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『海なお深く—太平洋戦争 船員の体験手記【書評】 |
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From:菊池金雄 [/]
大阪哲学学校通信 No.33 Osaka Independent School of Philosophy 木村 倫幸(参与) 「広大な西太平洋海域に戦線の拡がった太平洋戦争の本質は海上補給戦であった。/大量の軍隊を送り込んで東南アジア地域を占領し、その資源をもって国力を補充しながら戦争を遂行しようという戦略を支える根幹はすべて海上輸送態勢に依存していた。/(中略)/しかし、実際に輸送を遂行する中で、軍部のとった海上輸送に関する対応は、この時期における世界の海洋国家の近代的な輸送戦への戦略常識とは著しくかけ離れたものであり、それが結果して本書に記録されたような『輸送船の悲劇』を生む母体となったのである」(本書解説)。 このように本書は、「第二次大戦への参加を余儀なくされた(いま風にいえば『業務従事命令に従った』)船員の体験手記である」(復刻版あとがき)。 もともと本書は、産別労組、全日本海員組合の創立40周年事業のひとつとして1986年に編まれた(発売・新人物往来社)。そして20年後の今、再び海員組合と日本海員福祉センターの記念事業として本書が復刊されることになった。これが海の平和を願い、船員受難の姿を伝える本書の背景となっている。 太平洋戦争において日本の商船隊(百総トン以上)は、2568隻、843万総トン余、保有船腹の88%を海底に沈められ、船員は総数6万人余が戦死したとされる。しかしこの事実は、戦闘艦艇による激烈な海戦の陰に隠れてしまってあまり知られていないのが実情である。 それにしても就航船の88%が撃沈させられるという事態がどうして生じたのか。本書解説は次の3点を指摘する。「全般的な戦時輸送態勢への見通しを決定的に誤っていたこと」、「近代戦では常識とされた海上交通破壊戦略への認識を著しく欠いていたこと」──すなわち極端な戦闘主体・補給従属思想が軍部の戦時輸送に対する考え方であった、「軍部の傲慢な特権意識による商船軽視の思想が支配的であったこと」である。 このような状況からもたらされた結果を受け止めて、本書は、「戦時中に船員が、軍事主義下での非人間的、消耗品なみの扱いを受けた屈辱は忘れることはできない。こんな暗黒時代は二度とあってはならない」(序)と主張する。 本書の構成は、1941年(昭16)の開戦時より戦後の遺族の手記まで経年的にまとめられている。「第1章 緒戦の海」「第2章 制海権なき帝国シーレーン」「第3章 戦火の海の標的となって」「第4章 特攻船団の壊滅」「第5章 受難の傷あと」「第6章 残された者の戦記」と続くが、戦争が長期化するにつれ、制空権も制海権も失われて、護衛艦すら満足にない状態で、丸腰同様の輸送船団が次々と沈没していく姿が痛々しい。その実態を本書で読んでいただきたい。 このような中で追い詰められた船員たちのさまざまな声が聞こえてくる。 「船員は軍属とされていたが、実態は船員たち自身が『軍犬、軍馬、軍鳩、その下に船員』と自嘲したほど、まるで軍人の召使いか戦争の道具のように扱かわれた話は枚挙にいとまがない」(解説)。 「皆お互いに黙して語らなかったが、身に寸鉄もおびずに敵中を往来する、やられっ放しの船員と、及ばずといえども一矢むくいる弓矢を持った軍人との差は、まさに雲泥のそれであった」(第- 11 - 大阪哲学学校通信 No.33 5章)。 「正直いって輸送船船員としては死にたくはなかった。『どうせ死ぬのなら、俺も海軍艦艇に乗って鉄砲の一発も撃った上で名誉の戦死とやらにしてもらいたいものだ』と何度思ったことだろう」(第2章)。 「第二次大戦では、海上輸送に従事した商船の、いわゆる武器なき戦いの中で多くの船員が死亡したが、これらの人々が靖国に祀られたとも、勲章を授けられたとも聞かない。観音崎に建てられた顕彰碑が、その唯一のものではなかろうか」(第1章)等々。 これらの思いについては、軍人とは異なる視点からさまざまな評価が可能であろう。最後の文は、現在議論の渦中にある靖国神社の性格の一面を言い当てている。 また1942年(昭17)後半より、大型商船の撃沈が増加するにつれて、その不足を補うために多数の漁船・機帆船が徴用された。船足が遅く、何の武器も持たないこれらの船が多大の被害を受けたことは言を待たない(第5章)。しかし本書ではそのごく一端が見えたに過ぎず、33万9千総トン程度とされている戦時喪失機帆船(平均百総トンとして約3400隻が沈没したことになる)の実態は依然として不明のままである。 このように戦時下の船員の状況は、危険極まりない上に悲惨なものであったにもかかわらず、その活動の全貌は、戦後60年の今日まだ見えていない。そして本書に寄せられた手記の幾百倍もの人々が、声をあげることのできぬままに死んでいったという事実を忘れることはできない。シーレーン問題が論議され、あるいは有事立法によって民間施設等の軍事的使用が探られている現在、過去に直接戦争に関わらざるを得なかった船員たちの経験を伝えていくことは、ひときわ大きな意味を持つようになってきている。本書がこのことを考えていく大きな手がかりとなると確信している。本書の解説は、最後にこう語る。 「敗戦の後に多くの戦史や戦記の類が著され後世に残されてゆく中で、輸送船の記録はきわめて少なく、稀にあっても、それは『戦力』としての側面からの歴史であり、数字であることが多かった。/(中略)/私たちの海の先輩たちが生きた戦時下の海がそうであったと同じように、歴史までもが強者の論理に覆いつくされてしまっていいはずがない。商船船腹量の88%を壊滅的に失い、商船船員の推定死亡率が陸海軍軍人のそれの1.4倍もの高率であったという史実は、明確に歴史の中にとどめて世に伝えるべきことであるはずだ」。 『海なお深く──太平洋戦争 船員の体験手記』 (全日本海員組合編、2004.8.15.発行、中央公論事業出版)
2018年12月20日 (木) 18時22分
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