日本とイワレヒコノミコト、何番膳じの命名ネタ。
[147]arshe
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2008年04月30日 (水) 10時39分
見事に咲き誇る花は、多趣味で器用な男が手間暇かけて育てたものだ。汚れを知らないほど純真に、花開いている。 「上手いものだろう」 意図せず魅入っていた少年に男は話しかけた。幾分か成長したその姿が自らが育てた花に重なって、自然と男の顔に笑みが浮かぶ。初めは抱き上げた重みも感じなかった。 男も年月が経った分、体は成人のそれに近付いているので、今でも楽々と少年を持ち上げられるが、少年の成長がただ嬉しいのだ。その目の前にある花のように、咲き誇る時が楽しみだった。自らが生きている間には叶わないだろうとわかっていても。 「とてもきれいです」 少年は上気した頬で振り返った。まだまだ舌たらずな発音が讚美の純粋さを証明している。微笑んだ男はその手を伸ばして指先で優しく花びらを撫でた。 「花はね、手をかけるばかけるほど美しく咲く」 花びらの内側で結露した雫がぽたりと流れ落ちる。反動で花全体が揺れる様さえ美しく、少年の目を引く。 「菊、」 息を吐くような優しさで男は呟いた。 少年が声の方へ目を向けると、男はいつの間にか少年と同じく屈んでいた。肩が触れるほど近くに腰を下ろしている。 「名だよ、」 名とは大切なものだと男は言っていた。慈しむように呼ぶものだから、少年は羨ましかった、少年には呼ぶ名すらない。 「ずっとおまえにふさわしい名を考えていたんだよ。きっと花の名が合うと思っていた、菊にしよう。」 少年は驚いて目を見開いた。花を見つめていた優しさで満ちた瞳が少年を捉える。黒々とした光彩は黒燿石の光を秘めて輝いていた。この人は夢を見ている、はるかな夢を。 「おまえは美しい国になる」 きく、と男が名を呼ぶ。呼ばれた名を心のなかで少年は繰り返す。不思議なことに、それはずっと前から自分の名だった気がするほど馴染んだ。何度も何度も、何度でも呼んで欲しい、と菊は願う。 これから、何度でも、ずっと。
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