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徒然日記

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[157]arshe [ Mail ] [ HOME ] 2008年07月15日 (火) 13時51分
 扉を開けたのは可愛らしい少女だった。豊かに蓄えた黒髪を柔らかく結い、左の肩から前に流している。結わえ込まれた真紅のリボンが艶やかで、少女はまだ12、3だろうがそれを二、三は上に見せている。どこか沈んでいるようでも、明るく無邪気な表情は訪問者がルークたちだと気付くと、目に見えてこわばった。
「何か…?」
 それは外周の者が外の者に対する時の当然の動作だったが、ルーク達には辛い(ジェイドは気にしてないようだが)。ルーク達が応える前に少女の向こうから、ルークたちに気付いた青年が言った。
「中に入ってろ」
 少女が道を譲り青年は部屋を出てくると、扉を背にしてきっちりと閉めた。少女が奥の部屋に入るのを耳で確認してから、青年は口を開く。それまでルーク達に一言も許さなかった。
「随分とお久しぶりですね、ご一行様?そうそうたる顔触れを拝見できて、恐悦至極に存じますが、こんなところに何の用があるっていうのか」
 相変わらずひねくれた皮肉気な言い方でアーシェスは言外に会いたくなかったと示した。しかしルーク達にとってはそんなわけにいかない。
 ローレライとの大爆発の後、二年の歳月を経て帰還した英雄、ルークだが、その理由は謎に包まれたままだ。ベルケンドでジェイドが検査したが、これとぴったりはまる答えは出そうにない。ジェイドほどの頭脳をもってしても、ローレライの恩恵としか言いようがないのだ。体はルークのもの、つまりレプリカのもので被験者のものではなく、解離した音素は補充されてはいるし、人格もレプリカ・ルークと確認した。しかし、補充された音素の結合は弱く、いつまた解離を起こすともしれない危険な状態であることに代わりはない。
 そこで、ジェイドがアーシェスに会おうと提案した。
 エルドランドでの戦いで、ルーク達と戦い、アッシュが死んだことで流れ込む第七音素により、ローレライの力が増しさらに強力になったヴァンを抑える封印術を施していたアーシェスは、その代償として自身も死を免れない程の解離を起こしてしまっていた。エルドランド攻略後、誰もがアーシェスは死んだと思っていたが、しかし彼は生きていたのだ。初め、アーシェスが生きているという噂を掴んだジェイドは柄にもなく、疲れているのかと我が耳を疑ったほどだ。
 こうして目の前にしている今も、ルーク達は自身の目を信じられない。
「……幽霊でも見るような顔、しないでほしいね」
 はあ、と沈黙を溜め息で破ったのはアーシェスだった。再び扉を開け、出掛ける旨を少女に伝えると、ルーク達にアパートメントを出るよう示した。

 道を歩きながら、実のところルーク達が自分を訪ねてくるなら、その理由の検討はついていた。二年前旅した時と同じくジェイドに説明役を押し付けられたものの、すっかり板についた様子で話すガイの説明を聞いて、アーシェスは用意していた言葉で返す。
「残念ながら、俺の帰還は役に立たないと思うよ」
 存外に優しくアーシェスは応える。エルドランドで、憎悪を露にルーク達の前に立ち塞がったのが嘘のように穏やかだ。
「役に立つ立たないは私達が決めます。その様子では貴方は自分が何故生還できたのかはっきりとわかっているようですし、今後の参考のためにも、是非話してほしいですね」
 ジェイドの真紅と見合ったアーシェスの紫電が一瞬揺れる。
 赤い瞳は苦手だった。アーシェスは母親譲りの瞳だが、母の瞳は時々赤く燃えていたことを思い出す。彼女も二年前までのアーシェスと同じように自分のものではない愛憎にもてあそばれていたのだ。
 誤魔化すようにアーシェスは瞼を閉じた。それにより蘇る深紅は2年も前だと云うのに、絶対的な記憶力を持つアーシェスには何とも鮮やかだ。
『死ぬの?』
 出会った頃と同じ幼い声。しかし言葉遣いは達者で、アーシェスの知る存在もそうだった。今にも絶えそうな息の中、かすれながらも死なないと応えれば、そうだね、と呟いていた。
『まだ、死なないよ。誰も、ね』
 薄れ行く意識の中、ああ、死ぬのか、と最後まで死を受け入れないまま、アーシェスは瞼を閉じた。自分の死をいつも予知できたからこそ、生きることに貪欲で、死を覚悟するほどの想いも失われていたから、仕方ないことだったかもしれない。

『ずっと昔、みんなどろどろだった、砂漠の砂粒にも過ぎない、ひとつだったんだもの』
 無邪気に面白がる声は、強い決意を秘めたまま、アーシェスの意識を引き上げた。どうしようもないほど瞼が重くて、これまでかと、二度と目を開くこともないと思っていたアーシェスも、ただただ驚くばかりだ。持ち上げた掌に染み込んだ血は乾いてこびりついている。その手を傷口にもっていっても、痛くなかった。痛いと感じたのは幻痛で、傷口は見る陰もなく塞がっていて、最初からそんなものはなかったかのように、血の跡も肌には残っていない。攻撃を受けて切り裂かれた服と、染み込んでいる血痕だけが、そこに確かに傷があったと訴えている。

――生きている、

「多分、気まぐれだよ。」

――生きてるんだ。
 感覚の素晴らしさ、どうして世界が輝いて見える。綺麗だと、紅が幼さを残す声で囁くように呟いた。その時アーシェスは否定したが、その通りだと知った。確かだ、世界は美しい。

「言ったろ?動いてるのは俺達だけじゃないって。」
 エルドランドで、刃を交える前にアーシェスはそう吠えた。
 後悔にしろ、懺悔にしろ、もう何も届きはしない、引金を引いたのは、他でもない、滅ぶべくして滅ぶ人間たちなのだ。
 もう戻らない、希みが叶うことはない、絶望が心を支配してアーシェスは死に急いだ。悔いてはいないが、自分勝手で浅はかだった。

『綺麗な花にはトゲがある。………完璧なものなんて、何もなかった。』
 確かだ、紅には棘があった、威嚇のための牙も、切り裂くための爪もあった。使うことはなくても、持っていた。
 使えば、傷つかずに済んだのに、使わなかった。
――だからこそ、おまえを人間だと思えなかった。自分を優先できない人間を認めたくなかった。

「ヴァンでさえ、真の望みは預言の崩壊だった。だけど、世界を、全ての崩壊を望んでる奴がいるんだよ。」
 彼らが、真っ直ぐ見すぎて道を誤ってしまったのだとしても、世界を救いたかったのはルークたちと同じだ。だからアーシェスは彼らを否定したくない、優しいと知っているから。

『死にたいわけじゃない』

「俺を助けてくれたのは、ついでみたいなものだろ」
 気まぐれ以外の何物でもないだろう、彼が自分を特別に思っているなどとアーシェスには考えられなかったし、有り得ない。

――死にたくない、ってそう言えよ、イオンみたいに、言葉にしろよ。
 口に出さなきゃ、余計に辛いのに、強情な奴だ。

 でなければ、らしくない、自然とアーシェスは破顔した。自嘲があまりにも穏やかな笑みになったものだから、ルークたちは驚いてしまった。感情を出さないようにしていたアーシェスがさらけだしている、それだけで驚愕に値するのは確かなことだ。
――生きている。
 こんなに無駄なことを考えるのは、生きているからだ。なんでもないことなのに幸せで、それをわかってほしいと思えたことはアーシェスにとっても進歩だった。

「これは俺の推測だけど、」
 根拠もなにもない、ただの想像で感情論かもしれないけれど、そう断ってからアーシェスは切り出した。
「子爵様が帰ってきたのも、ついで、かもね。俺を助けた時も、面白がってたからさ。やってみたかっただけ、ってのも有り得るよ。」
 この話はこれで終り、言外に示してアーシェスは一行を外周の外へ連れていく。静かな海のように穏やかな気分は目の前に赤がちらつく度に揺らいだ。見ていられない、見ていたい、紅ではないのに、それが悲しい。紅以外は有り得ないのに、嫌いではないことに気付いてしまって、衝撃を受けたことがまた衝撃だ。

 外周の外れに着いても、ルークたちは立ち去らなかった。アーシェスの発言には謎がありすぎる。問いただしたいとルーク達の顔は描いてある。同時にあまりにも清々しいアーシェスへの戸惑いがはっきりと伝わってくる。アーシェスは肩を疎めて苦笑した。
「俺はあんたら嫌いじゃないよ。」
――自分でも驚くほどに、憎んでいるのに、嫌いではない。
 恨んではいるけどね、と表と裏では全く違うようで、表裏一体だ。アーシェスが溢した言葉に嘘はなく、ルークは申し訳なさそうに、目に見えて落ち込む。
「生還しても変わってないみたいだね。子爵様はあいつに勝ったんだから胸張ってなきゃ失礼だよ」
 ルークから外周の町並みへと視線を移して、アーシェスは歩き出した。


タイトルは暫定です。
[158]arshe [ Mail ] [ HOME ] 2008年07月15日 (火) 13時53分
視点がころころ変わりますね、流石俺だ。ははは!(やけくそ)

アビスはどんどん自分の中で設定変わっていきます。
ゲームって自由にやれるんだなー、じゃなくて!
たぶんアビス自体がルークの成長の物語であって、アッシュに焦点を当てられてないから好き勝手に妄想できることが多いんでしょうね。





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