[masochistic]
[61]jessica
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2004年07月02日 (金) 17時02分
なにがそんなに恐いのか、怯えた小動物のように、他者との接触を避けている。
「待つんだ、ジェームズ」 教師として当然の言葉を吐けば、忌々しそうな顔をしてこちらを見返す。 どうもよくわからない。こっちのほうのジェームズは。 「まだ何か?」 寮に帰りたいんだけど?と、身長差の関係上、見上げるようになっている目線で言ってくる。 ただ、伝えておきたかったのだ。 彼が、ジェームズを再び傷つけると思っている、両親は、本当にいい人たちで。私の親友だった。なにより私は、彼らを愛していたし、彼女を愛していた。同時に、二人を憎んでもいた。仲間はずれになったようで、寂しかったのかもしれない。我ながら、子供っぽいと思っている。
「…あんまり、嫌うものじゃない」 ぴくり、とジェームズが体を震わす。 「なん、だって…?」 「嫌うんじゃない、と言っているんだ。彼らは本当に、素晴らしい人たちだよ。おまえには、わからないかもしれないけれど…あの人と接触するまでは、本当に………」 「黙ってよ、じゃあ何?虐待するやつはみんな素晴らしいやつってわけ?それじゃほとんどのヤツが、自分のこどもに虐待してんの?違うでしょ。あいつらが優しかったのはあんたにだけで、おれ以外のやつにだけで、おれじゃないんだ。いいだろ、別に。おれが嫌ったって。あんたには関係ないし、それに、おれ以外のやつみんなに好かれてるんだから、それでいいじゃんか。なんでおれが、嫌いな奴らの事、好きにならなきゃいけないの?また二の舞にする気?またあのコを傷つける気?確かにさ、助けてくれたのはあんただった。でも、おれは許してない。本当はあんたがあのコに近づくのも許せない。だってあんたはあいつらを愛してるんでしょ?憎んでもいるし。だからあんたは、あのこを…愛情でもない憎しみからくる目で見てるんだ」 一瞬、息が詰まった。何も言い返せなくなったのだ。 いつも口数は、あのコよりも少なめだった。だから、彼がこんなに話すのを見て驚いたのもある。そしてなにより、自分がそれに気付くのに何年もかけてしまったにも関わらず、彼には気付かれていたのだ。
「………もう、あいつらの話なんか、絶対しないで」 ぼそりと唸るように言うと、さっと身を翻した。 咄嗟に、その腕を掴む。 その細さに、目を見張る。こんなにも細かったのかと。 服の上からでは、よくわからなかった。クィディッチをやっているということで、鍛えられた体をしているものだと考えていたのだ。
「離せよ!!」 躍起になって、私の腕を振り払おうとする。 今ならわかる。 さっきの彼の言葉には、私への制止だけではなく、彼の本音も含まれていたからだ。 だから咄嗟に、手を伸ばしたのだ。そしたら、届いたから、離してはいけないと思った。 「離せってば!まだ何か言う事でもあるわけ?!」 ばっと振り向いて、再度私の手を振りはらおうとしたが、相手は子供で、私は大人だ。彼で子供であるということと、私が大人であるということの力の差は大きい。子供が、大人の腕力に叶うわけがないのだ。けれど彼は一向に諦めようとしなかった。
「何なんだよ!そんなにあいつらが大事?!」 『あんたも俺よりあいつらの方が大事なの?』 「そんなに愛してた?」 『だからおれを憎んでるの?』 「だったらそれでいいじゃない!そこまでして、あんたが心底嫌って、憎んでる、おれにまで愛させて、あいつらを世界でいちばん愛されてる人間にしたいのかよ!」 『でもおれは、愛するってどういうことなのか知らないから無理だよ?』 知らないから恐いのか、恐いから知らないままでいたいのか。どちらにせよ、両親に愛された記憶のないこの子に、酷な要求をしていたのだと気付く。
「もう、離せよ……っ!!」 『優しくする気がないなら、離してよ』
目の前のこどもは、自分が恐れるものから逃れようと身を捩っていた。 彼の手に握られている、彼の父親の眼鏡が、みしりと音をたてる。割れて怪我でもすれば、大変な事になるのに、頓着もせず握りしめている。
「離してよ………」 『離さないで』
やりきりない気持ち。何も分かっていなかった自分への苛立ちが、体を支配した。 守りたい。もう、恐がらなくてもいいように、恐れる事のないように、この子供を、まもってあげたい。 憎んでいたと思っていた。けれど今は、それは全く逆になっていて。
愛していると、伝えても彼はきっと信じない。
引き寄せて抱きしめた。離れていかないように、強く。 彼が驚いている好きに、その手から眼鏡を奪い取った。そのまま、遠くへと放りやる。
お互いの熱が、伝わらないようになっているこの皮膚が邪魔だった。何もかもが、間にあるモノ総てが邪魔だった。 なにもなければ、言えば通じて、抱きしめれば答えてくれたかもしれないのに。
「ばか、じゃ……ねーの………?」 「……そうだな」 「めがね、割れちゃうじゃん……」 「…別にいいだろう?」 「あいつの、めがね、だよ?」 「関係ない」 「………」
「あんた、ばかだね」 「そうかもしれないな」 「なにがたのしくて、おれにやさしくするのかわかんない」 「わからなくていいよ、恐いんだろう?」 「…………そうだね、そうかもしれない。恐いんだ、優しくされると、その奥では憎まれてる気がしてならない」 「………」
「あんたが、おれを愛してくれればよかったのにね……」
間を隔てる、総てがなくなれば、きっと通じたのに。
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