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[99] トリックスター登場 投稿者:yoshi0 (2011年06月24日 (金) 00時15分)


「どうだ、新しい人員にも慣れたか?」

「いえ、まだ連携や陣に多少不調和がでています。」

長い廊下を歩きながらエーヴェルトは藤堂に答えた。
傭兵団の一件があってから、風当たりの強くなった第八隊にもようやく人員が補充され、
新しい顔ぶれに、意気消沈していた部隊にも少し活気に溢れてきた。

そんな矢先、藤堂から「重要な話がある」と一報を受け、エーヴェルトは騎士団本部に出向いていた。
あの一件以来、騎士団本部に呼び出されては叱責と皮肉を言われ続けたエーヴェルトの内心は穏やかではなかった。
異動や降格の話ではないかと……………沈黙の廊下に耐え切れず口に出す。

「…重要なお話とは、一体なんでしょう?」

「実はお前に紹介したい奴がいてな……」
2人は大きな扉の前で止まった。扉の上に「軍師 藤堂」札が見え、彼の個室であることが伺えた。
金色に装飾された取っ手に手をかけ、開く。

「!?………これ!マルシェ!やめんか!」

「うわっ!」
ガシャシャァン!


藤堂の一喝で、絶妙のバランスで積み重なっていたトロフィーやら壺やらが崩れ落ちた。
藤堂は思わず頭を抱える。

「………」
エーヴェルトは今の一瞬で入ってきた大量の情報を整理しきれず無言になっていた。
扉の先には、部屋にあるいかにも高価そうな物品でジェンガタワーを組んでいた褐色の女。
思わず直視を躊躇いそうになる露出度の高い服。派手な頭。美人というには何か物足りなさを感じるが、悪くない容姿の女。
名前はマルシェというらしい。

ん?マルシェ?

エーヴェルトの脳裏にかすかに聞き覚えのある名前。さらに思考を進ませ、はっとした。
それと同時に藤堂が、マルシェの首根っこを持ちながら口を開く。

「今日からお前の隊に配属になる、マルシェだ。腕っ節は確かだ。頼んだぞ」

「いや、我が隊はすでに人員は十分です。これ以上は!;」

エーヴェルトが遠まわしに拒否を意を表す。
「マルシェ」という名前は他の部隊から噂できいた事があった。
「部隊の輪を乱す」「一匹狼」「問題児」「邪魔者」などと不名誉な異名を増やしながら、様々な部隊を転々としていると。


「人数が多いに越したことはないだろう。それに、これは命令だ。」

「ですが、こやつは!他の隊でも嫌われて…」
エーヴェルトはハっとして、口を噤んだ。激情に任せ本人の前で言い過ぎた。
自省しながらマルシェの顔色を伺う。

「別にいいよ。知ってるもん。とりあえず宜しく!アタシ、マルシェ!」
マルシェは笑顔で右手を差し出した。
「…………第八隊 隊長エーヴェルトだ」
エーヴェルトにその手を払いのける勇気はなかった。
マルシェが握手した腕を必要以上に上下に振るのを、藤堂は嬉しそうにただ見守った。





「転属の手続きはわしが済ますから帰って良いぞ」と施され、2人は部屋を後にした。


「新しい部隊は、やっぱり緊張するなー!でも楽しみだなー!」
マルシェは、荷物を詰めているだろうサンドバッグを肩からかけ、意気揚々と廊下を闊歩する。

その隣でエーヴェルトは深いため息をつく。
せっかく部隊に活気が戻りつつあったのに、とんだ問題児を抱えてしまった、と。
藤堂軍師は一体どういうつもりで……。
思案を巡らせるが、答えは出ない。エーヴェルトは考えることを止めた。
とりあえずこの沈黙の廊下で、できる限りマルシェという人物を探ることにした。


「ところでマルシェ。貴方の出身は?」


「さぁ?わからない。アタシ奴隷だったから。」

さしあたって、出身でも聞いて話を膨らますか、というエーヴェルトの思惑は見事に外れた。
なぜ?どうやって?騎士団に?次々あふれ出る疑問を押さえきれずにいた。
同時に心の底にある"奴隷"に対する軽蔑の心が持ち上がってくる。
そんな自分に嫌気を感じながらもエーヴェルトは必死に返す言葉を探っていた。


それに構わずマルシェは話を続けた。

「アタシずっと奴隷で、よく拳闘に出てたんだ。拳闘じゃ負け知らずで、結構強かったんだよ」
「でも、あんまり勝ち続けるから他の奴らから嫌われて、ある日集団で取り囲まれて脚を切り落とされちゃったんだ」
「いやー、めっちゃ痛かった!今のところ、あれが人生で2番目に痛かった事件だね」
淡々と話すマルシェの脚を見る。痛々しい繋ぎ目と、それを隠すように長いブーツと包帯が巻かれていた。

「それで闘えなくなって、臓器屋に売られたんだ。」
「でも、その臓器屋が違法取引で王国騎士団にしょっ引かれて、奇跡的に助かったんだ。その次の日に解体される予定だったんだよ。すげーラッキー。」
「んで、そん時に騎士団だった藤堂のおっちゃんに見つけられて、なんやかんやで今に至るわけさ!」
マルシェは悲惨な自分の人生を嘆くでもなく、同情心を煽ろうとするわけでもなく、
ただ人生の想い出を明るく語っていた。


「………そうですか。そんな事が…」
奴隷だったことを簡単に告白し、命を落としかけた事を笑い飛ばす。
3級市民ではあるが、彼女は自分よりも前向きで強い心を持っていた。
それに比べて自分はどうか?そう思わずにはいられなかった。


「どうして国王騎士団に?」
ふいに思いついた疑問を彼女に投げかける。彼女は即答した。


「皆にみとめられたいから」

「!」

その言葉がエーヴェルトの心の奥にあった感情を呼び起こす。
野心や欺瞞に満ちた心の奥。あの純白の希望に溢れる過去の自分の心。
その一言が黒く覆われたエーヴェルトの心に一筋の光を指した。そんな気がした。

「奴隷だっていうと皆嫌な目で見る。でも王国騎士団なら違う。みんな尊敬の目で見てくれる。だから入った。」
「活躍して。みんなの役に立って。認められたい。そうすれば奴隷だった自分を認めてくれるような気がするから。」
ニっと白い歯を見せた。

眼が合いそうになり、エーヴェルトは思わず視線を下げた。
マルシェの真っ直ぐな眼を見ることができなかった。眩しすぎて。今の自分の心を見透かされそうで。自分を蔑みたくなりそうで。
貪欲に力を欲してきた自分が間違っていると思ってしまいそうだった。


「でも、そんな都合よくは出来てないんだ。」
自分に言い聞かせるように呟く。

「?」

「そんな気持ちだけで人が救えるならオレ達はいらない!」

「うん、そうだね。」

「力がいるんだ。力が、権力が!じゃなきゃ誰も守れない!仲間も!家族も!民も!」

「そうだね。うん。」

否定はされなかった。マルシェはただただ笑顔で言葉を返してきた。
本当にわかって言ってるのか。自分の話を理解しているのか。ただ当たり障りのない返事をしてるだけなのか。
エーヴェルトの疑心は募っていく、しかしそのうち考えることが馬鹿らしくなって握った拳を緩めた。


廊下は途切れ、気づけば騎士団宿舎に着いていた。
空を見れば星が輝いている。星空を少し見上げて、乱れた心を落ち着かせた。


「明日の訓練は7時からだ。遅れるなよ。」

「イェッサー!」
マルシェは冗談っぽく敬礼をして宿舎に入っていった。




それを見送り空を見上げる。
第八隊。マルシェがこの部隊に幸運を齎す女神となるか。混乱を齎す悪魔となるか。
そんなことを考えながら、エーヴェルトは波乱の一日を終えた。

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[98] ころしにがみ 投稿者:林檎茶 (2011年06月23日 (木) 22時56分)
ユスティティアの朝は祈りから始まる。
まるで実体の知れない存在に依存しするというのは彼の性分でなかった。
それではまるで、煙に頬杖を突くようなものではないか。
だが、この国─宗教国家ならではの特性というべきか。
基本的に『神さえ信じていればこの国の一員であり同志』という結束が生まれる。
つまりその条件さえ整えば隣接する他の三国以上の平穏が得られるということだ。

「……今回の分、書きあがりました」
「うむ」

書き損じ、写し間違いをいかにも適当な目線でパラパラと確認する。
神への悪口でも無い限り、適当でも良いのでは無いか、とすら思った。
最も、彼は仕事をきっちりと済ましている。
下手を踏めば背信者と見做されかねない。

「けっこう。次の説法でも宜しく頼もう」
「はっ」
「下がりなさい」

司祭に、つまらなそうな顔を隠すための礼をした。

「ああ、そうだ……ついでに頼まれてくれんか」



退屈な時間をひとまず終え、町の広場にやってきた。
僧服を着てはいるが、彼は司教や司祭ではなく、また心からの信者でも無かった。
ただ、その日その日の説法や、教会内の通信、小さな子供への教本などを筆で認めるという仕事をしている。
リシェスのような大量印刷技術が無い地域に置いて、彼の記憶力と技術は重宝されていた。
彼に信仰心があったとしたらこの上ない天職とも言えた。

「……はぁ」

ため息が、それを否定している。
彼は信心深くはなかった。
このユスティティアにおいてそれは許されざることである。
現に、彼の両親もそういう人間だったからこそ─いまはもう居ない。
優しい両親だった、歳の離れた妹と弟が生まれてからも、彼自身にも忘れぬ愛を注いでくれた。


だが、彼らは死んだ。
その愛を神に向けなかったというだけで死んだ。
殺されたのだ。
高司祭とまでなった父は、教会内部の何者かに暗殺された。
彼の本音をどこから嗅ぎつけたのかは知らないが、嵌められたのだ。
女ながらも僧兵だった母は、父を殺した仇を討ち投獄。
そのまま帰ってくることは無かった。
そして子供たちだけとなった家がどうなったかと言えば。

村ごと焼かれたのだ。

自分たちだけではない、彼の父や母と親しかった村人までもが奪われた。
確かに、神が全てではないと両親は言った。
村の皆も少しずつではあるが賛同してくれた。
宗教や国の違いなど関係無い、手を取り合うことを考えよう、と。
それが間違っているとは、今でも彼は思っていない。
だが、この国はそれを許しはしなかった。

(父、母、村のみな……仇は取ろう)

完膚なきまでに全てを潰された彼は教会の扉を叩いた。
無論、屈服では無い。
復讐である。

(私は『神』を殺したい)

背信者の息子と解らぬよう偽名を使う。
顔も村を襲撃された際に隻眼となり、包帯で半分隠れていたのもあってばれずに済んだ。
それから10年。
偽りであるとは言え、信仰を誓わされたその日からずっと、彼にとって神とは仇なのだった。

弟、妹は宗教とは関わりの無い国に逃げられただろうか。
あの日からの便りは無い。
だが、それでもいい。
生きていてくれと彼は祈った。

「……復讐鬼を兄としては、辛かろう」

ユスティティアを牛耳る神の抹殺。
彼の生きる糧はそれだった。



「……しかし子供の使いのような真似までさせるとはな……」

先程呼び止められた司祭から、杖の修繕を頼まれた。
何のことは無い、先端の宝石飾りが僅かに欠けただけだ。
こんなことに自分や、修理する職人の労力を割かせることに抵抗は無いらしい。
そう思うと憂鬱さが増した。

「御免」

その職人の家の戸を叩く。
確認を取らないまま─入った。
実は彼女とは以前から交流があるのだ。
仕事場では無く家を尋ねたことから、伺えよう。
それを知ってか知らずか、ともかく付き合うのが面倒だったあの司祭は自分に頼んだらしい。
まあ変わり者ではあるのだが。
この国に『染まって』いない様子は彼に彼女を信頼させた。
それに他国の情報を─
『家族』の情報も以前から頼んではいるのだ。

「レインベリル嬢、居ないのか」
「?」

……彼女は、よもや一児の母だったのだろうか?
小柄な少女が、そこにいるではないか。

「ルティカさん?」

何故だろう、彼女の声が底冷えするような雰囲気を放っていた。

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[97] 交錯のロンド 投稿者:泰紀 (2011年06月23日 (木) 03時17分)
本当に久方ぶりの風呂に入りさっぱりしたところで、与えられた服に着替えた。
上等な絹を使った活動しやすい女物の服だった。サイズ的にも胸囲が少しきついかな程度で、それ以外はあまり気にならない。
そんなティマフの目の前には今、さも暖かげに湯気を上げる食事がある。
とろりとした玉葱のソースが惜しげもなくかけられた鶏もも肉のソテーに、バターで炒めた青菜と舞茸を添えてるメインディッシュ。甘酢でツナと煮込んだ茄子の副菜。ふんわりと卵が浮かぶじゃが芋と人参のスープ。スライスしたトマトと瑞々しいレタスにコーンを散らしたシーザーサラダ。皿に盛られたライスは炊きたてのようでふっくらしている。
いかにも美味しそうなそれらから漂う香りを嗅いだところで、ティマフはやっと自分が空腹であることに気付いた。そういえばリシェスから脱出してから何も食べてないのだ。


「あ、服ちゃんと着れたんだ。良かったぁ。妹の服のサイズが合って。」


丁寧に食器を配置してた希鳥は、風呂から上がって居間にきたティマフに気付いてそう言った。その際にも何の悪意も感じられない穏やかな笑みを浮かべる。
それにティマフは困惑を覚える。彼を疑ってるわけじゃない。罪悪感がそうさせた。止むを得ない事情があったとは言え、もとは彼の家から何かを盗むつもりだったのだから、ここまで色々されると酷く申し訳ない気持ちになる。
そんな彼女の気持ちなんて知る由もなく、口に合うと良いんだけれど、と希鳥は席に座るのを勧めてきた。


・・・こうして希鳥の家で一夜を過ごしたティマフは、翌日には希鳥に警戒するのをやめた。というかバカらしくなった。


「むしろお前がもう少し警戒心もてよ・・・。」

「?」

「いやもし襲われたりとかしたら・・・。」

「え、襲うの!?」

「いやわたしはしないけどさ! っていうか普通は性別的に逆であって・・・・ああもう!!」

「ひぃぃすいません!!!」


・・・このようなやりとりを一夜過ごすうちに何回かされてしまえばそらこうなる。
自分の身の上話をする際に、彼のことも聞いたが、どうやらやや浮世離れた生活を送っているらしく、俗に言う世間知らずな部分が多いのだろう。いや、それを考慮しても明らかに彼自身の性格のせいであるとティマフは思う。
天然か、こいつ天然なのか。確かにきれいな天然石みたいな見た目してるけど。
朝食もしっかり頂いたティマフは昨日自分が汚してしまった床を水拭きしながら一人愚痴る。
ちなみに肝心の相手は木蔭で絶賛転寝中である。






*********






「お前がリシェスへ?」

「はい。今回の任務にあたるゼフィス・メルキオールからの要望でして。 ・・・許可を。」

「・・・・許そう。お前の名は他者の畏れを一手に受けるためにある。今回もその名を知らしめて来い。」


その言葉を聞くと、ムヴァは一礼してその場から去った。
動作にあわせて綺麗に動く絹の金髪を見送り、アンビシオン参謀長官は薄く笑った。
側に控えていた秘書らしき女が、口を開いた。


「『ムヴァ』とはいえ、大丈夫ですかね。」


『ムヴァ』。彼の名前は他国に響き渡る。噂とは尾鰭羽鰭ついて広まるものだが、彼の「悪名」はもとがあってこそだというのは、何よりも自国において彼を見てきた者だからこそ知りえることだ。
強く、美しく、恐ろしい。


「さてな。成功すれば更にあいつの名という壁を他国に広げることが出来るが。」

「『ムヴァ』が無くなった時に、他国の連中が付け上がらなければよろしいのですが。」

「なに。そうやって思い上がったところに隙が出来る。もしかしたらなめてかかってくるやもしれんから、それはそれで好機というものだ。 ・・・あやつの名は、本人が生きていようといまいと影響を及ぼしてくれる。その為の存在なのだよ。」


所詮最初の壁一枚が壊れたところで、幾重の扉と壁があり、更にその遥か向こうにある堅城の中身がばれることも揺らぐこともない。






*********






朝が早いうちは森中が霧に包まれて視界が悪くなるから、ということでディプスとユキは日が高くなってから森へ進んだ。
森に茂る木々は背が高いものの間を縫うようにして、低い木が立っていたり、長い年月をかけて朽ちた大樹が横たわり道なき道を遮る。
獣や虫ならいざ知らず、とても人が住んでいるとは思えなかった。


「本当に森の守り神だったりして・・・。」


昨日村で聞いた話を思い出しつつ、ディプスはふと呟いた。
ディプスの突然の呟きを拾い切れなかったユキは小首をかしげて彼を見上げる。それに対してなんでもねぇ、と頭を撫でてやってからあたりを見渡す。
うっそうと木が茂っているが、たまに木の葉の間から降り注ぐ陽の光が美しい。たまに心地よい冷たさの風が吹き抜けて、呼吸をすると清浄な空気が肺を満たす。
赤い実を啄む小鳥の囀りと、木の葉が擦れる音以外は何も聞こえない。
まるで俗世から切り離されたような場所だった。仙人や守り神がいるというほうがまだ信じられそうだ。
そう感じているのはユキも同じようで、本当にここに自分の双子がいるのだろうかと不安そうな表情を見せている。なんとしても会わせてやりたい。


「もう少し奥に進むか。疲れてないか、ユキ?」

「大丈夫だよ!」

「よし良い返事だ。」


可能性は0ではない。もうここにいないとしても、何か手がかりがあるかもしれない。
そう信じて二人は森の中を突き進んでいって、咽喉が渇いてきたとき、やがて突然森が途切れた。
森の中にぽっかりと空いたわずかな空間には、人の手によって均された草原と一軒の屋敷がある。


「・・・森の守り神も、普通のうちに住むのかな。」

「・・・かもしれねぇな。」


二人はまだ森の守り神説を捨てていなかった。
とにかく誰かがいるのだ。もしかしたら危ない人がいるかもしれないから、二人で手を繋いで警戒しながら慎重に扉の前まで行く。それから扉を叩いて、反応を待つ。


「・・・神様だからお供え物必要かな?」

「あっ、そうかもしんねーな。やべー、何にも用意してないから罰当たりだって怒られちまうかもしれねぇぞ・・・。」


・・・二人はまだ森の守り神説を捨てていなかった。
神様に怒られてしまうかもしれないと顔を合わせて今更慌て始める二人の目の前で、扉が開いた。
アクションを仕掛けたのはこちらだが、いきなり開いた扉にびっくりして同時にそちらを向く。
二人を出迎えたのは、白銀の髪の男だった。整った顔立ちに長い紅地に金の刺繡の羽織り物をして、いかにも弱そうな・・・というより、脆げな雰囲気を持っている。見た目にも細く白いせいかもしれない。
森の守り神や仙人と言われても違和感を感じない。


「・・・あのー?」


二人が思わず男を凝視していると、少し困ったように小首を傾げられたので、ユキとディプスは慌てて立ち住まいを正して名乗る。


「いきなりお邪魔してすみません森の守り神様!おれはディプスっていいます!」

「手土産とかなんもなくてごめんなさい!ユキっていいます!」


・・・・・・二人はまだ森の守り神説を捨てていなかった。
むしろ男の姿をみてそちらだと確信してしまったようだ。
しかし男は森の神様でもなんでもない。何を誤解されてるのか知らないけれど、その姿がなんだか面白おかしくて、男は思わず噴出した。
いきなり笑い出した男に、今度はユキとディプスが小首を傾げる番だった。


「ごめんごめん。神様じゃないんだ、俺。希鳥っていうの。 ・・・っくくく・・・。」


そんなにおかしかったのか、目じりにたまった涙をぬぐいつつ、希鳥も自己紹介する。
冷静になるとなんで自分達はそんなアホな間違いをしてしまったんだろう、とユキとディプスは赤面する。
しかしここで恥ずかしさに負けてる場合ではない。一通り笑いが収まった希鳥に向かって、ディプスが話を切り出す。


「おれたち、旅をしているんだ。それで、色々情報を集めたくて・・・良かったら話を聞かせてもらえないだろうか。」

「・・・そういうことだったら、是非。でも、立ち話もなんだからどうぞ上がって。徒歩でここまで?」

「そうだよ。徒歩以外でくる方法あるの?」

「空を飛べる騎獣。 ・・・おつかれさまだったね、すぐにつめたい飲み物を用意してあげるね。」


希鳥の後ろのほうで、だからお前はもう少し警戒心をもて、と怪訝な顔をしたティマフが覗いていた。



そうして案内された居間で、冷たい麦茶を飲みながら四人は話していた。
ユキが詳しく話してくれないから、ディプスも事情を話すことは出来ないが、自分がみた惨状を伝えた。
ティマフのほうは表情を変えないが、希鳥のほうは驚いたように困惑気味だった。


「・・・それで、まだ生きてるこいつの・・・ユキの双子を捜してやりたいんだ。」

「あたしそっくりの無愛想な子、見なかった?」


希鳥とティマフは顔を見合わせてから、二人とも首を横に振る。
そっか・・・、とユキは落胆して顔を伏せた。
その様子に胸を痛めた希鳥は、何かしてやれないかと慌てて思案をめぐらせてから、そうだ、と手を叩いた。


「首都なら人も情報もいっぱい集まってる。それに、オレの父さんがこの国の軍人なんだ。」

「!」

「だから、そうやって村が襲われた事件があったなら、間違いなく父さんの耳に届いてると思う。オレの父さんに話をきいてみるとか・・・駄目、かな?」


ユキは顔をあげない。その理由はディプスだけがなんとなくだけど察していた。「王国」が、それに直属してる存在が怖いのだ。
そんなユキを伴って首都に無理に向かわせたくないが、確かに人が集まる場所ならば情報もあるし、幸いにも希鳥は有益な人物に繋がっているようだ。もしかしたらユキがこんなにも怯える理由がわかるかもしれない。
何より路銀が乏しいから、ここらで何か仕事をして金を稼がなければならなかった。首都ならば仕事もたくさんあるだろう。
首都にいくか否か。いっそこの男に頼んでユキを一時的に預けて自分が首都に向かうか・・・ちなみにユキとディプスも初対面があれだったせいか、希鳥を疑っていたりしなかった。
色々と考えを張り巡らせるディプスをみて、希鳥はおどおどとしながら話を続ける。


「別に今即決しなくてもいいんだ。オレには転移魔法があるから首都まではすぐにいけるし、この話を受けるかを決めるのは君たちだし・・・・。」

「・・・ああ、すまないな。少し悩ませてもらえるか? いいな、ユキ。」


すっかり黙りこくってしまったユキにディプスがそう問いかけると、無言で頷き返してきた。
じゃあ、と希鳥が優しい微笑みを浮かべて立ち上がる。


「そろそろ昼食時だし、何か準備するよ。良かったら食べていって。」

「いいのか?」


問い返したディプスに頷く希鳥。一方ティマフはバレないようにやや引きつった笑みを浮かべていた。希鳥が病弱設定でなければ「このお人よしが騙されてたらどうすんだよ!」とドロップキックを背中にいれてたところだ。
それに気付くわけもなく、希鳥はさも嬉しげに頷き返した。


「こんなにお客さんが来るの、初めてでうれしいんだ。」


だから待ってて、と希鳥はキッチンへと駆けて行く。
それをみたティマフが慌てて追いかける。


「お前無理に動くな走るな昨日もそれで過呼吸なってただろ!!」


その心配した怒鳴り声をきいて、ディプスは少しびっくりしながらも、未だ顔を伏せているユキの頭を撫でた。
出された昼食はサザエと小松菜の和風パスタに、パプリカとチーズのサラダ、カボチャのポタージュだった。






*********






パーティの翌日。遅い目に起きたヴィダスタは一人でのんびりと街を歩いてウィンドウショッピングをしていた。
特に何か買いたいものがあるわけではない。気付いたら昨日見た同じ金髪を、いないはずの人混みに捜していた。


(・・・って、何しとんのあたし。)


無意識に昨日の出来事を意識していた自分にとほ、と赤面する。
せっかくだから新しい筆でも買って帰って、家で趣味の絵画に勤しもうかとしたその時。

人混みから外れ、路地裏へと入っていく昨日と同じ金髪を見つけた。

あ、とヴィダスタは考える前に行動する。その金髪を追いかけて、誰も見向きもしない何も無い路地裏に入った。建物と建物のわずかなすき間には店も窓も差し込む光もない。


「・・・おや?」


そこには、ダンボールにいた子猫にミルクをあげているルオディスがいた。
昨日の姿と違い、薄い黒縁眼鏡に碧色の瞳、長い金髪は赤い紐で結い上げている。


「貴女は確か・・・。」

「・・・ヴィダス。」


やっぱり、と男は顔を綻ばせた。仮面をはずしているとはいえ、柔らかな微笑は昨日のそれと変わらない。


「奇遇ですねぇ。こんな誰も来ないような場所でお会いするなんて。」


・・・カラーコンタクトで琥珀の瞳を隠したムヴァは、偶然を装ってヴィダスタに再び接触した。

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[96] 貴族令嬢 投稿者:yuki (2011年06月23日 (木) 02時33分)

 煌めく街灯、それを反射する建物の窓、ライトをつけて道路を行き交う乗り物。
 まるで満天の夜空をそのまま地上へ降ろしてきたような夜景だった。
 リシェスであればどの町でも見られる光景だが、中でも首都の夜景は格別だった。

 そんな首都の、とある高層ビルの最上階。
 さながら広大な海原のような、誰もが感嘆のため息をつくその夜景を見下ろし、ヴィダスタはため息をついた。
 その彼女の背後では、リシェスの貴族や要人らが集う立食パーティが催されていた。
 ビルのワンフロアを丸々貸し切っての、華々しいパーティだ。
 上流貴族のたしなみとして、そして兄の戯れにつきあうため、ヴィダスタもそれなりの身なりで臨んでいた。
 流行りの踵が高いヒール、宝玉をちりばめたドレス、控え目な化粧、ハーフアップに結い上げた髪を留めているのは、巨匠レインベリルの手で作られたバレッタ。
 しかし、ヴィダスタは1人、会場の隅に設けられている展望スペースに入り浸っている。ここならばシャンデリアの照明もなく、演奏されている音楽も、ただの雑音にしか聞こえないパーティの喧騒もいくらか遠ざかる。
 こうしたパーティの中にあってダンスを申し込まれないというのは貴族の令嬢としては不名誉なことになるが、ヴィダスタは気にしない。むしろこっちから願い下げにしたいくらいだった。
 笑みを浮かべておいてその実、腹の底では化かし合っている。そうしなければいけないこの世界が、気味悪くて仕方がなかった。
 しかし、この世界から一歩外に出てしまえば、自分などすぐに野たれ死んでしまうのは目に見えている。

「……うまく逃げ切れたんやろうか」
 つい先日、自分が籠から出した赤髪の少女を思い出す。
 エイシャは、うまく彼女を連れだせただろうか。
「なにか心配事でもあるのですか?」
「いや、ついこの前鳥を逃がしたんやけど……って!?」
 ばっと隣を振り向く。いつからいたのだろう。展望スペースに、夜会用の仮面をかぶった金髪の男性が立っていた。
「ひゃいっ!?」
 その姿を見てさらに驚き、ヴィダスタは思わず変な悲鳴をあげて飛びのいた。
「すみませんねぇ、驚かせるつもりはなかったのですが……」
 男にどこか間延びした口調でくすくすと笑われ、ヴィダスタは顔を赤くして黙りこむ。
 貴族たちがよくやる、蔑むようなものではなく、微笑ましさから自然と出るような笑い。自分を馬鹿にしている笑いならまだしも、邪気なく微笑まれてヴィダスタは返す言葉を失ってしまった。
「い、いえ……そんなこと……別になんともないよ!」
 標準語と訛りがまぜこぜでしどろもどろにしゃべりながら、ヴィダスタはさらに顔を赤くする。
「お詫びになるかはわかりませんが、どうでしょう……」
 男はそう言って苦笑し、すっと優雅な動作でヴィダスタの前に手を差し出す。
「私と、一曲踊っていただけませんか?」
 向こうから申し込まれてしまっては、ヴィダスタに断る理由はない。貴族に生まれた女であれば、ダンスはできて当たり前なのだ。
 一見すると女性かと見紛うような男の細い手に、ヴィダスタは自分の右手を添えた。
 ヴィダスタの受諾を確認して、男はもう片方の手を彼女の腰にまわす。ヴィダスタもそれにならって、男の腕に手を置いた。
 しかし、男の顔を見上げることはしなかった。
「あんた、名前は?」
「ルオディス、と申します」
「……ヴィダス・リダスタ」



「ヴィダスー?」
 どのくらい踊っていただろうか、双子の兄ヴォルスの声を聞き、ヴィダスタはこれ幸いにとダンスを中断してそちらへ向かった。
「はぁいー」
 金髪の髪を三つ編みに整え、白いスーツを着込んだヴォルスは、駆け寄ってきたヴィダスタを見て首を傾げた。
「……? なにかあった?」
「いいや、なにも、全然」
「? まあいっか。俺はこれからアイランズ卿達とポーカーをしてくるから、先に帰るなら転移魔法で帰りなさい」
 言われてヴィダスタは、ヴォルスがいるテーブルのメンツを見回す。
 ヴォルスよりふた回りは年の離れた、中年男性が3人。どれも上流階級の人間だ。それぞれ各々の夫人らしき女性と話しこんでいる。
 なんてことはない、ヴォルスはこれからパーティを離れて彼らとゲームに興じつつ、いつものようにそれとなく噂話を集めるのだ。
 つまり、ヴィダスタの役目は終わったので帰りたいなら帰っていいというだけのことである。
「……それだけのために呼んだん?」
 ヴィダスタは口調に少しトゲを含ませてみたが、ヴォルスは気がつかないのか悪びれた様子がない。
 ちょっとやそっとの皮肉や嫌みは、ヴォルスには通じないのだ。
「兄ちゃんもよう飽きんとそんな付き合いやってられるな〜」
 呆れ半分、皮肉半分にヴィダスタがなじると、ヴォルスは自慢げに自分のこめかみに指をあてた。
「人の口にはセキュリティロックがかけられないからね。俺は別だけど」
 そうして笑いながら、ヴォルスはこめかみを叩く。
 自分の『ここ』は、人とは違うのだという意味を込めて。
「けれども、君は深くかかわってはいけないよ、ヴィダス」
「……はぁ」
 また始まったとばかりに、ヴィダスタは大仰にため息をついた。しかしヴォルスは話を続ける。
「この大陸には、戦争を終わらせたくないと思っている人がいる。それも、1人や2人ではない」
 ヴォルスが戦争に興味を持ち、情報を集めだしてから何度もヴィダスタに言い聞かせてきたことだ。
「そんな戦争がどんな結末を迎えるのか、俺は『特等席』から見届けたいんだ。チェスを観戦するみたいにね」
 聞き飽きるほどに聞いてきたヴォルスの言葉を聞き流しながら、ヴィダスタは「いってらっしゃい」とだけ声をかけるにとどめた。
 ヴォルスがこの話をする時は、心躍るような噂話か情報を手に入れた時なのだ。
 それも、かなり確かな。
「それじゃあ、気をつけて帰るんだよ」
 場所を変えるヴォルスを見送り、ヴィダスタは展望スペースに戻りながら会場を見回す。
 あのルオディスと名乗る男は、もうどこにもいなかった。
 指先から魔力を出して陣図を描き、行先を自分の家に設定する。
「………」
 もう一度、ちらりとパーティ会場を見渡してから、ヴィダスタは転移魔法を発動した。




 宿泊しているホテルの部屋―といっても同じビルなのだが―に戻り、ムヴァは被っていた仮面を外した。
 ソファにはゼフィスが、2つあるベッドの片方にはカイが、大きないびきをかいて寝ていた。
 着ていた礼服を着替えながら、ムヴァは窓の外に目を移す。
 先ほど見ていたものと同じ夜景が、延々と地上を埋め尽くしていた。
「どうやら、当たりを引けたようですねぇ……」

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[95] ゼフィス視点でお送りします 投稿者:yoshi0 (2011年06月23日 (木) 01時33分)

「うお!なんだコレ光るぞ!スゲェ!」

「ふむふむ、センサーライトか何かですね」

「こっちのはなんだ?―――うおおお!なんか飛び出た!スゲェ!ムヴァ見ろよ!」

「ほぅ、どれどれ…」




俺達は今、リシェスセントラルタワーの百貨店階層で敵地偵察という名目でウィンドゥショッピングしている。
そして『100ヴェルツショップ』という面白そうな場所で、便利グッズいじって遊んでいるわけだが…


なぜかカイがムヴァとすげぇ楽しそうにしてる!


わからん!
行く前は「俺、あのムヴァってやろー!いつか寝首かいてやりますよ!」とか言ってたクセに!
なんかムカつく…。




「すげー!ここ押したら光る!スゲー!」

「ふむ…」

「ここも光る!」

「ふむ…」

「ここも光る!まさかここも!こっちも!光る!」





「お前どんだけ光るのに反応するんだよ!原始人か!!」


「えー先輩冷たーい!ブーブー!」

「そうですよ。研究所攻略の糸口になるかも。」

「「ねー」」


うおおおおおお!なんか知らんが悔しい!なにが「ねー」だ!
てかムヴァとカイが割と普通に会話してるのがムカつく!

は!まさかジェラシー!



いやいやいや。







しかし、このムヴァという奴は信用できん。出発前に参謀本部の奴らにムヴァについて聞いてみたが、
「変人奇人」という、初見でそれぐらい誰でもわかるわ!っていう事しかわからなかった。
そして奴についての資料をあらかた探ってみたが、出身、経歴、年齢、に至るまで、どれも記述がない。
調べているうちに、本当に「ムヴァ」って奴が存在するのかも怪しく感じてくるほどだった。

ただ直感でわかる。こいつは他国のスパイだとか、そういう類ではなさそうだ。
その代わり、自分の目的のためなら手段を選ばない男。
今回の作戦も、俺達の犠牲も厭わない。そんな底知れぬ闇を持ってる。

どうせ、俺が色々調べてるだろう事も知ってるんだろうな。それでも知らんフリして、何も言わないのも気に食わん。


まぁ今回、上層部がムヴァ含めての3人での諜報任務を許可したのは予想外だったかもしれんが。
俺が上層部の伝手を辿って無理から許可させたからな。こういうときに長生きしてると便利だ。





「先輩何ボーっとしてるんスか?お腹すいたんですか?」

「ん、ああ、確かに腹減ったな」
そういえば今朝リシェスに着いてから、まともな飯食ってないな。


「では、24階のレストランアルページュで食事でもしましょう。私が奢りますよ。」


なるほど。飯を奢って俺達を飼いならそうという魂胆か。ふん、そんな単純な誘いに誰が引っかk
「よし!行こう!」
おっと脊髄反射で声が出た。ご無礼。



そして俺達はガラス張りの高速エレベーターで24階へ移動したのだった。






しかしまぁ洒落たレストランだこと。内装も大理石とか大理石とか大理石とか使ってるし。
あとなんか変な模様の壺もある。悪魔でも閉じ込めとんのか。

それに料理は、この量にこのでかさの皿いる?ってゆー感じなんだが、これが高級店というものらしい。
カイは料理出されて、ウェイターが料理の説明してる間に食い終わって「次まだ?」とウェイターに詰め寄っているし。
まぁ、高級店なんて無縁の俺とカイはこんなもんか。



そろそろ料理も終盤という頃、店の入り口の方から"いかにも"というスーツの集団入ってきて、カーテンで仕切られた奥の部屋へと流れて行った。

「商工連合の奴らか…」

「ご存知でしたか」
ムヴァが意外そうに言葉を返してきた。それぐらい知ってるわ。
それより、お前はこれを見せるためにこのレストランに誘ったのか?と俺は聞きたい。まぁいいけど。

「彼らがリシェスにある、名だたる大企業の長達です」

「ふーん」
カイは興味なさそうに目の前のフィンガーボールの水を飲みたそうにしてる。やめとけ。俺がさっき飲んだ。すっぱい。



「今のが兵器開発研究所に投資してる奴らってことか」

「そうです。兵器開発研究所は彼らの企業の派遣社員が殆ど。そして運営・維持費は企業の出資によるものです。」
「リシェスは軍部も企業との癒着が強く。リシェスという国自体が商工連合の所有物と考えてもいいでしょう。」

「なるほどな。」

「元々警備会社だった企業もあります。その企業が研究所のセキュリティシステムに大きく関与しているはず」
「そこから内部の警備システムも割れるでしょう。」

「なるほどな」

「まぁ色々と手は考えてますが、今日はつもる話は置いておいて、食事を楽しみましょうか」

カイのつまらなそうな顔を察したのか、ムヴァは話を切り上げた。








それはそうと、さっきの商工連合の先頭にいた若い青年。どっかで見た事がある。会ったことがある。
デジャヴ?とでも言うのか。絶対会った事はないのに、懐かしい感じがした。

そういえば、ある変わり者の科学者が、この世界は実はいくつもあって、それぞれ少しずつ違った世界なのだそうだ。平行世界とか言ったかな。
そこには自分も存在していて、その別世界の自分の記憶や意識は、実は平行世界を跨いで繋がっている。
それがデジャヴとかの原因になっているとかなんとか。

実はあの青年と俺は、別世界では結構仲良かったのかな…。
まぁどうでもいいか。



その後も食事は続いたが、カイの奇行にムヴァが注意するという繰り返しだった。
そして食事が終わったらそのままリシェスセントラルタワーのホテルに泊まり、ベットの上で回想にふける現在の俺になるというわけだ。
明日は早い。ムヴァがどっか行くとか言っていたが、作戦の詳細が決まったのだろうか。



まぁそんな事は明日になればわかる。
そろそろ寝るか。ふかふかのベッドは慣れなくて気持ち悪い。ソファーで寝てたほうがマシだ。

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[94] ようこそ ここは ○○ の むら です 。 投稿者:林檎茶 (2011年06月21日 (火) 23時48分)


「近々戦争が始まるって聞くよ。まったくお偉い方々は俺たちのことなんて何も考えちゃいねえんだ!
 おっと、今のは役人には内緒にしてくれよ」

「今は国境に一番近いというだけで恐ろしいもんじゃわい。
 それなのに役人は国から賜った畑をここで守れと言うのじゃよ、ワシも長くないかものう……」

「おいら、だいぶ先の森で迷ったときに、きれいなお姉ちゃんだかお兄ちゃんだかに会ったよ。
 出口を教えてもらったけれど、あれって森の守り神だったりして」

「私は行商人なんですけれど、おかしな魚を関所からここに来るまでの間見ましたよ。
 いえね、見事に赤い影が見えたもんですから……」

「首都からここに来るまでに年重の男が出てきたのとすれ違ったんだけど、ありゃ軍の関係者かねえ?鉄の臭いがしたよ」

「噂では、ずっと南の村が潰されたらしいよ?ここもうかうかしてられないねえ……」

国境沿いの河川を北上した二人はやがて、村にたどり着いた。
大きな街や首都がある国の中央部へたどり着くにはまだ掛かりそうではあるが、人里で街へ向かう馬車を待ったほうがいいと考え、留まっている。
小さな同行者の足に、今は負担をかけさせたく無い。
ディプスが適当に村人に話かけ、情報を集めていた。
よそ者ともあって訝しげに接する者もいたが、ここは比較的争い事とは無縁の村のようだ。
リシェスに比べれば、まだ殺伐としていない。

「ねえ」
「?」
「これからどこへ行くの?」

地図を広げて考える。
自分の過去を知るという途方も無い旅、リシェスでも行き当たりばったりの道中だった。
何しろ手がかりはほぼ掴めていないのだ。
この村でも「地面を操る術の使い手を聞いたことは無いか」と尋ねてみた。
が、自分と同じ力の使い手とは未だ巡り会えて居ない。
どちらかと言えば優先すべきはこのユキの家族を探すことだろう。

「そうだな……人が多いところで聞いたほうがいい、とりあえずは馬車で首都を目指すか?」
「!」

ユキの顔が色を失った。
この村に来る以前、あの村で出会ったときのように。
なんとなく、ではあるがディプスは感じる。
彼女が『王国』に恐怖を抱いているを。

「まあ、そんなに焦らないほうがいいか。逃げた双子を追い越しちまうかもしれねえからな」

打って変わって、安息のため息が漏れる。
彼女の精神、肉体共にまだ万全では無い。
いずれ立ち直るその時まで、ゆっくりと歩んでいけばいい。
首都では無く、近場から当たろう。
そこでディプスは、一つ気になる場所があった。

「なあ、ユキ」
「?」
「ここにある誰もいなそうな森に、人の気配があるって噂を聞いた」
「え?こんな大きな……」

地図上に示されたのはうっそうと茂った森林。
片田舎のここから首都へ向かうルートのうちの一つ、北上する街道を往った先だ。


「ユキの双子は、人がいっぱい居る所とかに隠れそうか?人が居ない方に行きそうか?」
「……わかんないけど、居ない方のがそれらしいかも」

実際彼女は進んで誰かを頼ったりはしない気がする、とユキはそう思っていた。

「人が居なさそうな所に入って、その謎の人に会ってるかもしれねえ」
「じゃあ、その森まで!」
「そうだな、でも今日は……」

見れば陽は西へと傾いて、民家からは晩の料理の匂いが流れている。
バターで卵を黄金色に焼いた特製オムレツの香りや、野菜と共にほくほくに茹でられた芋料理の香り。
その全てがユキとディプスの腹を刺激する。

「……寝床探しと、メシの支度だな」
「うんっ」

明日は頑張って森を目指そう。
手がかりが見つかるまで、歩むのを止めるわけにはいかない。
ユキは悲しげな腹を抑えながら、そう決めた。

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[93] おいかけっこ 投稿者:はくろ (2011年06月18日 (土) 05時46分)
(どうしよう、どうしよう、どうしよう…!!)

背後に迫る女性を振り返ることなく、猫間者ことナームは焦る。
常套手段でもある、かわいいぬいぐるみのマネも破られてしまった。
幸いなのは宿舎内の騎士が出兵で出払い、追っ手の数が少ないことか。

しかも、この女。相当できる。
ナームはそう踏んでいた。
恐らくは足の速さも、自分よりも上……。

速さには誰にも負けないと自負していたナームだが、
これ以上ない強敵に苦戦を強いられることとなった。

あと数センチ、追いつかれる。

「観念しなよ!!」
「やーーだね!!!」

咄嗟に町へ続く、道へ躍り出る。
人目のつく所ならば、その人混みを味方につけられる。
幾ら相手が相当の実力を持とうが、
善良な市民が行きかう街のど真ん中で物騒事は起こせまい。

「ちっ、あの猫!街に逃げたか……」

ワープは軽く舌打ちすると、すぐさま標的を追う。
慎重に尾行しながら、路地裏にでも連れ出せばこちらの勝ちだ。
彼女はそう踏んでいた。
談笑している人々の間を抜けながら、そーっと猫耳の青年に近寄っていく。

「おっと失礼」
「!あ、すみません」

そして、目の前の男にぶつかりそうになる。
すぐさま横に動いて、そのまま人混みの中追跡を試みる。

(あの時宿舎内で仕留めてれば……)

なかなか縮まらない距離に苛立ちつつも、
目を離さなかった猫間者がとある場所へ入っていくのを見た。

―――― 拳闘会場。

フィエルテでも人気の高い、3級国民(奴隷)の闘技だ。

ちょうど今日はその拳闘が開催される日。
会場付近には人が溢れ、凄まじい熱気がこちらまで伝わってくる。
実力で敵わないと踏んだ、猫間者はこの混雑に紛れてやり過ごすつもりなのだろう。
だけど、そんなもので標的を諦めるようなことはあってはいけないのだ。

「もー……」
会場に近づくにつれ、人が増えてくる。
だが、このまま逃がすわけには行かない。

(拳闘もさ、見たいんだけどアタシ今暇じゃないんだよね……)

このままついていけば少しは見れるかも。
そんなことを思いながら、猫間者に続いてワープも拳闘会場へ乗り込んでいく。


(ふひぃ……やりすごせたかな?)

熱気包まれる会場内で、ナームは軽い安堵感のようなものを覚えていた。
これが戦場ならば幾ら相手との実力差があろうが死ぬ気で陣地へ逃げるしかないが、幸いナームは密偵だ。
戦場に出ることは滅多にないし、今回のように何でもありといえばアリな職業だ。

(あー。マジでオレ兵士にならなくてよかったー)

ナームはそんなことを思いながら、尾行を振り払うように更に人に紛れて目のつきやすい席へ着席した。
どこから掠めてきたのかフィエルテの新聞を手にし、無害な観客を装う。
周囲の人々は彼を怪しむことなく、拳闘の選手入場を今か今かと待ちわびていたのだ。

(ふぅーん、フィエルテってこんなもんみて楽しむのかよ)

実際ナームはあまり闘技などには興味のない男である。
それで金が貰えるならばちょっとはやる気になるだろうが、普段ならば見るならまだしも出場なんてもっぱらごめんな人物である。
なにより戦うのは怖いし、疲れるのはいやだ。

先程だってそうだ。
もしも仮に彼が戦闘力に自信があれば、
潜伏がバレて彼女が引き金を抜いた段階で一戦交えていただろう。
相手を真っ向から打ち倒し、悠々とリシェスに帰って報酬を頂くこともできたはずだ。

でもナームはそれをしなかった。

臆病で、怖がり、弱々しく、自分に自信なんて無い。
何かあればすぐ逃げてばかり。

だから、フィエルテの密偵に見つかったときも我先に逃げたのである。

彼のスタイルは一見利口であるだろうが、同時に彼は勇気のない卑怯者でもあるのだ。

(……戦ってるやつら、どんな気持ちなんだろな)

逃げられない死地へ向かう戦士達のことを考えながら、新聞をめくる。
新聞には王国騎士団のことが書いてあったが、プレアデス襲撃のことは書いていなかった。
時刻的にもそうだが、考えてみれば当たり前だ。
民を不安にさせる出兵など、上層部としては隠しておきたい。
何も事情を知らない国民には賊討伐とでも言ってはぐらかすだろう。

(だまされてるよ、お前らだまされてる)

すると、隣の空席によっこいせと座る人物がいた。
ナームはその声に聞き覚えがあった。

声の主は若い女性だろう。

(やべっ……まさか!?)

おずおずと新聞から目を離して隣の人物に目を向けると、

「よっ!白猫クン!」

「……にゃあ」

そこにはあのフィエルテの密偵がにっと笑顔を浮かべていた。


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[92] 生き残るために 投稿者:cell (2011年06月18日 (土) 02時57分)

リシェスの力の象徴である、兵器開発研究所。

首都より大きく西に外れたその地の警備は非常に堅固。

しかしその堅牢さ故に、隠匿されていたはずの存在は、他国へと大きく知れ渡っていた。






そんな兵器開発研究所から大きく離れた場所。

首都のど真ん中、路地を少し入ったところに、小さな自動車修理工場があった。

中に置かれた黒い大型セダンの下から、一つの人影が出てきた。

オイルと汗に汚れたつなぎの上を肌蹴、頭に巻いている汚れたタオルを外すと、藍色の長い髪が姿を現した。



「こんなところか。全く、手の込んだものを作ったものだ・・・」



作業をしていた男、フォルアはこぼれる汗を外したタオルでぬぐいながらポツリとつぶやいた。

先ほどに手を加えていたセダンは、別に壊れて修理に出されたものではなく、改造の依頼を出されたものである。

防弾ガラスを始めとし、内部を少し手狭にする代わりに全体の装甲を強固にした上に対魔術装甲も付与。

車両上部には開閉式のハッチとミニガンも搭載し、それこそ一般車両の殻を被った装甲車のようなレベルにまでなっている。

燃費が悪くなったのは致し方ないことではある。



無論、このようなことは表立って行われているわけではない。

普段は極々普通の自動車修理工である。

このようなことをしているのを知っているのは一部の、情報に詳しい人物ぐらいだろう。



そんなフォルアの背後に、歩み寄る影がもう一つあった。

とび職のような服装を身に纏った、今にも寝てしまいそうな少女の姿だった。


「フォルアー」

「どうした。何かあったか?」


フォルアは振り向くことなくその少女、ウーミンに言葉の続きを催促する。

だが言葉は続かず、フォルアの服をくいくい引っ張ると、着いて来いと言う風に工場の奥へと入っていった。

巧妙に壁と同じように作られた、隠し扉の奥へと。






「状況はどうだ?」

「もちっとー。細部調整とシンクロー。」


地上の工場とは打って変わって、最新鋭の機器につつまれたラボが、地下には広がっていた。

木を隠すなら森の中。

その隠されたそこは、何処にも所属するものではなかった。

ウーミンが操作する複数のコンパネ。

その正面に広がるガラスの向こうには、巨大な、漆黒のアーマーが無数のコードに繋がれていた。


「・・・『秋水漆型』の話が、外部に洩れたという話を聞いた。」

「じゃー・・・そろそろかぁー。」

「ああ・・・。間に合ってくれ――」



ガラスの向こうの巨体に目をやる。

全ては、勝利を掴むために、この力を。



「――『唯勝』」





既に戦争の足音は、背後に迫っていた。


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[91] レストラン アルページュにて 投稿者:SyouReN (2011年06月18日 (土) 01時13分)
―リシェスセントラルタワー内 24F レストランアルページュ

参加者は皆、腹を空かせていた。
3時間ほどで終わるだろうと予想されていた会議は大幅にオーバーして、外は既に暗くなり、一般市民は家路に付く時間だ。

アルムの計らいで、会議後に食事会が開かれる事になっているらしい。大事な話があるので、必ず出席するようにと、受け取った報告書に書かれていた。
「早く食べて家に帰ってベッドに直行したい」という顔をしている者も居れば、明日出社の為にもこんな所で無駄な時間を費やすのは如何なものか、という顔も居て、逆に無表情で平然としていて何を考えているのかわからない者も約1名居たりする。

一行がレストランに到着し、アルバイトの店員はおどおどしながらも、商工メンバーを一番奥のVIPルームに案内した。流石に高級店だけあって装飾品が豪華で広い部屋だった。メニューは既にアルムが予約をしてあったので出されなかった。

前菜とグラスに入った水が出される。メンバーは憔悴しきっていたのか一言も喋ろうとはしなかったが、ここでアルムが切り出して言った。

「今日は皆様に見せたいものが…」

と言うと小さい鞄から取り出したのは、リシェスのエンブレムと、何やら奇抜なマークが互いに重なり合ってるデザインが描かれているピンバッジだった。

「商工連合のメンバーのバッジを作ってみたんです。いかがでしょうか?」

一瞬、そこにいる全員の時間が停止した。
まさかこんな物の為だけに食事会に呼んだのではなかろうな、と思ったに違いない。
それでもアルムは意に介すことなく、「折角作ってみたんで、どうかちょっと付けてみてください。」と全員に付けてもらうよう促した。
すべてのメンバーが付け終わると、小馬鹿にしているかのような口調で「みなさんお似合いですよ」とアルムはニコニコしながら言った。

いや、ニコニコと言うよりは、ニヤリ。とした顔にも見える。

「どうでしょう。気に入ってくれましたか?」とアルムが聞くと
それまで興味を示さなかったメンバーからも揃って”YES”の答えが返ってきた。

アルムは続ける。
「ではみなさん、これからは肌身離さずそのバッジをつけていてもらいますが、構いませんね?」と聞くと、「わかりました」と皆が同調して言った。

極めつけに、アルムはバッジの効果が確かな物かを確認するため更にこう言った。

「みなさん、こう暖房がガンガン効いているとさぞかし暑いでしょう。ぜひズボンを脱いでください」

ためらう事無くその場にいた全員が見苦しい醜態を晒した。
アルムはバッジの効果にはとても満足であったが、確認のために中年と初老どもの下着を見る羽目になったのはとても不快だったようで、顔を若干引き攣らせた。

メインコース、デザートと出され、締めの紅茶コーヒーを飲み終える頃には夜の9時を過ぎていた。相変わらず外は雨が降っていて明日の朝まで止みそうには無いので、アルムは全員が乗れる分のハイヤーを手配した。

一人、また一人と乗り込んでは、ビルの谷間に消えて行った。雨のせいか、通りには殆ど人が歩いていなかったので、そこまで目立つ事もなかった。まれに雑誌記者の連中が隠れてコソコソやっている事もあるが、今回の内容は極秘扱いであり、なおかつ何があってもいように警備の数を増やしてもらっている。それほどの徹底ぶりなのだ。

最後の車が到着した。ただその車はハイヤーではなくリムジンに近かった。乗り込むのは「ドヴェルグ・サルタ工業」のフェーゴ社長とアルム。

2人が乗り込むと、車は滑り出すように発進した。数分ほど経った所でアルムがフェーゴ社長に話しかけた。
「フェーゴ社長、話があるのですが…よろしいでしょうか?」
「なにかね」
アルムはフェーゴの目を凝視して言った。

「フェーゴ社長、あなたは近日中に未成年の女性たちを集めて乱痴気騒ぎを起こします。よろしいですね。」
「うむわかった」
「わかっていただけて光栄です。」

車がフェーゴ邸の前に着くと同時にドアが開いた。
アルムはフェーゴを見送り、「では今後ともよろしくおねがいします」と言ってドアを閉めると、車は静かにアルム邸へと動き出した。

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[89] 秋水漆型 投稿者:ももも (2011年06月18日 (土) 00時12分)
「スパイの墓場」の別名で知られる「リシェス兵器開発研究所」はリシェス首都から西に位置する荒野部に在った。
施設は厳重なセキュリティが施され、多数の警備兵や警備ロボット、監視システムなどが24時間体制で目を光らせており、アリの一匹も見逃さぬと言わんばかりの気迫で監視をしている。
これまで幾度もスパイが潜入したが、彼らはほぼ例外なく死体袋へと押しやられることとなった。
この難攻不落の研究所こそが「兵器国家」とも呼ばれるリシェス軍部の兵器の研究、開発における心臓部だ。
リシェスでは企業の力が非常に強く、それは軍事の分野においても例外ではない。
リシェスの軍部もまた、企業との癒着が強く、兵器はほぼ企業から販売されるものに頼り切っているのが現実だ。
勿論、企業に頼らず軍独自で兵器研究、開発を行おうとする動きは過去に何度も見られたがそれらは企業による有形無形の圧力と妨害によって阻止されてきた。
この施設で働く研究員は各企業から派遣された者が殆どで、彼は皆それぞれの研究スペースで軍部の者と共に兵器開発・研究を行っていた。
ゼフィス達が資料の奪取を命ぜられた『秋水漆型』もこの施設で開発されていた。

冷たい照明の光が照らす施設内の地下7階の廊下を見るからに堅固そうな特殊セラミック製のコンバットアーマーに身を包んだ汀と、白衣に身を包んだカマダが歩いていた。
時折すれ違う兵士達が企業の者に敬礼をする姿が、この研究所における企業の者との力関係を物語っていた。
二人は暫く歩くと『大型機兵課』と表示された隔壁のドア前で足を止め、カードキーと暗証番号と指紋照合システムによって三重のロックを解除して中に入る。
中の部屋には大型のディスプレイと数台のコンピュータや作業台が備え付けられていた。
部屋の照明は廊下と同様に青味がかった冷たい光で部屋を照らし、頑強な壁には空調設備が備え付けられ通気口があるのみで外の光を取り入れる窓は一つもない。
カマダ同様に白衣を身につけた研究員数名が各々データ入力や製図などの作業を行っている。
部屋の外からの音は一切聞こえず、またこの部屋の音は一切外に漏れることはない。
外界と隔絶されたこの部屋が『ドヴェルグ・サルタ工業』に宛がわれた研究室だ。


「おはよう」

「おはようございます」

「おはようございます」

「おはようございます」

「おはようございます」


カマダと汀が研究員に挨拶をすると研究員達の中でも最年長と思しき白髪交じりの眼鏡をかけた男が立ち上がって挨拶を返し、それに続いて他の研究者達も挨拶を返した。


「おや、『汀』も連れて来られたんですか」


眼鏡の男が無遠慮に汀に眼をやると、カマダの表情に苦笑いが浮かんだ。
だがそこに呆れの感情は含まれてはいたが嫌味などは含まれていなかった。


「あぁ、直接『秋水漆型』を見たいらしくてな」

「スペックデータは頂いておりますが、矢張り実物を見た方がよりわかりやすいので…無理を言って申し訳ございません」


汀は無表情のまま研究者達に丁寧に頭を下げる。
対する眼鏡の男は朗らかな笑みを浮かべた。
元々、『秋水漆型』のテスターの中には汀も含まれている。
近い内に試運転を行い、その際には汀も操縦をすることになるため実物を見るというのは理に適っていると言えよう。


「わかりました。ではこちらへ…あぁ、入室記録はお願いします」

「あぁ、わかってる」


眼鏡の男は入室記録を促すと奥へと続く、これまた隔壁めいたドアの三重ロックを端末を操作して解除する。
直後、重苦しい金属音と共にドアが開いて奥の部屋に白い光を放つ照明が灯った。


「こちらへどうぞ」


カマダと汀が眼鏡の男に引き連れられ、次の部屋に入ると視界が一気に開けた。
その部屋は格納庫件ドックになっているようで天井は高く、床から天井まで30mにもなり、天井からは多数の作業用クレーンやアーム、それらを移動させるレールらしきものが備え付けられていた。
広さだけでなく、広さも相当なもので縦横それぞれ30mにもなり、壁面には幾つか通路が備え付けられている。

だが何より目を引くのはこの部屋の主役だろう。
それは一言で言い表すなら、「鋼の巨人」だった。
高さは約5m、全体的なフォルムは人型に近いがその身体を構成するのは鈍い光沢を放つ金属である。
全体的なシルエットは無骨に角張りつつもコンパクトにまとめ上げられている。
これこそ件の大型機兵『秋水漆型』、そのプロトタイプだった。


「従来の『秋水陸型』よりも関節部を改良してよりフレキシブルな動作が可能になっています。甲式はOSのインターフェースを見直し、より簡単に操作できるようになりました」

「コストの方は?」

「現段階では6%程上昇しています。矢張り関節部の製造費用が難しいですな」


そんなカマダと眼鏡の男のやり取りをよそに、汀は食い入るように『秋水漆型』を見つめていた。
その様はどこかお気に入りのオモチャを見た子供にも似ていて、カマダと眼鏡の男を苦笑させた。
尤も、彼女の兵器好きは今に始まったことではないので彼らとしては見慣れた光景である。
汀自身もロボットではあるのだが、彼女はこういった兵器の類に目がない所謂「兵器オタク」だった。


「丙式と乙式の方は?」

「並行して開発中ですが…まずは甲式を完成させませんとな」


『ドヴェルグ・サルタ工業』の大型機兵には人間が搭乗して操作を行う「甲式」、無線により遠隔操作される「乙式」、搭載された人工知能によって自律稼働する「丙式」が存在する。
今彼らの目の前にあるのは有人操作タイプ、甲式である。
人工知能による操作などは誤作動や暴走の危険性が付き纏うため、開発段階ではそういった危険の少ない甲式から作るのが旧サルタ工業出身者達の間では慣例となっていた。


「もう動かせるのか?」

「いえ、出来てるのはガワだけです。試運転まではまだ一月以上はかかりますな」


カマダはそう言われて機体に目をやると、眼鏡の男の言う通り随所の装甲内部が空洞になっているのが見て取れた。
この様子では試運転ができるようになるのはまだ先の話になりそうだ。
とは言え、先日のプレアデスの一件以来、四国の緊張は日増しに高まっておりいつ開戦してもおかしくない状況である。
こういった兵器類は今が売り時であるため早めに完成させて販売するに越したことはない。
とはいえ、欠陥品を売りつければそれはそれで社の信頼の失墜に繋がってしまうため迂闊なことは出来ない。


「来期には予算も増える。気合いを入れて完成させろ」

「ええ、わかっております」

「販路はあの社長がたっぷり持っている。思う存分売りまくるぞ」


アンビシオンの顎(あぎと)が『秋水漆型』の資料を狙っていることを彼らはまだ知らなかった。

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