併は必然、膨大な事務作業をはじめとした手間が生じる。
唯でさえリシェス兵器開発研究所とフェーゴ逮捕の件で社内が大変な状況なのに今回の合併で更に仕事が増えるのだ。
しかも今回の合併はドヴェルグ・サルタ工業が子会社化される形であり、アルムコーポレーションの下に着くことになる。
ドヴェルグ・サルタ工業の技術ノウハウなどは根こそぎ吸い上げられ、社内ではアルムコーポレーション出身の社員が幅を利かせることになるだろう。


「ファックですね」

「オフィスだぞ」


汀の下品な悪態をカマダがピシャリと注意する。
汀は「失礼しました」と簡潔に謝罪するが、汀の胸中は煮え繰り返っていた。
記録にも鮮明に残っている、リシェス兵器開発研究所における戦闘、そして敗北。
絶対的優位な立場であるにも関わらず情報を奪取され、全員の逃亡を許すと言う失態。
製造されて以来、これほど大きな失敗をしたのは初めてだった。
汀はあくまでロボットであり、社の所有物であり、社員ではないため、責任を追及される立場にはない。
だがそれでも、大型機兵課研究室の面々は彼女に対して大なり小なり失望や怒り、軽蔑などの視線を隠そうとしなかった。
汀はそれが苦痛だった。これまで色々とよくしてくれた彼らからそんな視線を向けられるのが苦痛で、屈辱で、堪らなかった。


――よくも。


その溜まった鬱屈は怒りと復讐心に形を変え、あの侵入者たちに向けられる。
金髪の美男子と灰色の髪の男、そして短髪の青年。
軍のデータベースによればあの金髪の美男子は「蝶」の異名を持つ、アンビシオンの間者「ムヴァ」。
残り二人も彼らの射撃のフォームや戦闘スタイルの分析結果から80%以上の確率でアンビシオン軍の兵士、特に灰色の男の方はあの特殊部隊SF(スペシャルフォース)レベルの技量と判定した。

あの日以来、彼らのことを考えなかったことはない。
短髪の男と言う「荷物」の分の戦力低下を加味すれば、あの2人を相手取っても勝てた筈なのだ。
にも関わらず自分が敗れたのは戦力が劣っていたからではなく、油断と慢心からだろう。
そう考えていた。


――次に戦う時は、絶対に逃がさない。


汀は彼らを標的と定める。
自分に敗北を与え、研究者達に失意の視線を向けさせた敵。
次こそは連中に後れを取らぬ、と心に強く誓ったところで汀は別の要件を思い出した。


「スタンデル研究員とホァン研究員の所在は?」

「進展なしだ。ヘタしたらもうこの国にいないかも知れん」


コード・スタンデルとケイン・ホァン。
共にドヴェルグ・サルタ工業の社員でリシェス兵器開発研究所に派遣されていた研究者だ。
リシェス兵器開発研究所が襲撃された当時、同僚達に避難区画とは反対の方向に歩いて行くのを目撃されたのを最後に行方が分からなくなっている。
監視カメラの映像では研究所の外部へと出て行く姿が記録されている。
スタンデルらの同僚だった研究員ホワイトらの証言によれば酒を飲みに行くなどの理由で研究所を抜けだすことは珍しくなかったようだが、それが終わると研究室には必ず戻り、優秀な成果を残してもいたのでそれらの行為は黙認するのが常態化していたという。
だが今現在彼らの行方は掴めておらず、アンビシオンのスパイとの共謀の嫌疑がかかっていた。
仮に共謀していないにしても彼ら2人はドヴェルグ・サルタ工業の技術ノウハウや機密を心得た研究者であり、その流出はドヴェルグ・サルタ工業にとっても痛手である。
本来なら追跡の手を伸ばすのだが、今のドヴェルグ・サルタ工業にそんな余裕はない。
既に2人とも国外へと亡命している可能性も有り得る。
それよりもこの難局をどう乗り切るか、ドヴェルグ・サルタ工業の上層部はそれを重視していた。

と、その時。時計が午後1時00分を示すと同時に壁に掛けられたテレビの画面が切り替わり、会議室を映し出した。
会議用テーブルには副社長サルキをはじめとした役員クラスの幹部が座り、カメラのフラッシュを浴びている。
五つある席の内、向かって右端の席だけは空席になっていた。
別の階の会議室での謝罪会見が始まったのだ。


「それでは、皆様。これよりドヴェルグ・サルタ工業の緊急記者会見を行います。先日の弊社代表取締役社長であります、ベルゴ=フェーゴが、未成年買春事件を起こした事に際し、国民の皆様に多大な迷惑をおかけした事を、深く、お詫び申し上げます」


副社長サルキの言葉と共に全員が起立して深々と頭を下げ、謝罪。同時に部屋がフラッシュで覆われ、記者達からの質問や野次が飛ぶ。
ここまでならごく普通の謝罪会見だった。


「えー、では次に社長の進退についてです。これに関して、皆様に発表したい事があります」


その言葉と共に、会場の雰囲気は一変し、テレビの前の社員らがより一層注目する。
ドヴェルグ・サルタ工業の社員達は、「彼」の登場を他の者達よりもいち早く知っていた。

橙色のミドルヘアーにエメラルドグリーンの瞳、童顔ながらも、その背中から放たれる異様なオーラ。
アルムコーポレーション社長、アルム・レゾナンス。
少し猫背気味に席に着き、両肘をテーブルにつき、組んだ両手に顎を乗せてにこりと笑う。


「では、お願いします」


サルキがマイクを介さずにアルムに促すと、アルムはサルキの方を向いて軽く頷き、画面右端へと目線を向ける。
おそらく画面外にいるスタッフに何かの指示を出したのだろう。
そして、アルムの前に設置されていたマイクを持ちあげる。


―――プツッ


そのクリックノイズが発せられた瞬間、オフィスにいた社員が動きを止めた。
ある者は昼食の弁当を口に咥えたまま硬直し、ある者は受話器を手にしたまま硬直し、電話口の向こうも完全に無音になり、またある者は落としたペンを拾うためしゃがもうとする姿勢のまま硬直する。
まるで時が止まってしまったかのような異様な光景。
誰もがアルムが映ったテレビに注目し、そしてその誰もが脳天を突き抜けるような恍惚とした快感を味わっていた。

だが、その快感も長くは続かなかった。
音が聞こえるが早いか、重厚な足音と共にテレビへと疾駆する者がいた。
水色の長髪をはためかせる女性型ロボット、汀である。
社員の異変と、テレビから流れる音に奇妙な信号が含まれていることを察知した汀はロボットであるが故にその影響を受けることなく機体性能を全開にしてテレビへと迫り、電源プラグをコンセントから引き抜く。
エネルギーの供給を失ったテレビからは一瞬にして音と映像が消失し、ただの黒い画面へと戻る。
同時にオフィスは静寂に包まれる。
皆、音と映像が消えたテレビに注目したまま動かない微動だにしない。


「なんだ…今のは…?」


そんな中で、カマダの青白い顔から発せられた掠れ声は良く聞こえた。


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[147] 暗躍 投稿者:cell (2012年02月11日 (土) 03時34分)

チュイイイイイイイン・・・

――ドヴェルグ・サルタ工業の元代表取締役兼社長、ベルゴ・フェーゴ容疑者の・・・――

カチャカチャ・・・ギッギッギ・・・

――この事件をきっかけにドヴェルグ・サルタ工業の株価は・・・――

ジジジ・・・バチバチバチバチ・・・

――全く、御自分の立場を理解されていない・・・――

「まったく、まだこのニュースか・・・」

断続的に続く工業的な作業音。
そこに混じって、ノイズ交じりの音が一昔前のテレビから流れる。
同じ内容を朝から何度繰り返していることか。
何度も聞いたところで新しい情報が流れるわけでもなく、ただただ発表された内容を繰り返し報じているだけだ。
違いと言えば、チャンネル其々の異なるコメンテーターの微妙に違う言葉遣いぐらいで、話すことも結局はフェーゴの批判だけだ。

「天気予報ぐらいやらないものか・・・」

カチカチとチャンネルを変えていく。
似たような画面と似たような内容が次々と写っていく中で、ようやく天気予想図がぱっと出てくる。

――明日は今日よりも温度が下がり・・・――

ようやく普通の内容に少し安心し、

――失礼、ここで臨時ニュースです。先日代表取締役兼社長の・・・――

いきなり切り替わった画面に溜息を吐いた。
しかし、その内容は今までと少しだけ違っていた。















沈黙した鋼鉄の巨兵。
脱出不可能と言われた地下のラビリントスからそれが飛び出してから早数刻。
草原に横たわるその様は墓標というのにふさわしいだろう。
それを、一人の少女がペタペタと触っていた。

「んー・・・面影的に、噂のあれかなー・・・」

装甲板だった物を引っ張る。
その形は拉げて崩れ、内外からの衝撃に所々千切れ風穴が空いていた。
十分に、その時の衝撃を物語っている。
恐らくは、この装甲は自分が作ったものだろう。
それを考えると、少々複雑な感じになる。

「まー、アレに使ってる特注の物とは違うんだけどねー・・・」

ポツリと一人呟く。
それを聞き取るものは誰も居らず、全て風に流されていった。

ピピピ、ピピピ、ピピピ・・・

その静寂を劈くように、通信機が鳴り響く。

「はーいー」
『ウーミン、そっちはどうだ?』
「あんたは、誰だ?バースト通信ではないな、近くにいるのか?」
『ふざけている場合か』
「怒られたー・・・」
『まったく・・・で、状況は?』
「到着ー、ドロップはいけるよー」
『そうか・・・。』
「んでんでんでー?」
『・・・ああ、この後1300からターゲットが記者会見を開く。内容は恐らく、件の騒動だろう。』
「へー・・・妙に迅速だねー」
『確かに、あまりに早い。確実に何かあるだろう。それに・・・』
「・・・むこーにお偉いさんが集まるから、こっちは薄いー?」
『確実に、とは言えんがな。ないとも言い切れまい。元より、慌しい真っ只中だ。』
「んー・・・わかったー。一応録画しといてー」
『了解、気をつけろよ。』
「はーいー」

仲間からの通信は端的に、必要なことだけを告げて終了する。
たったそれだけだが、それでも十分心強い。


「・・・さてーとー・・・深いなー・・・」

ぽっかりと、奥底を見せぬ迷宮の風穴を見つめる。
先日の侵入者の出口であり、そこは地下へと繋がる入り口でもある。

「準備は〜、OK−かなー」

ポケットの中には複数の特製工具と小型の機器。
目的地は、傍らに空いた大穴の深く深くのそのまた深く。
道は、ここからが最も早い。

「とぉーっ」

躊躇なく、深淵へと飛び込む。
迷いはない。
自信はある。
ここの最奥に眠っている、ここの頭脳そのものを、尽く、貰い受ける。


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[146] 命座(めいざ) 投稿者:taiki (2012年02月11日 (土) 01時57分)


「そいつの身柄はウチが預かる」


城に着くなりワープは牢屋に通され、ユキを其処にぶち込んでから見張りがてらその場で待たされていた。身分を鼻にかけてる奴等からぞんざいな扱いを受ける事には慣れたものだが、強いて言うなら地下にある石造りの牢屋は陽の恩恵を受ける事が無く、ひんやりと冷たい事だけが少し不満だった。
そうしてお情け程度に持ってこられたポットから暖かいお茶を自分で淹れた湯呑を口にしていると、彼女・・・否、ユキを迎えに来たのは、王宮騎士団第十一隊ヴァルゴの隊長であるジュニアだった。
副隊長である男と、もう一人例外に漏れず筋骨隆々な男を従えて、有無を言わさない雰囲気を出している。


「・・・そんな殺気出さンでも、私ゃアキッチシ然るべきトコに渡しますよ」
「然るべき処置を取らずとっとと終わらせてしまうような場所に預ける訳にはいかないのです。」

これに答えたのはヴァルゴ隊副隊長であった。涼しげな瞳でにこりと愛想笑いを浮かべる。
ワープは内心舌打ちをする。この腕の中にいる抹消を望まれた少女は、長引けば長引くほど国内の醜い争いと確執を増やしてしまう。そうなる前に彼女は早く終わらせたかった。そんな愚者共のせいで、自分の守りたいものが瓦解するのは何としても避けたかった。
ワープは柄にも無く迷った。生き延びる期間が少し長引いただけでこの少女の結末は変わらないのに。
そのまま後腐れ無くヴァルゴ隊に少女を引き渡せば良いものを、何をそんなに迷っているのか。自分の心のしこりに少し腹が立つ。
けれど、自分が仕留め損ねたあの傭兵の倒れ伏した姿と、それでも尚光を失わないあの瞳が脳裏にちらついて、それが何故かどうしても駄目だった。
結果的に彼女の意識は散漫になったままで、つい口を出す。


「…理由を聞かせて下さらンと、此方としても少し納得が行きませンな」


これに答えたのも副隊長であった。しつこいなー、と小さな隊長は口を尖らせている。


「プレアデス討伐作戦の担当をしているアルアクラブ隊は遠征により不在。同じ担当であるレオーネ隊も先の討伐作戦で壊滅状態に追い込まれ引き続き関係性のある事件を請け負うことは不可と判断されました」
「しかしそれだけでは」
「貴女の疑問ももっともです。こう言った後釜を請け負うのは大抵サジタリウス隊ですからね。しかし、今回貴方がその少女を捕らえた場所は我らヴァルゴ隊の管轄地でして」


ぴくり、とワープの片眉が僅か不快気に動く。
解ったか、と幼い少女の顔が意地悪に微笑んだ。


「そいつを捕らえる際に街中で誰彼と交戦したろ?」
「そりゃこのコを捕まえる時にジャマが入ったからでして、正当な」
「泥を泳ぐ海女如きが、戦乙女に口答えするか」


幼子独特の高い声が、少し低められて鋭く放たれた。
それでも尚、言葉を続けようとするワープの前で、ジュニアは抜刀して地面に剣を突き立てる。
大きな澄んだ音が反響して、ワープの身体を打ち据える。
翼を模した金の鍔に嵌め込まれた緑玉の意匠は戦神ワルキューレの意味を持つ。その細身の刃は鏡の如くワープを映し出していた。


「此度戦乙女が件の少女を預かるは、何も七星団絡みの事だけでは無い。つい先程、我が所轄地である住宅街の一廓にて、多大な既存物損害と激しい交戦後、そして重傷人を発見と民より訴えがあった。罪人を追う任務を遂行する姿勢は良かれど、民の住まう場所を安易に壊していい理由には成り得ず、また内密に出来る事でも無し、被害を被った者は勿論近隣の者も不安から事情解明を求めている。依って先ずはその少女を謀反罪の前に建造物等損壊罪を始めとした諸々の事件の重要参考人として扱う事となった。これに不服、または不信あらば、直接貴族会や陛下に尋ねるが良い」


ジュニアの瞳が、声が、射抜く。今度こそワープは押し黙るしか無かった。
どうやらあの交戦は想像以上に民に不安を与え、事実を知りたい、又は知る権利が有ると声を上げているらしい。
プレアデス討伐自体は兎も角、街中での目に見える被害が出た以上、その辺の事は目隠ししきれるものでないと判断した御偉方は出来る限り自分達の権威に罅が入らぬように、第一階級であるジュニア率いるヴァルゴ隊に穏便に済ませるように命じたらしい。どうやら絹のソファでふんぞり返っているだけの連中でも、必要以上に自分達より下の者共を敵に回すような事はしたくないという気持ちはあったらしい。
そしてもう一つ。ワープは暗に、これ以上口を挟むとこの件で吊し上げるぞ、と脅されたのだ。
唇を噛む。相手は僅か九歳の子供でしかないのだが、ワープは強く少女に逆らう事は出来ない。身分という大きな壁が立ちはだかっている。
―――・・・それが、この国なのだ。
最後の押しと言わんばかりに、今まで一言も喋っていなかった男が一枚の紙を広げる。
それはアルアクラブ隊不在の合間、フィエルテで起こるプレアデス討伐一連の事件は主にヴァルゴ隊に任せると言う旨が書かれていて、既に御璽が押されていた。
それでも動かない、否、動けないワープに痺れを切らしたジュニアが突き立てた剣を鞘に戻し、目線で副隊長に命令すると、彼は素早くワープを通り過ぎて牢屋から未だ気絶しているユキを抱き上げた。
深く、暗い海を泳いできたばかりの海女は胸の奥で呟いた。


「(戦乙女ならば、戦場で剣だけを振るッてりゃいい物を・・・)」





*****





ふわふわと朧げな場所に、ディプスは立っていた。
否、立っているかどうかすら解らない。地面に足をつけてる感触も、かといって浮遊感も無かった。ただ、この場所は冷たい場所だと思った。静かで、真っ暗で、何処までも独りだった。
そうして次に遠くから何かの音が聞こえてきた。遠くから、と言うよりは、自分の耳が遠ざかったような、或いは耳を強い力で塞がれてしまったかの様な閉塞感のある感じに聞こえるのだ。まるで自分だけが疎外されたかの様なそれが、余計に孤独感を増させた。
聞こえてくるこれは一体何だろう。何かの言の葉が、律音に合わせて伸びやかに高低を行き、綺麗に繋がっている。
しばし考えていると、突然、ふと、何かが何処かに綺麗に填まる様に閃いた。嗚呼、これは唄だ。誰かが唄っているのだと、ディプスは自分の耳に聞こえていたものが何であったかを理解する。
良かった、独りじゃない。安心感を得ると、途端にふわふわと所在無さげだった自分の体にすとんと重みを感じて、そこでやっと真っ暗だった視界が徐々に開けた。
彼の目に最初に飛び込んできたのは見覚えの無い天井だった。


「気が付いたか」


そうして次にディプスの視界に現れたのは燃える様な赤だった。最初はティマフの髪かと思ったが、よくよく見るとそれの正体は紅蓮の様な髪を束ねた初老の男だった。
この人は誰だろう。見覚えのない顔だ。それをぼんやりと見ていると、耳が捉える音も何時の間にか明瞭になっていた事に気付いて、視界を僅かに彷徨わせると、夕焼け色の髪を持った少女が唄っているのが見えた。
何の唄だろう。聞いたことのない言葉で、綺麗な旋律を紡いでいる。その馴染みの無さが耳に煩くなくて、返って心地良かった。まるで体中の傷を優しく包んで癒す様で・・・・。


(・・・傷?)


途端、我に返ってディプスは自分が寝ている事に気付き身を起こそうとしたが、叶わなかった。
上体を起こそうとした腕には全く力が入らず、あっと言う間に寝台に逆戻りしてしまうのだ。ディプスの腕、否、身体は全く使い物にならなかった。
その段になってようやく己の身体を意識する。鉛の様に身体が重くて、頭は湯気が出るほど熱いのに、身体は震えるほど寒かった。
上手く思考が働かない頭で、繰り返す言葉はただ一つ。
―――・・・ユキ。


「安静にしてな。傷は殆ど術歌で塞いだが、お前さんは大分弱っておる」


紅蓮の男はそう言い宥めながら、ディプスが動いた際に額から滑り落ちた湿った布を水に浸し直して、彼の額に載せてやった。
その動作を、まだ眩暈のする目で眺めながら、ディプスは何事かを言おうとしたが、口の中がやたら気持ち悪く粘っこくて口を開くことが出来なかった。
唄が止んで、少女が水差しのようなものを持ってきて、ディプスの口に宛がってやった。そうしてそれを少し傾けると、ディプスの口内に何かが満ちて気持ち悪さをすべて流して、喉元を通り抜けていく。それはすぐに舌に馴染んで、ただの湯冷ましだと解ったが、湯冷ましをこれほど甘く馨しく感じるのは生まれて初めてだった。


「・・・ゆき、は・・・」


浅い息を繰り返しながら、ディプスは二人にそう問うた。兎に角、彼女のことが心配だった。
二人は怪訝そうな表情を見合わせた。それを見たディプスは、嗚呼、と内心で嘆息する。
矢張りユキは捕らわれてしまったのだ。自分が無力であるが故に。自分が酷く情けなくて、苦しくて、泣きそうになった。
―――・・・ごめん、ごめんな。ユキ。
病は気から、と言うのは正しいのか、今のディプスはすっかり身も心も弱りきってしまっていた。後悔と自責の念ばかりが頭に浮かぶ。


「・・・今は別のところにいる、けど、無事・・・」


しかし少女から返ってきたのは安堵を思わせる少しの微笑みと、意外な言葉だった。
その事に驚き、目を見開くと、また別の声が飛び込んできた。


「そう。今は重要参考人物として、ウチで取り調べしてまーす」


聞こえた声は高く幼い。ディプスを覗き込んでいた二人が後ろに向かって会釈した後、場所を譲る様にして左右に退くと、その間から現れたのは長い黒髪の少女だった。深い紺碧の色の瞳が大きい。


「大丈夫、イタイ事は何にもしてない」
「あ・・・」
「因みにあんたもその重要参考人物。ウチの管轄地(シマ)で何ドンパチやらかしてくれちゃってんの」
「おれ、は」
「あー今はいいから。そんな怪我人に無理させる程、ウチは腐っちゃいない。とにかく今は寝てな。話はあんたが元気になった時に聞くから」


なかなかあっぱれな御嬢さんだ、とディプスは内心思う。ユキよりも年下に見えるが、この物怖じせず毅然とした態度は一体何なのだろう。
それに、最初にディプスが見た二人も少女の言葉に同意しているようで、無言でこちらを見ていた。何よりディプスは動く事がままならなかったし、自分に危害を加えるつもりなら幾らでもチャンスは在った筈。
それで彼は少女の言うとおりにする事にして眼を閉じる。また視界が真っ暗になったが、あの冷たさはもう何処にも無い。
すぐにとろとろと眠気がやってきて、ディプスの思考は夢に落ちた。





******





菓子やらカードゲームを持ちかけてくる強面の大男共に囲まれていたユキは、矢張り怯えたままだった。何とか彼女と打ち解けようとしていた大男共はとうとうお手上げ、と言わんばかりに苦笑する。果たして取り調べとはこのようなものであっただろうか。


「そのように浮ついてはその子もお困りでしょう。暫くは隊長と給仕に任せて慎んでやりなさい」


上司である副隊長の男にため息交じりにそう言われ、ヴァルゴ隊の隊員達はぞろぞろと部屋を辞す。その部屋も実はヴァルゴ隊宿舎にあるただの客室で、長く垂れたカーテンに隠れていたユキは、最後にちょっとだけ顔を出すと、件の副隊長がちらりと笑みを浮かべて最後に部屋を出る所だった。
そうして、彼と入れ替わるようにして影のように濃淡な黒髪の青年と羽のようにふわふわした薄い色素の髪を持つ青年が入ってきて、それから恭しく一人の少女を部屋に通した。
艶やかなロングストレートの髪が、少女の動作に合わせて靡く。少女は至って軽装で、露わになった二の腕の大きなアンクレットがユキの目を惹いた。
ユキの怯えは少し薄まる。少女は自分よりも年下に見えたし、先に入ってきた青年二人は黒服を着ており、動作などを見ても明らかに給仕だ。
黒髪の青年が椅子を引いて少女を座らせている間、もう一人の青年は焼き菓子や紅茶をテーブルに用意する。ふんわりと花の香りが漂った。
そうして二人分の席が用意されると、黒髪の少女はまだ発達しきっていない足を組む。けれど、すらりと伸びた足だった。きっと将来あの足は美脚線を描くだろう。


「こっち来て座りなよ。話があるんだ」


その少女に手招きされ呼ばれても、ユキはカーテンの後ろから動かなかった。ちなみに自分の背後にある窓は開かなかったので、脱出はこの部屋のドアを潜るしか無いし、それは不可能に近い事だと解りきっていた。
其処から動こうとしないユキを見て、少女・・・ジュニアは軽く溜息をつく。


「じゃあ其処からでもいいから話を聞けよ。・・・あたしは王宮騎士団第十一隊ヴァルゴの隊長、ジュニア。年齢は九、ちなみに階級は一」


其れを聞いたユキは驚きに目を見開いた。まさか自分より年下の、僅か九歳の少女が騎士団の長を務めているなんて。
対してジュニアはにまっと少しだけ意地悪気味な笑みを浮かべる。そして、ユキ、と敢て名前を呼んでから話を続けた。


「先ず、あたし達ヴァルゴ隊はユキに危害を加えるつもりはない。信じる信じないはそっちの自由だけど、それがあたし達の意思だから。・・・その、だからせめてこっち来てくれない?武器も仕舞ってるよ、あたし」


美味しいんだよこれ、と綺麗な紙に幾重にも包まれた菓子を取り出して口に放り込んで見せる。
ジュニアの見た目のせいか、それともその言葉に絆されたせいか、ユキはおずおずと、ようやっと、カーテンの裏から出てきて椅子に座った。彼女が座る際、黒髪の方の給仕が人懐こい笑みを浮かべて丁寧に椅子を引いてくれたのが、やけに印象に残った。
それでも出された紅茶や菓子に手をつける気にはなれなかったのだが、とりあえず出てきてくれた事に満足したのか、ジュニアは眼を細めた。


「・・・じゃ、ちゃっちゃと済ませますか」


それからごく簡単な質疑応答が始まった。件の街中での騒ぎについてである。
ジュニアは何があったのか、何をされたのか、何を見たのか、何をしたのかを聞く。
対してユキの返答は少なめで、ただ言える事はあの場でワープに気絶させられた後の事は解らないという事だった。勿論、ティルダらしき人物を見かけた事は秘密だ。
ジュニアはせっかちに問い詰めたりせず、ユキが迷いながら自分の言葉を探すのを辛抱強く待って聞いていた。
本来ならば詰問して有益な情報を引き出すのが役目ではないのだろうか、と流石のユキも内心首を傾げたが、いっそ面倒臭げに取り調べをこなすジュニアの対応は有難かったのでそれに甘える事にした。


「んー、じゃあ、実際にあそこで交戦したのはユキじゃないんだ。無理させないって言ったけど、早めにあいつに話聞かなきゃ駄目かぁ」
「あいつ?」
「赤いバンダナにぼさぼさ茶髪の男。知り合いでしょ?」


そこでユキは、ディプスがとんでもない重傷を負って眠っている事を知った。近くにいると解ると、途端に逢いたくなって泣きそうになる。
今までは余裕が無かったから思い出せなかったが、ティマフや希鳥、梨雪は今頃どうしてるだろう。彼らの事も心配だった。


「ディプスって言うんだ。峠は越えたみたいだし会わせてあげたいけど、怪我人だから今はそっとしといてやってね。ウチの給仕・・・ああ、城務めとは関係無しに我が家で雇ったやつね・・・兎に角そいつ等と、見張りにウチの隊員も付いてる。こればっかりは勘弁してね、タイセイがあるから」
「ジュニア様、体裁です」
「おおう」


羽の髪を持った給仕に間違いを指摘され、ジュニアはわざとらしく肩を竦めてみせてから、件の街中騒ぎの資料らしき紙を彼に預けた。
さて、とユキに向き直って。


「街中騒ぎの件はこれでおっしまーい。次はプレアデス謀反疑惑についてだけど」


びくり、と解り易くユキの身体が震えた。そして何事かを言おうとして、口が開いては、閉じる。
ジュニアは先程の言葉から次を言わず、ユキの出方を待っていた。
部屋に時計の秒針の音がやけに響く。どれ位その音を聞いていただろう。そんなに長い時間ではなかった筈だが、ユキにとっては恐ろしく長い時間のように感じていた。
その時間をかけて、ようやく開いた口から洩れた言葉は。


「・・・わたしたち・・・・」
「うん」
「むほん、とか、考えて、なかった・・・」
「うん」
「とうさん、も、かあ、さん、も、ゆ、ゆかりす、も、ぷれあ、です、の、みんなも、ふぃえるてを、壊すなんて、するわけ、ないっ・・・」
「・・・うん」


嗚咽混じりの告白が、ぽつぽつと零れる。ずっと誰かに言いたかった。訴えたかった。


「どっ、どう、して・・・みんな、死ななきゃ、だめ、だったの・・・!?」


そこからは堰が切れたかのように、ユキは色んな事を喋り出した。
自分達は確かにリシェスから武器を輸入していた事。けれど国に反する気は無かったし、国に危害を加えた事は無い事。仲間の死体に隠れて耐えていた事。ディプスに助けられた事。生きていてくれて嬉しいと言われた事が嬉しかった事。生き別れの双子が何処かにいる事。家族と、傭兵団の仲間と、歌い、騒ぎ、楽しかった事・・・涙と同じ様に、関係ない話まで止め処なく溢れてきた。
泣きじゃくりながらだったので、嗚咽で度々中断され、語順もばらばらだったのだが、ジュニアはそれを辛抱強く聞いていた。控えていた黒髪の給仕に至っては、痛々しげに顔を歪めている。
彼女の切実な泣き声は、実は部屋の外に控えていたヴァルゴ隊の野郎共にまで聞こえていた。





******





一頻り泣いたユキは疲れ果てて眠りこけていた。それでもディプスの身を案じて素直に横になろうとしなかったので、ジュニアは給仕二人に命じて、ディプスの部屋で寝かせる手筈を整え、部屋を辞させた。
そうして部屋の外に野次馬の如く控えていた副隊長を除く隊員達までもを追い払ってから部屋に戻ると。


「・・・で、どう?鮮血十字隊の隊長さん」


何時の間にか部屋に佇んでいるブラッドに、そう問いかけた。
ジュニアと同種の、意地悪めいた笑みを浮かべてそれに答える。彼の手には何やら紗のような物が握られていて、それは背景に同化して溶けている。
彼は最初からこの部屋に潜んでいて、ユキの告白を聞いていたのだ。


「リシェスから武器を輸入していたってのはまず事実だったって訳だな」
「正直な話、リシェスから色んな物を輸入するのは、フィエルテも同様です。いえ、同様でした、と言うべきか」


答えたのはジュニアではなく、副隊長の方であった。そして二人は会話を続ける。


「戦争を再開するに当って、フィエルテはリシェスの船を追い払ってる」
「それ等はあくまでフィエルテ国の監視下の下にあった取引だったから良いとして、傭兵達が国の監視下に無い取引をしてるのは疑わざるを得ない」
「それが上の見解だな。それなら民への通りも良い」
「ならばプレアデスを無罪であると主張するのは難しくなりましたね」


じゃあ、とジュニアが口を挟む。


「ユキはまだ子供だから、謀反の事は何も知らなかったと言う事にすればいいじゃん。行方不明の双子の子に関しては、どうしようもないけど」
「そうだな。仮にプレアデスが謀反を考えていたとした場合、そうであっても可笑しくはないな」
「死人に口無し。結局、プレアデスが本当に謀反を企てていたかどうかは解らないままですが、もし謀反で無かった場合、彼女の家族や傭兵団に有りもしない罪を着せるのは胸が痛みますが、仕方ないでしょう。いざという時はディプスさんとやらを人質にしたら、彼女も自分の命の為だと解ってくれますよ」
「お前・・・・」
「それは解ってもらえたとは言わない・・・」
「そんな目で見ないで下さいよ隊長方。まるで俺が本気でそう思っているみたいじゃないですか」


本気だったろ、とジュニアは小さな体で大きな副隊長の体を小突く。
そのやり取りに苦笑しつつ、ブラッドが再び会話を開始した。


「・・・では、戦乙女(ワルキューレ)殿。プレアデス生き残りであるあの少女の処罰は如何いたしましょう?」
「正義の名に於いて、彼女を第三階級へと召し、終身強制労働刑とします。労働先は・・・ウチは条件満たしてないから無理だなぁ、やっぱ落ちこぼれ隊か?」
「心にも思ってないならそう言ってやるな、エーヴェルトが可哀想だ。それにアルアクラブ隊は遠征で不在だろう」
「そうだった、タイミング悪い男め!じゃあやっぱ監視付と称してそっちに置かせるのが一番だよね」
「まぁオレんトコに置くなら目に見える所でちょっかい出すヤツぁいないだろうしな。それが一番だろ」
「絶対向こうには取られないようにしてよね」
「必ず一人、部下をつける事を約束する。それにこの事については民意はこちらに向ける様に仕向ける。流石に民意を無視する事は御偉方は兎も角、王がしないだろうから、大丈夫だと思いたいが。ついでに件のディプスさんとやらも引き取ろうか」
「それは相手次第だろ」
「違いない」


くつくつ、と一頻り笑うと、ブラッドは至って真剣な表情を浮かべた。


「出来れば話し合って手を取り合いたかったが、そうもいかないらしい事はようく解った。プレアデス討伐を推奨した政権派閥を潰す事、協力しよう。オフィウクス隊を始めとした幾つかの隊も、何やらキナ臭い事だし」
「そうそう。中立なんか気取ってないで最初からそうすりゃ良かったんだって」


気取ってたわけじゃないんだけどな、とブラッドは一人ごちた。
得てして、結局ユキは、フィエルテの政権派閥闘争に巻き込まれたのである。


「じゃ、副隊長。街での騒ぎに関しての説明制作は任せた。それが真実になるんだから気合い入れろよ」
「畏まりました」
「少しは自分でやれよ!」
「やだね!あたしは慣れないシリアス偉い子ちゃんモード連発で疲れてるんだ!板チョコ食って寝る!」
「そうですよブラッド隊長。うちの隊長は無い頭絞って丸暗記した小難しい言葉並べて海女を脅したんですからとーってもお疲れなんです」
「九歳にあれだけの御託がぱぱっと並べられると思うなよ!」
「胸を張って言うなあんたら!!」





******






その数日後、醜い争いに巻き込まれた一人の哀れな傭兵団の娘の事は王都に知れ渡り、まだ子供で、状況を理解出来ない者に恩赦を与えず殺すのが貴族のやり方なのか、と正義感の強い市民たちが幾つかの役所に駆けつけた。
これは大きくフィエルテに知れ渡り、貴族会はプレアデス傭兵団討伐が正しい判断であった事にする為に、幼い少女には恩赦を与え、命を奪いはしない事を約束せざるを得なかった。
民あってこその国だから、幾ら階級の差があるとはいえ、知れ渡ってしまったものならば完全に無碍にする事は出来ないのである。
穏便に済ませて欲しいが為にヴァルゴ隊に処罰を任せた貴族達は、騒動が落ち着くまでの間、さぞ胃痛がした事だろうが、それを知る者は少ない。
そうしてヴァルゴ隊とサジタリウス隊の庇護の下、体を起き上がらせる程度には回復したディプスとユキの所に、梨雪から情報が入った。


―――・・・ユスティティアに、ユカリスがいるらしき事を。



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[145] 緊急記者会見 投稿者:SyouReN (2012年02月02日 (木) 19時33分)

その日、リシェス国内はフェーゴの事件で持ちきりだった。
国民の大多数が、この国の将来がかかっている『ドヴェルグ・サルタ工業』に多いな期待を寄せていたにも関わらず、
その代表であるフェーゴがスキャンダル、それも児童買春というあるまじき行為を働いたというニュースはまさに寝耳に水だった。

全国民が憤慨、そして落胆した。国の将来がかかっているという時期に、トップは一体何をしているのか。4カ国が互いに睨み合っているこの時期、
国民の心理的な余裕が無い為か、はたまた別の理由か、事件の真相を追求したりする報道局はなかった。
警察の公表をただただ流すばかりの番組を鵜呑みにし、国民の大半は疑問にも思わずサルタ工業を批判した。言うまでもなくこの日の株価は大暴落。
70年以来の記録を塗り替えてしまうほどのものだった。
ニュースの映像には、怒号が飛び交うリシェスの証券取引所、片手で口を押え大銀行前の株価指数を示す電光掲示板を、心配そうな目で
覗き込む中年の男性が映し出されていた。

と、突然画面が切り替わり、ニュースキャスターが映し出されると、

「え、ただ今速報が入ってきました。この後午後1時、今から約40分後になりますが、ドヴェルグ・サルタ工業で緊急記者会見を行う
との事です。詳しい情報が入り次第お伝えします。」

そう告げて、次のニュースへ移った。



――――午後12時58分――――

「え、この後予定されてましたドラマ「虹のあと」は、急遽変更になりまして、ドヴェルグ・サルタ工業の緊急記者会見の生中継
を放送いたします。」

キャスターがそう言い残すと、画面に会見場が映し出される。会議用テーブルにパイプ椅子5つ、ゴロンと無造作に置かれた有線マイク2つ
が確認出来る。程なくして幹部らがドアから入ってくると、一斉にカメラのシャッターを切る音が部屋を駆け巡る。

幹部らが全員席に着く。しかし向かって右端の椅子は空いたままだ。
テーブル中央の幹部がマイクを持ち、スイッチを入れてフーと息を吹きかけ音が出ているかを確認する。もう1つのマイクも確認しようと
持ち上げた瞬間、後ろの方から「それはいじらないでください」と音響係のものと思われる声が、取材班のカメラにも拾われてかすかに聞こえた。
慌てて今持っていたマイクを下ろし、先ほどテストしたマイクに持ち替え「じゃ、いいですか?」と小声で確認を取るように記者たちに呼びかけた。

「それでは、皆様。これよりドヴェルグ・サルタ工業の緊急記者会見を行います。先日の弊社代表取締役社長であります、ベルゴ=フェーゴ
が、未成年買春事件を起こした事に際し、国民の皆様に多大な迷惑をおかけした事を、深く、お詫び申し上げます」

幹部ら全員が起立し、深々と頭を下げ謝罪した。同時に部屋が白い閃光に覆われる。
謝罪はごく僅かな時間で終わった。記者の怒号が飛び交う中、幹部はかまわずに会見の内容を次の事項へ移行する。

「えー、では次に社長の進退についてです。これに関して、皆様に発表したい事があります。」
と言うと間もなくして後方から誰か入って来た。


その瞬間、記者らの怒号がざわめきに変わった。

橙色のミドルヘアーにエメラルドグリーンの瞳、童顔ながらも、その背中から放たれる異様なオーラに記者たちは圧倒されそうになる。
入ってきたのはアルムコーポレーション社長、アルム・レゾナンス。

アルムは、胸をはれば相手に威圧感と緊張感を与えることを知っているため、少し猫背気味に座る。
両肘をテーブルにつき、組んだ両手に顎を乗せ、そして彼はにこりと笑った。まるでこの会見場にふさわしくない、穏やかな笑みだった。彼が口を開くまでは。

「では、お願いします。」
幹部がそう言うと、アルムは幹部の方を見て軽く頭を縦に振り、意味深な視線を音響係の方にチラリと送る。そして、置いてあった別の
マイクを持ち上げ、スイッチをONにする。

その瞬間「プツッ」という、いわゆるクリックノイズがスピーカーから発せられ、お茶の間にも一瞬で届く。
その音は、脳天を突き抜けるような、オーガズムにも似た快楽を与えるものだった。テレビを耳で聞いていた者、急ぎ足で歩いていたサラリーマンやOL、
ネット住民、病院の待合室…ありとあらゆる場所でテレビやラジオ、ネット配信を聞いたり見ていた人たち、あるいは耳に入ったり、目についた人たちが
アルムの姿に釘付けになる。

「皆様、本日はお集まりいただいてありがとうございます。まず、何故私がここにいるか。ですが…」

発言の概要はこうである。

アルムコーポレーションがドヴェルグ・サルタ工業をM&A、すなわち合併と買収。

フェーゴは懲戒免職処分とし、アルムが新社長として就任。

兵器部門等含め各部門を統合、連携の強化。

兵器開発を効率化すべく、部品などの規格の統一を近日中、他企業と協議。

それに伴って、他企業を傘下に入れる事も検討中。


という事である。
一通りにアルムの発言が終わると、彼は「それでは皆様の中に、私に質問がある方は挙手をお願いします。」と問いかける。
だが、手を挙げる者は意外にも1人もいなかった。記者たちはアルムの一連の発言に満足したせいなのか、質問をする意味を
見いだせないようだった。

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[144] 夜半の嵐 投稿者:cell (2011年12月24日 (土) 01時59分)
リシェスを出てから早数日。
その航路は実に良好。
風は程よく吹きつけ、荒れる様子もない。
その積荷は崩れることなく、届けるべき貨物は一つとして欠けることはなかった。

「よっしゃ、異変はあらへんなー?」
「問題ありませーん!」
「若女将ー!目的地が見えましたー!」
「ほんまかー!? ほな皆、着岸準備してやー!」
「「了解ー!」」

次第に街が近づいてくる。
河を起点とした物流におけるフィエルテ側の港町。
物の流れは人の流れでありお金の流れである。
町中に活気があふれ、いたるところから威勢のいい掛け声が上がっている。



それが、いつもあるはずの町の光景だった。




「・・・・・・・・・」
「どうしたんじゃ、若女将」
「わっ!? な、なんや、おやっさんかいな・・・」
「なんやとはなんじゃ。・・・それよりも、どうかしたのか。」
「せやな・・・。何や、いやに、静かなんよ・・・。」


人の声も、人の流れもいつも通りなのだ。
他の船員への指示も声を張らなければ通りそうにないのもいつものことだ。
なのに。
町が、あまりにも静かなのだ。
音ではなく、空気が、雰囲気が。


「どうにもええ予感がせぇへん・・・。考えすぎやろか?」
「・・・最悪を想定するのはいいことじゃが、頭に立つそんな顔ではいかんじゃろうが。」
「せや、な・・・すんまへん、おやっさん」
「いいんじゃ、気にするんじゃないわい。・・・何時でも出せるよう、『隠し球』も備えておくわい。何かあったら、とっとと戻ってくるんじゃ。」
「・・・おおきに。おやっさん、おおきに。」
「ええんじゃよ。ほれ、さっさと他の船員に号令送らんかい。お前が始めんかったら始まらん。」
「せやな!ほな皆、よろしく頼むで!!

「「はいよぉ!!!」」

エイシャの号令を皮切りに船内が一気に動き出す。
あるものは積荷を運び出し、あるものはそれらの処理に追われ、あるものは掃除に追われ。
その中を通り、エイシャは町中へと足を進めていく。
入港した船はその旨を申告しなければならないのだがその役所が船着場から少々離れているのだ。




街中に入ると空気の異質さがはっきりと分かる。
見る光景は以前と変わらない。
立ち並ぶ露天。
それを買い求める客。
道を駆け抜けていく人々。
それらが全て、自分を避けているかのように冷たく、静かなのだ。
まるで、係わり合いを避けるかのように。




直線距離にして約500m強、街並みの入り組みも含めると更に遠いところにある役所。
公の機関であるが故に兵隊は勿論控えている。
しかし。
ここも、どこか違う。
街中とは逆で、ここだけ異様にぴりぴりする。
まるで針の筵の中に放り込まれたみたいに何かが突き刺さる感じが離れない。
そんな中でも手続きは滞りなく進む。

手続きが進む最中、近くの部屋から話し声が、微かに聞こえてきた。
思わずその声に耳を欹ててしまった。


聞こえてきた話を要約すると、
フィエルテ内に他国の間者あり。
傭兵団プレアデスがリシェスの間者の容疑者として上がったこと。
それらはほぼ全て壊滅したこと。
次の疑いの目はユスティティアに向いていること。
そして、リシェスの間者の可能性はまだ他に残されていること。


そこまで聞いて首筋が寒くなるのを感じた。
今自分たちはフィエルテ国内にいる。
それは即ち、リシェスの間者として疑われる可能性がある。
否、違ったとしても「そういうことにされる」こともあるだろう。
嗚呼、考えれば考えるほど恐怖が増してくる。

手続きが完了するや否や、その書類を引っ手繰るように回収し、急いで駆け出す。
疑いがかからないうちに。
追っ手が来ない内に。
まだ出航できるうちに。
この場を離れ、リシェスへと帰還するために。

「逃がすな、追え!!リシェスの間者だ!」
「決して殺すな!生かして捕らえろ!!」

予想したくはなかったが、予想通り、すぐさま後を複数の衛兵が追ってきた。
一体何をしたというのだ。
一体どのような罪を犯したというのか。
言われなき罪を着せる腕が次々と伸びてくる。


最早、なりふり構っている場合ではない。


「なんっ、ぐおあっ!!?」
「ああっ、目がっ、目がああああああ!!!」
「ぐああああ・・・な、何も聞こえないぃ・・・!!」

追いかける兵士からすればそれは突然だっただろう。
エイシャの袂から零れ落ちた二つの球。
それが地上に落ちた瞬間、目を潰すような閃光と鼓膜を突き破るような超高音、そしてあたり一面を包み込むような大量の白い煙が発生したのだ。
近くの兵士は視覚と聴覚を奪われ、追随する兵士は乳白色の煙に影を見失った。


「いける・・・!」

荷物を持っていない今、その足を十分に生かせる。
一度大きく引き離せればこちらの物。
ああ、船がどんどん近づいてくる。
船の近くには目立った荷物はなく、既に積み替えは済んでいるようだ。
これならすぐにいける・・・!

「おやっさーん!!」
「おお、戻ったか若女将!」
「すぐに出るで!離岸して!」
「了解じゃ!お前ら、出港じゃ!舷梯外せい!

船内へと檄が飛ぶ。
生命の息吹を吹き込まれたかのように活気があふれる。

(――これならすぐにいける・・・!)

確信と共にタラップを駆け上がり、離れかかった船へと飛び移り――





パァーーン!





受身を取ることも出来ず、甲板に叩きつけられた。

「わ、若女将!!!??」
「はっ・・・!ぁ・・・!・・・・・・っ!」

何があったのか、頭が理解に追いつかない。
呼吸したくても上手くできない。
腹部が猛烈に熱い。
綺麗な青の和服に鮮明な赤が広がっていく。


「っ・・・急ぎ船出すんじゃあ!早くせい!!


木造船に見せかけていた船のエンジンが始動する。
船員たちの怒号が響き、船が揺れる。
揺れはエンジンか、はたまた追手の追撃か。
それを考えるほどの余裕はすでに残っていない。
急ぎ医務室へと運ばれる担架の上で、エイシャの意識は闇に落ちた。



―――嫌や・・・死にたない・・・。お母ちゃん・・・。―――


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