卒業式を無事済ませ、級友と別れの挨拶を交わした後、アリーゼは単身校舎を離れ、校庭内を駆け抜けた。 目指すは体育館。屋内用の実技施設である。 ――卒業式が終わったら、そこで待ってるから。 今朝になって突然姿を見せた彼女の『先生』は、簡単な約束だけを交わして、すぐにいなくなってしまった。 最も今日は学校の一大行事でもある卒業式当日、生徒の身内でも式典が終了するまでは校舎への立ち入りは御法度なのだ。彼の行動は当然といえば当然だった。 だが、会えると思っていなかった相手の訪問に、アリーゼはすっかり舞い上がってしまったのである。 式典の最中、失態を演じなかった自分を誉めたい気分だった。 目的の建物に到着すると、アリーゼは裏手へ回り込んだ。 人気のない場所へ佇む、一人の青年の姿。 「先生!」 アリーゼの声に彼が振り向いた。途端に破顔する。 「やぁ、アリーゼ。卒業おめでとう」 「ありがとうございます。……って、先生!来て下さるなら、どうして事前に連絡してくれなかったんですか!」 会えた喜びや懐かしさより、文句が先に出てしまったのは仕方ないだろう。 事前に約束していたなら、色々と準備もできたのだ。 何より先生に見守られて迎える式に臨む心構えだってできたのに。 「ごめんごめん。式に間に合うか微妙だったからさ、ぬか喜びさせるのも悪いかなと思って」 苦笑を浮かべて詫びるレックスの姿に、アリーゼは得も言われぬ懐かしさがこみ上げてくるのを抑えられなかった。 全然、変わっていないのだ。 幼い頃から人見知りの激しかったアリーゼにとって、素直に文句を言える気安い間柄の人間は、そう多くない。 嬉しくて、でも少しだけ寂しくて……。 レックスは改めてアリーゼに微笑んだ。 「すっかり見違えたね。女の子って変わっちゃうんだなぁ」 アリーゼはくすりと笑う。 「学校に入ってから何年経ったと思ってるんですか?」 「うん、そうだね。でも、ついこの間入学したばかりっていう感じが残っていてさ」 「子供はすぐに大きくなるんですよ」 すんなりとこんな言葉を口にした自分に驚いた。レックスも同じ気持ちだったのか、目を丸くしている。 多分、彼の中でのアリーゼは、未だ小さな女の子のままだったのだろう。 ――島にいた頃は、子供である自分が不甲斐なくて、歯がゆくて仕方なかった。 だが、どれほど一人前になりたいと望んでも、時間という壁は越えられないのだと気づいた時、今の自分に出来る精一杯の事をするしかない、と思ったのである。 その心構えは学校に入ってからも活かされた。 いや、むしろ島での経験が、学校生活をより充実したものに変えてくれたのだ。 レックスが眩しそうに教え子である少女を見つめる。 「本当に……見違えたよ、アリーゼ」 「ありがとうございます」 彼の言葉が嬉しい。常に自分に進む道を示してくれた恩師が認めてくれたという事実が、アリーゼには何より誇らしかった。 ここで、ふと、レックスが問いかける。 「だけど、本当にいいのかい?」 「何がですか?」 「これから島へ来る事だよ」 既にアリーゼは文書で卒業後は島で教職に就きたい旨を打診しており、これについては了承の返答を受け取っていた。 だが、一方でレックスの危惧も頷ける事だった。 名門マルティーニ家の一人娘が、人知れぬ島へ行きたいなどと言い出したとしても、周囲から見れば酔狂な戯れ言と受け取られかねない話なのだ。 だからこそ、アリーゼは休暇の度に父親に将来の夢を語り、その実現に向けて幾度も説得を試みたのである。 無論、最初は相手にされなかった。当然といえば当然だろう。 しかし、アリーゼのひたむきな姿勢によって、少しずつ話を聞いて貰えるようになり、遂には父親を説き伏せることに成功したのである。 「もちろんです。私、学校で勉強しながら将来のことを色々考えました。その時、いつも頭に浮かぶのは島のことだったんですよ。私も島で先生になりたいって思ったんです」 「そっか……」 感慨深い様子で微笑むレックスの表情は温かい。 不意に、アリーゼは背筋を伸ばして彼に向き直った。 驚くレックスへ、深々と頭を下げる。 「これからよろしくお願いします、レックス先生」 レックスは驚いた様子だったが、すぐに表情を引き締めると、こちらも一礼して応えた。 「こちらこそよろしく、アリーゼ」 「まだまだ色々教えて下さいね、先生」 「ああ。一緒に学んで行こう。僕も毎日が勉強だからね」 「はい!」 これから始まる新しい生活を思いつつ、アリーゼは元気良く返事をした。
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アリーゼとレックス。二人だけの話は初めてですね。 番外編で生徒は島で教師になっているという設定なので、こういう話があるのかな、と思っています。 スバルやパナシェと再会したら、また一騒動あるのかも(笑)。
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