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[143] パンクラチオン 投稿者:torame (2011年10月27日 (木) 20時18分)
無限の焦渇。
そうとも言えるような感覚が、何時頃からか、ワープの心奥深くに根付いていた。
何時からだったろう。
それは確か、あのとっちゃんぼうやを、模擬戦で初めて下した時だったように思う。

敵を倒す。

ぶっきらぼうな義兄と、その家族の住む鄙(くに)を守る為に。
都に住まず都に属する者、国の鄙(ひな)に住む者が傲慢な国に取り潰されぬ為には、都を助けるより他無い。
幼い頃、たぶんそう思ったのだろう。
自分が守らなければ。

それも、今では滅多に心の表に浮上しなくなったように思う。
何も感じず、損得のみで事を計る方がより上手く行ったし、それまでの胸を焼くような心持ちで任務を遂行するのと結果は変わらなかった。
変わってはいけなかった。

****************

地、塀、家屋の壁、あらゆる周囲の命持たぬ物質が壊れていく音が、路地で鈍く響く。
打ち合いは数十と拳足を重ねた後も、まだ続いている。

「『縛』!」

しかし、拳だけではない、男の奇妙な術は鎖や突起を、狭い路地の中で出しては引っ込め、こちらの動きを制限して来る。
地面から飛び出した鎖が、ワープの腕を締め上げる。

「フンッ!!」

これまで、現在を含めてこの土の鎖での拘束は3回ワープに齎された。
一度目はワープの捕縛を狙って、二度目は恐らくユキの奪取、三度目、現在はワープの足を狙って。
しかし、皆一様にヒットはするものの、今回含めワープの膂力で砕かれている。
互いのパワー・スピードは同等、衝突を重ねる毎に更に、この男はテクニックや機知にも長けている、とワープは見ていた。
否、テクニックはその通りだとしても、機知というのは多分、正しい言葉では無い。
恐らく、この男―ディプスと言ったか―は見た目や雰囲気通りに、荒事を数熟してきたのだろう。
その間に磨き抜かれたのは、機知と言うよりは多分、もっと原始的な、勘と呼ばれるようなものだと感じた。

最初の内は、自分が子供一人を抱え戦っている事が、勝負を長引かせている原因だと思っていた。
軽いものは軽いが、予想以上に「戦いの邪魔」となっている。
子供一人を抱えていればそんなもの当たり前だが、最初のうちは、あまり問題にはならないと高を括っていたのだ。
だが、このプレアデスの生き残りである小さな子供が、邪魔になるばかりでなく、あまり無い状況に梃子摺る自分を助けている事も感じていた。
無論、実際に娘がその意思と手足を以てワープを助けているという事ではない。
この娘の存在が、相手方の全力の動きもまた、封じている。

「うっ…らぁっ!」

「!!ちっ!」

この瞬間まで何度か自分の肋を砕こうとした鉄拳が、またもワープの胴を目掛けて飛んでくる。
それが肉薄し、拳風を感じるまでに引き寄せた瞬間に、一歩退き気絶しているユキを目の前に突き出す。

「…お前っ!」


ディプスの目に、怒りだろうものが点る。
当然の如く、拳は痩せこけた少女の小さな頭を砕き潰してしまう前に止まる。
これまでの打ち合いの間に、この目の前の男は、やはりワープを打ち据える事の出来る機会を何度も逃している。
やはりこのディプスという男は見立て通りの平和主義者なのだ。
恐らく、守る為に戦っている。
自分と同じ。
動くというよりは、胸の裡に動かされている。

「おっと、ダメよダメダメ」

ディプスがすぐに固く結んだ拳を開き、ユキを奪取しようと手を突き出した瞬間、腕と身を同時に引き、掴ませない。

そろそろこの男とのパンクラチオンもお終いにしなければ。
久しぶりの難敵は己の内に眠っていた闘争・競争心を、心の表層まで引き上げかけたが、何時までも遊んでいる訳には行かない。
最良のタイミングを作ってくれる攻撃を、待つ。

しかし、待ち望んだモノは、待つという程も時間を消費しない内に来た。
というよりは、こちらが引き出したという形になる。

「ッシャッ!」

「っ!!」

こちらの足刀を、身を横に翻して避けたのち、男から反撃の手が伸びる。
足刀は相手が隙を突き易いように、少しばかり大振りにしてある。
男は狙い通りに身を横に翻し、勢いを利用し、今しがた捕縛の把持を緩ませたユキを取り返そうと突っ込んでくる。
やはり勘が良い。
こちらに拳撃を撃ち込む為の今までの行動よりスピードが増している。
離脱に特化した動き―――。
だが、今回の攻撃は、この袋小路の中でいくら退かれようとも問題は無い。
男が肉薄し、すぐにでも娘を把持出来る距離に達した瞬間、左腕の袖口の隠し銃を男の胸元に向ける。
後は銃が手首の動きを感知し弾丸を発射し、男の左胸の奥にある、真っ赤なポンプを破壊するだけだ。

「『刃』ッ!」

「!!!」

ディプスの叫び声。
耳に響いた直後、左上腕に鋭い痛みが走った。
銃弾は既に発射されている。
男が血を流しながら仰け反っているのを確認し、背後をちらりと盗み見るように振り返る。
地面から、鋭い刃物状の物体が生えていた。
刃先には血がべったりと付いていて、これが数瞬前、自分の腕を切り裂いたものだと理解した。
こちらの狙いにさえ、今の一瞬で咄嗟に見抜いたというのか。

弾丸の狙いは痛みのせいでずれたらしく、男は死んではいなかった。
だが男は確かに銃弾に倒れた。
腕に出来てしまった切創の処置はともかく、早々にその場を立ち去ろうと刃から男の方―路地の出口―へ視線を戻す。

「っ…がッ…!!」

驚いた事にディプスは、傷の痛みに耐えながらも、必死の形相で立ち上がった。
咄嗟に幾分か握力の弱まった腕で、拳銃を取り出す。

「ごめんよ」

男の四肢へ、銃撃を見舞い、自由を奪う。
その行動に躊躇いや慈悲など微塵も含まれておらず、正反対に口から紡がれた謝罪は滑稽にさえ思えた。
『この馬鹿馬鹿しく頑丈な体と気概で追ってこられては困る。』
他の感想と言えば、これくらいしか無かった。

「…!!!」

男は叫ばない。
だが、見開かれた目からその激痛が窺い知れる。

「…っ…ま……!!」

「待て」と言おうとしたのだろう。
叫びはひゅうひゅうと掠れた空気の流れとなってワープの耳に届いた。
男は尚も這いずるようにこちらを追おうとしていたが、流石に動けず、結果その場で体を捩るだけとなっている。
恐ろしいまでの気勢。
しかし、この動きでは、いくらもがいてもどうなるものではない。

「・・・ふー」

ユキがまだ気絶しているのを確認してから、足を溜める。
力いっぱいに壁に向かって跳躍し、壁を蹴り、反対方向の壁に跳ぶ。
それを数回繰り返し、建物の屋上に着く。
そこからは、よく知った町並みを眺めながら、城へ戻り、少女を渡すだけ。
幸い、付近の住民は塞がった路地の轟音を聞きつけ集まり、ディプスが作った「不自然な壁」を崩したり等していたようで、自分に気付く者は少なかった。
激しい肉弾戦で壁を打ち崩された家屋の住人も、留守から帰って困るのだろう。

「……なんで?」

何故頭を撃たなかったのか。
眉の片方を微妙に吊り上げながら、一人ごちる。
あの男に止めを刺さなかった理由が、今になって分からなくなっていた。
多分、少しの時間の浪費も厭うたのだ。
もしかすれば、仲間がやって来て、最悪の状況―3対1―となっていたかもしれない。
どちらにしろあの場所に少しでも長居してはならなかったのだ。
筋肉を強引に収縮させる事で一先ず傷口を塞ぎながら、ワープはそう思っていた。

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[142] 返却希望、返却拒否 投稿者:林檎茶 (2011年10月24日 (月) 01時26分)
「わ……」

薄暗がりの路地で、力なく転がる少女を持ち上げ、そして驚きの声をあげた。
ワープは稀有な能力を持つ身で、主に腕ずくという手段を取る仕事をこなす女性だ。
そう、女性である。
多くは手先の器用さ、多くは動作の優雅さで男性より秀でることが常とされる歴史の流れの中。
彼女はその流れに逆行するような存在であった。
早い話が、『彼女は見た目に全く依ることなき膂力を備えている』ということである。
その本分は『力』そして『速さ』。
爆発的な瞬発力を以て、美女は脅威の戦士と化している。
だが、その手の小さな存在は。
腕力が秀でて強いということを差し引いても─。

「軽っ。何食べて生きてたんだろーねこの娘」

憐れむような口調ではない、ただ単なる感想としてそんな言葉が口を衝いて出た。
ユキの小柄な体格、身長を差し引いてもその
少なくとも、彼女が今まで背負ってきた生命の数々より─ずっと、軽かった。

「まあ、こんな子どもが独りなら……生き残っても、フツー野垂れ死に……」

大体の検討は、実はついている。
街の中心部から彼らを尾行していて、対象の傍から離れなかった男が一人。
武器……長剣、だろうか。
それを背に携えた長身の男がずっと彼女を守るように同行していたのだ。
彼女を助けだしたか、或いは逃げ延びた彼女を保護したのか。
いずれにせよあの男が対象を壊滅から今日という日まで生かした要因には違いが無いだろう。
意図は不明だが。
奴隷商売でもやっているのか、はたまたそっちの趣味でもあるのか。けしからん。
だが─

「ま、いっか」

詮索無用、彼女の下した決断だ。

『プレアデス殲滅作戦デノ生キ残リヲ回収セヨ』

それが彼女に与えられたたった一つの任務である。
敢えて踏み込む必要は微塵も無かった。
第一、今回の襲撃にあの男が感づいているかも定かでない。
危険を冒してまで彼女の前に現れるという可能性も、多いとは言えない。
今回もこの少女を引渡し、仕事を終え、風呂で足を伸ばし、安酒を呷って寝るだけだ。

「かーえろ……っと」

任務対象を肩に抱え、さあ帰ろう、と路地から大通りへ出る為に向き直る。
その、ワープの足元。
やや長めの影が、伸びていた。



***********



慣れぬ街を走りまわるのは厄介だった。
こういう時に慌ててはいけない。
彼は、本能的に耳を澄ませていた。
彼の能力の一つが、見失ったユキの行方を教えてくれる。
足音が、まるで全身が耳であるかのように聞こえてきた。
つい今し方まで、隣で立てられていた小さな音を、彼は、大地は聞いていた。


「かーえろ……っと」

声がする、周囲に感じる気配はひとつきり。
それが、襲撃の折に感じたものと一致していた。
ユキを捕縛する際に気配を絶ってくれていなかったのは幸いだった、追跡も間に合った。
抱えられた少女は気を失っているようだが、息はありそうだ。
そして襲撃者─女だ。その手に持つ拳銃は、急所を狙えば相手を絶命させることも容易な武器である。
彼の知る限りでは無かったが、力のない女や、子どもでさえもそれは適応される。
意を決し路地に踏み込んだその瞬間、彼女は目線をこちらに向けた。
風が、妙に冷たく感じた。




***********



「オニーサン、この子の保護者?」
「そんな大層なもんじゃない」


立ち塞がる姿勢のまま、頭一つ分上の高さから、睨まれる。
相手は、剣に手は掛けてない。
別に敵意も殺意も、放たれてないようだ。
今は、だが。

「……じゃ、私そろそろ帰るから」
「……」
「通して?」

狭い道幅に大柄の男が立っているとは言え、すれ違えぬということは絶対では無い。
その男の脇をゆるりとすり抜け、帰路に─

「……通っていいんだぞ」
「……ありゃ、ま」

帰路が無くなった。
正確に言えば、塞がれたのだ。
何処から湧いて出たか、石造りの建物から不自然に突き出た突起が、袋小路を作り出している。
どういうカラクリなのか詮索しようとしたが、無駄だろう。
これからの事を察するに、手の内を明かすほど─眼の前の男は阿呆じゃない。と、思う。たぶん。
陽光も今は遮られ、暗がりの路地に3人きりだ。
今しがた横を通り抜けた故に、男は背後にいる。

「置いてけ」
「……そういう、わけにも……」

ぐっ、と腰を落として足を突っ張る準備だ。
高さは男の身長の倍程度、走って登れぬ距離では無い。

「いかないんだよっ─!?」

石壁を駆け上ろうとしたワープの鼻先で、鋼が疾走した。
それが投げつけられた剣だと理解した瞬間、上を見上げて壁に足を駆けたままの姿勢で静止する。
振り向きざま投擲した剣で、自分の進路を塞いだのだ。
縦軸への逃げ道を残したのも、わざとなのだろう。

「……ゴーインな誘いだこと」
「別に闘りあいたいわけじゃねえ」

相手の眼は、けして好戦的ではない。
むしろ穏やかな、そして不安定な何かをワープは感じていた。
これは所謂、平和主義者の眼だ、と。

「そいつを置いてってくれ。頼む」
「だーかーらそういうわけにも……」

反撃を試みる。
相手は女、しかも武器持ちと油断してくれていれば僥倖だろう。
この手の戦いなれた人間こそ、油断してくれるはずだ。
自分が身軽だとは見抜けても……

「いかないんだっての!」
「俺もっ……」

この蹴り足で頭ひとつを吹き飛ばすことすら可能などとは、思うまい。
振り向きざまの弾丸のような蹴りが顔面を強かに打ち据え─

「退けねえっ!」
「え!?」

蹴りが、止められた。
両手のガードくらいは軽く貫通する威力のはずだが、左腕で受け、右手で足を掴まれている。
なんとまあ、面倒な奴を相手取る羽目になってしまったようだ。
ワープは、苦笑交じりのため息を漏らしつつ、空いた左足の蹴りと男の裏拳が交錯する音を聞いた。
銃は……まあ、弾がもったいないから後で。
そんな気すら、抱いていた。

裏路地に幾度と無く響く音に、野良猫の群れは飛び跳ねて逃げていく。
もうこの縄張りは無くなってしまう予感が、彼らを過った。



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[141] 追跡者 投稿者:yuki (2011年10月10日 (月) 21時58分)


 ディプス、ユキ、ティマフ、希鳥。
 その4人を尾行しながら、ワープは機会をうかがっていた。
 自分の標的とその周囲にいる人達の名前は、聞こえてくる会話の端々から知ることはできたが、今のワープには必要ない。

 目の前を、話に聞いていた容姿と一致するプレアデスの残党が歩いている。
 ならば自分は、速やかにその少女を捕らえて、あの猫にやったのと同じように騎士団の前に突き出してやる。

 そんだけ。

 ただし、少女と連れ添っている残りの3人が、少々邪魔だった。
 3人とも、首都で見かけたことはない。
 しかし動作と装備を見れば、ある程度の予測はつく。
 茶髪の青年は闘える。赤髪の女も、素人ではなさそうだ。その隣にいる白髪の青年(?)は、あれは確か王宮騎士団軍師、籐桐梨雪の子息ではなかったか?

 なんにせよ、少女一人ならこの人ごみに乗じて連れ出すこともできるのだが。
 万が一、4対1という状況になってしまうのだけは、避けなければ。

 ワープが思案しながら尾行を続けていると、さっきからそばだてている耳が、ティマフの声を拾った。

「いざとなったら、あたしと希鳥、ユキとディプスで分かれよう。希鳥は極力巻き込むわけにはいかないからね」

 その後のやり取りを適当に聞き流し、眺めながら、「ふーん」とワープは口の中で呟く。
 向こうがそのつもりならば、きっかけ1つ。たとえば少しばかり大きな音と騒ぎができれば、彼らを分断できる。
 ワープは歩きながら、右袖に仕込んだ拳銃に手をかける。

 その時、ふと少女が振り返った。

「っ」

 とっさに銃を持っている手を袖に引っ込めて隠し、しかし何食わぬ顔でワープは歩き続けた。

 気付かれただろうか。

「どうした?」
「なんでもない」

 自然と息をひそめたワープの視線の先で、少女は首を横に振って再び前に向き直った。
 安堵の息などつかず、ワープは静かに服から手を出すと、常人の目では追えぬ速さで銃口を空に向け、引き金を引いた。













 銃声が先か彼らが動いたのが先か。
 ほぼ同時に、そしてとっさに、ユキとディプスは左へ、それを見たティマフは希鳥を抱えるようにして右へ走った。
 一瞬の静寂。
 それを埋めるようにして、銃声を聞いてパニックになった人々から悲鳴が上がった。

「こ、これって……?」

 走りだした最初こそ他の民衆と一緒に悲鳴を上げた希鳥だが、騒ぎの原因、その1つに思い当たって、青ざめた顔をティマフに向けた。

「首都に来たのは失敗だったかもね」

 ほとんど唇を動かさず、ティマフは答える。
 希鳥ほど動じてはいないが、その表情は硬い。
 さっきまで気さくだった彼女から一変したその様子は、希鳥にことが緊迫していると認識させるには充分だった。

「だったら、戻って助けないと、2人が……!」

 騒ぎを見に行こうとする野次馬の流れに乗って、希鳥は引き返そうと身をよじる。
 しかしティマフは、希鳥を引き連れてさらに騒ぎの中心から離れ、一区画離れた広い道に出てから、希鳥を降ろした。
 それでも休みはせず、希鳥の体に障らない程度に歩調を速めて、彼の手を引いて歩く。
 通りは食堂や屋台が建ち並ぶ、ひと際騒がしい所だった。肉の焼ける臭いや香辛料、煮立つ野菜の匂いを乗せた湯気や煙が、2人の姿をほんの少しだけ霞める。

「さっきも言ったけど……」

 呟くようなティマフの声は、歩調に比例して早口だった。

「お前は、この騒ぎに絶対巻き込まれちゃいけない。下手に動いたら、2人を助けるどころかつけ入られる隙になりかねない」

 ずっと浮世離れな暮らしをしてきた希鳥には、ティマフの話の流れの半分も頭に入って来なかった。しかし、おそらく正論なのだろう。
 だが正論とわかっていても、今ここでユキとディプスを見殺しにするような行動に出るのは、希鳥には納得がいかなかった。

「待って、待っ……げほっ、げほっ……!」
「……ごめん、走りすぎた」

 息を切らせてしまった希鳥に、ティマフは申し訳なさそうに小さく謝って歩調を緩める。
 そして適当に席が空いていた店を見つけて希鳥を座らせると、彼が落ち着くまで待った。

「俺も……ごめん……」

 やがて呼吸が整うと、俯いたまま、希鳥はポツリと呟いた。
 それは目の前のティマフにではなく、助けてあげられない2人に対して言っているようだった。

「私達は、確かにお前よりもずっと闘えるよ。いろんな世界も見てきて、お前よりずっといろんなことを知ってるよ。……でも、お前にしかできないこともあるよ」

 静かに語るティマフの言葉に、希鳥はわずかに顔を上げる。
 目の前のティマフは、自嘲するように苦い笑みを浮かべて、「私達には国がない」と言った。
 その言葉の意味を図りかねて、希鳥は首を傾げた。
 そんな希鳥に、ティマフは苦笑する。
 そしてどこか羨望を含んだ目で、希鳥を見据える。

「2人を助けたいなら、お前には絶対機会が巡ってくるはずだよ。でもその時に、お前が捕まっていたり、死んでたりしちゃいけない。だから今は、待つしかないんだよ」

 ゆっくりと、沈み込むようなその言葉に、希鳥は今にも流れそうだった涙をこらえて、ぐっと頷いた。

「よし、休憩時間短くて悪いけど、移動しようか」

 ティマフと希鳥は席を立ち、再び町へ繰り出した。
 そして希鳥は、ティマフの言うまま、しばらく身を隠せそうな宿へと彼女を案内した。













 人ごみをすり抜けるように走って、ユキは大通りからそれた裏路地に飛び込んだ。ディプスがそれに続き、2人は人通りもほとんどない、2人が並んで走れる程度には幅のある道をひた走った。

「どうしよう……!」

 その2人の後ろを、足音が追いかけてくるのが聞こえる。
 まだ距離はあるが、足音の主は、先ほどの銃声と同じようにユキを狙っていた。ユキはそれを直感で、ディプスは大地の声で、それぞれ感じ取る。

「大丈夫!」

 ユキの隣を走りながら、ディプスはユキの手を握る。

「絶対、守ってやっから!」

 今にも泣きそうな顔で、ユキが頷く。
 握り返してきた小さな手は、走りながらでもわかるほどに震えていた。

 ユキだけでも逃がさねば。

 ディプスは入り組んだ路地を走り抜け、やがて袋小路に出た。
 2人して、どちらともなく立ち止まる。

「1人で、行けるな?」

 静かに、けれど優しく、ディプスは言った。
 ディプスを見上げたユキは、震える声で小さく、おそらくイヤだとかそういう意味の言葉を呟いて、首を横に振った。
 そんなユキに、ディプスはにっと笑って見せる。

「ちゃんと後から追いつくから。な?」

 つないでいた手が離れ、ユキの背中を優しく叩いた。
 それに押されるようにして、ためらいがちに数歩、しかしすぐに全速力のダッシュとなって、ユキは目の前の壁へ駆け出した。
 そしてディプスの目論見通り、ユキは軽い身のこなしで難なく壁を登り、その向こうへ消えた。

 それを見届け、キッと睨みつけるように、ディプスは今来た道へ向き直る。
 剣は、町中で抜くのはまずい。できるだけ地術でケリをつける。それができなければ時間を稼ぐつもりだ。
 しかし、誰も角から姿を見せない。
 自分達を追っていた足音も気配も、消えてしまっている。
 相手も走ってきているなら、もうとっくに追いついて姿が見えているはずだった。

「まさかっ……!」

 脳裏をよぎった最悪の予感に、ディプスはユキが乗り越えた壁を振り仰いだ。


 壁の向こうで、雷鳴と銃声が鳴った。












 ユキは高い所が苦手だ。しかし、今はそんなことで音を上げている場合ではない。
 駆けるように登った壁を、今度はほとんど落ちるように降りて、ユキは更に狭い路地の上に着地した。

「!」

 瞬間、右手に気配を感じて転がるように左へ飛びのく。
 先ほどまでユキの体があった場所を、何かが風を切って下から上へ走り抜けた。

「あちゃー、思ったよりいい動きしてんね」

 あっけらかんとした、そしてどこか感心してそうな声で、ワープが言った。
 彼女の背後には、人1人が通れそうなほどの通路がある。そこを通ってきたらしい。

 四つん這いのまま、ユキは声の主を、見上げる。
 追手は、人が良さそうな、しかしどこか不気味に笑みを浮かべている女だった。その手にある拳銃は、迷いもためらいもなくユキに向けられている。
 先ほど空を切ったのは、彼女の蹴りらしい。転がっていなければ確実にユキの腹に決定打を与えていただろう。

「でも生け捕りにしろってお達しだから、おとなしくしてね。抵抗されるとアタシの仕事も増えちゃうしさ」

 相手の表情は笑顔で、口調もくだけた調子の軽い物だ。
 しかし女の目が、自分に狙いを定めているその視線が、ユキの肌にひりつくような錯覚を与える。

 声を上げた瞬間、撃たれる。

 ほとんど勘で、ユキはそう思った。声を出す間も、武器を出す間も、相手はきっと許してくれない。
 そして今更のように、先回りをされていた事実に気づく。

 まるで逃げ場がない状況に、冷たい汗がユキの額を流れ落ちた。
 その心情を読み取ったのか、ワープがけらけらと笑い声を上げる。

「いやあだって、この町ってアタシの庭みたいなもんだしね。別にこんな庭なんてあってもほしくないけど。けどまあそんなわけで、足音だけ聞かせて獲物を追い込むのも、そこに先回りするのも朝飯前のお茶の子さいさいなんだよね。……それじゃ、立ってくれる?」

 思わず、無言のままユキは頷いた。
 すっと立ち上がるユキに合わせて、ワープの銃口も少し上へずれる。

 刹那。

 ばっと自分の体を抱え込むように、ユキが体を丸めた。その手が、懐の中のターバンに触れる。
 服の中でターバンが剣へと変じ、冷たい刃の感触がユキの腹に当たる。懐に収まりきらない切っ先が、少しばかり服を裂く。
 構わずユキは更に頭を下げて駆け出した。
 その少し上を、銃弾が掠める。

「落ちろ」

 ワープを見ずに、ユキは呟いた。

 直後、雷鳴とともに小さな雷がワープへ落ちる。

 ユキの肌をひりひりさせていたワープの気配が、一瞬途切れた。
 体を丸めたまま、ワープの脇をすり抜けてその後ろの路地へ、更にその途中目に入った通路へ滑りこむ。その時には、剣をターバンに戻した。
 通路と言うより、建物と建物の隙間と言った方が正しいくらい細い道だ。
 小柄なユキでさえやっと通れるほどのそこを、壁の凹凸に手をかけて登る。

「こら、止まれ」

 壁の半ばまで来たところで、再びワープの、静かな殺気がこもった声がした。
 銃声と雷鳴を聞きつけて、何事かと人が集まってくる声も聞こえる。
 ユキが振り向くと、通路に手を突っ込み、銃を構えているワープが見える。
 ワープの体ではここを通れないのだ。

 タン、タン、タンと、立て続けの発砲。

 威嚇射撃である3発の銃弾は、とっさに手足をちぢこませて止まったユキのすぐ近くに着弾する。
 今にもすくんで止まってしまいそうな手足を夢中で動かし、ユキは壁をよじ登り屋根の上に出た。
 しかし今度は屋根から降りず、腹這いに伏せて逃げる方向を、町の外への最短ルートを確認する。
 そして屋根の上を転がって再びさっきの通路に戻る。
 そこに、ワープの姿はない。
 おそらくさっきのように屋根の向こうへ先回りしたか、別の場所から屋根に登ろうとしているかのどちらかだ。

 集まってきた野次馬を避け、ユキは細い通路を抜けて後は大通りを背にひたすらに走った。



 更に入り組んだ最下級の居住区も抜け、町並みも途切れ始めてきたところで、ユキは積み上げられたゴミの陰に身を隠した。
 町はずれの、首都の外へ続く道を、ぞろぞろ歩く集団がいる。
 集団は、皆一様に目深にフードをかぶり、足元まで隠れるローブに身を包んでいる。
 そして距離を置いていてもわかる、腐乱臭を放っていた。

 一目で尋常でないとわかるその集団の中に、ユキは、見知った姿を見つけた。
 遠目からでも、全身を布で隠していても、背格好と歩き方でわかる。

 ティルダだ。

「――――――――――!!」

 名を叫ぼうとして開かれた口は、しかし背後から回された手に塞がれた。
 次いで、右のこめかみを何か固い物で思いっきり殴られた。
 絶妙なタイミングでユキの口を押さえていた手が離れ、殴った衝撃が遠慮容赦なくユキの脳を揺らす。
 痛みを感じる暇もなく、その一撃でユキの意識は闇へ落ちた。










「お仕事完了ーっと」

 気を失ったユキを抱っこして、ワープはふぃーっと額の汗をぬぐう動作をした。



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[140] ひらひらり 投稿者:taiki (2011年10月08日 (土) 18時51分)




軍事国家アンビシオン。その軍事医療センターの一郭。
他から隔絶されるように、奥にひっそりとあるひとつの病室の前には、いかにもな無骨でいかつい黒服の男の集団が、蟻一匹通さぬというように立ち並んでいる。
その男たちに向かって、足音がする。こつん、こつん、とそれは静かな病院の廊下に響き渡り、その主をワックスでぬられた廊下に映し出す。
無粋な男たちはその姿を確認すると、ビッと音が聞こえそうなほどの勢いで敬礼して、その人物を病室へと招き入れた。
その人物は、男たちから発せられる消臭ポットのような香りにいぶかしげにしていたが。


病室は窓ひとつなく、変わりに静かな蛍光灯の光といくつものモニターがあった。ぴこん、ぴこん、と心臓の律動(リズム)を知らせる機械の下には、静かにベットに横たわる一人の美男子がいる。・・・ムヴァだ。
部屋に招き入れられた人物はムヴァに歩み寄ると、彼ははそれで目を覚ましたのか、琥珀色の瞳を向けると体を起こそうと動いた。人物はそれを冷たい目で見守るだけで、それを止めない。病人を労わる様子もなかった。そしてやっとこさ上体を起こし深い息を吐いたムヴァに、言葉をかけた。


「どのくらいでまともに動けるようになる?」

「・・・・一週間、いえ、五日いただければ、必ず。酷いのは腹部からの多量出血と、それに伴う体力・生命力の低下で、骨折など長引く怪我はしておりません」

「ならば取替えの必要はないな。一週間でも二週間でも養生するといい。参加してもらう次の作戦までには時間があるからな」

「次、ですか」


ムヴァは最初にゆっくり養生することを許されたことに内心驚き、次にもう次回の作戦が組みあがったのかとわずかに目を見開いた。
その反応に少し気を良くしたのか、少しだけ口角をあげてその人物は頷き、今日はその話できたのだ、と言う。


「お前たちが盗って来た『秋水漆型』のデータを流用して今ある軍事兵器に改良を施すことになった。ついてはお前たちにそのひとつである兵器の機動テストを頼みたい」

「お前たち」

「そうだ、あのSFの二人と一緒にな。と言っても、実際に機動させるのはSFの二人で、お前はデータを観測・採取すればいい。機動テストが無事終了したら、そのまま真っ先に二人に兵器を贈呈してやるつもりだ」


くつくつ、とその人物は笑い、話を続ける。ムヴァの透き通る琥珀の瞳が、ただそれをじっと見ている。
ゼフィスとカイと、また一緒になのか。それは彼にとって不明な安堵であり、同時に明確な不安だった。
あの二人は軍人ながらなかなかに人懐こく、同時にずかずかと入り込む。と思えばしっかり境界線を守ったり、ノックをして反応を待ったり、我慢仕切れずに飛び越えたり・・・それらすべてがムヴァにとっての不安要素なのだ。
ああいう人物は他の人にこそすれ、自分には必要ない。
『必要としてはいけない』というのが正しい。自身がそれを望んでいるか否かは兎も角。
ずっとそうやってこの国に仕えてきた。だから彼はそれ以外のやり方を知らないし、知ろうとも思わない。


「テスト予定の兵器に改良を施し終わるまでに一〜二週間かかる。それまで英気を養うことだ」


成程、それだけ休める許可を得られたのはその為か、と内心息をつきかけた。しかし、次に発せられる言葉により、その息は飲まざるをえなくなる。


「お前たちに任せる機動テストをする機体はSF専用兵器バトルスーツだ。テストが終了次第、本格的な作戦に入る」

「・・・かしこまりました。参謀長官殿」






********






「ほらよ」


アストロからぶっきらぼうに渡された資料を、アルムは顔色ひとつかえることなく受け取った。
資料、と言ってもフィエルテやユスティティアで使われるような紙のものではない。小さなUSBメモリを開けば、空中に一枚板の映像となって映し出される。


「ドヴェルグ・サルタの研究員から流してもらった、研究所で侵入者と交戦した『汀』の残留データを解析した結果だ。残留映像データから、リシェス軍事研究所を襲ったのは三人。うち一人は金の長髪に琥珀の瞳の男。 ・・・アンビシオンの『蝶』だろうって見解がつえぇな」

「蝶、ですか」

「何かしらねーけどそう呼ばれてるらしいぜェ」


一応上司的立場である社長アルムの前で、敬語もなしに腕組をして壁に背をかけているアストロの姿は、凡そ許されるものではないだろうが、アルムはそれを露ほど気にした様子もなく、口を開いた。


「・・・それで、その研究員は?」

「捜索届が出されるのは一週間後くらいじゃね?」

「ならよし」


そこでやっとにっこりと浮かべた若い男の笑みは、どこまでも冷たい。
それに対して内心毒づいてから、アストロは問いかけた。


「で、次はどうすんだよ。アンビシオンに仕掛けるか?」

「いいえ。ところでアストロ・ボウイ。少し旅行にいってきてくれませんか?」

「オレに戦場いけってか!」

「いやそんな。さすがに戦場には行かせませんよ」


くすくす、と笑い声をこぼすアルムにヒヤリとしてから、アストロは安堵の息を吐いた。
そのアストロの様子が面白いのか、まだ笑みを浮かべながら、アルムは「まぁ詳しいことはメールで送るから」とアストロを下がらせることにした。
内心ぐちぐち言いながら静かに下がる彼を見送る時には、冷たい笑みは顔から剥がれ落ちていた。そしてアストロはそれを見逃さない。


(トんだ社長ぼっちゃんだな)


何がどうなりゃあんな風になるんだか、とふと思いながら社長室をでるためのドアをくぐったとき、それを待っていたかのようにするりと小さな影が彼の足元をくぐっていった。
それに思わず情けない声をあげたが、驚きながらも彼の眼はその影の正体を捉えていた。
猫だ。金色の瞳に緑の首輪をつけた。


(・・・あれ、もしかして飼ってんのか?)


そんなことを考えながら後ろでにドアを閉めた瞬間、その疑問に答えるかのように、猫の名を呼ぶ社長の声と、猫の鳴声が聞こえた。





*********





もしも、手のひらの中に綺麗な蝶がいたとしたら、どうする?
そっと包み込むことも、その手を離して逃がすこともできるけど、握り締めることだって容易いんだよ。



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[139] 町外れの仲間外れの見当外れ 投稿者:星ト芥 (2011年09月25日 (日) 01時51分)
 リシェス郊外の古ぼけた見てくれの魔具店に、――尤もこの国において、今時魔具店は流行りそうもないが――本日一番の客が飛び込んできた。ドアに掛けておいたベルが勢いよく響く。

「ファー君ファー君、ちょっと聞いて!」

 客は僕――一応、この店の店主である――の方に向かって飛び込んでくる。

「何だスレイルか――見ての通り、営業中だよ。君が思うほど暇じゃないんだ」
「客が居ないなら別にいいじゃない。取り敢えずこれを見てよ」

 僕は二人分の紅茶を入れながら応えていた。
「一見する前に百聞を聞かせてもらおうか」と客――名をスレイルと言う。僕も彼女もエルフである――に促すと、


「ドヴェルグ・サルタ社長が逮捕されたのよ。 それも、未成年買春で」


 一瞬、紅茶を淹れる手が止まる。 今、耳にしたことが、とても信じられたものではなかったのだ。が、頑なに拒絶するのはすぐにやめることにした。過ぎたことに対して、それも所詮他人事である。余事象を考える必要はないだろう。

*  *  *


 新聞に一通り目を通すと、一先ず椅子に座って紅茶を出す。何時からここは喫茶店になったのだか。

「―――それにしても、何でまた未成年買春なんかを?」
「それはご本人に聞いてよ…」
「そこそこな年なんだろう? まあ僕らもエルフだから他人事は言えないけれど」
「そうね、他人事は言えないわね」

 一呼吸置くかのようにお互いにティーカップを手に取り、紅茶を飲む。スレイルは猫舌だ。まだ冷めていない紅茶を飲んで涙目になっている。

「何だか変な話よね」
「そうだね、ここ最近、何かが変なんだよ」

 カウンターの下からチラシの裏とペンを取り出すと、何となく思っていることを書き始めた。

「まず、この事件のことかな」
「ファー君は“どうして、大手会社のカリスマ社長さん(初老の人間・男性)が未成年買春なんかで捕まったのか”と言うところかしら」
「うん…まぁ、“そういう趣味ですので”と言われたら一発解決なんだけどさぁ」

 本当にそうである。国内の有名人のプライベートにどれだけ興味があるパパラッチであろうと、それを完璧に把握することは不可能だ。

「その可能性は大いにあるけど………まあ、今回はその線がないとしましょ。つまらないし、何か残念だし」
「じゃないとしたら、パッと浮かぶのは陰謀説かね」
「会社の誰かが社長を陥れようとしたって? 社長のイスがそんなに欲しいの?」
「そりゃまあ、会社とはすなわち一つの社会。 いろんな人間がいるだろうに。純粋にお金や地位だけを求めて昇進したい人もいれば、自分の実力を十分に発揮できるところを探す人もいるだろうし」
「あとはやたら承認欲求の強い人とかね」
「社長が結構な敏腕だそうだからね。よっぽどの成果を上げない限りは認めてくれそうにないよね。人柄はよく分からないけど」
「そうねぇ。頑固者っていうか気難しそうな人と言うか。中身は分からないけど」

 一旦筆を止める。これ以上話が続かなさそうなので、別の視点をあたってみる。

「―――敵はドヴェルグ・サルタ工業の中にいるという先入観も、一回捨ててみよう。
 誰かいないかな、そういうの」
「ライバル企業が別会社の社長を貶めるの?どうやって?」
「確か…ほら、商工連合だったっけ? あの会社もそこに参加しているんじゃなかったっけ?」
「まあ有名どころは其処よね。 それで、どういうトリックを使うつもりよ?」
「トリックは後からついてくるだろうから、この際は話に出さないでおくれ。敵が決まれば、手法も大体決まってくるだろうから」

 僕はドヴェルグ・サルタ工業社長――ベルゴ=フェーゴのことをよく知らない。
僕ら一般市民から見れば雲の上の人。何処かである幕を媒介しないとお目にかかれない存在であり、
彼にしてみれば僕の存在は“その他大勢”に分類される程度の価値でしかない。

 ―――相手が有名人である故、何分容疑者が多すぎるのだ。いや、“動機のある・あってもおかしくない人間”がやたらと多すぎるとでも言うべきか。
“その他大勢”が何らかの怨みを持てば動機になる。問題は一般人如きに接触するチャンスが確実に回ってくるのか、だ。
“ドヴェルグ・サルタの人間”の内部に問題があったとしたら?しかし、犯人が社長に近づけるチャンスはあるのか?そして、実行に移せるだけの隙が社長に存在するのか?
“商工連合の誰か”になるのか?その場合、容疑者が一気に絞られるが、その分犯人には大きなリスクが生じる。そのリスクは完全に回避できるのか?

 考えれば考えるほど容疑者が増える。こんなに面倒くさいことになるならば、いっそのこと“そう言う趣味でした”で済ませておけばよかったと猛省。

「長考中悪いけど、ファー君」
「ん?」
「“誰が何故やったか”じゃなくて、“どうやったか”で絞ってみたら?」
「トリックから考えるのはあんまり好きじゃないんだけどな…迷路を逆から辿るズルをしているような気がしてね」
「いや、容疑者が多い場合はそうやって切り捨ててかないと、月見酒が不味くなるわよ?」
「そうしようか、お酒は何も考えずにサッパリした頭で飲みたいし」

 ここで新しく紙を取り出す。“有名人を罠にはめるなら”と紙の端に赤いペンで太く書く。

「この際、お金は無尽蔵にあるとして、好きなことやっちゃいましょ。連合の連中ならきっと出来るはずよ」
「まあ、一番確実なのは“直接操作できる術式か何かを仕込む”方法かな。本人の実力次第で遠くからでも、長い間支配できるしね」
「そうね。強烈な術式だったら相当な時間やりたい放題にできるしね」
「他…頭硬いな、他の考えはどうにも」
「それの亜種では“何らかの幻覚を見せる術式か何か”かしら。ただ、これだと確実性に欠けるわね」
「彼の意思が強ければ多少の幻覚は振り切れるだろうしね。ここまで巧く事を運ぶには、やっぱり幻覚よりも高等な支配術式の方が好ましいな」

 ポットの紅茶を淹れなおす為、一度席を立つ。背後からスレイルが声を上げる。

「本当にその他の方法はないのー?」
「その記事をもう一遍読み直してごらんよ。彼は“未成年買春”の“現行犯”で捕まったのだろう?普通の考え方で行くと罠には嵌められないんだ」
「それは、そうだけど…」
「まずは“何者かに、そういう場所で待ち合わせるように指示された”と言うパターンにしようか。これだと流石に無理がある」
「え?…あー。待ち合わせがそういう場所だったとしても、流石に若い女の子に手を出すヘマはしないわね」
「一応一社の社長さんだよ?どんなダメ社長でもスキャンダルめいた話は回避したいだろうに」

 僕が席に戻ると、早速スレイルが目配せで紅茶を催促する。言えばいいのに。いや、自分で入れてくれればもっといいのに。

「まさかその一例だけでもう手段が確定したわけじゃないでしょうね」
「まさか。あとは、“誰かがドヴェルグ・サルタ工業、もしくはベルゴ社長の信用を失墜させるために影武者を送り込んだ”。これはすぐに棄却できる説だ」
「――そうね。理由は、」
「「“現行犯”」」
「そう。影武者なら、今頃本物は“アイツは影武者だから、あんまり騒ぎ立てないでおくれ”と発表するだろうしね」
「まあ、それ位でも会社の信用にはそこそこのダメージが与えられるかもしれないけど」
「そうだね―――おっと、変なことを思いついてしまった」
「どうしたの?」
「本物が、“アイツは影武者だ”と発表できない事態」

 店の振り子時計が十回音を立てる。どうやらうちの時計では十時を回ったらしい。

「え、―――つまり?」
「ざっくり言うと口を封じられたんだよ。言葉通りの意味か、比喩的な意味で」
「比喩的な意味の可能性は…」
「うん、まあ僕が犯人なら迷わず殺しちゃうだろうね。“ドヴェルグ・サルタ工業社長ベルゴ=フェーゴ役”は一人で十分だ」
「本物と偽者がすり替わる…推理小説の読み過ぎなんじゃないかしら」
「事実は小説よりも奇なり、だよ。所詮推理小説は、正解に至る為に必要な事柄は全て文章中にあるし、そして犯人は登場人物の中に必ずいるんだから。確率なんて、低くても五パーセントを切ることはない」
「そういうものかしら」
「そういうものだよ。実際の事件なんか、正解に必要なヒントは自分で探さなきゃいけないし、犯人が思いもよらない所にいることも多いんだから」

 スレイルがはっと思いついたように目を見開く。この人も何か変なことを考え付いたな。

「そうだ、未成年買春された娘も怪しいと思わない?」
「ん、変なところに目を付けたね」
「都合よく警察が現れて現行犯逮捕したこと自体が変なのよ!」
「まぁ…確かにそうだ」
「通報するにしても、第三者にはその娘が未成年かどうかなんて分からないじゃない。ってことは」
「つまり“買春されてた娘の誰かが気づかれない所で警察に通報してた”と」
「何で話を持ってっちゃうのかなぁ、もーっ!」
「おっと、ついつい悪い癖が」

 スレイルが、自分のセリフを持って行かれたことをやたらと悔しがっている。そこまで悪いことをしたつもりはないのだけど。

「――しかし、それでもその娘達に通報するメリットがあるかねぇ。どうせ通報して貰える褒賞は微々たる程度だろうに」
「そこで商工連合の力よ。“この日にベルゴ社長を君らの所に送り込むから盛大にもてなしてやってくれ。お礼は言い値で結構”というお話が来たとしたら?」
「普通の人なら喜んで飛びつくだろうね。取り敢えず小切手にゼロをたくさん書き込むかな」
「ファー君って意外とがめついのね…」
「よしてくれ、人聞きの悪い。ノーリスクスーパーリターンなこの話、乗らない人の方が可笑しいね。僕は乗らないけど」
「あら、可笑しな人」
「いやいや、これ程きな臭い話もないよ。どうして、態々自分達に白羽の矢が立ったのかも解せないしね」
「撤回。疑り深い人」
「せめて用心深いと言ってくれ」

 容疑者はある程度絞り込まれた。どのように転んでも、やはり商工連合が一枚噛んでいると見て間違いなさそうだ。

「あー…でもなぁ」
「どうかしたの?」
「この国のシステム自体が腐ってるから、なかなか面倒くさいことにもなりそうだよな…」
「どうして?」
「抽象的な話からしようか。辞書的な意味での“正義”が、この国に果たしてあるだろうか?」
「えーと…つまり?」
「具体的に言えば、会社も、警察も、もしかしたら犯罪も、お金で全て取引・解決出来うる社会なんだよ。正義を失えば、警察も結局は“犯罪者取締会社”に成り下がるのさ」
「えー? 」
「寧ろ“金持ち”が“正義”になるかもしれない。いや、もうなってるかもしれない」
「いや、え、どういうことを」
「例えば、“真犯人が未成年買春した”と言う事実を、警察と取引した結果“ドヴェルグ・サルタ工業社長が未成年買春した”と改竄する権利を得た、なんて荒業もできうるんだよ」
「それは流石に無理があるんじゃ…」
「僕とて、そうだと信じたいよ。ただ、この国が金で完全にコントロールできる社会であったとするならば、それすらも可能になってしまう恐れがある」
「これは警察を信じるしかないわね…正義がそこにあると」
「うーん…果たしてあるかなぁ」
「そこはせめて信じてやりなさいよ!」
「全幅の信頼は置けないね。悪いけど」
 
 思わぬ方向に脱線してしまった。ヒトは疑いだすとキリが無いから、こういう犯人捜しのシミュレーションは肩が凝る作業になる。

*  *  *


「――で、ここまでの話をまとめると、だ」
「はい、まとめるとこうなるわね」

-----memo-----

仮説“ドヴェルグ・サルタ工業(以下、DS工業と表記)社長ベルゴ=フェーゴ氏は何者かにハメられた”

考察“どうやったらベルゴ氏をハメることが出来るか?”

×現行犯で捕まっている以上、誰かとそういう店で待ち合わせていた可能性は捨てる
 理由:ベルゴ氏は人格者である(と信じたい)から

DS工業からの発表が無い以上、逮捕されたのが影武者である可能性は低い
 理由:即座に発表しなければ、DS工業の信用はだだ下がりになってしまうから
 →本物のベルゴ氏は何らかの理由で声を出せない状況に陥っている可能性あり
  →もしかすると、捕まっているのが影武者で、本物は既に死んでいる可能性も?
 ※ただし、影武者作戦を決行するには、かなり精密にベルゴ氏の姿を真似なければならないため、
  メイクするにも成形するにも、相当な資金が必要であると思われる ∴首謀者は相当な資金を用意できる人間である可能性大

魔法の力か何かで操られてた可能性が高い?
  準備に必要なモノ:高等術式に精通している魔術師(or魔術技師)、左の人物を使役できるだけの支配力orカリスマ、結構なお金(製作費、協力者に対する報奨金)
  実行に必要なモノ:術式を仕込めるだけの距離に接近できる機会、接近に値する地位もしくは関係
  実行可能な容疑者:商工連合の人間、DS工業社員(上層部の可能性大)、社長に対して怨み妬みを持つ何者か(※要社会的地位)

 →ひょっとすると売春してた娘達も、犯人とグル?
   準備に必要なモノ:どれだけ高額な報奨金の請求が来ても対応できるだけの莫大なお金
   実行に必要なモノ:入念な打ち合わせ
   実行可能な容疑者:商工連合の人間をはじめとする、莫大な財産を有するもの

 →警察まで自分の手駒にしている可能性?
   実行可能な容疑者:社会的地位と警察を掌握しうる権力(相当な財力・警察が従わざるを得ない強力な武器)を有する者
  警察を自分の指揮下に置けば、以下の流れで迅速に現行犯逮捕できる
   ベルゴ氏がいかがわしい店に入った→先述の売春少女と既成事実を作った(ことにする)→即刻警察に情報を流し、警察を送り込む→現行犯逮捕

以上より、これを行うには商工連合の人間が関わっている可能性が高いと推測できる

--------------


「――ん……なんか、言った覚えのないことも書いてあるんだけど」
「あ、何か問題でもあった?」
「んー…まぁ、間違ってはいないだろうからそのままでいいや」
「まあ、どのアプローチから攻めても商工連合の連中は疑わざるをえない、か。思いついた作戦は二つだけだけど」

 紅茶を飲んでいたスレイルは、今度はカウンター脇のマドレーヌの包装に目配せしている。出せと言っているのだろうが、残念ながらそれは売り物だ。

「捜査ごっこでもするの?」
「大事な店があるし、もっと大事な命もある。この程度のことに首突っ込んで、その首を刎ねられたらそれこそ大事だ」
「そう、それは残念」
「まぁ、犯人の次の一手を待つしかないよ。きっとそいつは、今度はドヴェルグ・サルタ工業をコントロールしようと企むはず」
「なんとまた大胆な一手を…」
「何せ兵器まで作ってて軍事力も保有している会社だよ?それに昨今の国際情勢を照らし合わせると、だ」
「まさか…」
「多分それで合ってると思うよ。あぁ、莫迦莫迦しい」
「…それは私の正義が許さないわね。ファー君もそうでしょ?」
「残念なことに、今回の場合、狂いそうな歯車が大きすぎる。止めるにしても、この二人じゃ手に負えないよ」
「…はぁ。嫌なくらい冷静ね」
「戦う気がない訳じゃない。ただ、今の僕らではどの道分が悪いと言っているだけさ。 …君も、この事はしばらく口外しない方が良い。数少ない協力者であり、賛同者でもある君を失うのは惜しい」

 今しばらくは、黙って町外れの仲間外れを演じている方が良いだろう。今まで通り、普段通りの営業を続けるだけだ。誰が来ても慌てず、拒まず、情報をやり取りするだけの関係。 寧ろ、この関係がいつまでも続けばいいと思っている。これ程気楽で幸せで好い加減なことは無い。

 …さて、仮説じみた推理ゲームはここで終いにしよう。警察でもないし、私立探偵でもない“ただの一市民”が勝手気ままに仮説を立てているだけだ。証拠もなければ、それを検証する術もないのだから。“全くの見当外れ”と言われればそれまでだし、“君の考えは現実性を逸脱している。非常識的だ”と言われたら何も言い返せないのだ。

 今日も客らしい客は来ない。人間だろうが、森エルフだろうが、街エルフだろうが、隣国からの不法入国者だろうが、僕は相手が“敵意のない客”であるなら迎え入れるし、彼らの力になろう―――もしかしたら、この姿勢自体が、客が足を踏み入れない要因なのかもしれない。反省。

「現実は小説よりも、―――そうならないと良い。この詮索が無駄に終わってくれれば、どれほど気が楽か」
「ファー君?」
「ん、まあなるようにしかならないさ」

 僕はティーカップを片付けた。今日も客らしい客は来ない。―――そう思ったところで、ふと変な考えが頭をよぎる。

「あぁ、そうだ」
「え?」
「この前の潜入事件が、今回の買春事件の引き金になったのかも」

 そうだ。そうすればドヴェルグ・サルタ工業全体にスキャンダルが立て続けに出たことにも納得がいく。いや、潜入事件は他国の任務だったとしても、ベルゴ社長未成年買春の件は、確実にこの会社を最下点に突き落とす為ならばこの上ないチャンスである、とも考えられる。

「なるほどねぇ。会社も社会も、信用の問題だもんね。失墜した信頼をどん底に落とすなら、今…」
「そして、今、ドヴェルグ・サルタが不祥事で沈めば、神様も離れていくだろうね」
「お客様ね。で、残る大切なお客様は…」
「戦神だろう。あそこの最新鋭兵器なんてどうだろう」
「高い買い物かもしれないけど…安く買えたらそれこそ儲けモノね」
「スレイル。やっぱり現実は小説よかずっと単純かもしれない」
「そのようね」
「でも、この話もオフレコだ。聞かれても問題はなかろう、けれど言いふらすのは都合が悪いし、意味もなかろうし――」

「―――そうだろう?」「―――そうね」

 現実が、このメモの内容の斜め下を行ってくれれば―――いや、変なことを考えるのはよすべきか。

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[137] 戦乙女(ワルキューレ) 投稿者:泰紀 (2011年09月02日 (金) 04時12分)

ヘレディウム大陸が一国、王政国家フィエルテの国軍は『王宮騎士団』と呼ばれる部隊がある。
フィエルテを守護する零〜十二の十三の部隊からなる騎士団で、部隊には番号と星座の名前が振り分けられているが、部隊の特色によって俗称や別名がある。

第十一隊、『ヴァルゴ』。

「乙女座」の名を持つ部隊であるが、その中身はそんな清らかなモンではなかった。







フィエルテ首都、騎士団の詰め所。
その敷地内には罪人を収容するための施設もあるのだが、そこから囚人であったナームをライマーの元へ連れ終わったシャドウとレオンが、パラケルスのもとへ向かおうと歩いてたその時、ふと何かを思い出したようにシャドウが「あ。」とマヌケな声をだして立ち止まった。
いきなりのことだったのでレオンはその立ち止まった背中に鼻先をぶつける。そのお約束ともいえる姿に苦笑しつつ、シャドウが先にパラケルスのもとへ行くようにと申し付けてきた。
すぐ戻る、と笑いかけて彼は小走りで今しがた来た道を戻る。それが右の曲がり角に消えたのを見送ってから、レオンは前を振り返るとぎょっと止まってしまった。

前から歩いてくる筋骨隆々のデカブツが二人。何かを楽しく談笑しながら、レオンに気づくこともなく此方に向かってくる。
その人物達をみてレオンは内心顔をしかめた。男二人の身につけられた紋章が第十一隊ヴァルゴのものだったからだ。
レオンは第十一隊の連中が苦手だった。何とかその二人をやり過ごそうと、狭い廊下の道をその二人に譲ろうと隅にずれた。
しかしその通路は狭く、同時に前から歩いてくる男達は大きい。それでレオンの身体は横にずれ、身をすくめていながらもぶつかってしまった。
嗚呼、とレオンはまた内心で顔をしかめた。


「おおぅテメェ何ぶつかっとるんじゃゴルァ!!」
「ケンカ売っとんのかアアンッ!?」


・・・・これだから第十一隊は嫌なのだ、とレオンは溜息をついた。
荒々しく喧嘩っ早い。実力はあるものの問題児が集まった不良集団。心優しいレオンが唯一好きになれない人種の集まりだった。大声で怒鳴りつけるように喋るので、萎縮してしまうのである。
それで乙女座の名を持っているのだからギャップがありすぎるというものだ。


「何とか言わんかいワンちゃん!!」
「ぼっ、ボクは狼ですっ・・・」
「そいつぁすまんかったな狼坊や!!」
「んでチミは喧嘩売ってんのかなぁ!?ンアア!!??」


ぴきぴきと青筋を立てた顔をレオンにガンつけるように近づけ、怒鳴る。
デカデカのムキムキのいかついマッチョメンがそういうことをしてくるのにビビらない訳がない。
びくりと獣耳と尻尾が跳ねて毛が逆立ち、それからしゅんと垂れる。レオンが完全に怖がってしまっている証拠だった。
それでも二人の男共はレオンに怖い顔を近づけて、彼の返答を待っている。


「す、すみませんっ・・・悪気はなくて、避けようと思ったんですけど・・・・ぶつかっちゃって・・・・!!」


やっと搾り出した小さな声。それでも今のレオンにとっては精一杯の声だった。
そうして尚もびくびくするレオンを数秒間、沈黙を以ってそのまま動かずに見ている男共は、やがて曲げていた体躯を伸ばして、それで彼から離れる。


「そういうことなら仕方ねぇなぁ!ぶつかったのはお互い様っつーワケだ!」
「悪かったな狼坊や!!」
「ぼ、ぼくにはレオンっていうちゃんとした名前が・・・・」
「アーン!?いきなり言うようになったなレオン坊や!!」
「ご、ごめんなさいっ!!」


そう言って身を縮こませるレオンは、きゅぅん、と鳴いて身を伏せる犬のようだ。
その様子がちゃんちゃら可笑しかったのか、男二人は呵々大笑してレオンの背中と肩をそれぞれが一度ずつ叩きながら、その場から去っていった。
次からは気ぃつけろよ、そう一言言い残して。


「・・・・・・・・・はぁー・・・・・」


嵐の後の静けさ、というのはこういうのを言うのだろうか。とにかく、先の男共の笑い声が聞こえなくなるまで硬直していた身体が、やっと緊張から解き放たれた瞬間、レオンの口から思わず安堵の長い溜息が漏れた。
その安堵感に暫く浸っていると、シャドウが戻ってきて、まだその場にいたレオンを訝しげに見ながら苦笑する。


「なんだ、待たなくても良かったのに」
「い、いえ、その実は・・・」


慌ててシャドウに、今自身に起こった事を感想交じり、溜息まじりに話す。
あの部隊の連中のようなタイプはもともと苦手なのだ、それをレオンは自覚していたし、シャドウもそれを理解していた。
すると彼の話を聞き終わったシャドウは大きく笑って、そうかそうか、とレオンの頭を軽く二度叩いてから歩き出した。
慌ててそれに追従するレオンは、シャドウのその意図を理解できなかったので、聞いてみると、シャドウはこう答えた。


「まだまだだな、お前も」


あれくらいでビビるな、ということなのだろうか。
しかしそれ以外の意図がある気がして、レオンは結局彼の意図が解らずじまいだった。












先ほど、レオンとぶつかった第十一隊ヴァルゴの二人は先ほどのことなどを忘れて談笑しながら歩いていた。しかし彼らの向こうから歩いてくる人影を見つけた瞬間、男たちは立ち住まいを正し、バッと頭を下げた。


「ウーッス!!!」


腹から出したその声を受けたのは、これまた大きな男だった。筋骨隆々なのは勿論だが、鋭く涼しい目つきやかけられた眼鏡のせいか、酷く知的に見える。
そして身に着ける装備品には第十一隊ヴァルゴの証である紋章。
誰の目からみても、その知的な男が第十一隊ヴァルゴにおいて高い位置にいることが解る。

・・・そう、高い位置にいる。何故ならこの男は第十一隊ヴァルゴの副隊長だからだ。
その副隊長の隣に、一際小さな人影・・・その男達に比べればあまりにも小さすぎる・・・があった。


艶やかなロングストレートの黒髪、前髪を大きな青いピンでとめ、二本の剣を携えている少女。
その身に着けた鎧は立派だが動き易そうで、あらわになっている二の腕には、大きく第十一隊ヴァルゴの証である紋様があしらわれたアンクレットが輝く。



このわずか9歳の少女こそが第十一隊ヴァルゴの隊長であり、荒ぶる猛者共を選び、導き、遵わせる戦乙女(ワルキューレ)その人であった。








「あれ、ジュニア隊長いたんスか!」
「すいやせん、あんましにも小さくて気付きやせんでした!」
「なんだとぅっ!!」
「こらこら、小さくて可愛い隊長をそんな風に無碍にするもんじゃありません」
「むきぃー!」



[138] 泰紀 > ジュニアパートは原案妹、執筆私で書くことになりました。自分で書けェ・・・ (2011年09月02日 (金) 04時19分)
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[136] 無為なる哄笑 投稿者:torame (2011年08月31日 (水) 07時03分)
アルムコーポレーション社宅、アストロ・ボウイの個室。
移籍する前のドヴェルグ・サルタの部屋より小規模だが、生活感、そこに人間が住んでいそうな風、という点においては風情で勝る小部屋。
しかしそういう事はアストロにとってはどうでもよく、質素である事はアストロにとっては不満でしかなかった。

「あっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっ!!!!!!!!!」

しかし、今は別な事がアストロの心を占めていた。
ドヴェルグ・サルタ社長のベルゴ=フェーゴの未成年買春現行犯での逮捕。

「うひゃっはっはっはっはっはっひぃーっひっひっひっ!!!」

自分達が作った「あのゲスなバッジ」が功を奏した事の証左となる事件がついに起こったのだ。
が、アストロの哄笑の理由はそんな物の為ではない。
他を圧倒する威風堂々とした態度、手腕と人物に惹かれ心酔する部下、それを持っても尚浮かれる事の無い巌のような「自分の道を行く」というような表情が前々から気にいらなかった。

「プヒャーッハハハ…ヒー。」

哄笑を止め、フローリングの床にごろりと大の字に転がる。

「………さあて、どうするのかねぇ、次は…アルムさんよ。」

人の行動を自在に操る商工連合バッジ。
これだけでも絶大な力を手にしているワケだが、この一度崩れかけたヤシロを立て直すには、一つと言わずまだ足りない。

「やっぱ戦争だよな」

素直にそう思った。
これ以上の食い物が有るだろうか?ノウハウはウィルシン―となったケイン―と、天才である自分が居れば事足りる。
金はあのゲスなバッジで操った連中にどうとでもさせれば良い。

「よくわからん連中…よくわからん理由で争うだけ争えよ…それだけ俺様の蓄えになるからな」

何かから解放された爽快感を胸に湛えながら、窓から見える夕日を眺め、休憩、歓迎の期間であるその日を終えた。

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[135] リシェスの片隅の『世界地図』 投稿者:yuki (2011年08月31日 (水) 00時40分)


 兄から借りた、A4サイズの薄型端末。そのディスプレイを祈るように覗き込んでは、ヴィダスタは画面の隅に表示された更新ボタンを押していた。
 表示されていたのは、リシェス国内のニュースサイトだ。
 もちろん、ヴィダスタは国内の雑多な情報すべてに関心がない。
 それでも開いているのは、ドヴェルグ・サルタに関する情報を探しているのだ。
 国内でも1,2を争う大企業が自身の研究所に関するニュースなんて漏らすとも思えなかったが、それでもルオディスが成功したか否かを知りたかった。

 日付けはすでに一日を過ぎ、日も傾き始めている。
 今日も無理だろうか、そう思って端末の電源を落とした時だ。

「ヴィダス! やったぞ、読みが当たった!」
 
 いつになく、いや、ヴィダスタが知る限り初めて、バタバタと慌ただしい足音を立ててヴォルスがヴィダスタの部屋に駆け込んできた。

「はぁ!?」

 普段のヴィダスタなら、「ノックぐらいせぇや!」とか、「部屋に帰れ!」とか怒鳴るところであるが、ヴォルスのあまりにも嬉しそうな顔に戸惑ってタイミングを逃してしまった。
 戸惑うヴィダスタをよそに、ヴォルスは取って返して部屋を出た。
 浮ついた足取りで自分の部屋へ戻るヴォルスを、ヴィダスタも慌てて追いかける。

「しかしこれは面白いことになった! 早く他の人達にも知らせておかないと」
「ちょ、待ってぇな、どういうことなん!?」

 二人ともほとんど駆け足で、豪奢な絨毯が敷かれた階段を上っていく。
 二人だけで住むにはいささか広すぎるこの屋敷の、二階がまるまるヴォルスの部屋なのだ。
 息を切らせながら、ヴォルスは階段を上がってすぐの扉を押し開ける。
 その部屋へ入るや、天井付近に設置された巨大ディスプレイを見てヴィダスタは顔を真っ赤にした。

 日焼けのしていない白い肌。まだ細い手足。顔もまだあどけないのに、潤んだ瞳がどことなく妖艶で大人びている。
 そんな感じの、あられもない姿の少女達が何人も折り重なるようにして写っている写真が、ホログラムのディスプレイ一面に表示されていた。
 しかも、部屋はダンスパーティでも開けそうな広さなのだ。その部屋で一番巨大なディスプレイともなると、映画館のスクリーン並みに大きい。

「あんったは、なに見てるんやぁあああ!!!!」

 反射的にヴィダスタが怒鳴って、ヴォルスを蹴り飛ばした。
 カエルが潰れたような悲鳴が上がり、ヴォルスが部屋に積まれていた機材に頭から突っ込む。
 さすがにやりすぎたとヴィダスタも思ったが、謝りもせず機材の山から這い出てきた兄を見下す。

「なにをはしゃいでるんかと思ったらあんなロリコンのエロ画像!? あんたが変態なんは常々思っとったけどここまでとはなぁあああ!!」

 罵声とともに二撃目の構えに入ったヴィダスタを見て、ヴォルスが必死に両手を挙げて待ったをかける。
 結果、彼の鼻からは情けなく血が流れ続けることになるが、今ここで妹の追撃を食らえば病院行きは免れないだろう。

「待て、待て待て待て待て待てあれは俺の趣味じゃあない!」

 ヴォルスが弁解に入ったので、ヴィダスタもマシンガントークと構えていたグーパンチをひっこめた。
 それにほっと息をつき、ティッシュを鼻に詰めながらヴォルスは自分の端末へと向かう。
 さっきから、メッセージの着信を知らせるアラートがひっきりなしに鳴っているのだ。
 ヴォルスはそれらへの返信を右手でこなしつつ、左手でディスプレイの写真を編集していく。

「ちょっと別のコンピューターのフォルダからコピーしてきた物でね。この写真の中央、写っているのはベルゴ=フェーゴだ」
「なんやて!?」

 思わずまたディスプレイへ目を向けるヴィダスタの目の前で、写真はヴォルスによって少女達の部分にだけモザイクがかけられていた。
 その唯一モザイクになっていない箇所に、確かに老人がいた。
 白髪交じりの髪、歳を経て皺が刻まれている顔には衰えどころか貫禄のある威圧感しかない。

 まるでこれも仕事のうちと言わんばかりに、何の感慨もない顔で、ドヴェルグ・サルタ社長ベルゴ=フェーゴは少女達に囲まれていた。

「……マジで社長や」

 世間に疎いヴィダスタとて、一流企業の社長の名前を知らないわけがない。
 しかし、大スキャンダルに衝撃を受ける前に、嫌悪感に自然と眉根が寄る。
 同時に、ヴォルスがこんなにもはしゃいでいる理由も察しがついた。

 彼は、近々ドヴェルグ・サルタが傾くことを予想していたのだ。
 あらゆる情報網を張り、それに引っかかった要素を一つ一つを調べて。
 それで予想を見事に的中させて、こんなにも有頂天になっているのだ。この兄は。
 でなければこんなスキャンダル、ヴィダスタがさっきまで見ていたニュースでも取り上げていなければおかしいのだ。

 ディスプレイから画像を消し、端末に何か打ち込みながらヴォルスは興奮を押し殺した声で呻る。

「研究所も破られてしまったからね。これでドヴェルグ・サルタも終わりだ」

 「一昨日に株を買い替えておいて正解だった!」と手を叩くヴォルスの頭を、ヴィダスタがしばいた。
 再び上がった鈍い音と悲鳴には構わず、ヴィダスタは部屋のほぼ半分を占拠している巨大な装置へと走った。

「そっちの方が重要やないかアホ!」

 一見すると、それは大掛かりなジオラマの土台のようだった。
 しかしその土台の上に、立体映像でリシェスの町並みが、道行き交う人や車も含め再現されている。
 リシェスだけではない。縮小表示すれば、ヘレディウム大陸全体が立体映像として写せるようになっている。

 ゲーム画面のようにある程度簡略化されてはいるが、しかしそれは膨大で精密な『世界地図』だった。
 どのような仕組みなのかは、ヴィダスタにはわからない。
 ただ、ヴォルスが入手したあらゆる情報は全てこの装置に記憶され、そこから現在の世界の様子が映像で再現されるのだった。

 ヴィダスタがルオディスに地図を渡せたのも、これを書き写したためだった。
 拡大表示された研究所の映像を見て、ヴィダスタの顔がほころぶ。

「やりおった……!」

 研究所の敷地には、大きな穴が開いて地下階が丸見えになっていた。これでは、遠くから写真も撮られてしまうだろう。
 さらに、その穴の隣には、スクラップ状態のロボットが転がっていた。
 あれが、ルオディスの成果なのだろうか?
 ともあれ、研究所が破られ、重要(と思しき)技術が破壊されたのは間違いなかった。


 立体映像の前に座り込んで涙ぐむヴィダスタをよそに、ヴォルスは椅子から叩き落とされたままの恰好で、天井のディスプレイを見上げた。

「しかし、まだ地図の完成には情報が足りない、か。……やはり、彼にも一度会わなくては……」

 羨望すらのぞかせるヴォルスの目は、未だ『世界地図』でも表示しきれない箇所の一つ、アルム・コーポレーションに注がれていた。

 

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[134] 暗躍と詮索 投稿者:はくろ (2011年08月30日 (火) 01時18分)
がちゃり。

キイィ………

まるで動物でも飼うような小型の檻のドアが開く音と共に檻の中の獣人、ナームは眼を覚ました。
相変わらず地下室の冷たい感触にまた長くて恐ろしい一日が始まるとうんざりしながら、よちよちと立ち上がる。

「にゃ!!!」
そして、目の前の光景にぬいぐるみのようなまんまるの目を飛び出そうな位に見開いて、辺りを見渡した。
そこには、この一週間の捕囚生活で優しくしてくれたあの犬耳の少年が居た。

「出してくれるのにゃ!?」
「はい、上の命令なんです……良かったですね、ナームさん」
敵国のスパイであるナームにすら自分のことのように喜び、笑みを浮かべる少年、レオンの手を取り、ナームはその柔らかそうな頬を摺り寄せる。
ナームの頭の中には、ついに処刑されるかも知れない。という考えは無かった。

「わぁい!なのにゃ、それで……ええと……」
「詳しいことは僕にも解らなくて……でも、王宮騎士団のライマー隊長が上に何かかけあったようなんです……」

周囲をきょろきょろと見渡すナームにレオンは耳をぺたんと垂れ下げながらしゅんと口を開く。
“ライマー”その言葉に聞き覚えのあったナームは震え上がるが、レオンのこの様子を見るに自分の命はまだ大丈夫そうだ。
何せ敵国のスパイでありながら一週間も生かされているし、大丈夫だろう。という安堵感があった。


「レオン、どうした?もう時間が無い、あの男に嫌味を言われるのは流石に堪えるぞ」
「い、いえ……なんでも、ないです……!今行きます!」

地下室のドアからレオンの上官であるシャドウがひょこりと顔を出し、レオンを促す。
そしてナームの小さな手を引くと、3人は薄暗い地下室を出た。

「……さて、もうそろそろ本来の姿に戻ってもいいんじゃないか?」
「へ?」

日の当たる場所って素晴らしい!と一週間ぶりの日の光に感動していた小さな獣人の頭にちょいちょいと手を当ててシャドウが呟く。
そういえばこの1週間ほぼこの小さな体で過ごしていたなぁと思い返したナームは秘術を発動した。
既にナームに戦意はないし、この臆病ぶりは一週間の捕虜生活でも十分に理解できるほど。
更にこの王宮騎士団の中でも精鋭中の精鋭であるサジタリウス隊の二人だ、幾らナームが足が速かろうがそれをすぐに上回る程の戦闘力を持っている。
絶対に負けない、逃がさないという確固たる自信があるからこその一言だった。

「この姿も久々なのにゃぁ」
「ナームさんってこんなに大きかったんですね……僕なんかよりもずっと、ずっと」
「小さくなるとお前の膝くらいだけどね」

長身の猫人の青年の姿に戻ると、ナームはうんと伸びをしてにゃぁと一声鳴いた。
横で驚くレオンににししと笑みを浮かべると、ナームはシャドウに後ろ手を縛られながら長い廊下を進んでいった。

「ライマー隊長、失礼致します」
「入りたまえ」

廊下の突き当たりの大きなドアを二回ノックすると、怜悧な男性の声が返ってきた。
ここがあのライマーの部屋か、ナームはごくりと唾を飲み込んだ。

「お話の通り、ナームグァン・ルムバヨンを連れてまいりました。」
シャドウは慣れた様子で一礼し、それに続いて慌てながらレオンもワンテンポ遅れて頭をぺこりと下げる。
ご苦労という短い労いの言葉と共にナームを解放すると、二人は一歩ドアの方向へと後退した。

「それでは、私共はこれで」
「し、失礼します……」

と今にも早くこの場を抜け出したいと言わんばかりにシャドウはドアを開くと、先にレオンを部屋から出した。
やはりこの蛇のような男は苦手だ。

そして、自分も部屋からでてドアを閉めようとした矢先……

「そうだ、シャドウ副隊長。いい部下をお持ちだな、全く持って羨ましいよ」
「はっ、有難きお言葉……」

ライマーの言葉にそう短く返すと、ぱたん。と大きなドアが閉められた。
大きなため息をつくと、身震いしながらシャドウは思案した。

(……オフィウクス隊、隊長ライマー・ケイン……何を企んでいる……?)



カツン……

ナームを無事ライマーの執務室へ連れて行った若い騎士二人は、一先ず所属するサジタリウス隊の宿舎へ戻ることにした。
サジタリウス隊の宿舎は此処オルフェウス隊の宿舎から少々距離が離れている。

緊迫に包まれるヘレディウム諸国、いつ開戦するか解らない4カ国が睨みあった状態……
このフィエルテ王宮騎士団も開戦に向けて着実と準備を進めていた。
そういやあ、最近軍会議が増えてやんなるなぁと隊長のブラッドが軽く愚痴っていたっけとレオンはその様子を頭の中に思い浮かべる。

そんな中オフィウクス隊はフィエルテ国境の警備を一任されているとはいえ、この静かさは妙であった。
例えるならばそう、まるで化け物でもでそうな暗い暗い森のようで。
一種の禍々しささえ感じさせる空間に、レオンとシャドウは足を速めた。

静寂に包まれた廊下を二人の靴音と、鎧と剣が擦れる音が支配する。
暫く進み、オフィウクス隊の宿舎を抜けた所で、ふと、前を歩くシャドウの足が止まったことを不思議に思ったレオンは、彼の顔を覗きこんだ。

「シャドウ兄さん、どうしました……?」
「レオン、お前はこの一件どう見る?」
「え……?」

覗き込んだ瞬間、その大きな狼耳にシャドウがぼそりと耳打ちする。

「急なプレアデス討伐、今回のスパイについて……どうにも俺は何か裏で動いているように見えてならない」
「………言われてみれば、怪しいなんてものじゃ………」
「だろ?」

きょとんとするレオンを余所にシャドウは周囲に聞こえぬように小声で話を続けた。
オフィウクス隊の宿舎は抜けたとはいえ、どこで誰が聞いているか解らないからだ。

シャドウの話にレオンも小声で呟く。
確かに今回のプレアデス討伐に関しては妙な点が多くてレオン自身腑に落ちない所が多々存在していたのだ。

「で、でも、ライマー隊長だって普通の騎士ですよ?一軍人ですよ?僕ら騎士団の意見に上がそんなに流されるなんて……」
「まあ、俺らみたいにコネがあるか……それとも、かな」

だが、別の隊とはいえ上司を疑うなど軍人としてはあってはならない。
自身の中の疑問を否定するかのように、レオンは話を続けた。

その間にも二人の足は着々とサジタリウス隊の宿舎へと向かっている……と思いきや、
宿舎の東玄関へとシャドウは方向転換すると、すたすたと先に行ってしまう。

「まあ取り合えず、パラケルス殿に掛け合ってみよう。俺たちで考えている以上に何か掴めるかも知れない」
「えっ!?しゅ、宿舎に戻らなくていいんですか!?」

突然ルートが変わったシャドウにレオンは耳を震わせながらびっくりしていると、当の本人は至って軽い調子だ。

「大丈夫大丈夫、兄貴には俺から適当に合わせておくさ。早くしないと置いていくぞ」
「……はぁ」

力が抜けたようなため息にも似た一言を呟くもシャドウはどんどん先に行ってしまう。
レオンは駆け足で走り出すと、憧れの副隊長の後を追った。



「仲良し隊(鮮血の十字隊)の平和ボケ振りにも困ったものだ………やあ、いらっしゃい。」

シャドウらサジタリウス隊の面々によってライマーの下に届けられたナームは、早速ライマーの蛇のような目に怯え部屋の隅に隠れていた。
そんな臆病な彼にライマーは苦笑すると、自分でも最良と判断する朗らかな笑みを浮かべて彼の警戒心を解こうとしていた。

「うぅぅ………」
「おや、嫌われてしまったか」

と軽く笑い飛ばすと、ナームの隠れている物陰に目を向けると、ぱちんと指を鳴らした。

「………」
「にゃ……っ!?」

すると、何者かの腕がナームの首根っこを掴むと2m近いその長身を凄まじい腕力で持ち上げていく。
足をぶらつかせて、もがきながらナームの敏感な鼻に漂ってくる激臭……
傭兵である彼も嗅いだことのある、死体の臭い。

「うえ……っ、うぷっ」

胃の中のもの全てを吐き出しそうな吐き気を催しながら、涙目でライマーを見下ろす。
蛇のような目で、舌なめずりをするライマーは涙目になったナームを見上げ、ごくごく冷たい口調で話を続けた。


「単刀直入に話そう、既に君には拒否権などない」


獲物を捕らえた蛇の目が、じぃっとナームを見つめ、その口元が三日月型に歪んだ。




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[133] 綻びの足音 投稿者:ももも (2011年08月29日 (月) 23時42分)
「リシェス兵器研究所」からゼフィス達が脱出した日の夜。
カリン=ブラウンシュガーはネオンの輝きと人通りの中を歩いていた。
360度何処を見回しても目に付くのはショーウィンドウや天井から挿し込む光、そしてその中を歩いていく人々ばかりだ。
ここはリシェス首都の繁華街。
丁度帰宅ラッシュの時間帯で道行く人にはスーツ姿の人も多い。
立ち並ぶ高層ビルには煌々と明かりが灯り、中では残業や深夜勤務をこなす人々が未だ業務を続けているのだろう。

そんな光景を眺めながら、カリンは人々の流れに乗って繁華街の中心部から少し離れた方へと歩を進めると、それにつれて次第次第に人通りも減っていく。
周囲に見られるのは背が低く、まばらに明かりが灯ったビルばかりだ。
この辺りは所謂中小の企業などが多い地域だ。
本来ならば、カリンにとっては縁の薄い場所なのだが今日は少しばかり事情があった。

そして歩き続けること約15分。
カリンはやや古びた雑居ビルの3階の部屋に辿り着いていた。
だがその古びた外見とは裏腹に、中は手入れが行き届いておりよく管理されていることがわかる。
カリンは目前にあるドアの脇に備え付けられたインターホンのスイッチを押した。


「はい」

「どうも…カリンです」

「は〜い、いらっしゃ〜い」


インターホンから電子音混じりの明るい女性のものとハッキリ分る声が聞こえるとともに、ドアが開かれる。
カリンを出迎えたのは栗色のウェーブヘアの、カリンと同年代くらいの少女だった。
部屋は天井からの白熱灯の穏やかな光に照らされており、テーブルなどは折り畳まれて壁際に寄せられている。
フローリングの床には万遍なくシンプルな模様のマットが敷かれており、床が放つ冷たさを緩和する役割を存分に果たしていた。
部屋には既にカリンと同じ年頃の少女が数人集まっており、雑談に興じる者や緊張した面持ちの者など様々だ。


「丁度シャワー空く頃よ〜」


栗色の髪の少女はほわほわした声と表情でカリンにシャワーを促した。
時計を見れば予定の時間まで後40分ほどで、シャワーを浴びるには丁度いい頃合いだった。
程なくして、シャワールームの入り口から湯気と共に別の少女――彼女もまたカリンと同年代に見える――が出てきた。
カリンはその少女に挨拶しつつシャワーを浴びる為、シャワールームへと向かった。




シャワーを浴びて髪を乾かし終えて時計を確認した時には丁度いい時間になっていた。
あれから人数は更に増え、カリンを含めればその数は15人ほどになりその全員が、10代後半と思しき少女だった。
時刻は既に夜の10時半を回っており、そんな時間にこの年頃の少女ばかりが、それも誰かの自宅でもなく雑居ビルの一室に集まるというのは誰しも異常に思うだろう。
そして、多くの者は彼女達が集まった目的に察しが付くだろう。
それをよく知るカリンはこれから始まる「イベント」のことを考えるとアンニュイにならざるを得なかった。
元々好き好んでこんな世界に足を踏み入れたわけでは断じてない。
だが、故郷であるフィエルテの山村を追い出されてリシェスに流れ着いた身であるカリンにはロクな仕事に就くことが出来ず、泣く泣くこのような売春に手を出したのだ。




「どうしたのよ〜…カリンちゃ〜ん…?」


そんな様子を察したのか、あのふわふわした栗色の毛の少女がカリンに話しかけてきた。


「うん…大丈夫だショコラ…うん……」


気にかけてくれる栗色の髪の少女、ショコラに無用な心配をかけたくなくてカリンは笑み浮かべたがどうも弱弱しい、困ったような笑顔になってしまう。


「大丈夫よ〜、いつも通りにすればいいの〜…」


対するショコラは悩みや懸念、そういったものをまるで感じさせないふわふわとした笑顔をカリンへと向ける。
その笑顔を見ると、カリンも気持ちがほんの少しだけ安らぐ、そんな錯覚に陥った。
ショコラは他人の緊張をほぐしたり、気分を落ち着かせるのが上手い。
殆どの状況で崩さないゆったりとしたおだやかな雰囲気と笑顔は、自然と他人に安心感を与えるのだ。
カリンにとっては職場の先輩でもあり、仕事の面ではよくフォローを受けた。



だがそんな少しだけ弛緩した空気を打ち破るように、インターホンが鳴ったのはその時だった。
ほぼ同時に、少女の1人がインターホンに駆け寄って応対し、ドアを開ける。
同時に、部屋にいた少女達全員が表情を失い、息を呑んだ。
少女達はこれからドアの向こうから現れる人物の正体を知らされていない。
「大物」であるということは伝えられていたが、詳しい正体についてはまるで知らない。
もし知っていたなら、待っている間これほど穏やかではいられなかっただろう。
無論彼女らとて経験を積んできたプロであり、明るく、楽しげに応対するという原則は身体によく沁み込んでいる。
だが現れた人物は、彼女達をただ佇んでいるだけで呑みこむような、そんな気配に満ち溢れていた。


「…っ…ようこそっ……」


ようやく絞り出したような、上擦ったショコラの声を聞いたその人物は部屋の中へと足を踏み入れる。
白髪の混じった髪と高く通った鼻。
顔に刻まれた皺ですらその顔に威圧感を添えるオプションでしかない。
だが猛禽のような鋭さを秘めた双眸に宿る絶対零度の冷たさを秘めていたはずの瞳には今や狂気めいた炎が静かに燃え盛っている。
『ドヴェルグ・サルタ工業』代表取締役社長、ベルゴ=フェーゴ。
整えられたスーツの胸では、アルムから送られた商工連合のバッジが鈍い輝きを放っていた。













その夜、「ドヴェルグ・サルタ工業」の社内には嵐が吹き荒れていた。
その日の未明、「リシェス兵器開発研究所」から「秋水漆型」のデータと機体が奪取されたと言う情報が齎され、社の上層部、特に兵器部門には衝撃が走った。
何しろ、開発中の新兵器の情報が、しかも「リシェス兵器開発研究所」から丸々奪取されたのだ。
当然、「秋水漆型」の性能、兵装、弱点など何から何まで筒抜けになってしまう。
「秋水漆型」が数を頼りとするようなタイプの兵器とは言え、機体やデータは技術の塊である。
当然、対策の兵器が作られるだろうしアンビシオンならばコピーしたような兵器を作ることも可能だろう。
なんにせよこれでリシェスは、「ドヴェルグ・サルタ工業」は戦争におけるアドバンテージを一つ失ったことになるのだ。
問題はそれだけではない。「リシェス兵器開発研究所」が襲撃されたことに対する責任の追及は免れないだろう。
ただでさえリシェス商工会議の末席という微妙な立場、他の大企業がその気になればすぐにでも潰されてしまう。

だが嘆いてばかりではいられないことは、「ドヴェルグ・サルタ工業」の幹部達もよく知っている。
すぐに社内での緊急会議が開かれ、現在入手できている情報から、打開策等の検討が始まった。
しかし社内の緊急会議に社長フェーゴの姿はない。同じくリシェス商工会議も緊急に開かれ、今後の方針や「ドヴェルグ・サルタ工業」の処遇などが話し合う必要がありそちらに出席していた為だ。

「ドヴェルグ・サルタ工業」での会議の進行も芳しくなかった。
「リシェス兵器開発研究所」はゼフィスが「秋水漆型」で暴れたことによる混乱は大きく、情報が錯綜してしまっていたのだ。
また、「リシェス兵器開発研究所」は軍部と多数の企業が混在した状況となっているため、社内や軍部の機密の漏洩の危険から現場でも被害情報の共有が立ち行かず、混沌とした状況に拍車をかけ、「リシェス兵器開発研究所」は過去これほどの被害を受けた経験がないためこのような事態に対応するノウハウを持ったスタッフが少ないことも仇になった。
かくして会議は遅々として進まず、幹部達の焦燥感は一層強まっていくことになる。
だがそんな中でも昼過ぎにはある程度、情報も安定し始めたこともあり、「リシェス兵器開発研究所」における「ドヴェルグ・サルタ工業」の研究室室長オバタ、「秋水漆型」の情報漏洩の直接の原因である研究員カワシマ、そして兵器部門長カマダの処遇の検討も着々と進められた。
だが未だ被害の全容は明らかになっておらず、正式な報告は未だ不可能のためそれらが確定するまでの間、彼らの処分は一先ずは先送りにされることになった。




そしてその日の深夜。
未だ煌々と電灯が照らすオフィス内で兵器部門長カワシマは兎角火消しに追われていた。
部長ともなれば、足元にも敵は多い。
部長昇進を目論む野心溢れる部下達はこの時とばかりにカワシマの責任を追及して突き上げ、部長の座から引き摺り降ろさんと躍起になっていた。
カワシマ本人もまた降格が免れないであろうことはよくわかっているが、今は自分だけでなく社自体も危険であり、内輪で揉めている場合でないことも熟知している。
早く体勢を整えなければ「ドヴェルグ・サルタ工業」そのものが潰れかねない。
それはカワシマにとっても都合が悪い。
ゆえに、自分を慕う部下達を最大限に駆使して反カワシマ派の鎮圧をする必要があった。


「コイケはまだ懐柔に応じそうか?」

「性格的には有り得るでしょうが……あの学閥は強固ですし、難しいでしょう」


―――誰も彼も目先の権力や地位に眼が眩む者ばかり、社の行く末に眼を向けない。


カワシマは舌打ちと想いを胸中に留め、次の懐柔候補を検討し始める。
その時、カワシマの胸ポケットから着メロが流れ始める。携帯電話に着信があったのだ。
カワシマはブルーのスリムなボディの携帯電話を胸ポケットから取り出し、通話に出る。


「はい、もしもし。カワシマですが」


そして次の瞬間、電話口の相手が告げる内容にカワシマの顔面は蒼白となる。




















翌日、リシェスの街頭では号外記事が飛び交うことになる。


――――『ドヴェルグ・サルタ工業』社長ベルゴ=フェーゴ
                     未成年買春の現行犯で逮捕





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