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[121] 内通者 投稿者:yoshi0 (2011年08月03日 (水) 00時48分)

ユスティティア辺境の村。ユカリスが市場へ来るのと、時を同じくして第8隊も村へと入った。
旅芸人一座としてユスティティアに潜入したはいいが、
排他的なお国柄のせいか、滞在日数は5日と制限されてしまった。

「5日とれればいい方だ」
仮面をはずし、エーヴェルトがぽつりと言う。

よそ者の入国など、表立っては普通出来ない。
そんな厳しいユスティティアの入国審査に、ほとんどフリーパスで入国できた。
それに加えて、外国要人でさえ滞在日数3日が当たり前のこの国で、
5日も滞在の猶予を貰えることなど例外中の例外だ。

これも内通者の手引きのおかげだ。



「でも、内通者が誰だかわかんなかったですね」
町を歩きながら隊員の1人がつぶやく。
「入国審査がほとんど顔パスだったしな 影響力ある奴なんだろう」

「きっと、この国の王様だよ!」

「マルシェ、その発想はなかったわ 頭いいな!」

「ありえるかアホ!」

入国審査の関門を突破できた事で緊張の糸が緩み、隊員達にも笑顔が見える。
顔の見えない内通者の素性を勘ぐりながらも、談笑する余裕がでてきた。

エーヴェルトはそんな隊員達を一喝して気を引き締め直そうと考えるも、
ずっと気を張っていても仕方ない。と叫びかけた言葉を飲み込んだ。
「よし、今日は夜まで自由行動とする。」
「町の地理を頭に叩き込むも良し、町の住人と交流を深めるもよし。各自自由にしろ」

エーヴェルトのこの一言に隊員達は飛び跳ねて喜んだ。
フィエルテでも、訓練と任務で自由な時間などほとんどなかったから当然だ。

「まったく・・・」
その様子を見て、エーヴェルトは呆れながらも、その顔に笑みを携える。

とりあえず予約した宿屋で休息がてら、報告書でも書くか
と宿屋へと歩みを進めようとしたエーヴェルトの目論見は、後ろへ引っ張られる自身の腕によって遮られる。

「っ・・・?」

「町見物いこー!」
見ると元気娘がエーヴェルトの腕を鷲掴みにして町へと引っ張っている。

「マルシェ、俺はやることg
「町見物いこー!」

「・・・・・・・・・はぁ・・・」




まるで飼い犬のリードに引っ張られる飼い主のように
エーヴェルトは露店や教会が並ぶ市場の中心へと来た。
昼だと言うのに、厚く連なる雲が町の景色を陰鬱に染めていた。

エーヴェルトは、目の前の光景にいちいち感動しているマルシェを余所に、出発前の上層部の言葉を思い返していた。


「内通者とはどんな者なのです」

「それは会えばわかる。入国初日の夜。町の教会で落ち合う手はずだ」

上層部の男との会話。なにも知らない町で、知らない内通者と会う。
行き当たりバッタリとはまさにこの事だ。
目の前の男は、その以上の質問は受け付けんとばかりに目を背け、机の書類を手に取る。



「ねーねー!これ買って!」

「ん?」
飼い犬の元気な声に、意識が現在に戻る。
見ると修道女が開いている露店の前にいた。
そして売られているペンダントの1つを取って、エーヴェルトにせがんだ声を出している。

「このウニのペンダント欲しい!欲しい!」

ウニ?エーヴェルトがペンダントの紋様を見る。
まぁウニに見えなくもないが・・・。
エーヴェルトが修道女の背後の石造りの教会を見上げる。
てっぺんにマルシェがウニと呼ぶシンボルマークがすえられていた。

なるほど、と納得する。ウニじゃなくてシンボルマークか。
そしてこの露店で、教会の維持費を細々稼いでいるのか。
目の前で国のシンボルマークを"ウニ"と連呼され、いささか表情の硬くなった修道女にお金を渡した。

「やったー!エーヴェルト大好き!」
嬉しそうに飛び跳ね、さっそく買ったペンダントを首にかけ、道の真ん中を踊っている。

それを見てやれやれと、エーヴェルトは店先の縁石に腰掛けた。
町には旅芸人に扮した隊員達が、町の住人と世間話をしていたり、買い物をしていたり、
見るからに楽しんでいる様子だった。

これが任務じゃなかったらどんなにいい事だろう。
これが戦争で殺しあう敵国じゃなかったらどんなにいい事だろう。
考えられずにはいられなかった。
そして、隊員達は、目の前で飛び跳ねるこの娘は、
自分達が異端者とばれたとき、町の者が武器を持ち、襲い掛かってきたとき、
冷酷な鬼となり、相手の首を刎ねる事ができるのか。

「潜入任務とは辛いものだな。」

「ん?なんか言ったぁ?」

「・・・・いや、なんでもない」




楽しい時間は一瞬だ。日が落ちて町には夜の帳が降りて来た。
隊員達も早々に宿屋に戻り、それぞれの時間を過ごしている。

そしてエーヴェルトは1人町へと歩みを進める。
電気のない町では、青白い月明かりだけが道を照らしていた。

「ここか・・・」
石造りの教会。先刻マルシェと来たこの場所。
この扉の先に内通者がいる。

最大限の警戒と、注意を払い、そっと扉を開ける。
片手は懐に携えたナイフへと伸ばし、なにかあればすぐに反撃できる。


「そんなに警戒しないでも大丈夫よ」

エーヴェルトが目を細め、声のした方向を見る。
ステンドグラスから差す月明かりにぼんやりシルエットが見える。
その格好には、敵意もなければ、攻撃するような様子もない。
エーヴェルトはゆっくりと声の主に近づく。

薄く月にかかっていた雲が晴れ、
眩しいほどの月明かりが教会に降り注ぎ、声の主の姿が鮮明に映る。

「まさか内通者が女性とは」

「驚いたかしら 私はレインベリル=アステル よろしくね」




戦争の糸が複雑に絡み合う。夜明けは遠い。


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[120] 聖都の異変 投稿者:かやさた (2011年07月29日 (金) 10時14分)
ユスティティア首都の中央にそびえる大聖堂。その礼拝堂で始まろうとしているのは、礼拝という名の定例会議である。司祭たちが各地方の作物の収穫状況、自身の功績、そういったものを教祖に報告し、教祖は国の指針、今後の方針を司祭たちに命ずる。司祭たちの口からは、大抵良い事しか報告はされないが、報告される全てが真実かどうかはわからない。
琴音は、礼拝堂全体が見渡せる二階で始の儀を眺めていた。教祖が祭壇に上がる。その手には昨晩届いたばかりだという、真新しい錫杖…金と宝石をふんだんに使用した、ごてごてと装飾的な錫杖…が、握られていた。それ以外はいつも通りに、錫杖を持つ教祖が祈りの舞を神に捧げる。

異変は唐突に始まった。
いつもなら、ここでパイプオルガンの演奏が始まるはずだったが、琴音には、それは聞こえない。かわりに聞こえたのは、波のような耳鳴りだった。頭の中の敏感な部分を撫で回されているような不快感。ざわざわと耳鳴りが大きくなる。自分が立っているのか、座っているのかさえわからなくなり、

「……あ」

小さく喘いで、『琴音』は意識を手放した。



次に彼女が目覚めたとき、彼女の体は冷たい床の上に横たわっていた。結い上げられていたはずの白髪は、紐が切れてしまったのか、ほどけてくしゃくしゃになっているばかりでなく、艶やかな漆黒に変わっている。ゆるりと立ち上がり、手櫛で髪を整えながら、

「琴音?」

と、彼女は内側に問いかけた。しばらくして、一人嘆息する。
内側から返ってくるのは、ただ「国境の村へ行け」という機械的な返答ばかりで、『琴音』は呼びかけに応じなかった。そもそもどうしてこうなったのか。倒れる時に打ったのか、側頭部がずきずきと痛んだが、構わずに彼女は『琴音』の記憶の扉をこじあけた。



礼拝堂は静かな狂気に包まれていた。小さく呻いてくずおれる者が居れば、口から泡を吹き倒れる者も居る。また、隣に居る者がそんな状態であるにも関わらず、教祖を凝視し微動だにしない者もいて、そういう者達の目は、何かに取り付かれたように虚ろだった。
その中で、最も狂気じみていたのが、いつもと変わらぬ笑みをたたえ、ゆったりと口を開いた教祖であった。

その口から紡ぎだされた指示はこうである。
辺境の村に謀反の疑い有り。ある者が、隣国フィエルテの間者を村に引き入れ滞在させているはずである。聖騎士団、僧兵団、総出で村を焼き討ちにすべし。

ある者の名は、アスル=A=ギース。



そこまで視て、彼女は礼拝堂の外へ飛び出した。内側から聞こえているのは、ただ、「辺境の村へ行け」と「裏切り者には罰を」という二つの単調な意思のみである。何かがおかしい。そもそもおかしくなければ『私』は出てこないか、と思い直して、彼女はまた溜息をついた。

「どうしたっていうのよ、琴音…。いつもの琴音なら、もっと冷静に物事を見つめて、真実を突き止めようとするじゃない。」

走り出て、異変は礼拝堂の中だけではない事に、彼女は気づく。
琴音の率いていたはずの特命隊弓兵隊の旗印が、聖騎士団のあとに続いて行進を始めていた。

いつもの琴音であるならば、村に配備された一兵卒が裏切ったからと言って、村人全てを殺す必要は無いと思うし、なんとか助けたいと思うだろう。それは彼女にとっても同じであった。

「…なんとかしないと。影を移動した方が速いわね…。」

呟いた途端、彼女…『琴』の体は、影の中に溶けるように消えた。

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[119] 神話の崩壊と追跡者 投稿者:ももも (2011年07月21日 (木) 02時16分)


リシェス兵器開発研究所内。
研究者のロッカールーム内へと侵入を果たし、、現れた研究員もゼフィスの素早い行動で失神させて難を逃れることに成功した。
まずは目的に向けての第1段階はクリアした。
しかし、今回の目的は「『秋水漆型』の資料の奪取」そして可能ならば「『秋水漆型』の破壊」である。
ここから「ドヴェルク・サルタ工業」の研究エリアへと侵入し、『秋水漆型』の資料を奪取し、そしてここから脱出しなければならないのだ。


ロッカールームで白衣をまとったムヴァ達は失神させた研究員を縛り上げてロッカーの中に突っ込み、ロッカールームを出た。
麻酔銃の効力からして丸一日は目を覚ますまい、そう判断してのことだった。

ロッカールームを出た3人の眼に映ったのは冷たい照明に照らされた殺風景な廊下と、時折そこを通る白衣の研究員や警備の兵士だった。
恐らく、何人ものスパイ達もこの光景を見たことだろう。そして、二度と外の光を見ることなく死んでいったのだろう。
そんな想いを振り切り、三人は今出てきたロッカールームの部屋番号を確認すると「211」と書かれていた。
記憶にある地図が正しければここは地下2階、そして目的地は地下7階だ。
ムヴァの目配せを受け、三人は地下七階へと向かうべくエレベーターへと歩を進めた。





「お二人とも推測は出来ているかと思いますが」


時を少し遡る。
「リシェス兵器開発研究所」へと向かうトラックの中、ムヴァは小さな、しかしトラックの騒音には負けない程度の絶妙な声量で切り出した。


「『秋水漆型』とは、恐らく「ドヴェルグ・サルタ工業」の機兵です」


彼の企業は自社の製品に東方風の命名を行うことで有名であり、そもそも『秋水』自体がドヴェルグ・サルタ工業製の機兵の名前である。
それを考えると『秋水漆型』とは「ドヴェルグ・サルタ工業」の機兵の最新作である可能性が濃厚になる。
無論、そのことはアンビシオン軍上層部も視野に入れてはいたものの確定された情報でもないため、敢えてその可能性は示唆せずにいた。
とはいえ『秋水漆型』が「ドヴェルグ・サルタ工業」の機兵の最新作である可能性が高いことは変わらない。
故に、ターゲットは自ずと「ドヴェルグ・サルタ工業」の研究室、それも『大型機兵課』のそれに絞られる。
だが、例の見取り図によれば研究室のドアはカードキー、暗証番号、指紋照合システムによる三重のロックに閉ざされている。
仮に中に入れたとしても、資料を保存してあるであろう端末のパスワードを、否、それだけでなく他にも施されているかも知れないセキュリティも解除しなくてはならない。

これぞまさしく無理難題、そのことは3人全員が重々承知している。


「で、どうすんだ?お前の見立てじゃ成功率は70%程だそうだが」


皮肉と少しばかりの信頼が混じったような声でゼフィスが問う。
それを受けたムヴァは普段の柔らかな笑みで、今回の作戦を説明し始める。


「それはですね――――――」






「ドヴェルグ・サルタ工業」の研究員カワシマは長時間電子端末と格闘した身体を深呼吸と共に伸ばした。
目の前の画面には小一時間ほど前から彼を苦しめる忌々しい一文が赤文字で表示されている。


[Error! Scr.par 20403:不正なシンボルは呼び出せません]


今回の彼の仕事は『秋水漆型』の操作に用いるOSの開発である。
今朝がた、OSを構成するファイルが幾つか出来あがったので結合を試みているのだがこれが中々上手くいかず、カワシマは延々とエラー文との格闘を続けていた。
エラー文と格闘するのがプログラマの宿命とは言え、カワシマも矢張り人間、座りっぱなしで仕事をし続ければ疲労も溜まる。
ふと時計を見れば折よく休憩の時間だった。
根を詰めたままでは身体は壊すことは長年の経験でわかっていたし、幸いにしてまだ日程に余裕はある。
カワシマは同僚達に断りを入れ、休憩をとるべく席を立ってトイレへ向かう。
部屋を出入りする際、逐一入退室記録を付けなくてはならないのは面倒だがセキュリティ上の問題の為文句も言えない。
端末に自分の退室記録を入力し、カワシマはドアを開けて部屋を出た。

地下七階の男子トイレは研究室から少し歩いたところにある。
歩を進めると向こう側から歩いて来た、まだ顔に少年らしさを残した白衣の青年とすれ違った。
見慣れない顔だが、どこかの社の新人なのだろうか。
だとしたらあの年齢でこの研究所に配属されるとは、相当な技術の持ち主なのだろう。
そんなことを考えながら暫く歩くと男子トイレへと辿り着く。
ほぼ同時に向かい側から歩いて来た金髪で白衣の男――惚れ惚れするような美男子だ――がカワシマに続いてトイレに入る、その直後。


パスッ


トイレの個室のドアが開き、直後に響いたサイレンサー付きの銃撃音と共に、カワシマの意識は闇に落ちた。











カワシマが研究室に戻って来たのはそれから6〜7分が経ったころだった。
いつも通り、端末に入室記録を入力して先程まで操作していた端末の前に座って作業を再開し、愛用のフラッシュメモリを端子に挿し込んだ。
そしてそのまま2分ほどキーボードやマウスで端末を操作していく。


「すいません室長、ちょっといいですか?」

「ん?」


不意にカワシマに呼ばれた白髪交じりの眼鏡の男―――室長オバタが作業の手を止め、顔をそちらの方に向ける。
まだ作業を始めてそれほど時間は経っていないらしく、彼の顔に疲労の色はない。


「明後日、本社の会議に使うんでスライドファイルコピーさせて貰っていいですか?」


ここ「リシェス兵器開発研究所」のコンピュータには各企業の機密情報が多数存在しており、許可なくファイルを持ち出すことは堅く禁じられている。
その為ファイルを持ち出す場合は責任者に許可を得ることが必須だ。


「構わんが、ディレクトリは見せろよ」

「ええ、勿論です」


勿論、持ち出されるファイルのチェックも責任者であるオバタの仕事だ。
カワシマからフラッシュメモリを受け取ったオバタは自分の使用している端末に挿し込み、中身をチェックする。
中に入っていたのはカワシマの言う通り会議に使うらしいスライドのファイル、それに使うらしい画像ファイルが数点だった。
これと言って特に怪しい点は見当たらない。
自分の作業も残っているためオバタは早々にチェックを切り上げ、カワシマにフラッシュメモリを手渡した。


「よし、問題無し。持って帰っていいぞ」

「どうも」


カワシマはフラッシュメモリをポケットに入れる、すると次の瞬間「あ」という間の抜けた声を出した。


「どうした?」


その滑稽な様子に、オバタが苦笑交じりにカワシマに訪ねた。


「すいません、トイレにハンカチ落としてきたみたいで…取りに行っていいですか」

「あぁ、さっさと行って来い」


同僚達の苦笑いの声に見送られ、カワシマは再び研究室を後にする。
格納庫側のドアが開き、コンバットスーツに身を包んだ汀が入室してきたのはカワシマの退室とほぼ同時だった。
そして、再びトイレへと踏み入れたカワシマの前に先程も見た白衣を着た金髪の美男子が現れる。
カワシマはごく自然に、その男に懐から取り出したフラッシュメモリを手渡した。




時を遡って10分ほど前。
「ドヴェルグ・サルタ工業」の研究員カワシマを麻酔銃で眠らせるが速いか、ゼフィスは素早くカワシマをトイレの個室内へ引っ張り込んだ。
トイレの入口ではムヴァが周囲の警備兵や巡回のロボが反応していないことを確認するとカイにハンドシグナルを送ってトイレへと呼び寄せ、それに気付いたカイはあくまで自然にゼフィス達の待つトイレへと歩みを進めて行く。

一方、ムヴァはゼフィスのいる個室に入り、ゼフィスの腕の中にいるカワシマに手を当て、常人には聞き取れぬような速度で、しかし正確に呪を紡ぐと気絶したカワシマの表面に不可解なルーンが無数に現れ、すぐさま彼の中へと消えて行く。ムヴァの手の中にある美しい宝石が音もなく崩れて虚空へと消えて行く。
ややあってムヴァが呪を紡ぐのを止めてカワシマから手を離した。


「どうだ?」

「成功です」


ゼフィスの短い問いに、ムヴァも答える。
カワシマを気絶させてからここまで僅か30秒ほど。
数々の修羅場を潜り抜けた者達ならではの、鮮やかすぎる手際だった。

そしてムヴァが答えると同時に、麻酔銃で昏睡していたはずのカワシマが身を捩り、うめき声と共に目を覚ます。
だがカワシマがムヴァとゼフィスを視界に納めても、彼が驚く様子はない。
無論、それはゼフィスやムヴァの方も同様である。


「私の言葉がわかりますか?小声で返事なさい」

「はい、わかります」


ムヴァが小声でカワシマに問うと、カワシマは何の抵抗も示さず小声で返答する。
その反応に、ムヴァとゼフィスは成功を確信する。
ムヴァがカワシマにかけたのは対象を術者の言いなりにする術と、解毒の術だ。

ムヴァ達の作戦はこうだった。
まず、ゼフィスが地下7階のトイレの個室に潜み、カイとムヴァが「サルタ・ドヴェルグ工業」の研究室の入り口を見張って研究員がトイレに向かうのを待つ。
そして研究員がトイレの方向に向かったらカイが動くことで後続のムヴァに合図、トイレに入るならムヴァがその研究員のすぐ後ろについて退路を防ぎ、ゼフィスは有無を言わせず研究員を麻酔弾で眠らせて個室に引き摺りこみ、ムヴァがその研究員に術をかけて情報を吐かせ、可能ならばそのまま研究室内にあるであろう『秋水漆型』のデータを持ち出させる。

危険の多い作戦ではあったが、見返りは十二分だった。
ムヴァに操られたカワシマが語るところによると「『秋水漆型』は「サルタ・ドヴェルグ工業」が開発中の機兵で間違いない」、「自分はOS製作担当で、『秋水漆型』のデータを触る権限がある」ということである。
ゼフィス達にしてみれば読みが当たっただけでなく、千載一遇のチャンスが巡って来たことになる。
彼らとしてもこのチャンスを逃すつもりは毛頭なく、すぐさまデータの持ち出しに関しての規則を聞きだすとムヴァは持ってきたフラッシュメモリをカワシマに手渡し、『秋水漆型』の資料を入れてここに持ってくるように命じて研究室へと送り返した。





そして時刻は現在、ムヴァ達の作戦は見事成功した。
専用のソフトで資料に使う画像ファイルの中に『秋水漆型』の資料データを埋め込んでオバタの目を欺き、『秋水漆型』の資料を盗み出して見せたのだ。
画像ファイルの中に別のファイル埋め込むのは偽装における素人の手の一つだが、故にまさかこのような手で出し抜かれるなど露ほども考えなかったオバタは埋め込まれたファイルに気付かず、見逃してしまった。

後は研究所を脱出してフラッシュメモリを上層部に提出すれば任務完了である。
過去、唯一人のスパイも生かして帰さなかったリシェス兵器開発研究所。
『スパイの墓場』の神話が、今まさに打ち砕かれようとしていた。






同時刻、研究所内の「ドヴェルグ・サルタ工業」の研究室。
研究員が操られ、開発中の『秋水漆型』の資料を奪取した事実にはまるで気が付かず、めいめい画面に向かって格闘していた。
汀もまた壁から伸びた端子を自分の身体に接続し、研究室内のメインコンピュータとデータを送受信を行っていた。
その目的は汀を稼働させるソフトウェアのバグ修正と今日の活動記録の提出である。
大したデータ量でもないため、それらを早々に済ませた汀は『秋水漆型』の図面データを閲覧していた。
実物もいいが、設計資料を眺めるのも悪くはない、完全に汀自身の趣味による行動だった。
その時、汀の頭脳回路に不可解な―――だが決してあってはならない情報が入力される。
『秋水漆型』の資料ファイルにコピーされた痕跡があり、しかもそれはたった2、3分前、コピーに用いられたのはカワシマが使っている端末とアカウントである。
急いでカメラアイを起動し、カワシマを捜すが研究室にカワシマの姿はない。


「オバタ室長、カワシマ研究員は今どちらに?」

「あいつならハンカチ落としたとかでトイレ行ったぞ」


その言葉で、汀の中でカワシマへの疑惑が決定的なものとなった。
汀の頭脳回路は素早く決断を下す。


「カワシマ研究員の端末とアカウントで『秋水漆型』の資料ファイルがコピーされた痕跡を見つけました。3分前のものです」

「なっ!?」


その言葉に、部屋中の空気が一変し、動揺が広がる。
『秋水漆型』の資料は「ドヴェルグ・サルタ工業」の最大級の企業秘密であり、リシェスの軍事機密である。
それが持ち出すことは言うまでもなく厳禁だ。
もし持ち出されれば、何処にデータが流出するか知れたものではない。
他企業、他国、兎角何処に流出しても「ドヴェルグ・サルタ工業」とリシェスは手痛い不利益を被ることになる。


「間違いないのか!?」

「はい、間違いありません」


オバタが冷静さを欠いた声で汀に問う。
「本当に資料がコピーされたのか?」、「本当にカワシマの端末とアカウントでコピーされたのか?」。
彼の問いに込められた二つの意味を汀は冷静な声色と表情で肯定する


「警備兵に連絡、カワシマ研究員を拿捕してください。私にも出撃の許可を願います」

「許可する。だが、カワシマ研究員は生かして捕えろ。資料ファイルはおそらくあいつが持ったフラッシュメモリの中だ!」

「任務復唱。カワシマ研究員を生きたまま拿捕。及び、持ち出された『秋水漆型』の資料ファイルの確保」

「宜しい、いけ!!」


オバタの指令と同時、汀はアサルトライフルを携えてドアを開くと脚部を最大出力で動かして廊下を走る。
人間に酷似した外見をしているが、人工皮膚の下の人工筋肉は並の人体とは比較にならぬ出力を発揮する。
その強大な出力はそのまま運動エネルギーとなり、汀はまるで弾丸のような勢いで廊下を駆け抜けていく。
そして20秒もかからず、「それ」は見つかった。
地下7階の男子トイレ、そのすぐ前にいた白衣を着た若い男が、苦虫を噛み潰したような表情と共に素早く抜き放った此方へと拳銃の銃口を向けている。
この研究施設において、白衣の研究員が銃を手にするのは研究室内で開発中の銃に触れるときだけであり、廊下で銃を構えるなど有り得ない。
故に、汀は若い白衣の男―――――カイをこの施設に入り込んだ侵入者と判断する。
カイもまた、並々ならぬ様子の勢いと足音に自分達を追ってきた追っ手だと直感する。


「何者だアンタ!?」


カイが当惑したような声で此方へ向かう汀へ問う。
だが、真の目的は追っ手の襲来をトイレの中で今まさにフラッシュメモリを受け取ろうとするゼフィス達に事態を知らせることだ。
それを聞いたムヴァは一瞬でカワシマの手からフラッシュメモリを引っ手繰り、ゼフィスも巨体に似合わぬ速度でムヴァとほぼ同時に廊下に躍り出る。
カワシマを人質にするという考えは、二人の中にはない。この状況下、人質などとっても結局はジリ貧になり結局は役に立たないからだ。
そして二人が躍り出るのとほぼ同時、カイとゼフィスは拳銃で、ムヴァは高速で構築した鳥型の光の矢を迫りくる汀へと放つ。
だが機械故の判断で銃口の向きから弾道を予測した汀はそれを避け、アサルトライフルでムヴァへと銃撃を放つ。
殺しても構わない、情報を吐かせるのは1人で充分だ。
だが避けられるが速いかいち早く身をかわしていたムヴァに弾丸は当たることなく無関係の壁を穿つ。
その隙にゼフィスが恐るべき精度で汀の頭部を狙って銃撃を繰り出し、その銃撃は見事汀の頭部に命中し、銃弾の威力で汀の身体は後方へとバランスを崩す。
それを見るが速いか、3人は汀に背を向けて全速力で非常階段へと走る。
相手の生死確認などしている暇などないし、脳天を撃ち抜かれて生きていられる生物などいない以上する必要もない。
それよりも今は1秒でも早く、この研究所を脱出することが先決だ。















その瞬間、ムヴァとゼフィスは致命的な失敗に気付く。
そう、「脳天を撃ち抜かれて生きていられる生物」などいない。
二人の失敗は相手を「生物」だと思い込んだことだった。
余りに人間に酷似していたため、生物だと瞬時に判断してしまった。
だが、頭部を撃ち抜かれた瞬間、彼女から血は飛び出てなどいなかったのだ。
そこで二人は気付く、相手は生物ではない。
生物ではない以上、「脳天を撃ち抜かれて生きていられる生物などいない」という根拠は瓦解する。
すぐさま二人が振り向くと、倒れた汀は今まさにこちらへ銃口を向けているところだった。
だが経験の浅いカイは相手が生物であると疑わず、背後の危険に気付く事が出来ない。


「後ろです!」

「カイ!!よけろ!!!」


ムヴァとゼフィスの鋭い声が飛ぶ。
振り返ると、汀の手に握られたアサルトライフルの銃口がしっかりとカイの胸元を捉えていた。








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[117] 宇宙青年 投稿者:torame (2011年07月20日 (水) 22時22分)
けたたましい警報音が、研究所内に鳴り響く。
何かしらの異常事態が起こっているだろう状況で、研究員の男、スタンデルは冷静だった。
ここ、リシェス研究所はスパイの墓場と呼ばれる堅牢、厳重な警備体制を敷かれており、今までここを蹂躙した闖入者は居ない事を知っているから、ではない。

警報ブザーと、警備員によるマイクからの所定の位置への避難命令が流れている中、悠々と所員用のロッカールームへ歩いていく。
支給品の白衣を背中越しに脱ぎ、その時に乱れた赤いウルフカットを、いつも持っているクシで整える。
大好きなロボットアニメの懸賞で当てた、キャラクターがプリントアウトされたお気に入りのクシだ。

「叔父さんよ、警報が出てますぜ。こんな場所で悠長に何をなされとるんかい」

ロッカーから白衣と同じような色のスーツの上着を取り出し、ダークブルーのベストの上から羽織った所で、左手からスタンデルより遥かに年を食っているであろう、まして「叔父さん」と呼ぶ声が聞こえる。
スタンデルが振り向いた先には、顔にいくつもの縫合跡やケロイドを付け、顎や米神に埋め込まれたボルトが遠目からでも分かる、怪異な風貌の老人が居た。
老人の腰は折れ曲がり、印象だけならば身長はスタンデルの半分も無い。

「ケインか。その呼び方はやめろッてんだろ。誰が叔父さんだ」

「ケヘヘ、こりゃ失礼。しかしなぁ、早く逃げんと、怖ぁい怖ぁいスパイがやってくるのんとちゃいますか?」

「あぁ…そうだったな。そうかもな。」

スーツの襟を整え、ケインと並んで歩く。
その横を、様々な形相で歩いたり、走ったりして同僚達が駆けていく。
顔に滝の様な汗を垂らし走る、弱気で臆病者のブリング、擦れ違い様に睨み付けていったホワイト、冷静に歩いて行ったネス。
どれも顔と名前が一致するくらいには働いていた仲間だが、一様に皆、所定の避難場所と反対の方向へ歩いて行く自分達に、その理由を聞いたり、心配したりはしない。
そしてスタンデルとケインはその事を不思議にも思わなかった。
みな一様に研究者バカの自己中心的な人間だというのも有るが、そうではなく、自分達が所内でもかなり嫌われている、所謂厄介者だと言う事を知っているからだ。
厄介者と言えど、特に不祥事、不始末を連発したり、魯鈍さでチームの足を引っ張ったりしたワケではない。
むしろ専門分野での所内の成績は頂点に近い位置を恣にしている程だった。が、傑物の障害、付き物か協調性に欠け、スタンデルは傲慢、ケインは極度の変人で通っていた。

「しかし何ですな、こんなタイミングで…スタンデル、お前さんの手引きかの?」

「あァ?知らねェよ。行き難くなるだけで意味ねェだろ!」

スタンデルが身振り手振りをつけながら怒ると、ケインはヒヒヒ、と下卑た笑みを隠しもせず露にする。

「お前さんならやると思ったんやがのう!所員へのウラミに仕返し、理由はいくらでもあるからな、ガヒヒヒヒ!!」

「ウラミや仕返しってのは違うなァ。アイツらのこのスタンデルへの態度が気に入らねェだけさ。フェーゴも含めてな」

非難警告から数分が過ぎると、侵入者を隔離する為の障壁が閉じ始めた。
それをケインが、義手と化している両手に仕込まれたツールでものの10秒もかからずに解除していく。
十数分、施設内を歩き、数枚目の隔壁を開けた所で、月明かりがスタンデルのバイザーグラス、ケインの奇怪な顔面を照らす。
二人が悠々と外へ繰り出そうとした所、壁面に平行に立っていた警備員二人のうち一人が呼び止める。

「!・・・スタンデルさんにケインさんじゃあないですか。また所内を抜けて来たんですか?」

「おぅよ、ビービー五月蝿くてかなわんワイ!ワイらちょっと飲みにでも出かけてくるけ、お小遣いやるからウマく言っといてくれ!」

「そんな…またですか?この非常時に…」

「ヒヒヒ、ワシらが今まで戻ってこんかった事はなかろう?」

警備員が狼狽したような表情を見せるとケインは徐に、懐から何かを取り出し、二人の警備員に渡す、というより握らせ、捩じ込んだ。
すると兵士二人は同時に、コホンと咳払いをし、今まで二人を遮っていた体を退かす。

「そうそう、何時もの通りでええんじゃよ。ワイらがトクするだけなんやさかいな」

「…お気をつけて。」




月明かりを歩き、街が見えてくる。
1000万か100億か、はたまた1000万を割るかはともかくリシェスの不夜城は明るい。
流しのタクシーを捕まえ、乗り込む。

「お客さん、どちらまで?」

「不夜噴水の前まで・・・って分かるか?ランゼニング通りのデカい噴水じゃあない、旧い方だぞ、65年前から建ってるヤツだ」

スタンデルにそう言われると、恰幅の良い壮年の運転手は、白い歯を見せてお任せ下さい、と答えた。

「さてスタンデル…とーぜんワシらは野探しされて、悪けりゃ疑われるわなあ?」

乗り込んだケインがスタンデルに問う。

「関係ねえよ。向こうに着きゃあオレはアストロ・ボウイで、コード・スタンデルじゃない」

タクシーは今まで流してきたものと、大して変わらぬ光を浴びながら不夜城に消えていく。
コーポレーションと共同開発したあの装置は、既にドヴェルグ・サルタの逸物に致命的な命令を与えている。
破壊に一役買い、沈みかけた船から脱し、宇宙となった男は笑っていた。

[118] torame > ケイン=ウィルシンです。ちなみに分かりにくいと思うので補足すると、この二人、ドヴェルグ・サルタを裏切ってアルムコーポレーションに走ってます。 (2011年07月20日 (水) 22時23分)
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[116] 有為転変 投稿者:cell (2011年07月20日 (水) 02時17分)
リシェスには、木陰が殆どない。
町を占めるのは鋼鉄の木々で造られた森林。
陽光をさえぎるものはなく、真っ直ぐと地表へと降り注ぐ。
されどそれを糧に育つものはなく、道行く人達を照らし出している。

陽光を遮る方法は人様々。
帽子を被る者、タオルをバンダナ代わりに頭に巻く者。
鞄や封筒で陰を作る者、中には建物に退避する者。

そんな中を、日傘を差した一人の女性がどこかへと向かっていた。
烏の濡れ羽色した長い髪を頭巾で覆い、和服に身を包んだその姿は、周りを行くスーツと比べたら異質に写るだろう。
だが、道行く人はそれをおかしいと思って振り返ることはなく。
また、彼女を知る者からすれば、それ以外の服装をしているほうが異質に写るだろう。
それだけ、万両屋の女将であるヨウリのその姿は、よく知れ渡ったものだった。


そんな彼女はどこかに行くわけでもなく、街中をぶらりと散策していた。
普段なら自身で交易船に乗って他の国へと向かっているが、今は娘がその仕事をしている。
必然的に事務的な仕事が増えてしまう。
別にそれらが嫌というわけじゃないし苦になるわけでもない。
だがしかし。
やっぱり少しは息抜きしたくもなる。
だからちょっとだけ外の空気を吸いに出てきたのだ。

そう、散歩に出てくるのはいつものことだった。
そこまでは。



「・・・あら?」


光差さぬ路地裏からにじみ出る違和感。
それに引き寄せられるように踏み込むと、そこには・・・。


「なんや、猫さんやったんか・・・」


しゃがみこみ、壊れかけた箱からひょいと仔猫を抱き上げる。
仔猫は暴れることなく、腕の中で一声みゃーと声を上げた。
しかし、違和感はこの仔ではなくて。


「・・・・・・」


その傍らに残っていた、複数の、円形の痕。
その中心に残った、小さな鉛の塊。
立ち上がるような動作の中でそれを拾い上げ。


「・・・・・・。一応、備えておきまひょか」


すっと懐から携帯電話を取り出す。
そこに登録された多数の連絡先から、一つを選択する。


「・・・もしもし。あ、ウーミンはん?ヨウリどす。フォルアはん、いてる?」






既に、嵐はこの地を飲み込んでいる。



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[115] 旅芸人一座黒蠍 投稿者:はくろ (2011年07月19日 (火) 23時58分)
晴天。
フィエルテ〜ユスティティア国境に横たわる山脈に佇む旅芸人一座と思われる集団があった。
踊り子の衣装に身を包む若い褐色の肌の美女に背の高いピエロ、アクロバットの水色の髪の青年と仮面をつけた手品師の青年を初め、
人数を見ても20〜25人程、芸人一座にしては大所帯だろう。

…とはいえ彼らはただの旅芸人一座ではなかった。

「……いよいよユスティティアに入る。準備はいいか?」

仮面をつけ、派手な格好をした手品師の青年が呟くと、

「もっちろーん!」
「はっ!」

踊り子衣装の美女が飛び跳ねるようにしながら同意し、彼女の近くのこれまた派手な格好の男がびしっと背筋を正す。

「軍人口調では怪しまれる、この先では慎むように。後オレのことは名前でいい」

「………違和感ありすぎですから」
「命令だ、従わねば命は無い。お前だけでなく隊全体のな」
「ぅー……」

手品師の青年が団員をびしっと咎めると、近くに控えていたアクロバットの青年が悪態をつく。
このやりとりからみて解るとおり、彼らの本職は軍人だ。

フィエルテ王宮騎士団、第八部隊……。
ユスティティアに逃げたという傭兵団プレアデスの残党狩りという名目の宣戦布告を命じられた部隊の隊員たちだった。

とここで、疑問が一つ。

“なぜ旅芸人なのか?”

その理由は、第八隊が王宮騎士団宿舎から出撃した直後まで遡る。



「……とはいえ、この大所帯でユスティティアに殴りこむわけにもいかないな」
「え?フツーに殴りこんでくるもんじゃなかったの?」
「殴り込んだらリスクが高くなる、ってことで、ちょっと回りくどい小細工するのさ」
「へー!」

先日も通ったフィエルテ〜ユスティティア間の山道を歩きながら、エーヴェルトが呟く。
その後ろをぴょこぴょこしながらマルシェがきょとんとした顔をして、少し前を歩いていたリトスが補足する。

宿舎を出てからというもの、彼女は落ち着きが無い。
いつもこうだと言われれば傾向はあるだろうが、フィエルテの第3国民、拳闘士であった彼女が首都から出てこんな郊外までくるのは初めてだ。

彼らは国民を楽しませるための道具であり、自由に行動することすら禁じられているのだから。

初めての郊外の様子に胸を躍らせ、目をキラキラさせながらマルシェは他の隊員に続く。
この先にどんな修羅場が待ち受けているかも知らず。
何せ彼らはユスティティアに戦乱の種を撒くための爆弾……向こうの軍隊との戦闘になる可能性も高い。

「あの〜…、た、隊長」

と、ここで黙りこくってた若い隊員がおずおずと手を挙げる。

「何だ?」
「普通に殴りこむのがまずいなら、変装して潜入することになるんですよね」
「ああ」
「それじゃあいい提案があります!」

この若い隊員の提案で隊全体が旅芸人一座に扮することとなったのだ。

途中の宿場町での打ち合わせで大体の配役も、役割分担も終了した。
そこで冒頭の国境付近に接近する至って普通と見える旅芸人一座が完成したのだ。

個々の芸の技能はここではおいておくこととして、情報を収集しながら標的を探しだして火種を撒ければそれでいい。
これはその為の隠れ蓑なのだ。

「さて……今回の作戦のカギは……」

仮面の手品師がぽつりと口を開き、芸人に扮している隊員たちを見やる。
期待と信頼を仮面の奥の瞳に込め、口調もいつもよりも穏やかかつ強やかなものだ。

そして、その隊員たちはマルシェを含む、あの一件の後第八隊に配属された部下達だった。

「お前達だ、期待している。勿論他の者にもだ……」

そして彼は補足した。
標的であるプレアデス残党には顔が割れている、以前の討伐任務に出撃した者は警戒されぬように気を配ることと。
勿論自分への戒めもあった。何せ後方に位置していたとはいえ彼は指揮官だ。
その立場が割れれば、標的に強い警戒を抱かせると共にユスティティア全体から警戒される。

暫くして国境が見えてきた。
後は内通者の手引きで国内に入国するだけ…
といってもこの内通者もどこと繋がっているか解らない。何せ、あの上層部の言い分だ……信用などできるわけない。

(ユスティテイアって名前しか聞いたことないなー!どんな国なんだろ、まあいっか!)
初めてのフィエルテの外と任務に期待を沸きたてる者、

(久々の任務でそれも危険なヤツ……緊張してきましたね)
緊張でがっちがちになっている者、

(任務は成功させる。生き残るんだ、みんなで)
任務の成功を信じ、強い目をした者、そして……

(本国から何があろうと、部下は守る。そして、任務を成功させて武勲を上げる!頂へ……オレが、いやこの第八隊が登る為に!!)

緊張高まり行く中、第八隊……もとい旅の芸人一座は、敵国“ユスティティア”の地を踏んだ。

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[114] 死の要塞 投稿者:yoshi0 (2011年07月19日 (火) 03時22分)



「後ろです!」

「カイ!!よけろ!!!」

ムヴァとゼフィスの鋭い声が飛ぶ。
振り返ると、汀の手に握られたアサルトライフルの銃口がしっかりとカイの胸元を捉えていた。




パァ――ン






   ―40分前―



(狭いぞカイ!)

(先輩の肩幅が邪魔なんですよ!;)

(2人共、もうすぐカメラの位置です)

潜入といえばダクト。ダクトといえば潜入。
そんな潜入のメジャースポットを絶賛進行中の3人。
2人がダクトの狭さを(小声で)議論している後ろで、
ムヴァが折り畳んだ研究所の地図片手に声を発した。


(またか…)
ゼフィスが気だるそうにつぶやいた。

噂通りこのリシェス研究所は尋常ではない警備体制だった。
普通は監視カメラなど設置しないダクト構内も数メートルおきにカメラが設置されており、
ダクト内を通る虫一匹をも逃さぬよう監視していた。

やれやれと、ゼフィスが懐から一枚の写真を取り出す。
市販の小型ポラロイドカメラで撮影した、ダクト内の写真だ。

これをカメラの前にかざす。
ダクト内はどこも似たような背景。監視カメラを見ている者も
カメラの映像が、先ほどゼフィスが撮った写真に切り替わった事に気づかない。
カメラが高性能ゆえ、ピントも写真に自動で合わされる。

ただ写真をかざすとき、それを見られぬよう、
アルミ箔と磁石を組み合わせた手作りジャミング装置をカメラの近くに当て、映像を一瞬乱れさせる。
その隙に写真をかざすのだ。


(シンプルながら、効果的な作戦ですね)

(でも、ホントにバレてないんスかねー)
ゼフィスが写真をかざしている隙にムヴァとカイがスルスルとカメラの前を通過する。

(ハイテクにはローテク。これが効果的なんだよ)
得意げに鼻を鳴らした。







何度目かのカメラをやり過ごしたとき、ムヴァが(ここです)とつぶやいた。
ダクトの網目をのぞくと、網目越しにロッカーの並ぶ部屋が見えた。
目的の部屋だ。


(オッケー!大丈夫です)

カイがダクトから逆さに顔を出し、人気のないことを報告。
スルスルと体操選手のような身のこなしで部屋へ降り立ち、再度周囲を確認。
ダクト内の2人へサムズアップのサインを見せた。

更衣室を兼ねた研究者のロッカールーム。
扉のセキュリティは強固だが、その部屋の性質上カメラはない。
そこをムヴァ達は狙う。


研究員のシフトを見ながら休みの研究員のロッカーを探す。
「ここですね」
ムヴァが目当ての研究員のロッカーの前で立ち止まった。
ダイヤル錠になっているが、ムヴァが迷いのない華麗な手つきでダイヤルを回していくとあっという間にカチっと錠の外れる音がする。

「おぉ!」
カイとゼフィスの感嘆を声を背中に受けながらムヴァは「手先が器用なだけです」と言い、中にあった白衣を羽織った。


白衣があれば、とりあえずは狭いダクトを通る必要もない。
IDカードと指紋認証などはパスできないが、廊下を堂々歩くことができる。
潜入の第一段階達成。とりあえず、ここまでは問題なく事が進んでいる。
そんな安堵にカイやゼフィス、ムヴァさえも油断していた一瞬。
ロッカールーム入り口のスライドドアの開閉音で現実に引き戻される。



振り返ると、ホンモノの白衣の研究員が自分達をキョトンとした顔で見つめていた。
目には驚き、そして恐怖が宿り、半開きの口から今にも叫び声があげられそうになっている。
それもそのはず。仕事も終わりさぁ帰ろうとロッカールームに入った途端。
目の前に、黒い厚手のラバースーツを身にまとった男共がロッカーを物色しているのだ。


(しまった)
ムヴァは心の中で叫んだ。
同時に頭をフル回転し、脳内の魔法リストを駆け巡らせ、最適の一手を探す。
そのコンマ数秒よりも早く


パヒュッ――


サプレッサーで減音された独特の乾いた銃声が白い部屋に響いた。



白衣の研究員がハンマーで叩かれたようにのけぞり倒れる。
音のする方を見るとサプレッサー付きの麻酔銃を構えるゼフィスの姿があった。

ムヴァが次の一手を考えるコンマ数秒、カイが拳銃のホルスターに手をあてがうその一瞬の間に
ゼフィスは銃を抜き、構え、研究員の頚動脈に正確に麻酔弾を撃ち込んだのだった。

そこには微塵の驚きも、恐怖も、気負いもない。
ただただ長年の経験で培った身体の反応に身を任せ、それに順応した精悍な戦士の姿があった。

ムヴァは改めてゼフィスという男を知る。





リシェス研究所。スパイの墓場と恐れられた死の要塞が破られていく。

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[113] 旅立ち準備 投稿者:yuki (2011年07月15日 (金) 03時11分)
 ここはユスティティアの中でも辺境の村ではあるが、市場まで出ればそこそこ活気も湧いてくる。
 木の棒に布を張り、木箱を構えた露店もあれば、ちゃんとした建物の店も並んでいる。売られている品は装飾品や服のほか、野菜や素焼きの皿なんかもある。
 旅の道具を揃えるには、うってつけの場所だった。
 ……逆にここじゃないとろくに物が揃わないとか言っちゃいけない。
「買い物に関しては、あまり私は必要なさそうだね」
 また一つ買い物袋を増やして店から出てきたユカリスに対して、ルティカはどことなく申し訳なさそうに笑った。
 目ざとく良質な物だけを選び、それでいて必要最小限の量を的確に買い込むユカリスの買い物は、荷物持ちすらいらなかった。
「前に、リシェスの商人にコツを教えてもらった。特に値切り」
 素直で、それでいて現金な答えに、ルティカは今度はふっと笑った。
「君は、なかなかしっかり者のようだ」
 そう言ってルティカがユカリスの頭を撫でてやると、ユカリスは無表情のままついっと顔をそらした。
「……レインベリルには劣るよ」
 ユカリスの表情は変わらない。それはもう、眉ひとつ動かないほどのポーカーフェイスだ。
 しかし、決して人形や機械のようには見えない。
「照れることはない。小さいのに大したものだ」
「………………」
 もしこの場にレインベリルがいたら、言わなくてもいいことまで言ってくるこの男になんと言うだろうとユカリスは思った。
「………………」
 呆れて、ルティカに遠慮なく文句を浴びせる様子が真っ先に浮かんだ。
「どうした……?」
 想像の中のレインベリルのように呆れも文句を言ったりもしなかったが、ユカリスはしばらく黙りこくってやることにした。
 ルティカもさしてしゃべる人ではないので、しばらく二人は黙ったまま市場を往復した。

「それも買うのか?」
 ユカリスが露店の前で立ち止まった時だ。ルティカが沈黙を破った。
 露店は修道女が売り子をしているアクセサリー屋で、店先や売り台に並ぶアクセサリーにはすべて教会のシンボルマークが施されている。
 4角の星を中心に、16の方位へトゲが伸びた、太陽光を模った紋章。このマークが付いているものは全て教会の監修のもと国中に出されているもので、特に聖書なんかは無駄に高い。
 しかし、この露店は教会の運営資金を稼ぐために開かれているのと、使われている素材はクズ鉄やその辺で拾える綺麗な石であるため、アクセサリーの値段は子供の小遣いでも買えるほど安い。金品としての価値はなく、旅に持っていくには不要なものだ。
「買わないよ」
 ユカリスもそれは承知している。わずかに首を横に振り、レインベリルの家へ向かいながら買いそろえたものを確認していく。
「……でも、ああやって箱の上に物を並べて遊んだことがあって」
 買い物袋の中身に目をやりながら、ユカリスは話を続けた。
「ほう……友達とか?」
 ユカリスはまた首を横に振る。
「私の双子の、片割れ。その子がいきなり『お店屋さんやろう!』って誘ってきた。丁度、その時ユスティティアのブローチがたくさんあったし」
 ユカリスに姉妹がいることもさることながら、普段寡黙な彼女がここまで自分の話をすることに、内心意外に思いながらルティカは話に耳を傾けた。
 和やかなその話に、ルティカの口元も自然と緩む。
「だとしたら、アクセサリー屋さんか?」
「……私もそう思ったんだけどね、その子はクリ屋さんで、私はウニ屋さんに任命された」
「ふふっ……!」
 予想もしなかった品に、ルティカは口元を押さえて吹き出した。ユカリスの片割れは、ユスティティアのブローチに装飾されていたシンボルマークを、ウニやクリに見立てたらしかった。
「宗教のシンボルってことはお互い知ってたけどね。あとで父さんに怒られた」
 無表情なユカリスの隣でルティカだけ笑うわけにもいかず、しかしこみあげてくる笑いを押さえきることができない。
 こんなに笑ったのも何年振りだろうかと、ふとルティカは思った。
「しかし、そうか……確かにウニに見えないこともないが」
 くくくっと喉の奥で笑い声をこぼしながら、ルティカはここからでも見える教会を見上げる。
 つられてユカリスも、教会のシンボルマークを見上げて眩しそうに目を細めた。
「……教会には内緒だよ」
「ああ、もちろんだとも」
 ルティカはしっかりと頷いた。そして、ユカリスが抱えている買い物袋に目をやる。
「必要なものは、それで全部か?」
 話しながらも袋の中身を確認していたユカリスは、ルティカを見上げて頷いた。
 しかし、すぐにまた教会の方を見て立ち止まる。
 ユカリスの隣でルティカも立ち止まる。
「あと、教会にも寄っておきたい」
 教会の方を見たまま、ユカリスが呟いた。

 持ち物が揃った今、明日か明後日にでもユカリスはここを出ていくつもりだった。
 ただ、やはり教会で聞いた声が気になる。
 どう考えても良いものには思えないが、これで最後になると思うと好奇心の方が勝った。

「いいだろう。よほどあの場所が気に行ったみたいだね」
「そういうことじゃないんだけど……」
 先導するルティカに続いて、ユカリスは慣れてきた教会への道を歩き始めた。


――ここで、祈りを捧げなさい。さすれば、汝の願いは叶うだろう

 祈りの間で聞こえてくる声は、やはり同じだった。ならばと部屋を突っ切り、ユカリスは懺悔室の方へ向かう。
 いつものように椅子に座らないユカリスを不思議に思いながら、ルティカもついていった。
「懺悔をしていきたいのか?」
「うん、ちょっとね」
 他の人には聞こえない『声』が聞こえるなどと言って、ルティカが信じてくれるとも思えない。
 ルティカに荷物を預け、ユカリスは箱ともいえる狭い懺悔室の中に入った。
 小柄なユカリスでも狭いと感じる部屋の中、『我らが神』の像を正面に、備え付けられている丸椅子に腰かける。
 そして、祈りの動作を、目の前の棚に置かれている聖像に向けて行う。祈る時の動作はこの数日見よう見まねで覚えたものだ。レインベリルはしょっちゅう順序をあべこべにしてやっているが……。
 ほどなくして、衝立の向こうに人の気配があった。
「……懺悔を、させてください」
 さすがに黙ったままではまずいだろうと、形だけでもユカリスは曖昧に罪を告白していく。
「人が信じられなくて、こわいんです」
 適当にそれらしい言葉を呟きながら、ユカリスは頭では別のことを考えていた。

 しばらくユスティティアを旅するとして、そして国境を越えるとして、自分にあてなどなかった。
 あるいは、レインベリルとルティカの2人なら、何か知恵をくれるだろうか。
 だが、それは2人を自分の事情に巻き込むことになる。
 今でこそ、事情を話すだけなら構わないと思えるが、そこまで巻き込むわけにはいかなかった。
 敵は、フィエルテという国なのだ。

――2階の突き当たりの部屋で、あなたを導きましょう

「……っ……」
 今までとは違う、澄んだ女性の声が聞こえた。思わず周りを見回すが、そんな声を出しそうなものはどこにもない。
 いきなり言葉をつぐんだユカリスに、衝立の向こうで神父が問いかける。
 神父は当然男だ。よもやユカリスを驚かせようと声を作るはずもない。
 「なんでもない」と答えて、ユカリスは再び祈りの姿勢に戻った。
 しかし、声はそれきり聞こえなかった。


 懺悔室の外で、ルティカは神や天使の絵が描かれたステンドグラスを見上げる。
「神、か……」
 考えるだけでも、凍りつくような殺意と憎悪が沸き起こってくる、自分が復讐するべき存在。
 自嘲気味に苦笑しながら、ルティカは懺悔室の扉へと視線を移す。
「懺悔など……」
 言いかけて、ルティカは馬鹿らしいとばかりに首を振った。
 今更懺悔など間に合わないのだ。
 それほどのことをルティカはしてしまったし、そしてこれからも積み重ねていくだろう。
 しかし、それで地獄に落ちようとも何ら構わなかった。
 救いなど、最初から求めてはいない。

 地獄へ落ちるというのなら、あの忌まわしい存在も道連れにしてやるだけだ。

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[112] 魔法の街道 投稿者:りんごちゃ (2011年07月13日 (水) 01時58分)


「─以上が、私の抱えた罪だ」


この件は与り知らぬティマフ、それに希鳥には席を外してもらった。
壮年と相対するは二人はディプス、ユキ。
重く語る梨雪の話を、彼らはただ黙って聞いていた。
リシェスと内通し、謀反を企てていたか、否か。
それを証明する手立てはもはや無い。
それを否定することすら、不可能。

だが、語られた冷たき真実に頷ける者は、納得できるかと言われれば─

「……わかんねえよ」

くしゃくしゃの髪の毛が、自らの手で掻き乱される。
振り下ろされた鉄槌が、本当に正しき場所を打ち付けたのか。
そもそもあの村に、真に裁きを下すべきだったのだろうか?
濁流のように襲い来る疑念が、彼の表情に影を落としていた。

「……すまない、私も出来る限りの事はしたのだが」

「そうじゃねえ」

梨雪の弁明は断ち切られる。
言い訳と切り捨ててしまったわけでは無い。
彼が、どうしても信じられなかったことは、他にあった。

「なんで皆……」

ディプスは、記憶を失っても人形のようにはならなかった。
それは、大切な心があるから。
彼を守った『優しき誰か』の微かな思いは、記憶の残滓となり彼の人格を形成するに至った。
その、優しさが。

「あんたみたいに疑って、迷って……」

震えた手が、机の上の紅茶に波紋を生む。
揺らぐその姿は、まるで騒乱の兆しに揺れるこの国のようだった。

「─誰も、やめようと思わなかったんだ?」

その、悲しいまでの優しさが。
狂気とも呼べる虐殺の経緯を信じることを、拒ませた。




「 ─ … ─ … ─ 」

ユキは、この話を理解するにはディプスよりさらに幼い。
当然のことながらこの話を鵜呑みにしたり、この結論に納得をすることはできなかった。

「 ─ …した… ─きゃ……」

ただ、何度も、何度も。

「…死…─ きゃ、─らなか…」

繰り返すだけ。
まるでオルゴールのように。

「─私、死ななきゃならなかったのかな」

梨雪は口を噤んだ。
否定したかった。
『お前は生きていていいんだ』と。
未来ある少女に声を大にして、叫びたかった。
だが。
言えた口が、あろうか。
未来を闇に閉ざす一因を、抱えたままである自分に。
それっきりしばらく、その部屋は沈黙に支配された。

「……俺は」

沈黙を切り開いたのは剣士ディプスだった。
彼は巧みに女性を喜ばす言葉を生み出す知恵など無い。
不恰好で、純粋。
そんな、思うそのままの言葉を口にすることしかできない。

「俺は、お前が生きててうれしかった」

「……ディプス」

「お前が生きて、『会いたい』って人がいたことが……もっと、うれしかったよ」

「……〜〜〜!」

そんな言葉がユキには心よりあたたかく、優しく感じた。
抑えきれないごちゃまぜの気持ちと涙を隠すために、隣りに座ったディプスの胸に顔を埋める。
梨雪はそれを見て……深く感謝した。
ユキが生きていてくれたこと。
ディプスが希望を与えてくれたことに。




(なるほど、ね……あの怯えっぷりも納得行くわ)

(ね、ねえ……やっぱりコレまずいんじゃないかなぁ)


ドアの前にべたり、と張り付いた二人が声を殺している。
揃って部屋を追い出されても特に何をするでも無かった結果がこれだ。
ティマフが上、希鳥がその下、と重なるようにして耳をそばだてている。

(んー……ちょっと聞こえづらいな……ドアが厚いんだね)

(み、身を乗り出さないで……むぷっ、わわわ)

耳をドアに押し付けるために、ティマフが姿勢を動かす。
そのため彼女の燃えるような紅髪と年齢不相応な身体が、希鳥に覆いかぶさる形となった。
顔に押し付けられる、体験したことのない感触。
希鳥は体中の血が顔に集まったかのような感覚を覚え、くらくらと目眩を起こした。

(あーもう、じゃあ場所変わって場所ー)

(ひょええ)

「二人を待たせちまったかな」

「あ」

扉が引かれた。
扉に体重を預けている形になっていた二人は、自分たちの支えを失った。
重力に従い、二人の体勢は崩れた。
分かりやすく表現するならば覆いかぶさる形だ。
惜しいことにティマフが上で希鳥が下だが。

「おや。子供の前でそれはいただけんな」

「ち、違うよ!」

真っ赤になる希鳥を囲んで皆は笑った。
躊躇いがちではあるが、ユキも小さく笑みを浮かべる。
恐怖の対象でしかなかった、国、まして騎士団の人間である梨雪。
そんな彼の笑顔につられることは─まだ、できた。


「……ディプス。今なんで皆笑ったのかな」
「さあ」


まだまだ知るべきことは、多々あるようだが。




「…本当に大丈夫か?」

「うん、迷惑かけちゃうかもしれないけれど」


ディプス、ユキは道を定めた。
首都へと乗り込んで情報を得る。
梨雪も同行し、こちらは城内の情報から彼らの家族の行方を探るつもりでいた。
だが、この国で最も活気に溢れ、そして警備の厳しい街とあらば何が起こるか予測はしきれない。
密入国者である彼らは、特に気を引き締める必要があった。
頼もしい同行者とともに、彼らは身支度を整えた。
希鳥、ティマフのことである。
彼女の服を調達するという理由もあるが、希鳥も首都に久しぶりに出向く気になったのだ。
森の家がその間もぬけの殻になってしまうが、それはまあ構わないだろう。

「服のことなら俺がなんとかするから…ここにいてもいいんだよ?」

「……私のサイズ知ってるの〜?」

「う……」

頬を染めたまま、ごほん、と咳払いをひとつ。
出会って間もないというのに既に彼女に言い負かされっぱなしである。
希鳥はいささか情けなく感じた。
森の家の庭先にて希鳥がすう、と深呼吸をひとつ。
彼なりの魔法の下準備だ。

「……へえ」

「わあ」

魔法、という自身の能力とはまた違う異能に、ディプスとユキは感嘆の声を小さくあげた。
その旋律はまるで精霊や神々が聖歌を歌っているように感じる。
どこか懐かしさすら感じ、皆が皆聞き入った。
やがて、美しい歌声が終わったそのとき、何里もの距離を縮める魔法の裏道が出来上がった。

「……行ってきます!」

一番静かだったユキ。
彼女が元気な挨拶を世話になった希鳥の家へと投げかけた。
その事実が梨雪の、希鳥の…彼女の心を知る皆の足取りを、軽くさせたのだった。




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[111] 作戦指令 投稿者:yoshi0 (2011年07月12日 (火) 00時43分)


「プレアデスの生き残りが見つかった」

目の前で直立姿勢を保つエーヴェルトに、男は言った。
フラッシュバックするプレアデス討伐の光景。
目を一瞬ピクりと細めるも、エーヴェルトは気をつけの姿勢を維持した。
男は続ける。

「場所はユスティティア。辺境の村に匿われているそうだ。」

「ユスティティア……ですか?」

"リシェスと通じていたのでは?"と嫌味調子に言いたかったが、男の自尊心を考え言葉を濁す。

「そうだ。ユスティティアの内通者からの信頼できる情報だ。」
「問題は、なぜユスティティアがプレアデスの残党を匿っているかだ。」
「理由もなく他国の傭兵を匿うとも思えん。」

そこから"プレアデスは実はユスティティアのスパイだった"という答えが出るのは当然だ。
だが、エーヴェルトがそれに納得できるはずもない。
どこのスパイかの確証もなく討伐令を出したのか。クソくらえ。
感情を表情に出さないのには慣れていた。エーヴェルトの平静な顔を見て男は言葉を続けた。

「そこで貴様達、第八隊に命ずる。ユスティティアに出兵し、プレアデスの残党を捕らえて来い。」

「!」

「もし、ユスティティアが引き渡しを拒否するような事があれば、実力を持ってそれをこなせ。以上だ。」

考える時間はなかった。エーヴェルトは一礼して部屋を後にした。


他国への出兵。この冷戦状態でそれが何を意味するかは、火を見るより明らかだ。
他国に乗り込んで戦争の火種を作って来い。簡単に言えばそういう事。
第八隊は利用された。先陣を切って自爆特攻をする便利な捨て駒として。

だが、男が最後に放った言葉が脳裏に張り付いている"本任務が成功すれば出世への道も拓けるだろう"
自尊心を見抜かれていたのは自分の方だった。
利用されるならとことん利用されてやろう。その先にチャンスがある。
出世街道を走るために自ら選んだ道だ。
そう思っていたから"YES"の答えに迷いはなかった。今までもそうだったように。



いつからだろうか、上の顔色ばかり窺っていたのは――
騎士団に入隊したての頃、ただ認められたくて、人一倍努力した。
槍術では誰にも負けなかったし、訓練で部隊長を負かして歓声を浴びたりもした。
それが嬉しくて、もっと努力して、当時最年少で隊長にまで上り詰めた。

だが、そこで見えた景色は全然違った。
上層部の機嫌を伺いながらの任務。
結果を出せば「ご苦労」の一言。結果を出せなければ、嫌味と罵倒。
任務に正当性などない。正義も。理念も。
ただあるのは、利益になるかどうか。それだけだった。

憧れの騎士団隊長になって見えた景色は、自分が大嫌いだった貴族の世界と一緒だった。
だから、とことんまで登りつめると誓った。見下されることのないように。

一番てっぺんで見える景色はここよりも綺麗なはずだ―――




はっと前を見ると八隊の宿舎がある。夜空の下、ランタンの明かりが隊員の影をテントにゆらゆら写していた。
楽しそうに動く影。笑ってのけぞりコケる影。なにかタワーを作っている影。賑やかな声はこちらまで聞こえる。

それを見てエーヴェルトは自分の心が温かくなるのを感じた。
帰る場所がある。部下がいる。周り中敵だらけだった少し前の自分とは違う。
最近部下と話すのが楽しい。
しょうもない恋愛相談も。異性のタイプも。訓練の不満も。上司の愚痴も。


出世と部下の命を天秤にかければ、あの時の答えは"NO"だったはずだ。
だがもう後には退けない。





作戦指南書(ストラジック・レポート)を片手に、宿舎の扉を開いた。

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