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常若(とこわか) (6017)
日時:2012年01月04日 (水) 07時22分
名前:伝統


    *メルマガ「人の心に灯をともす(2012年01月01日)」からの紹介です。

伊勢神宮に参拝させていただいた時のこと。

お伊勢さまにお神楽(かぐら)を奉納すると、神楽殿で、
専属の楽師による雅楽(ががく)と舞女(まいひめ)の倭舞(やまとまい)、
男の舞人による剣を身にまとっての人長舞(にんじょうまい)を見ることができる。

営々と続く日本の伝統美がそこにはある。

神宮でのお祭りは年間で実に1500回以上に及ぶという。

毎朝、古式にのっとり木の棒をまわして火をおこす。

神様へ食事は日に二回。

このお供(そな)えが営々と1500年続いている。


神宮に携わる神職は200人をこえ、関係者を入れれば500人以上にはなる。

その一人一人がエキスパートだ。

それは、神様にお供えする、お供物や祭器をすべて自前で作るだからだ。

お塩

お米

お酒

野菜や果物

素焼きの土器作り…

それらを担当する専門の神官がいる。

もちろん、雅楽も舞いも。

機織(はたおり)も装束(しょうぞく)製作も。

建築も。

現代では、神職以外に、経理、財務、山林管理の職にある人も全ての専門職が
祭事には装束を着て参加する。


伊勢神宮には、式年遷宮(しきねんせんぐう)という、
20年ごとにお社(やしろ)を建て替える儀式がある。

遷宮ではお社を新しくするのみならず、
2000種類近くのご装束や、500点に及ぶ御神宝や神具も古式そのままに、
すべて新たに造り替えられる。

その精神を、「常若(とこわか)」という。

時代や精神を継続するには、「常に新たに、日々に新たに」という気持ちが必要だ。

営々とそれが現代まで続いている。


以前、伊勢神宮の神職の方の講演をうかがったことがある。

その中で、海の正倉院といわれる、九州の沖ノ島にある
宗像大社(むなかたたいしゃ)の話が感動的だった。

神の島として長い間、一般の立ち入りが禁止されていたため、
1954年に初めて祭祀遺跡(さいしいせき)の学術調査が行われたそうだ。

その時に出土したのが、約12万点以上の祭祀遺品。
しかし、その使い方や、名前がわからない。

そこで、伊勢神宮に問い合わせがきた。

その結果、ほとんどの祭祀遺品が判明したそうだ。

1200年前の出土品の使い方や、名前が分かるところは、世界中どこを探してもない。

遺物が出土しても、その使い方のマニュアルや、操作方法など、
一緒に埋まっているはずがないからだ。

しかし、伊勢神宮では、1300年にわたって、
20年ごとに神宮で使う全ての祭具や装束や建物を、全て新しく作り、
その技術まで伝承している。

つまり、1200年前の、沖の島の出土品が、
そっくりそのまま伊勢神宮では、今も使われているということだ。


技術の伝承は、20年が限度といわれる。

例えば、若い人が20歳、その上の親方が40歳、その上の大親方が60歳という
年齢構成だと、技術は廃(すた)れずに継承される。


次の第62回(平成25年)のご遷宮にはおよそ500億円以上のお金がかかるそうだ。

国からの補助はない。

しかし、一見無駄のように思える20年ごとのご遷宮が日本人の叡智と、
技術の伝承を守ってきたのだ。

だから、日本のルーツでありDNAである伊勢神宮を守っていくことは歴史や伝統といった、
日本そのものを守ることでもある。


江戸時代にはおかげ参りといって一生のうち一度はお伊勢さまにと、
人口の6分の1の500万人が参詣した。

江戸からだと1日40キロを歩いて約2週間かかる。
つまり、1日に10時間歩かないと達成できない距離だ。

現代人なら恐らくその倍はかかるだろう。

それほどに古くから、大切にされた伊勢神宮。


以前、ある企業から伊勢神宮に神職として出向された方が話してくれたが、
神宮に配属され一番驚いたことは、

「廊下で出会った偉い神職の方々が、常に一旦立ち止まり、
深々と礼をして挨拶してくれたこと」

そこには上下も新参者もない、
「真の礼」という凛とした美しい礼儀作法と、相手を敬う心がある。

また、巫女(みこ)さんたちのことを、
「ひめさん達は…」と優しく言っていたのが印象的だった。


「何ごとの
おわしますかは
知らねども

かたじけなさに
涙こぼるる」   (西行法師)


連綿と2000年続く伊勢神宮。

常に新しく再生する、常若(とこわか)の神宮。

そこには、何か目には見えない、厳(おごそ)かで、有り難い、
涙が流れるような深い感動がある。

            <感謝合掌 平成24年1月4日 頓首再拝>

ドイツ連邦共和国大統領、伊勢神宮を正式参拝 (6077)
日時:2012年01月10日 (火) 06時22分
名前:伝統

(1)平成23年10月26日
   ドイツ連邦共和国のヴルフ大統領が伊勢神宮を参拝。

(2)国家元首としては、
   昭和50年の英国・エリザベス二世女王陛下以来の伊勢神宮正式参拝。

(3)ご記帳内容
   
   「私たちドイツ人は、日本から、そして日本において多くを学ぶことができます。
   日本の文化に敬意を抱き、日本の方々の心遣いに感激しています。

   人生において本当に大切なものは何か。
   伊勢神宮というこの特別な地においては、
   それをはっきりと感じとることができます。

   貴国日本が、これからも自然との深いつながりを
   守っていかれますことを心から念じています。

   日出ずる国日本とドイツ連邦共和国の良好な関係を願いつつ」

        (クリスティアン・ヴルフ 2011年10月26日)

(4)参考Web

  @伊勢志摩経済新聞(2011年10月26日)
   http://iseshima.keizai.biz/headline/1240/

  A日々八百万(blog)
   http://blog.isahaya-jinja.jp/?p=3079

            <感謝合掌 平成24年1月10日 頓首再拝>

伊勢神宮の”常若”、式年遷宮 (6245)
日時:2012年01月21日 (土) 07時17分
名前:伝統


(1)生まれ変わらせて永久に若さを保つ

   古代、特に『万葉集』の時代、すべてのものに魂が宿るとする信仰があった。
   米には稲魂(いなだま)、木には木霊(木魂・こだま)、言葉には言霊。
   国にも国魂があるとされた。

   もちろんオオヒルメムチといわれた天照大神は光の魂であり、日霊である。
   その神や国の魂をフレッシュにすれば、わが国は若々しく、いよいよ栄える。

   つまり弥栄(いやさか)になるとされた。

(2)20年ごとの式年遷宮

   20年ごとに日本の国の魂を生まれ変わらせることによって、
   国家が若返り、そのことにより永遠を目指そうとするのである。

   これは「常若(とこわか)」という言葉で表す。

   常若というのは、『古事記』や『万葉集』にある「常世(とこよ)」と
   同じようにめでたいことである。

   室町時代の古文書にはしばしば出てきて、いつも若々しいこと、
   永遠に若いことを意味する。

   それはまさしく神宮の式年遷宮の目指す理念である。

(3)密かな言い伝え

   さらに神宮の内部では少しもいわれないことなのだが、
   神領に住む人々は長い経験から、
   式年遷宮自体を時代の大きな区切りとみなして、

   内宮の東と西にある御敷地が、
   東にある時代は良い時代で、これを「米座(こめくら)」といい、
   西は「金座(かねくら)」であまり良くない時代だと言い伝え、

   時代や景気の変動をそこに感じてきた。



   上記は、Web「式年遷宮が目指すもの「常若」という思想」から
   抜粋いたしました。
   http://eco.nikkeibp.co.jp/style/eco/column/yano/081003_tokowaka/index.html

            <感謝合掌 平成24年1月21日 頓首再拝>

日別朝夕大御饌祭 (6335)
日時:2012年01月26日 (木) 04時35分
名前:伝統


千五百年続く「日別朝夕大御饌祭(ひごとあさゆうおおみけさい)」


 豊受大御神はお米をはじめ衣食住の恵みをお与えくださる産業の守護神
 であらせられます。

 御垣内(みかぎうち)の御饌殿(みけでん)では毎日朝夕の二度、
 天照大神に神饌をたてまつるお祭りがご鎮座以来一日も絶えることなく行われています。

 外宮 豊受大御神 御鎮座(雄略天皇22年<477年>)以来千五百年、
 一日も絶えることなく朝夕二度、御饌殿で天照大神と豊受大神が食事をされているのです。

 このお祭りを行なうことこそが、外宮の意義であるのです。

 このお祭りに出仕する神官は5名で、前日の夜から外宮の斎殿に泊まり、
 精進喫斎して身も心も清め、翌日の早朝、外宮の山中を5百メートルほど
 入ったところにある上御井神社の湧き水を汲んできます。

 これは天照大神のおられる高天原にある天忍穂井(あめのおしほい)の
 聖なる水といわれております。

 次に、木と木をこすって忌火(いみび)という聖なる火を起こします。

 その火と水を使って神田でとれたお米でご飯を炊きます。

 水を汲むのも火を起こすのも、真心を込めて行なうのです。
 このことを毎日朝と晩、千五百年の間、一日も欠かさず行なっています。

   「日本の心を伝える伊勢の神宮」<山中隆雄(著)>より

  参考Web
  http://www1.odn.ne.jp/~ceg94520/rekishi/isejingu.html

            <感謝合掌 平成24年1月26日 頓首再拝>

伊勢神宮と出雲大社の遷宮 (6423)
日時:2012年01月30日 (月) 07時25分
名前:伝統

遷宮自体は、伊勢神宮は20年ごとで出雲大社はだいたい60年ごとぐらいとされて
いるのですが、戦争や諸々の事情により、お互いの遷宮の時期が多少ずれることも
あったせいか、今まで出雲大社と伊勢神宮の遷宮が重なったことはないと言われています。

それが初めて平成25年(2013年)に重なり、
日本国にとって、非常に記念すべき「ご遷宮」なのです。


<参考Web>

 @伊勢神宮と出雲大社
  http://www.chunichi.co.jp/k/sengu/index.html
  http://www.chunichi.co.jp/k/sengu/discussion_01.html

 A出雲大社のご遷宮
  http://www.highlight.jp/izumooyashiro/22.html

 B伊勢神宮のご遷宮
  http://www.sengu.info/gyoji.html

            <感謝合掌 平成24年1月30日 頓首再拝>

「御遷宮は世直し」 (6637)
日時:2012年02月08日 (水) 06時52分
名前:伝統

      ・・・・・

     *『知られざる杜のうち伊勢神宮』(矢野憲一著)より

昔から「伊勢の遷宮は時代を変える」とか、「御遷宮は世直し」といわれてきた。
世直しといっても革命ということではなく、新しいよい時代の到来を期待する意味である。

そして伊勢地方の人々は長い経験から、
内宮の御本殿が東にある時代は平和で心が豊かになれる時代だと言い伝えてきた。

それは神宮の内部の人が言ったのではない。
神宮にはこんな予言や伝説は存在しないのだが、

伊勢の人たちは、東の御敷地を米座(こめざ・こめくら)、
西の御敷地を金座(かねざ・かねくら)と俗にいい、

西に神様がおられるときは戦乱がある時代だといってきた。
これはそんなに昔からいわれたことではないだろう。おそらく明治以後だと思う。

近世の「歴史年表」を当てはめてみれば、
黒船来航や戌辰戦争があった嘉永2年から明治2年までは西。
それから東に遷り、文明開化の発展期となる。

明治22年から42年までが西、この間は日清・日露の大戦の時代。
次いで大正ロマンの東の時代を経て、昭和4年に激動の世界大戦の時代に突入。

4年の延期をみて昭和28年に東へ、そこで目覚ましい経済高度発展期を迎える。

そして、昭和48年に西へ遷った途端にオイルショック。
この20年間は湾岸戦争やソ連崩壊と、まかり間違えば世界大戦争の危機もあった。

そして現在は東の御敷地。

そして今度は……いかがだろうか。

これは誰にもバイオリズムがあるように、時代にも国にも周期があり、
20年を時代の一区切りととらえてみただけだが、
この区切りが遷宮だと神領の民は感じてきたのだ。

今は心の時代といわれる米座にある。
バブルが崩壊し、豊かさに麻痺したことを反省し、
心の豊かさを求める時代に来たことは感じるが、時代の流れは急速である。

      ・・・・・

また、山蔭基央氏は著書『伊勢神宮の大予言』で、「金の座遷宮以後の10年以内に、
『どんでん返し』が起こり、後の10年間に『新時代の創造』が起こる」と述べています。
そして「米の座」時代を「上昇波の時代」とし、「金の座」時代を「下降波の時代」としています。


<参考Web>

 @作家・立松和平さんが語る伊勢神宮「自分自身の再発見」
  http://www.eventsankei.jp/blog/special/2009/08/16_486.html

 A「米の座」から「金の座」へ
  http://blogs.dion.ne.jp/miraiki/archives/9300406.html

            <感謝合掌 平成24年2月8日 頓首再拝>

「立柱祭」 (7312)
日時:2012年03月05日 (月) 04時56分
名前:伝統

(1)立柱祭は新正殿の造営に当たり、宮柱が堅固であるよう祈り、
   木槌(きづち)で宮柱10本を打ち固める祭典。

   建物の守り神「屋船大神(やふねのおおかみ)」に海山の幸を供えた後、
   祝詞を奏上し、新正殿の柱がいつまでも堅固であるよう祈願します。

(2)伊勢神宮 遷宮での「立柱祭」

  @伊勢神宮では、社殿などを20年に一度造り替える「式年遷宮」が、
   来年の秋に行われるのを前に、新しい正殿の造営工事が進められています。

   「式年遷宮」は20年に1度、社殿などを建て替え、神宝・装束を新調し、
   ご神体を 遷 ( うつ ) す神事。

  A4日、新しい正殿の柱を宮大工たちが打ち固める「立柱祭」と呼ばれる儀式が
   行われました。

   4日の「立柱祭」は、正殿を支える柱を立て、揺らぐことがないように祈る儀式で、
   鷹司尚武大宮司をはじめ、純白の斎服姿の神職約40人、神宮式年造営庁の技術総監や職員、
   小工 ( こだくみ ) (宮大工)ら約25人が参加。

   建築の守り神とされる屋船大神に神饌 ( しんせん ) (食べ物)が供えられ、
   祝詞が奏上されると一同が八度拝の作法で拝礼した。

   このあと、現在の正殿西隣の 新御敷地 ( しんみしきち ) に立てられた10本の御柱を、
   青い 素襖烏帽子 ( すおうえぼし )姿<青い装束にえぼしをつけた>をした
   8人の宮大工が、2人ずつ4組に分かれ、

   南北の中の御柱4本を、続いて東西の中央の御柱2本、
   さらに東西の両隅の御柱4本計10本を真新しいヒノキの木づちで
   3回ずつ次々に打ち固めていきました。

   
   6日には外宮でも、同様の立柱祭が行われる。

  B同祭は、「皇太神宮儀式帳」(804年)にも記され、
   平安初期のころにはすでに行われていたと考えられている。

(3)立柱祭が終わると、正殿などの造営が本格化する。

  @この日の午後からは、御正殿の東西の妻の束柱(つかばしら)に丸い形の穴を開ける祭典
   「御形祭(ごぎょうさい)」が行われた。

  A3月6日の外宮「立柱祭」が終わると、
   今度は「上棟祭(じょうとうさい)」が3月26日(内宮)、
   同28日(外宮)に執り行われる。

 
   <参考Webニュース>
    http://www3.nhk.or.jp/news/html/20120304/k10013467961000.html
     *このアドレスをクリックしても、動画を含む記事が表示されない場合は、
      アドレスをコピーして張り付けることで動画を含む記事が表示されるようです。
     (動画の臨場感を味わうことができます)


   <参考Web>
    第62回神宮式年遷宮祭事行事一覧
    → http://www.yoitokose.jp/ise/sengu/

            <感謝合掌 平成24年3月5日 頓首再拝>

宇宙の法則かたみた「常若」という仕組み (10397)
日時:2012年06月19日 (火) 07時49分
名前:伝統


     *村上和雄・著「幸せの遺伝子」(P79〜82)より

宇宙には確固とした法則があります。

その法則のひとつに「エントロピー増大の法則」があります。
放っておくと、秩序あるものは、必ずバラバラになって、壊れていくのです。

また、宇宙にはバランスを保とうとする働きもあります。

生物には、生物の法則というものもあります。

生き物は、必ずコピーをつくって子孫を残します。
体のなかでも細胞がものすごい勢いでコピーをつくっている。
ところが、その一方で、細胞は想像を絶するスピードで、自分を壊しているのです。

私たちの体内の細胞は、日替わりどころか、分、秒単位で見事に死んで、
見事に生まれ変わっている。
しかも、その死はきちんとプログラムされていて、でたらめに壊すわけではありません。

生き物も宇宙を貫徹する「エントロピー増大の法則」、つまり、でたらめを好むという法則
には従わざるをえません。放っておいたら、バラバラになっていく。
それを先回りして、自分を積極的に壊してリサイクルしているのです。

これはもう、すごいというしかない。

この生物の法則を実行しているのが、伊勢の神宮の「式年遷宮」です。

神宮では20年ごとに社殿を新築して、御神体を移す式年遷宮が、飛鳥時代から千三百年
にわたって続けられています。

20年ごとに社殿を新築するとともに、古くなった社殿を取り壊すのは、もったいないと
思われるかもしれませんが、社殿に使われている資材はすべてほかの材料として再利用され
ますし、新しく建て替えることによって建築の技術が次の世代に継承されていきます。

20年という建て替えの間隔も実に絶妙です。前の式年遷宮のときに下働きをしていた
宮大工が、次の式年遷宮の時期には腕の立つ親方になっているころです。

昔の人の平均寿命が40年から50年だったことを考えると、20年というのは、
技術を伝承していくためのギリギリの年限だったのでしょう。

なんと素晴らしい知恵ではありませんか。
これは「エントロピーの増大の法則」など、知られていない時代に決められたことです。

日本人はやはり、そういう宇宙、あるいは天の法則を直感的につかむ民族なのだと思います。

それに対して、西洋のキャッスル(城)はみずから壊すようなことはしない。
しかし、一千年、二千年と保たれた城はない。
残っていたとしても、それは廃墟なのです。

            <感謝合掌 平成24年6月19日 頓首再拝>

伊勢神宮2000年のヒミツ (10912)
日時:2012年07月04日 (水) 07時18分
名前:伝統

   *メルマガ「名言セラピー(2012年05月21日)」より


伊勢神宮は約2000年の歴史があります。
2000年続いているって奇跡だと思うんです。

100年続く会社は0.03%だそうですから、
2000年続いてる組織ってこれは奇跡と言っていい確率ですよね?

では、伊勢神宮は、なんで2000年も続いてきたのだと思いますか?

その秘密がわかれば、成功の秘密を手にしたといえるでしょう。
末永く受け継がれ繁栄する方程式を知ることになるからです。


そのためには、伊勢神宮が何をしているのか、その風習を知る必要があります。

伊勢神宮では……実は、毎日、お祭りをしているのです。

正確にいうと、お祭りを、しまくっているのです。

伊勢神宮の1年におけるお祭りの回数はなんと、約1600回です!

1600回です!

神様にご飯を捧げる儀式もお祭りのひとつですし、その他、新年のお祝いを行う歳旦祭。
国の始めをお祝いし、発展を祈る建国記念祭や、新嘗祭など多数、お祭りが行われています。


では、お祭りって、なんのためにやっていると思いますか?

お祭りというのは、
神様に喜んでもらうために やっているんです。

伊勢神宮の「日別朝夕大御饌祭」は365日、1日も欠かすことなく行われています。
戦時中、空襲で焼夷弾が雨あられと落とされた翌日もです!

神様に喜んでもらうために、1日だって欠かさない。


祝詞をあげているのは、神様をたたえているのです。
音楽や舞を奉納するのも神様に喜んでもらうためです。

神様が喜んでくれたら、あれこれお願いしなくても、
自然にうまくめぐっていくという発想なんです。

これが古代の日本人の考え方です。


お祭りの本質とは、喜びを生み出すこと。
伊勢神宮は1年のうち1600回も喜びを生みだそうと実践している。
だから、2000年も続いてきたのです。

喜びが生まれるところに流れは来るのです。



人生では、投げかけたものだけが返ってきます。
喜びを生みだせば、あなたに戻ってくるのは、喜びです。
これが人生に奇跡を生みだす方程式です。


人生とは、喜ぶ人を増やすお祭りなんです。

これを応用すれば、100%とはいえませんが、願いが格段と叶いやすくなります。

喜ぶ人が増えれば増えるほどに実現の可能性は高まります。
そこに「流れ」が運ばれてきます。

これを「運」といいます。

            <感謝合掌 平成24年7月4日 頓首再拝>

神宮の森の二百年の計画 (11355)
日時:2012年07月18日 (水) 04時05分
名前:伝統


   *竹田恒泰・著『日本はなぜ世界でいちばん人気があるのか』(P149〜151)より 

式年遷宮を支えるために森を育てている人たちがいることは、あまり知られていない。
参拝で賑わう伊勢の神宮の駐車場を抜けて、五十鈴川に沿って車を走らせると、
およそ喧騒とはかけ離れた静寂な森に入る。

神宮の内宮から見える森はすべて、宮域林と呼ばれる神宮の森で、その範囲は稜線よりも
向こう側の地域に及び、広さは計5449ヘクタール、伊勢市の面積の4分の1に該当する。

この聖なる森は平成25年の式年遷宮で歴史的な役割を担うことになる。

宮域林は、約二千年前の第十一代天皇の御代に天照大御神が伊勢にあそばされたときから、
神の山として大切にされてきた。

約千三百年前の第四十一代持統天皇の御代に、二十年に一度、御社殿をお建て替えする式年遷宮
が始まると、宮域林は御造営用材を伐り出す御杣山(みそまやま)に定められた。その後、
森林資源の欠乏によって御杣山は木曾に移り、現在まで長らく伊勢の宮域林の用材は使われて
いない。

大正12年(1923)に式年遷宮の御造営用材を再び宮域林で賄おうとする、二百年に亘る
壮大な計画が決定され、翌年から植林が開始された。約80年経過した今、計画は順調に進み、
およそ2500ヘクタールが人工林となっている。

このままいくと平成百五年(2093)に行なわれる式年遷宮以降は、使用される約1万
立方メートルの檜の9割以上を神宮の宮域林で毎回賄われるようになるという。

しかし、幅120cm の御正殿の御扉に使われる御用材を採るには樹齢四百年以上の巨木が
必要であり、それを含めたすべての用材を賄えるのは三百年以上先の平成三百四十五年(2333)
の式年遷宮まで待たなくてはいけない。

平成二十五年の式年遷宮では、宮域林の間伐材が式年遷宮の約2割にあたる2000立法
メートルを賄うことになった。
宮域林の御用材が使用されるのは約七百年ぶりとのことであり、歴史上意義は大きい。

神宮営林部事業課長の倉田克彦氏は「目に見えないものに立ち向かっている思い」と語り、
御杣山(みそまやま)の復元事業は二百年の計画であり、数年では変化をとらえることは
できない。

何百年の先の式年遷宮の御造営用材を確保するために
真剣に取り組んでいる人たちがいるのである。

            <感謝合掌 平成24年7月18日 頓首再拝>

新正殿の屋根ふき納め、伊勢神宮内で「甍祭」  (11493)
日時:2012年07月23日 (月) 04時08分
名前:伝統


     *日本経済新聞(2012/7/22)より

社殿を20年ごとに造り替えて神々を移す伊勢神宮(三重県伊勢市)の
「式年遷宮」の儀式の一つで、正殿の屋根をふき納める「甍祭(いらかさい)」が
21日、天照大神を祭る皇大神宮(内宮)で営まれた。

甍祭で、新正殿の屋根に金物を取り付ける所作を行う小工(21日午前、三重県伊勢市の伊勢神宮)
装束を身にまとった「小工」と呼ばれる宮大工らが、神職とともに新しい正殿の造営地に参集。
屋根の端に取り付けるX字形の装飾材「千木」などに金色の金物を打ち付ける動作をした。

23日には、五穀豊穣(ほうじょう)の神を祭る豊受大神宮(外宮)でも
同様の儀式が営まれる。

これが今年最後の儀式となり、内宮と外宮の新正殿は来年秋に完成する。

 Web:伊勢神宮で「甍祭」 社殿造営は締めくくりへ
     http://www.chunichi.co.jp/s/article/2012072190113408.html

 Web:甍祭
     http://hometown.infocreate.co.jp/kinki/ise/jingu/database/jgdbira.html

            <感謝合掌 平成24年7月23日 頓首再拝>



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