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言葉なんて無くとも。
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投稿者:ベル
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(2008年06月18日 (水) 16時43分) |
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「………………」 「………………」
ひたすらに無言。外の喧騒の一つ一つがはっきり解るぐらいにまで沈黙を保った部屋。 二つ用意された大きなベッドにそれぞれ腰掛けているのは、黒い小人にどこかの令嬢。 もとい、ルクラとヴァールであった。
「………………」 「………………」
ルクラは意味もなく焦っていた。 何故なら、部屋が決まってお互いに挨拶を交わしたっきり、それから一言も言葉を発していないのだ。 しかも、今は自分がヴァールに背を向けている格好。 何か話さなければ、何か話さなければと慌てても何も話題は思いつかない。 何か話題を見つけるまでの時間稼ぎ、などと思って背中を向けたものの、思いつかぬまま振り向いたら変に思われてしまう。 そんな考えが頭から離れず、ついには緊張で冷や汗まで少しかき始めたその時だった。
「……ねぇ……」 「ひゃっ!?」
いつの間にか、ヴァールが隣に腰掛けていたのだ。 思考に集中しすぎて気づかなかったルクラは素っ頓狂な声を上げてしまう。 そんな彼女を見つめるヴァールの今の姿は、大きな鎧に身を包み武器を振るう戦士とは到底思えないほど儚げなものだった。 「……着替えないのかしら……」
ルクラが驚いた様子にも特に何か反応するわけでもなく、淡々と語るヴァール。 言われて見れば、いつの間にか彼女は着替え終わっていた。 まだルクラはあの真っ黒なローブのまま。 何度か着替えてここまで来たものの、流石に少し汗ばんでいて気持ち悪い感触なのにようやく気づく。 「あっ……え、っと……その、パジャマに……着替えます……」 「……そう……」
ぴょんとベッドから飛び降りて、自分の荷物の場所に向かい、パジャマを取り出す。 ふと振り返ってみれば、何故かじっと見つめているヴァールの姿。
「……あ、あの」 「……遠慮する必要……ないんじゃないかしら……」 「そ、そうですよね……」
同姓と言うものの、何故だか絡みつくような視線を向けられているような気がしてならないルクラ。 かといってそれを証明することも、まさかヴァールに言うわけにも行かず、おずおずと服に手を掛けて脱ぎ始める。 とりあえずは汗を落としたいので、荷物の中から再びタオルを取り出して、魔力を用いて水を作り出して湿らし、それで身体を拭く。 じっと見られていると思ってしまうと、何時もやっている事なのに何故か手間取り、結局十数分程度かけてパジャマに着替え終わった。 ローブと同じような黒を基調とした、黄色い糸で三日月の刺繍が施された可愛らしい物。 使ったタオルは風が巻き起こる小さな空間を作り出し、その中に放り込んでおく。
「……面白いわね……」 「……? なにが、ですか?」
無言でヴァールが指差したのは、風の空間の中に放り込んだタオル。 それを見てルクラは少し笑って――どこか物悲しさを感じるものではあったが――言葉を続けた。
「魔術を使って……乾かしてるんです。ただ戦いのためだけじゃなくて、こういうことにも、わたしの故郷の人は使うんです」 「……そう……」
再び、沈黙。 話題がまたも思い浮かばないルクラは内心再び慌てていた。 かといって今回は先ほどのように背中を向けるわけには行かない。 ならばと思い切って、ルクラはヴァールの隣に腰掛けた。 自分から何か話すわけではないので、このまままた無言の時間が訪れるのではという不安はあったが。 彼女の予想通り、沈黙が続く。
「……?」
と思えば、ヴァールはルクラの頭をゆっくりと撫で始めた。 「……可愛いわねぇ……」 「あ、ありがとうございます……?」
何故撫でられているのかはよくわからないが、誰かに甘えたい盛りの彼女にとってそれは悪い気分になるような物ではない。 「……あなたは、どうしてここにいるのかしら……」 「え……?」
突然の問いに、ルクラは驚いたようで、思わずヴァールの方へ振り向く。 じっと見つめるヴァールの瞳に、ルクラも思わずその瞳を見つめ返す。
「……だって……あなたがここに居る理由が……わからないわ……」 「そ……それは」
困ったような表情で、視線をそらす。
「……い、言えません」 「………………」
辛うじてそれだけ言って、そっぽを向く。 向かざるをえない。 再び彼女の顔を見て何を云えばいいのか、ルクラにはわからなかった。 この一言が、きっと自分の印象を悪くした、という確信だけはあったが。
「……そう……」 「え……?」
しかし彼女の確信は見事に空振りした。 何事も無かったかのように、ヴァールは再びルクラの頭を優しく撫で始めたのだから。
「……ごめんなさい。その……」 「……いいのよ……」
自分の予想が空振りしたこととヴァールのその言葉だけで、ルクラは一気に体の余計な力が抜けた気がした。 ゆっくりと目を閉じて、頭を撫でられる感触をじっくりと味わう。
「……あら……」
いつの間にか眠りに落ち、小さな寝息を立てているルクラに気づいたヴァールは、それでも変わらずルクラの頭を優しく撫でていた。
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