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[1125]名乗り文化

産経ニュースより、「パワーレンジャー」という日本の戦隊モノの米版リメイク作品についての記事

大作「パワーレンジャー」で甦った日本のスーパー戦隊…“名乗り”の時間短縮?米国版育てた日本人監督の製作秘話
http://www.sankei.com/west/news/170612/wst1706120003-n3.html

>「悪者と向き合い変身するとき、日本の特撮ヒーローは、変身ポーズとともに“名乗り”をあげますよね。でも、米国ではこの『名乗りのシーンは必要ない』と言われたんです」と坂本さんは苦笑し、こう続けた。「米国では名乗りの間(ま)を待ってくれず、その間にヒーローはやられてしまうから、というのが彼らの理由です。戦う前、互いに名乗り合う日本の文化と、そんな悠長なことはしないという米国の文化との違いですね」


源義経や元寇の合戦、戦国時代の集団戦化など、「やあやあ我こそは・・・」といった名乗りをしない戦いも多くあると思いますが、たしかに日本人の意識の中には戦の前に名乗りを上げる文化が根づいていると思います。
中世ヨーロッパの騎士道にも同じような文化はあると思うのですが、外国人(特に米国人)にとって名乗りは日本独特の文化と感じるのでしょうか。

名誉や形式を重んじる国民性、相手の格を知ることで論功行賞に関わることはもちろん、島国の日本での戦は当然に言葉の通じる日本人同士であることが、名乗りという慣習が根付いた要因なのかと思いますが。

娯楽作品にも国によって文化の違いが影響するものなのかと目に止まったので、投稿しました。

名前:木林長可 / どこかで / 私信 / HP
2017年06月14日 (水) 23時52分


[1127]歴史形態の相違

レンジャーものは、獣レンジャー、ダイレンジャー程度は子供らにつき合って観た覚えがある。幼児も小さいうちは、アニメより実写版を好むらしい…って、まだレンジャーシリーズ続いておるのか!仮面ライダー等々もそーだけど日本は、なんでもかんでも古いものが長く続くことでは、ギネス級の国だよなぁ・・・。

名乗り文化については、まさに騎士道、武士道の名残りである。モンゴル帝国がユーラシア大陸を制覇した時代、西のヨーロッパの騎士と東の日本の鎌倉武士は、同じように名乗りを上げた「我こそは誰それの代何世で〜何々である。」「遠からん者は音に聞け!近き者は目にも見よ!我こそはどこの誰それが一子、何某である。」モンゴル軍は構わず毒矢を一斉射撃して来て中国軍の突撃は今でも同じでチャルメラや銅鑼を鳴らして騒々しく襲って来る「なんと、卑怯な」とつぶやいて騎士や武士は矢をかわしたそうである。また、中国、中央アジアでは、軽騎兵でヘルメットに胴巻、皮の服で日本でいう狩衣程度の武装であったが騎士と武士は、同じ重装騎兵で、現代の中国、韓国の時代劇で鎧兜を着用しているのは、騎士や武士の完全武装を真似ただけの嘘なんよ。

もっとも、戦目付が従軍しておってどこの誰が活躍していたか記録しておったから、戦国時代の鎧兜が派手になったのも誰だが一目で判明するため、赤備えの鎧もその部隊の者が卑怯な振舞いができないようにする意味が大きい。じつは、武士道については形式上の大義名分論は朱子学がベースになっているが基本的には、平安時代の大江氏に伝わる日本最古の兵書「戦闘経」で、当時、孫氏の兵法に戦術論は任せて精神論が主に書かれておる驚くことに「卑怯な手段で勝つくらいなら負けるべし」と言い切っておる。感服するくらい立派ではあるが個人技では、そーでも国家、民族の総力戦な現代戦では、太平洋戦争のように国力差がありながら日本がアマチュア、アメリカがプロのような戦い方になる。

ただ、源義経は、戦の勝ち方について、戦目付の梶原景時の讒言ということに伝えられておるが実際のところ、戦い方に暗黙のルールがあって、掟破りな戦いぶりに当時の武将たちの評判が悪く、頼朝と対立した折、あれほどの実績がありながら取り巻きには生粋の坂東武士は味方してくれるのはおらんかったようや。また、応仁の乱で胴巻だけの軽装歩兵の足軽が出現して、落馬した騎馬武者は鎧兜が重くて動きが鈍いところを襲ってトンカチや金棒で寄ってたかって叩く、ヨーロッパの騎士もバイキングにその手でやられたようである。一騎打ちや名乗りは、後世の集団戦に至る以前の武家の美意識として伝承されたということであろう。


日本とヨーロッパは歴史形態が類似しており、中央集権官僚統治(平安朝・ローマ帝国)地方分権封建時代(鎌倉〜江戸幕府・十字軍〜封建領主)中央集権官僚統治(明治維新・産業革命〜帝国主義)だが、中国は二千年前の春秋戦国時代までは士大夫や任侠はあったが秦の始皇帝から中央集権その後、儒教イデオロギーな官僚統治を19世紀まで続けておった。朝鮮などその事大主義な属国。極東三国で日本民族だけの文化的違いは歴史形態の相違も影響ある。もっとも朝鮮・日本は同じツングース系のウラルアルタイ語族でモンゴロイドではあるが蒙古斑点は日本人の方が濃いのは朝鮮が漢民族とより多く混血して来たからだろう。

然し民族性、性格の違いは最近の研究では遺伝子的にも相違があるそうであるX染色体のミトコンドリアを追跡すると前記のようなウラルアルタイ語族なれどもY染色体では、日本人はネアンデルタール人の遺伝子を持っていることが判明、主に縄文人の遺伝子で古モンゴロイドに属すそうであるが世界中この遺伝子を持つの日本人と一部のチベット人だそうである。つまるところ、Y染色体に残り、X染色体に残らないということは日本列島ではホモサピエンスと混血したということになり、大陸では一方的な民族浄化が行われたということである、つまり女は犯され男は 虐殺されたということである。

本題から脱線してしもうた。要するに歴史形態からして建国240年そこらのアメリカには騎士道武士道の歴史はなく、西部開拓史を見てもインデアンという異民族を虐待し、ならず者支配に対抗する保安官、黒人奴隷搾取が過酷で啓蒙主義が芽生えてリンカーンの南北戦争ってな歴史。日本では啓蒙主義が芽生えるような身分搾取は一般的ではなく身分階級はあっても上は上で下は下でそれぞれ役得があった程度。ありゃぁまた、話がそれたぜ。要するに騎士道武士道の歴史のないアメリカでは、名乗ってから戦うのは不合理で理解できないアメリカでは、勝つことだけが目的で手段はあくまで勝つためだけの手法であって異民族のインデアンや無教養な、ならず者に名乗ってもびびってくれないし、意味不明だから無駄な行為となる。

因みに中国のカンフー映画を観てるとケンカの習いなのか?手を出す前に、まわりの野次馬に如何に自分が正しくて相手が悪かを大義名分を説明してからやっと戦いだす百撃一殺で、日本人的には、一撃必殺じゃねーし、なんであんなに喚き散らしてから戦うんじゃ?ってな感じでアメリカ人も名乗りあって戦う儀式的なものが理解できないんじゃねーの?

名前:舐小路実麿 / どこかで / 私信 / HP
2017年06月17日 (土) 20時01分




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