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[75] 「正義」の国に入り込んだ異物 投稿者:かやさた (2011年06月14日 (火) 02時56分)
「……おい。」
「……聞こえているのか?」
「……返事をしないか、レインベリル!」
---呼びかけは、6回以上無視するのが基本。

「まったく……、制作をしている時は、周りの音が耳に入らないのだから、困ったモノだ。」
---いえいえ、実際聞こえてないわけじゃないのよ。そう思わせているのです。

「だいたい、何でこんなイカレタ格好の女が、教祖様の錫杖制作を任されている…」
「言うなよ、ああ見えて腕は良いらしいんだから。」
「頭の方はからっぽみたいだけどな。」
---お褒めの言葉として、受け取っておきましょう。そう思わせて、いるのだから。

「おい」
僧兵は持っていた錫杖で、作業台の角をコツコツと叩く。今気づいたとでも言うように、レインベリルと呼ばれた女は目を丸くして、僧兵を見上げた。真緑に染め上げられた巻き毛が揺れて、油の浮いた頬に張り付く。汚い物でも見るように、僧兵は眉を潜めたが、女はそれには気づかないフリをした。
「作業は順調か?」
「いいえ、今は中断させられてるわ。」
女はそう言って、歳柄も無く殊更に無邪気な笑みを浮かべてみせる。問いかけた僧兵は飽きれたように、長くため息をつき、入り口付近で控える騎士は、吹き出したのをあわてて手で押さえた。
「……まあ、いい。教祖様の錫杖だ。くれぐれも粗相の無いようにな。」
「やぁね〜、わかってますって〜。」
能天気そうにヒラヒラと手を振る女の前に、ころりと、小さな木片が差し出される。
「これ、なぁに?」
「聖樹の木片だ。」
「せいじゅ?」
知らんのか、という顔で僧兵が眉をしかめ、
「お前は気にしなくてもいい。それを錫杖の中心に埋め込むようにと、上からの指示だ。」
面倒だと思ったのか、説明もせずに用件のみを伝えてきた。
「いいか、くれぐれも粗相の無いように、だぞ。だいたい、教祖様に仕える身であるならば、聖樹のことぐらい勉強しておけ。」
僧兵はそれだけ言い残し、騎士とともに部屋をあとにする。
「は〜い」
という、暢気な返事は、勢いよく閉まったドアの音に相殺された。

---あれで、礼拝の時などは教師然として、壇上から説法をたれるのだから、ちゃんちゃらおかしいわね。
レインベリルは、くっと口の端を吊り上げる。
---別に、頭が空っぽなわけではないのよ。
外には監視が控えており、聞き耳をたてているため、口には出さずひとりごちる。

わかっていることはたくさんある。例えば、フィエルテの上層部は腐ってるとか、リシェスのアルムコーポレーションの社長は馬鹿を装っているだけだとか、この国の聖職者には生臭坊主が多いだとか……この木片は、木材ではない、とかだ。巧妙に似せてはあるが、重さと、ひんやりした感触は、おそらく樹脂製だろう。木片もどきの表面をついと指でなぞれば、ひっかかりを感じる。慎重に捻ると木を模した樹脂製の殻は、たやすくはずれた。

中身を確認し、レインベリルは初めて眉間に皺を寄せる。
---ゲスな物を……

それは、彼女は知らぬことではあったが、数日前にアルムコーポレーションの社長が「新製品」と称して記者に見せていた物である。
その「新製品」を何故知り得たのかと言うと、彼女もそれの開発者の一人だったからだ。

しかし、彼女は、その「ゲスな物」に元通り殻を取り付けると、何事も無かったかのように作業を再開した。

わかることもわからないと言い、知っていることも知らないと言い、頭が空っぽで、宝石にしか興味が無くて、常識の無い人間を装うこと。それがこの国で生きるための処世術だったから。

・・・・・・・・・・

月も沈みきった深夜だった。作業を一段落させて帰宅したレインベリルが、自宅の鍵をまわし、中に入る。明かりをつけると、布団に寝かされていた少女が警戒の目を向けてきた。悪いことをしているわけではないのに、何故こんな目で見られないとならないのだろうか。らしくないことをした、と後悔する。

傷だらけで、意識の無い少女を拾ったのは、昨晩のことだった。
植え込みの陰に倒れていたそれは、泥とほこりで汚れきっていて、最初は雑巾が捨てられているのかと思ったほどだ。

---面倒ごとを背負い込むのはごめんなのに、なんでこんなの拾っちゃったのかしら。リダスタ家からの依頼の納期も迫ってるっていうのに……

そんなことを考えながら、レインベリルは少女…ユカリスに、淡い色の見習い僧の服を差し出した。

「わけありなんでしょう。面倒だから聞かないけれど、とりあえず着替えなさい。着てた服は燃やしちゃったからね。」

「……これは…?」

「……妹の、よ。変なところに穴なんか開いて無いから、大丈夫……。」

---そういえば、妹が死んだ時もこのくらいの年齢だったっけ…
女は感傷を断ち切るように、かぶりを振る。

「テーブルの上の物は食べてていいわ。出てく時は一声かけなさい。」
レインベリルはそれだけ言い残し、返事も待たずに自宅の作業場へと消えていった。

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[74] 出兵 投稿者:はくろ (2011年06月14日 (火) 01時01分)
自分を罵る父母の声、武術しか才能(とりえ)のない自分に失望する兄の姿……。
――― ああ、またか。と思いながら、夢の中を彷徨う。

「エーヴェルト、おい?!返事をしろ、私だ!!」
「………どうしました?」

だが、突如としてその耳に飛び込んできたのは、彼を呼ぶ声だった。
寝ぼけ眼で、寝台の近くに置いてあった洗面台で顔を洗うと、むくりと体を起こして部屋の鍵を開ける。

「リシェスと通ずる謀反の通告有り。すぐに用意しろ、第五(レオーネ)、第八(アルアクラブ)隊に出撃要請だ」
「……!」
そこには別の隊の隊長をしている騎士の姿があった。
エーヴェルトはぴくりと眉を動かしながら、一度、自身の頬を強く抓ってみる。現実だ。
そしてこの出兵に関する作戦指南書(ストラジック・レポート)を受け取ると、さぁっと顔の色が引いていく。

「どうした?顔色が悪いではないか。上の作戦がそんなに不満か?」
「………いえ、滅相も御座いません。ライマー殿」
「ならよろしい。出兵は2時間後だ。それまで準備をしておくように」
口ではこう言っているが、顔色からしてエーヴェルトが乗り気でないことは解る。
ライマーは告げることだけ告げるとぱたんと執務室の扉を閉め、ぽつりと呟いた。

「……お前のような分際が、このような大役を頂けるだけでも十二分に有難いのだよ、エーヴェルト。」

「………ッッッ!」
ライマーが去るや、エーヴェルトは端正な顔を歪めながら指南書をくしゃっと丸め、屑箱へ投げ入れる。
そして、魔法によって起動する通信機を片手に、町へでた部下を呼びつける。
あと二時間しか猶予がない……が、首都に出たと仮定するなら、彼らの足で十分戻ってこれるだろう。

「隊長、急ぎできたんでくたくたですよ。私ら」
「こらっ、言葉が過ぎるぞ」
「すみません」

「緊急の出撃命令が下ったのだ。せっかく外に出たのにすまないな、二人共」

「なんでまた」

暫くして、へとへとになりながら帰ってきた部下二人を迎える。
既にその他の隊員は揃っており、彼らが最後だった。

「リシェス国境付近の村に謀反の疑いのある集団が集まっており、本拠地とこちら首都へ侵攻している集団を殲滅せよとの命令だ」
「え……?」
「我が隊の担当は首都への侵攻している集団を叩くものとなっている。」
「そ、それじゃあ我らに同国民を、討てと?」
「ああ、そうだ」

怪訝な顔をする二人を冷たい新緑の瞳が一瞥する。
そして、エーヴェルトは何かを思いついたようにぽんっと丸めた右拳で左掌を打つと、

「そうだ。リシェス国境から首都までは丁度険しい山になっていたな。林もある……。」

「林の中に潜伏して、通りかかったところを奇襲しよう」

ぽつりと呟いた。

「隊長……それは、騎士の流儀に反するような気がしますが」
「そんな戦術……らしくないですよ?!どうしたんです!」
「より確実な方法を提案した。異論があるなら、他の隊に移るか?」
「…………いえ。僕の上司は貴方しかおりません」
「ちっ……胸糞わりぃじゃねぇですか……よりにもよってウチだなんて」
リトスは黙り込むが、アコルデはそのまま悪態をつく。彼も平民(二級国民)だ。同国の上、同じ身分の平民殺しは気が進まない。
それも作戦が作戦だ。これじゃあ、お世辞にも騎士などと誉れ高く、華やかなものではない。

「………異を唱えればこちらが謀反者だ。お前は彼らと同じようになりたいのか?」
「だからって、何もそこまでしなくても……っっ!」

なおも噛み付くアコルデの喉元にエーヴェルトの短刀が突きつけられる。その顔には殺気。
静かに忍び寄り、獲物を狙う蠍のごとくの鋭さだ。
実際に殺気をむけられたアコルデ以外の周囲の騎士達の背もぴくりと動いていた。

「今ここで私に首を飛ばされるか、戦場で騎士として華々しく散るか、どちらがいいか選ぶのだな」
「…………」

アコルデは反論できなかった。
ただ、目の前の若々しい青年から発せられる静かな殺気が恐ろしかった。

「荷物をまとめろ。すぐに出る」
「「「はっ」」」
次々と出兵の準備にとりかかる部下を見送り、エーヴェルトは愛用の槍に手をかけ、眼を閉じる。

(……私は決めたのだ。今更、信念を曲げるわけにはいかない)

周囲を納得させられるほどの地位が欲しい、権力が欲しい、私を認めて欲しい。
今まで必死にもがいて、もがいて、やっと、この部隊長の地位と権力を手にしたのだ。今更何を迷うことがあるものか。

(その為ならば、同胞殺しの汚名も、喜んでこの身に受けよう)

その数時間後、リシェス国境の小さな村が、阿鼻叫喚の戦地と化した。
他国に襲撃されたのではない。謀反という名分はあるが、フィエルテ国民同士の争いだった。

「第五隊はうまくやっているようだな。さて、そろそろ奴らが通りかかるころだろう。用意は良いか?」
「準備は整っております」
「隊長!前方に謀反集団と思われし集団が!」

第五隊が村を襲撃しているちょうどその時、リシェス国境〜首都間の山林に、第八部隊の面々は潜伏していた。
悪路に強い騎獣、ヨズィーリザードやアラシャに騎乗した団員達は、騎獣をなだめながら、エーヴェルトの号令を待つ。

「……ちょ、あれ、プレアデスじゃないですか?」
「奴らがリシェスと繋がっていたなんて……!信じられない!!」
「彼らの忠義はこんなものだったのか!?」
謀反集団を発見した団員により、その正体が告げられ、周囲に衝撃が走る。
まさか、あの傭兵ながら忠義に厚いプレアデスがリシェスと通じているなんて。

「静かに。潜伏がバレる」
ざわざわとどよめく部下を制止しながら、エーヴェルトは唇を噛みしめる。
その仕草を悟られぬように、指示を下し、自身が駆るスキロシュに指示を下し、部隊後方に下がる。

(……よりにもよって………!)
平静を装うも、動揺という異分子が平坦に整えられた心を埋めようとする。
ゆっくり深呼吸して、異分子を取り除き、槍を掲げる。

「かかれッッ!!!!!」
「皆ッ!!逃げろ!!」

突如発せられる轟音。
傭兵団の一員らしき男が、魔道兵の放った光弾に巻き込まれ、倒れる。

「ちっ、一人ですか……これで終わってくれれば良かったんですけど」
「そうだな。」

「………」

だが、先程の奇襲で倒れたのは男一人……、そう、ケーフィアだった。
せめてもの慈悲のつもりなのだろう。暫く黙祷が捧げられた。

残りの部下を率いて第八隊の隊員たちは、傭兵団の団員たちを血と死に染め上げながら山道を行く。


「相手は徒歩……このまま追跡し、疲弊させる。何名かは先へ回れ」
「了解です、隊長。行くぞ、アコルデ」
「……はい」

と、エーヴェルトの脇に控えていたリトスらを乗せた騎獣が山林を抜け、道の先……ユスティティア国境付近へ走る。
別行動を取る部下を見送ると、エーヴェルトは視線を戻す。
その先には、謀反の疑いのかかった傭兵団プレアデスのまだ幼き少女ユカリスと、彼女によく似た母親、ナガリス。

「子供が逃げる。逃がすな、追え!」

全身から血を流し、倒れるナガリスの涙をも知らずに、
部隊後方に控えるエーヴェルトの号令と共に、団員達を乗せた騎獣が一斉に駆ける。
彼らの達の上で白刃をはためかせる団員達が彼女らに襲い掛かかろうとしたその時だ。

(ユカリス……。どうか、生きて)

曲剣を構えた少女の小さな体が、弾丸のように跳ね、傷ついた母から離れた。
後ろには、突撃してくる騎獣たち、飛び交う光球に矢。振り返らずに、彼女は走る。

(お母さん(ナガリス)、……「また、会おう」)

ナガリスは、走り去るユカリスを地面に横たわりながら見送り、言われた通りに手榴弾のピンを抜き、自分の前に置く。
愛する夫、フィネストも、騎士団と戦い命を落としたのだろう。もしも、死後の世界があるのなら、また一緒になれるかしら?

(5…、4…、3…、2…、1………)

心の中でゆっくりと5つ数える。

「グレネード!?」
彼女がそっと眼を閉じ、我先に武勲をと最前線を駆ける騎士が手榴弾に気づいたときには既に遅かった。
白き閃光が彼らの視界を遮り、そこに爆音が響いた。

――――― ― ―

大きな会議室に、二人の騎士がいた。
片方は先程、エーヴェルトに急の報を告げたライマーだ。

「これで、謀反者のほうはなんとかなるでしょう。あの男達の手腕は騎士団内でもかなり優秀な部類ですものね」
「ああ。そうだな。後で責任が出るようなら、彼らになすりつければ貴族達の機嫌もよくなるだろう」
「そうですね」

特に、成り上がりの第八隊隊長、エーヴェルト・ブルムクヴィストの存在を快く思っていない者は多いですから。
と、ライマーは付け足した。

「後は上の耳にこの話が届かなければいいのだが」
「はは、バレてしまったら私たちの人生も終わりますからね」

「そういえば、海棠の“彼女”により、国内に間者があったとの報告が。そして、その間者……どうやら近くにいるらしいんですね」
「間者か……よりにもよってこのタイミングでか。至急“彼女”を呼び寄せよ。」
部下の報告をあしらうように男は指示すると、部下、ライマーはすぐさま下がる。

「承知いたしました」

そして、連絡用の魔石を取り出すと海棠家の“彼女”……あの若紫色の髪の女性、ワープへ連絡を回す。
“騎士団宿舎付近に間者らしき影有り。至急こちらの対策をお願いしたい”と

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[73] 死を恐れ嫌い生を抱え逃げろ 投稿者:林檎茶 (2011年06月13日 (月) 00時05分)
リシェスは、大した面白味も無い街ばかりだった。
彼は歩きつくした国を、ぼんやりとそう結論付ける。

彼には、役職など無い。
あてども無く流浪する旅人、という表現が正しいだろう。
時には夜が来るまで歩き続け、時には通りがかった馬車に乗り込み揺られ。
戦の気配が這い寄りつつある時勢に置いて、彼のように穏やかな旅路を行くのは変わり者だった。

無論、生きていくには必要なものが多くある。
そんなときに彼が熟せるのは、腕っぷしを振るうことだけ。
ある時は高貴な身分の者に、街から街への道中、身を守れと頼まれ。
ある時には国からの助けも乏しい辺境の村で、作物の収穫を手伝ってほしいと請われ。
変わり者の彼は、それらを快く請け負う。
働きを終えれば金品や、食料を必要なだけ受け取った。
そしてその日を、生き延びる。
彼は、そうして旅を続けていた。

ある時、ごろつきが彼の携えた剣に目をつけた。
腕に覚えがあるだろうと見込まれ、とある男を始末してほしいと頼まれたのだ。
だが、彼は命を奪うことを嫌った。
それが例え救えない悪でも、許されぬ害であろうとも。
彼の失われた過去と、胸の奥にある何かが、それを嫌うのだ。
彼は何も答えず、その場を立ち去ろうとする。
だがごろつきはそれを拒否ととり、受け入れぬのならばとナイフを持ち出された。
なんとも勝手な理屈で命を狙われた、が。
彼は返り討ちにはしなかった。
完膚なきまでに打ちのめしはしたが、それでも命を奪うことを拒んだ。
面倒事を避けるように、彼はその街から去った。
似たような事は、何度も覚えがある。
その度彼はまた、違う街を目指すのだ。

またある時、彼は野盗に襲われた村を見つけた。
家畜も、多くの人々も殺され、作物は踏み荒らされ、金品は奪い尽くされ。
残ったのは僅かな村人のか細い命のみ。
村人らはきっと、放っておけば死ぬのだろう。
この小さな村は、誰にも気付かれぬまま滅ぶのだろう。
旅に必要なものは存在しない、旅人が寄るような村では無かった。
だが─彼は素通りをしなかった。

しばらくして、生まれた風の噂がいくつかある。
村人は生き延びて、大きな街でなんとか生きていること。
長年蔓延っていた野盗の巣窟が、完膚なきまでに埋められていたこと。
縛られたならず者の集団が、街の門兵詰所の前に置き去りにされていた、などだ。
噂の主は、現れない。
またどこかの街を、目指しているのだろう。


彼は─旅人ディプスは、そんな生き方を続けひたすら歩む。
知りたい、自分は何者なのかを知りたい。
その、たった一つの思いを抱え。

話は、冒頭に戻る。
確かに、この国ではいろいろあった。
善悪、浄不浄、様々な物に触れてきた。
そしてひとつ感じたことがある。
他人に施しを受ければ感謝をし、困窮する者がいれば目の前に手を差し出す。
ともかくリシェスという国ではこの行為が変わり者と見られた思い出が多かった、と。
それが一面に過ぎないとしても、ここはそんな寂しい国だったなと、そう思う。
遠くに霞む国境の門を振り返りながら、ため息をついた。
王政国家フィエルテ。
彼の新たな旅路の舞台である。

「おっ、と。早めにずらかろ」

余談だが、彼は正規の手段で国を越えたわけではない。
持ち前の勘に任せて、人ひとり居ないであろう山へと入り込んだのだ。
道なき道を進み、寄ってくる魔物を避け、野盗と出会わぬことを願い突き進み。
そうしてようやく国の境を越えたのだ。
不法入国、と誰が問おうとも構わない。
彼は、自分の居場所を探すために世界を見なければならないのだ。
新たなる国に思いを馳せ、新たなる街との出会いを求めまた歩き出す。

そして、とても悲しい出会いをする。
一番近い村はこちらか、と選んだ道。
荒らされ、掠れたその道を進めば徐々に臭い、感づく。
火の臭い。
鋼鉄の臭い。
血の臭い。
戦いの臭い。

「……!!」

そして彼は、死の臭いを嗅いだ。

「なんだこれは……」

家と呼べる物は、そこには無かった。
人と呼べる者も、そこには無い。

「なんなんだ……!!」

そこに『生』は、感じられなかった。

「どうしてこんな……!?」

死がその村を、支配していた。





数えきれないほどの骸があった。
顔の判別がつかないもの。
どちらが裏か表か、解らなくなったもの。
単なる肉塊と成り果てたもの。
互いに握り合った、手と手『だけ』になったもの。
その全ての為、ディプスは墓を掘る。
道具など無い、その『手』で掘る。

「……『壊』……」

やりきれない思いを込め、咒う言葉を放った。
地に当てた掌から流れ込んだ力が、大地に穴を空けていく。
彼の出生と共に、源の伺い知れぬ力だ。

「すまねえなあんたら。俺にはこんな……穴を掘るしかできねえ」

文字通り聞く耳が頭ごと存在しない遺骸に語りながら、荒れ果てた村に墓を立てて廻る。
帰る家の隣で眠らせてやりたいとも思っていた。
だが彼にできたのは、村の中央に全ての墓を並べることまでだ。
ひどく悼ましい気持ちに囚われた彼には、届かぬ善意は憂鬱さを呼び寄せるばかり。
無力感に苛まれ、死体を運ぶ指は恐怖とは違う震えが止まらなかった。


「……ぅぁ」
「!」

聞こえた。
無音の『死』が奏でる合唱がぐるぐると廻るこの村で。
生きようと藻掻く少女の声が、彼の耳に届いた。

「おい!お前!」

泥と、血反吐と、爆ぜた肉片と、砕けた骨片と、潰れた臓腑の陰に。
汚れた、だが確かに輝く小さな命の光が、潜んでいた。

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[72] 天の鐘楼は何処まで響く 投稿者:cell (2011年06月12日 (日) 21時27分)

宗教国家ユスティティア。

礼拝堂から伸びる長い廊下に、二つの人影があった。

廊下はステンドグラスで彩られ、二人を七色に照らしている。



「んー、相変わらず長い会議、おっと、礼拝だったな・・・」

「・・・あまりそういうの言わないで欲しいんだけど。」

「ん、悪いな」



長く続く廊下には二人以外の人影は無く。

小さな声での会話ですら、遠く響いてしまうが、それを聞くものもいない。


「仕方ないものだってのは分かるけど、こうも続くとな」

「『我等が神』が望んだことよ。それに従わないつもりなの?」

「んーん、そういうわけじゃないけどな・・」


金髪の男が気だるそうに返し、その度に白髪の女性が叱責を繰り返している。

歩みを進めるたびに響く靴音が、時を刻む秒針の様に一定のリズムを崩すことなく、ただただ続いていく。


「これは私たちの戦い。『我等が神』のための戦い。正義の意思をこの大陸に遍く知らしめるための戦い。私たちは正しいことをしているんだから、考えることも無いでしょ?」

「んー・・・」

「何よ、それとも『我等が神』の意思に従わないの?」

「いや・・・そういうつもりじゃないけどな」


男には何か思うところがあるのか、歯切れのいい返事は返ってこない。

女にも、男がそういう人物だというのは重々承知していた。

それでも、今度は。今回だけは。


「もし、『我等が神』に背く事があれば――」


少し前を行った女が振り返る。

男の目を真っ直ぐ見つめ、


「その時は、たとえ味方でもあなたを仕留めるわよ。コシーナヘネラル」


明確な意志と覚悟をこめて、蔑称を投げつけた。

正確なリズムは崩れ、長い廊下には男だけが取り残された。




「んー、やれやれ・・・恐ろしいね。琴音隊長よ・・・」

正午を告げる金色の大鐘楼の音が、男の呟きを隠していった。

戦が始まるまでに後何回、この音を聞けるかは、誰も知らない。

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[71] The calm before the storm. 投稿者:yoshi0 (2011年06月11日 (土) 03時51分)
「このカードはゴキブリだ!これ本当!いやまじで!俺を信じろ!」

「はいはい 先輩バレバレですよ! "嘘"!」

「はいドーン!お前ゴキブリ4枚で死亡!…あり金全部出しな!ンハハハハ!」

「NOOOOOOO!」

軍事国家アンビシオン。その地下研究所で悲痛な叫び声が響く。
彼らがしているのは、今アンビシオンで大ブレイクのブラフゲーム「ゴキブリポーカー」。
厳重なセキュリティドアの前、本来ならば入室者をチェックするセキュリティルームのカウンターで、彼らは大胆不敵にもカードゲームに勤しんでいた。

「くそぉ!全っ然勝てないっスよ!先輩!」

「ンハハハハ!今日の飯代が浮いたぜ!ありがとな!カイ!」

カイと呼ばれた男。あどけない顔つきに短髪の青年。
服装は警備服とは明らかに異なる黒い戦闘服にピストルベルト、それに自動拳銃をブラ下げている。
壁には無造作に、ボディアーマーとゴテゴテにカスタムされたM4小銃が立てかけられている。
暗視機能の付いた光学照準器に、サプレッサー、アンダーマウントショットガン。
明らかに特殊部隊向けのそれである。
彼はアンビシオン軍特殊部隊、スペシャルフォースの新米隊員。


そしてもう1人の「先輩」と呼ばれた男。
少し年季の入った顔つきに、オールバックと顎鬚を蓄えた様は、「先輩」というより「上官」というような風貌だ。
だが、気の抜けるような抑揚のある独特な声と調子のいい口調により「上官」というような印象は消し飛ぶ。
彼の名はゼフィス。
アンビシオン特殊部隊スペシャルフォースで10年以上最前線で活躍する老兵だ。
仲間内からは尊敬と親しみの念をこめて「先輩」と呼ばれている。

危険で過酷な任務をこなすスペシャルフォースで、10年以上現役で活躍する者はほとんどいない。
たいていの者はそれまでに命を落とすか、軍部の高い地位に就くことが多い。
ゼフィスにも何度か上層部からの"ラブコール"はあったが、彼はそれをことごとく断った。
そんな経歴にも関わらず、歯に衣着せぬ物言いと、親しみやすい性格で、新兵、中堅問わず仲間からの信頼は厚い。


「それにしても、今日も訓練サボって警備員の真似事なんか……そろそろ怒られないっスか?」

「ダイジョーブ、ダイジョーブ しかし、やっぱここはクーラー効いてて快適やな〜」

ちなみにこんな適当な性格のため、上官にとっては目の上のタンコブである。




「おっと、誰か来たな」

突然ゼフィスがそう言うと机のカードをテーブルの下に隠し、扉の横に立った。
物音も気配も何も感じなかったカイは、怪訝な表情をしながらもゼフィスに合わせるように扉に立つ。


数秒後、扉が開き、男が入ってきた。


カイは少し驚きながらも反射的に男に敬礼をする。
入ってきた男は敬礼を返す事なく、2人を横目に見ながら早足でその場を後にした。



男の姿が見えなくなると、恐る恐る敬礼姿勢をとき、大きく安堵の息を吐いた。


「…ホントに来たっスね!…いやぁ危なかったー」

「だろ?俺の勘は当たるんだ」

「でもあの人なら見つかっても大丈夫そうでしたけどね」

カイがそういうのも無理はない。入ってきた男は、透き通る肌に、綺麗な瞳、女性も羨む艶やかな金髪、
軍人とは明らかに違う、絵に描いたような容姿端麗な美青年だったからだ。その表情に微笑みがあれば男でも赤面するだろう。



「そうか?見た目は惚れ惚れする程だが……体に血の臭いが染み付いてた 俺達よりダーティな奴かもしれんぞ」
ゼフィスは目を細め、男の通った通路を眺めた。


「まー、先輩が言うならそーなんスかね〜」

「あ つか、それはいいからはよ金出せや」

「さ、そろそろ帰りますか!今頃大佐が僕らを探して激怒してますよ」

「おい無視すんなバカ 出せや出せや」

「えっと出口はこっちだったかな?」

「おい、カイ、コラ、殴るぞ、グーで」



そして男達は地下室を後にした。青空に向かって深呼吸と伸びをし、宿舎の方へと歩みを進める。
空のかなたで戦闘機の音がする。戦いは近い。

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[70] ストラテジック・レポート2 投稿者:yuki (2011年06月11日 (土) 01時33分)

 山林に逃げ込めたのは、ユカリス達にとって幸運だった。
 しかしそれでも、状況が悪いことに変わりはなかった。


 最初の違和感は、指定された戦地に敵影が全くいないことだった。
 そこから1つの仮定が導き出されるまで、さほど時間はかからなかった。

 2つ目の違和感は、その仮定に従って進路を変えた彼らのもとに、フィエルテの騎士団が現れたことだった。
 違和感を瞬時に危機感と認識したケーフィアが、ユカリス達に「逃げろ」と叫んだ。
 同時に、騎士団から魔法による光弾が放たれた。


 そしてケーフィアに言われるまま、ユカリス達はユスティティアとの国境である山脈をひたすら登っている。
 1人、また1人と仲間を削りながら。
「ケーフィアは……?」
 茶髪の女性、ナガリスが、今来た道を振り返る。普段は強情までに外へと跳ねる彼女の髪が、汗と血でべったりと顔に張り付いていた。
 血は、髪だけにとどまらなかった。
 右腕、わき腹、左足と、決して軽くはない傷口から流れる血で、彼女はほぼ全身が赤く染まっていた。
 それでも険しい山地を進めているのは、彼女を半ば引きずるようにして支える少女がいるからだった。
「……あの悲鳴が最期」
 ナガリスをそのまま幼くしたような、彼女と瓜二つの髪と顔立ちをした少女は、無表情のまま答えた。
 隠しもせず仲間の死を告げる声も、淡々としている。
 立ち止まって、ナガリスがため息をつく。血を流しすぎたせいで、彼女の顔色は悪かった。
「……ユカリス」
「わかってる」
 ナガリスと一緒に立ち止まり、少女、ユカリスがちらりと後ろを振り返る。
 後ろにはだれもいない。しかし、茂みを踏み分けて進む足音がいくつも聞こえる。
「ヨズィーリザード」
 ユカリスがつぶやく。
 二足歩行の、足場の悪い山地を行くにはうってつけの騎獣。それがフィエルテの騎士を乗せて、すぐそこまで来ている。
 徒歩で逃げ切るのは、もはや絶望的だった。
「……ユカリス……」
 ナガリスが、囁く。いや、もうそれ以上の声で話す体力がないのだ。
「…………手榴弾、まだある?」
 答える代わりに、ユカリスは袖口から隠し持っていたグレネードを取り出し、ナガリスに手渡した。
 その手に安全レバーを握らせ、ピンを抜く。
「手を離して、5つ数えたら爆発する。……投げるなら、3つ数えてから」
「ありがとう」
 ずるりと、それまでユカリスによりかかっていた体が滑り落ちる。
「……いきなさい……!」
 地面へ倒れたナガリスの方は一切見ずに、ユカリスは走り出した。同時に、茂みに姿を隠していた騎士団が一斉に飛び出してくる。
 走りながら、ユカリスは懐から取り出したターバンを剣へと変化させる。
 もちろん、交戦するつもりはない。いくらなんでも、ユカリス一人では相手にし切れない。


 しかし、せめて。


 走りながら、右手に持つ曲刀へ雷を溜める。
 バチバチと唸りをあげるそれを、閃光にして後方へ放った。


 せめて、母が一人でも多く敵を道連れにできるように。


 爆音と悲鳴を背に、ユカリスは宗教国家ユスティティアの領地を目指して走った。

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[69] 3日 投稿者:SyouReN (2011年06月11日 (土) 01時23分)
『おつかれさまです』

「おつかれ。」


いつもと変わらぬ日常。
こうやって毎日同じルーチンをこなし、目の前にある事だけをやり遂げればそれで
満足するものだと思っていた。

同じ服を着て、社の売り上げを伸ばし、人脈を増やし、60過ぎた頃には理想の
老後生活を送って安らかにそれで十分だと思った。


でも世界は、この僕を見事に裏切った。


かつて親友だと思ったヤツは僕の思いを寄せていた子と駆け落ち、内部スパイの存在で社の信用が
崩壊寸前まで行き、世間では僕の事を「成金主義」などと呼んで罵倒する者もいると言う。

現実は誠に残酷だ。勿論知らなかった訳ではないけれど、でも認めたくもない。

そして、起こるべくして起こったヘレディウム戦争。この地も近い将来火の海と化すのかもしれない。
そうなれば、会社だけでなく、自分自身の身もどうなるかなんてわからない。



迷った。とことん迷った。緊急速報が流れてから72時間中は悩んだはずだ。




そして僕は決めた―――。




(ピロロロ)
(ガチャ)

「はい」

『お客様がお見えになってます。』

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

記者「ハハハそうでしたかー」

「ところで…」

「これはうちの新製品なんですが、どう思います?」

記者「なんですかそれ? あ!アナタのとこも遂に切羽詰ってアダルトグッズまで開発するようになったんですか!?」

「ははは、違いますって。まぁ勘違いされても仕方ないですがね…」(カチッ)

記者「ハハh……………(バタン)」



真剣な顔になり僕は電話を取り、
「処理してください。それと実験は成功です。ボタンの感触は改善しないといけませんがね」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ニュースキャスター「次です。今朝6時頃、通行人が海で男の人が溺れているとの通報があり、警察が駆け付けたところ、
リシェス通信の記者の男性だという事が判明しました。争った形跡や傷が無いことから自殺したものとみて…」

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[67] (削除) 投稿者:システムメッセージ (2011年06月10日 (金) 23時59分)
投稿された方の依頼により、2011年06月20日 (月) 01時40分に記事の削除がおこなわれました。

このメッセージは、設定により削除メッセージに変更されました。このメッセージを完全に削除する事が出来るのは、管理者の方のみとなります。

[68] みはし > ※1 3級国民の管理をする2級国民が存在する。
※2 あだ名。闘技場に出る闘士には、このような名前が割り振られる。たいていロクなものでない。
※3 30分以上勝負を進行させ、その後負ける流れに持ってゆく。観客を楽しませる目的。 (2011年06月11日 (土) 00時00分)
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[66] フィエルテ・海棠家の様子 投稿者:torame (2011年06月10日 (金) 23時26分)
時刻は朝のうち、8時あたりに差し掛かった所。
朝の爽やかな風が吹き通る、一本の小さな木と芝生が敷かれた庭。
透き通るような青を湛えた空の下で、何かが克ち合う、乾いた音が響いていた。

「っ痛でッ!!」

次には何か重い物が草と土を引きずり、地面にぶつかる音。
同時に痛みによる悲鳴を上げたのは男だ。
目つきは悪く、獅子のような鬣を持った長身の男が、黒いスーツに身を包んだ、自分より頭一つ分小さい女性に組み伏せられている。

「ダメダメですなダイブ坊っちゃん、武器持って女の子に勝てないよーじゃ女の子なんか捕まるワケないですよ、ただでさえ顔そんなにコワいのに」

「るせー、だったらこの屋敷ン中からその女作れる奴探してみろ!…あと年上に向かって坊ちゃんはやめろよ」

「はいはい、じゃあとっちゃんぼうやでヨロシイですかね」

女性が掴んだ男の腕に力が込められる。
本来曲がらない方向に腕を曲げられているものだから、当然男の腕は軋んだ。

「痛ががががががが!!」

「朝のお稽古、終了ー」

海老固めの形から解放される、ダイブと呼ばれた男。
ダイブの背中から立ち上がった際、女性の流麗な、濃紫のストレートロングが風に舞った。

「っはァ畜生…なんで勝てねえんだ」

起き上がり、武器である錫杖を一振りし、口の中の苦い草と土を吐き出すダイブ。
対して女の体や顔に汚れは無く、涼しそうにしている。

「遅すぎですよ、何でも力技で済むと思ったら大間違いですがな。」

「るせい、それしか取り柄が無ェんだよ」

「そんな事ないでしょうに、一応ぼっちゃん、力技ならお屋敷で2番目に強えェんですから」

「ダメ出ししてんのか褒めてんのかどッちだよ」

「ダメ出しですがな」

「けっ」

一層爽やかな風が場に流れ込むと、分けの分からぬ微妙な間が会話を阻んだ。

「…で?坊ちゃん。10時から家族会議っすよ。出ます?」

「はん、お武家の見栄っ張り大会ね。嫌でも出なきゃアなんねェだろうよ…それにありゃ家族会議じゃねェよ、遠縁の何たらだか伯父だか知らねェけどよ、家族以外も居るぜ」

「またそういう仕方ないコト言う。この頃ますますグレてきちゃって」

どちらが言うでもなく、庭の向こうにある和風な外観の屋敷に歩き出す二人。
女は20後半になるダイブの、年不相応の子供じみた返しを期待していたのだが、返ってきたのは真面目な表情からの、真面目な言葉だった。

「疲れのせいかもな。戦争が激しくなって来てンだってな、最近。兵士の指導とか、会議とか、そういうのが多くなって来てッからよ」

「そうみたいっスね」

女性は、期待が外れたからか、話を耳に留めながらもつまらなさそうに返した。

「ワープ、お前ェは?」

流れた汗をタオルで拭きながら、ダイブが聞く。
ワープと呼ばれた女性は数分を置いて流れてきた汗を自分の持参したタオルで拭いていた。

「アタシの仕事っすか?そーっスね、なんか最近このフィエルテに間者が紛れ込んだらしくてね…ソイツを探して始末しなさいって」

ダイブが、目の上に二つ付いている猛禽類を思わせる眉毛の片方を吊り上げた。

「ふーん………」

「あら坊ちゃん、アタシの人殺し稼業、まだ慣れてないですか?」

「慣れるかよ」

「嬉しく思っていンですかね」

「さぁよ」

「ふふーん、素直じゃあない」

屋敷の扉を開ける。大きいが木製なので、重くは無かった。
入り口で室内用の履物に履き替え、土間から床へ上がる。

「じゃ、アタシゃ自分の部屋に戻るんでね」

「おうよ、じゃあまた昼か」

「いいえ、さっき話した仕事は夜に入ってましてね」

「かよ。」

「ええ。」

「返り討ちだけは無いようにしとけよな」

「相手が「ムヴァ」でなければ大丈夫かもしれませんね」

「ナルホドね」

話もそこそこにワープと別れ、反対方向へ歩くダイブ。
「家族会議」にはそれなりの格好をしていかなければならない。
それなりと言えど、普段からこの真っ黒なジャンプスーツ一丁であり、特に正装するワケではない。
土と草だらけのもので出席する事は流石に憚られるので、部屋にかけてある、今着ているものと全く同じデザインのものに着替え、顔と髪に付いた土を軽く洗面所で流すだけだ。
自室に入り、着替えている途中、ふとこれまでの事を思い出していた。


物心ついた時には、厳格な父親に男ばかりの兄弟3人で、既に武門の教育を受けていた。
父は武門「海棠家」の名に誇りを持て、と口を開けば言っていた。
しかし、父と国との交流は少なく、たまの公の場でも、父はどのような相手にも謙っていた。
相手がいかに年下だろうが、老人だろうが例外は無く、幼心に我が家の位は低いのだと理解した。
そういう態度を貫く父に、「低い家名に何の価値が有るのだ」と心で考えたり、実際に反発した事も有ったのを覚えている。
兄のゲンジロウは魔法を得意とし、自分は武術。末弟のミカエは、お世辞にもどちらも得意とは言えなかった。
ただ、父子揃って不器用な男の多い中で、気立てが良く、一番物腰柔らかで、そこは母に似ていた。

14才の誕生日、戦争で親と弟を失った遠縁の子としてワープが引き取られてきた。
その頃から今と変わらず自由で、色気も見えず、男のようで、そして強く。
年の差も4つとそう大きく離れているワケではなく、新しい兄妹が出来たような感覚だった。

21才に差し掛かる頃、ミカエを病で失った。病に勝てぬような病弱な体を持ったのも、病で死んだ母に似たのだろう。
家族で悲嘆に暮れた6年後、今年の3ヶ月ほど前、戦争で父を失った。
正確には戦争ではない。戦火ではなく行軍の際、暗殺者の凶弾から、伯爵様だか子爵様だか、とにかく爵位様を守ったのだそうだ。
下手人は分からず仕舞いで、正確には戦争に関係有るかすら分からなかった。

いつの間にか不器用な男二人が残った家で、ワープは鎹かクッションのような役割を果たしていた、とダイブは思った。

『フィエルテに間者が紛れ込んだらしくてね…ソイツを探して始末しなさいって』

先程の言葉を思い出す。
一家のクッションも、いつの間にか他国からの刃を砕く為の槌となっていたのだ。
本人に仕事の内容を聞いた事は無かった。
センチな性分であったつもりは無かったが、そうする事で家族間の距離が離れてしまうかもしれぬ、と思った。

「ちべてッ」

洗面所で、顔に冷水を浴びせ土と草を流し掃う。
時刻は朝8時半。

「会議までまだ時間あらぁな…」

会議場所は屋敷内。ダイブはもう少し自室で時間を潰す事にした。


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[65] ストラテジック・レポート 投稿者:yuki (2011年06月10日 (金) 23時05分)

 フィエルテの片隅、リシェスとの国境である川沿いには小さな村があった。
 これといった観光地ではない。にもかかわらず、村には畑も家畜も見当たらない。

 この村の収入源は、傭兵稼業だ。

 村人全員が傭兵。そんな笑えそうで笑えないこの集団は、プレアデス傭兵団といった。


 澄み渡った青空の下、村は阿鼻叫喚と怒号に包まれていた。
 警告もない、突然の襲撃だった。
「ティルダ! だめだ、村の裏手からも来やがった!」
 村の中心にある家、現在は司令塔にもなっているそこへ、男が転がるように飛び込んでくる。
 小柄だが、片手で長剣を持つほどがたいがいい。反対の腕には、13歳になる彼の娘が抱えられていた。
「もうか!? くそっ!」
 家の主、プレアデス傭兵団の司令塔でもある男、ティルダが精悍な顔をしかめる。
 もともと、国からの出撃要請で団員の半数が出払っている状態だ。数の差も、力量差も、相手の方が断然上だった。
「放して! 放してよ、父さん! お願い!!」
「なあ、あんたとユキだけなら逃げられるんじゃねえか? 今からでも、出撃してったやつらと合流すれば……」
 反撃に出ようと暴れる娘、ユキを抑えながら、男がティルダに聞く。
 ティルダは、首を横に振った。窓の外で、蹄の音が、襲撃者達が近づいてくる音がする。
「それはいくらなんでも無茶だ、フィネスト。やつらは俺たちを皆殺しにするつもりだろうし、向こうにだって手は回っているはずだ。下手に敵とかち合うようなリスクを負うよりは、あいつらの機転に任せよう」
 それでも男、フィネストは、諦めきれないというように首を振った。
 まるで駄々をこねる子供のような仕草に、ティルダが苦笑する。
「大丈夫だって。あっちにはケーフィアとナガリスに、ユカリスもいるんだ。うまく逃げ切るだろうさ」
 ティルダに諭されて、間をおいてから、フィネストはうなずいた。
「……そうだな」

「ねえ、」

 暴れるのに疲れたのか、暴れても無駄だと思ったのか、少し大人しくなったユキが二人を見上げる。
「なんで私たち攻撃されてんの? 私たちは敵じゃないよ」
 涙ぐむユキの視線の先、窓の外で、村を蹂躙していく騎士団が行きかう。
 彼らの持っている旗には、ユキたちが属している国、王政国家フィエルテのシンボルが描かれていた。
「それは俺達にもわかんねえな」
 窓の外を見て、ティルダが肩をすくめる。
「あいつら、戦略指針書(ストラテジック・レポート)になんて書いたんだろうな?」
 抱えていたユキを降ろして、フィネストも剣を持ち直す。
「まあ、王道にのっとってこんなとこだろ。『プレアデス傭兵団に謀反の疑いあり。これを殲滅せよ』」
「なんで!? 私たち何も悪いことしてないのに!」
 ありったけの武器を装備していくティルダに、ユキが食ってかかる。
 その時、ドアのすぐ近くで、悲鳴が上がった。直後に、外壁に何かが叩きつけられる。
 ビクッとユキが体を縮めた。
「連中にしたら、リシェスへ攻める口実がほしいんだろうさ。多分な」
 怯えるユキをよそに、ティルダは玄関へと足を向ける。
 それを見て、ユキが慌ててティルダを追う。
「ま、待ってよ! 私も戦う!」
「ああ、もちろんだ」
 にっと笑みを見せて、フィネストが屈んでユキと目線を合わせる。
「あんたの能力は俺達の切り札だ。でも、誰にも姿を見られちゃいけない。声もなるべく出すな」
 フィネストの意図を察しって、ティルダが言葉を重ねる。
「そうだな、お前は隠れながら戦え」
「……もし、隠れる場所がなくなったら……?」
 不安そうに、ユキがティルダを見上げる。
「その時は、」
 そんなユキをなだめるように、フィネストはユキの頭を撫でた。
「その時は、誰かの死体の下に隠れろ」
「……」
 無言でユキが頷いたのを合図に、ティルダとフィネストはドアを蹴破って戦場へと躍り出た。


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