ぱちぱちと瞬きを繰り返した先で、伊庭は大層真剣な顔をしていた。 一方の俺はといえば、伊庭が問うてきた言葉の意味を掴み損ねて、半ば呆けたようにして伊庭を見つめていた。
おれのもんになる? そう、伊庭は言った。 伊庭に全てをくれてやるということか。俺の全部を預け委ねるということか。 同じ事を、俺も伊庭に言った。 どれかひとつなんか要らないと言って、まるっと寄越せねえってンなら何も要らないと言って。 そして伊庭は全部をやると俺に言った。 何度も、何度も。 聞き分けのない餓鬼を諭すように、伊庭の言葉を信じていても尚揺れ惑う俺を留めようと、繰り返し、繰り返し。
伊庭のものに。
もしそうなったなら、際限なく沸きあがっては俺を迷わせる得体の知れないこの不安感を、打ち払う事は出来るだろうか。 伊庭に嫌われるんじゃないかとか、見向きもされなくなる日が来るんじゃないかとか、そんな風に不安になる事はなくなるだろうか。 ───否。 俺が伊庭のものになったところで、飽きれば捨てるだろう。嫌になれば放り出すだろう。 全てを預けきった後で打ち捨てられるのは堪らない。耐えられない。 所詮俺の良さを分かるようなタマじゃなかったって事だ、なんて、今までそうしてきたように鼻で笑って流すなんて、相手が伊庭であるから尚更出来よう筈もない。 強がりも痩せ我慢も無理なほど、こいつには何もかもを預けてしまうのも分かっているから。
寄る辺なく落とした手で、ぎゅうと布団を掴んだ。 自分でもどうしてだか分からないまま、頬がカッと熱くなる。目の奥が痛むような感覚があって、不意に滲んだ視界に俺は慌てて何度も瞬きを繰り返した。
俺が伊庭のものになっても、不安も焦燥も消えやしない。 丸ごと寄越せといい、いいよと渡されてもそれは本当の丸ごとではない。容易く丸ごとを渡せてしまうほど、伊庭は身軽な身分じゃない。 俺ですら出来かねる事をどうして伊庭に出来るだろう。 けれど、嘘はつかない伊庭が「やる」と言ったのだ。 家は捨てられぬ。お役目も身分も、それらは伊庭一人の一存ではどうにもならぬ事。 分かっていて、それでも伊庭は全部をやると、俺にくれると言ってくれた。
だったら。
「……して、くれ」
涙が零れそうになるのを堪えようと、目に力を込める余り目つきが険しくなる。 一旦は離した手をもう一度伸べて、伊庭の腕をぐっと掴んだ。
「俺が何も、迷わずいられるように、……伊庭」
見下ろされるまっすぐな視線を受け止める。 俺は、お前よりずっとうんと年上で、余計に年を重ねてきた分どうしても臆病で、変な知恵がついてる分先回りして避けようとしてしまう。 だから、どうか。 俺が、逃げ道を探す余裕も持てないくらい。 どうか、どうか。
「お前のもんに、…………なってやる」
最後の最後でとうとう堪えきれず、涙は一筋零れて落ちた。
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