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トリックスター登場
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投稿者:yoshi0
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(2011年06月24日 (金) 00時15分) |
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「どうだ、新しい人員にも慣れたか?」
「いえ、まだ連携や陣に多少不調和がでています。」
長い廊下を歩きながらエーヴェルトは藤堂に答えた。 傭兵団の一件があってから、風当たりの強くなった第八隊にもようやく人員が補充され、 新しい顔ぶれに、意気消沈していた部隊にも少し活気に溢れてきた。
そんな矢先、藤堂から「重要な話がある」と一報を受け、エーヴェルトは騎士団本部に出向いていた。 あの一件以来、騎士団本部に呼び出されては叱責と皮肉を言われ続けたエーヴェルトの内心は穏やかではなかった。 異動や降格の話ではないかと……………沈黙の廊下に耐え切れず口に出す。
「…重要なお話とは、一体なんでしょう?」
「実はお前に紹介したい奴がいてな……」 2人は大きな扉の前で止まった。扉の上に「軍師 藤堂」札が見え、彼の個室であることが伺えた。 金色に装飾された取っ手に手をかけ、開く。
「!?………これ!マルシェ!やめんか!」
「うわっ!」 ガシャシャァン!
藤堂の一喝で、絶妙のバランスで積み重なっていたトロフィーやら壺やらが崩れ落ちた。 藤堂は思わず頭を抱える。
「………」 エーヴェルトは今の一瞬で入ってきた大量の情報を整理しきれず無言になっていた。 扉の先には、部屋にあるいかにも高価そうな物品でジェンガタワーを組んでいた褐色の女。 思わず直視を躊躇いそうになる露出度の高い服。派手な頭。美人というには何か物足りなさを感じるが、悪くない容姿の女。 名前はマルシェというらしい。
ん?マルシェ?
エーヴェルトの脳裏にかすかに聞き覚えのある名前。さらに思考を進ませ、はっとした。 それと同時に藤堂が、マルシェの首根っこを持ちながら口を開く。
「今日からお前の隊に配属になる、マルシェだ。腕っ節は確かだ。頼んだぞ」
「いや、我が隊はすでに人員は十分です。これ以上は!;」
エーヴェルトが遠まわしに拒否を意を表す。 「マルシェ」という名前は他の部隊から噂できいた事があった。 「部隊の輪を乱す」「一匹狼」「問題児」「邪魔者」などと不名誉な異名を増やしながら、様々な部隊を転々としていると。
「人数が多いに越したことはないだろう。それに、これは命令だ。」
「ですが、こやつは!他の隊でも嫌われて…」 エーヴェルトはハっとして、口を噤んだ。激情に任せ本人の前で言い過ぎた。 自省しながらマルシェの顔色を伺う。
「別にいいよ。知ってるもん。とりあえず宜しく!アタシ、マルシェ!」 マルシェは笑顔で右手を差し出した。 「…………第八隊 隊長エーヴェルトだ」 エーヴェルトにその手を払いのける勇気はなかった。 マルシェが握手した腕を必要以上に上下に振るのを、藤堂は嬉しそうにただ見守った。
「転属の手続きはわしが済ますから帰って良いぞ」と施され、2人は部屋を後にした。
「新しい部隊は、やっぱり緊張するなー!でも楽しみだなー!」 マルシェは、荷物を詰めているだろうサンドバッグを肩からかけ、意気揚々と廊下を闊歩する。
その隣でエーヴェルトは深いため息をつく。 せっかく部隊に活気が戻りつつあったのに、とんだ問題児を抱えてしまった、と。 藤堂軍師は一体どういうつもりで……。 思案を巡らせるが、答えは出ない。エーヴェルトは考えることを止めた。 とりあえずこの沈黙の廊下で、できる限りマルシェという人物を探ることにした。
「ところでマルシェ。貴方の出身は?」
「さぁ?わからない。アタシ奴隷だったから。」
さしあたって、出身でも聞いて話を膨らますか、というエーヴェルトの思惑は見事に外れた。 なぜ?どうやって?騎士団に?次々あふれ出る疑問を押さえきれずにいた。 同時に心の底にある"奴隷"に対する軽蔑の心が持ち上がってくる。 そんな自分に嫌気を感じながらもエーヴェルトは必死に返す言葉を探っていた。
それに構わずマルシェは話を続けた。
「アタシずっと奴隷で、よく拳闘に出てたんだ。拳闘じゃ負け知らずで、結構強かったんだよ」 「でも、あんまり勝ち続けるから他の奴らから嫌われて、ある日集団で取り囲まれて脚を切り落とされちゃったんだ」 「いやー、めっちゃ痛かった!今のところ、あれが人生で2番目に痛かった事件だね」 淡々と話すマルシェの脚を見る。痛々しい繋ぎ目と、それを隠すように長いブーツと包帯が巻かれていた。
「それで闘えなくなって、臓器屋に売られたんだ。」 「でも、その臓器屋が違法取引で王国騎士団にしょっ引かれて、奇跡的に助かったんだ。その次の日に解体される予定だったんだよ。すげーラッキー。」 「んで、そん時に騎士団だった藤堂のおっちゃんに見つけられて、なんやかんやで今に至るわけさ!」 マルシェは悲惨な自分の人生を嘆くでもなく、同情心を煽ろうとするわけでもなく、 ただ人生の想い出を明るく語っていた。
「………そうですか。そんな事が…」 奴隷だったことを簡単に告白し、命を落としかけた事を笑い飛ばす。 3級市民ではあるが、彼女は自分よりも前向きで強い心を持っていた。 それに比べて自分はどうか?そう思わずにはいられなかった。
「どうして国王騎士団に?」 ふいに思いついた疑問を彼女に投げかける。彼女は即答した。
「皆にみとめられたいから」
「!」
その言葉がエーヴェルトの心の奥にあった感情を呼び起こす。 野心や欺瞞に満ちた心の奥。あの純白の希望に溢れる過去の自分の心。 その一言が黒く覆われたエーヴェルトの心に一筋の光を指した。そんな気がした。
「奴隷だっていうと皆嫌な目で見る。でも王国騎士団なら違う。みんな尊敬の目で見てくれる。だから入った。」 「活躍して。みんなの役に立って。認められたい。そうすれば奴隷だった自分を認めてくれるような気がするから。」 ニっと白い歯を見せた。
眼が合いそうになり、エーヴェルトは思わず視線を下げた。 マルシェの真っ直ぐな眼を見ることができなかった。眩しすぎて。今の自分の心を見透かされそうで。自分を蔑みたくなりそうで。 貪欲に力を欲してきた自分が間違っていると思ってしまいそうだった。
「でも、そんな都合よくは出来てないんだ。」 自分に言い聞かせるように呟く。
「?」
「そんな気持ちだけで人が救えるならオレ達はいらない!」
「うん、そうだね。」
「力がいるんだ。力が、権力が!じゃなきゃ誰も守れない!仲間も!家族も!民も!」
「そうだね。うん。」
否定はされなかった。マルシェはただただ笑顔で言葉を返してきた。 本当にわかって言ってるのか。自分の話を理解しているのか。ただ当たり障りのない返事をしてるだけなのか。 エーヴェルトの疑心は募っていく、しかしそのうち考えることが馬鹿らしくなって握った拳を緩めた。
廊下は途切れ、気づけば騎士団宿舎に着いていた。 空を見れば星が輝いている。星空を少し見上げて、乱れた心を落ち着かせた。
「明日の訓練は7時からだ。遅れるなよ。」
「イェッサー!」 マルシェは冗談っぽく敬礼をして宿舎に入っていった。
それを見送り空を見上げる。 第八隊。マルシェがこの部隊に幸運を齎す女神となるか。混乱を齎す悪魔となるか。 そんなことを考えながら、エーヴェルトは波乱の一日を終えた。
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