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死の遺伝子の謎 (7058)
日時:2012年02月25日 (土) 07時49分
名前:伝統

   *「ヒトはどうして死ぬのか」(田沼靖一・著、幻冬舎)より

(1)ヒトは誕生時から「死の遺伝子」を内包しているため、死から逃れることはできない。

  @結論から言えば、我々は’死ぬ’からヒトになった。

   ”死ぬ”という力により生命は複雑な進化の能力を得て、ヒトにまでたどり着いた、
   ということである。

  A”死”とは単なる消滅ではなく、全体の中での選別を形作っている。

   それを支えているのが我々の細胞の持つ自死、アポトーシスという能力なのである。

(2)細胞の入れ替わり

  @打撲や火傷による損傷で細胞が破壊され死ぬのがネクローシス。
   対して、周りの情報や自らのなかの情報から、自分で自分を破壊するのがアポトーシス。

   では、アポトーシスがどんなときに起きるのかというと、
   実は我々の体のなかで日々起きている。

  Aひとつは新陳代謝というやつで、1日に200グラム、3000億から4000億もの
   古い細胞が死んで新しい細胞に置き換わっているらしい。

   もうひとつは、紫外線やウイルス、発がん性物質などによって変調をきたした細胞が
   選別され、自ら死んでいくはたらき。

  Bこういうアポトーシスの能力によって、我々の体は日々その中身が入れ替わりながら
   正常な状態を維持し続けているのである。

(3)「ヘイフリックの限界」(細胞の入れ替わりの限界)

  @では細胞の入れ替わりはどこまでも続くかというとさにあらず。
   「ヘイフリックの限界」といってひとつの細胞が分裂出来るのは
   我々人間の細胞で約50〜60回。

  A遺伝子に組み込まれたテロメアという’回数券’によって
   「死へのカウント」が行われているのだ。

(5)死のプログラム〜人間の最大寿命は約120歳

  @一方、神経細胞のように分裂、再生をしない細胞ではアポビオーシスという
   死のプログラムがあって、ある時期が来たら死ぬように作られている。

  A本書によると、動物の最大寿命と細胞上限分裂の回数は比例していると言います。
   こういった仕組みによって我々人間の最大寿命は約120歳と期限が切られているのだ。
   つまりは個体の「死」である。

            <感謝合掌 平成24年2月25日 頓首再拝>

「生」のための「死」 (7086)
日時:2012年02月26日 (日) 07時21分
名前:伝統


(6)すべての生命は、いつかは死ぬ。

  @と、思ったら実は違っていて、大腸菌のような単細胞生物は栄養さえあれば
   いつまでも生き続けられる。

   不死、なのである。

  Aそこからなぜ死ぬような生物が進化したかというと、
   そのカギは「性」の誕生にあるのだという。

   単純に自分のコピーを作り続ける単細胞生物とは異なり、
   「性」を持つ生物は子孫を残すときには相手の遺伝子と混じりあい、
   その子供は絶対に同じ遺伝子とはならない。

  Bそれは必ず変化する仕組みなのであって、その膨大な変化の中から
   環境の変化に対応できる、種として生き残る「解」を探す。

  Cその変化のドライブがかかっているなかで、古い遺伝子はブレーキになる。
   だから自ら退場する。

   それが「死」である。

(7)「性」による「生」

  @有性生物は、父親と母親から一組ずつの遺伝子をそれぞれ受け継ぎます。
   よって、子の遺伝子は父親のそれとも母親のそれとも異なる新しい遺伝子の
   組み合わせとなります。

  Aこのメカニズムは別の見方をすると、「性」によって遺伝子のシャッフルが
   行われていると捉えることもできます。

   このような有性生殖によって、
   子孫が新しい遺伝子組成を持つことのメリットはどのようなものでしょうか。
   それは多様性です。

   つまり、子孫の多様性により、ある子孫は環境の変化に適応でき、
   また、ウイルス等の外敵に対する抵抗力を持つことを意味します。

   これが、私たち人間を含む有性生物の「『性』による『生』の連続性を担保する」
   という戦略ではないでしょうか。

(8)「性」による「生」のための「死」

  @では、「生」のための「死」とはどういうことでしょうか。

   ここで言う「死」とは、細胞の死を指していて、
   「生」のための「死」が意味するのは、人間が生きるためには時として
   細胞は自ら「死」を選んでいるというものです。

  A我々の細胞の死は3つのパターンがある
   3つとは、アポトーシス、アポビオーシス、ネクローシス。

   アポトーシスとアポビオーシスは、遺伝子に支配された細胞の死としています。
   そして、「生」のための「死」を考える上では、アポトーシスがポイントとなります。

  Bアポトーシスとは、細胞の自殺であると著者は言います。
   ではなぜ細胞は自ら死の道を選択するのでしょうか。

   アポトーシスには「生体制御」と「生体防御」という2つの役割がある。

   生体制御とは、個体(例えば人間)の完全性を保つ役割です。
   どういうことかと言うと、もし細胞が無限に増殖すれば私たちの身体は無限に
   大きくなりますが、そうならないのは個々の細胞が個体全体を認識し
   不要な細胞が自ら死ぬことで、人間としての個体を保っているのです。

   もう1つの役割である生体防御では、例えばウイルスやガン細胞などの内外の敵が
   現れた場合、敵による異常をきたした細胞がアポトーシスによりその細胞を
   消去することで、個体全体を守る機能を果たしています。

   ちなみに、私たち人間の成人の身体は約60兆個の細胞でできているそうです。
   うち、1日で死ぬ細胞数は3000億〜4000億個ほどで、重さにして約200gとのことです。

   これにより、老化した細胞や発ガン性物質により異常となった細胞が消去されます。
   こうして私たちの身体では日々新しい細胞へと入れ替わっており生きているのです。

   つまり、人間の「生」のための細胞の「死」なのです。

            <感謝合掌 平成24年2月26日 頓首再拝>

人間は社会的な存在である (7101)
日時:2012年02月27日 (月) 06時54分
名前:伝統


(9)我々生物は遺伝子の乗り物か?

  @リチャード・ドーキンスは「利己的な遺伝子」のなかで、
   我々生物は遺伝子の乗り物であって主体は遺伝子にある、と説いたが、

   著者(田沼)はそれにやわらかく反論する。

  A遺伝子は生き残ろうとする、その一方で、全体のために自らを消し去る、
   という利他的な側面がある、という。

   ここで改めて、「死とは、何か?」と問うとき、そこに主体性、積極性が見えてくる。
   全体が変化していくなかで、自ら退場していこう、という意思である。

(10)一般に生物は年齢的に性的能力を失った後の寿命は短い。
   それが、先の「退場」である。

  @ところが、人間は性的能力を失った後も突出して長い寿命を保っている。
   チンパンジーですら余命は5年しかないのに対して人間の余命は30年以上。

  A生殖能力という意味では退場しても、なぜ人生から退場することがないのか。
   実は、ここに人間の人間たる所以があるのではないか。

(11)人間は社会的な動物である。

  @細胞のアポトーシスについてあらためて考えてみると、
   アポトーシスとは、ある細胞が自ら死を選択することで全体の細胞(例えば人間)
   が生きているという構図です。

   すなわち、個が利他的に振る舞うことで全体は利己的な存在でいられるのです。

  A個体としての生物を超えて、「社会」をひとつの生物として捉えることが出来る。
   ここにおいて、再びリチャード・ドーキンスに登場願うのだが、
   彼は「遺伝子」に対して我々は「文化的遺伝子」、ミームを持っている、といった。

  B大腸菌から性生殖を行う多細胞生物に進化した、その画期的飛躍と同じように、
   われわれ人類は画期的な進化能力を手に入れたのではないか。

   日々変化し、古いものを消し去っていくだけの「フロー」の世界から、
   知識を蓄えていく「ストック」の世界へ。

   それによって人類の「社会的進化」としての「歴史」が誕生したのではないか。

  Cそれを可能にしたのが、生殖能力を失ったあとの人生、
   知識のストックたる存在としての人生なのではないか。

   成すべきことがあるからこその80年の人生。

            <感謝合掌 平成24年2月27日 頓首再拝>



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