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賽は投げられた
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投稿者:yoshi0
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(2011年08月27日 (土) 02時44分) |
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明けない夜はない。明日は必ずやってくる――。 そんな安っぽい言葉は信じないタチだが、3人にとっては奇跡的に訪れた朝。 閉じかけた悪魔の手のひらをするりと抜け出し生き延びた。
3人の勇気と友情(笑)が生んだ奇跡とでも言うべきか。
だが、そんな英雄の凱旋を歓喜し賞賛する者は少ない。 「泣けるぜ」 ゼフィスが皮肉と哀愁を込めてぽつりと呟く。 非合法作戦とはそういう物だ。表ざたに祝われる事はない。 だからこそ身内(スペシャルフォース)の開いてくれた小さな宴は嬉しかった。 限界まで疲弊した身体でも、朝まで騒げるほどに――。
奇跡の朝から数日経った昼下がり。アンビシオン軍医療センター。 ゼフィスはカイと、ムヴァの見舞いに来ていた。
幸いムヴァの治療の甲斐あって、カイの回復は早く、 帰還した2日後には「寝たら治りましたー」とSFの宿舎に元気な顔を出してきた。 胸の弾痕は一生消えないが、本人は"男の勲章"と喜んで話した。
その話の流れで、ムヴァが命をかけてカイを救った事などをゼフィスが話すと、 「直接礼を言いたい」ということで、ムヴァの見舞いに足を運んだのだった。
真っ白な壁に囲まれた病棟を歩く。その間、何度も看護師や傷痍軍人を見た。 身体の半分を包帯で巻いている者。身体の一部を失った者。 血に染まりストレッチャーで慌しく処置室に運ばれる者。 一歩間違えれば立場は逆になっていただろう。 改めて、今自分達が五体満足でいられる事に奇跡を感じる。ムヴァへの感謝もより強く。
「直接礼を言いたい」とカイが話したとき、ゼフィスは「礼を言いたいのは俺の方だ」と思った。 帰還した際、ムヴァの様態はカイより悪かった。 腹部の傷が、重度の火傷となりムヴァの皮膚と神経を深く傷つけ、 さらに、カイの回復で生体エネルギーは極限まで枯渇しており、意識がいつ途切れてもおかしくなかった。
それが自分の身勝手が招いた結果ということをゼフィスは重々承知していた。 あの時、カイを救出にいった選択を間違ったとは思わない。 だが、自分の力不足が招いた結果ということは紛れもない事実で、 ゼフィスに自責の念を抱かせるには十分すぎる理由だった。 だからこそ礼を言いたい――。
そんなゼフィスの想いは、ムヴァの部屋の前に立つ無粋な黒服集団によって遮られる。 「面会はできない」 黒服の男が威圧的な態度でゼフィス達に言い放つ。 ゼフィスはその男達が参謀本部の人間ということはすぐにわかった。
ムヴァは参謀本部の中でも重要な人物で、 作戦参謀、情報参謀などいくつかの参謀を取りまとめる部門長としての役職についていたのだ。 中には内務監査部門もあり、職務の性質上、国内での接触は極力避けられる立場にあった。 今は事態が事態なだけに、ムヴァに恨みを抱く者が命を狙う危険もある。 面会謝絶もいた仕方なかった。 それはゼフィスもわかっているが、一言でも。そんな言葉を言わずにはいられない。 そんな願いさえもお役所軍人には通じるはずもない。 ただただ同じ言葉をオウムのように返されるだけだった。
どやどやと喧嘩腰で男につっかかっていくカイを、ゼフィスが後ろ襟を掴んで引き離す。 今、騒ぎを起こして内輪揉めするメリットはない。 手紙でも送ればいいさ。とカイをなだめゼフィスは踵を返した。
一緒に戦ったあの時間が、まるで夢だったかのよう。 悪夢とよべる時間だったが、あの時、間違いなくムヴァは仲間で、戦友(とも)だった。 そんな事実が陽炎のように揺らめき、現実という名の剣を目の前に突きつけられた気分だ。 この国に戻り、ゼフィス達とムヴァは"一兵士"と"参謀本部"に戻ってしまった。 その肩書きが、心まで離してしまうような気がする。 少し残念そうなカイの顔を見てゼフィスは胸が苦しくなった。
「それでいい」 黒服の男がいい気になって、帰ろうとする2人の背中に言い放つ。 その男を3分で便所の消臭ポットにしてから、ゼフィスとカイは病棟を後にした。
きっと元気でいるだろう。礼を言うのはまた今度でいい。またすぐに会える。
自分の心にそう言い聞かせ、2人は帰路についた。
アンビシオン作戦指令本部。 相手の顔が見えるか見えないかの薄暗い部屋で、賢人らしき人物達が円卓を囲んでいる。 円卓の中心には青白く立体映像が映し出され、その映像が変わるたびにポツリポツリと言葉を発し議論している。 映像はリシェス研究所で見た『秋水漆型』。 研究所で行われている他の研究、実験など、 リシェスの重要な情報が次々と映し出されていた。
「これを量産されると厄介だな…」
「やはり、あのタイミングで手を打ったのは正解だったな」
「ああ、研究所も半壊と聞いているしな」
「それよりも事後処理はどうする…追い討ちをかけて宣戦布告といくか」 この冗談交じりの発言から、賢人達の議論は徐々に熱を帯びていき、核心に近づく。 4国対立の構図。冷戦状態。宣戦布告。 宣戦布告は時期尚早というわけではない。 むしろこの緊張状態が今でも保たれているというのが不思議なぐらいだ。 水面下で行われている情報合戦を処理しながら、表では4国が平静を装う。 そんな状態が数年は続いている。
「仕掛けるならユスティティアだな」 男の1人がこう切り出した。周囲の数人が「?」という顔をする。
「今ユスティティアとフィエルテが国境付近で小競り合いしているという情報だ」 「どうやら、ユスティティアがスパイを匿っていたとか」
「ほほぅ」
「崩れやすいところから攻めるのがよかろう」
「面白い…」
興味の熱が移っていく。皆が承知だった事実。 4国がお互いに突きつけあった銃の引き金。 もはやその状態を保つには金と人がかかりすぎる。そろそろ潮時だと。 問題は、誰がその引き金を最初に引くか――。
「それならば準備せねばな 早急に…」 賢人達は蜘蛛の子を散らすように去っていき、 部屋には悪意と思惑に満ちた空気だけが残された。
明日は必ずやってくる――。それは儚き幻だと。 明日も咲いていたであろう命の花を、戦争という名の鬼風はさらっていく。
国同士の命のやり取りは、かり出される当人達が知らぬところで決まっていく。
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