【運命的偶然遭遇率】
[71]jessica
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2004年08月13日 (金) 20時40分
「「あ…」」 すれ違い様に、お互い同じような気持ちで同じような声を出した。
【運命的偶然遭遇率】
長島は、背が低い。 平均的に見ればフツウだ。しかし、高校球児などに混じると、どうしても低くなる。実際、チーム内ではいちばん背が低かった。 対して。 目の前にいる大金高校のエース、稲尾は平均よりも高い。長島との、その差、およそ15センチ。 必然的に、長島に目を留めた稲尾は、長島を見下ろすようになる。 長島は、それが気に入らない。理由はわからないが、何故か気にくわないのだ。
沈黙が続く。お互い敵チームで、しかも3回連続で決勝での対決だった。 お互いにいちばんのライバルであり、同時に、いちばん信用している友でもある。 『こいつは自分以外には負けない。』 お互いにそう思っている。そう確信している。決して、その期待が裏切られたことはない。 そして、三度目の対決で、二人の勝負は終わった。 二人とも、高校三年になっており、引退の時期が来る。もう後には、引退しかなかった。 野球が遠くなる。野球ができなくなる。 その意識も二人に共通していた。 長年連れ添った友のように二人はまた、お互いを理解し合っていた。
でもそれだけだ。 二人が、敵同士であることに代わりはない。
よって、この場の空気が和やかになるなんてことは有り得なかった。
「………ちび」 更に、その稲尾の一言が引き金となったかもしれない。 最初に言ったとおり、長島は確かに背が低い。そして本人もそれを気にしている。しかし、彼はあくまでも平均の域にいるのだ。例えギリギリのボーダーラインの上にいようが、彼はそれを押し通すだろう。 「…稲尾が高いだけだろ」 些か目が据わっていることを、長島は自覚していた。稲尾にもすぐに見て取れたはずである。しかし稲尾はまるで長島が小さくて、それに気付かなかったかのように振る舞った。 「ふん、背ェ高ぉて困るようなことはあらへんからな。お前の方こそ、不自由でしゃーないんちゃうか?」 と、更に物理的に見下すだけではなく、にやにやと含み笑いをしなが、精神的にも見下して返してきた。 「…別に、そんな背高い方が不自由だろ。天井とかに頭撲つし」 こちらも皮肉を言うと、稲尾は予想していたようにさらりとかわした。 「生憎、家(うち)はそんな天井低ぅあらへんからな。」 そう言って今度はにっと笑った。そうして、「ああ、」といかにもたった今思い立ったように付け足す。 「背ぇ低ぅて得したっちゅうことも確かにあるやろな。ホラ、マウンドで目立たんやろ?盗塁し放題なんちゃうか?」 次はくつくつと喉の奥で笑っている。 あまりにも、失礼だ。 そう思った長島は踵を返したが、後ろから稲尾が呼び止める。 「まあ、待ちぃな。ただの冗談やんけ」 それでもまだ声が笑っていた。長島の機嫌は直らない。
そこで、ふと気付いた。 今まで、稲尾は試合の後は勝っても負けても、宣戦布告をしてくるだけだったのだ。例えば、「次は勝つ」だの、「次も勝つ」だのと言ったような。 今回のように、こんなに長島に構ってきたことはない。 いつもと違う。 そう思って、長島は改めて稲尾を見上げた。 その視線に気付いた稲尾が、いきなり今までそこにあった不機嫌が姿を消し、純粋な疑問と心配しているような光を持った視線に少し戸惑った。 「……何(なん)?顔に何かついとるか?泥ならついとるで、おまえにも………」 淡々とおおよそ自分の予想の付く限りで長島が考えているであろうことを口にする稲尾を長島が制した。 「違ぇーよ、なんか……もしかして機嫌いいのか?」 コレもなんか違うな…悪いのかな?と長島は一人で考えを巡らせる。 「……よーするに、俺がいつもと違うっちゅーことか?」 「あ〜…そう、それだよ」 稲尾の出した助け船に長島が頷く。 それにふむ、と稲尾が考え込んだ。う〜んと少々唸りつつ考える稲尾に、長島は不審を覚える。 「…何で悩むんだ?」 長島の問いに、稲尾がかすかに困ったような自嘲の笑みを浮かべた。 「………ん〜、たぶん、今回で最後やからかもな」 「はぁ??」 意味がわからないというような声で長島がそう返した。 「ん〜…、つまりやな……おまえも俺も三年やろ?っちゅーことは今年で引退やん?もう試合することもないからやなー…」 「……え?プロ行かねーの?」 稲尾の言葉に長島が問い返した。ちなみに長島が中断させたそれは、長島の問いに対する稲尾の答えにはまだ辿り着いてはいない。 「あ〜…ほら、家継がなあかんからな。野球は今年でお終いや」 少し辛そうな表情を含んだ顔で稲尾は言った。
長島は思う。 稲尾は、最初に戦った時とは大分性格が丸くなったような、柔らかくなったような、そのどちらとも言える変化が、稲尾にあったのだろうと、長島は思った。 野球が何かを、彼がすでにわかっているということは、春の選抜でわかっていたが、この夏の甲子園で、さらにそれを深めてきたような感じがした。 それこそは、去年の夏に、大金に、稲尾に足りなかったものだ。 そこでようやく、二人が対等になり、戦うことができたのだと思った。
「野球、好きなんじゃねーのか?」 じゃなきゃ、野球部なんてやらねーだろ? 確認するように長島は聞いた。そんなこと、聞かなくてもわかっているのに聞いた。そんなことは、野球に対する強い思い入れは、去年の夏から稲尾が持っていることをわかっていて聞いた。 「好きやで?いっちゃん好きや。けどな、野球やるんは条件付きやったからな……」 自嘲の笑みで自分が被っていた帽子を、稲尾はいっそう深く被る。長島から表情が見えないように、鍔に手を添えたままだ。 長島は、何て声をかけたらいいのかわからなかった。
暫く、沈黙が流れた。 お互いに、今度は先程とは違う意味で、言葉を発することができない。ちらりと、お互いに相手の様子を気遣うが、微妙にタイミングがずれているため、お互いに気遣われていることに気付かない。
何をやっているのだろうと、お互いにそう結論づけた時、沈黙を破ったのは稲尾だった。 大阪人らしい、いつもの稲尾からは考えられない軽いノリで雰囲気を変えるように言った。
「やめやめ、言いたかった事と違(ちゃ)うし、長島には関係あらへんしな」 にっと今度は、先程の皮肉ったような笑みではなく、軽快な笑みをみせた。 どこか無理をしているように、長島には見えた。 そして、稲尾に自分は関係ないと言われたことが、何故かすごくショックだった。
「…とにかくや。まあ、敵同士やったけど、なんちゅーかおまえのことただのライバルとかそういう片付け方と違ご(ちご)ぉて………」 稲尾が言おうとしているところを、自分でも嫌と言うほどわかっている長島は稲尾の言葉を制してにっこりと笑った。 言わなくてもわかっている、とその笑みはそう意味していた。 稲尾は一瞬驚いたようだったが、そのあとふ、と笑っておまえもか、と小声で言った。 「ほんま、けったいなヤツっちゃな。おまえも」 「まあ、ここまで来るほどの野球馬鹿だからな」 長島の言葉に稲尾もにっこりと笑った。綺麗な笑みだった。心の底から、笑ったような、そんな笑みだった。 なにかとても柔らかいものが自分を満たしていることを、稲尾は理解していた。言うまでもなく、ちゃんとわかっていた。だからこそ、彼は心から笑ってみせたのだ。
お互いに敵対していた。 敵のように憎んでいるとも言えるほどでもあった。 けれど同時に、チームの他のナインよりも、長年連れ添った友よりも、信用していた。 『こいつは、誰にも負けない』と。 『こいつを負かすのは自分だ』と、お互い思っていた。 それは、とても強く。戦いの場が終わった後でも続いていた。
野球が好きだった。ただただ、純粋に好きだった。 しかし、いつの間にか、あのグローブを手にした時から、野球で勝つのが好きだった。その前の、負けても、悔しいけど、楽しめたという感覚を無くしてしまった。 そして、同じあのバットを持った者と戦って、それを思い出した。 野球は好きだ。けれど、高校でも野球をするかわりに、高校でやめると、誓わせれてしまった。 それでも、野球が好きだった。 たったひとつの球を、何人もが必死になって追うのだ。それが、楽しい事を、好きなことを自分はもう知っている。だから大丈夫だ、と稲尾は思った。 目の前の『強打者(スラッガー)』はきっとこれからも野球を続け、きっとこれからも、誰にも。自分以外の誰にも、負けないだろうと確信していた。 だから、稲尾はそれでよかった。 野球が好きだとそう思うきっかけをくれためのまえの人物に本当に感謝しているのだ。
「ほなな。帰ってさっさと寝ぇよ?そやないと、背ぇ、伸びひんで」 最後にまた皮肉げな笑みを見せて背を向けた稲尾に長島が言った。
「それで、……本当にいいのかよ!?」
長島の問いに、稲尾が立ち止まる。
「ええねんって、それで」 いいのだ。自分がそう決めた。もういいんだと、そう決めた。
「諦めるなよ!!」 卑屈になっている稲尾に、長島が怒鳴りつける。
「本当は野球やりたいくせに!チームで誰よりも勝ちたいって思ってたの、稲尾だろ!違うのかよ!」
そんなに簡単に諦められるくらいにしか、好きじゃなかったのかよ!!!
あかん、きいた…… 最後のは、ホンマにきくわ…と稲尾が自分のユニフォームの胸元を掴む。 先の試合でもうずいぶんと汚れていた。 自分が、今まで三年間(正確には二年半ほど)ずっと着てきた、ユニフォームだった。
「どうなんだよ、稲尾!!」 長島が、稲尾に答えを急かす。本当のことを言えと、答えを急かした。
「……好きやで!好きや!!おまえにも負けへん、誰にも負けへんくらい、野球が好きや!!!」
ようやく、本音を稲尾が言った。 それを聞いてにこりと長島が笑った。
「じゃあ、諦めんなよな」 長島が、稲尾のそばまでやってきて右手を差し出す。
「またやろうせ、野球」
にっと無邪気に笑う長島に、稲尾は呆れたようにため息を吐いた。
「ほんま、大したヤツっちゃで、自分」 そう言って、長島の右手に自分の右手を重ねた。
硬く、堅く。 右手が握りかわされた。 きっとまた、この相手と野球をする日が来る。 その時こそ、決着をつけるときなのだと。 誓いにも近い、約束が交わされた。
たった一度の夏にかわされた約束は、いつまでも健在だと、二人はわかっていた。
長い!!
[72]jessica
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2004年08月13日 (金) 20時42分
長っ!!! ひとこと感想終わり。 考えてたのと全然ちがうモノに… まあ、いいか。 気持ち的には、稲尾くんの方が受け度が高いと思ってます。 だって、ピッチャーだしvv 長稲長だと思ってます!!
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