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[110] 猿田毘古と唯勝 投稿者:ももも (2011年07月08日 (金) 01時16分)
リシェス商工会議の翌日。
その日の朝、出社「ドヴェルグ・サルタ工業」の社長フェーゴ平時通り、業務を淡々とこなしており、目立った変化はない。
―――ただ一点、アルムから渡された「商工会議」のバッジを身につけている点を除いて、だが。




その日、兵器開発研究所から戻った汀はタイトなスーツに着替えて首都を闊歩していた。
時刻は昼休憩の真っただ中ということもあり多くの勤め人がオフィス近くに出店している弁当屋や食堂で昼食をとり、或いはとりに行くべく出歩いている。
前後左右どちらを見ても視界に映るのはビルと人。
行き交う自動車の走行音とエンジン音は鳴りやむことなく太陽に照らされたオフィス街に響き渡っている。

さて、世間では昼食の時間だがロボットである汀には無関係な事柄である。
活動するためのエネルギー補充は確かに必要だが汀の動力となるのは内蔵された充電池が生みだす電力であり、食物から得られる類のエネルギーではない。
汀はひしめく勤め人達の流れに乗りながらある程度歩くと、急に方向を転換し路地に入る。
その途端人通りはまばらになり大通りの喧騒が遠ざかっていく。
左右を見渡せば居酒屋をはじめとした飲食店やや雑居ビルなどが立ち並んでおりこちらも都市に相応しい様相だ。
だが汀はそれらには目もくれず、更に深い路地へと足を踏み入れる。
人影はさらに減り、日差しは差し込まず薄暗さと湿った空気と換気扇の音、建物を超えて聞こえる大通りの喧騒が全てだった。
大凡(おおよそ)そんな路地に似つかわしくない服装で、更に歩くこと約2分。
辿り着いたのは小さな町工場だった。
壁に設置された錆びた看板を見ればそこが「自動車修理工場」であることがわかる。
この自動車修理工場が今回の汀の目的地だった。
汀は慣れた風にインターホンを鳴らすとそこから女の声が聞こえた。


「どうもお世話になっております、『ドヴェルグ・サルタ工業』の者ですが」

「はい、少々お待ち下さい」


10秒もしない内にドアが開かれ、現れたのはとび職のような服装の少女だった。
お互いに挨拶を交わし、少女――ウーミンの案内で汀も工場内に足を踏み入れる。
それを確認したウーミンはまたきっちりとドアを閉めた。
―――まるで、何かから隠れるように。

中では丁度昼食を終えたらしいフォルアが事務室から出て来たところだった。
汀とフォルアは互いに形式的な挨拶を済ませると事務室に移動した。


「ご用件の方ですが…矢張りアレですか?」

「えぇ、対魔術装甲の買付に」


表面上笑顔の汀に対し、フォルアの表情は能面のように冷え切っている。
通常、このような商談の席では商談をスムーズに進めるため、可能な限り笑顔で臨むのが常識である。
仏頂面では相手に圧迫感や嫌悪感、不快感を与えかねないからだ。
その常識を、ましてや企業としての規模としては天地ほどの差があるにも関わらずそれを無視してフォルアが高圧的にも見える態度に終始できるのは「高圧的な態度でも商談に影響を与えない」という自信の表れに他ならない。
事実、汀としてもフォルアが多少高圧的な態度に出ようともそれを受け入れざるを得ない理由があった。


「数と種類は如何ほど?」

「イ型、ロ型、ハ型をいつもの2倍ほどお願いします」

「納期のご希望は?」

「来月の頭くらいを目途に」


フォルアは眉一つ動かさず、今や時代遅れとなったレトロな電卓を叩いて見積もり額を出しながら「機兵の増産が決まったのだ」と確信した。
汀が注文に来たのは「ドヴェルグ・サルタ工業」の兵器部門の主力商品である機兵に使われる装甲、それも対魔術加工を施したものだ。
無論、それを自社だけで生産が出来ないほど「ドヴェルグ・サルタ工業」は貧弱ではない。
だが、この小さな自動車修理工場は少なくとも、その分野に関しては「ドヴェルグ・サルタ工業」のみならず並入る大企業を圧倒しているという確かな現実があった。
そしてリシェスの仮想敵国――否、敵国達は高度な魔法技術を有している。
その現実があるからこそ、フォルアは今のような高圧的とも取られかねない態度に終始できているのだ。


「お値段の方は――」

「いつも通りで。後程で正式なお見積りを送らせて頂きます」




「商談」は滞りなく、スムーズに済んだ。
用の済んだ『自動車修理工場』を後にし、汀は本社へと戻るべく来た道を戻っていく。

その最中のことだった。
突如内部に搭載した通信機器に着信があり、電子文章が送信されてきたのだ。
送信元は「ドヴェルグ・サルタ工業」本社である。
情報保護のために複数の形式で幾重にも暗号化された電子文章を復号化し、内容を読むと「兵器研究所」へ向かえという命令だった。
どうやら先方で『秋水漆型』の開発において何か進展があったらしく、臨時会議を開くらしい。
兵器の進歩に密かに胸を踊らせながら、汀は本社ビルへと足を進めるのだった。


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[108] 幸せの青い鳥 投稿者:泰紀 (2011年07月07日 (木) 23時47分)
誰も見向きもしない狭い裏路地で、子猫がいるダンボールを挟んでヴィダスタはルオディスと話していた。
なんてことのない、ただの世間話である。ここは街中でありながら雑踏が遠く聞こえて、静かだ。


「へー、じゃあルオディスは来年からであっこの企業で働くんか。」

「ええそうなんですよ。まぁ、入社自体は来年なので、今は空いた時間で色んな企業をこっそり見て回っているんです。」

「勉強熱心やんな。」

「ふふ、ありがとうございます。」


そうしてルオディスは美しくヴィダスタに微笑んだ。
その時であった。ぴしゅん、という鋭く小さな音と共に何かが目の前をよぎる。それと同時に火薬が焼ける臭いがした。
状況を理解できないヴィダスタが呆気に取られたようにしていると、緊迫したような表情を見せたルオディスが突然立ち上がり、ヴィダスタの手を握って走り出す。ぴしゅん、ぴしゅん、とまた音がして地面と壁に窪みを作った。音につられて振り返ってみると、銃弾だった。そこでヴィダスタはやっと自分達が何者かに銃を向けられていたことが解った。
何故、どうして。いきなりのことに頭が追いつかず、ルオディスに手を引かれるまま走る。
残されたダンボールの子猫はそれに気付くことなく、すいよすいよと眠っていた。







「元は技術者でした。」


そうして二人が人混みに紛れて走り続け、公園のベンチに腰掛けたとき、ルオディスはぽつりと呟いた。

「ヴィダスさんが先ほどもおっしゃってくれたように、自他共に認める勉強熱心・・・といいますか、ただの機械莫迦だったんです。いつもいつも、研究をして設計をして組み立てて、様々なテクノロジーを追求していました。」


そうして顔を伏せて喋るルオディスの話を、おとなしく聞くことしかヴィダスタにはできない。


「そのおかげで、これでも結構な成果を残してきました。けれど、やりたいことをやりたくて、表に顔を出さず、何処にも所属せず、個人で細々とやってきたこと、それが仇となりました。色々ありましてね、家名も取り上げられてしまった。」


顔を伏せたまま一呼吸おいて、そして。


「そして、その私が残してきた成果をも奪われようとしてるんです。」

「・・・じゃあ、さっきのは。」

「・・・・巻き込んでしまって、申し訳ありません。そんなつもりはなかったのですが。」


やっと顔をあげたルオディスは、すぐにヴィダスタのほうをむいて頭を下げた。
それはつまり暗に彼女の問いに肯定したということ。ならば先ほどの銃弾は、彼を殺して彼が創り上げてきたすべてを奪おうとする輩の仕業なのだ。


「警察とかは。」

「それは無駄だと貴方も知っているはずです。リシェスで何より権限を持っているのは企業のほう。何も無い私一人が行ったところでどうにもなりません。むしろあちらに殺されにいくようなものでしょう。」

「ならそんな成果とっととくれてまえ。命はあってこそや。」

「研究成果をあちらに差し上げるだけで済むなら、私もこのようなことにはならなかったでしょうね。」


そんな、と思わず上ずった声が漏れた。それとほぼ同時にルオディスが立ち上がり、ヴィダスタを振り返らぬまま話を続ける。


「ここでお別れです。私とまた一緒では確実に巻き込まれてしまいます。もしも危ない輩が私についてたずねてきたら、洗いざらいすべて吐いて下さい。それで貴方は助かるのだから。」

「あんた・・・それで自分はどうするん?」

「・・・そうですねぇ。」


以外にも軽い声に転調し、ルオディスは振り返る。まるで自分がそんな状況に置かれてないかのように、苦笑を浮かべていた。
しかし次の瞬間には、強い光が宿る瞳と毅い声をもった真剣な表情となる。


「奪われる前に、自らの手で葬りさろうかと。」

「・・・・・・。」

「・・・では。」


そう一礼して立ち去ろうとするルオディスの右手首を、ヴィダスタの左手がつかんだ。
それに足をとめ、疑問符を浮かべる彼の顔を見つめ返す。


「あんたの素晴らしい頭脳では、その成功率は何%や?」


その言葉に、ルオディスはやや驚いたような表情をみせてから、まるで何かを思い出したかのように笑みを浮かべながら答えた。


「40%ですね。」

















「40%ですね。(キリッ」

「だっておwwww(バンバン」

「お二人とも、今すぐそこに直りなさい。」


それから数時間後、空がオレンジ色に染まり始めた頃、ゼフィス、カイ、ムヴァの三人は荒野に聳える大きな岩の上にいた。彼らが佇む・・・と言っても今しがたゼフィスとカイは正座させられたのだが・・・そこからは、夕日を背に昏い影を作る大きな建物「リシェス兵器開発研究所」がみえる。
その昏い影が闇夜に溶け、オリオンが空に煌くとき、彼らの戦いが始まるのだ。


『あんたの気持ちはようわかった。なら、ウチもできるだけ協力さして。頼むから。』


そういった彼女は、自分にとても有利なものを持ってきてくれた。
「リシェス兵器開発研究所」の見取り図だ。それも監視カメラや赤外線探知機等の位置、モニタールームや発電室、どこの部屋にどの企業が入っているかなども丁寧に緻密に書き込まれたもの。

・・・「リシェス兵器開発研究所」には、「ルオディス」の研究成果が眠っていることに『なった』。
『なった』というのは、ムヴァが自発的に説明しなかっただけだ。後はそれらしい言葉を落とすだけ。それでヴィダスタは自分の中で「ルオディス」を疑わないストーリーを創り上げてくれる。
「ルオディス」は今夜、ヴィダスタがもたらした見取り図を手に危険をかいくぐり、自らの研究成果を利用される前に、それを破壊するのだ。


「・・・しかしお前ほんとによくやるな。」

「何がでしょう?」

「何も知らない貴族のお嬢様を嘘八百並べて騙して、研究所の見取り図を頂く。外道っぷりはともかく、よくもまぁやりきったもんだと思ってよ。」

「天の采配というやつですよ。」

そう言って答えるムヴァに、カイがそれは何だというように小首をかしげる。


「企業に投資する資産家たちのパーティに潜入する、そこで情報通な貴族のお嬢様に出会う、お嬢様は私達に有益なものを与えてくれる。 ・・・もしかしたらそれは、見取り図じゃなく強力な武器だったかもしれない。そもそも私はその人に出会えなかったかもしれない。」


それをきいて尚も困惑気味に小首を傾げるカイの横で、ゼフィスはちょっと待て、と声をあげた。


「じゃあお前、全部運頼みだったってことか?」

「極論を言ってしまえばそうなりますね。」


まぁ色々な可能性があったわけですが、とにっこりと微笑をたたえるムヴァに、ゼフィスは息をついて肩の力をぬかし、カイはひたすらに「ええええ」と驚嘆の声を上げていた。


「けれど私達はあの時考えうる可能性の中で最もベストな答えを引きました。流れはこちらにあります。」


ムヴァの剛い声に、ゼフィスとカイは立ち上がり、三者は藍色に染まり始めた荒野を眺める。
すると、地面を削るように走る大きなトラックが、ムヴァたちにいる岩場に近づいてきた。
「リシェス兵器開発研究所」へ向かう資材運搬用のトラックだ。この時間帯にここを通るという情報も、ヴィダスタが教えてくれた。


「ムヴァ。」

「?」

「お前の素晴らしい頭脳では、この作戦の今の成功率は何%だ?」

「70%ですね。」


そいつは重畳、とゼフィスが答えると、三人は同時に岩上から飛び降り、トラックに忍び込んだ。






********




ウィィィィン・・・・と静かな震動音を立てて鎮座している「鋼の鎧」の前に佇むメイドがいた。

[109] 泰紀 > 補足:ルオディスとヴィダスタに撃たれた銃弾はカイとゼフィスのもの。仕組まれた演出です。 (2011年07月07日 (木) 23時49分)
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[107] 武人と父と 投稿者:yuki (2011年07月07日 (木) 03時20分)
 子ども達のあどけない光景を名残惜しく思いつつも、梨雪は公園を後にした。
 そのまま居住区を下っていくと、所狭しと青果屋や菓子屋が並ぶ通りに出る。目につくそれらを梨雪は片っ端から梯子してゆき、両手に持てるギリギリまでお土産を買いこんだ。
 今週は、森で暮らしている長男に会う番だ。
 周りの人は、軽い足取りで馬車に乗り込むその男が歴戦の武人であるなど思いもしないだろう。それほどまでに、梨雪の顔からは朗らかな父親の笑みがこぼれていた。


 森の中は、決して楽な道のりではない。しかし、家までの見慣れた風景を辿るうちに、梨雪の足は自然と速くなる。
 いよいよひっそりとたたずむその建物が目に入った時には、梨雪は駆け出していた。
「息子よおぉぉ!!」
 その勢いのまま肩でドアを開け、リビングへと飛び込む。

「わああああ!?」
「きゃああああ!?」
「うああああ!!?」
「ん?」

 いつもの聞き慣れた希鳥の悲鳴に重なって、聞き慣れない叫び声がいくつも聞こえた。
「おや、客かな?」
 改めてリビングを見回すと、先ほどの梨雪に驚いたのか何人か家具の後ろや人の後ろへ逃げてしまっている。
 少し申し訳ないことをしたと思いながら、梨雪はテーブルの上にお土産をひろげた。
「父さん、お帰りなさい」
 梨雪を手伝ってお土産を整理しながら、希鳥が苦笑する。
「ああ、ただいま」
 つられて、梨雪も苦笑いになる。
「なんなんだよも〜……この人が言ってた父さん?」
 隠れていたソファの裏から、ティマフが顔を出す。ユキに至っては、ディプスの後ろに隠れて小さく震えていた。 
 ちなみに、ディプスはなぜかちっとも驚いていなかった。
「そうだよ。ごめんね、驚かせちゃって」
「別にいいよ。……性格が予想の斜め上をいってたけど」
 それを聞いて、希鳥は安心したように少し笑った。
「父さん、紹介するよ」
 希鳥がティマフ、ユキ、ディプスを紹介し、同じように梨雪を3人に紹介する。
 ティマフ、ディプスはそれぞれ梨雪とあいさつを交わしたが、ユキは相変わらずディプスにしがみついて震えたままだった。
 梨雪が謝ろうと声をかけても、より一層怯えてしまうだけだった。
「ユキー、梨雪は悪い人じゃないぞ? 俺が保証する」
 ディプスがユキの頭を撫でてなだめるが、ユキは声にならない小さな悲鳴を上げるだけだった。
 あまりの嫌われように、落胆した梨雪が部屋の隅でのの字を描く。
「わし、そんなに怖い顔じゃったかのぉ〜……」
「いやー、そこまで怖くはなかったけど……」
 ティマフがフォローを入れるが、さほど状況は変わらなかった。
 なにか出来ることはないかとおろおろしていた希鳥が、何かをひらめいたように「あっ」と声をあげた。
「そうだ、父さん。この子、村が襲われて兄弟と離れ離れになっているんだ。首都の方でそういう話とかきてない?」
 その話を聞いて、梨雪の顔色が変わる。
「まさか……」
 ここ最近で、思い当たることは1つしかない。はっとなって梨雪がユキを見ると、彼女はまだディプスの後ろで震えていた。
「……プレアデスの子か?」
「っ!!!」
 ビクッとユキがひときわ大きく震える。
 しかし梨雪には充分な答えだった。
 事情のわからないディプスと希鳥が、首をかしげる。ティマフは何か察したのか、様子の変わった梨雪を眺めているだけだった。
「おっさん、ユキの村について何か知ってるのか?」
 ディプスが尋ねる。
「ああ、知っておるとも」
 喉の奥から絞り出すような声で、梨雪は頷いた。
「しかし、話は少しあとにしてくれぬか?」
 まるで痛みをこらえているような梨雪の表情に、ディプスも思わず無言で頷く。
 ここでユキに近づいたとして、きっと彼女を更に怯えさせてしまうだろう。梨雪は部屋の隅にいたまま、床に両手と両膝をつき、頭を下げた。深く、深く、さながら許しを乞う様に。
「謝っても許せるものではないだろうが…………すまなかった」
「と、父さん?」
 いきなり土下座をした梨雪に、希鳥が戸惑ってユキと梨雪を交互に見る。

「……どうして……」

 ぽつりと、小さな声がした。今にも消えそうな、震えた声だった。
 わずかに梨雪が顔を上げる。いまだ震えて、泣いているユキと目が合った。

「……どう、して……?」

 震える声で、再びユキがつぶやく。
「……すまない」
 そのつぶやきに対する答えを、梨雪は持ち合わせていなかった。

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[106] 番外編〜フィエルテの民〜 投稿者:泰紀 (2011年06月28日 (火) 03時00分)
王政国家フィエルテの城下町にて・・・・。


「やーいやーいぼくらくきぞくー!」

「ぼっつらくー!ぼっつらくー!」

「ねぇねぇボツラクってなにー?なんでボツラクしたのー?」


フィエルテの城下町は身分ごとに三層に分かれている。
そこの二層目・・・すなわち二級国民である平民の住居区にある一つの公園で、ワカm・・・深緑のウェーブがかった髪を持った子供が、何人かの子供に囲まれてそのようなことを言われていた。
緑の子供は何も言い返せず、じっと涙をこらえている。五歳くらいだろうか。


「なんかいえよぼつらくきぞくー!」

「うぅ・・・」

「あー!コイツなくぞ!」

「なきむしよわむしぼつらくきーぞくっ!」


俗にいういじめである。いじめてるほうも、いじめられてるほうもまだまだ小さな子供だった。
きっと自分が何をしているのか、どうしてこんなことをされるのか良くわかっていない。
それでも緑の子供のほうは貴族としての教育を受けていた。今こうして自分をいじめている相手(平民)からこういうことをされるのは許されないことだというプライドだけがあった。
そして「ぼつらく」した今、こうしていじめられてる状況はどうすることもできないということも。
そうして、少し濁った碧の瞳からじわりじわりと涙が溢れてきたその時。



「「「「「まてーぃ!!!!!」」」」」



それを阻止する声が同時にいくつも響いた。
緑の子供と、それを囲んでいた子供達が、声がきこえたジャングルジムの方を振り返る。
ジャングルジムに危なくも立っている影はどれも小さい。自分達と同じ歳くらいの子供だ。
かちり、と一際小さい影・・・そばかすがトレードマークの子供だ・・・が、ラジカセのスイッチを入れると、軽快なBGMが流れ出した。


「あくのはな!かれんにさく!」


ミリタリールックの銀色の髪の男児が最初に叫ぶ。


「あざやかないろどりで!」


そのドレスでどうやってジャングルジムに昇ったんだと問いただしたくなるような女児が動く。


「まわりのあわれなざっそーは!」


長すぎる水色の髪を持った女児はふわふわと浮かんでいる。


「あー・・・よ、よーぶん・・・となり・・・くちてゆく・・・・。」

「ちょっとディグ!ちゃんとゆってよ!」


もじもじと気恥ずかしそうに喋る身体の大きな男児に、まるで羽飾りをつけたような髪形の男児が怒る。


「・・・っと、とにかく! われら『マリヴィンいっぱ』、けんざーん!!」


そしてあまり尺がないのか終わりそうになるBGMに間に合わせようと、ジャングルジムの一番上の一番真ん中を陣取っていたねこみみバンダナの女児が、そう仕切ってポーズを決めると、他の子供達もそれに合わせて思い思いのポーズをした。
ちなみにジャングルジムに登れずに下にいた三歳くらいのそばかす男児はよく解っていないのか鼻を垂れていた。

その一連の流れをしっかり見てしまったいじめっ子たちといじめられっ子は、ぽかーんと同じような顔をしている。


「・・・ここはあくのそしき『マリヴィンいっぱ』の領域(テリトリー)です!ここであくじをしていいのはわたしたちだけなんです!」

「・・・・おい、いこーぜ。」

「うん・・・。」

「あーこらまちなさい!まだはなしはおわってません!」


毒気を抜かれたのか、呆れたのか、いじめっ子たちはすたこらを退散していく。
威勢よく叫びながらも、よじよじと小さな手足を使ってゆっくりジャングルジムを降りる子供たち
がそれに追いつけるわけもなく、しっかり全員が降りたころには、緑のいじめられっ子だけが残されていた。


「・・・ふふふ、われらきょあくのおそろしさににげたか・・・・。」

「ちっこー。」

「マリヴィン!チェダーがおしっこだって!」

「アダムスくんつれてったげてください!」

「らじゃー!」

「あー。」


なおも喧しい『マリヴィンいっぱ』を呆然と見つめるしかない緑の子供。先ほどの「チェダー」という男の子と、なんだか視界の隅でもじもじしてる「ディグ」という少年以外はみんな自分と同じ歳くらいだろうか。
そんなことをぼんやりと考えていると、さて、とリーダーらしきねこみみバンダナの子供がこちらに向き直る。


「じこしょーかいがおくれましたね。わたしはマリヴィン!」

「アカメ。」

「ローズよ。」

「ヴィルジールだ!」

「でぃっ、ディグレイヴ・・・・。」

「そしてわたしたち『マリヴィンいっぱ』はここらをしはいしているあくのそしきなのです!」

「ちょっとまてオレをスマートにぬかすんじゃない!しかもオレだけセリフないじゃん!スマートじゃなーい!」

「あれれ〜?バクストンいたの?」

「ちくしょー!!」


「・・・つまり、ここらであくじをしていいのはわたしたちだけ。あなたをいじめていいのもわたしたちだけなんですよー、うふふっ!」


後ろで騒ぎ出した団員をちらりとみやってから、マリヴィンは緑の子供と向き合ってそういった。
対して子供は後ずさる。助けてもらえたと思ったのに、と少し寂しい気持ちになったけれど、自分をいじめてくるヤツらの前で情けない姿を見せたくない。


「たーだーし、わたしたちの『なかま』になるなら、はなしはべつです。」

「・・・へ?」


まさかの提案に素っ頓狂な声を上げる緑の子供に、マリヴィンはにっこりと笑って手を差し伸べる。
気付けば外野で騒いでいた他の子供達も、自分に興味津々といった風に注目しているのがわかった。
よくよく見ると子供達の服装は本当にそれぞれで、ここを住居区とする二級国民(平民)以外に、みすぼらしい三級国民(奴隷)や、逆に華やかなドレスの一級国民(貴族)が混じっていた。
それは階級の差をずっと教えられてきた緑の子供の目にひどく新鮮に映った。
いじめられたくなかったし、屈託の無い笑みや視線を向けてくるそいつらに悪い印象は抱かなかった。


「・・・ワルス。」


こういうとき、なんといえばいいかは学んでこなかった緑の子供・・・ワルスは、名乗りその手を握り返すしか出来なかった。









気晴らしに街に下りた梨雪は、ふと通りかかった公園に目をむけた。
そこでは平民や貴族、奴隷の子供たちが入り混じって、楽しげに遊んでいるのだ。
その様子を困惑気味に見守る大人もいれば、梨雪のように微笑ましく見守る大人もいる。
身分の差など知らない子供達。過去の因縁を知らないあのような子供達が、これからのこの国の未来を作り変えてゆくのだ。


(・・・民はかわってきている。)


なのに、上は何も進展(かわ)らない。この変化が少しでも国に伝わればいいのに。
公園の子供達に近づく黒髪の男がいた。姿からして貴族だが、どうやら己の子供を迎えにきたらしい。
その貴族の男は薔薇のドレスを纏った女児を呼ぶと、その女児と遊んでいた他の子供達にも差別無く笑みをむけて菓子をくれてやっていた。


(・・・変えなければ。)


そうだ、伝わればいいのにと願うだけでは駄目なのだ。自らが行動しなければならない。
奴隷という環境で酷い扱いを受けてなお明るく振舞うマルシェや、力を求めることに取り憑かれたエーヴェルト、それ、これからを生きる目の前の子供たちや、我が子供達のためにも。


(・・・それには矢張り、戦争に勝って終わらせなければ・・・・。)


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[105] 台所将軍の出陣 投稿者:cell (2011年06月28日 (火) 01時25分)
厨房担当の朝は早い。
大体は日が昇る前、場合によっては前日から仕込んでおかなければいけない。
食事は部隊ごとにある程度分かれて、其々の部隊ごとに作る。
厨房の担当はほぼ日替わり、10から15人くらいの班を組んで調理に当たってる。
決まった献立はあるわけでなく、自分たちで考える必要がある。
まあ、もう考えてあるからそう慌てることもない。
ん、そういうわけで今は大体3時ぐらいか。
さて、さっさと着替えて厨房に行くか。



厨房は広い。
部隊ごとに分かれてるとはいえ、数百人の兵卒に食わせるわけだ。
焼き場は十数箇所。水場も大きいのが4つ。仕込み台に切り場が各3つ。
オーブンも大型のが4つある。
無論、食堂もでかい。これでもかと椅子とテーブルが並ぶ様子は壮観だ。
俺はこの誰もいない厨房と食堂の、このシンとした空気が好きで、いつも一番乗りでやってきてしまう。
「ん〜・・・・・・さて、と」
いつまでも突っ立っているわけにもいかない。
始めるか。
朝は・・・
バターライスに若鶏のソテーアリス風。
具沢山の野菜スープにグリーンサラダヴィネグレットソース。
後はバターロールにバケットか。



ん、足音がするな。
山の向こうが微かに白んできているか。
んー、早く来てくれるのはありがたいんだが・・・。
「俺が一番乗りだー!」
「私が一番よー!!」
毎度毎度扉が壊れんばかりに入ってくるな。今度直させるか。
「ん、残念だがまだまだだ」
「「ってアスルさんいたし!?」」
「ん。へばっている暇があったら始めてくれ。」
「「は、はい!」」
いい感じに慣れてきてくれてるな。
後釜になってくれればいいんだがな・・・。
いや、俺みたいになってしまっても困るが。



そんなこんなで最初の山を越える。
厨房担当の朝飯は他の兵たちの食事が終わった後だ。
まあ、片付けはそこまで大変ではない。
皆が皆見事なまで綺麗に食ってくれるものだから苦労する皿洗いが楽で済む。
味も申し分ない。
クリーミーなソースで煮込まれた鶏肉はふんわりとやわらかく、口に含めば肉汁とソースがよくマッチする。
このソースがバターライスにもバケットにもよく合ってくれる。
サラダにかかっているドレッシングも申し分ない。
スープも素材の美味さが良く引き出せてる。味付けも程よい感じだ。
アルベルトとカタリナにやらせてみたが・・・この調子なら、スープはもう少しで任せられそうだ。

まあ、そんなに悠長と食べている時間もない。
今度は昼食の仕込みもしなければならないからな。

「エンリコ、昼食の食材はどうなってた?」
「大丈夫だ、問題ない。ただ、夕食の分は少々足りそうにない。買出しに行くか?」
「ん、いや、俺が行っておこう。昼食の仕込みは大丈夫だな?」
「大丈夫っすよ!俺がいますから任せてくださいよアスルさん!」
「アルベルトが言うと不安なんだけどねー」
「何だとカタリナ!? やるか!?」
「いいわ、望むところよ!」
「まあまあ、そこまでにしないか二人とも。」
「「ユーリは黙ってろ(て)!」」
「おっと。いや、参ったな。ハッハッハ・・・」

やれやれ、賑やかな奴等だ。
こんな奴らだから、俺も戦いたくなる。

「ん・・エンリコ、暫く頼むぞ。」
「任せておいてくれ。伊達にあんたと厨房に立ってないからな。」
「ん、心強いな。行って来る。」



さて、食材の他にも、色々と仕入れてくるか。

厄介なお客の対応のためにもな。


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[104] 投稿者:かやさた (2011年06月27日 (月) 21時16分)
「キャットちゃん、お茶が飲みたいわ。」
「…いれてくる。」

レインは日中は教会内で錫杖の制作をしている。そういう時のユカリスの仕事は、飲み物をいれたり、ゴミを捨てたりの雑用だ。ここではユカリスはレインに猫(キャット)ちゃんと呼ばれている。最初は戸惑ったが、もう慣れた。レインが猫ちゃんと呼ぶのは理由がある。

「そいつは誰だ、レインベリル」

初めて顔をあわせる番兵は必ずそう尋ねる。

「話せば長いのよ〜、えっとねえ、うちの父方の祖父の娘さんの旦那さんの妹の子供の従姉妹の……」
「あー、もういい。遠い親戚というやつだな。で、何故ここにいる。」
「それが、かわいそうなのよ〜。キャットちゃんのお母さんが病気になっちゃって寝たきりで……」

そうしてレインは、大げさにハンカチを取り出して、すすり泣きを交えながら、よくある俗っぽい芝居のような話をでっちあげていく。長くなりそうな気配に、門兵はうんざりとした表情を見せ、レインを無視してユカリスに尋ねるのだ。

「名前はキャットというのか?」
「本当は、キャス……。まだ、覚えてもらえなくて…。」

もちろんキャスもキャットも偽名だ。キャットはレインベリルのいいかげんさを演出する道具なのである。

「…なるほどな。身分証は?」
「道中失くすといけないから、荷物の中に入れて先に送ったんだけど、その……おばさん…なくしちゃったみたいで……。」

そこまで話すと、門兵は、なるほどなるほど、まあこのレインベリルだものな、と訳知り顔で頷いて。お前も苦労するな、がんばれよ、とか、あんまりうろちょろするなよ、と言うだけで身分証無しで入れてくれるのだ。
全て、レインが考えた作戦だった。

ユカリスがいれた暖かい紅茶を飲むと、
「しばらく用事は無いから、自由にしてていいわよ」
と言って、レインはユカリスを部屋の外に出した。

時々、こうして部屋を追い出される事がある。休憩時間をあたえているつもりなのか、それとも一人になりたいのか。たぶんその両方だろうな、と思いながらユカリスは歩き出す。門が開かれているところなら何処に行っても特に咎められる事は無いのだが、1時間ほどすれば、またレインに呼び戻されるので、遠くには行けない。
どこに行こうかと考えているうちに、足は自然と教会の祈りの間へと向かっていた。
なんとなく、あれから何度か訪れている。声は未だに聞こえているが、最初の時ほど警戒はしなくなった。どこから聞こえてくるのかはわからないが、これはそういうものなのだろう。
ぼんやりと、神の像を眺めるユカリスの肩を、誰かが軽く叩いた。

「やあ、お嬢さん。またここに居たのか。」
「あ………こんにちは、ルティカ」

神の像の前で、二人はぺこりとお辞儀をした。
先日、突然レインの家を訪ねてきたこの男は、どうやらレインとは旧知の仲らしい。時折、家を訪ねてきたり、日中教会内で顔をあわせることもあり、今では気楽に挨拶を交わす程には親しくなっている。

「きみの『おばさん』から、預かり物があってね。」

そう言い、ルティカが差し出したのは、真緑の封筒だった。手紙だろうか。表にラメ入りのペンで『キャットちゃんへ』と書かれていた。ユカリスは首を傾げながら封筒を受け取る。口で言えばいいのに、何故わざわざ手紙など書いたのだろうと訝しみながら封を開けると、中には10万ヴェルツと手紙が入っていた。手紙を読み進め、ユカリスはどきりとする。

-----------
まず最初に、この手紙は誰にも見せないこと。
そして読み終えたら、家の暖炉にくべること。

お金は、ユカリスが今まで働いた報酬と、少しだけどお小遣いです。
明日は休みにするから、必要な物があれば買いなさい。目の前に居る
おじさんが、商店街を案内してくれます。それから、装備品、特に武
具がどこに売っているかという馬鹿げた事は、街の人には聞かないこ
と。貴方だけじゃなく、一緒に居るおじさんも私も、危険思想の持ち
主として僧兵に捕まります。
くれぐれも、人の迷惑にならないように。

レインベリル

追伸:それから、ルティカさんは信頼できる人です。
わからないことがあれば、おじさんに尋ねなさい。
-----------

服を買いたいとしか、言わなかったはずなのに、ユカリスの欲しい物は見抜かれていた。

「私がエスコート役では不満かもしれないが」

そう言って柔らかく笑うルティカは手紙の内容を知っているのだろうか。

「迷子になったりはしないで欲しい。私はレインをがっかりさせたくはないんだ。」

おそらく知っているのだろう。
お金は手に入った。ユカリスにはサバイバル知識もあるし、武器は既に持っている。事実、食料や必要な物を買って、ルティカをまいて街から出ればどうだろうかとちらりと考えた。だが、やんわりと釘をさされてしまった。ただし、ルティカに言われなくても、実行に移したかどうかはわからない。レインの恩を仇で返すような真似をしたくはないし、何より土地勘の無い自分が、この男をまくのは困難だ。

「…………うん」

ユカリスは小さく返事をした。

「それじゃあ、明日はよろしく頼む。」
「……よろしくお願いします。」

会った時と同じように、ぺこりと互いにお辞儀をした、その時だった。


――ここで、祈りを捧げなさい。さすれば、汝の願いは叶うだろう
――懺悔室の聖像に祈りなさい。さすれば、光の道が開けるだろう


いつも聞こえているものとは、別の言葉が聞こえてきた。驚いてユカリスは顔をあげる。顔を上げれば、やはり声はただ「ここで祈りなさい」と言うばかりだ。もしやと思い、お辞儀をしてみると、声は「懺悔室に行け」と促す。顔を上げれば、いつもと同じ言葉が聞こえる。

「どうした?」

何度もお辞儀をするのを、訝しげに見つめるルティカと目があって、ユカリスは不意にレインの手紙の最後を思い出す。
わからないことがあれば、おじさんに尋ねなさい。

「ルティカ、この声は……何?」

「…………声?何の事だね?」

『声』は、ルティカには聞こえていなかった。

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[103] 時化の予感 投稿者:cell (2011年06月27日 (月) 12時13分)


「後は気合いや」


川を滑る船上から滑り落ちる箱舟。

命を拾うためであろう箱舟は、しかし、命がけの物になってしまったかもしれない。


「死んだり・・・せぇへんよな?一応細工はしてあるし・・・」


貨物庫から甲板へ。

小気味良い音を刻みながら一気に駆け上る。


「若女将ー!ギミック無事に作動したようです!」

「ほんまにー?せやったら大丈夫やなー!」


見張り台から声が届く。

無事に鳥は籠から解き放たれたようだ。




話は数日前に遡る。
親友のヴィダスタから急に相談を持ちかけられたのだ。
普段は頼みごとをするようなことが殆どないので、驚きを隠せなかった。


「それで、どうしたんや頼みごとやなんて。ヴィダちゃんが頼むんは珍しいなぁ」

「実はな・・・ちょいと、鳥を逃がしたいんやけど手伝ってくれへんかなーと思うてな」

「・・・・・・鳥?」

思わず聞き返してしまう。
が、ヴィダスタがそんな普通の鳥を逃がすことが出来ないような人であるわけでもなし。
そう、この鳥は、即ち。

「ははぁ・・・またおせっかい焼いたんか?」

「まあそうなんやけどな・・・」

「なんや、何かあったんか?」

「いや、そういうわけやないんやけどな・・・なんか、助けてやらなあかんっちゅうか、放っておけんっちゅうか、引き寄せられたっちゅうか・・・」

珍しい。
お節介を焼くのはいつものことだから慣れっこではある。
のだが。

「珍しいなぁ。そうやって首突っ込むんはいつものことやけど、なんや運命めいたこと言うやなんてなぁ」

「え、ええやないか別に!」

「あっはは、いやすんまへん。ほな、やるか?」

「やるって・・・なにをや?」

「決まっとるやろ?鳥を逃がすんや。出発は――」





こうやって話をしたのが昨日の夕方。
出発は今朝方。
既に日は頂点を回り、今は下がり始めている頃だ。


「若女将、風向き変わりました!向かってきます!」

「帆ぉ畳みぃ!ここまできたら水流でいけるやろ!動力炉、どうや!?」

「万事問題ないわ!何時でもいけるわよ!」

「おおきに!一応何時でも動かせるようにしといてな!」

船上が少しだけ慌しくなる。
風を普段の主動力とするだけに、そのあたりは非常に気になるところである。
とはいえ、そこはリシェスの商船。
それに対する備えも、見えないようにしてある。



「それにしても・・・」

今回出立する前、母に言われた言葉が脳裏をよぎる。


『雲行きが怪しいなぁ。嵐に気をつけなはれや。』


「・・・なんもおこらなええんやけど・・・」

雲ひとつない、晴れ渡った空を見上げた。



時の流れに、嵐に向かって運ばれながら。


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[102] 朝練 投稿者:はくろ (2011年06月24日 (金) 23時20分)
「ま、マルシェ!こらっ!!」

マルシェが第八隊に配属されてから、一夜が明けた朝方のこと。
宿舎の片隅に設置された訓練所にて怒声が響いた。
まだ人は第八隊の面々しかおらず、隊員たちは一斉に怒声のする方を振り返った。

「ん?」

怒鳴られてる当人はきょとんとした顔で、見た目そんな歳の変わらない新しい上司を見上げる。
そして、目の前に積みあがった兜やら木刀やらのタワーの前に彼を連れてくると、にんまりと笑うのだった。

「凄いでしょー!最近ので一番傑作だと思うんだコレ!芸術作品だよ!」
「あのな、うん、凄いとは思うけどな……せめてウチの備品でやってくれ………」

わなわなと肩を震わせる上司ことエーヴェルトは、頭を抱える。
と、周りの部下たちから、ざわめきが聞こえ出す。

「ビヒン?なんそれ」
「備品というのはな、我々第八隊が所有している物品であって、隊員が自由に……」
「うん、わかんね!3行で説明して!」

周囲の視線が痛いが、気を取り直して備品について説明を始める。

(3行?なんだそれは、3行に渡って説明すればいいのか?それならさっきのでも……)

「わかった……とりあえずここに8のシールがはってあるものは使ってもいいということだ」

と、考え込むが、先程の説明よりもわかりやすいように自分でまとめて説明する。
今度は大丈夫であろうか?

「なるほど……よし、じゃあこの8のビヒンで天井までのタワー作るわ」
「うんうん、ってどうしてそうなるのだ!!もっと技の修練だの基礎練習だのするべき訓練があるだろう!」

マルシェが理解してくれたようなのでよかったよかったと思いつつ、
咄嗟になんでやねんと漫才芸の如く右腕が出た。

思えば、こういうやり取りをツッコミというのだろうか……
心のどこかに懐かしいような胃が痛くなるような、それでもとても暖かい安らぎを感じた。



「なあ、今日の隊長おかしくね?」

その光景を見ていた部下の一人がふとこんなことを口走る。
物静かというか暗いエーヴェルトが声を荒げて怒鳴ることは珍しいし、怒ってもどちらかといえば黙り込むタイプという認識が強かった。
更にノリツッコミをするようなタイプにも見えない。

やはりあの新人騎士、マルシェのお陰であろうか。

「いやなんか、もっとやつれてて暗かったような……薄幸オーラ出てたし」
「あと刺々しいというか余裕ないとこもありましたよね。まあ、悪い人じゃあないんすけど」
「このまま病んじゃうんじゃって思ったこともあったな」
「なんというか、不平不満を溜め込みすぎて爆発したらやばいとかも言われてたな」
「ほうほう、隊長っていうか騎士って大変なんだなー。アタシも気をつけよ」
「そうですよー、私なんてガチで短刀向けられましたからね。気をつけて下さいよ」

他の部下たちがこう返すと、言いだしっぺである部下はうんうんと頷いた。
さりげなく訓練していたアコルデとリトスも、そして先程まで隣に居たマルシェも合わせて便乗している。

更に話を聞いてみれば実際頼りになるし悪くない上司という認識ではあるようなのだが、
暗いだの刺々しいだの、病みそうだのダークサイドに転落しそうだのと部下の前でそんな姿を披露していたことにエーヴェルトは恥ずかしさを覚える。
ダークサイドの辺りでまた何か黒歴史を思い出すような感覚に駆られるも、恥ずかしさの方が上だった。

「はぁ………」

再びため息をつく。
いつものようにただどんよりとした澱んだ気持ちになるのではなく、少しだけ暖かいようなものを覚えていた。
そして、あ。やべ、聞かれてたと言う声と共に訓練に戻る部下達に歩み寄る。

「さて、私も混ぜてもらおうか」
「え、ええ!?隊長どうしたんすか?熱でもあるんです?」
「頭でも打ったんじゃないんですか?」

柄にもなく、こう告げると、部下達の中で一斉にざわめきが広がった。

「な、なんだその反応は!い、いいだろう!?たまには!」



午前7時、今日も王宮騎士団の隊員たちの一日が始まる。

昨日藤桐軍師からマルシェを預かってから複雑な心は収まらない。
とはいえ目の前で他の隊員達と騒ぐ彼女はなんだかんだいって、隊に溶け込めているようだ。
よかったと思いつつ、今日は自身もその輪に混ざってみることにした。

こんな日も悪くないと思った。

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[101] デロデロテブン 投稿者:torame (2011年06月24日 (金) 03時12分)
「そのまま聞いてね」

隣に座っているフィエルテの密偵は、左腕で頬を突きながら、右手首をナームだけに見えるよう曲げていた。
スーツの袖口には、鈍く光る筒。先ほど宿舎で使用した仕込み銃だろう。

「動けば撃ちます。この射程なら弾は肋骨に当たっても、ちゃあんと骨を砕いて心臓にハマってイっちゃうだろーね、ん?」

先程の笑顔から表情を変えずに、物騒な内容を話すワープ。
周囲の喧騒にかき消され、ナームですらその内容は少し聞き取り難かった。
周囲が二人の異変にまるで気づかない仲、ナームの恐怖心と鼓動が加速する。

「にゃっ、にゃああ…(落ち着け、こんにゃ、こんにゃ人ごみのなかで撃てるワケないにゃ、こんなの)」

「威しに決まってるのにゃあ」

「!」

頭部の包帯に染みずに流れ出した冷や汗がポタ、と膝に落ちた。
思わずワープの方を向くナーム。
相手はやはり、表情を変えず不気味に笑っている。

「まあ当たらずも遠からずも当たらずも…いやあ、とりあえず立ってね。一緒に来てほしいからさ」

「うにゃ…」

「こら」

そっと立ち上がろうとすると、怒気は無く殺気だけが篭ったワープからの怒号が飛ぶ。
だと思えば、次はケラケラ笑い出した。

「言っとくけど逃げようとしてもダメだからね」

そのまま立たされ、拳闘場の客席を後にした。
一体何処に連れて行かれるのか、人気の無い場所での始末、拷問、ナームの頭はそんな言葉がすぐに溢れ出した。
密偵が敵国に捕まった時の運命など大体決まっている。良くて投獄、悪ければやはり始末。
何にせよ拷問は避けられないだろう、と考えれば考えるほど、自慢の俊足が発揮出来るテンションと状況で無くなって行く。
歩を進めるに連れ、夢中で走り、よく見ても居なかった来た道を戻っている事が分かった。
自分が潜んでいた石造りの大きな建物、フィエルテ騎士団の宿舎が見えて来たのだ。
途中、ナームの両手は背中越しに拘束されている。人通りが少なくなった辺りで何故かワープが所持していた工業用ゴムで縛られた。
あまりにも強靭な為、歩く事を阻害するまでには至らないが、背中に回した腕が痛む。

「よっとぉ」

「にゃっ?」

ワープがナームの体を押し出し、門扉を開かせる。

「にゃっ、やめ、にゃああぁあ?!」

扉は木造の割りに意外と重く、そのまま乱暴に、女とは思えぬ怪力で扉に押えつけられ、呼吸が苦しくなった所でようやく開いた。
勢いのままにすっ転び、玄関の床板に突っ伏すナーム。

「っつ…」

鼻血がたらりと垂れて来た。
しかしそれでも、ナームの胸に興るのは反発や怒りではなく、次に行われる事への恐怖が色濃い。
背後の女の異様な俊足と殺気と、この先に待つ拷問から逃れる方法を考える心も、段々恐怖に押されてきている。

「よーこそ、ってほどのトコでもないけどね。アタシの家じゃねぇしね。ホラさっさと立ちな」

「にゃうぅ…」

その頃、出兵していないうちの一人か、宿舎に残っていた兵士が音を聞きつけてやって来た。

「な、何事だ!ここは騎士団の宿舎なるぞ!!」

年若い、まだ経験の浅そうな兵士だった。
態度の所々にこちらの一見異様で威圧的な様子に少し怯んでいるのが表面的に見て取れる。
構わずナームの手首から伸びるゴムを引っ張り、立ち上がらせるワープ。

「あ、お構いなく…ってワケにも行かないんですけどね。スパイ捕まえたんで、上司の…あぁ、ライマーさんとかでいっかな。とりまー処遇決めて下さい。」

「は、え…スパイ?!」

スパイと聞き、まるで予期せぬ事態だったからか、目に見えて慌てる兵士。
「これは相当な新人クンかな」と考えたが、とりあえずはこの猫間者をグルグルに、それこそあの小さな体に戻っても抜けられないほどに巻いて然るべき場所に放り込む事を考えた。

「じゃ兵士さん、行きましょっか」

「む、むう。分かった!」

間者を殆ど簀巻きのようにした後、兵士とワープは宿舎内の上司の待つ場所、執務室に向かった。
ナームが縛られる前に子猫に戻ればよかったと後悔したのと、兵士がワープの身分を聞きだしたのはまた後の話である。

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[100] ご対面 投稿者:かやさた (2011年06月24日 (金) 01時20分)
「手っ取り早く、お金を稼ぎたい……?」

言ってから、ユカリスはしまった、と思った。焼きたてのパンにジャムを塗る手がぴたりと止まり、アイラッシュに囲まれた目が剣呑な光を帯びたからだ。指輪だらけの手を眉間に当てて、レインベリルはふーっとため息をついた。

「何が欲しいの?」
「…………服とか、その、借りたままじゃ悪いし。」

装備品が欲しいことは言わなかったが嘘はついていない、とユカリスは自分に言い聞かせる。しかし、何故もっと警戒しなかったのか。この国に居を構えているのだ。派手な見た目とは裏腹に、熱心な信徒かもしれない可能性を考えなかった自分を、ユカリスは呪いたくなった。気まずい沈黙が続く。サク と、トーストをかじる音がやけに大きく響いた。

「あのね」

何を言われるのだろう。話し始めたレインベリルの声に、自然と肩が竦む。

「お金は手っ取り早く稼げる物じゃないわよ。すぐに、大量に、手に入れたいというのなら、それなりにリスクを伴うの。わかってる?」
「……それは、わかってる。けど、一生懸命働くつもりだし……。」
「なら、いいわ。」

嘘をつけと責められるでもなく、物欲云々と説法を説かれるでもなく、ごくごく当たり前のことを言われただけで、ユカリスはほっと胸をなでおろす。それと同時に、ますますレインベリルのことがわからなくなった。夜中にうろついても何も言わないかと思えば、母親のような説教をする。親切ではあるのだろうが、行動の意図がつかめない。

「残念だけど、この辺の人たちは基本的に自給自足なの。商業も発展していないし、それに、教会の発行する身分証を持っていない人物を雇う場所は無いわ。」
「……そう。」

ユカリスはしゅんとうなだれる。ウエイトレスや、皿洗いなど、誰でもできそうな仕事は少ないのだろう。何より、教会発行の身分証など、他国出身のユカリスは持っているはずもなかった。表情こそ変わらないものの、絶望的な気持ちに食欲が失せる。
ユカリスは、かじりかけのトーストを皿に置いた。

「だから、そうね。私が雇ってあげましょう。」
「…え?」
「ちょうど最近忙しくなって、手伝いが欲しかったところなのよ。
 日給6000ヴェルツ。住居、食事付き。悪い条件じゃないはずよ。」
「いいの?」
「今日はとりあえず、食べたらちょっと休みなさい。明日から働いてもらうからね。」

言いながら、レインベリルは温かいチャイをユカリスに差し出した。
トーストを頬張りながら、ユカリスはもごもごと ありがとう と言った。



それが数日前のできごとである。

仕事は皿洗い、掃除、レインベリルが錫杖の制作をしている間の雑用などで、最初の二日は、家での物静かなレインベリルと、頭のねじが緩んでいるように振る舞う女とのギャップについていけずに苦労した。しかも、彼女はなかなか忙しく、話すことはほとんどが用件のみで、未だにどんな人物なのかはよくわからない。仕事の内容も、言われないし、聞いていない。
ただ、家の外では、何故かは知らないが、激しくキャラを作っている ということはわかってきた。

だからユカリスは、見知らぬ男がぞんざいなノックで返事も待たずに入ってきた時、

「やぁん、も〜、いきなり入ってこないでよ、やらしいんだからぁ☆」

などと、レインベリルが反応するものだと思ったので、裸体にタオルを巻いたのみで、緑の髪からぽたぽたと雫をたらす風呂上がりのレインベリルが

「来るなら来るで、一言連絡を入れてほしいものだわ」

と普通に怒ったのには、心底驚いた。

「これはすまない、取り込み中であったか。そうかそうか、ついに君も身を固め……たにしては、子供が大きいな。」
「まったくもう!この際だから言うけど、なんでノックもしてくれないの」
「……したよ、ノック」

話に割って入ったことで、レインベリルとルティカが同時にユカリスの方を振り向く。

「あの……レイン、…………お友達?」

レインベリルは濡れた頭をぐしゃぐしゃとかき、めんどくさそうに鼻を鳴らした。

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