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騎士宮ライマーの不幸
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投稿者:torame
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(2011年06月16日 (木) 05時52分) |
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「(スキップスキップヒッルメッシダ)」
などと楽しげに歌いながら、フィエルテ、騎士団宿舎の周囲にある庭をスキップで歩き回るワープ。
「仕事が終わってからだけどなぁえーコラー!!腹減ったー!」
突然立ち止まって叫ぶ。 その姿は誰が見ても「少しおかしなヤツ」だった。
「おふざけはこのぐらいにしますか」
立ち止まり、ズボンの裾をぱんぱんと掃う。
時は遡り、数十分前。 ベッドとクローゼット、机しか置かれていない簡素な自室。 ベッドの傍らにある机の上に置いている連絡用魔石から、着信音が鳴り響いた。 ビープ音はピアノメロディ、猫を踏んでしまった貴族の男の子が足を引っ掛かれ泣き叫ぶ様子を歌った曲。 つまり国の上層部からの連絡を意味した。 曲目の設定はワープの趣味だ。
「はい?」
手に取り、魔石の台座に配されたボタンを押す。
「海女、ワシだ。ケンエオウだ」
魔石から響く、壮年を思わせる低いが、威厳に欠ける男性の声。 やや焦ったような声音で、抑揚が乱れていた。
「言われなくても分かってますよ、着信音ちゃんと設定してますから。つうか、何スかその呼び方は」
「海棠家の彼女。お前の通称よ。長いからウミオンナじゃ」
「けー」
とても国の暗部を担う上司と部下のものと思えぬ会話が繰り広げられた後、それで、と魔石口の声が低い調子になる。
「勿論こんな事を言う為に連絡したワケではない。件のネズミの事だがな、予定が早まった。」
「んはぃ?」
思わず間抜けな声を出すワープ。
「ネズミは既に宿舎付近まで近づいているらしい。付近と言えど周辺の町などでのうて、宿舎の窓の下の草むらにおる可能性も有るという事じゃな」
「げ」と一言声を発すると、それを遮るようにケンエオウという男性の声が続く。
「兵士の皆さん方が出兵なされた頃にお前は宿舎の調査に行くんじゃ。」
「なるほどね、了解りました。」
「これから1時間半ほど後、宿舎に迎え、以上、通信を切る。」
「オーバー。」
「こっちのセリフじゃ」
ケンエオウがそう言った後、通信は切れた。
「…装備でも整えときますか。」
「…さぁ、て、怪しいヤツはと…」
人の少なくなった宿舎を探し回る。 草むらを掻き分けたり、以前美人と評判の給仕のお姉さんの入浴を覗く為に空けた穴を覗いてみたり、この隙に何か盗んで間者のせいにしてしまおうかと考えたり。
「ふむふむ、兵士っつってもやっぱりねえ…微妙なラインだね、下級貴族とそうスーパーな差が有るワケじゃないんだねサボテンね」
庭の窓から兵士の部屋を覗いた感想。 そして、ある人物の部屋に差し掛かった。 騎士の一人、「ライマー」の部屋だ。
「…(ケンエオウから連絡が入ったって事は、こいつから指令が伝って来たんだろうな)」
そっと覗き、部屋を見回す。異常無し。
「テメーなんか国の上司じゃなけりゃ毎日出会い頭にパンチしてやるんだよっと…」
心の中でそう呟きながら、足を傷つけそうな葉の落ちた枝ばかりの低木を飛び越えた。 ライマーという人物には以前何度か会った事が有るが、海棠家の一部の人間、自分やダイブのようなタイプとは根底から会わないタイプだった。 少なくとも自分の印象では、貴族染みた高慢さが全身に満遍なく張り付き、その溢れ出る高慢さを絶えず自分より下の気に入らぬ者に浴びせかけるような男だった。
「………………」
庭をぐるっと回り、再び入り口を横切っても、何も見つからなかった。 一階の部屋はだいたい庭の窓から覗いた。 宿舎の中におじゃまして探すか、そう考えた時。
「(ぴこぴこ)」
草むらの中で、何かが動いているのを見つけた。 目を凝らしてみると、それが「耳」である事が分かった。 それも白く、柔らかそうな猫のような耳。
「・・・・・・・・・・・・」
なんだ猫か、と通り過ぎる事は出来なかった。 耳の根元に青い髪の毛が生えていたのだ。
「(ネズミじゃないじゃん。猫じゃん。)」
間者は亜人だった、と直感。 それだけ観察すると、すぐに気配を殺し、「猫」の背後から忍び寄る。 抜き足、差し足、忍び足、3拍子を取りながら接近、気配の殺し方は我ながら完璧、と思いつつ…
「(むんず)」
亜人の小さな体を掴んだ。草に隠れて見えないが胴体だろう。 間を置かず亜人の、幼児のような、猫のような声が響く。
「にゃあああああ!?」
「つっかまっえた」
柔らかい体を強く把持し、20cmほどの小さな体を草から引き出す。
「やぁかわいい猫ちゃん。ここで何してるのかにゃ?」
小さな子供に話しかけるように、笑顔で目を合わせる。
「ひゃっ、ひゃい…お散歩してたら、迷っちゃったのにゃ、見逃してにゃ」
猫は変わらず、怯えた様子で、憐憫を誘うかわいらしい声で懇願して来た。
「うーん、しょうがないなー。アンタかぁいーし、ホントはダメだけど許してあげよっか」
笑顔のまま、心にも無い検討をする振りをした。 血の臭いを感じた。 それと何らかの方法で体を縮小しているが、実際の姿ではない事にも気付いた。 魔法か改造か、骨格、筋肉の手触りから頻繁に縮小、増大を繰り返していると分かる。 コンマの感覚でそれを判断する。 その時、間者も同様に、目の前の相手が同類で有る事に気づいた時。
「駄目っ!」
「にゃああああ!?」
許してあげない、口に出して結果を伝えた。 女の力とは思えぬ強力が紡ぎ出される左手で相手を把持したまま、右手首に仕込んだ隠し銃を額に突きつけた。 引き金を引く、その瞬間
「こっ、こんなとこでやられるワケにゃいかんのにゃ!!」
「いいや、死ぬ よ!?」
猫が突然巨大化、いや本来の姿であろうと思われる8頭身の青年となった。 当然間者の胴体を把持していた手は増大した幅に遮られ、手を離してしまう。 銃弾はまさか、大幅に位置を変えた脇を通り抜け、にっくきライマーの部屋に突っ込んだ。 しかし、「ざまあみろ」等と考えている暇は無かった。
「へっへん、まぬけー!追いつけるもんなら追いついてみーにゃ!」
すぐさまかなりの速さで遠ざかっていく猫間者。
「ンーピキピキ…」
持てる限りの反射神経で間者の逃げて行く方向へ走り出す。 速さは僅かというにはかなり語弊のある大きさでこちらに分があるように思えた。
「(こちらの方が早い!)」
同時に、相手にそれ相応の戦闘力が有る事も見抜いた。 追いつき、死合に発展した時どう殺すか。 考えつつも、とにかく追走が始まった。
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