「あら!じゃあセンセもあのシリーズの愛読者なのね」 「ええ!まさかスカーレルもファンだとは思いませんでした」 クノンの読んでいた本のタイトルを知ったアティは、海賊船に戻るや否や、スカーレルの部屋を訪れたのである。 意外なところで共通点を見つけた二人は、早速その話題で盛り上がった。 帝都で人気の小説とはいえ、元来「本」は高価な品物である。地方への流通もなかなか難しい。 ましてやこういう島に流行本が入って来ることはまずないだろう。 スカーレルがクノンへあの小説を薦めたのも、一緒に話せる同士がほしかったせいかもしれない。 「やっぱり、あの主人公は最強よねぇ」 「普通じゃああはいきませんよ!中盤からハラハラしどおしで」 「あれは、話の流れが上手いのよ。最近は意外性を狙った物語が多いけど、却って面白味に欠けると思うのよね」 ヤード愛用の紅茶を拝借しつつ、スカーレルはこんな感想を漏らす。 淹れる前は反対したアティだったが、結局はしっかりごちそうになっていた。後でお詫びをしなくては、と心に留め置きながら。 帝都を離れた海の孤島で少女恋愛小説の話題に興じる二人の姿は、思春期の女子学生に近いものがあるかもしれない。……片方の性別はともかくとして。 「ふふ、だけどセンセも夢見る女の子なのねぇ」 テーブルに頬杖をつくスカーレルは、ずいぶんと上機嫌である。 「何ですか、改まって」 「目が輝いてるもの」 「あ」 思わず赤面するアティに、スカーレルは笑みをこぼす。 「やぁね、別にいいのよ?むしろ嬉しいわ。身近で盛り上がれる相手がいないんだもの」 「でもソノラがいるでしょう?」 スカーレルは空いている左手を顔の前で振る。 「だーめだめ。あの子こういう本に全然興味ないのよ。借りに来るのは冒険譚とか実用書とか、そういうものばっかりね」 物足りなさげな彼に、アティはつい笑ってしまう。 出会った当初はその外見に面食らったものの、慣れてしまえば親しみやすいのだから不思議なものである。 実際、スカーレルは最初の警戒心を越えてしまえば、どんな環境にも馴染めそうな雰囲気がある。 その辺りに、カイル一家のご意見番たる所以があるのかもしれない。 アティは本棚に目をやった。 室内で一番大きな壁面に設置してある大きな書棚には、多くの本が並んでいた。 背表紙をざっと流すだけでも、少女小説から専門書まで、幅広い品揃えである事が見て取れる。 版別に整理された書棚には統一感があり、部屋の主の几帳面さが伺えた。 「スカーレルはどんな本が好きなんです?」 実際、海賊船とは思えない程の量である。 本棚を見やりつつ、アティが問う。 「そうねぇ、特にコレって言うのはないかしら」 彼女の視線を追いつつスカーレルは続ける。 「恋愛小説も冒険譚も面白いし、料理の本は参考になるでしょ?流行だって気になるし……広く浅くってトコかしらね」 スカーレルはふと悪戯っぽい表情を浮かべた。 本棚に歩み寄り、一冊の本を手に取って振り向く。 「そぉだ。センセ『亜麻色の風が我が身を焦がす』って本、知ってる?」 「知ってるも何も、あの作家の初期短編集じゃないですか!限定本で即完売したっていう」 「これ、なーんだ?」 「えええええ!?」 スカーレルがアティの目の前に出して見せたのは、即完売したという噂の本だった。 「やっぱりセンセは未読だった?」 「だってあれ帝都限定発売だったんですよ!寮でも購入できた人はほとんどいなくて……」 「蛇の道は蛇ってね。読んでみる?」 「はい!」 喜色満面で即答したアティに本を手渡し、スカーレルは椅子に腰掛ける。 受け取った本の表紙を見つめるアティの耳に、忍びやかな笑いが届く。 「いいのよ、今読んでも」 「え、でも……」 「とりあえず一編だけ読んでご覧なさいな。センセの感想、聞かせてほしいわ」 「ありがとうございます。じゃあ、遠慮無く」 期待に胸を躍らせながら、アティは本の表紙をめくった。 目を輝かせて読書をする彼女を、スカーレルは優しい表情で見守っている。 明かり取りの窓から穏やかな陽射しが差し込む中。 スカーレルの部屋では、のどかな時間がゆっくりと過ぎていった。
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サモナイ3のスカアティ話。 お題の「本」を見た瞬間、クノンとのあの会話が頭を過ぎりました(笑)。 ゲンジとヤードのお茶のやりとりに唖然としていたアティですが、船に戻ったらこういう話になってるんじゃないかと。共通の趣味があると盛り上がりますよね。 当然ながら、本のタイトルは創作ですので悪しからず〜。
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