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No.24 2500分の1地形図の等高線の精度 投稿者:滝おやじ     投稿日:2012年07月10日 (火) 01時15分 [返信]

近年、市町村ごとに2500分の1地形図が整備されてきて、どこの役場に行っても購入でき、とても便利になりました。
 等高線間隔2mで、細かい地形や空中写真判読結果の書き込みが楽で、ありがたいことだと思っています。
 この地図は国土基本情報の位置、標高データをもとに、市町村が委託した業者が空中写真図化で製図していると思いますが、図化機のオペレーターの技術が伴なわないと、かなり雑な地図ができているようです。樹林に覆われた地表の表現がひどい。
 去年、崖が崩れて滝が埋まってしまった千葉県旭市岩井の龍福寺の奥の院滝を見に行った時・・・。
 画像は、旭市岩井の龍福寺

No.25  投稿者:滝おやじ    投稿日:2012年07月10日 (火) 01時18分

旭市発行の2500地形図(部分)。
この図を持って、龍福寺の谷地形を見に行ったのですが。
 地形図だと、本堂の奥の谷は変なV字の断面の谷で斜面も対称の斜面として描かれているが、現地で見ると、全く地形と地形図が違います。

No.26  投稿者:滝おやじ     投稿日:2012年07月10日 (火) 01時22分

谷底は幅広く平らで、谷の周りは右岸側は垂直の4mぐらいの崖、左岸側は一様な急な斜面になっています。
 画像は、右岸側の斜面。崩壊した状態です。
 谷底と斜面の境に垂直な崖が有り、その崖上に狭い平坦面が有って、急斜面となるのですが、そこが崩れて、滝を埋めています。
 地層は、泥層の飯岡層(不透水層)とそれを平坦な不整合面で覆う、砂層の「いわゆる」香取層。
 不整合面が緩く傾いているせいで、右岸側からのみ湧水があります。
 それで、右岸側斜面に、崖やその上の湧水帯があり、湧水のない左岸側斜面は一様な急斜面となっていると解釈しています。

No.27  投稿者:滝おやじ     投稿日:2012年07月10日 (火) 01時25分

 画像は、左岸側斜面と谷底。
平坦な谷底と左岸側の一様な急斜面が見える(この部分では人工カットで崖になっている)。
谷奥の奥の院のお堂付近。
 右手の穴は、境内散策用のトンネル。地図では省略。
とまあ、そうゆう解釈になるのですが。

No.28  投稿者:滝おやじ     投稿日:2012年07月10日 (火) 01時27分

左の図が元の図。右の図が修正図で、赤線の部分を、私の現地の見取りと空中写真判読で直しました。
 こんな風に地形図から手直ししているのでは、面倒この上もないのですが、こんなに違っていては、やるしかない。
 実は、右岸側の細かい表現は樹林で覆われている状態を上空からのみで描くのは、現地調査がないと難しいとは思いますが、本堂周りの崖を見分けられないのは、オペレーターの手抜きと思います。
 我々は、国土地理院の2.5万地形図の等高線が非常に正確なものですから、等高線式の地形図は正確と思い込みがちですが、それは、オペレーターの技能と図化機の性能が高い場合だと思います。2.5万は、プロの仕事ですよね。
 「親方の仕事と小僧の仕事」という言葉があるが、2.5万地形図の精度と同じつもりで、2500地形図の等高線を信じてしまうと、大間違いになることがあると思います。
 まあ、レーザー測量すれば良いさという意見もあるかもしれないが・・。

No.17 斑糲岩の重力変形地形 筑波山立身石 投稿者:滝おやじ     投稿日:2012年06月14日 (木) 17時48分 [返信]

 立身石は、図のLoc5にある小岩峰です。男体山から南東に伸びる尾根上にあり、下から見ると高さ13mぐらい、尾根方向の長径15m弱×直交方向の短径10m強の塔。
 岩峰下部がオーバーハングしていて、その下に狭い洞窟がある。下部の洞窟前広場から見上げると迫力がある。
 古来から信仰対象になっていたようで、元来「鎮座石」といい、親鸞聖人の餓鬼救済の伝説がある。
 広場の岩陰に、「親鸞上人旧跡」の石塔が建っている。立身石という名称は、間宮林蔵の伝承からという。

No.18  投稿者:滝おやじ     投稿日:2012年06月14日 (木) 17時51分

 図は、この岩峰の平面・側面・正面図。
 この図は、現場での見取りによる概略スケッチ図で、尾根方向の岩峰下部には取り付けなかったので、岩峰の尾根方向下部の詳細は分からない。
 岩峰の周りは、樹林に覆われた急斜面で、岩峰部分の周りの岩石がすべて転げ落ちて、残った部分が岩峰になっている。
 現在の岩峰の形を見ると、側方図に示すように、岩峰が尾根下方向に傾き、割れて、尾根の方向に直交する開裂割れ目がはいり、正面図に示すように尾根斜面方向には剥離して転落しているようです。
尾根方向の開裂は4本想定され、3つのブロックABCに分離している。
 尾根の横断方向の形は、正面図に示すように、両側の斜面方向に破断しているが、南西向きの節理の影響で非対称になっている。

No.19  投稿者:滝おやじ     投稿日:2012年06月14日 (木) 17時53分

平面図の南西方向から見た立身岩上部。岩峰下部は見えていない
ブロックA、Bと開裂割れ目1,2が見える。
開裂割れ目1に沿って、尾根の鞍部があり、遊歩道に利用されている。この割れ目が一番大きく、岩峰全体が下方に滑っているかもしれない。
 ブロックA・Bのそれぞれの頂上は、正面図に示す南西落ちの節理面に沿って剥離して転落した形が見える。また、Bの頂上部分は、節理面に沿って滑っている。女体山南面にある大仏岩の頭部の岩塊とよく似ている形。

No.20  投稿者:滝おやじ     投稿日:2012年06月14日 (木) 17時55分

南西側の岩峰下部。広場から見上げた画像。中央が親鸞上人旧跡碑。
ブロックの頂上、ABCが見える。岩峰の側面方向の破断面を示す。
 画面に平行の破断面が、一部オーバーハングしているのは、前述の節理面で岩峰上部が辷っているためのようである。
 また、画面に直交する向きの、開裂割れ目123の側面が、直線に見える。3の下部が開いて洞窟になっている。

No.21  投稿者:滝おやじ     投稿日:2012年06月14日 (木) 17時57分

平面図の北東方向からみた岩峰頂部の裏側。
ブロックAがみえている。
人物のいる裂け目が、開裂割れ目1

No.22  投稿者:滝おやじ   投稿日:2012年06月14日 (木) 18時06分

画像忘れました。

No.23  投稿者:滝おやじ     投稿日:2012年06月14日 (木) 18時08分

岩峰の頂上部分。南西方向からで、ブロックCからブロックBの頂部を見る。
 Bの手前の割れ目が、開裂割れ目2。
 Bの右手の割れ目が、滑った跡。
 斑糲岩の岩峰は、岩石の表面は風化しないので節理に沿った角張った形の造形のようだが、傾斜方向に破断したり、節理に沿って傾斜方向に滑ったりして、意外と傾斜に対応した形の型があるとの印象。ホルンフェルスの作る岩の形に似た感じあるようにも思う。

No.9 斑糲岩の重力変形地形 筑波山見晴し台の露岩 投稿者:滝おやじ     投稿日:2012年06月05日 (火) 17時22分 [返信]

 斑糲岩でできた岩の微地形を見てきました。場所は、筑波男体山女体山の山頂一帯。
 斑糲岩は、侵食残丘を作っていることが多い岩石で、マサ化せず、大きな角張ったブロック状の岩塊を作るようで、風化しにくい岩ですね。
 阿武隈山地などでは、残丘を取り巻く小起伏面を作っている花崗岩・花崗閃緑岩は、風化しやすく、マサ化して、タマネギ状風化とか木の根開口とかが見られ、違った風化形態をしています。斑糲岩も花崗閃緑岩も、新鮮なら物凄く硬いのは同じですが。
 まず、男体山の山頂付近を一周している観察歩道の、第2見晴らし台の露岩。 図のLoc4にある岩です。
(木の根開口作用は、HPの竪破山の七奇石を参照。)

No.10  投稿者:滝おやじ     投稿日:2012年06月05日 (火) 17時25分

 Loc4は、筑波山男体山山頂から南東に伸びる尾根のちょっとした平坦部で、その先端に露岩があり、見晴らし台になっています。
 尾根は、地形図で見ると北西側斜面の方がより急傾斜。
 画像の人物がたっている岩。
 岩質は、勿論、斑糲岩、新鮮そう。
 高さが70cmぐらいで、直径4.5mぐらいの平面略円形の岩です。岩の上面は、緩傾斜した節理面だったのでしょう、上部がなくなって、北西(画像で右方向)へ傾いた平面になっている。

No.11  投稿者:滝おやじ     投稿日:2012年06月05日 (火) 17時27分

 わざわざ見に行ったのではなく、何気なく立ち寄っただけなのですが、画像のように、面白い割れ方をしているのに気づきました。
 岩の表面に、平行した深い割れ目が入っていて分離しかけています。
 赤い足の足下の段は、割れて滑って段差になっているようです。

No.12  投稿者:滝おやじ     投稿日:2012年06月05日 (火) 17時29分

画像は、上の画像と反対側から撮ったもの。食事している人と、青いザックは動いていません。
 手前の岩の断面は、上の画像の中央の深い割れ目の断面。
 青いザックと向こうには、分離した岩が見え、その先の2人の人物の向こうに見える巨岩は、食事している方が腰掛けている平らな岩から、分離して急斜面に落ちかかっているものらしい。

No.13  投稿者:滝おやじ     投稿日:2012年06月05日 (火) 17時31分

前の画像の、赤足と黒足の後ろ側、のぞいて見ると、円弧状の破断面で分離したやや小さな岩塊ブロックが急斜面に落ちかけていました。

 以上、各画像に見える岩塊の壊れ方は、いずれも重力による破壊ですが、(1)円弧状に(節理と無関係に斜面に沿って)破断していくのと、(2)直線的に(岩石の節理面を利用して)開裂したり、滑ったりするのと、2種類の動き方があるようです。

No.14  投稿者:滝おやじ     投稿日:2012年06月05日 (火) 17時33分

目測と写真を利用して、平面略図を作ってみました。
 直線的な開裂割れ目は、3本。
 円弧状の破断は、明瞭なのが2カ所
ありました。
 測定の基準点は石の上の境界標だが、補助点に、食事中の方の尻と、立ち話中の黒足と赤足の方の靴・・・2番目の画像参照

図の左上方向にある、急斜面に落ちている巨岩(3番目の画像参照)は、直線状開裂で分離したのではと思いますが、確実ではないですね。

No.16  投稿者:滝おやじ     投稿日:2012年06月05日 (火) 17時40分

 周囲の斜面形と露岩の崩壊形の関係を深読みすると、
(1)この露岩は、尾根先端にあるので、周辺の急斜面方向への、平面が円弧状の破断面による小規模な岩塊の分離が起こっている。
(2)尾根全体の横断方向では、北西側斜面の方が急勾配であり、それに対応したと思われる直線状で平行した開裂が発生している。この現象は、基盤の斑糲岩の節理系のうち、北東・南西方向の節理面を利用して開裂が起こっていると想像される。

 とまあ、こんなところですが、ここに記録したような、重力による基盤岩石の破壊変形は、ありふれた現象であり、少なくとも、同じ斑糲岩である、筑波山山頂部では同じような重力変形作用が発生していると思われます。  
 実は、筑波山の怪石といわれる岩を一通り廻ってみましたが、北斗岩を除くと、みなこの2種の重力変形で解釈できそうな形であります。
 次回は、近くの「立身岩」での例を紹介します。

No.6 筑波山の山の形 山が砕ける 投稿者:滝おやじ     投稿日:2012年05月29日 (火) 15時53分 [返信]

最近、筑波山の登山道沿いにある怪石群を見に何度か行きました。それで、石を見るための前提として、山の地形分類をしてみました。
 すると、筑波山は、いわゆる斑糲岩の残丘地形といわれていますが、それだけでは言い尽くせないものがあると思います。
 残丘地形が形成されたのはかなり古そうですが、むしろ、その後の地形変化が著しいと思います。
 山頂部は、以前の地形が重力崩壊(岩盤クリープ)して3つに分離しています。 また、山頂部斜面が、更新世後期まで、面的に改変され、さらに、完新世になって、山頂部の斜面の化石化と谷の侵食が進んでいるようで、稜線の南北での斜面地形の違いも著しい。
 画像は、常磐道から見た筑波山。左:男体山 中央:女体山 右の手前の塔と重なる部分:つつじヶ丘。

No.7  投稿者:滝おやじ    投稿日:2012年05月29日 (火) 16時04分

 山頂部が3つに砕けていることについては、羽田野先生の指摘があり、男体山の東端と女体山の東端、つつじヶ丘の東端で3つのブロックに分かれると述べておられます。羽田野(1989)。ものすごく納得。
 女体山を頂点とする三角形の山があったことになりますね。
 ただ、先生は言葉で言っただけで、図を示しているわけではないので、私見を図化して示します。この図は、地形図から断層を推定して作成。
 図は、上の画像と大体同方向からの山体ブロック概念図 作 滝おやじ。

No.8  投稿者:滝おやじ    投稿日:2012年05月29日 (火) 16時13分

断層の推定図です。
 男体山と女体山の東端の2カ所は、正断層風の滑落地形で、すごく明瞭。
 つつじヶ丘の東端は西側が押してきて、のし上げた逆断層風の地形と私は解釈しました・・・羽田野先生は明瞭な言及なし。
 地形は明瞭ですが、露頭での断層割れ目の確認はなされていません。露頭がないとのこと。男体山の東端の断層についての露頭は、御幸ヶ原と千手沢に以前あったが現存しないとのことです。
地質図(5万真壁)にも記載されいません。その辺で、あまり指摘する方がいないのでしょう。
 
 ところで、このように、周辺と岩質が異なり、屹立している平面が細長い山が、自重により自壊し、稜線を横断する方向の割れ目によって分離する現象は、報告がされていないだけで、実際はかなり普遍的と思われます。
 たとえば、関東山地北部の叶山、二子山は、海山起源のスライスされた石灰岩体の山ですが、見事に割れています。5万地質図「万場」にも断層として記載されている。その割れ目の「叶後の牢口」は天然記念物だったと思います。
 国土地理院1万国土基本図に加筆。作:滝おやじ

No.4 奥多摩三山の三頭山 投稿者:滝おやじ     投稿日:2012年03月17日 (土) 18時36分 [返信]

 一昨日、八王子市の北浅川・鶴巻橋上から遠望。戸倉三山の眺めです。左手の市道山と右手の臼杵山の間に、大沢山・三頭山が頭を出している。
 画像では省略しましたが、臼杵山の右手には、御前山と大岳山がそびえている。
 秋川流域の分水界にある三頭山(1531m)、御前山(1405m)、大岳山(1267m)は、奥多摩三山と呼ばれ、下流側から見ますと、1000-1100mぐらいの定高性のある山地から、3つの山が突出している。
 この突出は何故・・・。地質図を見ると大岳山はチャート層、御前山は石灰岩層、三頭山は石英閃緑岩貫入岩体が周囲の岩石を熱変成させたホルンフェルスが山頂を作っています。
 それぞれ周りの地層よりも硬いので、関東山地が侵食により山の高さを減じていった過程で、掘り残された結果として、相対的に突出した山になっていると思われます。

No.5 三頭山は何故高い・・・ 投稿者:滝おやじ     投稿日:2012年03月17日 (土) 18時40分

 大岳山(チャート)と御前山(石灰岩)は、いかにもと思われるのですが、三頭山の山の形と岩石の関係を図にした例はないみたいで、やってみたら面白そう。
 秋川の流域界沿いの地形断面、範囲は、笹尾根の槙寄山付近から北上して大沢山より三頭山中峰に至り、そこから東に、三頭山東峰を経て、鞘口峠から砥山・戸沢峰(浅間尾根合流点)付近までを書き、地質を入れました。
 地質図は、5分地質図の「五日市」のデータ。四万十帯の小仏層群(白亜紀)の小伏層と盆掘川層が、数個の石英閃緑岩体の貫入(中新世)を受けてホルンフェルス化した地質です。
 ホルンフェルス化の範囲は花崗閃緑岩体から500m以内という記載がありましたので、地質図上でのその範囲とし、2つの岩体から500m以内で両方から年を受けたと思われる範囲を「2重焼け」ということにして区別しました。
 図を作ってみてわかったのですが、三頭山の突出している山体は、見事にホルンフェルス化した範囲と一致していますね(特に笹尾根の部分)。
 また、2重焼けした部分が、更に高い所になっていて、大沢山が何故高いのかも、2重焼けの部分になっているからということで説明できそうです。
 より細かく読図しますと、尾根の位置、峰の位置、三頭沢の瀑布帯の位置なども、地質に影響されているようです。

No.71 筑波山と奥多摩の地形 投稿者:奥多摩大好き学生   投稿日:2013年04月06日 (土) 12時18分

ちょっと目に留まったので読ませていただきました。
私も、地形が好きなので共感できる点が多く、コメントさせていただきたいと思います。


 筑波山の地形は、私も羽田野さんの指摘同様に、重力変形地形(岩盤クリープ)であると思います。
なぜ、女体山と男体山の2つのピークが存在するのか。東西で非対称山稜なのか(西が急傾斜で、東が緩傾斜)。山頂付近の御幸ヶ原の存在。などを説明するにも納得がいきますが、私も筑波山に行ったことがありますが、いい露頭はなさそうですね。。証明するにはなかなか難しそうです。
ただ、山麓には土石流扇状地が広がっていたり、赤城鹿沼テフラがみれたりと、地学的にはとても面白いですね。


 奥多摩三山の地形を分かりやすく解説されていてとても楽しく読ませていただきました。それぞれ、まわりの四万十帯堆積岩とは異なった山体であるというのが地形を規定していますね。その他、鳩ノ巣城山や鋸尾根、稲村岩、神戸岩なんかもチャートや石灰岩による組織地形のようなものですよね。
もっと多くの方が、奥多摩に興味を持っていただけたらって思ったりします。


No.3 東京湾内湾、自然海岸の津波跡 投稿者:滝おやじ    投稿日:2012年03月13日 (火) 16時46分 [返信]

先日、木更津市の小櫃川河口三角州に行きました。
3/11の津波跡が今でもはっきり残っていました。
遡上高1.0〜1.5mぐらい。護岸がない自然海岸なので、低い浜堤を乗り越えて、潟湖に流入し、芦原を200mぐらい進んでいた。
三角州の旧流路跡の水路では、漁船を流してもっと上流まで。



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