「……これは何?」 中央管理施設を訪れたレックスが中央に据え付けたテーブルに置いたものを見やり、アルディラは訝しさと困惑がないまぜになった表情で問うた。 「見た通り、タンポポの植木鉢だよ」 レックスは邪気のない笑顔で応じる。 一瞬、アルディラは頭痛に見舞われた。 「私が聞いているのは、何故ここにこんな物を持って来たのか、なのよ」 機械に囲まれた部屋に、ただ一鉢。人工物に囲まれた黄色い花は、元気を失って見える。 こういう花は、太陽の下で初めて輝くのだ。機械都市ラトリクスに不似合いなことこの上ない。 確かに植木鉢に咲くこの花は、見る者に春の訪れを伝えてくれる。 だが、都市に根付くはずのない花の存在に、どこかもの悲しさを感じてしまうのだ。 「アルディラはこの花が嫌いだった?」 「……そんなことはないけれど」 嫌いではない。否、むしろ……。 「ごめん、君が好きな花だと思って、持ってきたんだ」 可憐な花に向けられていたアルディラの瞳が見開かれる。 驚きを隠せないまま、その瞳がレックスを捉えた。 「え?」 「前に風雷の郷でタンポポを見たとき、嬉しそうだったから……」 ――この人は。 「違うのよ」 申し訳なさそうに項垂れるレックスへ、アルディラは首を振って見せた。 「この花はね、マスターが好きだったの」 花を愛でた彼への懐かしさ、その彼を失った寂しさ、もの悲しさ、そして、花を届けてくれた青年への申し訳なさ。 複雑な感情が絡み合い、アルディラの瞳は憂いを帯びた。 「だけど、アルディラも好きなんだろ?」 「!」 アルディラが伏せていた顔を上げる。 レックスは優しい微笑みを浮かべていた。 「タンポポを見ていた君の顔、とても優しかったからね」 「レックス……」 「好きなものから遠ざかる必要なんて無いだろ?アルディラが好きならいいじゃないか。ラトリクスに花壇だって似合うと思うしね」 アルディラの躊躇いを、軽々と飛び越えてしまう、彼。 ――かなわない。 アルディラは小さく息をつくと、静かな笑みを返した。 「ありがとう、レックス」 柔らかな笑顔を向けられ、レックスが照れくさそうに頬をかく。 「あ、うん。その……喜んでくれて、良かった」 そんな彼の仕種が妙に幼く感じられ、アルディラは軽やかな笑い声を立てた。
---------------------------------------------------------------------------------
まずはレクディラ。この二人の話、書いてみたかったんです。 アルディラの中でマスターの存在は大きいでしょう。 けれど、レックスならばそれらを丸ごと受け止められると思います。二人に幸あれ。 ……しかし、この世界にタンポポは存在するんでしょうか。 シルターンならありかなと思ったんですけど。うーむ。
|