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点描6
Reserved
南天の木は昨秋に極端に刈り込んであったので赤い新芽を摘むだけで済んだ。 地に蔓延(はびこ)ったドクダミを抜き取ると刺激臭が鼻を衝いた。 花立は既に掃除されていた。
墓誌に目をやる。 50年を経た父親の名はほとんど石と同化し、 その左隣の母親の名は痛々しいほど白く鮮明にノミの痕を残していた。 一つ措いて妻の名は3年という時の力によって、残された人の心とは無関係に石に馴染みかけている。
「一行空けておきますか?」 石屋の女将さんが訊く。 「いえ、二列にしておいてください」 行と列とを峻別する理系の悪い癖である。 生前の事象から妻と多分その次に来るであろう母親とが隣になるのを好まかったのだ。
その時は全く思いも及ばなかったのだが、 今回一名を新たに加えてみると、間隙には決定的に自分の名が刻まれる筈である。 老少不定、何時なのかは知る術もないが、確実に予約された場所なのだ。
腰を上げて墓所の曇った四月の空を見上げれば、 花びらを九割がた落として紅い花芯となった桜が新緑の木々を背景にして映え、 初夏への時の移ろいを告げていた。
その時までにやるべきことは山積している、 何からなすべきか、回答は出ていたはずだ。
2011年04月19日 (火) 22時00分
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