【運命的偶然遭遇率〜10p(二人の身長差の意でも他でも)】
[75]jessica
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2004年08月14日 (土) 13時32分
「「あ…」」
本当に偶然なんて、よくあるものだと二人は思った。
【運命的偶然遭遇率〜10p(二人の身長差の意でも他でも)】
季節は夏を終え、すでに冬に入っている。というか、冬休みである。真冬だ。もう幾日も、真冬日が続くという異常気象が起きていた。 雪もちらつく、年を越え、信念のお参りに友達と行って別れて帰るその道で、夏の甲子園決勝戦後のずいぶん経った時間と同じく、偶然の遭遇が起こった。
しかしおかしい。 長島は思った。 稲尾は確か、大阪代表だったはずだ。そして自分は東都代表で、ここは東都である。信念のお参りといっても、このへんにそんな霊元のある神社など無い。では何故、稲尾はここにいるのか。
その疑問をこめた視線で稲尾を見てみると、何か考えるようにじっと自分の方を見ている。何だろうと思って、稲尾が喋り出すのを待ってみることにした。
「………俺背ぇ低なったんか?」
びきり、と長島は自分の何かが音を立てるのを聞いた。素直に背が伸びたのかなどと聞けばいいのにもかかわらず、稲尾は自分の背が縮んだのかもしれないと皮肉を言っているのだ。
もしかして俺、からからのに良いオモチャにされてないか?
長島は全開も密かに心の奥底で思っていたが、あえて思ってないことにした言葉をひとりごちた。
「なんや、シカトか?面白(おもろ)ないわぁ」
稲尾は口ではそう言っているが、言葉通りに面白くないという顔はしていない。少々の含み笑いを持った表情だった。 その表情が何故か憎めなくて、長島ははぁと大きくため息を吐いた。
稲尾は、在る意味、長島に懐いているのかもしれない。何しろ、チームメイトや家族、親しい者以外には、こんなに話しかけたりしないのだ。愛想よくしたりもしない。 良い意味で、稲尾は大分丸くなっていた。
「ところでさ、なんで東都にいるわけ?」
長島がずっと思っていた疑問を口にする。それにけろりと稲尾が答える。
「おまえに会いに来てん」
は?と、一瞬長島は稲尾が何を言っているのか分からなかった。その言葉を理解して、ばっと慌てた顔をして稲尾の顔を見ると、にやにやと笑っている。
もしかして、また遊ばれてる?
長島は騙されやすい自分のお人好しな性格をすこし恨んだが、直しようもないので仕方がないとあきらめた。
「自分、ホンマ素直やな〜悪ぅ言うと単純過ぎんで」
くつくつと喉の奥で笑いながら、稲尾が長島の顔を覗き込むように首を傾けた。 長島は恨みがましいような目でそれを見返した。すると稲尾がにっと笑って肩を疎めて見せる。
「で?本当は何しに来たんだよ?」
長島はもう一度言った。それに、今度は素直に稲尾が答える。
「こっちの大学受けろ言われてな。それの下見」
この寒いのに勘弁して欲しいわ、と稲尾はこれ見よがしに溜息を吐いた。
「大学の見学?って、今は開いてないんじゃねーの?」
長島の不審そうな糾弾する台詞に稲尾がくすりと笑う。
「やっぱわかるか、実は家出やねん。親父が煩(うるそ)ぉて敵わんからな」
「家出って…なんでわざわざここまで?!」
「近畿以西やったらどこ居るかバレるさかいな。そんなら、東都や〜思て」
くすくすと何がおかしいのか笑い続けながら稲尾が言った。長島は、何故か、稲尾が自分に懐いているにしても、この様子はふだんと違いすぎると直感した。
「……あのさ、もしかして、酒、呑んでる?」
「呑んどるよ、フツーやろ?正月やで?無礼講やねんからトーゼンやん」
今度はけらけらと笑いながら、得意げに言う。 間違いない、これは酔ってハイになっている。長島はそう確信した。
っていうか、意外だ。稲尾は一見、アルコールに強そうに見えるのに…人は見かけには寄らないものだと、長島は思った。
ふと、こんなことを考えている場合ではないと長島は気付いた。未だに自分の目の前でハイになっている稲尾を見て、仕方がないと近くの公園のベンチに座らせる。 そうして、そこで少し待っていろと稲尾に言って、自分は自動販売機へと向かった。
そういえば。 酔いを覚ますなら冷たいものの方がいいのだろうが、この真冬の夜中の寒い時にそれはどうだろうかと思った。 しかし、暖かいもので酔いが覚めるのだろうか。 いまいちよくわからなかった長島は結果的に両方を買う事になってしまった。
ごく一般的なアイスティーと、ホットコーヒーを持って先程稲尾を座らせたベンチまで戻る。 ベンチまで戻ると、稲尾が前屈みになって顔を覆っていた。
「大丈夫か?」
長島がそうしゃべりかけると、稲尾が下を向いたまま答える。
「あ〜あかん、あんないちびるんやなかったわ……頭痛(いと)ぉてしゃーない………」
「い、いちび…??」
あまり関西弁がわからない長島は、稲尾の言ったことで疑問を持った言葉を反復してみる。 それに、稲尾が顔の右半分を抑えた右手の合間から長島をみて答える。
「調子に乗るぅゆう意味」
本当に頭が痛いのか、先程よりもずいぶんと言葉少なめだった。 その様子を見て、長島は自分が持っていたものの存在を思い出す。
「冷たいのと暖かいの、どっちがいい?」
稲尾の目の前に片手に一缶ずつ、稲尾に見えるように持って聞いた。
「悪い、暖かい方もろてええか?」
痛(つ)ぅ〜、と唸りながら長島が左手に持っていたコーヒーを受け取る。 しかし稲尾は、缶の封を開けずに、そのまま暖をとるように両手で持っている。 長島は稲尾の横に腰掛けて、早々に封を開けて一口飲んで、やっぱりミルクティーよりもレモンティーの方が好きだな、と思っていた。
やがて、一向に開けようとしない稲尾に気づき、様子を伺うように見遣る。
「………稲尾?」
先程までのハイな様子とは違い、今度は一転して暗い雰囲気で、稲尾は少々前屈みになって、両手で暖をとっているようにしたままだった。 もしかして、ハイの次は泣き上戸か?などと失礼なことを思いながら、長島は返事を待つ。
「……稲尾………?」
いつまで経っても答えない稲尾に焦れた長島は再三稲尾の名前を呼ぶ。 それに、稲尾が深呼吸をするように溜息を吐いた。
続き
[78]jessica
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2004年08月15日 (日) 23時44分
「…予想通りやった、それだけや」
え?と長島は一瞬呆然とした。話が飛躍しすぎていて、何のことかわからない。
「……せやからっ、もう一回(もっかい)言いに来た」
再び、長島が眉を顰めた。何が言いたいのか、わからない。
「俺は……プロには行かん。せやかて、おまえは誰にも負けんなや」
全く察しの付いていない長島に稲尾が言う。そこで、長島はやっとその意味がわかった。 自分は、もうすでにプロへの入団を決めている。 しかし、最大の好敵手はいない。 そういうことだを言っているんだと理解した。
そんな、まさか。 長島の中で、期待を裏切られた絶望が交錯する。 また野球をしようと、あの夏に約束したくせに、相手は来ないと言っている。
長島は、一層険しく眉を顰めて、それを隠すように、缶に口をつけた。
そんな、勝手なことを言うなと、怒鳴りつけたかった。 自分にだけ、約束を守らせようとする相手が腹立たしかった。
長島の性格は、穏やかな方だった。一見お人好しだが、頑固なところもある。 それでも、滅多なことがなければ、それを乱すことはない。
そういう意味で、稲尾は多少なりとも長島に影響を及ぼす存在になっていた。
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