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内通者
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投稿者:yoshi0
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(2011年08月03日 (水) 00時48分) |
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ユスティティア辺境の村。ユカリスが市場へ来るのと、時を同じくして第8隊も村へと入った。 旅芸人一座としてユスティティアに潜入したはいいが、 排他的なお国柄のせいか、滞在日数は5日と制限されてしまった。
「5日とれればいい方だ」 仮面をはずし、エーヴェルトがぽつりと言う。
よそ者の入国など、表立っては普通出来ない。 そんな厳しいユスティティアの入国審査に、ほとんどフリーパスで入国できた。 それに加えて、外国要人でさえ滞在日数3日が当たり前のこの国で、 5日も滞在の猶予を貰えることなど例外中の例外だ。
これも内通者の手引きのおかげだ。
「でも、内通者が誰だかわかんなかったですね」 町を歩きながら隊員の1人がつぶやく。 「入国審査がほとんど顔パスだったしな 影響力ある奴なんだろう」
「きっと、この国の王様だよ!」
「マルシェ、その発想はなかったわ 頭いいな!」
「ありえるかアホ!」
入国審査の関門を突破できた事で緊張の糸が緩み、隊員達にも笑顔が見える。 顔の見えない内通者の素性を勘ぐりながらも、談笑する余裕がでてきた。
エーヴェルトはそんな隊員達を一喝して気を引き締め直そうと考えるも、 ずっと気を張っていても仕方ない。と叫びかけた言葉を飲み込んだ。 「よし、今日は夜まで自由行動とする。」 「町の地理を頭に叩き込むも良し、町の住人と交流を深めるもよし。各自自由にしろ」
エーヴェルトのこの一言に隊員達は飛び跳ねて喜んだ。 フィエルテでも、訓練と任務で自由な時間などほとんどなかったから当然だ。
「まったく・・・」 その様子を見て、エーヴェルトは呆れながらも、その顔に笑みを携える。
とりあえず予約した宿屋で休息がてら、報告書でも書くか と宿屋へと歩みを進めようとしたエーヴェルトの目論見は、後ろへ引っ張られる自身の腕によって遮られる。
「っ・・・?」
「町見物いこー!」 見ると元気娘がエーヴェルトの腕を鷲掴みにして町へと引っ張っている。
「マルシェ、俺はやることg 「町見物いこー!」
「・・・・・・・・・はぁ・・・」
まるで飼い犬のリードに引っ張られる飼い主のように エーヴェルトは露店や教会が並ぶ市場の中心へと来た。 昼だと言うのに、厚く連なる雲が町の景色を陰鬱に染めていた。
エーヴェルトは、目の前の光景にいちいち感動しているマルシェを余所に、出発前の上層部の言葉を思い返していた。
「内通者とはどんな者なのです」
「それは会えばわかる。入国初日の夜。町の教会で落ち合う手はずだ」
上層部の男との会話。なにも知らない町で、知らない内通者と会う。 行き当たりバッタリとはまさにこの事だ。 目の前の男は、その以上の質問は受け付けんとばかりに目を背け、机の書類を手に取る。
「ねーねー!これ買って!」
「ん?」 飼い犬の元気な声に、意識が現在に戻る。 見ると修道女が開いている露店の前にいた。 そして売られているペンダントの1つを取って、エーヴェルトにせがんだ声を出している。
「このウニのペンダント欲しい!欲しい!」
ウニ?エーヴェルトがペンダントの紋様を見る。 まぁウニに見えなくもないが・・・。 エーヴェルトが修道女の背後の石造りの教会を見上げる。 てっぺんにマルシェがウニと呼ぶシンボルマークがすえられていた。
なるほど、と納得する。ウニじゃなくてシンボルマークか。 そしてこの露店で、教会の維持費を細々稼いでいるのか。 目の前で国のシンボルマークを"ウニ"と連呼され、いささか表情の硬くなった修道女にお金を渡した。
「やったー!エーヴェルト大好き!」 嬉しそうに飛び跳ね、さっそく買ったペンダントを首にかけ、道の真ん中を踊っている。
それを見てやれやれと、エーヴェルトは店先の縁石に腰掛けた。 町には旅芸人に扮した隊員達が、町の住人と世間話をしていたり、買い物をしていたり、 見るからに楽しんでいる様子だった。
これが任務じゃなかったらどんなにいい事だろう。 これが戦争で殺しあう敵国じゃなかったらどんなにいい事だろう。 考えられずにはいられなかった。 そして、隊員達は、目の前で飛び跳ねるこの娘は、 自分達が異端者とばれたとき、町の者が武器を持ち、襲い掛かってきたとき、 冷酷な鬼となり、相手の首を刎ねる事ができるのか。
「潜入任務とは辛いものだな。」
「ん?なんか言ったぁ?」
「・・・・いや、なんでもない」
楽しい時間は一瞬だ。日が落ちて町には夜の帳が降りて来た。 隊員達も早々に宿屋に戻り、それぞれの時間を過ごしている。
そしてエーヴェルトは1人町へと歩みを進める。 電気のない町では、青白い月明かりだけが道を照らしていた。
「ここか・・・」 石造りの教会。先刻マルシェと来たこの場所。 この扉の先に内通者がいる。
最大限の警戒と、注意を払い、そっと扉を開ける。 片手は懐に携えたナイフへと伸ばし、なにかあればすぐに反撃できる。
「そんなに警戒しないでも大丈夫よ」
エーヴェルトが目を細め、声のした方向を見る。 ステンドグラスから差す月明かりにぼんやりシルエットが見える。 その格好には、敵意もなければ、攻撃するような様子もない。 エーヴェルトはゆっくりと声の主に近づく。
薄く月にかかっていた雲が晴れ、 眩しいほどの月明かりが教会に降り注ぎ、声の主の姿が鮮明に映る。
「まさか内通者が女性とは」
「驚いたかしら 私はレインベリル=アステル よろしくね」
戦争の糸が複雑に絡み合う。夜明けは遠い。
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