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グッキーのお勉強

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[199] 題名:2005年12月25日(日) 名前:グッキー MAIL URL 投稿日:2005年12月25日 (日) 11時05分

なつかしの濁世の雨や涅槃像   阿波野青畝

第一句集『万両』(昭六)所収。
作者は秋桜子・素十・誓子とともに
「ホトトギス」の四Sと称された人。
対象に静かに沁み入って詠む作風である。
陰暦二月十五日の涅槃会に寺院で釈迦入寂の姿を
一切衆生の悲嘆の姿とともに描いた図を掲げる。それが涅槃像。
仏眼から見ればこの世は濁世だが、
涅槃会の細かい春雨に包まれるとき、
人の世も春雨も、濁世は濁世のままに
かぎりなくなつかしいというのである。


[198] 題名:2005年12月22日(木) 名前:グッキー MAIL URL 投稿日:2005年12月22日 (木) 11時57分

しんしんと肺碧きまで海の旅   篠原鳳作

昭和十一年三十歳で急逝した新興俳句運動の俊才。
鹿児島に生まれ、沖縄や鹿児島の中学で教えるかたわら、
いくつかの俳誌に関係したが、晩年は新興俳句運動の、
とりわけ無季俳句の有力な推進者だった。
この句は、無季俳句の傑作として知られる。
「しんしんと」の沁み入る感覚と「肺碧きまで」の鮮やかな
色感のみごとな融合によって、忘れがたい印象を生む。
まこと南国人の句というべきであろう。


[197] 題名:2005年12月14日(水) 名前:グッキー MAIL URL 投稿日:2005年12月14日 (水) 08時16分

幾山河越えさり行かば寂しさのはてなむ国ぞ今日も旅ゆく   若山牧水

第一歌集『海の声』(明41)所収。
名歌として名高いが、これを作った時作者は
22歳の恋知りそめた学生だった。
宮崎へ帰省の途中、中国地方に遊んだ時の作。
彼は当時、上田敏訳ブッセの小曲
「山のあなたの空遠く「幸」住むと人のいふ」
の詩を愛誦していたので、
その気分もここに反映しているようだが、
「幾山河」と歌い出した時、一首はたちまち
醇乎たる牧水自身の愁いの調べとなった。


[196] 題名:2005年12月13日(火) 名前:グッキー MAIL URL 投稿日:2005年12月13日 (火) 12時03分

春の岬旅のをはりの鴎どり
浮きつつ遠くなりにけるかも   三好達治

第一詩集『測量船』(昭五)巻頭を飾った短歌形式の二行詩。
昭和二年四月、伊豆湯ヶ島に転地療養中だった親友の作家
梶井基次郎を見舞ったあと、下田から駿河湾を横切って清水まで
渡ったときの船中の作らしい。
岬の波間に浮くかもめが、視野をしだいに遠ざかってゆく。
それは言いかえれば自分が後ろ向きに陸地から遠ざかってゆくことだ。
ひとつの「旅のおはり」は次の旅の始まりなのである。


[195] 題名:2005年12月12日(月) 名前:グッキー MAIL URL 投稿日:2005年12月12日 (月) 11時08分

何れぞも 泊まり
かの崎こえて      神楽歌・早歌

神楽歌は広くは神前で舞いと音楽に唱和する歌謡、
狭くは宮中で奏される神事歌謡をさす。
ふつう『神楽歌』と題する本におさめるのは後者で、
こまかく分けられた形式によって奏される多種多様の
歌詞がある。楽人が本と末に分かれて掛け合いでうたう。
第一行が本方、第二行が末方。
旅人同士が海ですれ違いながらの問答だろうが、
短い問答ゆえに心にしみて忘れがたい。
「今夜はどこでお泊り?」「あの岬を廻った所で」。


[194] 題名:2005年12月8日(木) 名前:グッキー MAIL URL 投稿日:2005年12月09日 (金) 08時54分

われのみや夜船は漕ぐと思へれば沖辺の方に楫の音すなり   よみ人知らず

『万葉集』巻十五。
天平八年新羅に派遣された使節たちが、
往復の途次に作った多くの歌の一つ。
国家を代表して渡航する晴れの使節団だが、
彼らの旅の歌は、寂しい歌が多い。
それがかえって興味をよぶ。おのずと
そこに人の心の機微が現れるからである。
自分たちの船だけが不安でいっぱいな夜の海を
漕いでいるのだろうかと思っていると、
もっと沖合で別の船の楫の音がする。
孤独ではないと知る、安心。懐かしさ。


[193] 題名:2005年12月6日(火) 名前:グッキー MAIL URL 投稿日:2005年12月07日 (水) 00時06分

いで我を人なとがめそおほ舟のゆたのたゆたに物思ふころぞ   よみ人知らず

『古今集』巻十一恋。
「いで」は「さあ」という誘いかけ。
「なとがめそ」の「な‥‥そ」はどうかしないでくれ。
大きな船がゆったりと揺れるところから、「ゆたのたゆたに」
(『万葉集』のユタニタユタニから出た言葉で、
ゆらゆら揺れて定まらないこと)となる。
「物思ふ」は恋の悩みの物思い。
心もそらに、ゆらゆらと漂う恋の悩みをうたうが、
歌の調べは大らかである。歌謡として愛誦されたものだろう。
海はこうして無尽蔵に人に歌をうたわせる。


[192] 題名:2005年12月5日(月) 名前:グッキー MAIL URL 投稿日:2005年12月06日 (火) 01時09分

家にてもたゆたふ命波の上に浮きてし居れば奥処知らずも   よみ人知らず

『万葉集』巻十七。
天平二年十一月、大宰帥大伴旅人は大納言に任ぜられ、
それまでの任地大宰府から都に帰ったが、従者たちは
旅人とは別に海路帰京した。
その折、不安な旅の前途を憂えておのおのが作った歌の一首。
安全な陸地の家にいてさえたゆたう(ゆらゆら揺れ動く)
命であるのに、波の上に漂えば、「奥処」(はて、行く末)
も知れぬ心細さよ、と歌う。
古代の船旅の不安を歌うが、この歌には現代人の胸に響く
普遍的な哀感がある。


[191] 題名:2005年12月4日(日) 名前:グッキー MAIL URL 投稿日:2005年12月04日 (日) 23時41分

漁りする海人の楫の音ゆくらかに妹は心に乗りにけるかも   よみ人知らず

『万葉集』巻十二、旅情の歌のうち。
「妹は心に乗りにけるかも」という表現が
古代人にいかに好まれたかを示す別の一例。
前の歌のしだれ柳に対して、ここでは猟師の
ゆっくり漕ぐ櫓の音が、ゆたゆたと波のように
揺れる恋ごころを表現する。
櫓音がゆるやかにきこえてくるように、
恋人よ、おまえはゆくらかに(ゆったりと)
私の心に乗ってしまったのだ。
しだれ柳はしなやかに、
櫓の音はゆったりと、相手の面影のままに。


[190] 題名:2005年12月3日(土) 名前:グッキー MAIL URL 投稿日:2005年12月03日 (土) 08時37分

春さればしだり柳のとををにも妹は心に乗りにけるかも   柿本人麻呂歌集

『万葉集』巻十春の相聞。
「春されば」のサルは移るの意。春になると。
「とをを」(墝)はタワワの母音が変化した形で、たわみしなうさま。
「妹」は愛する女、妻。
春になるとしだれ柳がたわたわとしなう、
それと同様、私の心がしなうほどに、いとしい妻よ、
わが心の上におまえは乗ってしまって。
心という、手にとれず、目にも見えないものの上に、
たしかにひとりの女が乗っている面白さ。




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