[154]
ランチターイム
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投稿者:yuki
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(2012年04月04日 (水) 21時24分) |
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宿に戻り、泊まっている部屋に続く廊下に差し掛かった時、アスルは眉をひそめた。 部屋にいるはずのルティカが、廊下の壁に背を預けて立っている。
「なにかあったのか?」
アスルが尋ねると、ルティカは壁にもたれたまま自嘲気味に肩をすくめた。
「すっかり嫌われてしまった」 ルティカ本人に動揺や戸惑いが見られないあたり、締め出される理由はわかっているようだった。 詳しい事情まで察することはできないが、アスルは小さくため息をつく。 と、音もなく部屋のドアが開いた。
「……着替えるくらい、構わないでしょ?」
見習い僧服の少女、キャスが、抑揚のない声で呟いてアスルとルティカを見上げる。 その顔は無表情で、何の感情も見られなかった。
「ん、確かにそれなら締め出されて当然だな」
それだけが理由ではないだろうと思いつつも、アスルは頷いた。 探り合いよりも先にすることがある。
「今から昼食を作るが、一緒に食べるか?」 「琴は?」 「戻っているわよ」
部屋の中から声がして、キャスが反射的に部屋から飛び出る。 勢いで部屋のドアが全開になり、アスルとルティカにも部屋の中が見えた。 いつから中にいたのか、部屋の中心に琴が立っていた。
「ごめんなさい驚かせて。右腕の調子はどう、キャス?」
言葉とは裏腹にあまり悪びれた様子のない謝罪をして、琴がキャスに尋ねる。 避難したルティカの後ろで、キャスがわずかに首を横に振った。
「まだ痛む」
愛想のない返事だった。
「気配もなく直接部屋に戻るとは、大した技量だ」
部屋を覗いて、ルティカがわずかに感嘆の声を上げる。
「問題は技量じゃなく、部屋から入らざるを得なかった理由よ」 「何か問題が?」
今度はアスルが問う。
「ええ」
琴は即座に頷いた。
「宿の周りに、武装した人影が数人分見えたわ。人数と装備から見て、あの時村にいた騎士達だわ」
瞬間、その場に緊張が走る。 アスルの隣で、キャスとルティカがそれぞれわずかに表情を変えた。 そのキャスと、アスルの目が合う。その時には、キャスはまた無表情に戻っていた。
「あの転移魔法の部屋、無事だったみたいだね」 「そうだな」
本心かはぐらかしているのか、キャスはそれっきりアスルから目を逸らして考え込む。 即座にルティカが提案する。
「ならば、すぐにでも場所を変えるか?」
ルティカの提案に、琴は首を振った。
「そんなすぐに動いてしまっては、逆に怪しまれるだけよ」
それはアスルも同感だった。 ひとまずは様子を見ようと言いかけたところで、小さな手が挙がる。
「ん?」
まるで解答する模範生徒のように、キャスの左手がまっすぐ挙げられていた。 ルティカと琴も注視する中、少女は意外なことを提案した。
「昼食、食べよう」
能天気すぎるともいえる提案に、大人3人が黙り込む。 しかし、アスルはすぐに言葉の裏が読めて頷く。 続いて琴音も同じ考えに行きついたのか、「そうね」と同意する。
「”腹が減っては戦は出来ぬ”って言うものね」 「そうは言うが……」
ただ1人納得がいかない顔をするルティカの袖を、キャスが軽く引っ張る。
「こんな昼間に、向こうが襲撃してくるとは考えられない」
そう。 キャスの提案は、大胆に見えて、もっともなものだった。
ここは首都で、人が多い。ということはここで騒ぎを起こせばあの村よりさらなる混乱が起こる。 向こうの狙いが何であれ、下手にことを起こせば不利益の方が大きくなるだろう。 ……向こうが混乱と騒ぎを起こすことが目的であるなら、その限りではないが。
「それに――」
と、キャスは再びアスルを見る。
「これからの方針も話し合いたい」
その目を見て、アスルはこのあと始まるだろう腹の探り合いを予期して小さくため息をついた。
こちらをまっすぐ見つめてくる目は、アスルを敵か味方か判じているようだった。
[155] yuki > (※補足) ・言わなくても大丈夫だと思うけど、キャスはユカリスの偽名です ・今回は視点がアスル寄りなので、本名のユカリスを知らないアスルに合わせて地の文もキャスに統一しました (2012年04月04日 (水) 21時27分)
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