徒然日記
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しんとした京の都に、闇をつんざく悲鳴が響き渡った。それと同時に、ひらりと貴族の屋敷から、ひとりの男が姿を現した。 誰かが、その名を呼ぶ。 “童(キッド)”と。 “童(キッド)”こと、“怪盗キッド”。今、都で彼の名を知らぬ者などいない。 今日も、宮中は彼の話で持ちきりであった。 なんでも、評判の美姫の血を吸うだとか。まあ、人を喰らうだとか。帝に納められるはずだった宝石を奪っただとか。ある貴族を一族皆殺しにして、富を奪っただとか。その姿は人とは思えず、まるで鬼のようだとか。 そう、人とは思えないほど、美しい男の子であっただとか。 後半部分は、ほとんど女中達の間の話であったが。 それを、その輪の中にありながらも、意識の遠くで傍聴している男が。誰にも聞こえないように、密かに呟いた。「鬼、ね…」 全く、物好きな奴らだよ。【キッドはいわゆる「酒呑童子」かな??新一は何なんだかよくわからないけど。都で「左京」と呼ばれる貴族ってことでv(「東の君」とかどうですか??あ、源氏物語の「頭中将」っぽく、「東中将」とかどうかなあ??(←ひとりで萌えてるヤツ一名))】
自分と、まるで瓜二つ。 快斗は驚かずにはいられなかった。勿論それは、新一も同じことで。 よく、ドッペルゲンガーに会うと死ぬ、というが。不吉に思われていたのは、この時代も同じことだった。 あわせ鏡をすると、魔物が映ると。「鏡、とかそんなオチじゃねーよな??」 明らかに、服装違うし。表情も違うしな、「だろーな…」 鏡の方が、幾らかマシだったかもよ? と、どう見ても、貴族のいいとこのお坊ちゃんの服装をしている新一が、まるでそうとは思えない、皮肉気な笑みを返したのを見て、快斗は驚きに目を見張った。――こいつ、本当に貴族かよ… と。「とりあえず、おまえ。名前は?」 何て言うんだ?と。内裏の人気のない、外れのところに腰をつけた新一が、快斗にさらっとその疑問をぶつけた。 未だ、立っていた快斗は、ちょいと肩を竦めると、自然な仕種で新一の隣に腰を落とした。「俺は快だけど、」 あんたは? そう聞き返した快斗に、新一がきょと、と快斗を凝視した。 そして、直後に、何がおかしいのか笑い始めたのである。 ひーひーと、腹を抱えて、すでに引き笑いの域まで達している新一に、快斗はわけがわからず、新一の笑いのツボが収まるまで待つしかなかった。「いや、悪ィ悪ィ。まさか、そう返ってくるとは思わなくてよ…」 と、やっと笑いに一段落つけた新一が、未だ笑いを含んだ声でそう言った。「どーゆーこと?」 怪訝に思って聞き返す快斗に、新一がにっと笑って、その背を叩いた。「知らねーんなら、知らねー方が良い。俺は新だ」 新一が告げたその名は、幼名だったが、宮中に上がってからも、幼名を使う者はしばしばいる。それに、快斗が名乗ったのも、幼名であったから、お互い様ということだろう。
「ですから、この者こそが“童(キッド)”なのです!」 高らかに、自慢げに。優越感に浸りながら、左大臣の息子である左の中将、白馬探は言い放った。 宮中の者達は、白馬が指し示した者が、まだ10代の少年であるということに驚きを示し、ざわめいていた。 帝が、それを見て目を細めた。――やばい… このままでは、今この場で首でも刎ねられそうだ。――なんとか、しないと… 快斗は、その顔にポーカーフェイスを貼り付けたまま、必死に考えを巡らせた。 しかし、打開策は到底見つかりそうにない。――…馬鹿だな、アイツ。 本当に、馬鹿なヤツだと。本来、その場に、帝の謁見の席に居るべきであるのにも関わらず。代わり役を立て、その場にはいなかった人物が。その、白馬の言う“童(キッド)”が断罪されそうになっている光景を、その時まで、ただ傍観していた人物はそう思った。――できれば…とか言ってる場合じゃねーよな…… ふぅ、と残念そうにため息を吐いて、その男は謁見の間へと足を進めた。袖に忍ばせていた扇子を、そっと取り出して。「帝!もはやこの者を生かしては置けませんでしょう!!」 光悦とした表情で、白馬がのたまった。仮にも、帝の午前であるにも関わらず、まるで帝のように自分勝手な行動をしたのである。 帝が、気分を害し、それを止めようとした途端。 さらりと、優雅な衣擦れの音が聞こえ、帝がそちらに視線を向けた時だった。涼やかな声が、それを制したのである。「お待ちなさい、左の。仮にも、帝の御前なのですから」 突然の、その人物の登場に、誰もがそちらを見た。そして、その姿から目をそらせなくなったのである。 快斗は、床に押さえつけられ、肺を圧迫され、既に遠ざかり始めている意識の中で、流れるようなその声を聞いていた。 シャッ、と扇子を広げ、快斗の方から。いや、帝以外には自分の顔が見えないように、その扇子で自分の顔をその人物は覆った。しかし、隠しているのは瞳の部分。つまりは鼻から上であって、口元は誰からも見えるようになっていた。 くすり、と唇の端を、その男は擡げてみせる。 それは、相手を、白馬を挑発するものであった。それに気を悪くした白馬は、顔を顰めてその人物の名を呼ぶ。といっても、総称だが。「東の……」 そういえば、この東中将は、初めて会ったときから、何かと自分の考えを否定してきた。そうして、自分よりも帝に気に入られていたために、この男の方が正しいと、認められたのである。 白馬は、苦い過去を思い出しながら、その名を呟いた。 といっても、本当に白馬の考えは、全く正しい、というものではなかった。確かに、少しばかりは事実だったのだが、肝心なところを間違えていたのである。それを、新一が嗜めて正した、というだけなのだが。 常に、自分が全く正しいと思っていた白馬にとっては、気に入らないことだったのである。「それに、まだその者が“童(キッド)”だと、決まったわけではありますまい。聞くところによると、その賊はもう18年も前から京に現れているのですよ?」 その賊が、そんなに若い男の子であるはずがありますまい。 すっと、本来自分に割り当てられていた席に向かいながら、東中将は言った。それを見、東中将の代役をしていた男が身を引いた。 東中将の言葉に、宮中の者達は、おお、と。感嘆の声を上げる。流石、‘左京’と呼ばれるだけはある、と。 白馬は、それが更に気に入らなかった。「例えそうであったとしても、帝の前で刀を振るうとは…」 何のおつもりですか? やんわりと嗜める東に、左はぐっと剣を握る拳を強めた。「しかしですね、東の。僕の調べたところでは、彼が“童(キッド)”であることに間違いは…」「窃盗は現行犯が常識でしょう?」 す、と扇子の内で、新一が瞳を細めた。僅かに扇子をずらし、白馬に視線を向ける。 白馬が、悔しさからギリリ、と歯ぎしりした。「左の、下がれ。お前は早とちりが玉に瑕だ。暫く頭を冷やすと良い」 沈黙が覆ったその場を、帝が冷たく、しかしやんわりと咎めるような言葉で制した。 白馬が、名残惜しそうに、いや、残念そうに、だろうか。もうすぐで、長いこと追っていた獲物が、自分の爪にかかろうというところで。主人に咎められ、その爪を退ける猟犬のような仕種で、小さく了承の返事を呟き、刀を収めた。
「さて、久しぶりだな、東の」 白馬が名残惜しげに去る姿を見送った帝は、すっと事態の悪化を止める要因となった人物に視線を戻した。 未だ、その者は、帝以外には顔が見えないように、落ち着いた色の檜扇で隠している。 いつもは、―といっても、この者が帝に謁見するのは、宴以外には、月に2・3度あるかないかなのだが―早々に、自分の前ではその檜扇を畳むのに、今は一向に、それをおさめる雰囲気はない。まるで、ここにいる“誰か”に顔を見られたくないように。「ええ、お久しぶりでございます。突然、口を挟んでしまって…申し訳ありませんでした」 ご無礼をお許し下さい。 すらりと流れるような音で、その人物は頭を下げた。その様子に、扇をおさめないことも勘弁しろと言っているのだと気付いた帝は、ふむ…と考えこむように視線を巡らせた。 ふと、ある一点で視線を止める。 そこには、居心地の悪そうな少年が居た。東のと同じくらいの年の。「そこの、災難だったな。名を何と言う?」 そうして、快斗の名前を尋ねた。帝の問いに答えないわけにもいかず、快斗は失礼ではないように、と細心の注意を払って言った。「…お許し下さい。名乗るほどの名を持っていないのです」 すっ、と快斗が頭を下げると、帝が急に笑いだし、東のに語りかけた。「ははは…聞いたか?東の。こやつ、今お主と同じことを申したわ!」 それから、未だ笑いを含んだ声で、帝はひとつの提案をもちあげた。「そうだな…おまえとこやつは気が合いそうだ。見れば、見た事のない顔だ。まだ宮中にのぼったばかりであろう?」 そこで一旦言葉を切り、快斗に確認する。快斗が頷くのを見て、帝は「やはりな、そうだと思ったのだ」と面白がるように言った。「東の!こやつ、おまえのところで面倒をみろ」 はい?と宮中の、者は驚きを隠せなかった。 それは、ポーカーフェイスを信条と快斗とも同じであった。もちろん、東のと呼ばれる人物も。「し、しかし、帝。私は大内裏にあまり詳しくは…」 いつも冷静沈着と言われている東中将が、珍しく慌てて言った。が、帝に「なんだ、そんなことか」と切り返される。「京の都にはおまえの方が詳しいだろう。それに…」 余の命は絶対だぞ? 最後は言葉を少し濁らせ、視線だけでそう言ってみせた後、くすりと笑う帝に東のは諦めたように扇をおさめた。「御意に」 そうして、その者は初めて快斗に顔をみせた。 それは、鏡かと思うほど、快斗と似通っていた。内裏の外れで会った、互いに幼名を名乗り合った、とうてい貴族とは思えない口調の、狩衣姿の少年であった。「おい、おまえ」 その後、快斗は言われるままに新一の後ろをついて行った。まさか、あの少年が。そう見ても、自分と同い年にしか思えない少年が。都で有名な、真実を見抜く慧眼の持ち主と言われる、左京に住まう、東中将とよばれる人物だとは思わなかったのだ。 左京には、評判の高い頭中将が2人居る。それが、先程自分を聞きに陥れた人物と、今自分の前を歩いる人物である。 自分に刀を向けた方の人物を「左」、今から自分が世話になるであろう人物が「東」という風に総称されていた。「なんだって言うんだ、さっきから」 何が言いたいんだ? くるりと、人気がないのを確認してから新一が快斗の方へ振り向いた。「………別に。」 あんたが東中将だったとはね。 と、毒づいた快斗に、新一が苦笑する。「悪かったよ、そのことは。」 さしてそう思ってもいないくせに、そう口にする男に、快斗は一層不機嫌な顔をした。 その様子に、新一が檜扇で自分の頭を、器用にもぽりぽりと掻いた。そして、ふうと溜息を吐く。「本当に悪いと思ってるって。ただ、おまえが初めてだったんだよ」 俺を「東中将」じゃなく、ただの「同い年のやつ」って風に見てくれたヤツはさ。 と、笑って言う姿に、快斗もはあと溜息を吐いた。 その気持ちは、よくわかる、と。 けれど、偽りで外をきっちりと固めている快斗としては、東中将の存在はすごく物騒なものだったのだ。その、真実を見抜くという慧眼が。「とりあえず、内裏を出るまでその不機嫌な面しまっとけ」 諦めたように言う新一の後を、快斗はやばいよな、と思いつつ、付いていくしかなかったのである。